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108 :弱気な魔王と愛され姫様・第二幕 1:2011/01/06(木) 09:03:49 ID:SXb1snoM 人間からも、一部の部下たちから白眼視されるのもすっかり慣れた 魔王は本当のことを知ってるし、三人の仲間もおそらく言わずとも分かってくれてんだろう あとは張本人であり、俺を兄の一人として慕ってくれてる姫ちゃんくらいか 事の真相は、それだけ知っていれば十分だ 幸い俺には直属の部下もいねえ。配下は全て分身であるインセクト部隊だ まったく、余計な詮索をされずにすむのはありがたい そして今日も俺は鉄火場に立つ とうに滅びた国の王に義理立てしてんのか知らんが、まったくもって無駄な戦いだ どうせ俺の体は微細な蟲の集合体。いくら剣で斬りつけられても痛くもかゆくもねぇ 仲間達が出る必要も無い 魔王城から離れた場所に出城のような砦を構えてはいるが、統率の取れていない烏合の衆ごとき俺が一人で追い払ってやる そう思っていたんだが、今になってみれば見通しが甘かったことを認めざるをえない 「エレキインセクト! 国王の敵討ちだ!」 「悪魔め! お前は笑いながら国王と姫の首を切り落としたんだろうよ!」 「醜い蟲め! 死んでしまえ!」 「死ね! 死ね! 死ね!!」 「初めにさらった姫はどうした!?」 「大方、こいつが食らってしまったのだろうよ!」 砦門の奥、蟲を操るどころか顔を上げる力も失った俺の周りで人間どもが聞きなれた罵声を飛ばしている ケッ、外れだバカ野郎ども 姫ちゃんならテメエらの国王と姫を殺った後、魔王と仲睦まじく暮らしてらぁ そんな言葉は口が裂けても言わねぇ 皆に愛された姫、妹の罪 それは、俺が全て背負うと誓ったのだから 「………ああ。テメェらの王は不味かったがな。姫は二人とも若くて、美味かったぜぇ……ゲァーーーッハッハッハ!!!」 「貴様ぁぁぁぁぁっ!!!」 人間どもの剣が俺の体に届く ……抗魔の祝福って高等儀式があるってのは知ってたが、まさか抗蟲祝福まであるたぁな 斬られるたびに、俺の体を構築する蟲が弱っていくのが分かる こりゃ、マジでやべえ…… 「どうだ、痛いか? それは貴様に食われて死んだ三人の恨みだ!」 「貴様にもう二度と、肉など食わせはせん!」 そいつはありがたいね 俺はベジタリアンでな、青野菜に樹齢50年以上の木の樹液、あとはたっぷりのハチミツがあれば大満足さ 肉なんぞ頼まれても食いたくねえや 「…………」 もう憎まれ口を叩く余裕も無い しかも、俺を切り裂いてる奴らのうしろから、さらに別の騎兵が押し寄せてくんのが見える 四天王の一角と言われた俺も、これで終わりか つまんねえ最期だが、妹の秘密を守り通してくたばるんなら、ま、悪かねえか……… 109 :弱気な魔王と愛され姫様・第二幕 1:2011/01/06(木) 09:04:28 ID:SXb1snoM 「………あ?」 俺は、死んでねえのか? 蟲は相当弱って、体を走る電流も泣きたいほど微弱 それでも、今俺が寝かされてる場所はさっきまでいた砦じゃない きっと俺のピンチを察知して、助けに来た仲間が医務室に運んでくれたんだろう 天井の美しいシャンデリア、ふかふかした布団、花の香りがする空気、金と白を基調とした豪奢な部屋 ………おい、ちょっと待て 「ここ、どこだ?」 こんな医務室はねえ 俺の部屋だとしても、ジメジメして、苔生してて、もっと汚い部屋のはずだぞ 誤解してほしくはないが、俺自身は綺麗好きでこんな部屋にしたいとかねがね思ってたんだ あくまでも、配下の蟲のためにしょうがなく住んでたんだぞ まあ、んなこたどうでもいい。問題はここがどこかってことだ 魔王の部屋並みだぞ、この部屋は 「あ、お気がつかれましたか?」 「……一応な。あと、あんた誰だ。俺にはこんな美人の知り合いはいねえぞ」 「美人だなんてお恥ずかしい。わたくし、ミリルと申します。本当は自分でも嫌になってしまうほど長い名前なのですが  家がすっかり没落してしまいまして、その名にあまり意味を成さなくなってしまったのですので、ただミリルと呼んでいただければ」 「ああ。俺の妹もそんな感じでな。兄の俺でもいまだに覚えきれねぇ」 寝かされた黄色の巨大蜂、つまり俺と、ベッドサイドから笑いかける美女 どんな絵師にだって思いつきそうもねぇ珍妙な組み合わせだ 年の頃は24か5、金髪の美しいロングヘア、おっとりしてるような空気をかもちだすナイスバディの(たぶん)貴族 俺の好みにストライクだ 蟲が人間に欲情すんのはおかしいって? 俺だって体の蟲を組み替えれば人間の姿になれるんだ、細かいことは気にすんな 「あなたはわたくしを知らないでしょうね。でも、わたくしは貴方様の評判をよく知っていますの」 「ほう。聞きたくも無いが、どんな評判だ?」 大体想像はついてるけど 「極悪非道、王国を滅ぼした悪魔の蟲。そんな噂ですわ」 「ま、そうだろうとは思ったぜ」 蟲はほとんど使えないが、目の前の女一人になら負ける気はしない 何を企んでんだか知らんが、今のうちにさっさと気絶させちまうか? 「くすくす。そんなに怖い顔をしないでくださいな。わたくしは貴方様に感謝しているんですのよ」 「蟲の表情を読めんのかよ、ミリル。それに今まで俺は人間に罵倒されることはあれ感謝などされる筋合いは無い」 「いえ、貴方様はわたくしの全てを助けてくださいました。だから、わたくしは貴方様に全てを捧げたく思っていますの」 「話が見えねえ。一から話してくれよ一から」 「かしこまりましたわ」 110 :弱気な魔王と愛され姫様・第二幕 1:2011/01/06(木) 09:05:09 ID:SXb1snoM なんでもあの王家は周りの国を属国、言い方を変えればほとんど自分の国のように扱い、圧政を敷く 断れば戦を仕掛けて植民地にするといった非道を繰り返していたらしい そんでミリルは財産はかなりあるものの、今はほとんど領地を失ったとある属国の領主の娘、その家系の最後の生き残りだって話だ しかも、あと一週間遅ければミリルも王の側室と言う名の性欲処理係にされかけていたらしい そうなれば家財没収、家名断絶は間違い無しだ なるほど。あの国の王を殺した俺に感謝するのも頷けなくも無い もっとも、本当は俺が殺したんじゃないけどな 「しかしここまでされるほどのことか? 俺は魔族のために王と姫を殺したんだ。別にあんたのためじゃない」 「まあ、これが噂のツンデレと言うものでございますわね。わたくし初めて見ましたわ」 「いやいやいや。男のツンデレなんぞキモいだけだ。……じゃなくて、俺はマジで魔族のためだけにやったんだっつの」 「分かっています。貴方様はあまり素直な方じゃないのですわね。そんなところも好きになりそうです」 「おいコラ、俺を見ろ。でけえ蜂だぞ。怖ぇだろ? それともムカデかゴキブリにでもなったろか?」 「全然です。わたくしを助けてくださったエレキインセクト様ですもの。どんなお姿でも愛おしいですわ」 「………」 自分に好意を持つ話を聞かない女ほど対応に困るものは無い なんか、魔王の気持ちがすっげえ分かった気がするぜ 「そういや、あの時砦に突っ込んできた騎兵って」 「ええ、わたくしの私設兵団。この家が没落する前から抱えていて、今もわたくしの命令に忠実に従ってくれる者たちですわ」 「なるほどな。奴らを追っ払ってくれて感謝するぜ」 「追い払う、ですか? いやですわ、そんなことするはずありませんことよ」 「ん? そんじゃどうやって俺を連れてきたんだ? あいつらがそう簡単に俺を逃がすとは思えんぞ」 「? でも、追い払うなんて………?」 ……なんか、すげー嫌な予感 姫ちゃんがポイズンタイガーの牙剣を抜き放とうとした時みたいな、嫌な空気が――― 「おかしいですわね。わたくしは、貴方様に害成すものを皆殺しにしろと命じたのですけど」 こんな予感ばっか当たるんだよなぁ、俺 やってらんねえ 「あ、あ、わりい。俺そろそろ帰らねーと。皆心配してるかもしれんし」 「ええっ? まだいいじゃありませんか。わたくしたち今日ようやく会えたのですから、ね?」 「いやいや、それに今日の晩飯は大好物の丸キャベツはちみつ漬けなんだ。食い逃すわけにはいかねえ」 「それなら、今すぐにも給仕に用意させますわ。それと樹齢210年の鉄皮樹の樹液もご用意いたしましょうか?」 「何っ、210年物だとっ!? の、飲みてえ………」 「ゆっくりしていってくださいね。ここでわたくしと……いつまでも」 ミリルがそういうと、ベッドの周りに蚊帳のようなものが降りてくる よく見ると、内部には瞬間接着木の樹液が塗りたぐられていた 力が戻っていれば焼き切って逃げ出せるんだが、今の俺じゃ体を構築する蟲ごと捕獲されちまう 「わたくしの御恩返しは、始まったばかりなのですから」

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