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438 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23:31:48 ID:Lsqg9iqG およそ20分経って、隼は自転車に乗ってようやくやってきた。 廃ビルと言えば近辺にはここしか該当する箇所はないから、廃ビルを限定する必要はほぼないはずだが、 恐らく俺が要した時間よりも早い。 自転車を飛ばして来てくれたんだろう。 「待たせたな、飛鳥ちゃん………なんて有様だ。」 隼が血まみれの姉ちゃんを見て、息を飲んだのがわかった。 「大丈夫だよ、飛鳥ちゃん。俺なら亜朱架さんを治せる。」 隼は静かに、しかし自信ありげにそう言った。 「以前もあったんだよ、亜朱架さんの治癒力で治せない傷、ってのがね。 基本的に俺達は頭を銃で撃ち抜かれても死なないし、傷も治る。 だけど、"消滅した部位"の補完まではできないんだ。 もし亜朱架さんの致命傷が、あの力によるものだとしたら…というか、他に原因が思い当たらないんだけどね。 普通の人間なら死んだままだけど、亜朱架さんなら蘇生できる。」 灰谷も同じ事を言っていた。隼の力なら、本当に姉ちゃんを治せるのか。 隼は深呼吸をして、両腕を大の字に広げた。このポーズは以前見たことがある。 隼が力を発動する時の、ポーズだ。 その時、俺の腕の中でぴくん、と姉ちゃんの体が跳ねた。 「ごほっ………~~~っ!」 姉ちゃんは痛みに悶絶したようなか細い声を搾り出した。 意識が戻った。姉ちゃんの体には瞬く間に温かさが戻ってきた。 同時に、姉ちゃんの体を一瞬、黒い光が包んだかと思うと、腹部の鉄片が綺麗に消え失せた。 「…こ、こは………飛鳥、なの…?」 「そうだよ、姉ちゃん。」 「あっ……飛鳥ぁ………!」 姉ちゃんはぼろぼろと涙を流し、体を震わせながら、力の入っていない右腕で俺に抱き着いた。 「わたし…死ぬのがあんなに怖かったなんて……死にたく、ない、死にたくないよぉ…!」 「落ち着け、姉ちゃん!」 「うぅ…あっ、あぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁ!」 姉ちゃんは突然、気が狂ったように叫びだした。 …一体、何があったというんだ。 あの姉ちゃんがここまで怯えるなんて、明らかに異常だ。 439 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23:33:40 ID:Lsqg9iqG 「これは………亜朱架さんがこんなに取り乱すなんてねぇ…ただ事じゃあないぜ。」 「分析してる場合か!?」 「いや、大真面目に…亜朱架さんをここまで心身ともにズタズタにできるやつはいない。 しかも亜朱架さん…心臓がなかったんだぜ。」 なんで、なんで隼はそんなに冷静なんだ。 俺は泣き叫ぶ姉ちゃんを前に、ただ手をこまねく事しかできないのに。 「大丈夫だよ。身体機能が復活したから、後は勝手に治る。…メンタル面は、時間がかかりそうだけどね。 …さあ、今日はもう帰ろう、飛鳥ちゃん。」「…なあ隼、俺はまた、何もできないのか…!?」 「そんな事ないさ。現に今、亜朱架さんは飛鳥ちゃんにすがりついてる。 実の弟である俺ではなく、ね。 …飛鳥ちゃんも薄々感づいてたんだろう?」 そう言った隼の表情は、かすかだが哀しそうに見えた。 やはり、灰谷の言っていた事は事実だったのか。 夜はまだ明けない。この寒さも暗闇も、終わりはまだ来ない。 だけど、姉ちゃんの体温を感じることで、俺はようやく安堵を得ることができた。 * * * * * 隼が携帯電話で手配したタクシーに乗り、俺と姉ちゃんは自宅へと到着した。 自転車はひとまず廃ビルの中に隠し、後日取りに行くことにしたのだ。 俺達がタクシーから降りると、隼はそのままタクシーで自分の家へと向かってしまった。 料金は恐らく隼が持ってくれるのだろう。…今度、飯でも奢ろうかな。 姉ちゃんはタクシーの中で、俺に抱き着いたまま眠ってしまった。 タクシーを降りてからはおんぶして運んでいる。 俺は自宅の鍵をジーパンのポケットから取り出し、鍵穴を回した。 ………? 抵抗がない。まさか、慌てすぎて鍵を開けっ放しで来たか? 俺は鍵を抜き、扉を開いて中へと入った。 すると玄関には………結意が待っていた。 「………どこに、行ってたの…!?」 「結意…お前、起きてたのか。」 「答えて!どこに行ってたの!?」 そう叫んだ結意の表情は、涙で歪んでいた。 「…私、また飛鳥くんに…ぐすっ…捨てられたのか、って…」 「結意…違う!俺は姉ちゃんを迎えに---」 「…お姉さん、を…?」 「そうだ。それに、俺がお前を捨てるわけねーだろ?だって…俺にはもう、姉ちゃんと結意しかいないんだから。 大事な家族を、見捨てるわけねーだろ?」 「か…ぞく…わたしも、なの…?」 440 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23:35:03 ID:Lsqg9iqG 少しずつ、結意の表情がやわらかくなってきた。 「ああ。だって、お前は俺の嫁さんだろ?」 「嫁…うん、そうだよ。私、飛鳥くんのお嫁さんだよ…?」 結意はようやく笑顔を浮かべ、俺に抱き着いてきた。 だけど、俺は後ろ手で姉ちゃんをおぶっているから、抱き返せない。 「お願い…私の側からいなくならないでね…? 私、飛鳥くんがいなきゃ…生きていけないよ…」 …俺を必要としてくれる奴がいる。 求められているこの瞬間だけ、俺の心は孤独から逃れられる。 俺は俺だ。灰谷とか実の姉だとか、関係ない。 俺はここにいていいんだ、とやっと思えるようになれた。 * * * * * それから一度寝直し、俺と結意は学校に行ったものの、特筆すべき事象は特になく、何事もなく帰路についた。 強いて言えば、今日も結意を俺ん家に呼んだ。それくらいだ。 姉ちゃんは朝方、明日香の部屋でぐっすり眠っているのを確認してきたが… がちゃ。 自宅の鍵を開け、扉を開く。と同時に、足音がとたとた聞こえてきた。 「お帰りなさい、飛鳥!」 「ね、姉ちゃん?もう平気なのか?」 「…平気?なにが?」 「えっ…?」 「あら、そちらは…飛鳥の彼女さんかな?初めまして、私は神坂 亜朱架っていいます。 下の二人に比べると、漢字が書きづらい名前なのよね。」 ---おかしい。 ここにいるのは、誰だ? 少なくとも、つい最近までの姉ちゃんとは別人だ。 口調が違う。結意に対して、今まで会ったこともないような発言。何より…ついこの前よりも、かすかに子供っぽい? 「…それにしても、つい前までちびっ子だったのに、いっちょ前に彼女連れてくるなんて…成長したのねぇ。」 だがそのかすかな差は、姉ちゃんが姉ちゃんでない、という事を気づかせるのに十分過ぎた。 「…わりぃ、姉ちゃん。しばらく二人っきりにさせて欲しい。…行こう、結意。」 俺は姉ちゃんの返事を待たず、結意の手を引いて2階へと駆け上がった。 自室に入り、電気ストーブのスイッチを入れてひとまず落ち着く。 頭の中で状況を整理したら、俺の手は自然と携帯電話の通話ボタンを押していた。 通話先は、隼の携帯だ。 「なあ隼、聞きたい事があんだけど……」 「どうした?」 「姉ちゃん、まさか記憶が消されてたりとかしなかったか?」 俺が思い当たる節と言えば、未だ正体の分からぬままの刺客とやらに記憶が消された、ぐらいだ。 だがそれなら、隼の力で心臓と共に復活してるはずだ。 441 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23:36:13 ID:Lsqg9iqG 「………いや、記憶は消されてはなかったぜ。まさか、亜朱架さん記憶喪失なのか?」 「たぶんな。…結意の事、初めて見知ったような口ぶりだった。有り得ないだろ?」 「ははぁ…そりゃ、有り得ないねぇ。 …恐らく、あの力とは関係無しに、精神的ショックが原因だろうね。」 「一体、姉ちゃんに何があったってんだ。刺客って、誰だよ…?」 「刺客?」 「あ………」 そうだ。まだ隼には灰谷の話はしていなかったんだ。 「…明日話すよ。長引くから、電話じゃちょっと…な。」 「了解。それじゃあ…また何かあったらいつでも。」 通話を終え、携帯を閉じて机に置く。 結意はベッドに腰掛け、俺の顔色を窺っているようだ。 「…悪いな、結意。」 「ううん…私は大丈夫。それより、お姉さんは…」 「姉ちゃんなら大丈夫だよ。 それに…世の中には忘れた方が幸せな事もあるんだ。 結意には悪いけど、姉ちゃんにとっては、その方がいいのかもしんねぇ。」 「…そう、かもね。」 だが、一番の問題は解決していない。 灰谷の話していた刺客の存在だ またいつ姉ちゃんが狙われるとも限らない。でも…俺に何ができるだろうか。 * * * * * 「………じゃあ、今日は帰るね。お姉さんによろしく言っといてね。」 「ああ。また明日な。」 今日は結意は夕方には引き上げていった。 姉ちゃんに気を遣ったのだろうか。ここ最近はもっと遅くまでいたんだが。 俺は結意の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、家の中へ戻った。 「ふぅ………やっぱり部屋の中は暖かいな。」 ベッドに身を投げると、室内の暖かさが染みてくる。 おまけに、さっきまで結意が座っていたから、まだ少しベッドが暖かい。 そのせいか、少し眠たくなってきてしまった。 だがそんな眠気は、俺の部屋のドアをノックする音によって打ち消された。 「入るわよ、飛鳥。」と言って、姉ちゃんが俺の部屋に来た。 「どーした、姉ちゃん。」 「ううん…飛鳥の顔が見たかっただけよ。」 「なんだよ、そりゃ。」 「いいじゃない。…気がついたら、すっかり一人前の男の子の顔つきになってるし。」 「…気がついたら?」 「…私ね、記憶なくしたみたい。」 自覚があったのか、と俺は内心で呟いた。 姉ちゃんは俺の横たわるベッドに腰掛け、肩越しに俺を見た。 442 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23:38:43 ID:Lsqg9iqG 「たぶん、ここ5、6年の記憶がないの。何があったかさっぱり思い出せない。 私の中では、飛鳥はまだ小6なのに、背丈なんか軽く越されてるし。」 「ははっ…そりゃそうだ。俺だってもう16だぜ。」 それは姉ちゃんの時間が6年前から進んでいないからだ、とは口に出さなかった。 「ねえ、飛鳥。この間にどんな事があったのかな。」 「………一言だけいえるとしたら、思い出さない方がいい事があったよ。」 「あはは…何よそれ。…そう言えば、明日香は?」 「…!」 避けられないとはわかっていた。こればかりは、どうしようもない。 「姉ちゃん………明日香は、この前死んだよ。」 「えっ…嘘、でしょ…。」俺の言葉を聞いて、姉ちゃんの顔が一気に青ざめた。 「本当だよ。…明日香は、助からない病気だったんだ。」 「そんな………明日香が…死んだ…? それも、思い出さない方がいい事なの?」 「………。」 何も言えなかった。明日香は確かに、"助からない"命だった。 だから苦しまないように、姉ちゃんが介錯をした、なんて言えるわけがない。 だって俺は、姉ちゃんが明日香をどれだけ愛していたか知っているから。 「姉ちゃん。」 俺は上半身を起こし、姉ちゃんを抱き寄せた。 「あ…飛鳥?」 「俺、姉ちゃんの事守るから。…もうこれ以上、失いたくないんだ。」 声の震えは、恐らく姉ちゃんにわかってしまうだろう。 だけど、それも含めて本心なんだから、ごまかしたって仕方がない。 「………大きくなったね、飛鳥。頼りにしてるからね。」 そう言った姉ちゃんの声も、かすかに震えていた。 * * * * * 文化祭当日の朝--- 俺はいつも(というよりは、ここ最近)のように目覚まし時計が鳴る前に起床した。 一階に降り、洗面台で顔を洗ってからリビングに向かうと、すでにテーブルには和食セットが配膳されている。 「おはよう、姉ちゃん。」 「おはよう、飛鳥。私、知らない間に料理の腕が上がったみたいよ♪」 エプロン姿におたまを持ってそう言った姉ちゃんは、"14歳らしい"あどけない笑顔を見せた。 「そりゃ楽しみだ。やっぱ朝は和食に限るよなぁ。」 「ふふ…その台詞、小学生の頃から変わらないわね。」 「そうか? ずいぶんとマセた小学生だな。」 「自分の事でしょー?」 「ははっ…なあ姉ちゃん。どうして俺が、今朝は和食なのか、知ってるか?」 二人同時に席に座り、姉ちゃんは白米の入った茶碗を、俺は味噌汁の入ったお椀を手にとった。 「姉ちゃんの味噌汁が昔から好きなんだよ、俺。」 失ったものは沢山ある。だけどようやく、平和な日常が帰ってこようとしている。 このときの俺はそう信じて疑わなかった。 だがそれが、数時間後には見事粉々に打ち砕かれるなんて、露ほども考えていなかったんだ。

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