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545 名前:弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 3 投稿日:2011/01/28(金) 21:39:04 ID:fH6PdWU3 「結婚、ですか?」 「はい」 「僕が?」 「はい」 「誰と?」 「我が国の姫、私の娘とです」 「あの、僕子持ちなんですけど」 「存じております」 「会ったこともない人と、突然結婚というのはどうかと」 「我ら人間と、あなた方魔族の共存のためです」 「でも、そのお姫様も嫌がるんじゃないかな」 「それが、魔王様の評判を聞く限り、とても乗り気なのです」 「は~……こう言うのもなんですけど、物好きな方もいるんですね」 出張先の砦で待っていたのは、この砦の防衛部隊長のマグマシャーク それと、とある人間の王国を統治しているという王、ライフレット・シャルルノージュ・レイルトロン・セリク(通称セリク王)だった マグマシャークは彼のの知り合いらしく、部下の指導をエレキインセクトに丁重に頼むと、僕は背を押されて個室に連れ込まれてしまった 元々人間の中にも魔族と懇意にしている者がいるって話は聞いてたけど、まさかいきなりこんな話になるとはね 思ってもみなかったよ、ほんと 「これ、政略結婚ってことですよね」 「はい。しかし、これは必要なことなのです」 「と言うと?」 「恐れながら魔王様、と言うよりも先ほどお会いしたエレキインセクト様は、あの大国を解体される原因をお作りになりました」 「……ええ」 部下のエレキインセクトにまで様付けするような丁寧な口調ながら、そこにほんの僅かこめられた苦味を感じる 「そのせいで、我々の主義主張は真っ二つに別れてしまったのです  我らのまとめ役であった王を殺した魔族に徹底抗戦を主張する者と  温厚で戦いを好まないという噂の魔王様に対し、我々のように共存を申し出る者です」 「待ってください。まとめ役、とはどういうことでしょうか? 貴方も王なのでは?」 そう言うと、彼は苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように言った 546 名前:弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 3 投稿日:2011/01/28(金) 21:39:28 ID:fH6PdWU3 「……私の国を含め、奴の領地のほとんどは軍事力で奪い取った植民地なのです  私の民も重税を課せられ、飢えで死ぬものまで現われました  ですからあの暴君が魔物との戦いで殺されたと聞いたとき、我々は開放の喜びからカーニバルを開いたほどです  しかし隷属国ではなく、もともとあの家に仕えていた軍人どもは今も魔物への復讐心に燃えているのです」 「なるほど」 「その勢いを塞き止めたいと我々は常々思っているのですが、我々は人間であり、表立って魔族の側に立ち諌めることは難しいのです  下手をすれば、心情的には味方である他国からも村八分にあってしまう可能性も無いとは言い切れないのです」 「ふーむ」 ヘタに隠し立てをしないで語るところは好感が持てる もっとも、魔族と初めに手を組んだ国としての利権を狙ってなどいない、というほど聖人君子にも見えないけどさ 「けれど、どうして今なんですか? あの戦いからもう八年近く経つんですよ」 「おっしゃるとうりです。しかしその理由に関してはまたもエレキインセクト様が絡んでくるのです  魔王様、ランサザードという家をご存知ですか?」 「ランサザード? ええ~っと……聞いたことがあるような気はするのですけれど……」 「爵位はないものの莫大な資金と広大な領地を抱えており、現在親魔派の筆頭になっている家です  家名を継ぐ唯一の生き残りであるご令嬢はお嫁に出て行き、今現在は前党首の秘書が継いでおります  そしてそのご令嬢は、エレキインセクト様の奥様です」 「ああ、ミリルさんでしたか。お恥ずかしい話ですけれども、僕の行う政治の半分くらいはミリルさんに頼っているんですよ」 恥の上塗りみたいな話だけれども、発布は姫に任せている 僕が言うよりもずっとずっと効果があるのだ みんなが纏まっていくのを嬉しく思う反面、僕自身の無力感に悩む今日この頃だ 「そのミリル嬢が魔族、しかも魔王様のお傍近くに使える将軍と懇意になり、ここに魔族と人間の繋がりが強固になったと言っても過言ではありません」 「そして次は魔王である僕自身が人間と婚姻に至れば、名実ともに魔族と人間の同盟関係が確立される、というわけですね」 「はい。我らもあの王国の領土やランサザード家の財力には及びませんが、かなりの国力を持っていると自負しております  この婚姻が成れば、きっと人間と魔族がともに手を取り合って生きていけることでしょう」 それは素晴らしい とは思っても口にしない こんな席でそんなことを言えば、そのままこの場で婚姻が成ったということにされかねないし いちおう僕が魔族のトップなんだから政略結婚っていうものは世の常なのかもしれないし、別に不満があるわけじゃない ………もちろん、気立てが良くてかわいい娘だったらいいな なんて贅沢なこと考えたりもしちゃうけど でもそれ以前に、僕には家族がたくさんいるんだ 地方に散らばった者。産業に従事する者。畑仕事に精を出す者。戦いに備える者。僕を守ってくれる者 全ての魔族は僕の仲間であり、家族なんだ。彼らに報告もなしに勝手に婚姻なんて考えられない それに、一番報告しなければならない愛娘 何も言わず勝手に[お母さんができたよ!]なんて言えるわけもない 姫、賛成してくれるかなぁ もしもそうなったら、もう少し距離を置かなきゃ駄目かも ちょっと寂しいけど、年頃の娘のそばにお父さんがいつもくっついてるわけにもいかないしね 547 名前:弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 3 投稿日:2011/01/28(金) 21:41:48 ID:fH6PdWU3 「お話はよく分かりましたし、賛成です。しかし私も魔王として、独断で事を運ぶわけにはいきません」 「ごもっともです」 「ですので今日はこの辺にして、後日もう一度会談の席を設けるということでどうでしょうか」 「わかりました。それでは、娘を連れてきます」 「え?」 話、繋がってなくない? 「会談がいつになるかは別としても、顔見せもせずにいるというわけにはいきませんぞ」 「ああ、なるほど」 「それに、エリスに魔王城に連れて行っていただかなければなりませんので」 「はい?」 やっぱり、話繋がってないよ 「ああ、まだ言ってはおりませんでしたな。ライフレット・シャルルノージュ・レイルトロン・エリス。18歳。私の娘です」 「僕の娘と二つしか違わないんですか……いえ、そうではなくて。連れて行くって、何のお話ですか?」 「魔王様、先ほどの婚姻に賛成していただいたということは、そういうことなのです」 「え、いや、あの」 「マグマシャークさん、エリスを連れてきてください」 「わかった。魔王様、おめでとうございます」 「その、えーっと、ちょっと」 「魔王様、今日は我々の共存の道を歩む記念すべき日になりますぞ」 「…………」 「私はこれで退散いたしますが、娘をよろしくお願いいたします。それでは」 「どうよろしくすればいいのか分かりません」 ああ、まだ娘さんが来てないのに行っちゃった 気が弱くて口下手な自分を恨むよ 僕は次にしようって言ったじゃない。マグマシャークも気づいてよ、ほんと でも、どんな娘かなぁ………じゃなくて 「魔王様、奥さんを連れてきました」 「いや、まだ違うからね」 「……………………」 黒い髪のセミロング 体系は姫とおんなじくらい……まぁ、察して知るべしだよ マグマシャークの手を取ってついて来た女の子は、目を閉じていた やっぱり魔物が怖いのかな? と思ったけれど、そうじゃないみたい 逆の手には使い続けてきたような年季の入った杖 そうか、この娘目が見えないんだ 548 名前:弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 3 投稿日:2011/01/28(金) 21:42:24 ID:fH6PdWU3 「…………」 僕に向かって深々とお辞儀 かわいい、年齢よりも幼く見える笑顔を僕に向けてくれているけれども、硬い あきらかに作った表情なのが分かる 「怖がっています。彼の言うように、婚姻を喜んでいると言うわけではないみたいですね」 「こらっ! そんなこと本人の前で」 「魔王様、エリスちゃんは目が見えないのと合わせて、耳も聞こえないんですよ」 「……………」 たしかに、目を閉じたまま表情を崩さないところからして変だ 怯えながら暗闇の世界で耐えているんだろう 「彼は点字を使って伝えてたけど、目も見えないんで教えるのが大変だったって聞きました  けれども彼にはエリスちゃんしか子供がいないし、政略結婚を申し込むならこの娘しかいないんですよ」 「…………」 「……ねえ、この娘の目と耳は生まれつき? それとも後天的なもの?」 「ええ~っと、たしか耳は生まれつきですけど、目は子供の頃に高熱を発して光を失ったって言ってましたよ」 「そっか。それならきっとどうにかなる」 「へ?」 目を丸くするマグマシャーク。硬い表情で笑顔を崩さないエリスちゃん いや、君はもういいから 肩を軽く掴んで座らせてあげようと思ったけれども、軽く触れた瞬間に、怯えてビクッと震えられてしまった 「怯えてますね」 「うん。でもきっとこの眼は治せるよ。エレキインセクトとスカルエンペラーが最近協力して良い蟲ができたんだ」 回復魔法のエキスパートであるスカルエンペラーが、エレキインセクトにもらった超微細蟲を使ってできた治療法 スカルエンペラーが教育したアリの触角よりも小さい蟲を体に入れ、巡回させることで悪い部分を癒す蟲 外傷や死人を治すといったことはとてもとても手は届かないけど、内傷や失われた器官の回復には劇的な効果を発するという報告が出てる もっとも、まだ動物実験の段階だけれど 「マグマシャーク、エレキインセクトを連れてきて。この娘を連れて城に戻るよ」 「分かりました。それで、披露宴はいつですか?」 「だからまだそういう段階じゃないんだってば」 549 名前:弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 3 投稿日:2011/01/28(金) 21:43:25 ID:fH6PdWU3 「なあ魔王、マジか?」 「? なにが?」 「……いや、わかんねえならそれでもいいんだが」 エリスちゃんと僕を背中に乗せて、人間よりも一回り以上大きなカブト虫の姿をとったエレキインセクトが飛ぶ 僕の結婚というのは寝耳に水だったみたいでマグマシャークの頭を殴りつけてたけどね それでもエリスちゃんを怯えさせないように振動を起こさないようにゆっくり飛んでいるのを感じると、エレキインセクトも変わったと思う もともと[唯我独尊]が座右の銘だったのに、姫やミリルさんの影響かな 「結婚なんて俺は反対だぞ。姫ちゃんはどうなる」 「僕もまだ結婚なんて考えてないよ。姫だっていきなりお母さんができましたなんて言われてもきっと困惑しちゃうしさ」 「そういう問題じゃねぇ。姫ちゃんはあんたのことが好きなんだぞ」 「嬉しいこと言ってくれるね。でも、姫もそろそろ父離れしなきゃいけない年頃だよ」 「だからそういう問題じゃなくてだな……ああもう、どう言ったもんかわかんねえよチクショウ」 「?」 「…………(ガクガク)」 「だいたいなんでその娘連れてくんだ。すげえ怯えてる上に、姫ちゃんにもんのすげぇ怒られんぞ」 「だって、新しくできた巡治蟲を使ってみたいって言ってたじゃない。結婚云々は置いとくとして、治せるものは治してあげたいんだ」 「……はぁ。先代だったらその場で殺ってたぜ。親子でなんでこうも性格が違うかね」 「父も家では優しかったよ」 「……(ガクガク)」 必死でエレキインセクトの背中にへばりつくエリスちゃん 空を飛んでいるっていうことは風を感じて分かると思うけれど、この震えは尋常じゃない ずっと怯えてるんだ 「ちょっと、ごめんね」 「……!?」 体を起こして、後ろから抱きつくようにして体を固定させ そのまま、ちょっと失礼かなと思いながらも子供をあやすように背中を優しくポンポンと叩いてあげる 姫はこうしてあげると落ち着くって言ってたから、少しでも気持ちが緩和されるといいんだけど 「………(ぎゅっ)」 「よしよし」 すると、僕のシャツの裾を掴んで体を預けてくれた よかった、害意は無いって分かってくれたんだ 「魔王、連れて行くのは手伝う。巡治蟲で眼の治療に当たるのも手伝う。しかし姫ちゃんに説明すんのは自分でやれ。絶対だ」 「うん。そのつもりだけど……なんで?」 「うるせえ、俺が何でこんなに念を押してんだか帰ったら分かる。嫌ってほどな」 「???」 冷たい風が止みはじめた頃、首をかしげる僕の腕の中で、エリスちゃんは小さく寝息を立て始めていた

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