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272 :監禁の行く末 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/02/07(月) 01:13:32 ID:ojzq2sR+ 「…………」 「ねえ」 「……………」 「ねえったら」 「………………」 「何か喋ってよ!」  男が無言でいると、女は苛立ちと不安をまぜこぜにしたような声を上げた。  女の様相に飽き飽きしたように男はようやく口を開いた。 「今すぐ縄をほどいてくれと言っても、ほどくどころかそんな要求は無視するんだろう?」  二人がいるのは13平方メートルほどの部屋。  そこには生活する上でおよそ必要になるであろう最低限の物が置かれている。  男はベッドに寝かされていた。 ヘッドボードがパイプフレームに改造され、フットボード部分にも同じようにパイプフレームが増強されたそのベッドに、手と足をそれぞれ縄で縛られ上下に備え付けられたパイプフレームに固定されて、だ。  女は同情するような、それでいて不安げな視線で男を眺めた。 「だって、離してしまえばあなたは行ってしまうでしょう? 帰ってしまうでしょう? 逃げてしまうでしょう? 連れていかれてしまうのでしょう? あの世界に。あの憎悪に満ちた世界に。あの悪意に満ちた世界に」 「……バカなことを言うな! 俺が、俺達が生きる世界だぞ! いつまでもここに籠もっているなんてことできるか!?」  声を押し殺して男は反駁する。  その際身を起こそうとするが、ベッドに身体を縛りつける縄のせいで上半身を浮かせるに過ぎなかった。 「ほら。やっぱりあなたは毒されているのよ。外の空気を吸い過ぎたの。外の空気は毒で満ちているの」  女はそう言って男を静かに優しく抱きしめるように抱きついた。  しかし男のほうは喜ぶどころか不快感を露わにする。 「ふざけるなよ……! 確かにお前は心は弱かった。だからあの時、強烈な憎悪を向けられて、それが深い傷になったのは分かる。けど、それだけのことでどうしてこんなことをする! 俺が惚れた女はそんなことはしない!」  叫び、言い終えた時、男を抱きしめる女の手がピクリと動いた。 「ねえ、どうして他の女の話をするの? やっぱりあの女なのね? あの女があなたを洗脳したのね?」  言いながら、男の背中に回された女の五指に力が込められ、皮膚に食い込んでいる。 「違う。あいつはただの幼馴染だ」  苦痛に顔を歪ませて男は否定した。  だが女の疑いは晴れない。顔を上げて、男の眼前で言い詰める。 「なら私と一緒に居たほうがいいでしょう? 私といなければならないわ。あなたがあの世界に毒されないようにするためにはこれが最善の策なの。それなのにどうしてそこまで抵抗するの? あの女のせいなのね? あの女のせいでしょう? あの女の――ングッ!?」  女の言葉は遮られた。男からの口づけによって。 「んちゅ……はん……んっ……あぅっ」  一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに嬉々とした表情を浮かべて女は男の唇を、舌を、咥内をむさぼるように蹂躙する。  混じり合った二人の唾液が滴り落ちてもしばらくの間、深く熱い接吻は止まることがなかった。 「これで分かっただろう? 俺が、お前を好きだっていうことが。だから、俺ともう一度行こう。外の世界へ」 「そこまでしてあなたは私を外の世界に連れて行きたいの? 私をダシにしてまであの憎悪と悪意に満ちた世界に戻りたいの? それとも女に会いたいの?」  女は恍惚とした表情を浮かべ、しかし疑念を隠さないで男に問いかける。 「疑り深いにもほどがある……。俺は、お前がこのままじゃ危ないと思ってだな――」  男の説教じみた主張は唐突に遮られた。  それは玄関が轟音を立てて開いたからだ。 273 :監禁の行く末 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/02/07(月) 01:14:03 ID:ojzq2sR+ 「やっと……やっと見つけたよ……」 「っ!? 誰なの!?」  玄関からの消え入るような呟きに、女は怒りを滲ませて声を張り上げる。 「…………」  男は誰が来たのか分かっているかのように沈黙する。  玄関から土足で上がり込み、侵入者は男と女がいる場所にまで乗り込んで来た。 「あー、慎君の匂いがするー……。やっぱり慎君はここにいたんだぁー……」  ケタケタと、何がおかしいのか侵入者は笑い声を上げた。 「美紗さん、あなたは常識と言うものが欠如しているんじゃないかしら?」 「あれぇ? 彩先輩どうしてここにいるんですかぁ?」  侵入者、美紗は首をかしげてやはり怪しげな笑い声を上げる。  女――彩は警戒心を露わに、自身が監禁拘束した男――慎を守るように立ち塞がった。 「彩せんぱぁい。ボクの慎君返してもらいますねぇ?」 「断るわ」  美紗の要求に間髪いれず拒否する彩。 「あなたに彼は渡さない。慎は私を選んだの。そして私たちは結ばれたわ」 「嘘――うそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそ!!!! そんなのウソだ! 嘘っぱちだ!」  彩の言葉を理解した直後、美紗は気が触れたように拒絶の言葉を叫んだ。  それを慎は静かに眺める。  むしろそうすることしかできなかった。  なぜならそれは事実であり、自分が惚れた女は幼馴染のせいでこの世界を拒絶するようになった。  後ろから、低い位置にいるから分かるが、彩の脚は今にも崩れんばかりに小刻みに震えているのが分かる。虚勢を精一杯に張って、彼女にとっての諸悪の根源に立ち向かっている。  場違いだと分かっていても彩を応援したくなる。しかし幼馴染の美紗をこのままにしておくのも胸が痛む。  美紗の叫びに一瞬だけ怯む彩だったが、しかしすぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「ふん。良いザマね。あのときの慎ときたら凄かったわ。私の全てを求めてきて、何度も何度も激しく私を求めてきたのよ?」 「嘘だ……嘘だァ……」  頭を抱え、涙を流して美紗はよろめく。  慎は目を閉じて、厳しい表情で死の宣告をする。 「事実だ……昨日、俺は彩を求めた」 「そ……んな…………」  ついに美紗はその場に崩れる。  涙を流し、呆然自失する美紗に見下すような視線を向けた彩は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、一目散に慎の身体に飛びついた。 「ぐぇ」  慎の腹から悲鳴が沸く。 「これで私たちは静かに二人だけで生きていける……だから、もうあなたは何も言わなくてもいいでしょう? そうでしょう? そのはずでしょう?」 「……そういうわけにもいかないだろうが。美紗を家まで送らないといけない。それにどの道この世界と関わり続けなきゃいけないんだよ、この世界に生きてる以上はな」  ため息交じりに言う慎。  ところが直後、彩の雰囲気がザワリと変化した。 「…………そう。そうなの。そういうことなの」 「彩……?」 「結局私よりもあの世界のほうがいいの。それに私よりもあの女のほうがいいの。慎は私と一緒にいるべきなのに。あの毒された世界には居るべきではないのに。そう、それなら、私たちはこの世界にいないようにしなければいいのよね」 「なに……?」  その不穏な言葉に慎は訝しむ。何か嫌な予感がした。  彩は慎に熱い口づけを交わすと、台所のほうへ向かった。  そして戻って来た時、彼女が手にしている物を見て慎の第六感は的中したことを知った。 「何を考えているんだ」  静かに相手の真意を問いただす慎。 「なにって、私たちが誰にも邪魔をされない世界へ行くために必要なことよ」 「ふざけるな……! どうしてそうやって短絡的な思考に流される!」 「ほら、毒されてるからそうやって必死になる。私が好きなら反対も反論もしないはずだよね? そうだよね? ううん、それが当たり前」 「…………」  人の話を聞かないその様子に、慎は無意識のうちに歯ぎしりをしていた。  それは自分のふがいなさ故か、あるいはこの理不尽な状況に対する苛立ちか。 「くそっ!」  腕や脚を激しく振るが、縄は堅く結ばれているらしく、びくともしない。 274 :監禁の行く末 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/02/07(月) 01:14:39 ID:ojzq2sR+ 「逃げないで。大丈夫。苦しいのは一瞬だけ。だから、一緒に行きましょう?」  包丁を純手に持ち、抵抗する慎の首筋に狙いをつける彩。  そして彼の身体に馬乗りになって動きを制限させると包丁の刃を首筋に向けた。 「くっ……」  好きな女と一緒に居られるのは幸せだが、だからといってこんな一生の二人きりはごめんだった。  生あるこの世界で共に道を歩み、楽しみ、幸せを噛み締めたかった。  それがどこで間違ってしまったのだろうか。  抵抗することを諦めた慎の脳裏を走馬灯のごとくこれまでの彩との過ごした幾つもの記憶が横切る。 「私は後から追いかけるからね――!?」 「させるかぁ!!」 「なっ!?」  大きく振り上げた彩がベッド脇の隙間に落とし込まれるように突き飛ばされた。  ガン! バタン!  と激しい物音がしたと思うと、慎の視界にどちらかの頭の一部が入り込む。 「慎君……!」  ひょっこり顔を出したのは美紗だった。  彼女はさっきの絶望に満ちた表情とは打って変わって嬉々としている。  しかし彼女の光を一切映さないその目はなんだろうか。彼女の頬のついている赤い液体はなんだろうか。 「美紗、お前――まさか……!」 「もう大丈夫。慎君にまとわりついてた害虫ならもう駆除したからね!」  そう言って彼女は慎の身体に乗っかった。 「馬鹿野郎が…………!」  憎しみ、哀しみ、解放からの安堵。様々な感情が慎の胸中で嵐のように溢れかえる。  しかしなによりも恋人を亡くしたというその事実が彼に重くのしかかっていた。 「何泣いてるの? ああそうか。慎君は優しいもんね。だから害虫が死んだことに哀しんでるんだよね。でもね、あれは慎君を傷つけたんだよ? いくら優しい慎君でも、限度ってものがあると思うんだ」 「っ…………!」  内側から溢れ出る感情を抑えることしかできない慎は目を瞑り、ひたすら耐え続ける。 「さ、慎君、これほどいて一緒に帰ろっ」  相も変わらず嬉々とした表情でいる美紗は慎の手脚を拘束している縄をほどこうとする。  きつく締められているため、手こずっているが、段々と緩み始めてきている。 「ん……しょっ……! あと、もう少し、だから、ねっ!?」  直後、ズブリ、という何かを貫く音がした。 「あ……れ……。どうし、て……?」  己の身に刺さっている鋭利な刃物を見、その先にいる人物を見て美紗は呟く。  激痛のあまり、慎の腹上から滑るように床に落ちた。 「させ……ません。慎を、あなたなんかに、……奪われてたまる、もの、ですか……!」  息も絶え絶えといった風に、彩は呟く。  刺された場所が悪かったのか、出血は相当酷く、唇は紫色だ。  その状態で、血に染まった手で慎の頬を撫でた。 「し、ん……先に、行って、待ってます……ね……………」 「彩……!? 彩……! あやあああぁぁああぁぁぁああああ!!!!!」 275 :監禁の行く末 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/02/07(月) 01:21:36 ID:ojzq2sR+ ――― 捜査進展状況中間報告書 ――― ○月×日 報告 △月□日 午後●●時●●分ごろに隣室から異臭がするとの通報があった。 付近を巡回していた××××巡査が現場に向かった所、女性二名の死体および衰弱している男性を一名発見。 同巡査はただちに◆◆◆◆署に応援を要請し、男性は救急車で■■■■病院に搬送され、一命を取り留めた。 二名の遺体、および一名の男性は、運転免許証、保険証などから、◇◇市在住 二江美紗22歳、同市在住 天城彩 21歳、同市在住 相沢慎 22歳と判明。  一方、女性二人の遺体についてだが、現場に残されていた包丁から両名の指紋と血液が検出された。  またこれらの遺体に残されていた傷と包丁の形が一致。また荒らされた様子もなかった。以上の点からどちらかが先に他方を刺し、刺された側が後に刺した相手を刺殺、しかし刺された側もその後絶命したと思われる。  ドアが破壊されていた点については鑑識の分析により爆発物を利用して破壊したものと推測される。  鑑識による証拠物件、検死結果は次項に添付する。  なお、救助された男性は回復後、捜査員の隙をついて屋上へ行き、投身自殺を図り死亡した。これについては別の捜査資料に記す。 追記 ●月▼日 女性二名について、被疑者死亡のまま殺人容疑で二江美紗を書類送検。被疑者死亡のまま爆発物取締法違反、および殺人容疑で天城彩を書類送検した。

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