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844 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 23:48:19 ID:8hYHve+I [6/9] 1  節々が白く彩られている空の下、この日は見事なまでに晴天に恵まれ、そよ風になびく洗濯物が純白な輝きを見せていた。  天気予報では好天になるだろうと放送していたが、その気象観測図に映っていたこの地域は雨雲が忍び寄る気配も感じさせず、予報士の言葉を聞くまでもなく明確だった。  週刊予想においても、今週いっぱい晴れだと太鼓判を押す具合で、しばらく傘の必要は無さそうだと思われた。  暦の上では冬の訪れを予見させる風が吹いて来てもおかしくはないのだが、このささやかな風は肌を強張らせる事もなく、道行く学生達の背中を後押しする。紺の制服、髪の毛が揺れるのを彼らは特別気にする事もない。  東浦高校はその名の通り、東に入り江を臨んだ山の上に建築された学校だ。  富士の山を窓の向こうに迎えるこの景観は東浦校の自慢の一つで、多くの羨望を集めている。  他校から転勤してきた教諭、海外から来た外国語指導助手、戦時中の話をしに来た退役軍人に定年を迎えた元教員と、日本一の山を一目で拝めるこの土地は素晴らしいと誰もが口にした。  皮肉なのは、当の学生達からしてみたらそれは特別珍しくもないものだという事だ。毎日目にする光景だから、特別な興奮を覚える暇も無い程に見慣れている。  まして彼らはまだ十代の半ば過ぎで、日常の中から景観美を理解するだけの感受性を求める方が酷であろう。  ぞろぞろと登校する学生達の中の一人、二見幸助(フタミ コウスケ)もその一人である。彼は生まれも育ちもこの地域の為、物心付く前から富士山を眺めていた。十七歳を迎えた今更では特別な感慨も湧かない。  最近になってようやく山頂に雪が降ったらしい事を確認した時は季節の移り変わりを目にして多少の風情を感じはするものの、それをわざわざ友人達との話題にしようとも思わなかった。  「どうしたの?」  隣を歩く朝倉唯(アサクラ ユイ)が二見に声を掛けた。 845 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 23:51:21 ID:8hYHve+I [7/9]  「いや、なんでもねぇ」  富士を一瞥した二見はそれをおくびに出す事もなく、ぶっきらぼうに言った。  この二人、傍から見る分には仲睦まじい恋人同士だが、本人達はあくまで「友達」だとそれを否定している。クラスではそれを単なる照れ隠しだと見ており、時折彼らを見かけては冷やかすというのが日常となっている。  本人達はその都度その都度で否定しているのだが、最近では段々と面倒くさくなってきている様子で、無視したり苦笑して誤魔化す事も見られる様になってきていた。  「ちょっと失礼」  背後から声を掛けてきた片眼のこの男も、その冷やかしの一人である。  「……何だよ、佐原」  毒々しく呼び捨てた二見の顔からは、あからさまに嫌悪感が見られる。  佐原と呼ばれたこの男は、本名を佐原 幸人(サワラ ユキヒト)と言い、学校の中でも随一の変人だと知られている。  夏でありながらも冬季仕様の迷彩服を羽織るという彼の服装センス(当然、教師達から年中睨まれている)、口癖である不気味な引き笑い、おまけに死体を愛でるという異常性癖の疑いまである。  一見すると怪奇としか言い表せぬこの男に対する風当たりの強さはなかなかのものだった。  今では彼を毛嫌いする者達もあらかたはなりを潜めたが、二見達は未だにこの佐原を快く思っていなかった。  佐原は嫌そうな顔を隠そうともしない二見と朝倉を見、「ヒッヒッヒ」と何時もの引き笑いをする。白濁した右目を光らせるその笑顔は、十七歳のそれよりも老獪な男の嘲笑いと形容する方が似つかわしい。  「前より知らせていたクリスマスについて、そろそろ返事をもらおうかと」  見てみると、制服の上に羽織った迷彩服に隠れた左手には紙とシャーペンが握られていた。  「委員長の言ってたアレか。何でお前が集計してんだよ?」  クラスの委員長がかねてより告知していたのは、クリスマスイブの夜にクラスの皆で集まってちょっとした催し物を開こうというものだ。  所詮は未成年の集まりだし、場所も委員長の自宅なので大した規模ではないが、クラスの親睦を一層深めようと標榜しての企画である。  二見はてっきり、委員長が頃合いを見て訊ねてくるだろうと思っていた。それを、委員長と特別親しいわけではないはずの佐原が代行するのは何故か。  佐原はさらりとその疑問に答えた。  「今回の企画、私が委員長殿に進言したものですからねぇ」 846 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 23:53:39 ID:8hYHve+I [8/9]  「はぁ!?」  二見と朝倉は、何て事ない風に言う佐原の顔を見ながら大声を上げた。  目と口を大きく開く二人の顔が可笑しかったのか、また引き笑いをする佐原は二人が何か言いたげなのを手で止める。  「費用は半分、私の方で負担しているんですよ。私はいわゆるプランナーであり、スポンサー。委員長殿は言うならばプロデューサーというやつです。委員長殿は皆からの信頼も厚い故、私が直接広報に回るよりも彼女の口から言ってもらった方が都合が良いですから」  委員長こと香山 愛(カヤマ メグミ)は佐原の言う通り、クラスの中心に立つに相応しい女だ。  教員から頼られ、クラスの皆からも好かれている彼女は小・中学と年々委員長を務めている事から、そのまま「委員長」とあだ名されている。名前で呼ばれる事の方が少ない程だ。  容姿に恵まれている事もあって、その人気は衰える事もなく今日まで続いている事から、まさしく佐原の言う通り、広報に適している人物と言える。  二見も朝倉も香山の事は十分知っている――まして二見は小学校からの付き合いでもあるので、香山に関しては彼の言う事に何ら返す事は無い。しかし、浮かんでくる一つの疑問はどうしても訊ねずにはいられなかった。  「どうして佐原君は今回のパーティを考えたの? それも、お金まで負担して……」  朝倉の唱えた質問に二見も頷く。二人は彼に対する不信感を拭えてはいないので当然と言えば当然な質問だろうが、これは委員長が最初に揚げた目的がそのまま返ってくるだけである事を二人は忘れていた。  「クラスの親睦の為ですよ、最初に委員長殿が言った様に、ね」  それを佐原の口から改めて聞かされた時に二人は思い出した。  かつての彼はクラスメート達から大層嫌われていて、それらのフラストレーションのはけ口同然であった。それがどうして現在ではほとんど沈静しているのか?  彼は多数のいじめを受けながらも、決して恨めしそうな態度を見せず、いじめに屈する様なそぶりも一切見せなかったのは二人も憶えている。 847 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 23:58:16 ID:8hYHve+I [9/9]  二人が聞いたところによると、彼は相変わらずマイペースで不可解な性格と不気味な言葉遣いもそのままであったが、親切な態度は見せ続けていたらしい。 その相手はクラスメートは勿論、彼とあまり距離の近くない者と先輩達も、彼をいじめていた者達すらも含まれていたとの事だった。  そうしている内に、徐々に佐原に対する認識は「変だが悪くない奴」というものになり始めていき、遠巻きに彼の良い印象が巡り巡っていったのである。  そうやって彼はじわじわと味方を増やし、やがて彼の敵は流れゆく時間に反比例して勢力を弱めていったのだ。  元々、佐原の顔立ちに関しては周囲も良く評価していた。高い鼻筋にほっそりとした輪郭、眉毛に掛かる前髪から覗かせる椎の実形の目は片方が失明してはいるものの、それがミステリアスな雰囲気を引き立たせていると言う者もいる。 総じてハンサムと称される面構えだ。  胡散臭さ漂う男だが社交性はあるので、顔立ちの良さも存分に生かして事態を打開したのだろうと推測する事はできた。  だが果たして、それだけでこの様に状況を百八十度転回させる事なんてできるのだろうか?  二人は彼の立ち回りに畏敬の念すら覚えた。  クラスメート達からは陰口を、不良達からは囲まれて苛められ、備品にいたずらをされ、下駄箱に悪質な手紙を放り込まれたりといった事が繰り返されていた日常を、気がつけば影も残さず変革させてしまった彼の底知れぬ何かに恐れたのだ。  迷彩服と制服の下に隠された佐原の体は酷く華奢だ。それは、袖から時折覗かせる彼の腕を見れば瞭然である。  腕力で不良達を無理やり黙らせたとは想像しにくいが、佐原への苛めの中枢を担っていたのは他でもない彼らである。何かきっと、彼だけが持ちうる秘策を使ったのだろうと二見は思案した。  現在でも二見達の様に、彼を不気味に思う者は何人かいるし、学校全体で見ればそれなりの人数になるのは確かだ。だがそれも、彼の味方の数からすれば比にならない。  さらに今年になってからは、彼の奇妙な面がオカルトに通じている者達からも支持される様になってきている。  委員長も、これらの流れで彼とそれなりに親しくなったのだろうと二人は思った。 848 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 00:00:55 ID:/qpAO3LM [1/13]  二見は正直言って、こんな得体の知れない男が関わっているのなら辞退しようかと思っていたが、この件が委員長の責任の下で行われる事を考えると、彼女の顔を潰す事になるのではないかと思った。  朝倉の顔をチラリと覗く。彼女も二見を困った様な顔で見返していた。  「……参加する。委員長の顔を立てなきゃならねぇしな」  「やむを得なく」と強調された返事だった。朝倉は特に異を唱えず、暗黙によってそれを承知した。  「分かりました。両名は参加でよろしいですね」  焦点の合わない右目を見開いてペンを走らせた佐原は、礼を簡潔に述べてその場から去った。  学生達の行き交る廊下での、ほんの一時の出来事。何時しか、二見の双肩には意味の分からぬ重石がずっしりと圧し掛かっていたが、佐原が消えた途端にフッと軽くなった様な気がした。  「気持ち悪い奴だ」  二見が忌々しげに吐き捨てたそれは、始業を伝えるチャイムがそれを丁度良く?き消した為、隣の朝倉の耳にも入る事がなかった。  その佐原が委員長――香山に報告しに行ったのは、二時限目が終わった後の休み時間の事だった。  「そう……二見君も来てくれるんだ」  香山は柔らかに微笑みを浮かべる。  「はい。委員長殿の顔を立てなければならないから、との事でしたよ」  「ヒッヒッヒ」と笑いながら告げる佐原に、「二見君らしいね」と香山は呟く。  「あ、あとですね」 何を考えてか、思い出した様に付け加える佐原のその顔には、嫌らしさが垣間見える。  「朝倉さんも参加されるそうです」  香山の笑顔はそれを聞いた途端に絶えた。  「……ふうん……朝倉さんも来るんだ?」  先程の笑みが嘘の様に一転し、冷たさを伴う無表情となった香山の瞳は、やけに憎々しげである。  佐原はそれを見越してか、より饒舌になる。 849 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 00:03:49 ID:/qpAO3LM [2/13]  「二見君と朝倉さんは常に一緒ですからねぇ。どこへ行くにも……学校は勿論、日曜日や旗日に夏休み、お二人は如何なる時においても行動を共にしているみたいですから。 そうそう、この間、家族で買い物に行った時もスーパーでお二人の姿を見つけましてね、いやぁ~……それはそれは、幸せそうに青春をエンジョイしていらっしゃって……アツアツでしたねぇ。 あれで「付き合っていない」と言うのですから、まっこと意固地でらっしゃる」  火に油を注ぐ――その言葉の通り、佐原の言葉はくすぶる火種に注ぎ込まれる燃料そのものである。みるみるうちに香山の眉間に皺が寄り集められていき、彼女の机の上で握り締められた拳はぶるぶると何かに堪え忍んでいる様に震えている。  「……付き合ってはいないんでしょう?」  訊ねる香山に、佐原は「はい」と答えた。  「……そう……」  席を立つ香山の背に、佐原はぼそっと呟いた。  「時間の問題だとは思いますがね」  それが彼女の耳に入ったかは定かでない。 香山はそのまま無言で教室を出て行ってしまった。  生徒達の話し声に包まれる教室の中、佐原はそれらの中に交じる二見と朝倉の姿を見た。二人が何かを話しているらしいのは窺えるが、その内容までは聞き取れない。  佐原としても、そんな些細な事にまで興味は及ばない。さっさと視線を外し、窓の向こうの富士山を眺める事にした。  富士の山頂に積る雪を見、佐原は一人呟く。  「恋人達に色を添える可憐な粉雪か、果てまたは荒れ狂う猛吹雪か……」  唇の端を吊り上げる。  「愛憎とは常に、紙一重なのですねぇ」  賑やかな教室の中、「ヒッヒッヒ」と笑い声がした。

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