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晴れのち病み 第三章」(2011/03/08 (火) 21:56:01) の最新版変更点

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919 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:44:16 ID:xoLhg4Re [2/9] 3  気付けばすっかり空気が冷たくなってきていたこの日、名峰の名に相応しい富士山の出で立ちを眼前に拝む事ができる晴天の下で終業式が行われた。  全校生徒が鎮座する体育館内に校長の訓辞が響くが、最近の世事についての話やどこぞの偉人の名言も生徒相手だと馬耳東風、真面目に聞いている者はほとんどいなかった。  校長もおそらく、それを分かっている上で話を続けているのであろうが、その姿はまるで「早く終われ」という生徒達の聞こえざる声を弾圧するかの様に見える。  長話にうんざりする二見には少なくともその様に見えた。苛つきが見られる顔と声は露骨というわけではないにしても、少しでも集中すれば容易に察知できる。それこそ、居眠りさえしていなければ。  二見が周りをぐるりと見回せば、それだけで二・三人の居眠りが目に入る。決して多くはないが、列の少し後ろ側は壇上からすれば一番目につきやすい場所になるので、良く目立つ。  酷いものになると、携帯電話をこっそり弄っている姿すら見られる。居眠りよりもむしろ、こちらの方が校長の神経を逆撫でしているのかもしれないと二見は思った。  冷えた空気の中、教員達も素行不良な生徒に苛立ちを隠せない。  館内の雰囲気は最悪だった。  式が終わり、その空間から出られた二見は思わず一息吐いた。授業態度の良くない連中が目立つ本校の事、珍しくない光景ではあるがなかなかに慣れなかった。  「元気ないね? 大丈夫?」  「ん、ああ……少し冷えただけ、何でもない」  それを聞くと、朝倉はポケットに手を入れ、それを二見に差し出した。  「体育館は冷えるからね、ホッカイロあるからあげようか? お腹に貼るの」  「なんか年寄りくせぇぞ、それ。今も使ってるのかよ?」  「年寄りくさいって、ホッカイロ馬鹿にするなよぉ。ほっかほかだよ」  「いい。遠慮しとく」  「背中に貼るのも効くよ」  「だからいいって! 腰曲げたじーさんばーさんの仲間入りするみたいで色々と負けた気になるわ!」 920 名前:晴れのち病み[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:46:20 ID:xoLhg4Re [3/9]  先程までの憂鬱そうな顔が何時の間にか失せた二見とおどける朝倉、この両名が「クラス名物」と周囲から認められるのも、こういった相性の良さがあっての事だ。  常に行動を共にし、互いに補完し合う事を可能としているからこそ、周囲から羨望――及び、嫉妬――を浴びているのだ。  周囲が二人の間に割りこむ事を躊躇う程の親密さで、誰も邪魔をする気にもならない。故に二人がくっついている時は用事でも無い限り、誰も近寄ろうともしないのが常なのだが、この日は珍しくそんな中に声を掛ける者がいた。  「ちょっといいかな?」  二人に割って入ったのは香山だ。今日はかねてより計画していたパーティの日でもあるので、その事についての確認をする為に声を掛けたのだった。  「二人は今日、大丈夫だよね?」  「ああ、会費は二千円だよな?」と二見。  「うん。午後七時に集合だから忘れないでね」  「あとは特に必要なのは無いんだよね?」  朝倉が香山に尋ねる。  「特別には、ね。個人的に何か必要だと思う物があればそれを持って来ても構わないし……あ、ただ貴重品とかは気を付けてね?」  「うん、分かった」  「それじゃ」と言って、香山は別のクラスメートの元へ向かった。  今日の催し物に来るメンバーは十人程度(佐原妻子除く)。二十七人のクラスという枠内での一生徒が企画したパーティとしてはぼちぼちの人数だろう。  ふと二見は思った。  その人数の中で、果たして何人がこのパーティの主催に佐原が関わっている事を知っているのだろうか?  参加の確認を取っていたのが佐原だった事を思えば、おそらく大半はそれを知っているのかもしれない。  佐原はふうっと溜め息を吐いて教室の一角を見る。そこには、クラスの張り紙を手伝う佐原の姿があった。楽しそうに談笑している。  ――一昔前だったら、考えられない光景なんだがな……。  無論、この感情が個人的なものであるのは二見も分かっている。客観的に見た限りでは――未だに服装や口振り等の問題点を抱えてはいるものの、今の佐原はクラスの皆を手伝い、親睦も深めようと努力している優等生だ。 921 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:48:41 ID:xoLhg4Re [4/9]  成績だってそつが無いし、嫌う者がいるのが事実であっても、他方では多くの人気を我が物としているのもまた事実なのだ。  そこまで分かっていても割り切れない。彼には心を許してはいけないという警戒心が晴れない。こんな様子でパーティを楽しめるだろうかと、参加を決めた事を後悔し始めていた。  「嫌な予感しかしねぇな……」  「え?」  二見の口から洩れたその一言に、朝倉が小首を傾げる。  「いや、何でもねぇ」  手を振ってそれを誤魔化す二見だが、朝倉はどこか不自然な面を感じていたらしく、顔色が優れない。  彼女は追及しようかと思い、口を開こうとしたその時、「ガラッ」と戸の空く音がした。山本が教室に戻ってきたのだ。  「もうじき授業だぞ、席に着け」  今まで意識の外であったが、時計ではもうじき現国の授業が始まる事を告げていた。 ――後にした方が良さそうだね……。  そう思い、その場は胸にしこりが残ったまま、朝倉は自分の席に戻って行った。  間もなくして、始業のチャイムが校舎に鳴り響いた。  教科書を捲る。山本がそれを片手にチョークを持つ。  教室に良く通る声。いつも通りの退屈な一時。  普通の日常、なのに胸の中は落ち着かない。  刻一刻と、それは勢いを強めている様に感じた。  ――二時限目を終えた休み時間。ストーブの温もりで冷えた教室が暖まる中、クリスマスの話題がそこかしこから聞こえてくる。  二見が耳を澄ませてみると、それらは夢のある甘い話や独り者の恨み節が入り混じった混沌となっており、奇妙な瘴気すら感じられた。これもクリスマスのお約束かと苦笑してしまう。  中には例のパーティについての話もあった。場所が委員長の自宅である事から「どんなお家なんだろう?」「結構大きな家だって聞いたけど……楽しみだね」と、パーティよりも香山の家の方に興味が行っている者もおれば、 「このパーティに乗じて目標のあの子に告白する!」と鼻息を荒くしている男子もいる。単純に皆で飲み食いする事が楽しみで心待ちしている宴好きもいるし、それらの話題に触れて「自分も参加すれば良かったかな」と思い直す者も出てき始めていた。 922 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:52:07 ID:xoLhg4Re [5/9]  ストーブを中心に囲んだその輪の中には佐原の姿もあった。  女子と男子に挟まれ、「奥さんもパーティに来るのか?」「奥さんはどうやってゲットしたの?」「いつヤッたんだ」など、猥談と恋愛話が織り交ざっており、困惑気味であるのが一目で分かる。  そんな中でも多少の惚気が滲み出てはいるが。  この調子だと、佐原が今回のパーティの企画者である事は皆知っていてもおかしくないかもしれない。それに、佐原が関わっていた事を知ったところで、自分みたいに懐疑心など彼らが抱く事もないだろう。  少なくとも、自分の周りには味方がいない。朝倉を除いて。  二見は自分の胸に先程から渦巻く悪寒が杞憂であってほしいと願った。  「ねぇ……」  俯く二見に声を掛けたのは朝倉だ。彼女は委員会の所用で席を外していたのだが、それを片づけて今戻ってきたばかりだった。  集会が終った時にも気になっていたが、戻ってきて一番に目についた二見の顔が非常に痛々しく見えた彼女はそれを見過ごせなかった。  「顔色が悪いよ、大丈夫?」  顔を上げない二見を覗き込んでくる朝倉。  二見は一瞬迷った。自分の抱えるこの悪寒が何なのかを説明し辛かったからだ。  最初、「佐原が関わっている」という事に端を発していたという事で、彼が覚えた不気味なそれは佐原に対して抱いている嫌悪感の延長線上での事だと思っていた。  ところが、それが段々と変質してきて、今では例えようもないくらい不気味なものになっていた。もう個人的な好き嫌いの枠を乗り越え始めていて、まるで心臓を縛りつける様な不快感まで込み上げてきていた。  荒っぽい不良達が黙り込み、その素性は教員ですらも知らないという霧の様な男、それが佐原という男だ。  クラスの親睦の為――今回のパーティについて、彼はそう言った。  ――本当にそれだけなのか? 923 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:56:25 ID:xoLhg4Re [6/9]  二見は朝倉に話してみようと思った。「ただの考えすぎ」だと笑い飛ばされるのならそれでも良い。とにかくこの胸の重圧を解きたくて仕方なかった。  「……今夜の事だ」  「今日の?」  重い空気を背負っているから何かと思えば、今夜の一時について考え込んでいたのかと一瞬呆れそうになった朝倉だが、彼の顔を改めて見ると笑えなかった。それは近い内に良からぬ事が起こる事を見据えている様に見えたからだ。  「……もしかして」  二見の頭にはきっと彼の顔が浮かんでいるのだろう。場所を履き違えた様な服装に人を小馬鹿にする様な口調、白濁した右目を光らせる不気味な彼の顔が。  「佐原君の事?」  敢えて訊ねてみる朝倉。  彼は憂いを映す瞳を彼女に向け、静かに頷いた。  二見がここまで悩んでいるのは皮肉にも、彼の義理堅い一面が絡んでいると朝倉は見た。  佐原が関わっている事にここまで考えてしまうくらいなら、一思いに辞退すれば良いだけの話なのだ。彼がそれをやらないのは、参加する事を知った香山が見せた嬉しそうな笑顔を台無しにはしたくないと考えたからだろう。  おまけに、「委員長の顔を立てる」と佐原にもはっきりと伝えてしまった手前もある。おそらくこれが止めとなり、彼は進退極まってしまったのかもしれない。  佐原が良からぬ事をしているという噂は二見も朝倉もあまり耳にはしないが、どこか並々ならぬ一面を潜ませている予感は十分にある。  二見の気持ちは朝倉にも痛い程分かった。  「確かに佐原君は色々と分からない点が多いし、正直気持ち悪いけど……今夜の事に関してはそんなに気に病む事はないんじゃないかな?」  ふと顔を上げる二見。  朝倉は、二見に楽に考える様に言った。確かに自分達は佐原を毛嫌いしているが、少なくとも二見が考えている様な悪い事は起こり得ないだろうと。  そう朝倉が結ぶと、二見は少し楽になった様な顔をした。 924 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 22:58:59 ID:xoLhg4Re [7/9]  「まぁ仮に佐原君が何か変な事を考えてたとしてもみんながいるし、委員長の親御さんもいるだろうし、大丈夫でしょ。行くと決めた以上うだうだ言うのはやめときなって」  「……ああ、ま、そうだよな」  朝倉の言葉に、燻り続けてきた二見も吹っ切れる。親しい異性の友人に「うじうじするな」と喝を入れられるのは、彼にとって応えたみたいだ。  「悪い様にはならないよ。きっと楽しくなるよ」  「おう」  肩をポンポンと叩いてくる朝倉に苦笑する二見だった。  そんな仲の良い二人に、一部のクラスメート達はクリスマスによる瘴気に毒されてか、普段よりも刺を立たせていた。二見達が気づく事はなかったが、羨ましげに、又は憎々しげに見つめるその目はギラギラとしている。  その中に極めて強烈な殺気を漲らせる者がいた。  香山愛である。拳は震い、目は鋭く尖って朝倉を睨み、口の中では怨み言をぶつぶつと唱えているその姿は、クラスメートの前で振る舞う彼女とは似ても似つかない程変わっていた。  ――何故そこにお前がいる?  ――何故お前が二見君の隣にいる?  表には出てこないそれは彼女の中で循環されていき、次第に巡りが早まってくる。自分の体内で回る怨念によって自分自身が段々と興奮していくのを彼女は感じ取っていた。  「昔から一緒だったのに」  香山と二見は小学校からの付き合いだ。特別に親しいわけではなかったが、よく話をしたり一緒に遊んだりと、仲は良かった。二見が香山の顔を出来る限り立てようとするのはこのなごりである。  皮肉なのは微妙な間柄が長く続いた事と、二見が恋愛感情について多少鈍感であった事だ。香山も奥手であった事もあり、ずるずると気持ちを伝える事を先送りにしていたその内に朝倉が現れ、事実上、二見と一番近しい異性となってしまった。  ただ、二見は朝倉の事をあくまでも友人としか思っていないのだが、それは香山の知り得ぬ事。朝倉がよくアプローチを仕掛けている事に目が行ってしまい、二見も朝倉に好意を募らせているだろうという憶測が成り立ってしまっているのだ。 925 名前:晴れのち病み 第三章[sage] 投稿日:2011/02/17(木) 23:00:37 ID:xoLhg4Re [8/9]  それが朝倉に対しての憎しみが増幅されていく引き金となった。  行動を愚図った自らへの嫌悪も掛け合わされてのそれは、もはや殺意に等しかった。  狂おしいまでに捻じれ曲がった情念に支配されている彼女は欲望の虜と陥り、心に多くの隙間を生じさせた。ともすれば、自らの心と体の繋がりも希薄となってしまうその隙間は、彼女の命運をも潰える危険を孕んでいた。  その隙間に目を付けたのが、佐原幸人だ。そもそも、香山に二見と朝倉の関係を吹聴し、煽ったのは彼なのだ。  香山の中に生まれた火種、それは放っておけば時間と共に鎮火する可能性もあっただろう。佐原はそれを、取り返しのつかない段階にまで育て上げた。  「貴女は彼を好きなのでしょう?」  「でも彼の隣には彼女がいる」  「気に病む事はありません、考えてみてください」  「所詮彼らの関係は一時の戯れ。何時かは離れる脆い絆」  「貴女が彼との繋がりを得る機会は十分にあるのです」  「己の心に正直になりなさい」  「欲望に身を委ねるのです」  「貴女がその苦しみから逃れるには、流れに逆らわない事」  「私なら、そのお手伝いをする事ができます」  「貴女と彼でお互いを温め合う」  「そんな関係になれたら、素晴らしいと思いませんか?」  香山にも理性がある。佐原の陳腐な言い分に靡くつもりなど無いと己に言い聞かせていた。  それが糸の様にぷっつりと切れ、彼と手を組もうと決めたのは果たして何時の事だったか。  彼女は自嘲の笑みを禁じ得なかった。

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