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42 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:18:17.08 ID:01Uo1WPn [2/9] 4  チキンにケーキにスナック菓子、各種ドリンクと密かに用意された酒……テーブルの上にはクリスマス、と言うよりも未成年の宴会の定番と言える品が揃っており、皆がそれぞれを摘み食いしながら会話に華を咲かせている。  パーティは滞りなく開かれた。参加者全員――勿論、二見と朝倉、佐原一家も時間内に集まり、盛大なクラッカーの音と乾杯の音頭が取られ、じきに夜を照らす程の賑わいとなった。  香山宅は今夜、両親が仕事の都合で留守にしているという。それを聞いた一同は「それなら遠慮はいらないか」と言わんばかりに酒に手を伸ばし、早々に出来上がっていた。誰もが酔いに任せるばかりに振舞い、お祭り騒ぎになっている。  二見と朝倉も好奇心で酒を煽ってほのかに頬を赤らめ、皆から離れて――朝倉の積極的なモーションに二見が負けた形だが――二人寄り添って食事を楽しんでいる。周囲も空気を読んでか、誰も彼らの邪魔をしようとしない。  「ヒッヒッヒ……」  それらを眺めて笑うのは佐原だ。委員長に頼んで特別に作ってもらった湯豆腐の出し汁を啜っている。その傍を固める妻子――忍は自前の瓶酒をストレートで煽り、幸華は甘いお菓子を片っ端から掻き集めている。皆と同じく、貪欲に宴を楽しんでいる。  テーブルに散らばる空き缶やペットボトルを見ると、ジュースにウーロン茶、ビールにチューハイと、食べ物よりも飲み物の方が減るのが早い事が分かる。 それを時折確認しては冷蔵庫に足を運ぶ香山。気が利く人物と知られている彼女だが、こういった気配りもなかなかだ。 そんな背中を見送る佐原。彼の白濁した右目は何を映しているのか、二見達とアルコールに酔ったクラスメート、時計、そして彼女の背中、そのそれぞれにキョロキョロと視線を動かしている。  出し汁をずずっと啜り終え、土鍋を静かに置く。手近な皿に盛られている揚げ物を掴み、口に放り込む。佐原の好物の一つである鶏のから揚げのジューシーな味わいが口内に広がるのを舌で感じ、満足そうに目を細める。 43 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:20:47.39 ID:01Uo1WPn [3/9]  「まだ待つのか?」  三本目の瓶を空けた忍が佐原の耳元で呟く。  「もうちょっといいでしょう。せっかくの宴会なんですから、心ゆくまで楽しもうではありませんか、ママ」  ニタニタ笑いながら忍の大きな胸に後頭部を預ける。忍はそんな彼の頭に手を添え、やさしく撫でた。  それがクラスメート達の酒の肴となる。  「おおっ! 随分大胆じゃないか、佐原!」  グラスを握りしめて離さない一人の男子が茶化すと、それに感化されて周囲も佐原を注目する。  忍の乳房を枕に、何時も羽織っている迷彩服を毛布代わりにして料理を貪る彼のだらしない格好を目の当たりにした皆は、呆れるべきなのか、微笑ましく見守るべきなのかと判断に困って苦笑いを零した。  内、何人かが佐原を「マザコン野郎」だと揶揄した。  佐原はまどろみから瞬間的に覚め、目を見開いた。その目はクラスメートにではなく、彼の妻の顔に向けられている。  忍は表情を殺していた。先程まで佐原に向けていた微笑みは無い。  佐原は彼女の吊り上がった三白眼の奥に激昂の炎を見た。  「ママ」  周りに感づかれない様、忍の両腕に絡まる形で抱き付き、そっと首筋に顔を寄せる。  「同級生同士の戯れですから」  傍目からすれば求愛好意とも取れる佐原の抱擁に周囲はさらに湧き立つ。その歓声がカムフラージュとなったのは幸いだった。  「……そうか」  両肩の強張りが解けたのを肌で感じると、佐原はほっと一息吐いた。  「ふふっ、羨ましいなぁ」  香山がドリンクを盆に乗せてやってきた。ぴったりと抱きしめ合う二人を見るその目は羨望に染まっている。  忍の体温を全体で感じつつ佐原が首だけ彼女に向ける。  「貴女にも素敵な出会いがありますよ。今日辺りにも、きっとね」  含みを持たせたその言葉に周囲の空気が若干変化した。誰もが香山に少なからず好意を寄せている事もあり、その佐原の一言には敏感だった。  クラスメート達が浮つき始めたその時の、この香山の返しの一言はさぞ衝撃的であっただろう。  「私にはもう好きな人がいるもん」 44 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:22:55.21 ID:01Uo1WPn [4/9]  男子連中の下顎が項垂れるかの様に下がる。香山程の人物が好きになるといったら、それはきっと自分たちが敵うような相手ではないのであろうと、言いようの無い失望感に打ちのめされた。  女子達はそんな男子達を見て――酔った勢いもあってか――すすっと距離を縮める。肩をぽんぽんと叩き、歯を見せて笑いながら酒を勧めて失恋を慰めると、男子達は苦笑いを顔に貼りつかせた。  男子は男子、女子は女子と同性同士で集まる形が目立っていたのが、男子の合間に女子を挟む様な形になった。  女子が両隣の男子を茶化したり、慰めたり、相談に応じたりと心のケアに回っているこの光景を見るからに、今回の参加者の内、恋愛に初心な者が男子に集中しているらしい事が分かる。どうも男子より女子の方が恋愛を得手とするらしい。  男のプライド故か、男子は現在のこの空気に居た堪れなくなってきたらしく、気まずそうだ。  それを目にした忍は酒瓶を握り締めておもむろに立ち上がり、男子達の合間に割って入ると、グラスにどぷどぷと酒を注ぎ始めた。  男子の一人がキョトンとしてそれを見守っていると、天井を突き刺さんばかりの長身を誇る大女は威圧的な声で一言、「飲め」と言い放った。  彼女なりの好意であると注がれた彼は何とか解釈したものの、吊り目の三白眼が遥か高みから見下してくるその様はむしろ脅迫ではないかと思われてもおかしくない。  少し怯えながらも彼が礼を述べると、忍は無言で次に回った。皆にお気に入りの酒を振舞うつもりらしい。  「可哀想」  お菓子を頬張ってご満悦な幸華の顔が、その一瞬だけ真顔になった。齢五歳が見せるとは思えないその冷たさを感じさせる表情の先には、忍の手にある酒瓶と、それを注がれている少年少女達の姿があった。  背の丈二メートル近くの女が室内を歩き回る様はなかなか目立つ。半ば二人の世界に入り込んでいた二見達も思わず彼女に注目してしまう。 45 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:25:09.99 ID:01Uo1WPn [5/9]  佐原を毛嫌いする彼らの事、その縁ある者とも出来るだけ関わるまいとしていたのだが、男性ならいざ知らず、ここまで大柄な女性はテレビでもあまりお目に掛かれない。図らずとも湧き起ってしまう好奇心が、彼女に視線を向けてしまう。  又、彼女は長身であるばかりか肩幅も広く、それが彼女をより大柄に、より逞しく見せている。  朝倉は丸みを見せるフォルムで肌も柔らかそうだと目で感じられるが、忍はその真逆で角ばっている。言わば筋肉質だが、それに反して佐原が枕にしていたその胸は女性の色気を惜しげなく漂わせている。  年頃の男子故に致し方ない事であるが、これには二見も唾を飲む。  朝倉はそんな彼に気付き、肩をつつく。二見が振り向いて見ると、彼女は少しムッとした顔をしていた。  「……なんだよ?」  「助平」  朝倉はそっぽ向いた。  二見は顔に血が上るのを感じた。  「なっ、何だよいきなり……」  「ふ~んだ」  二見が慌てて朝倉にあれこれと言い訳をするが、朝倉は答えようとせず、ただ「ふ~ん」「へぇ~」と投げやりに返すばかり。  彼女も怒っているわけではないのだが、日頃のアプローチにこれといった反応も見せない彼が人妻の女体に欲情しているのが面白くなかった。これはその仕返しである。  わたわたとはしゃぐ二人を、酒を注ぎながら横目に認める忍。注がれている男子もこれで何回目か、すっかり顔を赤くしているのだが、気にもせずにどんどんと勧めていたところだった。  その酒瓶に栓をし、懐から別のボトル缶を二つ取り出す。傍から見た分では極普通のビールだが、それらはとっくに封が切られていた。  周りは全員泥酔状態に陥っており、中には呂律が回らないのもいる。意味も無く笑い出す者や陽気に歌い出す者も出始め、室内を酒気が覆い尽くしていた。元より酒が回っていて喧しい事に変わりはなかったが、それが一段と向上している。 46 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:27:00.40 ID:01Uo1WPn [6/9]  そんな状態で、忍の持つ二つのボトル缶を怪しむ者なぞ現れようがなかった。まだそれほど酒にやられていない二見と朝倉も互いに夢中になっているので気付く由もない。  「お前達の分はこれで良いか?」  気付けば自分達のすぐ傍まで来ていた忍に二見達は思わず怯んだが、すぐに気を取り直す。  「あ、はい。ありがとうございます」  二見が礼を言う。朝倉はまた少し不満げな視線を彼に向けた。  忍はそんな二人の微妙な関係に興味は無さそうで、無言で注いだと思ったらすぐに踵を返した。振り返る際に揺れる彼女の胸に目を見開く二見だが、すぐに朝倉に背中を抓られ、最後まで観賞する事は叶わなかった。  「何なんだよ、さっきから……」  何故か不機嫌な友人――朝倉に愚痴を零しながら、二見は忍が注いだビールを煽る。  「……ニブチン」  乙女心を理解してくれない、そんなボーイフレンドに煮え切らなさを禁じ得ない朝倉も、胸の中を洗わんばかりに杯を干した。  ――賑やかな酒の席。夜を騒がす宴の中、一人の乙女の恋心が漆黒の帳に紛れて静かに蠢きだした。  それは欲望塗れの情念に操られて淫魔となり、まるでそれに精気を吸い取られるかの様に一人、また一人とクラスメート達が意識を落としていった。次々に眠りゆくクラスメートを訝しむ者もいるが、その者も長く持ち堪える事もなく、瞼を閉じる。  あれだけ騒がしかった宴会が嘘の様に静まり返った。酒瓶、菓子の包み等といったゴミを辺りに散乱させたまま、誰もが床に身を伏している。二見と朝倉もテーブルに頭を乗せ、とうに気を失っていた。  健在であるのは佐原一家と香山の四人のみ。足元にひれ伏す様に眠る彼らを見下ろし、唇の端を吊り上げている。  「では、私達は彼らを送り届けてきますので」  そう言って佐原が忍に目配せすると、忍は無言で眠りこけるクラスメートを担ぎ上げた。腕一本で人一人を軽々と扱い、外へと連れ出していく。 47 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:28:58.00 ID:01Uo1WPn [7/9]  外にはバンが駐車してある。その後部座席乃至積み荷スペースに彼らを積み上げる。手際は非常に乱暴で、まるでゴミを放り投げるかの様だが、それでも彼らは目を覚まさない。  「お兄ちゃん達は帰らないの?」  忍が機械的に働いているのを見守る中、幸華が香山に訊ねたのは、二見と朝倉の事だ。クラスメート達が次から次へと積まれていくのに対し、二見達には指一本と触れようとしない忍を不思議に思ったらしい。  「うん。二人にはまだ用があるからね」  小学生に上がるか否かの年頃の娘にこれから起こす事を教えるつもりはない。香山は曖昧に答えた。  幸華はそんな彼女の瞳をじっと見つめる。  香山はその彼女の目に少し気押された。  母親の面影が強く受け継がれているその美貌が真っ直ぐ自分を見ている。今のこの少女には感情が無い。雛人形の様に抜け落ちていて、その両目はカメラのレンズみたいに無機質だ。淡々とこちらを監視している。  先程まで甘いお菓子を貪っていた姿が嘘みたいだと香山は思った。  「お姉ちゃんは、あのお兄ちゃんの事が好きなの?」  突拍子もない質問だった。  「……え?」  香山は反応し切れず、ぎこちなく訊き返す。  「男の人と女の人がクリスマスの夜に何かやるとしたら、ご飯食べながらお酒を飲むぐらいで、後があるとしたらセックスしかないってママが言ってたの」  香山はぎょっとして忍と佐原を見た。二人は互いに話をしながらクラスメートを運びこんでいるので、こちらには気が付いていない。  こんな小さな子供の口からセックスという単語が出てきたのが信じられなかった。小学校そこそこの年齢ならば何かしらの性教育は受けていただろうが、幸華がそれを教わるのはまだまだ先の事であるはずだ。  自分達が幸華の年代だった頃を思い出す。あの頃の自分達は赤ちゃんがどこから来るのかをまだ知らなかった。訊ねても、返ってくるのはいつも決まって、幼児向けの絵本から抜粋した様な答えだったと思う。  近頃は子供の性意識が進んでいると聞いた事はあるにしても、幸華の場合、それを認識して理解するにはまだ早すぎるのではないだろうか? 48 名前:晴れのち病み 第四章[sage] 投稿日:2011/03/08(火) 16:30:53.45 ID:01Uo1WPn [8/9]  そこまで思案すると、ふっと唇が綻んだ。  ――あの両親だからか……。  香山が見つめる一組の夫婦。片目ではあるがハンサムな顔立ちをした少年に、三白眼だが肉付きの良い大柄な美女……二人は年齢に差が開いている。  訊けば忍は三十歳らしい。幸華が産まれたのは今から五年前。すると――佐原の言う事に虚偽が無ければ――佐原は十二歳で一児の父になったという事だ。  さらに遡ってみれば、出産に至るまでの時間、妊娠するまでの間等、諸々を含めれば十歳そこそこから忍と佐原は肉体関係を結んでいたという事になる。  狂っているのだ。彼も彼女も。  今の幸華があるのも不思議ではない。全ては必然なのだ。あの二人が結ばれたその時から決定付けられていたのだ。  「――そうだね」  香山は微笑みを幸華に見せた。  「二見君の事が好きなの。どうしようもないくらいにね。それに気が付くのが随分遅かったかもしれないけど……」  幸華の目に香山の瞳が映りこむ。  「恋に気が付いたら、やっぱり突っ走りたいんだよね」  気恥ずかしそうな目だ。その胸の中に宿る欲望の一切が断絶されており、一滴と滲み出ていない。  幸華はそれに気が付いてるだろうか。  いや、全てを知っているのだろう。彼女も。  「お幸せに」  笑顔を浮かた幸華のそれは、年相応の無邪気なものだった。

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