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220 名前: ◆ kpb1UHuGog 2011/02/08(火) 22:07:48 ID:P10mz0So0 「七海の様子、おかしかったよね?」  七海さんが帰ると、お兄ちゃんがそう口を開いた。 「……そう? お兄ちゃんの気のせいじゃない?」  お兄ちゃんは変なところで鋭い、普段はあたしのあからさまな好意を見せても眉ひとつ変えてはくれないのに。 「そうなのかな。まあ、僕が何かしちゃったのなら後で謝っておけばいいかな?」 「……そうだね」  “謝って”おく、か。もう七海さんはお兄ちゃんの前には現れない。たとえお兄ちゃんが“謝って”きたとしても、七海さんはその文章を読むだけである、返信してはいけない。それはお兄ちゃんに近づくことになるからだ。 「…………アハッ、本当に可哀想」 「――え?」 「ううん、何でも無いよ。お兄ちゃん」  これで事実上お兄ちゃんはあたしだけのモノ。邪魔はいないし、あとはお兄ちゃんとずっとこのまま、ううん、もっともっと側にいられればあたしはそれで幸せ。 「それにしても、課題なんてあったかな」 「お兄ちゃんが忘れているだけじゃないの?」 「課題……課題……」  お兄ちゃんが眉間を中指で押しながら階段を登っていく。考える時の癖だ、あたしはお兄ちゃんの事なら何でも知っている。考え事をしている間は足元が注意散漫になるから途中で躓くだろう、注意しなくては。 「お兄ちゃん、気をつけてね」 「――え? ああ、ゴメン」  驚いた顔をして階段に目をやるお兄ちゃん。その表情もかわいいよ。 「全く……そうだ、今日はスパゲッティにしようよ、お兄ちゃん。何がいい?」 「……んー、カルボナーラ」 「わかったよ。お風呂、早く入ってね」 「了解~」  再び考え込むお兄ちゃん。全く、聞いているんだか聞いていないんだか。 「さてと……」  まず、何から始めようか。麺を茹でる? ソースを作る? お兄ちゃんの笑顔を見る為に頑張るとしますか。 221 名前: ◆ kpb1UHuGog 2011/02/08(火) 22:08:59 ID:P10mz0So0  おかしい。  どうしてこうなってしまったのだろうか。  いつかはこうなってしまうのだろうとは思っていた。それは事実だ、けれども心のどこかでそうはならないだろうとか、ゆるしてもらえるとか、思っていたのかもしれない、いや、思っていたのだ。  だからいまこうしてどうすればいいのか、それがわからない。  あの子、ゆかちゃんはいってしまうのだろうか。私がながいじかんをかけてとりつけたカメラ、私はただ、はるとくんが、はるとを見ていたかっただけなのに。それなのに言ってしまうのだろうか。  もし、はるがこれを知ってしまったとして、軽蔑するだろうか、嫌われてしまうかもしれない。それはいやだ。私にとってはるとは、おとうさんとおかあさんにあんまり会ったことのない私にとって、家族であって、大好きな、たった一人のこころのささえなのだ。 『……心が壊れかけているのかしら、それとも壊れてしまった? まあ、どちらでも私は構わないけどね』  だからはるに嫌われたらわたしはどうしたらイイかわからない、そのとき、私の存在価値はなくなってしまったようなものだろう。何としてもはるとにあのことを知られてはいけない、そう、そのためにゆかちゃんの言いつけを守ればいいのだ。 『一人称も言葉もはっきりしないし、もう壊れてしまったようね。ねえ私、もう演じるのを止めたら? あなたの本性ってそんな綺麗なものではないでしょう?』  はると……はるに近づいてはいけない。たったそれだけじゃないか、見るだけで私は満足のはず、満足でなければいけない。なんだ、簡単なことじゃないか。 『返事はして欲しいわ、そのままで貫くなら私にも考えがあるし』  はるを遠くから見ていよう、それでじゅうぶん幸―― 「――あなたはだれ?」 『やっと返事をしたわね、私はあなた、あなたも私よ』 「何をいっているの?」 『……物分りが悪いのね、あなた』 「そのこえ、私?」 『そうだと言っているじゃない』  なぜ私が私と会話をしているのだろうか。 「それで、あなたは何をしに来たの?」 『「しに来た」? 来たも何もはじめからあなたと私は一緒よ。私はあまりにも人格が不完全すぎるあなたを助けるために存在しているの』 「じんかく?」  じんかくとはどういうことだろうか、わたしは別にじんかくが不完全だと思ったことはないのだが。 「わたしはちゃんとじぶんを持っているよ?」 『……本当にあなたはバカね。その人格、本当にあなたのものだと思っているの?』  何をいっているのだろうか、わたしでなければ誰だというのだ。 『さっきは私は言ったわよね? 「心が壊れてしまった」って。あれね、正確に言うのならば人格のことを言ったつもりなの、その“あなたが自分だと思い込んでいる人格”、それが壊れかけているって意味なんだけど、理解してくれくれた?』  わたしが演じている? それは嘘だ。そんなことを意識したことは無い。 「演じてなんかいない……」 『いいえ、演じているわ。さて、あなたのだ~~~い好きな鈴井春斗君。あなたはさっきなんて呼んでたでしょう?』 「えっと、はると」  はるとと呼んでいたはずである。そう思って自信を持って解答する、勿論はるの名前を他の呼び方で読んだことは無いはずである。  けれども私はその回答を待ってましたと言わんばかりに笑った……気がした。 『ねえ、あなた。“はる”って誰?』  はる? “はる”は“はる”だ。私は何か間違ったことを言ったのだろうか。 『ほら、また“はる”って……“はると”はどうしたのかしら』 「何を言ってるの!? 私は最初から“はる”って言って――え?」  私が笑う。私は何を言っているのだろうか。 『あなた……どう仕様も無い馬鹿ね。アハハハハハハハハ』 「はるとくん? はると? はる? あれ、私は何を言っているの? はるって――」 『――愛称』  愛称。 『あなたが……不完全な人格である、演じる前の人格のあなたが呼ぶ鈴井春斗の愛称。これが証拠よ、あなたは作られた人格、そしてその人格は今壊れかけている。“はる”なんて愛称がでてくるのはあなたの不完全な人格が表にではじめているって事。だから私も出てきたの、不完全な人格のせいでその不完全な人格さえも壊さないように』 「わたしは……わたしはあなたが何を言っているのか……わからないよ……」  もうわからない。誰か、助けてよ――――はる。 222 名前: ◆ kpb1UHuGog 2011/02/08(火) 22:09:51 ID:P10mz0So0  肌が何かに包まれている感じがする。なんだ、また雨か。  私は昨日は眠れたのだろうか、まあ眠れても眠れなくてもどうでもいい。私のことはどうでもいい、はるがこの湿度を不快に思っていないだろうか、この湿度のせいで不眠になってしまったりはしていないだろうか。 「………………」  駄目だ、気になる。  布団をめくって、湿度でベタつく床を歩き、パソコンの前まで来ると、椅子に腰掛けて電源を入れた。起動している時間が私をイラつかせる。どうしてすぐに立ち上がってくれないのか、一秒でも時間が惜しいのだ、本当にこのパソコンはそれが分かっていない。 「おはよう、はる」  ソフトウェアを立ち上げる。読み込まれればすぐにはるが観えるはずだ。 「……あれ?」  おかしい。画面には何も映らない、これの何処にはるは居るのだろうか。探してみてもはるはいない。私の知らない景色が映されているだけ。 『何をしているの?』  声。後ろから聞こえる、まさか泥棒だろうか。  急激に上昇する心拍数に促されて振り返った。けれども誰もいない、私の空耳だろうか。 『相変わらずバカね。画面の何処を探してもはるはいるはず無いじゃない』  今度は右から。 「だ、誰?」 『もう忘れたの? ここまで馬鹿だと、壊れてしまってもいい気がしてくるわ』  そこで寝ている間に見たであろう夢が頭の中を駆け巡る。そうだ、私だ。 「はるが居ないってどういうこと?」 『何言ってるの、カメラがバレて、はるに近づくなと脅されたでしょ。あの子はあなたがはるに近づくことを快く思っていなかったのよ? カメラなんてとっくに撤去されてるに決まってるじゃない』 「じゃあ、はるは何処?」 『何処って、はるは鈴井家にいるでしょ。あなた、考えないの?』 「考える?」  はるは自宅にいるのか、ならよかった。 『そう、少し考えればこんな事、誰だってわかるでしょう?』 「………………」  どうして考えるのだろうか、わたしははるを観ていれば幸せなのに。 『本当に馬鹿な人格ね、あなたは』  私が私に何度も馬鹿と言ってくる、けれどもどうでもいい。はるがいる、それだけ分かればあとはどうでもいいのだ。 「早く着替えなきゃ、はるが学校に行っちゃうかもしれない」 『突然ね、でもわかってるの? 直接の接触はダメ、そんな事をしたらあなたははるに嫌われることになる』  分かっている。私ははるに相応しくない。元々私ははるを観られればそれで十分なのだ。 「……はる」 223 名前: ◆ kpb1UHuGog 2011/02/08(火) 22:10:20 ID:P10mz0So0  傘をさして雨の道を歩く、はるの家まではそう遠くはない。徒歩一分もかからないだろう。『そういえば、あなたは随分と起きる時間が遅かったわね。はるはもう登校してしまっているんじゃない?』  それは嫌だ。はるを観る時間が減ってしまう。 『あ、そこの曲がり角を曲がればすぐね。でも本当に分かってる? 近づいてはいけないのよ?』 「わかってる」  曲がり角で止まると、はるの家の方をそっと覗き込む。勿論はるにバレてはいけないのと、周りから不審に思われない程度に、だ。 『……丁度出てきたみたいね』  はると優花ちゃんが家から出てくる。はるだ、はるがそこにはいた。 「…………はる」  ビニール傘を片手に優花ちゃんと会話をしている、本当に楽しそうだ。優花ちゃんが鍵をかけると、二人ならんで歩き出した。 『嬉しそうね、はる。あなたも目をそんなに濁らせて、本当に楽しそうね』 「………………」  はるが笑ってる、それは素直に嬉しい。けれども、側にいる優花ちゃんがちらりと一瞬だけ、もしかしたら私も気がつかなかったかも知れないほど自然に、私を見た気がした。そして、その表情は何処か勝ち誇ったような、私を嘲笑ったようにもみえた。  よかった、この距離なら許してもらえるようだ。 『もうストーカーね』 「……うん、でもはるには迷惑をかけないよ? 観ているだけ。それだけで私は幸せなの」 『それでも気持ち悪いわ』 「……ごめんなさい」  距離を保つようにして歩く。近すぎるとはるに近づいたことになるし、遠すぎるとはるが観えない。昔から分かっていることだが、ストーキングは意外と難しい。 「はる、はる」 『うるさい。そうやってつぶやくのを止めたら? 聞いているこっちが不快だわ』 「……ごめんなさい。でも“はる”って口に出すと心地いいから」 『そんなの知らないわよ』 「……はる……はる」  知らないうちに口がその言葉を刻む。 『分かったわ、あなたには理解力が無いのね』  私は呆れたのか、何も言わなくなった。  はるが大通りへ出る。大通りははるや私の様に登校する学生が長い行列を作っており、大通りへ出たはるは勿論その行列の一部となる。行列にまぎれると言う事は、ストーキングがしやすくなる反面、はるを見失いやすくなるという事。今の様に落ち着いてはるを観ることは出来ないだろう。 『ねえ。馬鹿なあなたに一応忠告しておくわ、あの列の中で「はる」と連呼してみなさい? 浮いてしまうと思うのだけれど』 「……我慢する」  大通りは朝だというのに、朝だからだろうか、車の行き来が激しい。タイヤが道路と擦れる音はまるで私を急かすかのように感じてとても気分が悪い。周りにいる学生の笑顔や会話も、実は私がストーキングをしていることを全員知っていて、それを笑い、私を責め立てているのではないかという、ありもしない被害妄想が頭をよぎり、落ち着かない。  学生の動きが、まるではるを私の視界から遮る為に動いているように見えてくる。どうして私の邪魔をするのだろうか、私はただはるを見ていれば幸せなのに、それさえも許されないと言うのだろうか。 「………………」 『人が苦手?』  そうなのだろうか、そんな事は考えもしなかった。そう言われてみればそういう気がしなくもない。  駄目だ、息苦しい。もう帰ってしまおうか。けれども帰りたくはない、息苦しさとはるを観ていたいという気持ちを天秤にかけたとき、勝つのははるだ。はるを観るためならこのぐらいの事を我慢するなんて簡単な話ではないか。 『お馬鹿さん』

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