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6 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:00:43 ID:7qwq2Z1m
空はかすかに曇り、今朝から雪が降り始めていた。
路面には既に雪が積もりつつあり、土は霜が張っている。
スニーカーで踏み締める度に、しゃりしゃりという音がした。
ここは元来、寒さが他と比べて厳しい地域で、例えば都心が気温10度だったなら、ここは0度、なんて事はザラなのだ。
さすがの俺も、マフラー手袋を着用しなければ、寒くて外には出られない。
だけど結意はやはりこんな天気でも、俺を迎えに家の前まで来てくれた。
「おはよう、飛鳥くん。」
「ん、おはよ。…そのカッコ、寒くね?」
結意はいつも通り、制服上下を身にまとい、スカートの下にジャージを履くでもなく、
俺のようにマフラーを巻いているわけでもなかった。
「えへへー、私は飛鳥くんと一緒なら寒くないよ?」
言うや結意は、勢いよく俺に抱き着いてきた。
…どうやら結意は、少しは以前と同じ調子に戻ってきたみたいだった。
あまりぶっ飛び過ぎても困るだけなんだが。
「さっさと行くぞ。早く学校行ってあったまろう。」
「あったまる…もう、飛鳥くんてば…朝からシタいの?」
「~~~っ、あ、朝から何言ってんだあほ!」
「何って…プロレスごっk」
「やめんか!」
…訂正。すっかり本調子に戻ったようだ。
それでも俺達は、どちらともなく手を繋ぎ、雪道を歩き始める。
結意と手を繋ぐ為に、左手の手袋だけ外したが、即座に温もりが奪われる。
しかし握った結意の手は、こんなに寒い中でも暖かかった。
* * * * *
校門には、年度だけ書き換えて毎年使い回されている「白陽祭」の看板が設置されている。
昇降口から中に入れば、辺り一面に食い物屋系の出し物のポスターが大量に掛けられている。
その中でも一際目を引いたのは、まるでライトノベルの表紙のようなメイドさんが描かれたポスターと、
某狩人生活体験ゲームに登場する、エリマキトカゲのような鳥の絵が描かれた、焼き鳥屋のポスターだ。
結意のクラスの出店が、その焼き鳥屋らしいのだ。
ちなみに佐橋のクラスの店は、デザート主体の出店で、俺たちの店の三つ隣の部屋で営業するらしい。
結意の出店と俺の出店では距離が離れている。昇降口で別れ、俺は自分のクラスへ向かった。
7 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:01:41 ID:7qwq2Z1m
教室の扉を開く直前、内部が何やら騒がしい事に気付いた。
だが俺はそのまま扉を開く。---すると、内部は全国の青少年にとって垂涎モノの光景が広がっていた。
「うっは………馬子にも衣装、ってか。」
男子は普段と変わりない。だが女子は全員、瀬野の用意したメイド服を着用していたのだ。
その中でも一際目を引いたのは、黒髪をツインテールにまとめ上げたヘアスタイルの、美少女と形容するに相応しい女子だった。
…つか、誰?
「ふぅ…やっと来たのね、神坂くん。」
「…お前誰?」おっと、心の声が漏れ出てしまった。
「---誰とは何よッ!」少女は一瞬にして眉間にしわを寄せ、怒りをあらわにした。
「そ、その声…その口調…まさか。」
声色には覚えがあった。さらに言えば、態度、所作にも見覚えがある。
「いいんちょ?」
「そうよ!」
「わりぃわりぃ、随分と見違えたからわかんなかった。…似合ってんじゃん。」
「~~~~っ、な、何言ってんのよ!
第一、私だってこんなの好きで着たわけじゃなくて…」
「鼻歌混じりに着替えてたのはどこの誰ぇ?」
不意に、クラスの女子の一人が声を投げかけた。
それを聞いた穂坂は、一気に顔を紅潮させた。
「あぅ、だ、だからこれは…」
「ん、顔赤いぞ、穂坂。熱か?」
「---あんたのせいでしょうがッ!!」
「ごふっ!?」
---光の速さで穂坂のストレートナックルが、俺の腹部を捕らえた。
しかしまぁ、髪を上げて眼鏡を外すだけでこんなにも印象が変わるもんなのか。
今度結意で色々試してみるか…と思考していると、チャイムが鳴り響いた。
「さぁみんな、開店まであと30分よ! こんなカッコまでしてんだから、稼ぎまくるわよ!」
穂坂は若干早口になりながらも、クラス中を奮迅させんと意気込んだ。
それに乗るかのように、メイド服の集団は「おー!」と掛け声を上げた。
「あー、穂坂よ。ちなみに俺の仕事は何だ? 結局今日まで何も言われてないんだが。」
テキパキと動き出したクラスメイト達を尻目に、俺は穂坂にそう尋ねた。
「ああ…それだけどね…予定していた仕事がなくなっちゃったのよね。」
「何だそりゃ?」
「メイド服、兄さんに頼んで神坂くんの分も少し大きめなのをお願いしといたのよ。」
「---はぁ!? 全然聞いてないぞ! 嫌がらせか? 嫌がらせなのか!?」
「ええ、まあね。」
おい、少しは否定する素振りくらい見せろよ。
8 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:02:33 ID:7qwq2Z1m
「ただ…その一着がないのよ。運んで来た人達に聞いたら、運び賃として持ってかれたとかどうとか…
ま、女子の分はむしろ一着余ってるからいいんだけど。
だから神坂くんはレジでもやってて。交代の時間来たら好きにしていいから。」
---あぶねぇ。危うく、メイドガイなどという恥辱を味合わされる所だった。
誰だか知らねえが、持ち出した奴、グッジョブ!
あ、そうそう。大事な事をひとつ忘れていた。
「穂坂、メイド服一着もらってくぞ。」
「…やっぱり着たいのかしら? たぶん入らないわよ?」
「俺は断じて着ないぞ。…ま、ちょっとね。」
恐らく、「女子の分は一着余っている」のは、あらかじめ注文しておいた結意の分だろう。
俺は綺麗に畳まれたメイド服を適当なビニール袋に入れ、教室を出た。
向かうのは、エリマキトカゲの焼き鳥屋だ。と言っても、焼き鳥を買いに行った訳ではない。
焼き鳥屋は設備の問題上、屋外ではできない。メイド喫茶とは少し離れているので、少々駆け足で向かうことにした。
校庭付近の一角に、その焼き鳥屋があるのを見つけた。だがそれよりも早く、結意が遠くから俺を視認しているのがわかった。
およそ50メートル先の距離で、目が合ったのだ。何という勘の鋭さだ。
結意は俺を見つけると、クラスそっちのけで俺の方へ向かってきた。
「どうしたの? まだ売ってないよ?」
「いや、まだ買いに来たわけじゃないんだ。…今日一日、これ着ててよ。」
俺は手に持っていた袋を、結意に手渡した。
「これって………メイドさん?」結意はさっそく中身を出し、拡げてみせる。
「わぁ…かわいい! これどうしたの?」
「うちのクラスのやつなんだけど、一着余ったんだ。」
「ありがとう! すぐ着替えるね!」
「いや、焦んなくていいよ。俺ももう戻るからさ。あとで見せて。」
「わかった!」
さて、俺も戻って開店準備に混じわるとしよう。
* * * * *
それから20分、文化祭開始時間と共に、俺達の店は営業を開始した。
だが開店してすぐは来ないだろう、とタカを括っていたが…そうはならなかった。
店と同じフロアの男子生徒(つまり2年生)の2人組が、開店から10分くらいで入ってきたのだ。
「うわ…ここレベル高くね?」と、男子生徒は言った。
それもそのはず。うちのクラスにはいわゆる、不細工と形容される容姿の女子生徒は、
幸いな事に一人もいない。
おまけに思春期の男子というものは、可愛い服さえ着ていれば可愛さが50%増し(当社比)で見えてしまう、
愚かな生き物なのだ。
9 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:03:19 ID:7qwq2Z1m
その2人組が来たのを皮切りに、客はどんどん入ってきた。
主に男子生徒…と思いきや、興味本意でやって来る女子も少なくなかった。
そういう女子は、見知っているメイドさんとにゃんにゃん談義しては帰って行った。
午前中は終始そんな感じで、俺の電卓さばきも3時間で見違えるように上達していったのだった。
「おつかれさん、飛鳥ちゃん。替わるぜ。」
午前中に歩いて回っていた隼が、午後のシフトの時間を迎える前に戻ってきた。
「さんきゅ。…予想以上に繁盛してるぞ。」
「みたいだねぇ。俺も、向こうで面白いもん見つけたぜ。メイドさんも、うち以外にごろごろいるぜぇ。」
「メイド人気だな! んじゃ、あとは頼んだぜ。」
隼にバトンタッチして、俺はメイド喫茶から出た。
開店してから廊下には一度も出ていなかったので、外の空気がうまくて仕方ない。
俺はまず、結意のいる焼き鳥屋へ顔を出すことにした。
焼き鳥屋へ行くには1階まで降りる必要があるため、出店を横切って階段まで向かう必要がある。
その時、デザート屋の前がいやに混み合っているのを見つけた。
というか、その周辺だけ人混みがカオスな状態になっていて、通りにくい。
いったい何があるんだ? 俺は興味本位でデザート屋の中を覗こうとした。
すると、人混みを割って一人のメイドさんが、教室から飛び出してきた。
「---ああ鬱陶しい! なんで俺がこんな目に…」
その声を聞いて俺は、驚愕した。
耳障りの良い声はしかし明らかに男のもの。だが声を発したのは、割と見知った男子生徒だった。
「さ、佐橋…? 何やってんだ?」
「神坂か!? ちょうどいい、お前に大事な話があったんだ!」
「話?」
「---ここじゃ話せん! ついて来い、走るぞ!」
「あっ、おい!」
佐橋は返事を待たずに、昇降口へ向かうのとは反対の方向に走り去ってしまった。
俺もつい反射的に、走って後を追い出した。
すると、後ろから女子生徒十数名が走ってくるではないか。…ははん、メイド仕様の佐橋が目当てなんだな。
モテる野郎は羨ましいぜ…ったく。
どれくらい走っただろうか。結局、今回の文化祭では使われていない旧校舎までやって来てしまった。
人気は微塵もない。内緒話をするにはうってつけだろう。
「…ふぅ。ところで佐橋よ。」
「言いたいことはわかるが敢えて聞こう。なんだ?」
「お前、女にしか見えねえな。ケツ掘られっぞ?」
「どこの自動車整備のイイオトコだ…ったく。」
10 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:05:32 ID:7qwq2Z1m
いや実際、そういう風にしか見えないのだ。
もともと中性的な顔つきをしていたと記憶しているが、さらに化粧まで、それもごく自然に施されている。
髪はカツラだろうが、ほどよくカールがかかった、肩甲骨あたりまでの長さの茶髪。
胸元にはパッドが仕込まれているのか、わずかに膨らみがある。
総括して見れば、まさに美少女と呼ぶに相応しいナリをしているのだ。
これらを施した奴は、相当な変態だろう。
「で、話ってなんだ?」俺は一息、呼吸を整えてから、佐橋に改めて尋ねた。
「…また、未来が見えた。それも、バッドエンドなヤツをな。」
どうやら佐橋は、また未来予知能力を発揮したようだった。
しかし、佐橋の見る未来は、基本的にろくなものがないんだ。
「バッドエンド? …それって、俺がか?」
「ああ。」
佐橋は走り疲れた汗とは違う、冷や汗をだらだら流しながら、冷たい廊下の床に座り込んだ。
スカートなのにお構いなしに足を広げているが、俺はヤローの股下を覗くという特殊な性癖は持ち合わせていない。
あえてスルーする事にした。
「最初に見たのは、女が一人、校舎のどこかに立っているシーンだ。」
「ふんふん…その女ってのは、生徒か?」
「いや、制服を着てない事しかわからないが…少し、織原に似ていた。」
「結意に?」
「まあ…そこまで事細かに容姿は記憶はしてないんだが…ただ。
その女か立っている床は、一面が真っ赤に染まっていたんだ。衣服にもその赤は跳ねていた。
そして最後に一瞬だけ…血みどろのお前の姿があった。」
「えっ…」
まさか、その女というのは灰谷の言っていた…
「刺客…か。」
「心当たりがあったのか?」
「ん、まあな。…俺も、そいつを探してたんだ。」
だが、何の力も持たない俺が刺客に勝てるとは思えない。
とりあえずは、隼に相談しよう。今日話す、とも言ってあったしな。
「どこに行くんだ?」
「作戦会議。」
11 :天使のような悪魔たち 第17話 ◆UDPETPayJA [sage] :2011/02/19(土) 10:07:11 ID:7qwq2Z1m
* * * * *
昇降口付近に設置されている受付には、登記簿とそれを担当する受付係の生徒がいる。
この時間は、三神 光を含めた3人の生徒が担当をしていた。
三神は佐橋とは対照的に、とても勤勉な生徒であり、この寒空でも文句の一つも言わずに勤めていた。
実は、雪を眺めているだけで退屈しないで済む、というのだが。
「この寒い中、人が絶えないね。…あら、また来た。」
新たにやって来たのは、一人の女性だった。
白いカーディガンに白いスカート。雪に溶け込みそうな服装をしたその女性は、
美しく伸びた黒髪をなびかせながら受付まで歩み寄ってきた。
「ここに名前を書けばいいのね。」
女性はか細い指でペンをとり、活字を思わせるような筆跡で名前を印した。
その間、受付係の3人はその女性の所作に見とれてしまっていた。
女性は名前を書くと後ろを振り返ることなく、校舎内へと消えていった。
「…あの人、綺麗だなぁ。でも…どこかで見たような気がする。」
光は、登記簿に記された名前をもう一度見直してみた。
そこには、"斎木 優衣"と記されていた。