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96 名前:日常に潜む闇 第12話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2011/02/20(日) 11:53:09.70 ID:asB0LgfD [2/7]
~Side of Seiji and Hiroshi~
久坂誠二が天城美佐枝のもとから逃走してから数十分後、彼は友人の雪下弘志と待ち合わせ場所のバグドナルドに来ていた。
途中、メールで二階に上がっていると連絡がきて、早速二階に上がって周囲を見回してみれば弘志はすぐに見つかった。
「や、遅れてごめん」
「気にすんなって。それよりも座れよ」
弘志に促され、息を整えながら座席に腰を下ろす誠二。
「それで話っていうのは?」
「ああ。けどその前に確認したい。誠二、お前生徒会に入ったんだって?」
「うん。そうだよ」
事実なだけに、躊躇なく答える誠二。
一方の弘志は複雑な表情をしていた。
「そう、か……」
呟くと、オレンジジュースをストローでズズッと音を立てて飲む弘志。
「恐らく生徒会に入ったことでお前の立場はより厳しくなるかもしれない」
「…………どういうこと?」
さすがにこれは聞き捨てならなかった誠二は、どことなく声を潜め、尋ねる。
そうなれば自然と弘志も声を低くして話し始める。
「久遠坂学園での生徒会だの学生会だのっていうのは、名誉ある役職だ。そして俺たちの高等部、久坂誠一生徒会長率いる今の生徒会ははっきり言って異常だ。
なにせ会長と副会長だけで全てが上手く回っているんだからな。逆に言えば、能力が高くカリスマのある集団とも言える。
そうなだけに、うちらの高等部じゃ生徒会に入れるやつはすなわち会長ないしは副会長に認められた人間ってことになるんだよ。必然的にな」
そこまで言って、弘志は一旦言葉を切った。おそらくは誠二にどういう意味かを理解させるためだろう。
誠二は誠二で、そこまで言われて、何が問題となるのかようやく理解していた。
「つまり、僕が副会長を籠絡させて、上手く取り入ったと思われるって訳?」
「そう。そうだ。今のイジメの原因ともなっている噂が噂だけに、な」
だが最悪なのはまだこれからだ、と弘志は深刻な口調で続ける。
「天城副会長はもとより久坂生徒会長も噂は耳にしている。そして誠二を生徒会に入れさせればどうなるかをしっかりと予想したうえでお前を執行部入りさせたんだ」
「………………」
それは誠二がどことなく予期していたことだった。
だから、今更こうもあからさまに指摘されても驚きも衝撃もない。
むしろ、ああやはり、とどこかで納得していた。
そうでもなければあの兄がトップエリート集団である現・生徒会に自らを招くことなんて絶対にしないからだ。
97 名前:日常に潜む闇 第12話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2011/02/20(日) 11:53:42.41 ID:asB0LgfD [3/7]
しかし、そうなると美佐枝は兄の指示を受けて生徒会に誘ったのか?
いや、それが事実ならば彼女の今までの行動も全て演技だったということになる。そう考えた途端、背筋が薄ら寒く感じられた。
あり得ない。いや、そんなはずがない。そうであってほしくない。
それは紛れもない恐怖。逃れられようのない怯え。耐えがたい苦痛。
いつの間にか美佐枝に依存することでしか立脚点を見いだせなくなっていることに誠二はこの時点では気付いていなかった。
裏切りであって欲しくない。
その一心だった。
あれは演技ではない。全ては演技ではない。美佐枝を兄が利用しているだけなのだと、自分に言い聞かせ、内心の落ち着きを取り戻す誠二。
「天城副会長は引き込むために演技をしていたのかどうか、その点については何も言えない。けれど、会長と結託してはないだろう。副会長は清廉潔白を常としている人だ。あの人の性格を考えれば、本人は意図せずして利用されていると見て間違いない」
弘志の推測はまだ続いていた。
「ただそこで鍵となるのが、どうして副会長がお前に好意を持ってるかだな。それが確かなものであれば、副会長はこの件にノータッチだろうよ。そしてイジメに関して黒に限りなく近い灰色として、久坂生徒会長が浮上する。少なくとも俺はあの男が首謀者だと思ってる」
「…………まあ、兄さんはあんな性格してるしね」
いくら血縁者だからとはいえ、そこは否定できないのではっきりと断言する誠二。
それに、過去のこともある。
一端でも思い起こしてしまえば自然、拳に力が入ってしまうのも無理はない。
「苛立ちたくなるくらい理不尽だと俺も思うが、ここはクールになれよ。冷静にならなきゃ相手の思う坪だ」
「分かってる。……ごめん、ありがとう」
顔に出ずとも、他の所で内心を露わにしていたらしい。
そのことを弘志に指摘され、誠二は思わず苦笑を洩らす。
「気にすんなって。ま、結局のところ俺が忠告したいのはそれくらいだな。今は相手の土俵でしか対抗のしようがない。で、だ。話は変わるが、副会長とはどこまでいったんだ?」
ニヤリ、と好事家じみた笑みを浮かべて尋ねる弘志。
一瞬何のことかと訳が分からなくなる誠二だったが、すぐに言葉の意味を悟った。
「あー、うん。まあ普通かな。いたって普通の関係だね」
「……つまらん奴だなぁ。もっとこう、チェリーボーイの無限の想像力をかきたてるような熱い展開はなかったのかよ?」
自らの童貞を暴露しつつ弘志は呆れた表情をした。
そんな情報通の友人に、ちょっと辟易しつつ、美佐枝との関係は健全なものだ、問題ない。と誠二は自分に言い聞かせていた。
「まあ、僕らはまだ高校生なわけだし。さすがに不純異性交遊とかは駄目だよ」
「そこに彼女または彼氏の部屋に遊びに行くっていう概念は含まれてないんだろ?」
「う……そりゃあ、美佐枝さんとは友達なわけだし、友人同士の付き合いなら普通でしょ」
「ほほう? 美佐枝さん、ねえ」
口の端を吊り上げて、面白いネタが釣れたと笑みを浮かべる弘志。
直後、誠二は墓穴を掘ったことを悟る。しかしここでムキなって否定することも、肯定することも自分を追い込むことに他ならない。それになんとなくだが癪に障る。
「ま、友人なら互いに名前で呼び合うくらい普通でしょ。それが先輩命令とあっちゃね」
しれっと言って誠二は肩を竦めた。
99 名前:日常に潜む闇 第12話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2011/02/20(日) 11:54:26.46 ID:asB0LgfD [4/7]
「まあそういうことにしといてやるさ」
この問題に噛みつく気が弘志にはないらしく、それ以上深い追求はしてこなかった。
誠二はふと窓の外を見やる。ここは二階だから地上が良く見渡せる。夕方ということもあってか人の往来が激しい。そのうごめきようはまるで一つの生物のように感じられた。
「…………ん?」
その中でただ一点、誰もが避けるような動きを取る場所が目に留まる。
目を凝らして見れば、見知った顔がそこにあった。
「美佐枝さん…………」
彼女は道の真ん中でこちらをじっと見つめている。いや、射抜いている、という表現が正しいのかもしれない。
無表情で、しかし力のこめられた両の眼にはどことなく畏怖を掻き立てられる。
「どうした?」
窓から目を離そうとしない誠二を不審に思った弘志が声をかけた。
その一言にハッと意識を取り戻したかのように慌てて誠二は窓の外から視線を外した。
「いや、なんでもないよ」
そう言って席を立つ。
「ごめん。急用思い出したから帰るね」
「そうか。じゃ、また明日な」
「うん、また明日。じゃあね」
手短に別れのあいさつを交わし、誠二は急ぎ足で店外へ出た。
人の波をかき分けながら、早足になりたがる気持ちを抑えてゆっくりと進む。
恐らくだが天城美佐枝はこちらを追跡しているだろう。さすがに相手に気取られないように後ろを確認だなんて芸当はできないが、今までの彼女の言動を思い返せば予想するに難くない範疇だ。
窓から見えた美佐枝の視線、そこから感じられた雰囲気はどうしてか別れ際の彼女のそれと似ていた。
考えたくもないが、たぶんあのまま雪下弘志と一緒にいたら弘志が何かしらの被害に遭ってしまうのではないか。そんなあり得ない想像をしてしまった。
「いや、まさかね……」
思わず口から零れ落ち、自嘲気味に肩を竦める。
だが本能的に危険を感じたのだ。友人のため、不信であることの罪悪感は否めないが打てる手は打っておくべきと結論付け、誠二は学園のゲートに向かって歩く。
ゲートで学生証を認証機器にかざして敷地外に出るとそこからは下り坂だ。ここを通らなくては学園に出入りできないから、名称に坂の字が含まれているのだろうかと気を紛らわせるついでに考えてしまう。
とりあえずこのまま帰宅するつもりでいるが、仮に、本当に美佐枝が後ろからついて来ているのであればどう対応するべきか、と思考に没頭する誠二。
しかし家に着くまでに良い妙案が見つかることもなく、ついに門前にまで来てしまった。
こうなったらその場の勢いに任せるしかないと腹をくくり、解錠して家に上がり込んだ。
その日、予想に反して天城美佐枝が久坂誠二宅を訪れることはなかった。
100 名前:日常に潜む闇 第12話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2011/02/20(日) 11:55:31.63 ID:asB0LgfD [5/7]
~Side of Hiroshi Yukishita and ???~
「なーんか怪しいよなあ」
追加注文したハンバーガーに食らいつきながら弘志は誠二の言動を思い起こしていた。
窓の外を我を忘れるくらい見続けた挙句、こちらから声をかければ用事だと言って帰ってしまった。
これは何かを見つけて慌ててこの場から立ち去ったとしか考えられない。
さてはて、どうしたものか。
オレンジジュースもそろそろ飽きてきたかなと思いつつ、ガラガラと音が鳴るまでストローで吸い続ける。
「ちょっといいか? 後輩」
頭上横方から声をかけられ、弘志がそちらをむくと、彼の表情は瞬時に硬くなった。
「誰かと思えば副会長さんじゃないですか」
馴れ馴れしいわけでも慇懃なわけでもない態度を示す弘志。
対する美佐枝の表情は無表情を通り越して、見る者に恐怖を与えるような雰囲気が滲み出ている。
「お前に聞きたい事がある」
「それは仕事の依頼ですか?」
「好きに解釈すればいい」
副会長がこう言う時は大抵の場合、深入りすれば容赦はしないという意味を持つ。
「それで、自分に聞きたい事とはなんでしょうか?」
こちらとしても下手に首を突っ込んでまだ死ぬ気はないのだ。それが情報屋を営む上での秘訣でもある。
「ああ。久坂誠二のことだ」
弘志とは真向かいの位置に座りながら美佐枝は告げた。
その言葉に間髪入れず拒否の姿勢を弘志は取る。
「親友を売ることはできない。それは最初の取引の時に行ったはずですが?」
「なに。そういきり立つな。私は誠二を守るために動いている。そのためにはもっと情報が必要なんでな」
「…………その言葉の保証は?」
「私の信頼といったところか」
「と、いうと?」
「皆は私を信頼している。しかし全校生徒の苛めの対象である久坂誠二と交際していることが発覚すれば、私への信頼は薄れるだろう。節操無しでろくでなしの男と付き合っている、エリートにあるまじき副生徒会長様、とな」
美佐枝は凄絶な笑みを浮かべた。
一瞬、彼女の雰囲気に呑まれそうになって、弘志は目をつぶり、肺に溜まった息を深く吐き出す。
確かに、まだまだおつむがお子様な連中はその情報が流れれば、そう思うはずだ。しかしここで了承するわけにはいかない。問題を解決するためには、こちらとしても情報が欲しいからだ。
顔の半分を手で覆い、まるで困ったかのような演出をする弘志。
「今回の一件、当方では生徒会が関与しているように思われるのですが、そのような疑いのある貴女に情報提供できると思いますか?」
101 名前:日常に潜む闇 第12話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2011/02/20(日) 11:56:26.34 ID:asB0LgfD [6/7]
「いつから君は探偵ごっこも兼業するようになったんだ?」
否定しない、ということはクロか? いや、関与していないから単純に尋ねている可能性もある。
「対象が被害に遭う原因となった情報。その拡散速度があまりにも異常だと思いませんか? 4月が始まって間もないというのに、一瞬で広まりました」
「ほう?」
「情報の発信源を調べたところ、面白いことが分かりましてね。ほぼ同じ時間に、複数の人間から発信されていました」
それも特定の学年ではな全学年で、だ。
「つまり、真の流出源が隠ぺいされているということか?」
「ええ」
「しかしだからと言って生徒会が関与している証拠にはならないだろう?」
「もちろんです。そこでこの学園のシステムが浮上してくるんですよ」
「なるほど。そういうことか」
さすが生徒会長の右腕といったところか。
弘志は内心で感心したように呟く。
久遠坂学園は省力化や情報化社会に対応するために、至る所でITが応用されている。
特に各校単位で構築されている情報ネットワークは目覚ましいものがある。そしてその網を自由に扱えるのが生徒会と学園職員だ。
特定の人間に連絡を取ることも、複数の人間や全校生徒に連絡することも可能なこのシステムを、第一級の権限を持つ人間が使ったとしたら異常なスピードでの情報拡散や同時複数の発生源にも合点がいく。
「ところが、だ。これには致命的な欠点がある。情報公開制度を忘れていやしないかな?」
「……もちろん知っていますよ」
情報公開制度とは、この情報ネットワークが権限を持つ人間に悪用されないためにつくられた制度だ。
連絡網を介した連絡を一度でも行うと、発信者や送信者、送信内容まで記録され、後日個人名や内容は伏せられた状態でいつ、どこの組織が、どのような内容を、どのようなあるいはどの程度の人間に発信したかが電子上で公表される。
つまりこのネットワークを利用した生徒会の関与説は否定されてしまう。
「まあ、これは仮定の話に過ぎないが、生徒会長なら或いは関与しているかもしれない」
「…………どういうことでしょうか?」
ここで身内の疑惑を持ち出してくるとは思いもよらなかった弘志。
聞き流してはならないが、確実ともいえない話に、警戒しつつ食らいついたような言動を見せる。
「生徒会長がどういう人間か、君なら知っているだろう? アレは快楽主義者だ。無論ただの快楽主義者ではない。様々な能力に長けた、性質の悪い存在だ。己が目的のためならば、血縁者であろうと贄として捧げる。そして私はそれを間近で見て来た」
あくまでも冷静に、しかし批判的に告げる美佐枝に、弘志は困惑していた。
果たして誠二の情報をこのまま彼女に渡してもいいのだろうか、と。
「確たる証拠がない以上、この話はただの世間話のひとつにすぎません。それよりも、貴女が欲しているという情報はなんでしょうか?」
弘志のその言葉は、ある程度は信用してやるという譲歩であり敗北の合図だった。