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749 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:06:20.67 ID:xvmloqPv [2/9] 2  真夏の日差しは少しも衰える事なく、さんさんと輝いている。ハンカチを手放せないこの陽気に殺される人も続々と出てきているのもあって、テレビでは水分補給を忘れない様にと、しつこく訴えている。  それに習って、外出時には何時も何かしらのボトル飲料を買う様にしたのだが、汗を流しては一口、また流れては一口と飲むので、消費するペースが早い。  水分の摂取量に比例して汗の量も増す。シャツが汗でシッポリ濡れてしまい、透けないかと心配になる。  そうこうしている内に飲み干してしまった。最後の一口だった。買って間もなく飲み切ってしまった。  空になった容器を手近なゴミ箱に捨てる。自販機は無いかと目がうろついてしまう。後戻りはしたくない。  先週、何だかんだで結局買えなかった本棚を今日こそ買おうと家を出たはいいが、相変わらずこの晴天には参ってしまう。体は丈夫なつもりだが水分には気を遣わなければ、先週の二の舞となる。  それは勘弁願いたかった。自らのタフさを自負している身として、繰り返してはならぬ過ちだ。  迷彩服を羽織っているおかげで肌は日差しから守られているが、そのおかげで熱が籠ってしまい、余計に体感温度が跳ね上がっているのは承知している。  同僚や友人はそんな私を変人呼ばわりするが、この迷彩服はお気に入りなので手放したくないのだ。周囲はそんな私の気持ちを露程にも理解しようとしないが。  籠る熱気と頭に浴びる日光で汗が止まらない。何か飲みたいのにそれが手に入らないもどかしさがより募っていく。  そんな時、丁度あの公園に差し掛かった。  あれから毎日気掛かりだった。幸人の事は勿論、あの女が口から垂れ流していたあの言葉も……頭から離れなかった。  何となく公園を覗いてみる。ブランコもジャングルジムも先週と同じく賑わっている。砂場も又、一人のポツンとした影があった。  何て声を掛ければ良いのだろう。それとも無視してしまおうか。  後者はすぐに却下した。先週のあの件で気まずくなるのは分かっているのに、それでも彼を無視する気にはなれなかった。 750 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:08:20.52 ID:xvmloqPv [3/9]  「幸人」  名を呼んでみる。今度は振り向いてくれた。あの時の様な無機質な顔ではなかった事に安心する。  「お姉ちゃん……」  その顔に笑みが浮かんだ。どこか安心した様な笑顔だ。  脇にしゃがんで頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めて、まるで猫みたいだ。  撫でながら考える。先週のあの事――母親の事については触れない方が良いのだろうかと。  先週のあの話に偽りが無ければ……あの母親は娼婦なのだろう。そして、幸人も身売りをさせられている……。あの小さな体、綺麗な顔が、幾人もの男や女達によって……。  「幸人、ジュース買ってやろう。こっちへおいで」  彼の小さな手を取り、ベンチ脇の販売機まで連れていく。  幸人が選んだのはアクエリアスだった。私もそれを買ってベンチに座る。  ボトルのキャップを捻ると、プシッと圧の抜ける音がした。  ちびりちびりと口を付ける彼の横顔を見つめる。  私は彼の右隣に腰かけているので、その横顔の目は閉ざしたままだ。彼からすれば、私が腰掛けている位置は視界が途切れているせいで見る事ができないはずだ。右半分の視野が潰れているのは本当に気の毒だと思う。  可哀想だと思う。が、今彼は目の前のボトルに夢中になっているという事に、ほんの少しの悪戯心が生まれてきた。  そろりそろりと彼に寄る。彼は感付かないまま、アクエリアスを美味しそうに味わっている。こっくりこっくりと飲んでいるから、何だかうたた寝している子供を相手にしているみたいだ。  ある程度近づいたところで、一気に詰め寄った。手は彼の左肩に回し、頭は胸の谷間に埋める様に、思い切り抱きついた。  「お、お姉ちゃん……!?」  いきなりだったからびっくりしているみたいだ。驚きを隠せないでいる幸人の顔が谷間から覗き見えた時、また悪戯心がちくちくと刺激された。  「ふふっ……この間、私のおっぱいの中で気持ち良さそうにしていたからな……それそれっ」  胸をグニグニと顔に押し付ける。大分量が減っているボトルの中身がちゃぷちゃぷと鳴っているのが聞こえる。  幸人は既に大人しくなっていた。頬を少し染めながら目を閉じている。私の胸の感触を味わう事に集中しているのだろうか。 751 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:10:23.80 ID:xvmloqPv [4/9]  彼の頭一つがすっぽりと覆える、この乳房の柔らかみを顔全体で受けている幸人。安らかな吐息がすうすうと聞こえる。寝てしまったかと思ったが、時折顔でぐりぐりと胸を押し返してくるのを見ると起きてはいるらしい。  幸人の汗の匂いを味わいながら、背中をぽんぽんと叩いてやる。すると、ぶら下がっていた彼の両腕が私の背中へと回ってきた。  「……気持ちいい」  ゴロゴロと甘えてくる彼が呟いた。  心臓が強く脈打った。彼に悪戯を仕掛けようと思い始めた時からさらに大きくなっている。胸の中も何だか膨らんできている気がする。  ほうっと息を吐く。幸人の肌が気持ち良い。お互いに汗ばんでいるが、全然不快な気分にならなかった。  綺麗な顔つきの、可愛らしい女の子みたいな男の子が、今私に全てを委ねている。錯覚か、体ばかりか心と心まで癒着しそうだ。  そうだ。この子は右目が見えないだけでなく、足も悪い。先週と今日の様子を見た限りでは、同年代の友達もそう多くはないのかもしれない。母親もあの調子だ、彼は体ばかりか、心まで追い詰められているだろう。  地面を一瞥する。そこには、二つが一つに結ばれている影がはっきりと描かれていた。まるで、小さな木が大きな木に寄り添い、慎ましくも成長をしていく物語を影絵で見せられている様だ。  この子は今、私に依存しているのだ。彼はおっぱいから離れようともしない。乳離れできない赤ん坊を思わせる。  ――乳離れできないと言えば、先週の母親との件を思い出す。あの時の幸人の異変について、今、おぼろげにだが合点がいった。  あれは端的に言えば、幸人の防衛本能によるものなのかもしれない。  幸人は独り立ちするだけの体力も無いし知識も無い。お金ともなると言うまでもない。彼が生きていくには、あの母親との同居が不可欠なのだ。  自らが生き延びる為に彼は、過酷な環境に適応する為に、無意識の内に不感症に陥る術を習得した。あの時の幸人は、母親と接触した時にスイッチが移り変わった状態だったと考えると、色々と辻褄が合う。  ミンミンと鳴き叫ぶ蝉に包まれて、幸人と抱き締め合う中、滴る汗の様な冷たさが胸の中にさっと広がるのを感じた。 752 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:12:31.29 ID:xvmloqPv [5/9]  彼は誰かに頼らないと生きていけないのだ。この影絵の様に、何かに縋り付いていないと成長できない。寄り添える物が無いと、自らを支える事も叶わず、地面に伏してしまうのだ。  今までの彼は母親を支えにする他なかった。今この瞬間は私を支えにしている。  これからの彼の支えは? 一体誰が彼と寄り添う?  またあの母親か? 自分の息子を商品としか考えていないあの母親の手に委ねられるのか?  そんな事、許せるわけがない。  ではどうすれば良いのか。  そう自らに問い掛けた時、ふと頭に過った。  それを認識すると、私は自らの欲深さに可笑しさが込み上げてきた。  私はこの子を欲しているのだ。愛おしさのあまりにどうしようもなくなって、幸人を手元に置いておきたくなってしまった。  あの女の言葉が思い出される。あの人を見下した、忌々しい顔と一緒に脳内に浮かび上がってくる。  ――この子が気に入ったの?  良い客を見つけたと言わんばかりだ。  ああ、気に入った。  貸せとは言わん。  この子の全てを寄越せ。  私に夢中になっているこの子の全てが欲しかった。私を見つめて、私に安らぎを求め、私の胸に還ろうとするこの子が欲しかった。  こんな綺麗な子を汚し続ける、あの女が憎かった。あの顔を思い切りぶん殴って、粉々にしてやれたらどんなに胸がすくだろう。  「――お姉ちゃん?」  幸人がこちらを見上げていた。  「どうした?」  頬笑みを見せる。私の中の欲望が彼に悟られない様に。  「何か様子が変だったから……ちょっと怖かった……」  どうも彼に感付かれそうになっていたらしい。  「少し考え事してた。すまない」  後頭部を優しく撫でる。これも彼はお気に入りらしい。  私の手で彼が踊っている。この子は私の思いのままにできる――そんな興奮が沸き起こる。  あの母親からこの子を奪い取ってやりたい……。 754 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:14:36.18 ID:xvmloqPv [6/9]  彼を可愛がる傍ら、くつくつと妄想が煮えたぎる。  私と幸せになろう、幸人。今までの……あんな母親の事なんか忘れて、私と一緒に。  怖かっただろう? 知らない人にエッチな悪戯ばかりされて……可哀想に。  私と一緒ならもう怖い思いはさせない。何時でもおっぱいで寝かせてあげられるし、たくさん甘えさせてやれる。永遠に。  その為なら、あんな母親なんて、いらないだろう?  な? 幸人……。  ――たっぷりと私に甘えた幸人は満面の笑みを浮かべていた。充電が完了したのか、さっきよりも断然、活き活きとしている。  「お姉ちゃん、またお城、作って?」  迷彩のジャケットの裾を掴み、じゃれついてくる幸人。また砂や泥と戯れるのかと苦笑してしまうが、彼の頼みなら嫌な気はしない。  「いいだろう。今日は先週のよりも凝った造りをしてみよう」  そう言うと彼は大層喜んで、「早く早く」とぐいぐい引っ張り始めた。「急かすなよ」と笑いながら彼を宥めるが、はしゃぎっぱなしで聞く耳持たずだ。  先週とは打って変わって活動的になっている。私の影響なのだろうか?  だとしたら嬉しい。彼が私の存在を経て、変わる事ができたという事なのだから。  良い兆候だ。彼は私を信頼し、守りを着実に解いていっている。これは、その年にして幾度と悲惨な経験をしてきた事も後押ししているのだろう。私の事を「優しいお姉ちゃん」だと刷り込ませるのをより容易くしている。  心を囲む堀を埋め、外壁を崩し、心理的無防備の状態にまで私が入り込む。そうすれば、彼の中に私という存在を根付かせる事ができる。  破壊し、侵略し、そして再生させる。そうすれば、何時でも私の事を想い、私を求める、私だけのお人形を生み出す事ができる。  その為にも、地道に積み上げていく。この砂の城の様に、水を織り交ぜて地盤を固める事から始め、一つ一つを形作る。途中で泥濘に手が汚くなる事もあるだろうが、そんなもの、その後に約束される幸福を思えばさして苦にもならない。  今、脇で私の手元をじっと見守るこの微笑みが、私の物になる事を思えば……。 755 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:17:08.25 ID:xvmloqPv [7/9]  ああ、なんて可愛らしいのだろう、この子は。  鼓動が早まっていく。私の胸の内に秘めた欲望が暴れている。  手が震える。砂がポロポロと零れ落ちているのが見えた。  抑えなければ。幸人に怪しまれてしまう。私はあくまで「優しいお姉ちゃん」でなければならないのだから。衝動のままに彼を求めるのは全てが終ってからだ。  じゅるりっと舌舐めずりをすると、彼がきょとんとした顔をして言った。  「お姉ちゃん、お腹が空いたの?」  涎が垂れた私の顔を見て、そう思ったのだろうか。  「フフッ、少し、な。後で何か食べにいこうか」  体は好き勝手に弄ばれていてもその心は純粋無垢、擦り切れた所が何も見られない。  ますますこの子を私の中で守ってあげたくなる。  「ありがとう。でも、ママが怒るから……」  この子は常に、あの母親の影に怯えている。今も「姿の見えないママ」にびくびくして、酷く憔悴している。  先週もそうだった。足が悪いにも関わらず走って帰ろうとしたのは、私と遊んでいて時間を忘れてしまい、門限を破ったという事で母親に折檻されるからだった。  あの時見た、幸人の髪を思い切り掴んで罵声を浴びせていた姿が頭から離れない。あの光景が強くイメージされる度に私は歯を食いしばっていた。 「……そうか」  歯噛みしながらも、そう一言だけ返した。  今はまだ行動に出る事ができない。下手にあの女にぶつかっても、大騒ぎされて場を混乱させられてしまうだけだ。正面から相対する事の無い手段を用いるのが無難だろう。  警察には頼りたくない。警察に通報してあの女が逮捕されたとしても、せいぜい数年で出獄できる。  弁護士等が張りきって――例えば彼女の恵まれない生い立ち等――アピールすれば、さらに刑期が縮まる可能性もある。日本警察が優秀であろうとも、あの女を数十年も懲役刑に処せられる証拠を暴けるとは思っていない。  懲役を終えて、またあの女が娑婆の空気を吸う機会が与えられると思うと虫唾が走る。たかが数年檻の中に入れる程度では生温い。  「――あ!」  幸人が目を丸くした。どうしたのかと思ったら、手元が狂って城の一部が崩れてしまっていた。 757 名前:忍と幸人 第二話[sage] 投稿日:2011/03/25(金) 23:18:54.91 ID:xvmloqPv [8/9]  「……しまったな」  物思いにふけていたせいで全く気が付かなかった。結構強めに腕を当ててしまったらしく、損害が大きい。  「すまないな、幸人。今日は調子が悪いみたいだ」  苦笑いして誤魔化す。幸人はにっこり笑って「しょうがないよ」と言ってくれた。  「あ、そうだ。お姉ちゃん、今何時?」  その場から立ち上がった。  ……もう帰ってしまうのか?  「三時……五十分だな」  「ごめん、お姉ちゃん。今日はママに早めに帰れって言われているんだ」  水道までよたよたと歩き、手を洗う幸人。  またあの母親の所へ戻るのかと言い掛けた。仕方ない、今はまだ、あの女が彼の帰る場所なのだから。  「家まで送ろう」  彼を抱き上げ、頭を胸の上に乗せてやると、「ありがとう」と小さくお礼をしてくれた。  団地の前まで辿り着く。あの女との鉢合せを避ける為、死角となる箇所で彼を降ろし、そこで別れた。  「……さて」  しばらくすれば夕闇に包まれ、月が昇る。その時、あの女は動き出すだろうか。  「尻尾を掴んでやらないとな」  指の骨を鳴らし、幸人が入って行った部屋を睨みつけた。

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