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64 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:08:06 ID:4c8uAKM4 朝早く、電話があった。 昼過ぎに、電話があった。 この二つの電話が、喜劇の最終幕を告げる、ベルとなった。 言葉がうまく像を結ばない。 何を、言っているのか、脳が理解を拒否しているのだ。 「今……その、なんて?」 喉にからまった痰に邪魔され、かすれる声で問うと、電話の向こうの人物は、事務的な、しかし 十分にいたわりをこめた声でもう一度繰り返した。 「ご自宅で、白石勝さん、佐和子さんご夫妻が亡くなりました」 伯父さんと、伯母さんが、死んだ……? まさか。今朝まであの二人はぴんぴんしていたのだ。今日の午後の便で帰ると言って、私と こーたを大学に送り出した。 あんなに元気だった二人が、揃って死ぬということは。 「まさか……あんなに元気だったのに……死因……は?」 「殺人です。何者かに襲われたようです」 「犯人は、犯人は、誰ですか?!」 受話器の向こうの人は、一瞬、言葉を切って、息を飲んだ。 「まだ不明ですが、目撃者が存在します」 私が何度聞いても、その犯人について、その警察の人は、何も言ってはくれなかった。 ただ、警察の人間が迎えに行くから、研究棟にいてくれ、と言うだけだった。 65 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:08:36 ID:4c8uAKM4 呆然とうなだれ、備え付けられた電話の受話器を持った手を下ろす。 研究室棟の実験室。朝から私と一緒にいた同期と後輩が一人ずつ、電話に向かって不穏な言葉を 叫んだ私を、気遣わしげに見つめている。 沈黙に耐えられなかったか、後輩が私に声をかけようとし、同期に止められた。 何かを言う気力もなく、私はただ、立ち尽くしたままでいた。思考が奔流する。 おかしい。 では、何がおかしいのか? 伯父と伯母は殺された。目撃者が存在するのに、犯人が誰かはわからないという。 この言い方自体がまず、おかしくないだろうか? 犯人がわからないというのなら、それだけを述べるだろう。目撃者が存在するかどうかという ことは、犯人の正体の知・不知に関して、重要ではあるが直接の関係はない。 それをわざわざ私に告げた意図は何か? 目撃者の証言を元に犯人を捜しているところならば、その特徴を告げ、知人であるかを私に 問わなかったのはおかしい。 しかし、犯人がわかっているならば、不明であると言う必要も、目撃者が存在すると述べる 必要もない……。 目撃者が存在し、犯人の身元について私に確かめる必要がないが、犯人が不明である。 これに当てはまる解は一つだけ。 犯人は、私の顔をしていたのだ。 66 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:09:08 ID:4c8uAKM4 目撃者が誰であれ、マンションの人間ならば、私の顔を知っている可能性は高い。 たとえ知らずに、私だと名指しできなくとも、特徴を述べるだけで、私だと警察にはすぐに 知れるだろう。 そして、警察は私を疑っている…? いや、違う。 私を犯人と確信しているのならば、私に、伯父と伯母が死んだことも、警察が研究棟に向かって いることも告げたりしない。 私が犯人ならば、間違いなく逃げてしまう。 警察は、まずこーたに連絡をとったに違いない。いや、事件の発覚が早すぎることを考えると こーたが第一発見者の可能性すらある。 こーたは、前の事件についても、警察に話したはずだ。 だから、この顔が二人いるということを、警察は既に知っていて……どちらかが犯人であることも、 既に知っている。 そしておそらく、こーたは、犯人が私ではないと、主張しているはずだ。 今、警察は、どちらが犯人なのか、まだ確証がとれていないのだろう。 わざわざ「目撃者がいる」と告げたのは、私の反応を見るためだったのだ。 ここで私が逃げようとしたら、私が犯人であるということを示すことになる。 警察が「こちらに向かっている」というのも、ブラフだろう。おそらく、研究室棟の玄関先 から電話をかけたのではないか。きっと、非常出口にも、警察がいるだろう。 出口に警察がいれば、私を『確保』することはたやすいのだから。 67 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:09:47 ID:4c8uAKM4 不思議なほど、私は冷静だった。 そして、何の疑問も持たずに、私は『全て』を理解し、『全て』を『受け入れた』。 犯人を導くための思考は、本当は、ただの確認作業にしか過ぎなかったのだ。本当は、二人が 死んだと聞いた時から、全部わかっていた。 いや、もしかしたら、もっと前から、こうなると知っていた。 天啓を受けていた……と言っていいかもしれない。 だから私は、私がすべき『全て』を知って、まよわず実行すると決めた。 覚悟などという大層なものではない。ただ、為すべきことは為さなければならないという、 それだけのことに過ぎない。 「ふ…くうっ、う…っ!」 知らず、嗚咽が漏れた。涙が次から次へと頬を伝う。 でも、私を満たしていた感情は、悲しみではなかった。 父母を殺されたこーたの苦しみを思うと、胸がつぶれそうになるはずだった。 でも、今の私は、そういった感情すら、持たなかった。 そこにあった感情は……。 携帯電話を手提げ鞄に入れ、ただショールだけを纏って、実験室を出た。 わかりにくい場所に扉があって、その先に資材搬入用のエレベーターがある。 この研究棟は、元は二つの建物を繋ぎ、その後も建て増しを繰り返したため、いびつな構造を している。瑞希は、玄関から近いエレベーターの存在しか知らないはずだ。 私は、エレベーターのボタンを押した。低いモーター音がして、小気味良いくらいに順調に 階数表示が下ってくる。 エレベーターの扉、奈落を見せる小窓に、うっすら、私の顔が映る。 鏡の向こうの自分は、自分と同じ顔をして、自分と違う行動をする。 でも、それが私である限り……同じなのだ。 だから、瑞希が伯父と伯母を殺した理由を、私は知っている。瑞希がどこにいて、次に 何をするのかを、私は知っている。 68 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:11:07 ID:4c8uAKM4 朝、瑞希から電話があった。 遠くへ行くことになった。水樹に会えるのは最後かもしれない。だから直接会って謝りたい。 二人で買ったおそろいの服を着て、夕方の五時に、会おう。 瑞希は、そう言った。 高崎瑞希及び水樹と白石浩太が姉弟であると知っているのは、伯父と伯母と私である。 白石浩太は高崎瑞希及び水樹と『戸籍上は』従姉弟なのだから、この三人がいなくなれば、 結ばれるのに何の問題もなくなる。 だから、瑞希はこの三人を消さなければならない。伯父と伯母を殺したならば、次は私の 所に来るのは当たり前だ。 私が研究棟にいるというのは、伯父と伯母から聞いたのだろう。彼女は二人を殺してすぐに 私の研究室に向かったに違いない。 用意周到な彼女のことだ、返り血を浴びるなどと言う愚をおかすことはないだろう。 誰にも不審に思われずに、ここまで来れたに違いない。 本来、IDカードがなければ玄関ホールから先の研究棟には入れないことになっているが、 この棟のセキュリティーシステムには、人的な穴がある。知り合いが後ろで待っていれば、 一緒に入るのが礼儀といった風潮があるのだ。 私と同じ顔をした瑞希にとっては、私の研究室までたどりつくことくらい、容易いことだった だろう。 後は私を殺せばよい。 私にアリバイがないのなら、全てを私に押し付けて、水樹を犯人にして殺せばよい。 私にアリバイがあるのなら、生きている方が水樹で、死んだ方が瑞希になる。伯父と伯母と妹が 死んだショックという理由で、学校をやめれば、私と瑞希の違いなど、なくなる。 だから、同じ服である必要があった。 69 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:11:45 ID:4c8uAKM4 でも、彼女にとっては不幸なことに、私にとっては幸いなことに、私は今日、地下の実験室で 実験をしていた。今日、私がいた場所は、放射能漏れの危険性のある、レッドゾーン区域だ。 探し回ってもわかる場所ではないし、私の居場所を知っているのは、私と一緒にいた同期と後輩の 二人だけ。 今、彼女は、私の3階の研究室の前で、歯噛みする思いで私を待っているのだろう。 エレベーターが開く。乗り込んで、6階のボタンを押した。 警察はそんなにすぐには私を探しに来ないだろう。でも、時間が経ち、私がいないことに 気づいたならば、行動するに違いない。 それに、3階にいる瑞希の存在が警察にわかったならば、やはり私の計画は無駄になる。 低いモーター音が止み、エレベーターが止まる。 私は小走りに、屋上へと向かう階段へと向かった。立ち入り禁止のロープを、鞄に入っていた ハサミで裁ち、近くのゴミ箱に捨てる。 自分の記憶力に感謝しつつ、数年前に先輩から聞いた屋上の電子ロックの番号を入力する。 電子音とともに、扉が開いた。 時間は、あまりない。焦りながら、準備を終える。 一つ、深呼吸をした。 さあ、瑞希に電話をかけないと。 70 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/13(日) 02:13:03 ID:4c8uAKM4 携帯をパカリと開けたその時、私の心に、弱さが忍び寄った。こーたの声が聞きたくなったのだ。 思わず、こーたに繋がるショートカット番号を押す。 ……話し中だ。事件のことで、誰かに電話をして知らせているのかもしれない。 私は苦笑し、通話ボタンを押して切った。これはきっと、神様からの戒めに違いない。 今度は、迷わず、瑞希に繋がる番号を選択した。 コール1回、息をつく間もなく、電話は繋がった。 瑞希が言葉を発する前に、一息に告げる。 「私は、今屋上にいるから、来て欲しい。エレベーターでも、階段でも来れる。6階で降りたら  屋上へ続く階段はすぐにわかる。扉を開けて待っているから」 そうして、瑞希が、何も言わないうちに、電話を切った。 おそらく、瑞希がここまでたどりつくのには、3分ほどかかる。 きっとその3分は、永遠にも思えるほどに長いことだろう。 私は、大きく深呼吸をした。青い空を見上げる。 悲しいほど綺麗な、秋の空。心は、どこまでも澄み渡って、静かだった。 こーた、お姉ちゃん、今度こそ頑張るからね。今度こそ、こーたを守るから。 愛してるよ。

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