「ヤンデレの娘さん 転外」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ヤンデレの娘さん 転外」(2011/06/27 (月) 00:42:42) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
736 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:02:22 ID:5bzKfcHY
それは、別れと出会い、そのそれぞれのそれ以前。
それは、御神千里と緋月三日が夜照学園高等部に進級する以前。
開幕前の舞台で演じられる物語。
10人が10人振り向く美少女と言うものは実在する。
氷室雨氷に言わせれば、一原百合子がそれにあたる。
それは、2人が恋愛(同性愛)関係にあるが故の身びいき、というわけではない。
現に今、この夜照学園高等部校舎屋上の、雨氷のいるほんの数メートル先で、
「好きだ、一原!付き合ってくれ!」
「ゴメン、無理!」
というやり取りが行われている。
ちなみに、前者が2人のクラスメートの男子(名前は覚えていない、雨氷にとって百合子以外は些事である)、後者が手を合わせている百合子である。
男子と百合子はその後も二言三言言葉を交わしていたが、「無理なものは無理、だからしょうがない」という百合子のキッパリとした態度にトボトボと屋上を去って行った。
どうして無理なのか、というところまでははっきりと説明していないし、できない。
百合子が同性愛者であるという秘密が不用意に知れ渡ったら、どのような偏見の目にさらされるか分かったものではない。
だから、彼女らの関係はよほどのことが無い限り、よほど信頼のおける相手以外には秘密にしておこう、というのがこの頃の2人の共通認識だった。
「お疲れさまでした、一原さん」
「どーも、うーちゃん」
男子が去ったのを確認して、雨氷は物陰から出て百合子に声をかけた。
ちなみに、『うーちゃん』とは百合子から雨氷に対する長年来の愛称である。
2人は小、中、高と行動を共にしている幼馴染同士でもあるのだ。
もっとも、雨氷の方は照れ臭くて人前で百合子の愛称を使うのを止めてしまっていたが。
高校生にもなって『ゆーちゃん』という愛称を使うのはいささか以上に勇気が必要なのだ。
「なんつーか相変わらず、男の子(トモダチ)の告白を断るのは心苦しいわよねー。てか何度目だっけ、こう言うの?」
「今月に入って10件目かと」
「多いわね……」
「ええ、まるで盛りの付いた犬のようです」
「妹ならぬ、くらすめえとは思春期、ってトコね」
「殺しておきましょうか、今の彼」
「クラスメート相手に何サラっと恐ろしいコト言ってるのよ」
とはいえ、それは無理ならぬことではあった。
高等部に進級したときに、綺羅星のごとき美少女達が来たと学校中の話題をさらったからだ。(これは、2人と中等部からの学友たちが彼女らの美貌を伝え広めたからでもある。女子は噂好きなのだ)
結果、百合子と雨氷は双方ともに男子からの注目を集めることとなった。
特に、美人で明るい百合子に年頃の男子が惹かれるのは当然のことと言えた。
当然の、ことと……
「……やっぱり、殺しておきます」
「いやいやいや」
スッと学生鞄の中に手を入れ、歩きだそうとする雨氷の肩を百合子が掴んだ。
細くたおやかな百合子の指の感触を味わいたいのを我慢しながら、雨氷は口を開く。
「だって、盛りの付いた雄犬が、いつ一原さんを性的な意味で害するか分かったものでは……」
「さすがにそれは無いわよ、エロゲじゃあるまいし」
とはいえ、と百合子は続けた。
「私も考えてはいたのよねー。前々からの思春期男子ーズから無駄で無意味にモテちゃうのには。彼らにも悪いし……」
異性愛者なら嬉しい悲鳴と言ったところなのだろうが、同性愛者であり、男性を友人としか見れない百合子にとっては本当に困った状況だった。
同性愛者であることを知らない男子の友人たちを結果として騙しているようで、本気で悪いと思っているらしい。
雨氷に言わせれば、百合子にそんな気を遣わせる男子達が悪いのだが。
「あんな連中、気に病むことはありません。どうせ、一原さんの体目当てに決まっています」
「まー、何割かはそういう下心はあったでしょうね。思春期的に考えて」
「やっぱり殺してきます、今まで告白してきた連中全員」
「だから駄目だって」
再度肩を掴まれた。
「なら、どうしろと」
無表情なりに不満を顔に出す雨氷に、百合子は不敵な笑みを浮かべた。
「私に良い考えがある」
「失敗しそうな台詞ですね」
何故か野太い声を作って言う百合子に雨氷は思わず突っ込みを入れた。
「台詞(ソレ)は気にするな、よ。これは私の考え、どれ程のものかは実行してみれば分かるわ。とりあえず着いてきて」
そう言ってクルリ、ときびすを返す百合子。
答えは聞いてないということらしい。
737 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:03:58 ID:5bzKfcHY
「上級生の教室に向かうのですか?」
「流石に今回ばかりは身内だけじゃどうにもできそうにないものね。ヘルプを求めてみるつもり」
「今考えたんですか?」
「ウン、今考えた」
相変わらず感情で生きている娘であると、雨氷は思った。
階段を下り、上級生の教室へ向かうらしい百合子の少し後ろを、雨氷は着いて行った。
上級生クラスのある階の廊下を威風堂々、足早に進む百合子と彼女の一歩後ろを行く雨氷に、上級生の男子たちが振り返る。
上級生のクラスの階に、一年生の百合子たちが着たことへの驚きや、とびきりの美少女である百合子と雨氷への注目が一気に集まる。
その視線に、雨氷は顔をしかめそうになるのを何とか抑えた。
こうして好意と好色(と雨氷は感じている)の視線が普通に集まっているということは、自分と百合子の性質が知られておらず、彼らと同じ異性愛者だと思われているということでもある。
それは、今現在においては雨氷の、ひいては百合子の身が守られているということでもある。
人は、自分とは違うモノに対して決して優しくなど無いのだから。
もっとも、当の百合子はどこ吹く風。
目的地に向かってズンズンと大股で歩む。
他人の目に対して、百合子はあまりにも無頓着だった。
無防備、とも言えるし、雨氷はそう感じていた。
『なればこそ―――』
と、雨氷は思う。
『一原さん―――ゆーちゃんは私が何としてでも守らなくてはならない』
両手で持った学生鞄を握りしめ、強く思う。
信念と呼んで良いほどに強く。
それは、今はまだ学校の違う百合子の所のボンクラ妹達(恋敵にしてある意味では同志)にはできない役回りだから。
それが、自ら望んだ役回りなのだから。
百合子の方はそんな雨氷に気付く様子も無く、ある上級生クラスの教室のドアをガラリと開く。
「ちわーッス!緋月先輩居ますかー!?」
そんな百合子の派手で唐突な登場に、上級生たちの視線が一瞬驚きに変わる。(雨氷は、その一歩後ろで控えめに一礼した。最低限の礼儀である。)
驚かなかったのは、たった1人。
髪の色は鴉の濡羽。
瞳の色は深淵な黒。
それとは対照的に肌は陶磁器のように白い。
顔立ちは、性別を感じさせない位に整っていた。
一原百合子が10人が10人振り向く美少女なら、その男は100人が100人振り向くような美形だった。
緋月一日
役割は、生徒会長。
百合子と負けず劣らず破天荒な彼は些細なきっかけで親しくなっていた。
少なくとも表面上はそのように見えると、雨氷も思っていた。
友人と歓談していた一日はその顔立ちに似つかわしい優雅な所作で席を立ち、雨氷たちの方に向かってくる。
「雷鳴のような大音声を上げずとも、僕には十分に聞こえるぞ、一原」
見ただけで女性を虜にしそうな美しい笑みを浮かべ、一日は言った。
その完璧なまでに美し過ぎる笑みに、雨氷はむしろ不快感を覚え、眉をしかめそうになる。
あまりに完璧すぎて、作り物にしか見えないのだから。
「あっはー、すいません。でもでも、私のモットーは元気爆発頑張ぞー、なんで。何事も派手に愉快にしなきゃ気が済まないというか自然にそうなっちゃうと言うか?」
「良くわからんが、まぁいい。それで、今日はどう言った要件だ?」
女子的なハイテンションでまくしたてる百合子に動じることなく、先を促す一日。
ちなみに、他の先輩たちはもうそれぞれの行動に戻っている。
「今暇ですか?」
「暇と言えば暇だな」
「ンじゃ、ちょっち外良いっすか?」
「教室では駄目なのか?」
「人多いじゃないですか、ココ」
「確かに、少々観客が多いな」
一日の言うように、教室内には未だ生徒が多く残っていた。
勉強会を開く勤勉な者もいれば、取り留めの無い会話をしている者も多い。
ふと、雨氷の眼にクラスメイトと話をしている1人の女生徒が映った。
738 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:04:20 ID:5bzKfcHY
百合子たちと負けず劣らず、いやそれ以上に目立つ外見の女生徒。(何しろ金髪である)
名前は確か、鬼児宮フィリア。
外国人とのハーフであると同時に大会社の社長令嬢である。(夜照学園は、学費が平均よりも高くないのにも関わらず、施設やカリキュラムのレベルが非常に高いとされるので、様々な層の生徒が入学してくるのである)
また、とんでもない美少女であり、誰がつけたか『月光の君(レディ・クレセント)』という通称まである。余談だが、その通称がつけられた当時、高等部では遅れてきた『マリ見て』ブームのただ中だったとか。
以前噂を聞いて、何の漫画だと思ったきりだった先輩だったが、なぜか眼に付いた。
まっ白な右手を頬にあて、雨氷たちから少し離れた席で友人たちと優雅に談笑しているだけの彼女が、なぜか彼女がこちらの方を見ているような気がしたのだ。
「つーワケで緋月先輩はお借りしますんで、夜露死苦!」
一日と話をしていた先輩たちにそう言う百合子の台詞に、雨氷は意識を戻される。
「何だ、一原。お前も緋月にコクんのか?」
話しかけられた先輩が、冗談めかして百合子に言う。
「あっはー。それは無いですよ」
「そんなことはありません」
百合子と雨氷がほぼ同時に否定する。
「ンじゃま、クレヨンしんちゃん曰く『じゃ、そう言うことで』」
「『じゃ、そう言うことで』だそうだ」
百合子のおふざけに一日が笑顔でのり、雨氷が軽く一礼した。
そういうことってどういうことだよー、という上級生のツッコミを背に受けながら3人は教室を出る。
去り際に、雨氷は軽くフィリアの方を見た。
右手を頬にあて、穏やかな笑みを浮かべながら友人たちと談笑している。
こちらの方を見てさえいない。
なのに、なぜか。
突き刺すような殺気を向けられているような気が、した。
739 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:05:22 ID:5bzKfcHY
「こんなところで良いか」
不自然なまでに人気の無い廊下の隅で、指揮者のように手を広げる、やはり完璧すぎる所作をしながら一日は言った。
「はい、オッケーっす」
「それで、用事というのは何かな?」
百合子の言葉に美しい笑顔を浮かべ、一日は聞いた。
計算しつくされた、美しい笑顔。
美しすぎるからこそ、その笑顔が演技であることが雨氷にははっきりと見えた。
だから、
「その前に、無礼を承知で言わせていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
百合子の一歩前に出て、雨氷は言った。
「どしたの、うーちゃん?」
不思議そうな顔をする百合子。
「僕は構わないが」
雨氷の眼光に動じることなく一日は言った。
この場合、動じる様子を見せることなく、と言うべきなのだろうが。
「折角人がいない、緋月先輩もご冗談のような演技はお止めになってはいかがですか?」
淡々と、しかし不躾とも言える一言を、雨氷は叩きこんだ。
「演技、か」
笑顔を崩さず、一日が言った。
「ええ。一原さんは軽妙軽薄な言葉を使わせていただきましたが、私たちは何も無意味無目的に、緋月先輩に来ていただいたわけでは無いので。むしろ、とても重要なお願いをしたいと思っています」
実のところ、雨氷はその話の詳細を知らないのだがソレはともかく。
「ですから、そのような演じきられた、嘘で塗り固められた態度と笑顔を向けられると、はっきり言って―――」
一瞬、逡巡してから雨氷は言葉を続ける。
「不愉快です」
雨氷自身でもどんな顔をしているのか分からなく様な思いを叩きつけられ、しかし一日は演技を崩すことなく、その中性的な顔を困ったような形に変えた。
「不快不愉快不都合と言われても、正直いささか困るところではあるな」
一日はそんな台詞を言った。
「困る、ですか」
「ああ。僕にとって演じるというのは呼吸よりも当り前のことだからな」
「確かに、緋月先輩が演劇部の花形(スタァ)でいらっしゃるのは存じておりますが―――」
「ああ、違う違う。そういうことじゃない。むしろ逆だ。僕が演劇部の役者なのは単純に当然の帰結だ」
「当然の帰結、ですか」
「ああ、僕の知り合い風に言うと…トウゼンノキケツ…という奴だ」
言ってから、一日は「やっぱり使いづらいな」と顔をしかめた。
「人が複数人集まれば、そこはもう舞台だ。演じるべき状況があり、演じるべき役割がある。状況に則し、他人の言葉(セリフ)に合わせ、自身も行動する。それはもう演技だ。『この世は舞台、人は全て役者にすぎない』プラトン以来の常識だろう?」
そう言う一日の姿は、確かに舞台上で見るものと変わらなかった。
変わりようが、無かった。
「とはいえ、安心はしても良い。その演技の裏側に悪党の顔が潜んでいるとかそう言った役柄では無いからね、僕は。君たちの願いには真摯に真剣に対応するし、必要とあれば全力で力を貸そう」
「という役回り、ですか」
「そう言うことだ。何せ、生徒会長だからな」
自分の役は自分が一番把握しているよ、と一日は言った。
『やはり、不愉快』
と、雨氷は学生鞄をギリと音がするほど握りしめて思った。
感情というのものを完全に度外視した、一日のもの言いに。
740 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:06:23 ID:5bzKfcHY
「あー、そろそろ良いッスか?」
と、そこへ百合子が言った。
「今の話を聞いてましたか、一原さん」
「ごみん、何か難しそうなこと言ってたから後半聞き流してた」
雨氷に対して両手を合わせて百合子が言った。
「ともあれ、何でも言ってくれ、一原。生徒会長とはそういう役だ」
「んじゃー、遠慮なく言っちゃってぶっちゃけちゃいますね」
微妙にかみ合ってるのかいないのか分からないトークだった。
「私、みんなにカミングアウトしようとか思っちゃってるんですよ」
「カミングアウト?何を」
「私、レズなんです」
「レズか」
動じない一日だった。
「格調高く言って、百合なんです」
言わなくて良い。
「そうだったのか?」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないな。聞こうともしなかったが」
「言おうともしませんでしたしね」
「それで、君の望みとは?」
「ジブンで言うのも難ですけど私ちょっとモテるじゃないですか、男子に。無駄に」
「らしいな」
「さすがに、先輩ほどじゃないですけど。学園の女子全員をフッた先輩ほどじゃ」
「それは噂だ。話半分に聞いておいて欲しいな」
「ういっす。で、ですね、私らの場合、男子にモテても問題じゃないですか、っていうかヤバいじゃないですか」
「確かにヤバいな、男子の方が」
「だから、いー加減どうにかしようかと思ってですね―――」
そこで、百合子は軽く勿体をつけた。
自身の『良い考え』、現状をひっくり返す秘策を彼に伝えるために。
「全校生徒の前でカミングアウトしようと思うんですよ」
ゴン、という音が雨氷の耳朶を打った。
それが、自分がひっくり返って頭を打った音だと気付くのに数秒かかった。
「ちょ、大丈夫、うーちゃん?」
「頭が痛いです」
「そりゃそーでしょーよ、あんな盛大に頭からズッこけたら。あ、今日のパンツは黒なんだ」
「二重の意味でです……」
あと、パンツを覗かないで下さい、と起き上がって身なりを整えながら雨氷は言った。
頭の痛みが引いてくると、逆に怒りが沸いてくる。
「って言うか貴女は馬鹿ですか!?今の今まで信頼できる相手以外には苦心と腐心と細心の注意を重ねて自身の秘密を隠し続けてきたというのに!?しかもそれを!?全校生徒の前でカミングアウト!?学校中の生徒を敵に回しますよ!?」
「うん、それに関しては返す言葉も無いわね」
「だったら何でそんなことを!?しかもこの不愉快な男にまで!?」
一日を指差しながら雨氷はまくしたてた。
普段の冷静沈着の仮面が完全に取れているが、そんなことを気にしている余裕はない。
「それはね、うーちゃん」
興奮しきった雨氷を落ち着かせるように、諭すように百合子は言った。
741 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:06:53 ID:5bzKfcHY
「私の性癖を知れば、確かに嫌な気分なる人は出てくると思うわ。でも、だからって隠し続けてると、男子の友達に望みの無い以上の恋をさせて傷つけちゃう」
珍しくまじめな表情で、百合子は言う。
「どちらにせよ、人を傷つけるなら、私は自分の心のままに生きたい。生きられるようにしたい」
百合子はそうキッパリと言ったのだった。
その表情を、雨氷は美しいと思った。
恋愛関係にあるが故の身びいきかもしれないが。
それでも、その百合子の姿を、男とか女とか、恋愛とかそうでないとか関係なく、1人の人間として美しいと思ったのだ。
「……惚れた弱み、ですね」
「何か言った?」
「いえ、何も」
小さく呟いた言葉を誤魔化し、雨氷は嘆息しながら言葉を続ける。
「分かった。分かりました。貴女がそこまで思って考えた上での結論ならば、私は何も言いません。言ったところで貴女が考えを変えるとも思えませんし。それにどんな状況でも私のすることは変わりません」
手にした鞄を握りなおし、雨氷もはっきりと言う。
「例えどんな時でも、私は貴女を愛し、貴女を守ります」
その雨氷の言葉に百合子は笑みを浮かべた。
「頼りにしてるわ、うーちゃん」
「ええ、任せてください、ゆーちゃん」
何年か振りに互いに愛称で呼びあい、2人は手を取り合った。
「互いの絆を確認しあう良い場面の最中に難だが―――結局、一原は僕にどんな役を所望なんだ?」
半ば話から取り残された形になっていた一日が、無駄に様になった苦笑を浮かべつつ言った。
「貴方なんて背景の木がお似合いです」
割り込まれたことに不愉快な視線を向ける雨氷。
それをまぁまぁと落ち着かせながら、百合子は一日に言う。
「先輩には役と言うか背景と言うか、それよりも場を提供して欲しいんですよ。私の秘密を全校生徒にカミングアウトする場みたいなのを」
「劇場主の役、いや大道具担当、といったところか?」
「どうせやるなら、派手にやりたいですからね。具体的には今度の全校集会の時とか、生徒会長の言葉とかの時間の間とか後とかで、私が壇上に上がる時間とかをちょっとで良いので作っていただけないかな、と。ちょー裏方になってしまって申し訳ないんですけど。」
「ふむ…」
百合子の言葉に、思案顔になる一日。
「ふと疑問に思ったのだが、それを僕に断られたらどうするつもりだったんだ?その上、俺は君たちの秘密を知ってしまった」
「あー、それは考えてませんでした」
「しかも、労力の割に僕個人には何のメリットも無いという」
「それも考えてませんでした!」
「…思ったんだが、一原は『愚者』のタロットも驚くような大馬鹿者なんじゃないか?」
冗談めいた口調で、一日は言った。
「だが、そうした馬鹿は嫌いではない。協力しよう」
そのまま笑顔を浮かべ、一日は言った。
雨氷たちが見た彼の表情の中で、一番砕けたものに見えた。
「その代わりと言っては難だが、こちらからの条件として、今後入学してくる、僕の一番下の妹には手を出さないことでも約束してもらおうかな?」
「可愛いんスか!?」
新しい女の子の話題にさっきまでの真剣な表情が嘘のように目を輝かせる百合子。
「…手出すなっつったよな…」
「ハイ、ワカリマシタデゴザイマス」
かなり本気でドスの効いた口調で言う一日に、思わずカタコトで答える百合子。
どうやらこの男、かなり筋金入りのシスコンらしい。
742 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:08:31 ID:5bzKfcHY
「まー、ジョークはともかく。その下の妹さん?もウチの学校に入学されるんですね。上の妹さんに続いて」
「…とても冗句には聞こえなかったが…、まぁその予定だ。入試への学力面でも問題ないが、色々あっていささか人見知りが過ぎるというか何と言うか。僕無しでは呼吸もままならないのではと、我が妹ながら今後が心配なところだ」
やれやれだ、と大げさな仕草で一日は言った。
そう言いながらもどこか嬉しそうなのは、よほど下の妹とやらが好きだからなのだろう。
ちなみに、もう1人の妹(剣道部エース)の方とは犬猿の仲。時折口げんかをしている姿を雨氷たちも見たことがある。
何だ、この態度の落差は。
「分かりました!そう言うことなら、もし下の妹さんが入学してきたら、後のことは私らに任せて下さいな!」
パン、と手を叩き百合子が言った。
「ほぅ…」
疑わしいとまではいかなくとも、こいつ冗句で言ってるんだろうな、という目を向けてくる一日
「いやマジで。私にもこんなに可愛いわけが無いってくらい可愛い妹いるんで、先輩の気持ちがちょい分かりますし。先輩が卒業した後でも、その妹さんのことは大船に乗ったつもりで任せてください!」
「…ふむ…」
あっさりとそう言った百合子に、一日は目を丸くしていた。
人の恋人に向かって何信じられないみたいな顔してるんだこの野郎とか馬鹿の顔してるんじゃないとか雨氷は内心思わないでもなかった。
「いや、そう言ってくれると正直嬉しいな。『僕は良い後輩を持った』などと手垢のついた台詞が必要なくらいだ」
本当に嬉しがっているのかは、雨氷には判断がつかないが。
「いえいえ、こんくらいお安いゴヨーダーGT……かは分かりませんけど、私がやりたくてやりたいって言ってるだけですから」
「だとしてもだ。何せ…」
笑みを浮かべて一日は言う。
「僕も、妹達といつまで一緒に居てやれるか分からないからな…」
そう言う一日は、達観したような、強い意志さえ感じさせながらも、どこか寂しげに見えた。
「まぁ、兎に角だ。君の望みは聞いた。時間を作るのはそう難しくは無いだろう。後は、あまり角が立たないように生徒会の者達や先生方とのコンセンサスを取っておかないとな」
「先生たちには、英語のエリちゃん先生からお願いします。あのヒト、何故か何かと私らに良くしてくれるんで。まぁ、この後、私らからもお願いしてみますけど」
エリちゃん先生、というのは百合子たちのクラスの授業を持っているエリス・リーランドという若い教師だ。明るく聡明だが何故か何かと百合子『だけ』を贔屓するのが玉に瑕だった。
「心得たよ」
そう言って、一日は指揮者のように手を広げた。
「さぁ、こんな所で閉幕といこうか。この世は全て仮面劇(ページェント)。また明日この舞台で会おう」
そう言って、彼は去っていく。
「ええ、それじゃまた」
その後ろ姿に手を振りながら、百合子はふと言う。
「あ、先輩。同じ仮面なら、仮面劇より全員参加の仮面舞踏会の方が人生多分楽しいッスよー!」
「面白い見解だな、覚えておこう」
一瞬だけ振り返り、笑顔を浮かべて一日は夕闇の中に消えて行った。
743 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:09:14 ID:5bzKfcHY
おまけ
「さって、これからが忙しくなるわねー」
一日と話をしてすぐ後、しんと静かな階段を降りながら、踊り場で大きく背伸びをして百合子が言った。
「そうですね。先生のところに行くのもそうですが、実際に何を言うか原稿を組まなくてはいけませんし、一原さんのとなると必然的に私のことにも触れざるを得ませんし……」
「んー、単に私がレズなんですーって言うだけで良いと思うけどねー。詳しいこととか、うーちゃんのことまで突っ込まなくても」
「もう少し考えてください。それに、貴女だけを矢面に立たせるつもりはありませんよ。って言うか、ここまでハイリスクなことしなくても良かったのでは?」
「リスクの無い人生なんてつまんないじゃない。人生はちょっとしたダイボウケンだもの」
「訳がわかりま……」
突き刺さるような殺気が、雨氷を射抜いた。
「!?」
反射的に後ろを振り返る雨氷。
同時に、放課後だというのに自分たちの周りには誰一人として他の生徒がいないことに気付く。
いや、1人だけ。
階段の上を見上げると、そこにたった1つだけ人影があった。
夕闇に映える、白い肌。
金色の髪。
頬に当てられた右手。
レディ・クレッセント
鬼児宮フィリア
「緋月さんと何を話していたのかしら」
フィリアが口を開いた。
口には笑みさえ浮かべているが、決して声を荒げているわけではないのに、拒否することを許さない響きが、彼女の声にはあった。
「鬼児宮先輩、相変わらずお美しいですねー。って、いつの間にいらしたんスか?」
フィリアの殺気だった雰囲気に気づいているのかいないのか、百合子が怪訝そうな声で言った。
「答えてくれないかしら、一原百合子さん、氷室雨氷さん」
頬にあてられた右手の細い指が神経質そうに動く。
「答えなくてはいけませんか?」
百合子の一歩前に出て、雨氷が言った。
「答えられないようなことなの?」
フィリアは笑顔を崩さずに答えた。
ただ、頬にあてた指がまた神経質そうに動いた。
カリ、と。
「や、別に別に答えられないよーなってワケじゃ・・・・・・」
「緋月先輩には、少々個人的な頼みごとを聞いていただいていました」
空気を読まない百合子の能天気な声をさえぎり、代わりに雨氷は答えた。
「頼みごと、個人的な、ねぇ・・・・・・」
雨氷の言葉をかみ締めるように、フィリアは言った。
頬の指がまた、カリカリと神経質そうに動く。
頬をかいているのだ。
所謂『お嬢様』であるフィリアには、およそ似つかわしくない素振りであった。
笑顔とは対照的に、『お嬢様』然とした所作を捨てるほどに苛立っているのだろうと、雨氷には見えた。
だが、何故そこまで苛立っているのかが分からない。
分からないからこそ、不気味。
「それで、その頼みごとというのは何なのかしら?」
「・・・・・・」
744 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:11:00 ID:5bzKfcHY
答えることに躊躇する。
うかつな答えを返しては、自分たちの秘密について話さないわけにはいかなくなる。
百合子はそのあたりの覚悟をとうに決めているようだが(何も考えていないだけかもしれないが)、雨氷は未だ慎重だった。
迷っていると言っても良い。
味方か敵か分からない相手(ほぼ確実に後者!)に話すには、あまりにもリスクが高い。
雨氷は脳みそをフル回転させていた。
「何なのかしら?」
そんな雨氷たちに対して、頬を神経質そうにかきながらフィリアは一歩ずつ近づいてくる。
「何なのかしら何なのかしら何なのかしら?」
カリカリと頬をかく音がやけに大きく聞こえる。
「ねぇ、早く答えて頂戴答えてくれないかしら答えてよ答えなさいよ答えて答えて答えて答えろ」
カリ、カリカリカリカリ・・・・・・、と血が出るんじゃないかと言う勢いで頬をかくフィリア。
「答えないの答えないんだ答えないなら・・・・・・・!」
カリカリカリカリカリガリガリィ!
半ば反射的に動いていた。
雨氷は常に持ち歩いている学生鞄、その隠しポケットから大振りなナイフを取り出し、フィリアの攻撃を受け止めていた!!
ナイフのグリップごしに重い衝撃がビリビリと伝わる。
「駄目じゃない氷室さん、そんなモノを学校に持ってきちゃぁ・・・・・・。校則違反よ一日に嫌われるわよぉ」
確実に雨氷の心臓を狙った『攻撃』―――右手の袖口から取り出した『何か』を受け止められたフィリアは言った。
自らの爪で頬から血を流し、口元にはその場に見合わぬ笑みが浮かんでいた。
「先輩こそ、ソレは校則違反じゃないんですか?」
「ああこれ?これはただのペーパーナイフよ。ペェェェエパァァァアナァァァアイフ。知ってるでしょ?」
再度互いに距離をとり(どちらかと言えば雨氷たちのほうが下がった形だった)、手の中の凶器をくるくると弄ぶフィリア。
確かにソレは雨氷たちの知るペーパーナイフと同じシルエットを持っていたが、ずっと厚みがあり、縁の部分は鋭くとがっている。
とどのつまり、グリップの無いただの刃を、フィリアは刃の腹の部分で持っていた。
『って、ただのナイフじゃないですか!?』
思わず叫びたくなるのをこらえる雨氷。
「ねぇぇぇえ、それよりも一日と一体何を話してたのか、私まだほとんどなぁぁぁあんにも聞いてないのぉぉぉぉお。いい加減一秒も早く教えてよぉぉぉぉお」
明らかな狂気の色を瞳に浮かべ、フィリアは言った。
「誰が言うか!」
即答の後再度飛び掛る雨氷。
「お前はゆーちゃんの敵認定決定!ゆーちゃんは私が守る!だからお前を全力を持って打ち貫くのみ!!」
「あらそぉぉぉぉお!?」
ガキィン、と再度刃が打ち合う。
続けざまに二度三度と振るうが、いずれもフィリアの『ペーパーナイフ』もといナイフに受け止められる。
受け止められただけではない。
フィリアは雨氷が『自分はこう動く』と考えたのとそっくりそのまま同じ動きでナイフを振るい、雨氷の攻撃を受けていたのだ。
まるで鏡写しの様に。
「一体何の・・・」
「冗談ですか、とかじゃないわよぉ?私はこれでも戦う技術を持たなぁぁぁい」
「はあ!?」
フィリアの発言に素っ頓狂な声を上げてしまう雨氷。
雨氷はこれまで、様々な手段で百合子に近づく者たちを排除してきた。
比較的穏便に済む相手もいれば、屈強な男もいた。
だから、様々な交渉手段―――つまりは闘うための訓練を重ねてきた。
そんな雨氷が素人に遅れをとる道理は無いはずだった。
本来なら。
745 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:11:27 ID:5bzKfcHY
「だから貴女の動きを演じさせてもらったのぉぉぉぉお」
「演じる・・・・・・、『仮面劇(ページェント)』」
フィリアの言葉に、ふと一日が口にした言葉を思い出した。
「一日はそう呼んでくれてるわ、ね!!」
再度、フィリアが動く、雨氷と全く同じ動きで。
違ったのは雨氷より一瞬だけ早いこと!!
「うーちゃん!?」
後ろから、百合子の悲鳴が聞こえる。
何とか後ろに跳んだお陰で、致命傷はまぬがれた。
ただ、雨氷の制服と肌は切り裂かれ、赤い血が滲んでいる。
「あぁぁぁあ、助けとかは期待しないでぇぇぇね。ココはちょっとした人払いの技術を使わせてもらってるからぁぁぁあ」
「人払い・・・・・・?」
「あなたたちも、さっきまで同じ技術(モノ)の恩恵を賜っていたはずよ。不思議に思わなかった?放課後の廊下を誰一人通らなかったことに」
そう言えば、先ほどの会話で随分騒いだのに、誰も通らなかった。
「あれが、意図的に・・・・・・?」
そうだとしたら、一体どんな手管を使ったというのだろう。
「そう、あの時やったのは一日だったけどねぇぇぇえ。お陰でどこで何を話してるのか分からなくて大へぇぇぇんだったのよぉぉぉお?」
あの不愉快な男の技術を『演じた』とでも言うのだろうか。何という出鱈目な、と思う間もなくフィリアが再度距離を詰め、ナイフで切りかかってくる!
いや、これはフェイント!?
「が!?」
腹部に叩き込まれた膝蹴りに、眼鏡が吹き飛び、一瞬頭の中が真っ白になる。
「ばいばぁぁぁい」
無防備になった雨氷の首筋に向かって、フィリアのナイフが振るわれ―――
「鬼児宮先輩、ストップ!言います!」
その瞬間、百合子の声が響いた。
「へぇぇぇえ。でも、このコさぁぁぁあ、私を敵だって言ってたけどぉぉぉお?」
雨氷の首の皮一歩手前でナイフを止め、フィリアは百合子に言った。
「敵じゃありません。だって、私たちは先輩の恋愛の邪魔、しないですもん」
え、と雨氷は言いそうになった。
「ふぅぅぅうん?」
ス、と雨氷からナイフを離し、フィリアは言った。
「……え?」
あっさりとした対応に、雨氷は思わず呟いた。
どういうことなのだろうか。
と、いうかそう言うことなのだろうか。
「ぶっちゃけ、先輩は緋月先輩のことが好きなんですよね?」
「……」
百合子のストレートな言葉に、フィリアが沈黙する。
それが、これ以上のない答えだった。
「好きな男の子が女の子に呼びだされて気になんのは分かりますけど、先輩が心配するようなことは全然ですよ。何たって、私らレズですから」
「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をついたらぁぁぁあ?」
「いや、マジでマジで。先輩のことなんて生まれる前からマジラブってたくらいですから」
「それは生まれる前から出直してきなさぁぁぁいな。何せ、こっちは一日のことを前世から好きだったくらいの勢いだもの」
「そりゃ残念っす」
肩をすくめて百合子は言った。
普通に残念そうだった。
あんな告白でオーケーされると思ったのだろうか、百合子は。
と、言うか雨氷としては自分の前で他所の女に堂々と告白とかしないで欲しかった。殺したくなる。
746 :ヤンデレの娘さん 転外 ぺぇじぇんと◇9znZNYtb1U:2011/06/14(火) 23:11:47 ID:5bzKfcHY
「まぁ、そう言うことなら許してあげる」
「あ、話した内容とか言った方が良いですか?」
「それはどうでも良いわよ」
狂気めいた雰囲気を薄れさせ、しかし冷めた様子でフィリアは言った。
「私と一日のことに関係が無いなら、何もかもどうでも良い」
そして、そう吐き捨てるように言ったのだ。
そして、ナイフをくるりと弄び、懐に仕舞う。
「全く、無駄な時間を使ってしまったわ」
ため息交じりにフィリアは言った。
まるで雨氷達のせいと言わんばかりだが、雨氷としてはむしろフィリアのせいで災難に会ったという気分だ。
「じゃあ、また。もう二度と会いたくは無いけど」
「そんなこと言っちゃってさては先輩ツンデレですねいやなんでもないですごめんなさい」
フィリア(と雨氷)にすごまれ、平謝りする百合子。
「ああ、そうそう。もし本当に一日に恋愛的な意味で近づいたら、その時は殺させてもらうから」
なんでもないように言うフィリア。
「あっはー。そりゃ嘘でも本当でもありえないですよ。私×鬼児宮先輩ルートならともかく」
「だから、それこそありえないわよ」
そう言って、今度こそフィリアは去っていった。
それと時を同じくして、雨氷達の耳に人の話し声が聞こえてきて、やがて階段を行き来する生徒の数が増えて行く。
「傷とか大丈夫、うーちゃん」
「こんなのかすり傷ですよ。……それにしても、あらゆる意味で出鱈目な女でしたね」
フィリアの姿が消えたのを確認してから雨氷は言った。
「いや、それうーちゃんだけは言っちゃいけないと思う」
まるで雨氷がマトモでないかのように言う百合子。
失礼な。
「それにしても・・・・・・」
珍しく思案気に、というより迷うように百合子が言った。
「緋月先輩と鬼児宮先輩、大丈夫なのかしら」
「大丈夫、といいますと、何が?」
「色々よ。上っ面を見る分には分からなかったけど、あの2人、何て言うかこう、とっても危なっかしい気がしてね」
危なっかしい、というのは雨氷には分かる。
自分を役者と自己規定し、本心がどこにあるのか分からないあるのかすら緋月一日。
他者を傷つけることに一片の躊躇も無い鬼児宮フィリア。
いや、後者に関しては雨氷も似たり寄ったりの部分はあるけれども。
一日とフィリア、双方共にかなり極端な精神性の持ち主であることは間違いが無いようだった。
今でこそ辛うじてバランスが取れているが、2人が揃ってその精神のバランスを崩したら、一体どんなことになるのだろうか。
「どうなるか分からないことを考えても仕方ありませんよ。それに、そこから先はあの2人の問題。私たちにはどうしようもないことでしょう」
「まぁ、そうだけどね」
「どの道、卒業されれば無関係になる相手ですし」
「まぁ、薄情ね」
冗談めかして言う百合子。
そして、2人は中睦まじく放課後の廊下を歩いて行った。
それからほどなくして、百合子たちのカミングアウトがなされ、学園中が騒然とすることになるのは、また別の話。
そして、百合子の一日とフィリアに対する危惧が現実となるのも、また別の話だ。
それは、別れと出会い、そのそれぞれのそれ以前。
それは、御神千里と緋月三日が夜照学園高等部に進級する以前。
開幕前の舞台で演じられた物語。