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247 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:26:26 ID:WeSv.w/k
「……ン、起きろよ、ゼン、千堂善人。もう朝だぜ」
千堂善人(センドウゼント)の朝は早い。
いや、本人としてはもう少し惰眠を貪りたいのだが、それができない理由は2つ。
彼の通う夜照学園中等部で所属している剣道部の朝連があるのが1つ。
そして、もう1つは、
「いー加減起きやがれ、このネボスケ!」
「うわぁああ!」
ドス、と毎朝乱暴におこしに来る幼馴染がいるからだ。
ちなみに、今現在進行形で善人の枕には竹刀が突き刺さっています。
「相変わらず危ないよ、サク!」
ギリギリのところで竹刀の直撃を避けた善人が見上げた先には、件の幼馴染。
夜照学園中等部の男子制服に身を包み、竹刀を構えている、猫のように釣り目で中性的な顔立ちの―――少女。
天野三九夜(アマノサクヤ)。
三九夜と書いてサクヤと読むが、善人は昔からサクと呼んでいた。
そのサクが、避けた姿勢のままの善人を見降ろして、シニカルな笑みを浮かべて言う。
「オイオイそりゃねーだろ、ゼン。優しい優しい幼馴染であるオレちゃんが毎日健気にお前さんを起こしに来てやってるってのに」
男勝りを通り越して、男口調だ。そうした所に加えてシニカルで毒舌家なので、付いたあだ名が『アマノジャク』。
本人としてはそう呼ばれるのを好んではいないようだったけれど、身から出た錆だと善人は思っている。
「その起こし方が問題だとは思わないの?」
「起こして頂いているっつーのに、贅沢言うんじゃねぇっての」
そんなやり取りをしながら、善人は起き上がり、登校の準備を始める。
「あ、僕今から着替えるから」
「ああ、着替えなよ。オレは気にしねーし」
部屋の中で胡坐をかきながら応対する三九夜。
まるで男の子にしか見えない姿だった。
「出てけよ、僕が気にするんだよ」
「つれないねぇ、幼馴染だってのに」
「いや、一応サクって女の子だし。たまにその設定忘れそうになるけど」
「忘れとけよ」
「そうもいかないでしょ?」
いつものように掛け合いをする2人。
2人にとっては定形化したやり取りだった。
「へいへい、分かりましたよ出て行けば良いんだろ」
不平を言いながら、善人の部屋を出て行く三九夜。
ようやく静かになった、と思いながら、善人は中等部の制服である黒いブレザーに着替え始めた。
だから、三九夜が部屋を出る直前に呟いた言葉を、彼が聞くことは無かった。
「本当に忘れちまえよ。そして、もっとオレと……私と一緒にいて欲しいよ」
248 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:27:13 ID:WeSv.w/k
「行ってきます、ふわぁ……」
「ンじゃぁ、行ってきます、おばさま」
「行ってらっしゃい、サクちゃん」
「ちょっと母さん、何でサクだけ!?」
「「日ごろの行い」」
「僕が一体何をしたの!?」
2人は一緒に朝食を終えた後(昔から、なぜか三九夜は自宅ではなく千堂家で朝食をとる)、上記のようなやり取りを経て、いつものように学校へと向かう。
「時々思うんだけど、サクは毎朝僕を起こすためじゃ無くて、ご飯を食べるためにウチに来てない?」
「どうだかな。けど、ゼンのお袋さんのご飯は本当サイコーだよな。毎日食べても飽きる気がしねーぜ」
「そんなにウチの親がいいのなら、ウチの子になりなさい」
「え、マジ?なっちゃって良いの?」
「こんな冗談に本気で喰いつくなよ……」
なぜか、かなり真顔で詰め寄る三九夜に呆れながら、善人は大あくびをする。
「それにしても、まだ眠いなぁ」
「稽古が足りてねーんじゃねーの?オレはとっくに完全覚醒、英語で言うとアウェイクニングだぜ」
「うるさいよ」
「部長の言葉は聞いとくモンだぜ」
「そうでした」
この三九夜という女は口が悪くて手も出る上に、剣道部の部長なのだ。
お陰で今も昔も善人の立場は三九夜より弱い。
幼い頃に同じ位の時期に始めた剣道も、今では三九夜の方が強いし。
「オハヨ!千堂くん、天野さん!」
幼馴染に虐げられる善人に、救いの声がかけられた。
「おはよう、冬木さん」
鈴の音のようによく響く救いの声に、善人は心からの笑顔で応じた。
声の主の名は、冬木二葉。
善人と三九夜のクラスメートで、明るくかわいらしい少女だ。
元気よく話すたびに、大きな胸がポヨンと揺れる。
「ズイブンと上機嫌だな、ゼン」
「そりゃあ、横暴な幼馴染からの救い主が現れたからね」
「ズイブンと胸ばっか見てるな、ゼン」
「……気ノセイジャアリマセンカ?」
そんな善人と三九夜のやり取りを、クスクスと笑いながら見る二葉。
「2人とも相変わらず仲良いね!それに朝早いね!」
元気一杯に二葉は2人に言った。
「べべべべべつに仲良くなんてねーよ!」
「今朝は部活の朝連があるからね。お陰でまだ眠いよ」
何故か挙動不審になる幼馴染をスルーし、善人は大あくび。
「アハ!まだ朝早いもんね!千堂くんガンバリ屋さん!えらいえらい。私から花丸をあげましょう!」
「ウワ、いらな……。ところで、そう言う冬木さんは早い時間からどうしたのさ?」
「ちょっと早く学校行って勉強しようと思って!」
「こんな時だけ委員長キャラになんないでよ」
「ハハ!委員長キャラって……。千堂くんだって委員長じゃん!」
「そうでした」
二葉と善人は、何の因果かクラスの委員長なのだ(ちなみに、他薦)。
同じクラスになって、ようやく一月になるかならないかというのに、親しく話しているのもそのためだった。
「それに、早く学校来てるのはアタシらだけでも無いっぽいし!」
二葉の言葉通り、道には夜照学園のブレザーを着た少年少女たちがチラホラと見られた。
そうした集団からは、
「昨日のテレビさー……」
「ああ、話はアレだったけど役者が豪華で……」
「部活だりー……」
「いや、そこは頑張ろうぜ!」
「ねぇねぇ、『放導官(ルーモア・ルーラー』の噂知ってる?」
「『放導官』?報道官じゃなくて?」
と、雑談する声も聞こえてくる。
249 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:27:40 ID:WeSv.w/k
そんな生徒の一人に、二葉は胸を揺らしながら(中学生男子である善人は、どうしてもそちらに目が行く)また周囲に声をかける。
「オハヨ!」
「おはよう」
二葉に声をかけられたのは鋭い目つきをした、中学生離れした長身の少年だった。
確か、善人たちと同じクラスだったはずだが、名前は何と言っただろうか。
善人は委員長とはいえ、クラス全員の顔と名前をまだ覚え切れていないのだ。
「よぉ、キロトじゃねーか」
その長身の少年に、三九夜も声をかけた。
「やぁ、アマノジャク」
三九夜に対して、キロトと呼ばれた長身の少年は無愛想ながらも応じた。
「朝早くから御登校とは御苦労だな。ソンケーするぜ」
「家に居ても、仕方ないから」
三九夜たちの方を向くことも無く、長身の少年は短く答えた。
「?なら何で早起きなんてしたんだ?」
不思議そうな顔になって、三九夜は尋ねた。
確かに、二葉のような模範的な学生や、善人たちのように部活がある者以外この時間に登校する生徒はそういまい。
「……」
しかし、少年はそれに答えることも無く、足早に行ってしまった。
「アイツ、同じクラスだってのに相変わらず無愛想だぜ」
「シャイなんじゃないかな!それに、天野さんの言い方もちびっとだけアレだったかも」
「悪いな、委員長。オレはこーゆー言い方しかできねぇ性分なんだよ」
「そんなこと無いんじゃないかな!」
「そうだよ、サク」
二葉の言葉に、善人も便乗した。
「昔はあんなに女の子してたのに。それがなんでこんな風に……」
「「よよよよよ」」
おどけた口調で泣き真似をする善人と二葉。
「うるせぇよ、手前ら!ったく誰のためだと……」
「?何か言った?」
途中から小声になった三九夜の言葉が聞こえず、怪訝な顔をする善人。
「言ってねえよ!」
そんなやり取りをしながら、3人は学校に向かった。
不平不満を言いながらも、善人はこの賑やかなやり取りが好きだった。
こうした関係が変わることなくずっと続いて欲しいと、強く願った。
250 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:28:58 ID:WeSv.w/k
その後、校門の前で二葉と別れ、善人と三九夜は剣道部の剣道場に向かった。
「何かさぁ」
2人で歩いている間、不満げな声で三九夜が言った。
「ベタベタしすぎてね?委員長の奴」
「何だ、サク。さっきからかったこと根に持ってるんだ。ゴメンゴメン」
「そうじゃねぇよ。ただよぉ、アイツ女子だってのに男子にベタつきすぎじゃねぇかって思って。幼馴染とかでもねーのに」
どこか苛立っているようにも聞こえる、三九夜の声。
「まぁ、委員長だからじゃないの。キロトくん、って言ったっけ?さっきの大きな男子にもフツーに話しかけてたし」
「そういうのじゃなくてよぉ」
「ならどういうのさ」
「……」
そんなことを話しているうちに、剣道場に辿りつく。
てっきりまだ誰もいないものだと思っていたら、剣道場には意外にも1人だけ先客がいた。
既に剣道着に着替え、素振りをしている生徒。
善人たちよりも一つ上、3年生の先輩の1人だった。
「おはようございます、先輩!」
良く通る、大きな声で挨拶する三九夜。
「おはようございます、副部長!」
三九夜に続き、先輩に対して普通に挨拶した善人だったが、三九夜に肘でドつかれた。
何でだ。
「すいません、先輩。ウチのボンクラが」
「いえいえ、僕は気にしてませんから。おはようございます、天野さん、千堂くん」
素振りをする手を休めぬまま、副部長の先輩は穏やかに笑って答えた。
ちなみに、この夜照学園中等部の剣道部には『部長決定戦制度』というものがある。
学年問わず男女問わず、部内で行われるこの試合に勝利したものが部長に就任するという制度だ。
平たく言えば、『一番強い奴が一番偉い』という制度な訳だ。
3年生の副部長にとって後輩である三九夜が部長なのも、三九夜が先の部長決定戦で彼を倒してしまったためである。
どうやら、そのことを三九夜は気にしているらしい。
三九夜も今更そんな腫れ物に触るような態度をとることも無いのに、というのが善人の本音であった。
「そんなに謝らないで下さい。僕は元々、部長の座にさほど執着があった訳でもありませんし」
「でも、先輩……」
「それに、僕は部長決定戦制度を、全面的に支持していましたから」
「そう言えば、副……先輩は決定戦制度で部長になった前部長と……」
副部長、と言おうとしたら三九夜に睨まれたので善人は言い直した。
「ええ、熱心に指導していただいたというか、こちらから熱心にご指導仰いだというか。2年間、厳しくも熱心に面倒をみていただいたものです」
そう語る副部長の声は、どこか弾んでいるようにも聞こえた。
「その時からそれなりに研鑽を積んだ積もりなのですが、中々その先輩の領域には届かないものですね」
届かないと言いつつも、そう語る先輩の眼は、善人にはむしろキラキラしているようにも見えた。
そんな風に語るのも当然かもしれなかった。
何代か前、この剣道部には上級生による横暴が横行していたという。
面倒なことは全て下級生任せで、下級生がパシリのように扱われることも当り前だったという。
女子部員に対するセクシャルハラスメント一歩手前のことも行われていたとかいなかったとか。
年功序列を明らかに逸脱していたその所業に、我慢の限界を迎えた当時の下級生が上級生に提案したのが部長決定戦制度だったいう。
前例も無く、体育会系の部活としては言語道断とも言える提案であったが、上級生が下級生の実力を侮っていた上に、当時の下級生の巧みな弁舌により決定戦は開始された。
(どうやら、「下級生に上級生の実力をアピールするためのパフォーマンスですから」、「たかが下級生に上級生のお強い先輩方が負けるなんてありえないですよね?」といったことを言って相手をおだてたらしい)
その試合で当時の上級生一同と部長を鮮やかに倒し、新部長となったのが、当時一年生だった人物。
以降、剣道部では上級生による横暴は無くなり、部の結束はむしろ一段と強まったという。
その時に部長となった人物の名は緋月二日先輩。
緋月先輩はその後も3年間部長の座を守り続け、善人達も一年生の頃にお世話になっている。
とんでもなく厳しい先輩だったが、息をのむほどに苛烈で流麗な剣を振るう女性だった。
「実力で部長の座を手に入れた緋月先輩は、僕にとって憧れ以上の存在ですよ。まぁ、自分が奪取される側になるとは思いませんでしたけど」
「いや、ホントすいません」
善人に対してとは異なり、随分と殊勝な態度の三九夜だった。
副部長の先輩は、先の部長決定戦まで、今の3年生の中では部長最有力候補だったのだ。
251 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:29:17 ID:WeSv.w/k
「僕は本当に気にしていませんよ。先の決定戦はお互いに全力を発揮した結果でしたから」
先の部長決定戦、見た目に似あわぬ先輩の猛攻と、袖に触れることすら許さない体捌きに、三九夜は完全に追いつめられていた。
「まさか、あそこからサクが奇跡の大逆転をしちゃうとは思いませんでしたよね。っていうか、何でサクが勝てちゃったんでしょ」
善人がそう言うと、なぜか、三九夜がそっぽを向き、先輩がキョトンとした顔をした。
「何を言ってるんですか、千堂くん」
先輩が言った。
「あの時一番熱心に天野さんを応援していたのは君だったじゃないですか」
「……そうでしたっけ?」
正直、先輩の猛攻と奇跡の逆転劇ばかりが印象に残って、善人自身のことなんて覚えていなかった。
そうでなくても、善人の記憶力は微妙に残念なのだが。
「あの試合で天野さんが勝利できたのは、君の応援の力も大きかったからだと思いますよ」
そんな風に言われても、善人としては困ると言うか、照れ臭いというか。
「そうですね。善人の力が無かったら、オレはきっと部長になんてなってなかったですよ」
先輩の言葉に、三九夜も同意した。
そっぽを向いたままなので、その表情を見てとることはできなかったが。
「マジな話、もう一度先輩とお手合わせして勝てるかどうか微妙なラインですしね」
肩をすくめて、いつものシニカルな調子で三九夜が言った。
「そうですね。もしもう一度試合をしたら、僕が勝つ―――なんてこともあるかもしれません」
ヒュン、と先輩の竹刀が宙を鋭く切り裂いた。
「先輩、もしかして内心すっごく悔しかったりします?」
善人が恐る恐る聞いてみる。
「そうですね。部長の座には未練は無いですし、天野さんは良い部長だと思っています。でも、それはそれとして、負けたこと自体は非常に悔しいですね」
先輩は、にっこり笑顔を浮かべて言う。
「ですから、いずれ天野さんとはもう一度お手合わせ願いたいですね。部長決定戦とか、そう言ったこととは関係なく。同じ剣士として、正々堂々、お互い全力で」
「そうですね、その時はオレも全力でお相手させていただきます」
先輩の言葉に、三九夜が返した。
役職や学年といったこととは関係のない、切磋琢磨しあうライバル同士の言葉だった。
『強敵』と書いて『とも』と読む。
2人の姿は、善人から見ても気持ちの良いものだった。
「さぁさ、2人とも。折角早く来たのですし、他の部員が来る前に着替えては如何ですか」
副部長の顔に戻った先輩が、2人を促した。
「ですね。今なら更衣室も広く使えますし」
先輩の言葉に、善人は頷いた。
「なぁなぁ、一緒に着替えね?」
無駄にキラキラした目で(恐らくはからかいの眼差しだろう)、三九夜がこちらを覗き込んでくる。
「いや、駄目だろ女の子だろ。本気で忘れそうになるけど」
「……」
振り向きもせずに返した彼の言葉に、三九夜がとても不満そうな顔をしていたことに、善人は気がつかなかった。
252 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:30:07 ID:WeSv.w/k
その後の朝連が終われば、その日善人達が体を動かす機会が終わる、という訳でもない。
放課後にはまた剣道部の活動があるし、その前にその日は体育の授業もあった。
中等部の体育は隣同士の2クラス合同。
体操服への着替えは、男女ごとに2クラスどちらかに移動して行う。
その日、男子は善人のクラスで着替えることになっていた。
「ってことは、サクたちは移動か」
隣の席の、口も出れば手も出る幼馴染に向かって、善人は言った。
「いや、分かっちゃいるけど、何でそれを態々言うよ」
明らかに不満そうな顔で三九夜は言った。
「そうしないと、またお前つまんないこと言うじゃない」
「ってか、別に良いだろ。幼馴染同士が四六時中、着替えの時まで一緒にいるくらい」
「良くないだろ」
いつもに増してしつこい幼馴染に、善人はウンザリした口調で言った。
「お前だって一応は女の子じゃないか。まぁ、本気で忘れそうになるけど」
「別に良いんだぜぇ、忘れても」
「ああ、忘れるね」
定形化したやり取りとはいえ、善人もさすがにウンザリする時もある。
善人の語調はいつの間にか少しだけキツくなっていた。
「お前ってさ、ガサツで乱暴で男勝りで、その上冬木さんとかと比べても色気なんて欠片もないし。あーあ、本気で女の子だってこと忘れちゃいそう」
勢いに任せて、善人は言葉を続けた。
「太陽が北から昇る日が来たって、お前みたいなのを女性として見る男とか現れないんじゃないの?」
それが、不味かったらしい。
「……ンだよ」
三九夜は、口も出なければ手も出なかった。
代わりに、すっかり目が据わっていた。
「マジで、マジでそう言ってんのかよ」
ズイ、とこちらに迫ってくる。
「何だよ何だよ何だよ。都合のいい時だけ男とか、女とか。ずりーよ、ゼン。ずるいだろ、そんなの。ずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよずりーよ!!」
バン、と三九夜は荒々しく制服のブレザーを脱ぎ捨てた。
そして、引きちぎるようにネクタイを外す。
「ちょ、ちょっとサク。止しなって!」
「別に良いだろ。どの道、着替えるんだからよ」
そして、三九夜はワイシャツのボタンを1つずつ外していく。
周りの男子生徒達がざわめく声が聞こえる。
「そのついでに教えてやるよ、オレが女だってこと。イヤって程な」
ワイシャツの間から、意外と女の子らしいパステルブルーの下着がチラリと見え、幼馴染相手だと言うのにドギマギしてしまう善人。
いや、それよりも、こんなに騒いだらクラスの連中(特に男子!)の注目の的になる、というよりなっている!
と、善人が思った時には既に壁ができていた。
長身の少年が、他の生徒たちから三九夜と善人を隠すように彼らの前に立っていたのだ。
確か、今朝三九夜にキロトと呼ばれていた長身の少年だ。
「わかったよ、サク。お前が女の子だって十分わかったから胸のボタン閉じてよ、恥ずかしいから!」
三九夜の下着から目をそらしながら、善人は言った。
「わかったンだな、本当に」
「わかった。わかったから早く!!」
その言葉に不承不承といった風に従い、ワイシャツのボタンを閉じる三九夜。
一瞬とはいえ下着を見た後だと、そうした仕草さえ艶めかしく見えてしまう。
善人は、自分が中学生男子であることをこの時ほど呪ったことは無かった。
「……悪い。オレもカッとなってた」
それだけ言って、三九夜は着替えを持って隣のクラスに移動した。
それにホッと胸を撫で下ろす善人。
「あー、良かった」
まさか、あの幼馴染があんな行動に出るとは思わなかったし、自分があんなにドキドキさせられるとは思わなかった。
自分も思春期の男子ということだろうか。
253 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:30:24 ID:WeSv.w/k
「ありがとう。ええっと……キロトくん」
今の今まで善人たち、というより服を脱ぎかけだった三九夜の姿を隠してくれていた少年(本名は知らない)に礼を言う善人。
もし、彼が隠してくれなかったら、三九夜の姿は男子一同の下トークのネタになっていたことだろう。
善人が女として意識したことも無い三九夜が、同学年男子の好色の対象になると思うと、なぜかこれ以上ない嫌悪感を覚える善人である。
「そういうのいらない。俺はただ、ウザイと思っただけだ」
振り向きもせず、冷たく返す長身の少年。
「ええっと、それってやっぱり僕らが?それとも僕らを見るみんなが?」
「見てた奴ら、どちらかと言えば」
「そ、そう……」
愛想が無く、ともすれば剣呑にも聞こえる言葉なので、怒っているのか、それが普通なのか分かりづらかった。
とは言え、女子の移動は終わったので、善人や長身の少年は着替えを始めた。
「千堂」
着替えが終わる頃、唐突に長身の少年は言った。
「何?」
「天野さんって、君の何?」
先ほどと変わらぬ調子の言葉だったが、なぜか善人はドキリとした。
「幼馴染だよ、僕の。昔っから一緒に遊んでた、腐れ縁の幼馴染」
「そうか」
短く答える、長身の少年。
その言葉から内心を窺い知ることはできない。
ただ、
「……良いな」
と、少年が呟いたのが、善人には妙に印象に残っていた。
254 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:30:45 ID:WeSv.w/k
クラスでキロトという仇名呼ばれるその長身の少年は、恋をしている。
初恋である。
それは、少年自身にも制御できないほど、心の奥で暴れている感情で。
どうすれば良いのか、どう行動すれば良いのか、どう表現して良いのか、何一つ分からないほどに強い感情だった。
「はふー」
と、放課後の生徒会室で、少年はため息を吐いた。
「どしたの、庶務ちゃん。恋煩い?」
生徒会の庶務を務めている長身の少年のため息に、生徒会長である一原百合子が絡んできた。
ちなみに、生徒会で少年がキロトと呼ばれることは無い。
本人としては故あってあまり呼ばれたくは無い仇名なので、生徒会では本名か役職で呼ばれることが多かった。
ともあれ、元気過ぎて時々ウザくなる会長の言葉に、
「関係無いです」
と少年はいつもに増して無愛想に返した。
大体、一応今は生徒会としての作業中なのに、雑談とかどうなのだろう。ここではかなり今さらではあったが。
「ひどい!関係無いなんて!」
余計大げさに返す会長だが、一応は傷ついているようだったので、
「恋煩いとは関係無い、という意味です」
と補足した。
「なーんだ、残念」
かなり本気で残念そうな百合子。
「先輩」
「何、庶務ちゃん」
手を動かしながら、少年は百合子に聞いた。
「千堂善人と天野三九夜さんって、知ってますか」
いつもとても楽しそうなやり取りをしている2人のクラスメートの名前を出した。
「アー、ソイツらって」
「毒舌コンビだよねー」
少年の言葉に反応したのは、百合子ではなく少年と同学年の2人の生徒だった。
2人とも彼と同じく生徒会役員。
1年生の時は、双方ともこの長身の少年と同じクラスだった。
「「毒舌コンビ?」」
その名を知らなかった少年と百合子は、オウム返しに聞き返した。
言ってから、ハモッてしまったことに複雑な顔をする2人。
ついでに、副会長である氷室雨氷先輩が2人に対して複雑な顔をしてきた。
「誰だってそう言うー。ボクだってそう言うー」
生徒の片方が、糸のように目を細めて笑いながら言った。
「何か幼馴染同士らしいンだがよ。アマノジャクこと天野の方の口の悪さばっかクローズアップされっけど、相方の千堂の奴も相当なモンでな」
「それでー、ついた仇名が毒舌コンビ。ってカンジだよねー」
「だな。まー本人たちはそんな風に呼ばれてるなんて知らねーだろうがな」
「やっぱさー、幼馴染同士だと似てくるものなのかな、はやまー」
「何でそれを俺に言うンだよ。って言うか、そのイントネーションはどうよ、『はやまー』って」
「えー、はやまーははやまーじゃん。誰だってそう言うー。ボクだってそう言うー」
「確かにクラスで呼んでる奴いるけどよ……。お前はいつもそうだよな。空気読んでんだか、流されてるんだか」
「ウン、ボク流されてるー」
はやまー、もとい葉山正樹の言葉に、ケラケラと笑うもう片方。
「良いわね、はやまー。生徒会でも流行らせようかしら」
「いやいいッスよ。むしろ、仇名がいるのはコイツじゃねーですか。キロトってのがヤなら、それを上回るくらいのマジ伝説的(レジェンド)な仇名を考えてやらねーと」
長身の少年の方を示す葉山
「そんな仇名作ったら、俺、葉山のことをマジ王様級(キング)な仇名で呼んでやる」
「それはそれで楽しみなよーな怖いよーな……」
「じゃあさ、ボクはボクはー?」
「何か、最高にマジ熱いの考えてみる」
「きゃっほー、キミってマジ魔神だねー(棒読み)」
「ウン、頑張るから」
そう言う少年の言葉には、どこか嬉しげな響きがあったが、相手はそれに気が付いているのかいないのか。
「カオスなことになりそうだな、生徒会」
2人のトークに、苦笑する正樹。
「でも、庶務ちゃん。なんで急にその毒舌コンビさんたちのことなんて?」
百合子の言葉に、少し考え込む少年。
「別に。ただ、良いなって思っただけ」
そして、少年は、そう答えた。
255 :ヤンオレの娘さん 第一回戦 しにかる・しざーりお ◆3hOWRho8lI:2011/07/14(木) 21:31:02 ID:WeSv.w/k
少年は、恋をしている。
どうすれば良いのかどう行動すれば良いのかどう表現して良いのか、何一つ分からないほどに激しく渦巻いている感情。
その想いを向ける相手とは――――