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269 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:37:01 ID:MiGcIaww
「胴…!」
パァン、という高らかな打ち込みの音と主に、彼の体に防具を通り越して体を分断されるような衝撃が走る。
彼―――夜照学園中等部の剣道部副部長を務めるその少年は、左胴を押さえながら膝を付き、対戦相手を見上げた。
対戦相手―――副部長にとってかつての先輩であり、現在は夜照学園高等部の方の剣道部に所属する少女、緋月二日は横の審判役を見る。
「…一本」
「声が小さい…!」
「…一本!」
二日の鋭い声に、審判役の少女は一息遅れながらも、ほんの少しだけ声を大きくして言った。
もっとも、ここは緋月家の敷地内にあるスペース。
副部長と二日、それに審判役の少女がいるだけなのだから、実のところ形式にこだわる理由はあまりない。
それでも実際の試合に少しでも近い形式で行っているのは、副部長が技術向上を望んでいるからに他ならない。
副部長は二日に頼み込んで、こうしてしばしば指導を受けているのだ。
「すみませんね…私の妹が無能で…」
嘆息しながら、独特の囁くような声で二日は言った。
「いえ、そんなことは」
かぶりを振る副部長。
審判役の少女は、二日先輩の妹だと言う。
真っ黒な和服に、肩より少し上で切り揃えられた真っ黒な髪、瞳もまた黒曜石のように黒く、それと対照的に肌は病的なまでに白い。
そんな少女が、美しい正座の形で、道場の中でただ一人微動だにせずいた。
挙動は、微動だにせず、感情さえ、微動だにせず。
まるで日本人形のようだと副部長は思った。
「全くこの娘…もう病室に縛られる生活に戻る訳にもいかないというのに…」
聞えよがしに嘆息する二日。
剣道のみならず家族にもスパルタのようだと副部長は内心苦笑した。
「まあまあ。こちらは、無理を言って指導を承っている身ですし、そこまでは……」
両者を取り成す副部長。
それに、「まぁ良いでしょう…」と視線を副部長に戻す二日。
「それにしても、そんなに悔しかったのですか…?その天野とか言う後輩に負けたことが…」
「そうですね……」
膝を付いた姿勢のまま(未だ痛みが抜けないのだ)、二日を見上げる副部長。
「それもありますが、それよりも先輩にまたお会いしたかった、というのが一番ですね」
そう語る副部長の瞳は、どこか熱を帯びていた。
「お止めなさい…、そう言うことは…」
その熱を感じているのかいないのか、彼から目をそらして二日は言った。
「言ったはずです…、私には生涯の愛を誓った相手がいると…。あなたが入る隙が無いほどに、その方を愛していると…」
「ええ、そうでしたね」
副部長はようやく立ち上がり、互いに一礼。
互いに面を外すと、物腰柔らかさを感じさせる細面の副部長の前に、まっ白な肌の大和撫子然とした美少女の顔が現れる。
未だに痛みが顔に出ている副部長とは対照的に疲れの色1つ見せない二日に、副部長は改めて尊敬と慕情を感じる。
「けれども、僕はそんなあなたの苛烈さに惹かれたのだと思います。だから、どうにも未練がましくなってしまうようですね」
「何と女々しい…と言いたい所ですが、確かにそうですね…」
嘆息する二日。
270 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:38:25 ID:MiGcIaww
「人を愛する心を、そう簡単に割り切れたら苦労しません…」
その言葉は副部長に対して脈がある、と言う意味では無いのだろう。
それは、彼自身が誰よりも知っている。
もしかしたら、二日としても思うところがあるのかもしれない。
「詳しくは存じ上げませんが応援していますよ、緋月先輩の想いを」
「ありがとうございます、とは言っておきます…」
副部長の言葉に、笑み1つ浮かべずに応じる二日。
「…人を、愛する、想い」
正座を崩さぬまま、二日の妹が口を開いた。
「…どうして、そんな想いを持てるのですか。…どうして、そんな想いを抱けるのですか」
虚空を見つめたまま、無感情に言葉を紡ぐ。
「…病院でも、学校でも皆、他の人のことなんてどうでもよくて。…誰も、私のことなんて気にしないで」
誰に対してと言う訳でもなく、弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「…きっと、わたしがこの世で頼れるのはお兄ちゃんただ一人」
「脆弱…」
妹の言葉を、姉は切って捨てた。
「そんな発想は捨てなさい…。誰かに気にして欲しい、構って欲しい、愛して欲しいと願うのなら、その為に自分のできるあらゆる手管を手段を選ばず講じなさい…!全てを捨てて、全てのリスクを背負ってそう努力するしかないんです…!」
苛烈な叱咤激励を、二日は妹に叩きつける。
「…それでも、それが叶わなければ」
妹の言葉に複雑な顔をする二日。
「その時は、盛大に壊れるしか無いのでしょうね…」
ため息交じりにそう言う二日。
「そんなことより、早く着替えましょう…。お茶を用意しますから…」
「ありがとうございます」
二日と副部長は、道場の出口に歩きだす。
「あなたも、いつまでも座ってないで立ちなさい…」
扉の前で、二日は振り返って妹に言った。
妹は、微動だにしないまま答える。
「…足が、痺れました」
271 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:40:29 ID:MiGcIaww
そんなやり取りとは関係なく、数日後…
「やほー、千堂くん!一緒にお弁当食べよう!?」
その日の昼食の折、千堂善人と同じくクラス委員長である冬木二葉が元気よく声をかけてきた。
「ああ、食べる食べる」
と、ナチュラルに二葉の席へ移動しようとする善人だったが。
「お前はこっちだろうが」
と、隣の席にいる乱暴な幼馴染に耳を引っ張られてホールド。
自分の席に座らされそうになる。
「痛い痛い痛いって!離してよ、サク!」
「手前の立ち位置が分かればな」
「立ち位置?」
「ンなコトもわかんねーのか?」
「まさか下僕!?」
「フン!」
「あばばばば!」
理不尽な鉄拳制裁を食らう善人。
「2人ともホントに仲良いよね!」
笑いながら(同時に胸を揺らしながら)そう言う二葉。
「どこをどう見たらそう見えるのさ」
「ホラ、いつも一緒にお弁当食べてるし!」
「そう言えば」
昔から、昼食は当り前のように三九夜と一緒に食べていた。
そう言うものだと今まで善人は気にしたことも無かったが。
「善人はオレちゃんと一生死ぬまで一緒にお昼を食べるモンだって、法律で決められてるンだよ」
「いつの間にそんな法律が!?」
「あ、破ったら死刑な」
「軽く極刑言うなよ!?」
相変わらず横暴な幼馴染だった。
「じゃあさじゃあさ、天野さんも一緒にご飯食べよ!3人で食べよ!そしたらほーりつ違反にはならないよね!」
「ゥグ……」
二葉の言葉に言い返せない三九夜。
「そうだね、たまには良いかもしれないな」
三九夜の了解を待つ前に、トントン拍子で話が進んでいく。
軽く彼女の意思を無視している気がするが、いつもは三九夜の方が善人を従わせているのだから、たまにはこういうのも良いだろうと彼は思った。
「と、折角人数を増やしたんだし……」
と、そう言って、二葉は教室を見まわした。
視線の先には、近くで1人弁当を広げようとしている長身の少年―――通称キロトの姿が。
「ねぇねぇ、xxくん!私や千堂くん達と一緒にご飯食べよう?」
長身の少年に近づき、食事に誘う二葉。
キロトの本名を呼んでいたようだが、ざわめく教室内では善人にソレを聞き取ることはできなかった。
そう言えば結局キロトの本名は何だったろうか。
今度誰かに聞いてみようと、善人は思った。
「別にいい」
二葉に誘われた少年は、そう短く答えた。
「オッケー、分かった!」
そう言って、強引にこちらにつれて行こうとする二葉。
「別にいい、って言った」
引っ張られながらそう言う長身の少年。
「『別にいい』ってことは『一緒に食べても、別にいい』って意味だよね!」
「……」
二葉の言葉に、何も言い返せない少年。
言われるがままに引っ張られ、善人、三九夜、二葉、長身の少年(通称:キロト)の四人の席がくっつく。
「いただきます」
「いただきます、千堂のおばさん」
「いっただきまーす!」
「いただきます」
めいめいに手を合わせ、弁当を開く。
「じゃっじゃじゃーん!たまには自分で作ってみましたー!」
そう言って、二葉が開いた弁当は、色とりどりのサラダや炒め物が入った、彼女らしい明るい色彩の弁当だった。
「へぇ、意外と上手なもんじゃない」
二葉の弁当箱を覗き込んで、善人が言った。
「まぁ、アレだね!料理と言えば女子の必須スキルだしね!」
えへん、と大きな胸を張る二葉。
「女子の必須スキルだそうだよ、サク」
「何が言いてぇのかサッパリわかんねーな、ゼン」
そんな掛け合いをしながら開いた善人と三九夜の弁当は、ほとんど全く同じ内容だった。
ご飯に煮物、焼き魚の入った由緒正しき日本の食卓の縮図がそこにあった。
「ウワ、おそろいだ!」
「カップル?」
それを見た二葉とキロトがそれぞれの感想を漏らす。
「カカカカップルじゃねーし!」
「サク、どもりすぎ」
なぜか挙動不審になる幼馴染を落ち着かせ、善人が2人に説明する。
「ウチの母さん、気前良いことに幼馴染のサクの分まで作ってくれてるんだよ。それで、残り物を弁当に詰めたりすることが多いから、自然と同じになることが多いんだ」
「なるほどね!」
「ウチでも良く使う手」
納得する2人。
それにしても、キロトと呼ばれる少年は思っていたより話すようだ。
面白いことも言えるようだし、見た目ほど怖い奴ではないのかもしれないと、善人は思った。
「それで、キロトくんの弁当は?」
善人の言葉に、長身の少年は無言で弁当箱を開いた。
272 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:40:59 ID:MiGcIaww
「ウワ」
「マジ、かよ」
「すっごい……」
キロトの弁当は洋食だった。
ピラフにトマトソースのペンネ、それに小ぶりのハンバーグ。
恐らくは全て手作りで、それも素人目にも分かるほど一つ一つが丁寧に作られていて、視るだけで食欲をそそられる。
「俺の弁当、変か?」
「「「変じゃ無い!すっごく美味し(うま)そう!」」」
キロトの言葉に、三人の返事が唱和した。
「美味そうなのは、見た目だけかも」
「とてもそうは見えないよ」
自然とキロトの弁当に箸を伸ばしてしまう善人。
「食べたい?」
「うわ、ゴメン!」
箸を離し、思わず謝った善人だが、キロトは首を振った。
「俺は別にいい。ただ、俺の食べる物が無くなるのは少々困る」
「なら、トレードだね!私の野菜炒めあげるから、このハンバーグもらって良い!?」
「冬木さんズルい!それ、僕も狙ってたのに!」
「三個詰めてきた。ちょうど、皆の分になるはず」
「ンじゃあ、遠慮なくトレードさせてもらおうぜ」
「ご飯粒一個と、とか言うなよ、サク」
「ゼン、お前このオレちゃんを何だと思ってるんだよ……」
「うっわ、このハンバーグ本当に美味しい。ホッペタが落ちそう!」
「へぇ、中にソースが入ってるんだ」
「凝ってるなぁ、オイ。弁当にココまでするかフツー?」
トレードを行い、口々に感想を漏らす3人。
「夕飯の残りを、適当に詰めてきただけ」
それに対して、俯くキロト。
彼の弁当箱は野菜いためや煮物などが入り、統一感が思いっきり無くなっていた。
「本当にお店で出しても良いレベルだよ、これ」
ハンバーグの味をかみしめながら、善人は言った。
「もしかして、キロトくんのお母さんって元コックさんとかそう言うの?」
「……」
その何気ない言葉に、少年は答えることなく無言で箸を動かした。
273 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:41:15 ID:MiGcIaww
その昼食は、三九夜にとって有意義な時間になった。
食事はいつも以上に美味だったし、善人とよく話せた。
しかし、である。
気に食わないことが1つだけ。
いや、正確には1人だけ。
冬木双葉の存在である。
『アイツ、何かにつけてゼンにベタベタして』
食事の時間中も何かにつけて善人に話しかけるは近づくは、トレードを要求するはと、何かと馴れ馴れしく接していた。
実のところ、キロトの弁当の話題で盛り上がったのは最初だけで、それ以降二葉は専ら善人に絡んでいた。
『ゼンはオレの物だって言うのに。オレの、物……?』
三九夜はそう思っているが、善人の方はどう思っているのだろうか。
三九夜にとって、善人は絶対だった。
絶対と言って良いほどに、大切で、かけがえが無くて―――大好きで。
別に、そう感じるような劇的な体験があったという訳ではない。
ただ、一緒にいて欲しい時に一緒にいてくれた。
そんなささやかな時間の積み重ねが、善人に対する三九夜の想いの積み重ねとなっていた。
そして、気が付いたら、彼を異性として意識するようになっていた。
好きになっていたのだ。
だから、一分一秒でも長く彼と一緒に居られる時間が長くなるように努力を続けていた。
『今思うと、正直空回りしてた感もあるけど』
剣道を始めたのも、元々は剣道の稽古に彼といる時間を取られたくなかったから。
男口調を始めたのも、妙に性別の違いを意識する歳になった頃に距離を取られたくなかったから。
どうもその結果が裏目にしか出ていない気がするが、仕方が無い。
今更昔のように戻す訳にもいかないし、そんなことをしてもさほど効果があるとも思えない。
精々、善人の目が点になるのがオチだろう。
三九夜としては、そう言う面白い顔の善人を見てみたい気もしないではないのだが。
そんなことを想いながら、放課後。
「よぉ、剣道部のゼン部員。部長命令だ、一緒に部活行こうぜぇ!」
いつものごとく素直になれない口調で、三九夜は善人に話しかけた。
「ああ、悪いサク部長。僕ら、今日委員長同士の会議でさ……」
が、申し訳なさそうに善人が返した。
「部活の時間と見事にバッティングしちゃってるんだよね」
ゴメンね、と手を合わせるのは腹立たしい二葉だ。
「委員長……その会議ってのはオ……もとい部活よりも大切なのかい?」
私よりも二葉の方が大切なのか、そう聞きかけたのを何とか抑えた。
「大切に決まってるだろ、委員長として、生徒の活動を円滑にするための会議だし」
「そう言う訳だから、ね」
ウンザリした口調の善人と、申し訳なさそうな二葉。
本来、逆であるべきではないだろうか。
「オーキードーキー分かったよ、ゼン。委員長とその会議とやらに行ってこいよ。胸のデカい委員長ちゃんとデートみたく行けるのなら、思春期真っただ中のゼンとしてはゴキゲンなところだろうな」
そんな内心を無理矢理抑え込み、三九夜は言った。
「んな!?」
「いやいやいやいやいや、そそそそういうのじゃなくてね!?」
三九夜の言葉にあからさまに動揺する2人。
何で善人まで動揺するのだろうと、三九夜は内心苛立ちを強めた。
「へいへい、仲のよろしいことですねェ。ンじゃ、オレちゃんは汗臭ーい道場で部活やってっから、精々その間乳繰り合ってるが良ーぜ、お2人さん」
最後まで素直になれないまま、三九夜は荷物を持って教室を出た。
その様子を、キロトと呼ばれる少年は無言で見つめていた。
274 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:41:31 ID:MiGcIaww
その少し後、生徒会室にて
「えっと、つまり『悩んでるっぽい女の子が周りにいたらどうすれば良い?』ってコト?」
クラス委員長達と生徒会役員による会議の準備をしながら、生徒会長一原百合子は聞き返した。
「悩んでる、とは少し違うかもしれませんけど」
頷くのは長身の少年、通称キロトだ。
先ほど自分の教室でなされたやり取りを、彼は生徒会長に説明したのだ。
そのやり取りから、彼が何を感じたのかも。
それに対して、他の生徒会役員からも反応がある。
「それはまたキミらしくないよねー。どーゆー風の吹きまわしー?キャラ崩壊ー?」
「オマエ何気にキツいとこあるよな……。俺はいーコトだと思うぜ、そう言うのってよ。何かこう、青春っぽくて」
「青春はともかく、葉山後輩の意見も妥当でしょう。どうやら、あなたにもようやく生徒会役員としての自覚が出てきたようですね」
と、三者三様の意見だ。
「私も、雨氷(うー)ちゃんたちに同感よ。庶務ちゃんからそう言う相談してきてくれて私も嬉しい」
頷く百合子。
「ありがとうございます」
長身の少年は言った。
「あら素直。あんびりーばぼー。奇跡体験」
「取り消しましょうか?」
「や、むしろ録音したいくらい」
「止めてください」
と、軽口を叩いてから、百合子は真面目に考え始めた。
「ま、そーゆーのって結構ケースバイケースなのよねー」
「ですか」
「下手したら、単なる大きなお世話に終わるかもしれないし」
「ですよ、ね」
嘆息する長身の少年。
心なしか、表情が曇ったようにも見える。
「だから、まずは相手に話を聞くことが大事!」
ピッと指を一本立てて、百合子は言った。
「話、ですか」
「そう、そしてそこから先は、『アナタが』そのコにどうしてあげたいか―――」
不敵に笑って、百合子は続ける。
「庶務ちゃんがどうしたいかを考えて、それをやっちゃえば良いのよ!」
そう言って百合子はズビシ、と立てていた指を少年の右胸に向けた。
「アナタの心のままに、ね」
おどけたようにウインク1つする百合子。
「心の……ままに」
その言葉を、少年はしっかりと反芻していた。
275 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:42:08 ID:MiGcIaww
三九夜は、その日の稽古にどうにも身が入らなかった。
勿論、やる気が無かった訳ではない。
始めるきっかけは善人でも、三九夜も現在は剣道をする善人も剣道自体も好きだった。
しかし、今善人がどうしているのか、具体的には善人が二葉とどうしているのかと思うと、完全に集中しきれなかった。
心が、ざわめいていた。
「ハァ!ラァ!セヤ!」
その苛立ちをぶつけるように、三九夜は一心に竹刀を振るっていた。
「今日はまたえらく気合が入ってるな、部長」
剣道部の顧問教師が、三九夜が一息入れたタイミングでそう話しかけてきた。
どうやら、苛立ちをぶつける姿が鋭い気迫に見えたらしい。
「……あ、いえ。そんなこと……」
そう答えた三九夜だったが、顧問教師には謙遜にしか見えなかっただろう。
「じゃあ、久々に副部長と組んでやってみるか!」
顧問教師はそう言った。
次は一対一の、試合形式での稽古だった。
そう言えば、先の部長決定戦以来副部長の先輩とは機会に恵まれず、まともに試合をしたことが無かった。
「え、でも……」
「良いじゃねえか。なぁ、副部長」
顧問教師の言葉に、副部長も
「そうですね、僕も久々に天野部長とお手合わせ願いたいと思っていたところです」
と答えた。
三九夜としては気乗りしない所だが、拒める空気でも無いらしい。
三九夜は副部長と位置に付いた。
形式は、実戦と同じ三本勝負。
「はじめ!」
顧問教師の声が響く。
「デアアアアアア!」
普段の穏やかな姿からは信じられない気迫と共に、副部長が竹刀を振るう。
試合で大切なのは攻めの姿勢を忘れないこと、と以前副部長から言われたことがあるが、彼の闘い方はその言葉を自ら体現していた。
「ハァ!」
面を狙った攻撃を避けると同時に三九夜は副部長の小手を狙ったが、空振り。
苛烈な攻めと巧みな体捌き。
相変わらず、いや以前以上の腕前だった。
三九夜も稽古を重ねてはいたが、ただでさえ大きかった実力差が、むしろ拡大しているような気さえした。
「引き分け!」
顧問教師の声が響き、第二回戦。
「デア!」
「ハァ!」
苛烈に攻めてくる先輩に対し、雑念を振り切るように竹刀を振るう。
しかし、
『あ、外した』
三九夜がそう思った時には、顔に衝撃が走っていた。
「メエエエエエエン!」
パァン、と打ち込みの音が響く。
「一本!」
顧問教師の声が響く。
副部長が目にもとまらぬスピードで、三九夜の面に打ち込んでいたのだ。
挙動も気勢も鋭い一撃だった。
やはり先輩は強い、と三九夜は思った。
先の部長決定戦で勝てたのが不思議なくらいだ。
いや、あの時の勝因は明白だ。
あの時は善人の応援があったからだ。
けれど、今この場にそれはない。
善人はいないのだ。
三回戦。
実際の試合なら、ここで勝てなければ、三九夜にもう後は無い。
しかし、
「どぉぉぉぉぉお!」
三九夜は、呆気なく左の胴を打たれて、負けた。
「一本!」
顧問教師の声が響く。
三九夜は魂の抜けたような想いのまま、副部長に一礼して試合終了。
それを見ていた3年生の先輩たちが、思わず副部長に駆け寄った。
「やったなぁ、オイ!」
「今まで、天野を目標に稽古してたものな!」
「中学生の逆胴何て初めて見たぜ!」
「さっすが最高学年!もうお前が部長だ!」
「おいおい、そこは影の部長、くらいにしとけって!」
稽古とはいえ、副部長の勝利を皆が祝福する声が聞こえる。
奇妙な喪失感と敗北感を感じ、ガックリと膝を付く三九夜。
「天野さん……」
その姿を心配そうに見る副部長の姿に、誰も気付くことは無かった。
276 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:43:35 ID:MiGcIaww
一方、善人と二葉はというと。
「思ったより会議長引いたね。生徒会長もさ、もっとこうポンポン進行しちゃってくれていいのに」
「クラス委員長たちが会議に慣れてなかったのを考えてくれたんじゃないかな!?なりたての人も多かったみたいだし!」
夕日が傾きかけた頃、ようやく会議をしていた教室の中から出てきていた。
「生徒会と言えば、キロトくんがメンバーだったのは驚いたなぁ」
「え、アレ?知らなかった?去年キチンと生徒会役員の発表があったはずだけど!?」
「キチンと見てなかったし、そう言うの。それに、その時は彼と同じクラスじゃ無かったから」
「私は覚えてたよ!彼とは同じクラスだったし!」
「そうなの?」
それは初耳だった。
「そう、私が一年の時の同じクラス!でも、一言も口きいたこと無かったかな」
「一言も?」
「そう、一っ言も!って言うか、クラスのほとんどの人が口きいてなかったんじゃないかな!」
「そんなになんだ」
「そう!声も知らなかったくらい!」
善人は、キロトのことを無愛想な奴だと思っていたが、去年度も相当だったようだ。
「だから、生徒会に入って、良い方向に変わったなーっていうか、丸くなったなーって最近思ってみたり!」
二葉はそう、太陽のように朗らかな笑顔を浮かべて言った。
その笑顔が思いのほか魅力的で、善人は思ったままを口にすることにした。
「冬木さんって、本当良い人なんだね。友達想いで」
善人の言葉に、二葉は一瞬きょとん、とした顔をした。
「うわぁ……」
それから、顔を真っ赤にした。
「うわぁうわぁうわぁ……、千堂くんに褒められちゃった」
「いや、そこそんなに驚くところ?」
「千堂くんに褒められちゃった。毒舌コンビの片割れに褒められちゃった」
「ちょっと待て、毒舌コンビって何さ!?」
とんでもないフレーズが聞こえた気がしたので、善人はツッコミを入れた。
「そ、それはともかくとしても、千堂くんってあんまり人を褒めたりしないじゃん!だから、さ……」
赤い顔で、モジモジしながら二葉は言う。
「千堂くんに褒められて、すっごい嬉しいな、なんて……」
善人の心臓がドキリ、としたような気がしたのはそう言う二葉の表情があまりに可愛らしかったからだろうか。
「いや、それほどでも無いって言うか……」
しどろもどろになりながら、善人は言った。
「ねぇ、千堂くん。1つ、お願いして良いかな?」
善人の方を真っ直ぐ見ながら、二葉は言った。
「ああ、ウン」
その姿にドギマギしながら、何とか善人は頷く。
「あの、さ」
「ウン」
「今日、一緒に帰っても……良い?」
いつもより遠慮がちな、しかし真剣な面持ちの二葉に、善人は少し考える。
普段、善人は剣道部の活動後にそのまま三九夜と2人で下校するのが通例になっていた。
とは言え、今日は会議が長引いたし、三九夜もとっくに帰っているだろう。
と、なれば1人で帰るしか無くなるところだった。
それでは少々味気ないかもしれない。
なので、
「ウ、ウン。良いよ」
と、二葉の申し出を受けることにした。
それを聞いた二葉は、
「……よ、」
「よ?」
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
思いっきりガッツポーズを取った。
277 :ヤンオレの娘さん 第二回戦 はーと・ぶれいかー ◆3hOWRho8lI:2011/07/16(土) 20:43:56 ID:MiGcIaww
「ありがとう、千堂くん!コレ、一生の思い出にするから!家宝にするから!」
「そんな、大げさだよ冬木さん」
そもそも、思い出をどうやって家宝にすると言うのか。
「そうと決まれば早く行こうか!いや、遅く行こうか!」
「いや、どっちなのさ」
「ええっと、思いっきり!ゆっくり!お話しながら!」
「帰るのと駄弁るのとどっちが目的なんだよ……」
そうやって、仲良く歩いている2人の姿はまるで恋人同士のように見えたことだろう。
少なくとも、それを目撃した者にはそのように見えた。
目撃者―――天野三九夜には。
三九夜は、部活動が終わった後、稽古の疲れと敗北の衝撃を引きずったまま、2人が会議を行っていた教室の近くで待っていた。
待ち続けていた。
善人と一緒に、下校するために。
善人と、少しでも一緒にいるために。
しかし、二葉に誘惑されて。
それに、顔を真っ赤にして。
あまつさえ自分ではなく彼女と下校するなんて。
自分では、無く。
「……う」
遠くなって行く善人の後ろ姿を見て、三九夜は竹刀袋を強く握りしめる。
中の竹刀が壊れそうなほどに、強く。
心が、壊れそうなほどに。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げるように、三九夜は慟哭した。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そのまま感情のままに、滅茶苦茶に両手を振り回す。
剣道のような、技の美しさなどあったものでは無かった。
そうでなくても、自分は負けたのだ。
先輩に。
そして、それ以上に。
二葉に。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
膝を付き、竹刀と鞄を手放し、両手を廊下に叩きつける。
「……負け、たんだ」
滴が、廊下を濡らす。
「負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた!!」
負けたと言う度に、血が出るほどに両拳を叩きつける。
「あんなに頑張ったのに、努力したのに……!」
剣道も、ずっと稽古を重ねていたつもりだった。
善人とも、ずっと一緒にいるために頑張ったつもりだった。
しかし、
「オレは、勝ちをとられちゃったんだぁ……」
顔をグシャグシャにして泣く。
泣いているうちに、違う感情が芽生えてくる。
怒りと、憎しみが。
そうだ、自分は勝ちを『盗られた』のだ。
自分の勝ちを奪った者、特に二葉に対する憎しみが、噴出しそうになる。
しそうになった瞬間。
「まだだ」
と、声をかける者があった。
「君はまだ、負けていない」
夕日が傾きかけた校内でも、特に長い影。
普段は鋭い目つきは、いつもより少しだけ優しげに見える。
「キロ、ト……?」
呆然とする三九夜の手を、傷だらけになった三九夜の手を優しく包み込みながら、彼は優しく言った。
「やぁ、アマノジャク」
いつものように、彼は三九夜の仇名を呼んで。
「俺は君に、協力できるかもしれない」