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567 名前:愛と憎しみ 第五話 ◆O9I01f5myU[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 22:44:25 ID:RrHVvGsk [2/7]
5
「ねぇ?……幸人くぅん……」
枯れ木の様な手が這ってくる。
「大人達の公衆便所になるのって……どんな気分だったのかなぁ……?」
細い指が触手の様に絡みつく。
「怖かったかなぁ? 気持ち良かったのかなぁ? ねぇ……?」
彼は答えない。
香山はそんな彼を膝元で弄びながら、呪詛を唱え続ける。
「大人達のおちんちんを、お口やお尻で慰めたりしてたんでしょう? 臭いおちんちんをしゃぶるのってどんな気分だったのぉ?」
被服を剥がされていく。寝巻にシャツと、室内故にさして厚着はしていないので、裸になるのに時間は掛からない。彼女の逆鱗に触れる事を恐れ、無抵抗のままでいるので尚更だ。
脱がした被服を床に無造作に投げ捨てる香山。
彼女の眼下には、一糸纏わぬ姿の少年が一人。体を震わせてこちらを窺っている。暴漢共を目の前にした小娘の目をしている。
香山は無言で幸人の陰茎を握った。
「っいぃ!?」
ギリギリと音を立てそうな力で絞められた。
彼は目を固く閉じ、痛みに抗おうとする。その中で、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと、彼女の不当な暴力に嘆いていた。
ママである忍のお見舞いに行った時の帰り、少し気まずい空気になってしまった事はあったが、後にそれは時間によってリカバリーされたと思っていた。現に彼女は、昨晩、就寝前までは何時も通りだったのだ。今の彼女の片鱗すらも感じられなかったのだ。
何故? どうして?
幸人は赤ん坊の様に泣きじゃくった。
嫌だ。もう嫌だ。
どうして僕がこんな目に遭わないといけないの?
僕が一体何をしたの?
何で大人達は、僕を何時も虐めるの……?
あの時も、あの時も、大人達は僕を虐めるばかり。
誰も、優しくしてくれない……。
パシッ!
頬を張られた。幸人には泣きじゃくる事さえ許されなかった。
彼女と目を合わす。視界が潤み、顔は良く見えなかったが、酷く怒っているらしいのは分かった。
「ねぇ、幸人君、正直に言ってくれないかな?」
言い逃れは許さない。言葉の裏にはそう添えられていた。
「幸華ちゃんのお父さんって、誰?」
その時幸人は、恐らく彼女は答えを分かっているのだろうと何となく感じた。それを敢えて自分の口で明かさせようとしているらしい。
568 名前:愛と憎しみ 第五話 ◆O9I01f5myU[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 22:46:33 ID:RrHVvGsk [3/7]
これまで秘密にしていたが、もう隠す事はできなかった。嘘は何を並べても無意味だし、それこそ、彼女からどんな暴力が来るか分かったものではない。真実を述べても酷い目に遭うだろうが、偽りはそれ以上の罰を下される。
幸人は、震える唇で言葉を紡いだ。
「……あの子は……僕と、ママの子供なの……」
弱々しいその言葉を聞いた香山は、肩をわなわなと震わせた。眉間に皺を寄せ、ひ弱な子供を忌々しく睨んだ。
鬼の形相になった彼女は、握っていた陰茎を無理やり引っ張った。
「っ……い、痛いよぉ……っ!」
じたばたと足掻く彼を抑え込み、辱めを続ける香山。
彼女は怒りを抑えられなかった。こんな小さな子供に想い人を盗られたかと思うと、憎くて仕方なかった。それも、数多の男共に嬲られ、汚れ切った体で忍を抱き、子まで作ってしまった。この怒りの感情を全て彼にぶつけてやらないと気が済まなかった。
「幸人君……私が何でこんなに怒っているのか、分かるかなぁ?」
彼の局部を弄びながら訊いた。
幸人は恥辱に屈してしまいそうな所を何とか堪えながらも答える。
「……分からないよぉ……」
突然の彼女の変化。朝起きて、いきなりこんな暴行を受けて混乱に陥った彼に、彼女の心情を見通すなんてできる訳がない。他者の心を探るには感情移入をする必要があるが、云われの無い虐めをしてくる「怖い人」の心理と同調しろと言うのがまず無理な話だ。
「私はねぇ、忍ちゃんの事、好きだったの」
彼女の突然の告白。幸人はしばらく彼女の言っている事が理解できなかった。同性の番いに対する認識が浅いのもあるが、彼女によって暴かれた――大人の男達に嬲られていた――記憶の中から、同性同士の場合では、性的快楽を得る為の性行為はあっても、愛のある行為はあり得ないと学んだからだ。
言うまでもなく香山は女で、忍も女。女が女に愛を覚えるという事自体、彼からしてみたら信じ難い事であった。
「昔からずっとずっと……大好きだったの。でも、彼女は私を決してそういう目で見てくれなかった……」
冷たい目が僅かに憂いを見せる。今朝になって初めて見た、彼女の人間らしい目だった。
569 名前:愛と憎しみ 第五話 ◆O9I01f5myU[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 22:49:05 ID:RrHVvGsk [4/7]
「最初は祝ってあげようと思っていた。諦めようと自分に言い聞かせた。でもね、幸人君……私は忍ちゃんの事、どうしても諦められないんだよ」
そう言って、己を嘲う様な微笑みを浮かべた。
彼女は本気であるらしい。幸人もそれは分かったが、納得した訳ではない。所詮は同性同士、関係は一時のものにしかならないという考えは覆らないままだ。
確かに自分達は他者には大声では言えない関係であるが、忍と愛し合う事を覚えてからは、家族としての絆を育んできたつもりだ。それを、一時の間柄を得たいが為に滅茶苦茶にされるなんて、あんまりな話だ。
香山は彼の左目に嫌悪感を漲らせている事に気付いた。苦痛と恐怖をたっぷりと与えてきたつもりだったが、彼にはまだ余力があった。
胸がむかつく。一端のプライドを彼は持っていた。泣きじゃくってばかりの、こんな子供にも。
陰茎を抜かんばかりに引っ張っていたのを止めると、再び睾丸への責めに移った。とにかく、彼のその顔を見たくなかった。
「っ! ……ぅ……ああっ……!」
苦痛に顔を歪ませる幸人。
香山は追い打ちを掛ける。
「君の事が憎たらしくて仕方ないよ。汚らしい男が、私の忍ちゃんを汚してしまったんだ」
手に力を加える。
「何時もクールで凛々しくて、そんな彼女を、君は、汚してしまったんだ……!」
さらに追い込む。
「これが……忍ちゃんを、キズ物にしたんだっ!」
激昂に身を任せ、幸人に苛烈な辱めを与える。
ここに来て、幸人の抵抗も激しさを見せた。人に危害を加えるのを好まない彼が、必死に腕や足を振り回し始めた。
このまま大人しくなんてしていられなかった。香山の手は依然として幸人の局部を握ったままで、手加減は感じられない。「冗談抜きで殺されてしまう」と判断するや、内部に溜まっていた不安や恐怖が爆発を起こし、彼の肉体が狂った様に暴れ始めた。
リミッターを取り払われた発動機の唸りを思わせる彼の反撃には香山も思わず怯んだ。
彼を押さえていた手も一瞬緩む。彼はその僅かな好機を見逃さなかった。
思い切り振るった手が、香山の目元に直撃した。目と目の間の鼻っ柱。どれだけ鍛えてもカバーできない箇所だ。
ストリート・ファイトの経験なんてない彼女にこれは応える。堪らず、体を大きく仰け反らせた。
570 名前:愛と憎しみ 第五話 ◆O9I01f5myU[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 22:51:34 ID:RrHVvGsk [5/7]
拘束の一切が解かれた。幸人は慌てて体を滑らせ、彼女に無理やり脱がされた被服を回収し、逃げようとする。
一撃を見舞って稼げる時間はタカが知れている。視力が回復した香山は痛む目元を押さえながらも幸人を睨みつける。彼は服を抱え終わった頃だった。
小学生と大人の運動能力の差が表れた。今ではティーンを過ぎている香山でも、学生時代は運動部で体を鍛えていたのでより顕著だ。加えて、幸人は香山に蛇の眼差しで睨まれたせいで反応が遅れていた。あっという間に捕まってしまう。
「あんたさえいなければ……あんたさえ……いなければ……!」
彼女はもはや、話すらも通じない状態に陥っていた。全てを幸人のせいだと思い込み、その他の事は欠落している。憎しみばかりに煽られて、己を見失ってしまっていた。
完全に四肢を取り押さえられてしまった幸人。体を跳ねらせて振り払おうとしても、香山は全身の体重を彼に掛けている。小さな体躯で成人女性を持ち上げる事なんてとてもできなかった。
乾いた音が何回も室内に響く。気でも狂ったかの様に。
上半身を右へ左へと躍進させ、自分より一回りも下の男の子に平手を打ちつけ続ける。下に敷かれた少年は打たれる度に体を震わせるだけで、もはや抵抗する意思すらも削がれている様だった。サンドバッグ同然だ。
両の掌が微かに濡れる。彼の目から流れ出ている涙だ。腫れた両の頬の脇を滑り、床を湿らせている。
声を上げずに、静かに泣いている幸人。それを目の前にしても平手打ちを止めない香山。彼の息の根が止まったとしても緩みそうになかった。
既に何十と続いている。その内に香山も息が上がってくる。
彼女はトドメと言わんばかりに、思い切り張り飛ばした。
カラン。
何かが床の上を転がった。
照明に照らされて光るそれはボールペンだった。紺のメタリックカラーで、色が所々剥げている。随分年季が入っているみたいだ。どうやら彼の抱えていた寝巻のポケットに入っていたらしい。
571 名前:愛と憎しみ 第五話 ◆O9I01f5myU[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 22:52:48 ID:RrHVvGsk [6/7]
激情で脳が湯だっていた彼女も我に戻ったかの様にクールダウンした。
恐る恐る、それを手に取って、まじまじと見つめる。
「まさか」と香山が思ったその時だった。
まるで岩を投げ込まれたのかと思う程の破壊力だった。ガラス戸がたちまち炸裂し、破片が秋の風と共に室内に流れ込んできた。
爆風に見舞われたかと一瞬錯覚した香山は、突然の強襲に強張らせていた身をゆっくり解き、一秒、二秒と時間を掛けて振り向く。時間なんて意識の外へと追い出されていたが、気付けばもう夜明けが近づいていたらしく、山の端が白くなっていた。
薄くなりゆく影をバックに、鋭い視線に殺意を宿らせ、血の滴る拳を突き出す、大柄な女を香山は見た。