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502 :五月の冬 第三部上編 ◆gSU21FeV4Y:2011/08/04(木) 21:57:16 ID:mB4S4kMk 昼休み。四、五人でグループを作って昼食を共に食べる他の連中が多い。 そんな中、私と五月くんは二人きりで向かい合い、教室の隅で弁当を食べている。 「ごめん、何もお返しできることなくて……」 五月くんが申し訳なさそうに私を見つめた。 「そんな、いいんだよ。私、……その、好きでやってるから」 『あなた』が好きでやってる。 辛うじて飲み込んだ言葉は思い返すまでもなく恥ずかしいもので、 口に出さなくてよかったとホッとする反面、何時堂々と口に出せるかという思いが浮かんだ。 「冬子、本当にありがとう。今日のも美味しかった」 五月くんは手にある空の弁当箱を私に差し出して言った。 それを受け取り、鞄の中にしまう。 「ふふ。どういたしまして」 五月くんにありがとう、って言われるだけでとっても嬉しくなれる。 もっと感謝されたい。それでもって、甘えて、愛して、愛されて。 五月くんに甘える自分を、無意識のうちに想像した。胸の奥がざわめく。 ふと、我に返り、体の中の甘ったるい空気を冷静に吐き出す。 こういうのは家に帰ってからゆっくり考えよう。 「そういえば、冬子」 五月くんが鞄を探り、半透明のケースを取り出した。 私が料理を入れて五月くんの家に持って行った、タッパーだ。 「ゴールデンウィーク中にさ、料理作ってきてくれたの?」 「あ、ああ。うん」 「やっぱり、いつの間にか届けてくれてたんだ。 ありがとう。美味しかったよ」 また、ありがとうと言われ、落ち着かないような気持ちになる。 五月くんとお話しすると、心を羽根かなんかでくすぐられてる感覚がするのだ。 受け取ったタッパーを鞄にしまった後も、そわそわとしていた。 五月くんに聞きたいと思っていたことを思い出して、浮いた気持ちが地につく。 一度口を開きかけるが、思い直してすぐに閉じた。なんて切り出そうか。 ちゃんと考えてからの方がいいだろう。 下手に口を出すと、気分を悪くするかも……。 「冬子」 不意に声をかけられる。 「ひゃいっ」 驚いて、私は間の抜けた声を上げた。 私が上ずった声を出したのが可笑しかったのか五月くんはくすくすと笑い、手に持った菓子パンの袋を破った。 「あはは。冬子もそういう可愛い声出るんだね」 「ち、違うよ!考え事してて急に話しかけられたからっ……」 顔が熱くなる。頭に血が上るのが自分でもよく分かった。 そうなる理由は二つ。一つは、五月くんにからかわれたのが恥ずかしくて。恥ずかしいのと同時に嬉しくて。 もう一つは『可愛い』って言われたこと。好きな人に可愛いと言われて嬉しくない人なんていないだろう。 私は胸が破裂しそうなくらいに嬉しい。 顔を真っ赤にして俯く私に、五月くんが声をかける。 「甘いの、苦手じゃないよね」 「う、うん……」 五月くんは菓子パンを手で二等分にし、片方を差し出した。 「はい」 私はそれを受け取る。 「さっき、お返しできるものが無いって言ってたけど……」 気恥ずかしそうに頬を掻きながら、五月くんが言った。 「それがお返しってことじゃ、駄目かな」 「いいよ。これからも私、頑張ってお弁当作るから」 私は、できる限りの笑みを顔に浮かべた。 五月くんは私の笑顔を見るとまた恥ずかしそうにして、パンをかじった。 幸せだ。 ずっとこの瞬間が続けばいいのに……。 『ずっと』。 503 :五月の冬 第三部上編 ◆gSU21FeV4Y:2011/08/04(木) 21:57:54 ID:mB4S4kMk 昼休みから程なくして、この日の授業が終わった。 教科書を鞄に突っ込んで、冬子と一緒に教室を出る。 階段を下りて靴を履き替える。 校舎を出て冬子と別れ、俺は自転車置き場へと向かった。 ゴールデンウィークが明けた。意外に一週間は長い。 四時に起きて、これからまたバイトに行く。この生活リズムが崩れかけるほどに長い。 七時に起きて、家事が終わったら寝る健康的な生活が早くも懐かしい。 溜息が出る。 「五月!」 自分の名を呼ばれ、声の方向へ体を向ける。 こげ茶色のくせ毛が特徴的な女の子。愛だ。 「今日もバイト?」 「ああ、うん」 「そっか、大変だね」 愛は悪気なさそうに言葉を続けた。 「五月は、いつまでバイト続けるの?」 悪気も他意もないのだろうが、愛の一言がずしり、と胸にのしかかった気がした。 「……わからない」 それだけ言って、俺は自分の自転車まで歩いた。 鍵を外すと、サドルにまたがりペダルを思い切り踏みつけた。 「あっ、五月!わ、私……!」 逃げるように自転車を走らせる。 愛から、じゃない。他の色んなものから逃げるように。 必死にペダルを踏む。 風を切る音の中で、俺は考える。 『いつまで』……? 答えは出かかっている。出したくなかった。 解り切った答えだけど、解りたくなかった。 『ずっと』。 504 :五月の冬 第三部上編 ◆gSU21FeV4Y:2011/08/04(木) 21:59:37 ID:mB4S4kMk 迫る、ある日に向けて、私は着々と準備を進めていた。 いや、『着々と』はいっていないな……。 実を言うと準備もまだ、始まってすらいない状況だ。準備の準備は半分終わったが。 着々と、だったらいいのになー。とは思っている。 私は溜息をついた。 「五月は何が欲しいんだろう」 本人に聞くのが一番だけど、なかなか聞く機会がない。 昨日は五月、さっさと帰っちゃったし。 怒らせちゃったのかと思って、メールで謝った。怒っていなかったようでよかった。 メールで聞くのが手っ取り早いが、なるべく本人から直接聞きたかった。 机の上のメモを手に取る。 ○手作りケーキ ○プレゼント一個(今週中に欲しいものを聞く) 頭の中では色々なことを考えて、まとめられなくなる。 メモに書いて整理しようと、いざ書きだすと書くことがなかった。 また、溜息をつく。 とりあえず、ケーキの材料だけでも買いに行こうかな。 たしか、五月はチョコレートケーキが好きだったはず……。 手にあるメモをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り、新しいメモを取る。 ボールペンで必要な材料を書きこみ、ポケットに財布と一緒に突っ込んだ。 特別な日なんだ。悩むのは当たり前。 …………。 卵、生クリーム、バター、板チョコ……。 かごの中にチョコレートケーキを作るのに必要なものを入れる。 レジで会計を済ませ、レジ袋に買ったものを詰め込む。 それから、かごを元の場所に戻す。重いレジ袋を右手にぶら下げて、店の外に出た。 五日後は五月の誕生日だ。一昨年はクッキーを焼いた。 去年の今頃はシャーペンが壊れたと言っていたので、少しお高いシャーペンをプレゼントした。 今でも、使ってくれている。 五月のこと、中学生の時から好きだった。 初めて一緒のクラスになった中学二年生。明るくて、人の感情をよく理解してくれた。 あまり目立つ人じゃなかったけど、そこに惹かれた。 自分の想いを伝えようとしたのは一度じゃない。 話したいことがあると、放課後の教室に呼び出したこともある。 けど、五月の顔を見ると、恥ずかしくなったし、断られることを想像してしまって、告白できなかった。 呼び出したのに何も言わない私を見て五月は、『悩み事でもあるの?』と沈黙を破った。 ますます、五月に対する想いは強くなった。 最近。五月、元気がない気がする。 当たり前か。唯一の家族、父親を亡くして慣れない一人暮らしをしている。 少しでも、私の元気を分けてあげたい。 そして、五月が元気になったら、想いを伝えよう。 五月が元気になるまで、私、愛は待つ。 『ずっと』。

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