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889 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:45:19 ID:SkP7eOPU [2/20]  4年前  「キスシーンってあるじゃない?」  「ふぶっほ!?」  「って、どうしたのさ。いきなりむせて」  「なんでもない。続けて」  「そうそう。キス。この際セックスでも良いんだけど、アレって危なくないのかな?」  「・・・・・・妊娠の危険性という意味なら、キスで赤ちゃんはできない」  「やだなぁ、千里。赤ん坊はコウノトリが運んでくるんだろ?身体的接触なんかでできるわけないじゃない」  「・・・・・・」  「いや、冗談だって。本気で心配そうな顔をしないで。保健体育の授業は真面目に受けてるから」  「男子の前で『セックス』とか公言する女子を見れば誰だってそうなる、俺だってそうなる」  「キミが男子だってこと、意識したことないからなぁ・・・・・・。それで、その手の身体的接触の話だけど」  「そう言うロマンチックな行為を味気ない言葉でまとめるな」  「ロマンとかその手の幻想は取っ払っときなよ、無意味だから。ボクが今から話そうとしてるのは、もっとリアルなことなんだし」  「・・・・・・リアル?」  「そう。接触、ということは互いの距離がゼロになる、それがどれだけ危ないことか、みんな理解してるのかなってコト」  「・・・・・・ゴメン、俺馬鹿だから全然分かんない」  「つまりね、それって『殺せる距離』ってことだよ」  「殺せる距離?」  「そう。その気になれば相手に確実に必殺の一撃を入れられる距離」  「確かに、長距離の方が殺しやすいのは、ゴルゴみたいなスナイパーくらいだとは思うけど・・・・・・」  「ゼロ距離なら、確実に相手を殺せる。凶器は何でも良い。ナイフでも良いしロープでも良い。素手で首を絞めれるならそれでも良い。それでなくても、殴る蹴るには悪くない距離だ」  「最後は多少、間合いがほしいところだけど」  「あ、そうなの?でもどっちにせよ、とても殺しやすい距離だって言うのは確かだよね」  「無防備な状態、というのは同意するけど」  「だね。無防備。それが一番適切な表現かも。そんな状態に、そんな自分のテリトリーに、他人なんかをいれちゃぁいけないぜ。長生きしたかったら、さ」  それは、今思えば、叶うことの無い忠告だったのかもしれない。 890 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:45:40 ID:SkP7eOPU [3/20]  現在  葉山正樹と明石朱里は付き合っている。  当事者たちを半ば置いてきぼりにして、その噂は事実そのものと化していた。  事実無根にも関わらず、その真実を噂が完全に逆転させていた。  一応、俺のほうからも『噂は噂』とかなり積極的に話を流してはいるのだが、状況は一向に変化する様子は無かった。  「御神氏」  その日の朝休み、クラスメートの李忍は、三日と話していた俺に向かって囁きかけるように言った。  隣にいる三日がそれに聞き耳を立てているのが困りものだったが・・・・・・。  一応、数日前の一件は軽く説明して、やましいことが無いと言った筈なんだけどなぁ。  それはさておき。  「先日、御神氏が話題に出していた噂の件でござるが、やはり改めて調査してみたのでござる」  「あ、調べてくれたんだ。ありがとう」  いや、本当にありがたい。  今度何か御礼をしないと。  お菓子でも作ってあげるか・・・・・・って気のせいか嫉妬の視線を感じますよ?  「調べたのは良いのでござるが、やはりどうやっても噂の源は掴めなかったのでござる」  「掴めなかった?」  「そうでござる。誰かが流したということも、流れるような理由があったということも、何一つ」  この手の噂は、誰かが何か(この場合は『葉山と明石が2人きりでいた』とかそういう出来事)を誰かが誤解して・・・・・・というパターンから派生しそうなものだが、李はそれさえも掴めなかったという。  と、具体的に言うのは、俺もかつてそういう誤解にあったことがあるからなのだが。  いや、あの件は本当に痛かった。精神的な意味でも、刺殺的な意味でも。  「力になれず、申し訳ないのでござる」  「いや、調べてくれただけで大感謝。本当にありがとう」  そもそも、能力、人脈共にイロイロな意味で規格外な李がマトモに調べて何も分からないと言う事態自体が異常なのだ。  「前生徒会役員が総出で動いていれば結果は変わっていたかも知れぬでござるが・・・・・・」  「3年の先輩が受験勉強だからね。そんな時にむやみやたらと甘える訳にはいかないよ」  今まで散々学校の問題、他人の問題に邁進してきた人らである。  現在、自分の問題に邁進しても罰は当たるまい。  だから、今回に関しては一原先輩の助力を求めるつもりは最初から無かったし、そもそも助力を受けられないだろうと踏んでいた。  先輩たちの見せ場は、9月の鬼児宮邸での大アバレが最後なのである。  「・・・けれど、それって良いことなのではありませんか?」  と、隣で耳をそば立てていた三日が俺たちに、というより俺に言った。  「・・・今まで朱里ちゃんが望んでいた事が、噂として、というより事実として認識されて。・・・それは、良い事だと思います。だから、噂の流布にどうこう言ったり、どうにかする理由は無いのではないですか?」  納得できる理屈ではある。  望ましい事柄であっても校内に嘘がまかり通っているのが許せない、などという正義感はこの場合非生産的だ。  ただし、  「全面的に明石の視点に立つなら、ね」  「・・・葉山君の方は違う、とでも?」  三日の言葉に、俺は嘆息した。  「アイツは今、完全にビビッてる。好きとか嫌いとか、考える余裕無いよ」  「・・・葉山君がそれを考えてくれれば万事解決なんですけど」  件の『ビビッてる相手』は明石だ、とまでは言わなかったが。  「それが、一番の問題なんだよなぁ」  と代わりにそう答えた。  噂にせよ何にせよ、結局はエンディングに関係の無いサブイベントでしかない。  この物語において、この恋愛において一番重要なのは、葉山正樹が明石朱里の気持ちに対してどのような答えを出すか、そしてそれに対して明石朱里がどう応じるか。  それだけだ。  肝心の葉山は、今小動物のように震えて答えを出すどころではないのだが。  「って言っても、こればかりはサブキャラが口を出したところでどうしようも無いことでもあるしなぁ」  「恋愛というのは、やはり当事者同士の問題でござるからな」  「・・・そんな、人事みたいな」  「人事だよ」  珍しく不満そうに言う三日に、俺は嘆息しながら言った。  「俺もお前も李も、アイツら2人がどんな結末にどんな落とし所になってもほとんど困らない、けれど当人達には非常に切実で、当人達にしかどうしようもない、ごく当たり前の人事」  軽薄な言葉かもしれない、けれど、どうしても軽薄には言えない。  「それが、人事なのが、今一番歯痒い」  そう言いながら、俺はいつの間にか強く握りこんでいた片手から、熱い血が流れ出るのを感じた。 891 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:46:06 ID:SkP7eOPU [4/20]  いくら外野が歯痒いといったところで、当事者たちにとってはそれどころではない。  葉山正樹にとっては、特にそうだった。  同じ日の昼休み、『自分と朱里が付き合っている』という噂が前提となった、虚構に現実が支配されるような悪夢じみた現実から抜け出したくて、彼は教室を出た。  「ったく、一体全体何がどうしたって言うんだ」  校舎の隅で1人になると、葉山は1人呟いた。  全ての始まりはあの日のこと。  朱里の奇妙な告白を受けてから。  それから全てが狂い始めていた。  朱里が狂い、現実も狂った。  葉山自身はここ数日、それを否定しようとは思っているのだが、それが叶うことは無かった。  否定しようにも、常に明石が一緒にいる為、何か言おうとすると底冷えするような威圧感と共に遮られる。  そうでなくても、日を追うごとに噂が定着していく。  「お釈迦様の掌で鬼ごっこしてるみてーだ」  「追いかけてるのが鬼なのか仏なのかわかんないね、ソレ」  葉山の独り言に、応じる声があった。  驚いて声のしたほうを見ると、  「朱里・・・・・・?」  スラリと長く美しい足を覗かせる少女が、こちらに笑いかけていた。  「やほー、まーちゃん。イキナリ教室を出て行くから、カノジョさんが寂しがってるよん。ってアタシなんだけど!」  1人で勝手にノリツッコミをして、からからと空しく笑う明石。  「いや、彼女とかにはなって、ないだろ・・・・・・?」  「でも、みんなはそう言ってるよ?」  「俺は……何も言ってない」  明石から目をそらして、葉山は消え入るような声で答えた。  現実から目をそらすように。  「みんなが言ってるんだし、付き合っちゃおうよ、このまま」  スイ、とごく自然なしぐさで、朱里は葉山の隣に近づいた。  「アタシは……私は、そのつもりだよ?」  それは知っていた。  何しろ明石は、校内の噂に悪乗りするような形で、数日前大胆にも葉山家に『結婚を前提にお付き合いしています』と挨拶に来たのだから。  誰もそんなことは言って無いはずなのだが。  「流されていこうよ。このまま、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと2人一緒に。私達、揺り篭の中から一緒だったようなモンだし、だったらこのまま一緒に墓場まで一緒に、ね」  ごく自然に、まるで恋人のように腕を絡め、明石は彼の耳元で囁いた。  誘惑するような、それでいて有無を言わせぬ声音で。  ソレに対して、葉山はマトモな抵抗ができない。  「・・・・・・良いだろ、別に」  葉山は何とか言葉を搾り出した。  「お前が墓場まで行くのは、別に俺と一緒でなくても・・・・・・」  「駄目」  全て言い終わる前に、強い口調で明石が否定した。  「駄目よ駄目駄目全然駄目。私は正樹が良いの。正樹と一緒じゃなきゃ駄目なの。正樹と一緒じゃなきゃ意味が無いの」  鬼気とした言葉を明石は葉山にぶつけた。  絡めた腕の力が、強くなる。  「・・・・・・何で、俺なんだよ」  ぶつけられた言葉から逃げるように、葉山は返した。  「理由が要る?」  明石は即座に答えた。  いらないでしょう、と言外に言っている。  「要る・・・・・・だろ・・・・・・」  ゴクリ、と生唾を飲み込みながら、葉山は何とか言葉を吐き出した。  「理由が欲しいなら・・・・・・」  いつの間にか、明石が正面にいた。  真正面。  キスができるような距離に。  殺しさえできるような距離に。  「私が作ってあげる」  その距離から、明石は葉山を一気に押し倒した。  葉山の視界が一瞬で変わる。  女性らしい細くしなやかな身体の感触と、人1人分の重みが、葉山を襲う。  「……あは」  押し倒したままの姿勢で、明石はシュルリと葉山のネクタイを外す。  そして、1つずつボタンを外す。  1つ、2つ・・・・・・。  妖艶にも見えるそのしぐさに、彼は何もできない。  金縛りにあったかのように。  恐怖が、全身を縛り上げている。  「これで、ラスト」  ブレザーとワイシャツのボタンが、全て外される。  そして、明石の細い指が葉山のベルトにかかった時―――  「ストップ!!!!!」  と、御神千里の声が―――俺の声が遮った。  遮ることが、できた。 892 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:46:45 ID:SkP7eOPU [5/20]  その時まで。  葉山が昼休みの教室から出て、それを追うように明石も教室から出て。  俺と三日はどうにも心配になり、(と、言うより親友2人が昼休みに消えて単純に寂しかったのもあり)さらに2人を追いかけて、探していた。  それでようやく2人を見つけたのが。  端的に言って、葉山が明石に犯されかかってる瞬間だった。  「ストップ」  そう、努めて冷静に、俺は明石に言った。  言っていた。  反射的に出た言葉だった。  「何よ、御神千里」  明石はこちらを振り向いて言った。  姿勢は、葉山に馬乗りになったまま。  「恋人同士の営みを邪魔するつもり?」  「邪魔はしないが、止めに来た」  「同じことでしょ?」  殺気に満ちた視線をぶつける明石。  少女は目で殺す、とはよく言ったものだ。  いや、明石は糸屋の娘でも魔法少女でもないが。  「真昼間からやることじゃないだろ、そういうの」  「恋を時間が邪魔するとでも?邪魔をするなら私は時間とだって戦うわ」  明石は剣呑な声で言った。  戦って倒してしまいそうな勢いだった。  「大体、恋人同士はさておき、同意の上には見えないけど?」  「何で?」  質問に質問で返す明石。  「正樹が抵抗していない。それだけで十分同意の上に見えると思うけど」  それを言われると否定しようが無い。  怖くて何もできないだけだ、と言っても聞き入れないだろうし。  「どっちにせよ、今日はその辺にしておいた方がいい。俺達みたいに誰か来ないとは限らないし。気がついたら午後の授業に戻れないくらい足腰立たなくなってましたーじゃ洒落になんないじゃん?」  「どうしても邪魔したいみたいね」  「違う違う。こういうことは邪魔にならない場所で、お互い余裕のある時にやった方が楽しいんじゃない、っていう、親切心からの親身な忠告」  あくまでも提案、忠告、という態度で、俺は言った。  「・・・・・・」  俺の言葉に納得したのかいないのか、渋々と言った風に葉山の上から離れる明石。  「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」  拘束を解かれた葉山は、明石を押しのけるように跳ね起き、こちらの方に駆け寄って俺の後ろに隠れた。  「!?」  その様子に絶句する明石。  ―――な、ん、で?―――  明石の唇が、そう動いた気がした。  絶望的な表情で。  対峙する俺と明石。  その後ろに隠れる葉山。  まるで、俺達が敵同士のような構図。  「……あは」  その構図に、絶望的な表情を浮かべていた明石は口元を歪めた。  「そっか、やっぱりそうなのね。『あの人』も言ってた通り、やっぱり、誰よりも粉砕して圧砕して排除しなくちゃいけないのは―――」  ゾッとするような視線をこちらに向け、俺の横を素通りする明石。  この娘は、ここまで敵意に満ちた眼ができる娘だったのだろうか。  殺意と、敵意と、あらゆる負の感情が詰まったような眼が。  そして、俺の隣にいた三日に向かって「後で、2人だけで話したい事があるから」と小さく言って、明石は去っていった。  その言葉を、俺は聞き逃してしまったけれど。  聞き逃すべきでは、無かったのだろうけれど。 893 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:50:11 ID:SkP7eOPU [6/20]  乙女には秘密の1つや2つは付き物だ。  それは、緋月三日にしても同じことだ。  彼女は御神千里に全幅の信頼を置き、心を許してはいるけれど、しかし、未だ秘密の一から十まで全てを開示しているわけでもない。  今日、この日の出来事も、そんな秘密の1つとなりそうだった。  と、言うより秘密になることが確定した。  言えるわけがない。  一番の親友から脅迫を受けた、などと。  「しっかしまぁ、良く撮れてると思わない、コレ?」  その日の放課後、話したいことがあると校舎の一角に三日を呼び出した親友、明石朱里はそう言って三日に自分の携帯電話の画面を示す。  動画だった。  男性向け18禁ウェブサイトにありそうな(偏見)類の動画。  1人の若い女性が、自分の身を慰めている様をこれ見よがしに扇情的に映した動画。  もっとも、映された本人としてはそうした意図は全くなく、ただただ生物として抑えきれない愛欲を慰めているだけなのだが。  間違っても公開しようなどと、ましてや一番の親友である明石朱里に見せようなどという意図は全く、一欠けらも、これっぽっちも、無い。  断言していい。  断言できる。  なぜなら、その画面に映っているのは、緋月三日本人なのだから。  中学生くらいから、ささやかな罪悪感にかられながらもはじめ、高校に入って恋を知ってからは常習化していた自分の自慰行為。  音声こそ入っていないものの、その様子が一から十まで映っていた。  「・・・なん、で」  なにこれ、とは言わなかった。  それが自分の姿であることは明白だったからだ。  これ以上なく身に覚えがある。  だから、問うべきはなぜ親友の手にこんな動画があるか、だ。  自分で撮った覚えはないし(そんな趣味は無い)、それを親友に渡した覚えなどかけらも無い。  「良く撮れに撮れててさー、このオンナのだらしなーい顔がよく、見える」  しかし、親友は三日の問いに答えることなく、言葉を続けた。  「キモいよねーこの顔。だらしなくてさ。イキ顔って言うのかな?アヘ顔って言うのかな?ホンット気持ち悪くて、18歳以上でもとても人様にお見せできないよねー」  そう言って、朱里は意地悪く笑う。  こんな顔を自分に向けるような少女だっただろうかと、三日は思った。  実は、目の前にいる朱里はモンスターか何かの化けた偽者で、本物はもう死んでいる。  そんな与太話のほうがまだリアリティがある気さえした。  「ぶっちゃけ、その気になれば人様に見せることはできるんだけどね、アタシ。ネットの動画サイトにアップするまでもなく、添付ファイルにして学校中のメルアドにババーっと流したりさ。いい考えでしょ?」  「・・・なんで、朱里ちゃん・・・・・・」  三日は、先ほどと同じ言葉を繰り返した、それ以外のことが、それ以外の言葉がとても出てこなかった。  「なんで、って言うのはどういう意味かな、みっきー。なんでアタシがこの動画を持ってるのかってこと?何でそれをあなたに教えるのかっていうこと。それとも―――『なんでこんなヒドいこと言うの』って意味?」  意地悪く笑って、朱里は言った。  「でも、ソレってそんな重要なことじゃないよね?重要なのは、アタシがあなたのキモ動画を持ってて、それを好きにできるってコト」  そう言って、朱里はヒラヒラと携帯電話を振る。  三日のあられもない姿が映ったモノを。 894 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:50:42 ID:SkP7eOPU [7/20]  「コレが世界中に、って言うか学校中に撒かれたら、アナタみんなから引かれるわねー。嫌われるわねー。学校生活メチャメチャよねー。御神千里なんてドン引きして二度とアナタに近づかない」  「・・・!?」  最後の一言に、三日は息を呑んだ。  「ああ、やっぱりコレが一番効いたか。じゃ、いい加減用件を言うから良く聞いてね、みっきー」  悪魔的なまでの笑顔で、朱里は言った。  「これからずっと、アナタは私の言うことを何でも聞くこと。従うこと。服従すること。屈服すること」  それは、まかり間違っても親友に対する言葉ではなかった。  少なくとも、三日は朱里にそんなことを言われる日が来るなんて思っても見なかった。  「この場合の何でもって言うのは、本当に何でも。小さなことから、大きなことまで。その代わり、この動画は外部に漏らさないであげる。ましてや、御神千里には絶対見せない、触れさせない、匂わせない」  「・・・」  「悪くないギブ・アンド・テイクだと思うわよ。もっとも、アナタに選択肢は無いと思うけど?」  「・・・なんで、そんなこと言うんですか」  朱里が言いたいことを言い終えたとき、ようやく三日も一文を振り絞ることができた。  「・・・脅すようなことを言わなくても、朱里ちゃんの頼みなら何でも聞きます。さすがに、『千里くんを渡して』というのは無理ですけど、それ以外なら何でも。・・・だって・・・」  と、言葉を搾り出す。   「・・・友達、じゃないですか」  これ以上なくシンプルで、しかし真摯な言葉だった。  しかし、それに対して朱里は、  「は?」  と、馬鹿にしたような、軽蔑したような、そんな声を上げた。  「アンタさぁ、イマドキ『友情』とかマジで信じてるわけ?バカだねー。言っとくけど、私はそんな目に見えない物人生で一度として信じたことないわよ」  「・・・え、でも」  「大体さ、忘れたの?私たちの『友情』は、互いの恋を成就させるために生まれたモノ。つまり打算に満ちた口約束。それ以上でも以下でもないわ」  「・・・」  「アタシ、最近そんな口約束ぐらいじゃどうしようもないシリアスなコト考えてるから、アンタを使いたかったのよ。確実に。だから取引した。そっちの方がマトモで、賢明で、フツーでしょ?」  朱里の辛辣な言葉に、三日の中で大切なものがガラガラと崩れていくような感覚を覚える。  「答えは無いみたいね。じゃ、また明日」  そう言って、ヒラヒラと手を振りながら明石朱里は去っていった。  彼女に対して、もう、『三日の一番の親友』という肩書きはつかないのだろうけれど。  その後姿を瞳に映す三日には、朱里の姿どころか、外からしとしとと聞こえてきた雨音さえ、認識されてはいなかった。 895 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:51:08 ID:SkP7eOPU [8/20]  一方、俺は葉山を家まで送っていた。  部活動の無い日だったこともあるが、それ以上に彼が心配だったからだ。  明石がいくら強弁したところで、明らかなレイプ未遂だったことは明白だ。  葉山が動揺していたことは明らかだった。  「じゃ、また明日」  「・・・・・・おう」  そんな短い会話で、俺たちは葉山家の前で別れた。  こんな落ち込んだ姿を見せられれば、誰も軽々しく「美人なら逆レイプもアリだろ」とは言えなくなるだろう。  俺は半ば沈んだ気持ちで、折りたたみ傘を打つ雨音を聞きながら家に向かって歩き出した。  あんな酷い目にあっても、決められるのはアイツだけなんだよなぁ・・・・・・。  手伝えるものなら、肩代わりできるものなら、俺が何とかしたいところだけど、そういうわけにもいかない。  明石だって俺の友達には違いないし。  友達だと思いたいし。  ・・・・・・うん。  「はやまんから『みかみん、明石をやっつけてくれ』って言われたら、そうするしか無いのかなぁ」  やだなぁ。  そうは言っても、俺にできることなんて、悲しいまでに少ないのだけれど。  そんなことを考えながら、俺はいつものようにマンションのエレベータに乗り、自分の家の前まで来る。  「・・・・・・ウン?」  家の前に、何かが置いてあった。  闇の中に置かれたまっ白な何か、否、誰か。  酷く濡れている。  闇に見えたのは、鴉の塗れ場色をした黒髪。  黒髪の上の白も濡れていて、布地が透けている。  透けた先には可愛らしい下着と白い肌が・・・・・・ってオイ。  「三日ぁ!?」  家の前に倒れていたのは三日だった。  何やってんの!?  ってかどうしたの!?  「ちょ、大丈夫!?起きてー!」  家の前に置いて、ではなく倒れていた三日の体を起こし、ガクンガクンと揺する。  「・・・あは、千里くん。・・・千里くんだぁ」  死んだような眼で、三日が呟いた。  とりあえず、意識はあるらしい。  「・・・千里くん、お願いがあるんですけどぉ」  「何、っていうかその前に濡れた服を何とかしないと!?」  「・・・私を、犯してください」  ・・・・・・ナンデスト?  「・・・あ、間違えた」  間違いなのか。ああ良かった。  「・・・私を、壊してください」  良くなかった。  「・・・犯して、壊して、目茶目茶にしてください」  「そんな不穏当な台詞をこんなところで吐くな!」  ほかの住人に聞かれたら、さすがにいたたまれない、というか居られない。  フツーにこのマンションで暮らせなくなる。  とりあえず、俺は家の鍵を開け、三日を家の中に招き入れた。  いかがわしい犯罪の証拠だか証人だかを隠しているように見えなくも無いが、幸い近くにほかの住人はいないようだった。  「ええっと、とりあえずその濡れた制服、脱いで」  「・・・私のお願い、聞いてくれるんですね」  嬉しい、と俺に抱きつく三日。  見た目に似合わず妖艶とも言える動作だったが、ドギマギすることは無かった。  正確には、ドギマギする前にそんな邪念を打ち消された。  濡れた感触と、冷え切った肌、それに震える三日の体に。  三日は、心身ともに弱りきっていた。  そんな女の子にいかがわしいことをするなんて、弱みに付け込むような真似をするなんて、俺にはとてもできなかった。 896 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:52:08 ID:SkP7eOPU [9/20]  「そうじゃない」  俺は、しかし優しく抱き返していた。  少しでも彼女の体を、心を温めようと。  「今のは、誤解されるような言い方をした俺が悪かった。でも、何よりもその服を何とかしないと。風邪引いちゃうよ」  「・・・かぜぇ?」  どこか舌足らずな、虚ろな口調で、三日は言った。  「・・・大丈夫ですぅ。・・・私がかぜをひいたくらいで心配してくれるような友達なんて、もうどこにもいませんよぉ」  「俺が心配する!」  あまりにも自分をないがしろにした言葉に、俺は思わず怒鳴っていた。ウン、こればかりは素直に認めよう。  思わず、抱きしめる腕にも力がこもってしまう。  あまりに強くて、痛かったかもしれないな、と思い直して、と言うか我に返って腕を解いた。  「とにかく、ちょっとシャワー浴びてきなよ。今のままじゃ、ホント、心配」  噛んで含めるようにそう言うと、三日は渋々と、ではなくフラフラと浴室に向かって歩き出した。  程なくして、シャワーの水音が聞こえてくる。  「ったく、一体全体何がどうしたって言うんだ」  リビングのソファにどっかりと腰を下ろし、俺は1人ごちた。  葉山と一緒に帰ったせい、では無いからだ。  むしろ、用事があるから先に帰ってて下さい、と言ったのは三日の方だった。  どんな用事かは知らないが。  何かあるとしたらその辺りに事情がありそうだが。  何にせよ、あんなに弱りきった三日は始めてみた。  嫉妬に狂ってくれたほうがまだ良いくらいだ。  と、そんな思考をブチ壊すように、携帯電話が鳴った。  「もしもし」  『大体の所は・・・聞カセテ・・・もらったよ』  「どこからだどうやってだボケ」  緋月月日さん、三日のお父さんだった。  『勿論、最初から最後まで…と、それはともかく千里くん。今夜は三日をキミの家に・・・泊メテヤッテ・・・は如何かな?」  「何だ、その超展開」  『・・・イヤイヤ・・・極めて理路整然とした展開だよ?』  俺の乱暴な口調にも動じることの無い月日さん。  相変わらず腹立たしいまでに飄々とした人だ。  それはいつものことだし、だからこそついついこっちもツッコミがキツくなるのだが。  『第一に、あそこまで落ち込んだ三日に二日のスパルタ教育は・・・逆効果・・・』  なるほど、確かに叱咤激励されて奮い立つ元気は今の三日には無さそうだ。  ・・・・・・あれ、叱咤激励?  『第二に、私は落ち込んだ女性を見ると・・・ボッk』  「そっから先は言うな、この変態性欲者」  俺が本気で引きながらも入れたツッコミは、しかし月日さんに華麗にスルーされる。  『第三に、今の三日とレイちゃんが接触するとどのようなことになるのか・・・マッタク・・・未知数』  未知数。  未知への恐怖。  『このように、緋月家はどん底まで落ち込んだ多感な年代の少女を帰らせるには・・・キワメテ・・・不適切なんだよ』  「不適切なのは月日さんの性癖な気もしますけどね」  まあ、言いたいことは分からなくも無い。  「つまり、落ち込んだ三日にどう接していいか分からないから俺に丸投げするわけですね」  『…良イ…んだよ、キミがやりたくないというのなら別に。その時は三日がこの世の地獄を見ることになるだけだから』  「素直に泊めろと言え」  ホント、ひねくれてるよなぁ、月日さん。  何でこの人の遺伝子から三日みたいな娘が生まれたのか。  「分かりました。娘さんは責任を持ってお預かりします」  『・・・ムセキニン・・・でも良いけどね。こんなときだからこそ・・・ヨワミ・・・に付け込んで―――』  「存在レベルで18禁ですよね、あなた」 897 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:52:36 ID:SkP7eOPU [10/20]  ところで、と俺は話題を切り替えた。  「三日がああなった理由、ご存知ありませんか?」  『・・・キグウ・・・だね。私もソレを聞きたかったのだが。キミも知らないのかい?』  「ええ、俺にもちょっと分かんないです」  『・・・イガイ・・・だね。恋する乙女というのは、恋愛対象に対して一喜一憂するもの、なのだろう?』  「自分の娘を『恋する乙女』なんて一面的な記号だけで見ないで下さい。アイツにはアンタら家族も居れば友達も居るじゃないですか。そうした人たちのために一喜一憂できるコですよ、アイツは」  友達。  人間関係。  どうも繋がりそうな気がしてきたぞ。  『まぁ、キミが・・・知ラナイ・・・というならこれ以上は聞かないさ』  「ですね」  『キミが三日から根掘り葉掘り言葉攻めして聞き出せば良い』  「それ質問って言うか尋問を通り越して拷問じゃないですか」  『まぁ、拷問でも何でも、しなくてもどっちでも同じことさ』  「って言うか、そんな無理に聞くことも無いでしょうね、今は」  そう言ってから、俺は「それでは月日さん、失礼します」と言って通話を終えた。  「・・・お電話ですか?」  と、後ろから三日の声が聞こえた。  どうやらシャワーを浴び終えたらしい。  「ああ、お前のお父さんから。今夜お前をウチに泊めて欲しいっていうヘンな話で・・・・・・」  そう言いながら振り返り、俺は絶句した。  後ろには、真っ白な肌色があった。  黒髪が映える、雪のような真っ白な肌肌肌肌肌。  それを覆い隠すものは何一つ無く。  ありていに言って、三日は全裸だったのだ。  すっぽんぽんだったのだ。  しかし、一度見たとはいえ、改めてみると目を奪われる。  エロいとか興奮するとか以前にキレイだ。  さすがに、胸から腹にかけての傷跡こそ目立つものの、それさえ全体から見れば美しさを際立たせるアクセントでしかない。  それを除けばシミなんてほとんど見当たらない。  スラリとした手足と長いストレートロングの髪が絶妙なバランスで調和している。  こんな美しいものが、今さっきまでゴミのように無造作に我が家の前に放り出されていたかと思うと、怒りさえ沸いてくる。  誰だ、こんな宝物をぞんざいに扱ったのは。  じゃ、なくて。  「服を着ろ・・・・・・でもなくて」  考えてみれば、着替えなんて用意してなかった。  ホスト役として手落ちにもほどがある。  「悪い、着替えを用意してなかった」  と、素直に頭を下げた。  そして、改めて前を向く。  なるべく彼女の裸体が目に入らないように。  男として当然のマナー。  「とはいえ、ウチには女の子にかせる着替えって言うと親の位しか無いけどそれで「・・・千里くん」  俺の言葉を遮り、服のすそを掴んで(いるらしい)すがるように三日は言った。  「・・・千里くんの服が、良いです」 898 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:53:19 ID:SkP7eOPU [11/20]  それからしばらくして。  俺は暖かいシチューを食卓に用意していた。  三日の制服は洗濯を終え、今はリビングに部屋干ししている。  明日の朝までには乾かさなければいけないため、季節はずれの扇風機が忙しく働いていた。  「それじゃ、冷めないうちにいただきますかー」  「・・・いただきます」  互いに手を合わせて、食事を取る。  ちなみに、今の三日の服装は俺のワイシャツ一枚。  俺と三日との体格差のせいで、ゆったりとした丈の短いワンピースのような着こなしになっている。  三日にあう下着が我が家に置いてあるわけも無く、名実共に裸ワイシャツという奴である。  言い訳をさせてもらえば、本当は俺のパジャマをかすつもりだったのだが、「・・・ズボンが入りません」というわけでこうなった。  他の服も言わずもがな。  決して、俺が裸ワイシャツで興奮する変態だとか、状況にかこつけてセクハラを敢行したとかそういうわけではないので念のため。  ・・・・・・ホントウデスヨ?  「少しは体、温まった?」  シチューを食べながら、(そして三日の太股を『極力』意識しないようにしながら)俺は三日に問いかけた。  それに対して、三日はコクンと頷いた。  「それは重畳」  「・・・でも」  と、ポツリと三日は言った。  「・・・でも、体は温まっても、心の方はまたすぐに冷えていくような気がして。・・・おかしいですよね、こんなの」  「いーや」  俺は首を横に振った。  「俺もあるんだよねー。一度落ち込むと、中々テンション上がんなかったりとか」  「・・・千里くんでも?」  「そ、俺でも」  俺も根っからの根明というわけでもない。  人並みに悩むし、人並みに落ち込む。  厄介なことに、そういうときほど1人でいると思考が悪いほうへ向かっていくものだ。  そういえば、彼女はどうだったのだろう。  俺たちと一緒にいながらも、それを『無関係』と呼んだ彼女は。  「・・・他の女のことを考えてませんか?」  「おお、いつもの調子が戻ってきたね」  こういうパターンで安心するというのも妙な話だが。  とはいえ、「中等部時代の思い出を回想していただけだよ」、とはフォローを入れた。  「ま、こういう時はちゃんと飲んで食べてバカ話するだけでも変わるモンだよ。話するだけでも、変わる」  あえて、繰り返した。  もっとも、何を話して、とは言えないけれど。  強引なのは逆効果になることもあるし。  葉山と違って繊細っぽいし。  しかし、  「・・・友達だと、思ってました」  と、三日は小さく言った。  「・・・友達だと思っていたのに、そうじゃない、友情すら存在しないって言われて。・・・それに落ち込んでいる自分が自分らしくなくて良く分からなくなって」  「らしくないなんてこと、無いだろう」  友達は大事だ。  少なくとも、俺には三日がそういう女の子に見えた。  そんな女の子が友達に否定されるなんて、大事だ。  一大事だ。  「…ねぇ、千里くん。…友情なんて、無いんでしょうか?」  こちらの方を、すがるような眼で見る三日。  「…本当の友情なんて、本当の絆なんて、本当は無いんじゃないでしょうか?」  彼女の言葉に、俺は息を詰まらせた。  俺は、友情を、愛情を、絆をひたむきに求める彼女の姿を素晴らしいと思っていたのだから。  かつて、『彼女』との関係を、絆を本当の意味で築くことに失敗したから。  けれども、いや、だから、かな。  「分からない。俺にも分からないよ、三日」  俺は正直に、そう答えていた。 899 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:53:44 ID:SkP7eOPU [12/20]  「絆は、想いは、目に見えないから。見たくても聞きたくても触りたくても嗅ぎたくても味わいたくても確認して確信したくても、悲しい位、出来ないものだから」  だから、人はすれ違う。  すれ違い、想いが、行為が、報われないことがある。  『関係』なんて、絆なんて存在しない、とさえ言うことが出来る。  俺の言葉に、三日の表情が絶望に染まりかける。  「でもね、三日」  絶望に染まり切る前に、俺は言葉を続けた。  「絆っていうのは、それを信じることが大切なんじゃないかな。信じようとする気持が、大切なんだと思う。目に見えないからこそ、目に見えない『信じる』気持ちで。だから―――」  それは、三日にとっては酷な答えだったかもしれない。  けれども、それは俺の偽らざる本音だったから。  「頑張って、三日。俺も、頑張るから」  俺の言葉に、三日は小さくうなずいた。  その動作一つにどれほどの勇気が必要だったのか。  それが、三日にとってどのような意味を持つのか。  それは、俺の想像をはるかに超えていた。  想像するべきだったのに。  理解するべきだったのに。  後悔する、その前に。  その後、食事を終えて勉強(学生の本分・・・・・・なんだけど、そのカリキュラムは8割方三日が組んでる。すげぇ効果的だったりする)を追え、気晴らしに軽くTVゲームをしているうちに時間は過ぎていった。  「・・・もうこんな時間ですか」  「キリが良いし、そろそろ寝ようか。寝室は前に使った・・・・・・」  と、俺が言いかけると、パジャマの端をキュッと掴まれた。  「・・・一緒じゃ、駄目ですか?」  控えめに、けれど袖はすがるようにしっかりと掴んで、三日は言った。  「・・・千里くんと一緒に寝ては、駄目ですか?」  そう言って三日は、上目遣いにこちらを見た。  「いや・・・・・・その・・・・・」  実のところ、以前にも三日は我が家に泊まってもらったことがある。  その時はもちろん裸ワイシャツでは無かったし、無理を言って客間で寝てもらったのだが。  「・・・今日は、心細いのです。・・・すごく、心細いのです」  ここまで言われたことは無かった。  「分かった」  折れるしか無いわ、これ。  「おいで、三日」  俺は三日の手をとり、自分の部屋に案内する。  「・・・千里くんの部屋、少し落ち着きます」  「自分のとレイアウトが似てるから?」  「・・・千里くんの匂いがしますから」  「・・・・・・」  この状況下で理性を保つのには、{TETSU}の意志が必要かもしれない。  「2人だと、ちょっと狭いかもしれないけど」  「・・・大丈夫です」  三日に先にベッドに入ってもらい、俺がそれに続く。  つーか、男女で同じベッドとか、コイツ意味分かってるんだろうか。  ・・・・・・分かってないんだろうなぁ。  そんなことを考えていると、三日が俺の片腕に体を寄せてきた。  シャツ越しに、彼女のぬくもりと柔らかさを感じる。  三日の存在を感じる。  うわぁ。  愛しさと切なさと心強さ・・・・・・ではなく性欲がないまぜになる。  自分の心臓がドクドク言ってるのがわかる。  心臓が獣の叫びを鳴り響かせてる。(オオカミ的な意味で)  「・・・すぅすぅ」  隣では、三日が安らいだ寝息を立てていた。  無防備にも程がある。  眠れねぇ。  今夜は絶対眠れねぇ。  隣の三日(の感触)を意識しないようにすればするほど、目がさえてくる。  何か、違うことを考えよう。  そう、例えば―――今直面してる問題のことを。 900 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:54:28 ID:SkP7eOPU [13/20]  いや、違うか。  今葉山たちが直面してる問題のことか。  俺は、直面していない。  中等部時代、友達の恋愛相談まがいのことを請け負ったことがあったが、アレも結局当人同士が決着をつけた。  結局その友達はハッピーエンドに終わったが、それは単なる結果論でしかない。  俺のおかげ、でもなければ俺のせいでもない。  俺がしたことは話をややこしくすることと、その後始末だけだった。  まったく。  我ながらあの時から全く学習していない。  結局、決めるのは彼らで。  俺は何でもないのに。  何も、できないのに。  「あー、ダメだ」  考えが悪いほうに向かっていく。  水でも飲んで頭をリフレッシュしたい。  「ちょっと、待っててね」  すやすやと眠る三日にそう呟き、俺はダイニングに向かう。  「あれ?」  ダイニングには明かりが灯っていた。  「あら、セン。ただいま」  そう言ったのは、俺の親である御神万里だった。  どうやら、思ったより早く仕事を上がれたようだった。  「おかえり、シチューあるよ」  「今食べてる」  「それは重畳」  「ところで・・・・・・」  にんまり笑いながら、スプーンで壁にかかった女子制服を示す親。  「アンタがオタクなのは知ってたけど、女子の制服と下着を買っちゃうくらい筋金入りだとは思わなかったわよ、セン」  「誤解だ!」  「どっちが?」  「後者が!」  「まぁ、分かってたけど」  「確信犯!?」  と、馬鹿なやり取りを終えてから、俺は今日三日が泊まってることを説明した。  「まぁ、急だったから連絡入れるのも忘れてて、ゴメン」  「良いわよ。で、三日ちゃんは?」  「さっき寝かしつけたとこ」  「同じ学年の女の子に、すごい表現するわね」  クスクスと笑う親。  「なんだか、兄妹みたいねぇ。まぁ、私としては子供が2人になったような物だから、似たようなものなのだけれど」  「兄妹っつーかまぁ・・・・・・」  家族みたい、とは言わず。  からかうような親の言い草に、言葉を濁す俺。  「こんくらい近い距離感だと、一番楽っつーか、分かりやすいんかねぇ」  俺はそう結んだ。  「まるで、分かりにくいことが別にあるみたいね」  親にそう切り替えされて、俺は自分が無意識のうちに引き比べていたことに気がついた。  三日のことと、葉山たちのことと。  自分の問題と、他人の問題を。  「分かりにくいことが、あるんだよ」  と、俺は口に出していた。  「いや、すげーシンプルなのかな。でも、それは俺の問題じゃなくて。アイツらの問題で」  取り留めの無い言葉だった。  「決めるのはアイツらだから、俺は、きっと何もできない。何もしないほうがいい。できる何かなんてそもそも分からないし。でも・・・・・・」  言ってる内に、想いがハッキリしてくる。  「何かしたいとか、何とかしたいとか、ンな馬鹿なわがまま考えてる」  本当に、俺ってすっごい馬鹿だ。  なんだかんだと言いながら、自分のことしか考えてない。 901 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:54:48 ID:SkP7eOPU [14/20]  「まぁ、良く分かんないけどさ」  と、俺の言葉を聴いた親は言った。  取り留めの無い言葉への、当然の対応だろう。  俺だって、良く分からない。  分からないなら、きっと何もしないほうが―――  「けど」  と、意外にも、予想外にも、親は言葉を続けた。  「我慢すんな」  え?  「でも、親。コレ、ホントに俺のわがままで・・・・・・」  「それでも、そこで我慢しちゃ駄目でしょ」  ピッと指を立てて、俺の言葉を遮る親。  「センがどういうコトに首突っ込んでるのかはしらないけど、そこまで理屈でがんじがらめになるくらい考えたい、思いやりたいことなんでしょ?そこで足止めてどうするのよ」  「でも、これは頼まれてもいないことで。本当に、俺のわがままで」  「わがままで良いじゃない。世の中、わがままじゃないことの方が多いわよ?」  ウインク1つ。  「悩んだって始まんないわよ。悩むくらいに、どうしても何かしたいんでしょ、その『アイツら』のために」  「でも・・・・・・」  それが誤りだったら、間違いだったら、傷つけて、しまったら。  「誤りだったら、しかったげる。間違いだったら、止めたげる。傷つけちゃったら、謝れば良い。だから、やりたいなら四の五の言わずにやりなさいよ」  そう、彼は言った。  「お父さん・・・・・・」  「そう呼ばれたの、何年ぶりかしらね。まぁ、『お母さん』でも良いんだけど」  「それだけはやだ。でも、ありがと」  「どういたしまして」  「少し、元気が出た気がする」  「それは良かったわ。センがヘコむと、私もヘコむ」  自分を心配してくれる人がいる。  その事実を改めて自覚し、たまらなく嬉しくなる。  「じゃ、先に寝てるわ」  「ええ、おやすみなさい」  そう親子らしいやり取りをして、俺は部屋に戻っていった。  どうやら、ぐっすり眠れそうだった。  ・・・・・・いや、そんなことは全然無かったんだけどね。 902 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:56:37 ID:SkP7eOPU [15/20]  「―――ウン、ウン。頼まれていたのは用意できたよ。ウン、詳しくはあとでパソコンの方に送るから」  『ありがとうございます、零日さん。駄目で元々のつもりだったんですけど、お願いしてみるものですね』  「フフ…お姉さんに任せなさい…なんだよ、明石さん」  『いや、零日さんはお姉さんなんてお歳じゃ「何か言った?」『ごめんなさい』  「それじゃ、頑張ろう…ね」  そう言って、緋月零日は明石朱里との通話を終えた。  携帯電話を置き、満足げな笑みを浮かべる零日。  もっとも、彼女の内心など誰にも理解できるものではないだろう。  そんなことを思いながら、緋月月日は隣でベッドに横たわっている妻の顔を見ていた。  「どうしたの…月日お兄ちゃん?」  「いや、何でも無いよ?」  不思議そうな零日に対して、話し方を意識しない、素の口調で答える月日。  今の月日は、普段の鉄仮面を外し、学生時代には浮名を馳せた美貌の素顔を晒している。  彼女に対して、自分はどのような表情をしてしまったのだろう、と月日は考え、それを打ち切った。  恐らく、意味の無いことだ、と。  「ところで、今回のこの一件、三日のお友達のお手伝い。これはどういう不幸に繋がるのかな?」  口調だけは平然として、月日は恍惚とした表情を浮かべる零日に語りかける。  月日は、零日が明石朱里と邂逅し協力していることを簡単に聞いている。  聞いているだけで、何もしていない。  彼はあくまで傍観者に徹していた。  「ふこ・・・う?誰も不幸にはならない・・・よ?」  不思議そうな零日。  月日とは違って、零日はこれが素の口調だ。  元々、零日は話が得意な性質では無いのだ。  「まぁ、そのつもりだろうね」  苦笑するように、月日は言った。  自分の力は他人を不幸にする。そう規定する月日は自分の全能力を積極的に不幸のために使い、幸福のためには使わないことにしていた。  もっとも、ごく一部には『不幸の可能性』というリスクを呑んだ上で彼に協力を仰ぐ酔狂な者もいるにはいるが。  ともあれ、月日が傍観者に徹している理由はそこにあった。  自分が関わって幸福になることなど、どこにも無いのだから。  「もし、明石さんの思い通りにコトが進めば、あの娘は幸せを手に入れる・・・私と同じ種類の、ね」  「ほぅ・・・」  答えながら、月日は自分の首を拘束する首輪の重さを意識する。  それと同じ目にあう男がいるのなら、それはご愁傷様だと月日は思った。  思うだけだ。  見ず知らずの男のために涙を流せるほど情に厚い人間ではないと、月日は自分を規定していた。  だから、月日は零日や明石という少女を止めるつもりも協力するつもりもなかった。  故にこその傍観者である。  「それに・・・幸せを手に入れる女の子は明石さんだけじゃない・・・よ?」  「誰だい?」  明石という少女以外にも、零日が気を回している娘がいるとでもいうのだろうか。  月日に言わせれば、零日が誰かに協力するということからして、とてつもないレアケースなのだが。  「三日ちゃん・・・だよ?」  「!?」  零日の答えを聞いて、月日は、なぜか、絶句した。  「驚かなくても良いじゃ・・・ない?だぁって、明石さんは…三日のお友達。お友達のために何かするのは良いこと…でしょう?良いこと・・・らしいじゃない」  「それが、・・・狙イ・・・かい?」  平静を保とうとして、思わず他所行きの口調になる月日。  明石朱里を通して、三日を巻き込み、自分たちと同じ状況へ持っていくこと。  それが、零日の目的!  「狙いじゃない・・・よ。まぁ、そうなったら良いな・・・くらいに思ってたらそうなったみたい・・・だよ?」  「だろう・・・ね」  零日は月日のため以外のことで積極的に動くことがないことを、月日は長い付き合いで知っていた。  ただ、今回は積極的『でなく』動き、彼女が望む結果を得られたということのようだ。  「運が良いのか悪いのか・・・」 903 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:56:54 ID:SkP7eOPU [16/20]  「何か・・・言った?」  「いいや。でも・・・ナンデ・・・なんだい?」  「え?」  月日の問いに、心から分からないという顔をする零日。  「レイちゃん、君だって千里くんのことは認めていたようだったじゃないか。それを、僕と同じ状況に持っていく必要がどこにあるんだい?」  「え?…え?」  月日が噛んで含めるように説明しても、零日の不思議そうな顔は変わらない。  「三日ちゃんは『私の続き』なんだよ?私の幸せは三日ちゃんの幸せで、三日ちゃんの幸せは私の幸せ・・・でしょ?そこになんで『必要』とか『必然性』とかがいるの?」  きょとんとした顔で、零日は言った。  逆に、月日は得心がいった。  『僕たちと同じ在り方が・・・シアワセ・・・ね。レイちゃんはナチュラルにそう感じてるわけだ』  きっと、月日をこうして拘束している状況が、零日にとって極めて当たり前に『幸せな状況』なのだろう。  一家団欒が幸せだ、健康であることは幸せだ、とかいうのと同じレベルに。  尤も、見方を変えれば自分の生き方を子に強いているとも言えるが。  『親のエゴ・・・ね。まったく、レイちゃんも随分当たり前に母親としての勤めを果たしているじゃないか』  と、月日は皮肉交じりに、自嘲交じりに思った。  「どうした・・・の?」  その様子を見た零日が、不思議そうに言った。  恐らく、月日の気持ちを説明しても、零日は理解できないだろう。  この娘とは根本的に分かり合えない、いや、分かり合えないように『してしまった』のだから。  「・・・イヤ・・・。ただ、レイちゃん。君はいま・・・シアワセ・・・かい?」  月日の持って回った言い回しに零日は、  「幸せ・・・だよ」  と即答した。  「お兄ちゃんがいてお兄ちゃんがいてお兄ちゃんがいて、零日は今とっても・・・幸せ」  そう言って、零日は月日の白い肌を強く抱きしめた。  痛いくらいに。  拘束するように。  「ああ、僕も・・・シアワセ・・・だよ」  ソレに対して、月日は零日の最も望むであろう言葉を発した。  緋月月日、緋月零日、2人は今日も当り前に壊れていた。  「何を考えているのかしらね、あの女」  同時刻。  つい先ほどまで会話していた相手に向かって、明石朱里は呟いた。  「ま、良いけどね、別にどうでも。私に協力してくれるっていうなら」  携帯電話を弄びながら、明石は独り言を続けた。  所詮は人事。  相手にどんな思惑があろうと、自分にとって、そして自分の望みにとっては何の関係も無い。  「ともあれ、舞台も役者も準備万端。あとは、撒き餌を捕らえるだけ、ね」  そう言って、明石は歪な笑みを浮かべる。  「その撒き餌の役、あなたにやってもらうわよ、御神千里。誰より無駄で邪魔なことはなはだしく腹立たしいけど、アナタも『親友』の幸せのためなら泣いて喜ぶわよね?」  そう笑いながら、携帯メールを作成し始める。  送信相手は、緋月三日。 904 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:57:12 ID:SkP7eOPU [17/20]  翌日  どうにか何事もなく(本当にどうにか!)一夜を終えた、俺と三日は、いつものように登校路を行く。  いつものように隣を歩く彼女の歩幅を意識しながら、俺は昨夜何事も無かったことに心底安心し、自分の理性に万雷の拍手を送っていた。  頑張った、良く頑張ったぞ俺の理性!  自分で自分を褒めてあげたいという台詞は理性(おまえ)のためにある!  そんな、他者からの同意をあまり得られそうに無いことを考えていると、いつも通り見慣れた2人の背中が見える。  その2人、葉山と明石にいつも通り合流。  明石は、葉山に密着し、とにかく一方的にしゃべりかける。  葉山は、それに対して「ああ」とか「うん」とかしどろもどろに受け答えをする。  おびえているのは明らかだったが、それを決して口に出すことは無い。  いつも通りに。  今まで一度として、一瞬たりとも口に出すことは無かった。  恐ろしいから。  恐ろしい相手と、捉えているから。  極めて不愉快な光景である、と明言しよう。  居心地も悪ければ、見心地も悪い。  「おはよ、はやまん」  俺はひょい、と手を上げて言った。  「あ、ああおはよう、みかみ「それでね、まーちゃん!」  葉山の言葉を遮り、無理やりに自分の方を向かせる明石。  葉山の目が助けを求めていたようにも見えたが、助けない。  助けられない。  葉山の口から、一度たりとも「助けて」と言われたことが無いから。  言ってくれなきゃ分からない。  言ってくれなきゃ、伝えたことにはならない。  だから、一晩考えて――――こっちから言うことにした。  「はやまん、葉山」  俺は努めて冷静に、葉山に向かって言葉を投げる。  「え、あ「まーちゃん、でねでね」  強引な明石に恐れ、逆らえない葉山。  いや、逆らおうともしていない。  「お前、そのままで良いの?」  俺は、そう言葉を続けた。  葉山に答えられるかは分からない、けれど伝えることはできる。  これが、助けて、とも言われていない、何も頼まれていない第三者(モブ)でしかない俺ができる唯一のことだろう。  「ソイツに何も言えず、何も言わず、ただ唯々諾々と流されて。それを恐れるばかりで何もしないで。そんなの・・・・・・」  「うるさいわね」  と、そこで初めて明石が俺に向かって言葉を投げかけた。  「アタシたちは今、すっごく幸せなの。そうでしょ、まーちゃん」  その強制力のある言葉に、葉山は、  「あ、ああ・・・・・・」  と頷いた。  頷きやがった。  「だから、さ。アタシたちの幸せの邪魔しないで」  ドスの効いた声で、明石は言った。  「ねぇ、明石」  と、俺は平然と言葉を続けた。  「『それで良いの?』って言うのは葉山だけじゃなくて、お前にも言いたかったのよね」  「はぁ?」  侮蔑するように応じる明石。  けれど、俺はそれに動じない。  『この程度』には動じない。  かつての孤独や、最初に愛した少女に比べればどうということは、無い。  「お前、最近外堀を埋めるばっかで、肝心の内堀が―――葉山の想いを疎かにしてるようにしか見えない」  「……知った風なことを言うのね」  叶うのならば俺を今すぐにも殺したい、そんな目で明石は俺を睨みつけた。  「でも、そうね。確かに私はまだ外側しか手に入れてない。でも―――」  今にも喰い殺さんばかりに口元を歪め、明石は言葉を続ける。  「想いも手に入れるわ。必ず」  そう言って、明石は葉山と先行した。  後から思えば、その言葉の真意を、俺は欠片も理解していなかったのだろう。 905 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:57:36 ID:SkP7eOPU [18/20]  昼休み  「…やるんですね、本当に」  明石朱里から改めて説明を受けた緋月三日は、確認するようにそう言った。  「勿論。って言うか、この程度でオタオタされても困るけどね。所詮は今後の布石だし」  サラリとそう言うと、明石は歪な笑顔を浮かべる。  「さぁ、御神千里を狩りましょう」  放課後  「あれ?」  いつものように三日と連れだっているつもりで下校路を歩いていると、俺は違和感に気が付いた。  片手が寂しい。  そう思って隣を見回すと、三日の姿が見当たらない。  更に、周囲を見回しても彼女の姿は影も形も無い。  ふむ。  ふむふむ。  今日三日と離れたのはお手洗いくらいなモノだが(そう言えば昼休みのは随分長かったが。明石も一緒だったし)、その後いつも通り一緒にいたはずだ。  俺にしても三日にしても、離れる時は一言言っとくようにしているのだが。  校門までは一緒にいたし、てっきりいつも通り連れだって下校している物と思っていたのだが。  我ながら迂闊だね。  今までいつも通りだからって、今日もいつも通りだと思い込んで、すっかり三日へのセキュリティが疎かになっていた。  ましてや、昨日はあんなことがあったばかりだと言うのに。  読者の皆様に指差して笑われても文句は言えない。  「いつの間に、はぐれたんだ……?」  思わず、苛立った声が出る。  普段居て当り前の奴がいきなりいなくなるというのは、思いのほか落ち着かない。  「つっても、夏の時と違ってお互いケータイがあるのが救いだよな」  そう呟き、俺は鞄から携帯電話を取り出し、三日の番号にダイヤルする。  コール音がひどく長く感じる。  『…もしもし、三日です』  「三日、今どこー?」  思わず、挨拶をすっ飛ばして聞いていた。  『…あの、少しお願いがあるんですけど』  「何さ、改まって」  『…部活動の前に、来て欲しいところがあるのですけれど』  「ゥン、どこー?」  『…学校の近くの……』  そう、場所を説明される。  「分かった。今行く。あと……」  俺は、念のために確認した。  『…何でしょうか?』  「お前は、そこにいるんだよね?」  『……はい』  「分かった、ンじゃまた後で」  そう言って、俺は電話を切った。  後から思えば、悪い予感はしていたのだろう。  けれど、昨日の出来事に引き続いての、突然の三日の不在。  それは、俺から冷静な判断力を奪うほどの効果があった。  そう。  俺はこの時、欠片も冷静では無かった。  無防備でさえ、あった。  狩る側にとっては、この上無く格好の獲物だったのだ。  「三日!」  学校近くの、人毛の無い道路。  俺は彼女の姿を確認して、呼びかけた。  「…千里くん」  俺の呼びかけに振り向く三日。  「どーしたよ、いきなりいなくなって」  「…ごめんなさい」  そう言って、三日はガバリと抱きついてきた。  キス出来る距離に。  殺せる距離に。  「あ、いや、別にそんなに気にしちゃいないけど……」  密着され、三日の女性らしい身体の感触やシャンプーの匂いにドギマギする俺。  「…それに、もう1つごめんなさい」  え?  それはどう言う意味―――  「だっ!?」  その瞬間、俺の身体に衝撃が走った。  有無を言わせず全身を硬直させる感触には覚えがある。  スタンガン―――それも三日の抱きついている腹部と、更に背中からの二段構え!  不意打ちで受けた激痛に、俺は三日から離れ、グラリと倒れる。  「思った通り、ちょろいわね」  気を失う瞬間に見たのは、髪に表情が隠れた三日と、酷薄な笑みを浮かべた明石。  スタンガンを持った2人の少女の姿だった。 906 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:57:55 ID:SkP7eOPU [19/20]  おまけ  気を失った御神千里を2人の少女が見降ろしている。  緋月三日  明石朱里  そして更にもう1人。  「遅いですよ、零日さん」  その場に駐車した車から降りてきた女性に向かって、明石が言った。  「ゴメン…ね。これでも、多忙な身…だから。これでも急いできた…んだよ?」  その女性、緋月零日は苦笑しながら答えた。  「…お母さん?」  怪訝そうな声を出す三日。  「言わなかったっけ?他に協力者がいるって」  何でも無いように、明石が言った。  確かに、そんな説明を明石からされた気がするが、それが母だとは三日は思っても見なかった。  「…これから、千里くんを車に運び込むんですよね」  「そーよ」  三日の言葉に、鬱陶しげに明石が答えた。  「それで、誰が車の中に放り込むの…かな、彼のこと」  「…」  「……」  零日の言葉に、2人は無言になる。  目の前には、激痛で気を失った千里の体躯。  ただでさえ背が高い上に、痩せぎすでは無く良く見ると相応に鍛えているようにも見える。  つまり、有体に言って重そう。  それに対して、こちらはかよわい女性が3人ぽっち。  「ど、どうしましょう……かね?」  改めてその姿を見て、反笑いになる明石であった。  その後、3人は誰が彼を車内に運び込むかで多少揉めることになるのであった。

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