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77 : ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:48:19 ID:LqvrHp2M 放課後の事である。 俺はいきなり話しかけられた、何の脈絡もなく。  「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟には気をつけてよ、礼」  「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟? ………なんだよ、その気味が悪い単語っていうか………中学二年生がつけそうな感じの造語は?」 高校生の間に学ぶモノと言えば、やはり一番に勉学であろう。 将来何のために使うんだよ、こんちきしょー、とか思いながら習わせられる意味不明な文字の配列や数学公式、元素記号に長文読解。 まぁ、意味不明な文字の配列(英語)に至っては、習っておいて損はないのかもしれないがともかく……めんどくさい。 しかし、めんどくさいと言って無視していいものではなく、周りからの圧力も受けつつ、大学入試のためにも励まなくてはいけない。……とかそういう高校生の現状はともかくとして、だ。 今俺こと佐波礼人(さなみれいと)の目の前にいる少女、小学生からの幼馴染、南雲美夏(なぐもみなつ)が漏らした〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟という単語に、俺は聞き覚えがない。 しかしこれくらいなら英語で書ける。 Book Slasher 直訳、本の切り裂き魔 ……一体どこの中学二年生がつけたのだろうか。  「中学二年生が、とか言うな。バカにするな、私がつけたんだから」  「お前がつけたのかよ!」  「うん。……て言うかその反応本当に知らないの? 寂しいなぁ……私の壁新聞読んでないってことだよね。礼のバーカ」 美夏は、唇を尖らせてそっぽを向く。 あ、やっベこの表情は可愛いな……と思いつつも、美夏が言っていた壁新聞という単語に、俺はやっちまったな、という感じで口を押さえた。 78 :にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:02 ID:LqvrHp2M 美夏が言っていた壁新聞とは、月一回発行される新聞部特製の校内新聞だ。 校内で起こった出来事や行事についてを、ひと月ごとにまとめて表示する。 とてもクオリティーが高く、生徒だけではなく先生からも好評を得ているからすごい。 つまりは、その今月の壁新聞に〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の記事があったのだろう。 …………そんなものを、今月は見逃していたというか、文字の羅列を見る気にはなれない俺がいた。……すみませんでした。  「う、うぅ……その、すまん。今月はまだ見ていなくてさ……で、その、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟ッて言うのは一体何なんだ?」  「その名のとおりよ、本を切るの」  「あー……やっぱり」  「もうちょっとだけ詳しく言おうかな。不定期に本を切って行くんだけど、犠牲になった本の数は全102冊。宇宙関係の本を中心に化学や物理の、そして高次元の数式の書いた本ばかりが切り裂かれていてね。〝科学狩り(サイエンスハント)〟とか〝理系殺し(サイエンスキラー)〟とも呼ばれているの」 美夏は概要について話し始めたのだが……サイエンスハントにサイエンスキラー。 たぶんこれも美夏のセンスだろう。 ………んんん。うん。痛い。  「なんか……痛たたたッ、て感じだな」  「ん? 本に感情輸入でもしてるの?」  「いや、お前にだよ………まぁいいや、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の話、続けて」 俺は心の底から呆れつつ、しかし、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟(なんだかんだいってこれが一番好き、なんか格好いい)についての好奇心から、再び美夏の話を聞くことにした。  「礼は〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟って呼び名が好きなんだ、やっぱり~。私もこれが一番だと思ってたんだ、えへへ。おそろい、おそろい~。……まぁ、でも今はこのことは置いといて。〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟はね、ただ単に本を切り裂くだけじゃなくて、なんというか……うーん、そうだなぁ……こう言えば良いかな? ……〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟は一冊の本を作り上げるの」 言いづらそうに、言葉を探る。 そして端的に語った、美夏は。 ありのままの事を語ったのだろう。言葉を濁しつつも、ありのままを。 理解しがたい、その行動を言語化したのだろう。  「本?」 そしてその事は、深く俺の心に疑問を呈した。 どういうことだろうか。 最初から聞いていた話では、ただ単に嫌がらせや憂さ晴らしのために本を切っているのかと考えていたのだが……。 本を作り上げる、だと?  「そう……つぎはぎだらけで、不格好な、ね。さっきも言った通り、宇宙関係の本を中心に化学や物理の、そして高次元の数式の書いた本ばかりが狙われている。そして、そんな感じのいろんな分野の本を切り取り合わせて、一冊の本を作る。そして驚くべきは、その制作された一冊は、〝読める〟内容になっているの」  「…………読める」 うーん、と二人で唸り合った。  「何なんだろうね?」  「何なんだろうなぁ」 そして、美夏は肩をすくめ、俺は目を細めた。 だって意味が分からないから、そんな事をする意味が。 そして、少なくとも制作された本は〝読める〟のだ。 生半可な知識の持ち主ではないだろう、生半可な覚悟でもないのかもしれない。 少なくとも、俺や美夏の想像できない範囲の出来事だ。 宇宙を基準とした理論構成、もしくは理論の再構成。 どうして、そんなことをやってのけているのだろう、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟は。  「さてと、私の話はここまでかな。そろそろ新聞部もあるしね」 話もひと段落ついたところで。 美夏が時計を見ながら話を打ち切った。 俺もつられて時計を見ると、すでに放課後になってから30分以上経っていた事に気づく。 クラスメイトも誰もいない、閑散とした雰囲気の教室に俺は美夏と二人でいた事にこのとき初めて気づいた。 そんなことが分かると。なんだか気恥かしくなって。  「えぁ、ん、んん……ゴホン、お、そうか。すまないな」 言葉を濁して視線を宙に合わせた。  「ふふ、かーわいい」  「な、何だよ」  「何でもない~」 もう一度、ふふっ、と可愛らしく笑って美夏は教室を出て行った。 本当に……何なんだよ、もう。  「ったく……ってそういえば、なんであいついきなり〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟に気をつけろなんて?………んん?……………………………………ぁ、俺今日から図書当番だった」 今更の如く、美夏の真意に気付いてしまった。 79 :にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:34 ID:LqvrHp2M  「あー、やっと終わった」 先ほどの美夏の話を聞き、自分の役職を思い出した俺は急いで図書室に向かった。 図書委員は昼休みと放課後に本の貸し出しの管理をする仕事がある。 そのため、俺は下校時刻ギリギリまで勤務に努め、今やっと終わったところであった。  「さて、帰るか帰るか」 仕事も終わった事で、少し上機嫌になっていた俺はテンポよく帰り支度をする。 筆箱やら教科書やらをカバンに詰めた後、携帯で時刻を確認した。 PM 06:39 という表示の隣に、メールマークがついていた。 誰からだろうと思いつつ開く――美夏からだった。 To 南雲美夏 件名 いっしょに帰ろ! 本文 校門のところで待ってるから、なるべく早めにね。  「おお、お呼び出しの様だな。早く行かないとな」 美夏からのメールを見て少し頬がほころびそうになるものの、そんな顔のまま美夏に会ったら馬鹿にされるだろうから、とか思いつつ、顔を引き締めた。 まさにその時だった――。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。  「…………………は?」 間抜けな声が口から洩れた。とっさに出た言葉だった。意識もせずに、勝手に出た。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。  「ぁ…………あがぁあああああああ」 何かを切り取る音が聞こえた。しきりに、四方向から、やたらめったら。 俺は耳を押さえながら恐怖した。 何だろう何だろう何だろう何だろう。 ふざけんなって、マジふざけんなって。 ふざけるなふざけるなふざけるな。 多分、鋏みたいなもので紙を切る音だろうが今はどうでもいいっていうか意味分かんねえッて言うか何だこれなんだこれなんだこれなんだこれ! ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 嫌だ。 とにかく嫌だ。 生理的嫌悪。本能的にこの音を俺は拒絶した。 普段なら何も感じる事はない――というよりかは、心地よくも聞こえる――鋏の音がここまで恐ろしいものなんて。 身近にある物が――ここまで恐怖を駆り立てるなんて。 視覚じゃない、聴覚に訴えているのだ。 尋常じゃないほどの鋏の音が、そしてその速度が、俺の耳を通り神経を鈍らせている。 心拍数が跳ね上がる、冷や汗で体が滴る。 そして、大げさに、格好良く言おう。 ―――俺の常識を、捻じ曲げてきている。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。  「―――も、もうやめてくれ!」 80 :にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:49:54 ID:LqvrHp2M ―――ザク。 俺が大声で叫んだその時であった。 鋏の音は一斉に音をやめた。 いや、一斉にと呼んでいいものか。 しかし、俺の感覚的には一斉に音をやめたんだ。  「は、は…………ちょっともう、マジでふざけんなって」 空笑いをしながら、俺はその場にへこたれてしまった。 その瞬間頭をよぎるは、つい数時間前の幼馴染の言葉。 「〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟には気をつけてよ、礼」  「……………………くっそッ!」 抜けた腰を、震えた四肢を、なんとか押し込めて、生まれたてのシカの様に立ち上がる。 ふらふらになりながらも、よろめいてこけそうになりながらも、無様に歩く。 そして――俺は見つけた。 ―――四散した紙くずを。 いや、違う。 ―――四散した紙くずの中央にある一冊の本を。  「これが………」 俺はこの瞬間に確信した。 あれが、あの鋏の音が、あの鋏の主が――〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟 ゴクリ、と一度唾を飲み込んだ。 その時だ。  「…………そこ、までですよ? 〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟!」 背後から、いきなり声が聞こえた。 平坦ながらも、美しいソプラノボイス。 切れ目のどこかおかしい、クールな声に。 抑揚が少なくとも、確実にどきのこもったその綺麗な声に。 ――俺は、人魚の声を聞いたかのように、震えを忘れて、振り返った。 この場にいるなら、〝本の切り裂き魔(ブックスラッシャー)〟の可能性もあるのに、そんなこと一切考えずに、振り返ってしまった。  「死んで、もらいますッ、何某、先輩ッ!」 いやぁ、驚いた。 だって目の前に、鋏の刃が迫っていたから――ッ! 81 :にゅむる前 第一話 ◆BbPDbxa6nE:2011/10/17(月) 22:50:15 ID:LqvrHp2M 一方場面は変わり、南雲美夏。  「………………………………ふ~、ふふふ~ん」 美夏は携帯をいじる。  「ピッピのピっと」 校門の前で立ちすくむ美夏。 辺りはすでに暗闇と化しており、携帯のライトだけが辺りを照らしていた。 うつむいているため、美夏の顔は見ることはできない。  「礼ったら遅いなぁ……なにしてるんだろー」 しかし、携帯の扱いが粗雑になっいく。 ものすごいスピードで文字を打ち込み(ボタンがめり込むほどに強く押し)、先ほどから、メールを送信し続けている。 あまりに強く押すために、携帯が大きくぶれる。  「まったく、礼ったら…………な、なにして、ん、だ、ろ、な」 返信がないために、苛立ちをみせる。  「もしかして女の子かな? ソ、んなわけないよ、ネー。ありえないって、アリえないそうだよね、礼」 ただ、バイブ機能が働いていない、無言なままの携帯を押し続ける。  「どして返事くれないかな? あーやっぱ女の子ってソレハないもんねぇー。だって、礼は礼であって私のお婿さんダカらそんなことありえないよね」 ピッ、送信。  「多分、まだシゴトのこってんだよね、そだよね。仕方ないかな、そんぐらいはゆるさ、許さないと。私〝また〟礼におこ、らららら、れルからね」 ピッ、送信。  「でも、っでででも、違うなぁ、そうじゃないなぁ。私がオコったんだっけ? んんん? んあ? アハはは?」 ピッ、送信。  「………………………………………………………………………………そっか、分かった」 呂律が回らなくなっていた美夏だったが、今度は分かりやすい発音で言語を発した。  「〝また〟ケータイ、壊れたんだ。だめだなぁ、私機械音痴だからすぐ壊しちゃうんだもの。だったら、じゃあ、今すぐ行った方がいいよね。そうだそうしよう」 そういって。 美夏は校内の池に携帯電話を投げ捨て、夜の校舎へと入って行った。

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