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301 :合わせ鏡・エピローグ ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:20:14 ID:iHY9/w9g 「おーい、浩太じゃないか」 「あ、先輩!お久しぶりです」 「なんだよ、最近連絡も来ないじゃないか。白石姉がいなくなったらお見限りか?  冷たいやつだなあ、お前も」 「すみません。そんなわけじゃないんですけど、専門が始まって、やっぱり慣れるのに精一杯  で……そうだ、週末に、芋焼酎持って伺いますよ。先輩はバカルディでいいんで」 「どうせ一人で飲むつもりだろう、このうわばみが!」 「うわばみは先輩じゃないですか!」 春が過ぎ、初夏が来た。 中浜義明が、研究室の先輩の白石水樹とその従弟の白石浩太を巡る事件に、ほんの少し関わってから 半年が経った。 その事件は、白石水樹の双子の妹が浩太に恋して、ストーカー化したあげく、接近を両家族に 禁じられたところ逆上して、浩太の両親を殺し、白石水樹を殺してその罪をなすりつけようとした あげく逆に死んでしまった、などという、まるでテレビの中でしか聞いたことがないような事件 だった。 もちろん、テレビでも放送されたが、タイミング良く、次の日に内閣を巻き込む大規模な汚職事件が 発覚し、幾人もの大臣が辞職、すったもんだの末、内閣総理大臣が辞職するという騒ぎになり、 世間の目がそちらにいってしまったため、あまり騒がれずに済んだ。 週刊誌から何度かインタビューが来たが、水樹も浩太も、叩いて埃の出る人間ではない。 無責任な記事もあったが、それも、すぐになくなった。 302 :合わせ鏡・エピローグ ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:21:51 ID:iHY9/w9g その後白石水樹は研究室を去って就職し、今は筑波にいるらしい。 浩太も、それ以来研究棟には来なくなった。だから、この付近で見かけるのは半年振りくらいになる。 実際、自分の従姉でストーカーだった人間が死んだ場所に来たい人間などいないだろう。 両親も殺されたのだ。目の前で明るく笑っているこの青年の心の傷は、見えはしないが、きっと深い に違いない。それでも彼は健気に生きている。 よく耐えている、と義明は同情した。 もしかしたら、それもきっと、やっと思いが叶ったからかもしれない。 浩太が従姉である白石水樹に恋してるのなんて、最初からバレバレだった。 浩太自身も、全く隠していなかった。むしろ、自分達に対しての牽制という意味合いもあったに 違いない。 工学部は男ばかりだ。そして、白石水樹は、身なりを構っていないとはいえ、そこそこ美人な部類 に入る。 とはいえ、水樹が恋愛に興味がなく、男に興味がない研究バカだということは4年間を通して、 既に周知の事実だったため(レズという噂がたったくらいだ)、自分達は彼女を女として意識する 段階などとうに過ぎていた。だから、浩太の行動はむしろ、格好のいじりの的となっただけだった。 浩太の気持ちを知らなかったのは水樹だけだろう。そして、水樹が今まで男に興味を持たなかったのは 自覚がないとしてもあったとしても、浩太がいたからなのだろうと推測が立ち、皆で納得したものだ。 あの事件の後、当然のように、あの二人は結ばれた。 そして、事情を知る者は全て、知らない者も全て、彼らを祝福した。 「で、どうなんだ?」 「なにがですか?」 「とぼけるなよ~、白石姉とだよ~。な、結婚はいつなんだ?やっと両思いになったんだから、  本当は毎日でも会いたいんじゃないか?電話してるか?ちゃんと構ってやらないと逃げちゃう  ぞぉ~?」 真っ赤になる後輩を見て、義明はにやにや笑った。本格的な追及は、週末夜、酒を入れてからだな、 それこそ、夫婦生活に至るまで、じっくり、たっぷり、どっぷりと。などと思いながら。 303 :エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:23:03 ID:iHY9/w9g 白石浩太が水樹に恋をしたのは、中学生の時だった。 近くに住んでいて、比較的よく会うが、年齢が4つも上だから学校に同時に在籍したことはない。 でも、必ず先生は水樹を覚えていて、浩太にそれを言った。曰く、「我が校の誉れ」「秀才」と。 最初は、反感だった。でも、加奈子叔母と水樹と同居していた祖母が病気になり、その看病を 手伝うようになり、水樹を知っていった。 水樹と加奈子叔母の関係は、共依存だった。その当時、加奈子叔母はすっかり心身のバランスを 崩しており、祖母が病みついてからは、高校生の水樹が精神的に全てを支えていた。 最初はどうして逃げないのかと苛立ち、次には守りたいと思い、徐々に……大きな存在になって いった。 それは、水樹が実の姉と知っても変わらなかった。 あの絶望の夜、浩太は一晩中考えて、決意した。 戸籍は従姉弟なのだ。だから結婚できる。 大人になって、社会に出て、生活できる力を身につけたら、父親と母親に反対されても、水樹と 結婚しよう。絶対に結婚しよう。そのためには、今は引き離されるわけにはいかないし、水樹に 嫌われるわけにはいかない。 そのために、両親に対して必死で演技をした。 そして、水樹に好かれるために、『いい男』になるべく努力した。 背を伸ばすために牛乳を吐くまで飲んで、骨の成長のために適度な運動をした。バカみたいだが、 当時の自分は『かっこいい男=背の高い男』だと思っていたのだ。まあ、報われたからよかったが。 そして、水樹につりあうべく勉強も一生懸命した。誰よりも優しくして、水樹のためになること なら、なんでもした。 304 :エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:23:50 ID:iHY9/w9g 祖母が病みつき、死んだのが浩太が中学1年の春、加奈子が死んだのが、その秋だった。 睡眠薬を飲みすぎての、事故とも自殺とも言えない死に方。 葬式で、水樹は、糸の切れた人形のように、焦点の定まらない目で、壁によりかかっていた。 その姿を見て浩太は、水樹も加奈子と一緒に死んでしまうのではないかと恐れた。 だから、手を差し伸べて、「一緒に住まないか?」と言った。両親には了解をとっていなかった。 もし、両親が反対したら、自分が家を出て、一緒に住んでもいい、そう思った。 ……身寄りのない水樹を両親が一人で住まわせるわけがないという計算も、どこかにはあったが。 そして、思ったとおり、母親を失った水樹は、浩太に依存した。 浩太はわかっている。 水樹は、祖母が病気になって浩太が来るようになった時から、恋心を抱くようになったと言っていた が、あれほどまでに自分を思うようになったのは、彼女が自分に依存するようにしむけたからだと。 東京に来てからも、身なりにも言動にも常時気を使った。 女には近寄らず、男臭いクラブに入り、男連中とだけ遊んだ。人間関係にも、敵を作らないように 細心の注意を払った。水樹の周囲の人間と仲良くなり、外堀から埋めにかかった。 そして、水樹の生活を自分一色に染めた。例え今は弟だと思っていても、他の男と比類ない存在に なって、周囲の圧力もあれば、全てを失いたくないがために、浩太の思いを受け入れるだろう という打算があった。 そして、もし、水樹が自分を愛さなかったら……その時は、どんな手段でもとるつもりだった。 最終的には、どんな形であれ、水樹は自分を受け入れるだろうというヨミがあったのだ。そのために 打てるだけ、全ての手を打った。 でも、全て思い通りだったわけではない。水樹があれだけ罪の意識を抱いていたことも、自罰的 な性格だということも、よく考えればわかったはずなのに、思い至らなかった。 水樹が自分を愛していたことも確信できなかった。言い訳のようだが、それだけ水樹の演技は 完璧だったのだ。 305 :エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:24:40 ID:iHY9/w9g 浩太は思う。 あの事件は自分のせいだった。 瑞希をあまり強く拒まなかったのは、水樹に妬いて欲しかったからという気持ちが少しあったからだ。 そして、瑞希を両親に会わせたのも……間違いだった。 両親の死を自分は、悔やんでいる。悲しんでいる。そして、それだけとは言い切れない。 親はいずれ子より先に死ぬ。それが早まっただけだ。なんてどこかで思おうとしている自分がいる。 どうせ、両親が生きていても、水樹を自分のものにするつもりだった。反対される心配がなくなった だけだ。なんて思っている自分がいる。 あれだけ愛してくれ、愛した両親だったのに。 でも、考えることはもうやめた。 あの事件は全部、瑞希のせいなのだ。そうだろう。殺したのも、狂ったのも、瑞希なのだから。 ただ、あの時、水樹が死ぬのならば、自分も死ぬつもりだった。 水樹を危険に晒してしまったこと、その手を汚させてしまったことだけは……耐え難く悔やんで いる。自分に罪があるとしたら、水樹を苦しめてしまったことだけだ。 自分は潰されたりしない。生きている人間が勝ちなのだ。どんなに罪があったとしても前を向いて 生きていく『権利』がある。それがどんなに人でなしでも、構わない。 瑞希を破滅へ追いやる原因を作ったことも、結果、両親が死んだことも、もう、後悔しない。 水樹さえいればいい。 最後の罰からさえ赦された水樹が、自らの罪の意識に潰されても、自分の側にいてくれれば それでいい。 真実などどうでもいい。死人には黙っていてもらおう。水樹の罪だって全て、引き受けてやる。 赦される必要などない。どうせ、自分達の恋は最初から罪なのだ。俺は、既に人でなしなのだ。 ならば、血だまりの上に立って、幸せになってみせる。 絶対に。 そうでなければ、全てが無駄になってしまう。苦しみも、悲しみも、後悔も罪も罰も死も全て。 306 :エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/31(木) 00:25:28 ID:iHY9/w9g 携帯が鳴った。この着信音は、水樹からだ。浩太は優しい笑顔で携帯を開き、通話ボタンを押して 耳に押し当てる。 初夏の、さわやかな風が、キャンパスを吹き渡り、浩太の髪を揺らす。 学生達の笑顔と笑い声がはじけている。 鮮やかな新緑が、生命そのものの青い香りを彩る。 浩太は、笑いながら上を見上げた。金網は修復され、あの日よりも鮮やかな青い空と立体的な 白い雲が、広がっている。 今日も明日も、いい天気になるだろう。 そう、この世界がきっと、白石浩太の望んだ、幸福の形。 Aルート:合わせ鏡END

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