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767 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:05:24 ID:OU9J/y/Q [3/9] 念願の領地を手に入れた業盛であったが、そこは六波羅から山一つ隔てた不便な場所にあった。 それだけならまだよかったが、業盛を失望させたのは、領主の仕事をさせてもらえない事だった。 前任者の部下達が大体の政務を片付けてしまうので、 業盛の仕事は残りの軽いものばかりになってしまうのだ。 まだ子供だからと思われているのだろう。随分と舐められたものである。 自分も豪族の子息、領主の仕事がどの様なものか十分理解しているつもりである、 と粋がってみたところで、仕事が回ってくる訳ではない。 今は黙って仕事を見ていろ、という事なのだろう。 業盛は山積みの書類に目を通し、規則正しい速度で判を押していた。 「暇そうですね、刑兄」 いつの間にか正連が部屋にいた。 業盛は判を押す手を休めず正連を一瞥した後、再び下を向いた。 「そんな暇な刑兄に朗報。都で唐の果物が売られているのを見ましたよ」 一瞬、業盛の判を押す手が止まったが、すぐさま動き出した。 心なしか、判を押す手が少し早くなっていた。 「果物の名前はライチといって、なんでも唐の王族も食したというほど珍しいものらしいですよ。 本当かどうかは知りませんが……」 「よし、早速買いに行くぞ。付いて来い、弥太!」 開口一番、業盛は銭を握り締め、矢のように外に飛び出した。 あまりの速さに、正連は反応する事が出来なかった。 「えっ、もう仕事……って、待ってください、刑兄!場所分かるんですか、場所!」 慌てて正連は後を追い掛けた。 正連の制止も空しく、業盛が足を止めたのは都に入ってからだった。 「そういえば、ライチを売っている店はどこにあるんだ、弥太?」 「気付くのが……げほっ……遅すぎ……ですよ……」 振り返ると、正連は息も絶え絶えで死に掛けていた。 「あぁ、すまん。それじゃあ場所を案内してくれ」 「少し休ませて……」 「阿呆、ライチがなくなっては元も子もないだろう。 二十里ちょっと走ったぐらいで果てるな。さぁ、立て!行くぞ!」 正連の背を蹴るように、業盛は先を急がせた。 やっと店まで案内し終わった正連は、その場に倒れ込んだ 「店主、いくらなんでも五粒一万は高すぎるだろう。もっと値下げしろ」 「お客さんねぇ、これは唐からの輸入品で、王族も食したという由緒ある果物だよ。 これぐらい高くて当然じゃありませんか」 「だったら一粒でいい。それならば銭二千で済むだろう!」 「残念ですが、バラ売りはしてないんですよ」 早速業盛と店主の戦いが始まった。業盛の手には、銭三千が握られている。 高級な果物である事を考慮してそれだけ持ってきたのだが、流石にその値段は誤算だった。 壮絶ないちゃもんと値引き交渉の果てに、ライチ一粒に他の果物を合わせて買う事で落ち着いた。 総額で銭千八百。業盛の手元に千二百の銭が残った。 768 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:05:56 ID:OU9J/y/Q [4/9] 銭一万のものを八千二百も値引きしたのだから、業盛もさぞ気分が良かったであろう。 運悪くごろつきとぶつかり、地面に落ちたライチを踏み潰されるまでは。 突然の出来事に、業盛の瞳から光は消え、その場に頽れ落ちた。 「おい、なにぶつかってきてんだぁ、テメェ!」 「あぁ~、こりゃ完全に折れてやすぜ、兄貴」 デカブツが、大して痛そうな素振りも見せず左腕を押さえ、 チビが、嬉しそうに囃し立てている。 そんな下手な芝居の間も、業盛は黙りこくり、微動もしなかった。 「おい、どうしてくれんだぁ、なんか言え……よ……」 デカブツの語勢が弱弱しいものになった。 業盛の身体から、禍々しい気が溢れ出したからだ。 本来、気は人には見えないが、ごろつき達にはそれがはっきりと見えた。 どす黒く、粘着くような気が、二人に纏わり付いてきた。 「やべぇ……、ずらかるぞ!」 「待ってくだせぇ、兄貴!」 危険を感じた二人は転げ落ちるように逃げ出した。 業盛はゆっくりと立ち上がり、落ちている果物を拾い上げ、それ等全てを懐にしまった。 途端、業盛は凄まじい速さで走り出した。 粉塵を上げ走り続ける業盛の目が忙しなく辺りを見回す。 ぎらつくその目は、まるで仇を探すようである。 大路小路と踏破した業盛は、遂にごろつきを発見した。速度がさらに上昇した。 途中、立て掛けてあった長い竿が業盛の目に入った。 それを掴み構え、速度を緩める事なくごろつきに接近した業盛は、 竿を地面に突き刺し、空高く跳んだ。 「どうしてくれんだぁ、お嬢ちゃんよぉ~。あんたのせいで腕が折れちまったじゃねぇか~」 「あぁ~あ、兄貴を怒らせたらもう止め……あっ……兄貴、あれ!」 「なんだよ、せっ……グギャ!」 業盛の踵落しがデカブツの脳天に炸裂した。 デカブツは棒立ちになり、大木のように倒れた。チビはそれに巻き込まれて潰れた。 後方に宙返りし、着地した業盛は、気絶しているごろつき二人を一瞥し、溜め息を吐いた。 「ちょっとあんた!」 凛とした声が、背後から聞こえてきた。 振り返ってみると、肩まで伸ばした黒い髪に、憎らしい釣り目をした女が業盛を見上げていた。 「なに頼んでもない事を勝手にしてくれてんのよ! 私はね、助けなんか借りなくてもあんなクズ倒せたの、分かる!? ……もしかして、私に近付こうとして助けたんじゃないでしょうね? はっ、冗談!誰があんたみたいなナヨナヨとした童顔と!」 無い胸を張り、威張りくさった口調で、人の気にしている事をずけずけと言う。 不躾者、そんな言葉ぴったりな女だった。 無自覚とはいえ、業盛は女の危機を救ったのである。感謝はされど、罵られる謂われはない。 業盛は、女に扱き下ろされている間、手を出さないよう必死に抑えていた。 不躾女が消えた後、業盛はやり場のない怒りを近くの漆喰壁に叩き付けた。 769 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:06:28 ID:OU9J/y/Q [5/9] 桐の実が風に揺れてさらさらと鳴る、本格的な夏を告げる声である。 そんな風情をぶち壊すように、外から子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。 一通りの仕事を終え、くつろいでいた業盛にとっては雑音以外の何物でもない。 たまらず立ち上がり、声の出所に向かった。 「お願いでございます!どうかお話だけでも御聞きください!」 襤褸を纏った子供が額を地に擦り付けていた。守衛がそれを退けようと必死になっている。 「どうした?」 「あっ、領主様。申し訳ありません。今すぐどけますので」 「領主様、姉上を……、姉上をお助けください!お願いでございます!」 守衛に抑え付けられながらも、子供は必死の声を上げていた。 姉上。農民や浮浪者が使うような言葉ではない。挙措にも卑しいものは感じられない。 「放してやれ。少し話がしたい」 「ですが……」 「放してやれ」 しぶしぶと、守衛は手を放した。 「お前、名は?」 「……一郎にございます」 「姉を助けてほしいとは、なにかあったのか?」 「姉上が風邪を患い、三日前から床に臥せっているのです。 我が家には薬や食料を買う銭もなく、このままでは手遅れになってしまいます。 お願いでございます、どうか恤みのほどを、どうか……」 業盛は一郎に興味を抱いたが、一人のために動くと不公平が生じる。 古参にこの事を言っても、おそらくは反対されるであろう。 とはいえ、ここまで懇願されて無視する訳にはいかない。 しばしの黙考の後、業盛の頭に浮かんだのは重盛の言葉だった。 「領主は常に民の鏡でなければならない」 なるほど。困っている人を助けずして、なにが領主か。業盛の腹は決まった。 「分かった。すぐに手の者を送ろう。一郎、案内は任せたぞ」 領主らしい事かどうかは別として、業盛にとって、これが初めての独断となった。 しばらくして、女が運ばれてきた。顔は熱にうなされ歪んでいる。 それ見て、業盛は不謹慎な感情を抱いてしまった。それほど、その女は美しかった。 日焼けか地なのかは分からない淡い褐色の肌に、くっきりとした目鼻立ち。 それ等を際立てるような亜麻色の癖毛。 そしてなにより、襦袢を押し上げる大きな胸。どこまでも日本人離れした容姿である。 この屋敷には、白髪紅眼の因幡がいる。その内、ここは異人館と呼ばれそうである。 女の胸を凝視しながら、業盛はそんな事を思った。 「あの……、ここは……、あなたは一体……?」 「私はここの新しい領主だ。君の弟に頼まれた。今日からこの屋敷で療養してもらう」 「ですが、私にはお金が……」 「そんな事を気にする必要はない。ほら、早く奥に」 決まった、やはり領主とはこうでなくては。その時ばかりは、業盛もそう思っていた。 しかし、独断は独断。案の定、古参に散々非難された。 それどころか、独断の責任は自分で取れと、人を回してくれなかった。 業盛の主張も空しく、たった一人で女の面倒を見る事になってしまった。業盛は頭を抱えた。 現実とは、それほど甘くはないと訳である。 770 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:01 ID:OU9J/y/Q [6/9] 「という訳で、風邪が完治するまで、私が君の面倒を見る事になった。……いや、すまない。 本当だったら何人かをこちらに回すつもりだったのだが……情けない……」 四つの視線と沈黙が痛い。あれだけ格好付けたというのにこの様では、 恥かしくて目を合わせる事も出来ない。 「食事と薬は心配しなくていい。こう見えて、私は料理が得意なのだ。 ……あぁ~、まだなにも食べてないだろう?粥を作ってこよう」 「お待ちください」 立ち上がろうとして手を掴まれた。本来であれば手打ちにされても文句の言えない無礼であるが、 今の業盛にはそれを咎める気力など持ち合わせていなかった。 「領主様、私はこれまで隙間風が吹き荒ぶ荒屋に住んでおりました。 このような立派なお屋敷で療養出来るなど、私にとっては身に余る幸せなのです。 どうか、そのように卑下なさらないでくださいまし」 「……と言われても、私はまだ古参達を完全に掌握しきれていないどころか、 独断を認めさせる事も出来なかった。領主の面汚しだよ、私は」 「領主様は面汚しなどではありません!父上は常に言っておりました。 領主とは民の鏡でなければならない、と。 昨今の領主達は、己の利益ばかりを追求し、民を顧みる事もしません。 ですが、あなた様は利益を度外視し、私のような貧民を助けてくださいました。 あなた様は立派にございます。自信をお持ちください!」 風邪で声も出すのも辛いというのに、強く、そして熱っぽく女は言う。 弟同様、女の言葉の節々に野暮ったいものは一切感じられない。 その心地よい科白に、業盛は酔いしれ、顔を紅くした。 「あっ……、まぁ……、あれだ。褒めてくれた事には素直に感謝しよう。……えっと……」 「鈴鹿(すずか)にございます」 「鈴鹿、まずは風邪を治そう」 「はい」 顔が緩んでしまう。美人の笑みはいつ見てもいいものである。 古参達には散々言われたが、やはり自分は間違った事はしていない。業盛はそう実感した。 部屋を出た業盛は、急いで調理場に向かった。 鈴鹿の風邪を治さない事には、古参達に独断の正しさを証明する事が出来ない。 その日から、業盛は鈴鹿に付き切りで看病した。 業盛のやる事は多い。鈴鹿の身の回りの世話と領主の仕事。 一郎が手伝ってくれるとはいえ、寝る時間など殆どない。疲労が業盛を蝕んだ。 しかし、業盛の努力も空しく、鈴鹿の体調は一向によくならなかった。 771 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:31 ID:OU9J/y/Q [7/9] 鈴鹿の容態が急変したのは五日目の夜だった。 熱が更に酷くなり、喀血するのではと思うほど酷い咳を吐いている。 着ている襦袢は汗を含み、本来の役目を失っていた。 現在、この部屋には業盛と鈴鹿の二人しかいない。一郎は桶の水を取り替えに外に出ている。 業盛は壁に寄り掛かり、頭を抱えていた。 鈴鹿の汗まみれの襦袢、それを取り替えなければならない。 それを思うと、顔が、特に鼻の奥が熱くなる。 別に襦袢を取り替えるのに疾しい気持ちがある訳ではない。 このまま放っておくと、汗のせいで鈴鹿の身体が冷え、風邪が悪化してしまう。 そうならないための着替えである。 「だが……」 独り言はボケの始まりであるが、そう呟かずにはいられなかった。 亜麻色の長髪、整った顔立ち、褐色の肌、大きな胸、なにもかもが業盛の好みだった。 正直、途中で目的を忘れてしまいそうで怖い。 業盛の劣情が囁きかける。 「この女は所詮農民、手を出しても問題ない。 それに、お前は武士だ。何人の女を囲おうと誰からも文句は言われない」 一方で、理性が訴える。 「お前はこの女を助けるためにここに連れて来たのであって、犯すためではない。 お前は凡百の領主に堕ちるつもりか」 どちらの主張も正論だった。どちらの説を取っても、文句は言われないだろう。 だが、出来る事ならば、正しい道を歩いていたい。 「ッ……、しっかりしろ、刑三郎!答えなど決まっているだろう」 業盛は立ち上がった。右手には手拭いが握られていた。 「鈴鹿、私はこれから君の襦袢を取り替える。少しの間、我慢してくれ!」 熱に魘される鈴鹿にそう言って、業盛は布団を剥いだ。 襦袢を脱がして最初に目に入ったのは、やはりというべきか、大きな胸だった。 鈴鹿の息遣いのたびに、それは緩慢に揺れた。ブチリ、と業盛の理性の千切れる音がした。 無言で胸を拭き始める。拭うたびに、手拭いを通してもっちりとした感触が伝わる。 例えるとしたら、月並みではあるが搗き立ての餅並の柔らかさである。 谷間や胸の下を拭いた時は、吸い付くように圧迫された。 胸を餅と例えたが、そうなると胸の頂点にある乳首は橙という事になる。 それは擦れば擦るほど硬くそそり立った。また理性が千切れる音がした。 欲望に耐え、上半身を拭き終えた。しかし、極楽という名の地獄は、まだ続く。 下半身に目を向けると、黒い茂みが目に付いた。意外と毛深い。失礼な感想を抱いた。 脚を開かせ、女陰を拭く。 「ひぁ!」 勢いよく理性が千切れた。業盛の目が血走り始めた。 「うぁ……んっ……ふぅ……」 手拭いが粘性を帯びている。 頂点の皮が剥けて勃起し、襞が少し食み出している割目から、トロリとした液が溢れていた。 「あっ……あぁ……ひぅ!」 最後のなにかが、勢いよく引き千切れた。 無意識に伸ばした手は、理性を超越するなにかによって、床に叩き付けられた。 「領主様、遅くなりまし……あの、どうかしましたか、そこの穴?」 「……なんでもない。……それより一郎、私は少し涼みにいく。鈴鹿の事を見ていてくれ」 業盛はふらりと部屋を出ていった。 翌日、鈴鹿の熱は引いた。大量の汗と共に、病魔も吐き出されたようだ。 772 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:59 ID:OU9J/y/Q [8/9] 「領主様、少しよろしいでしょうか」 食器を洗い終えた業盛のもとに、一郎がやってきた。 「なんだ、話とは?」 「ここは人気があります。場所を移しましょう」 「そうか、いいだろう」 業盛は一郎を連れて、誰も使っていない部屋に入った。 「で、話とはなんだ?」 「……これは姉上に口止めされている事なのですが、 ……私達姉弟は豪族だったのです。 領地は保元の戦乱の折、上皇方に付いたがために没収されてしまいました」 あぁ、と業盛は得心した。道理で言葉遣いや挙措に卑しさがないはずである。 「なぜその話を私にする」 「私は失った領地を取り戻したい。そのためには力が必要です。 図らずも姉上の風邪で、私達姉弟は領主様に近付く事が出来ました。 この機会を逃す訳にはいかないのです」 「つまり、私を利用して御家再興をしようというのか。 ……随分はっきりと言ってくれるな。遠慮というものを知らないのか」 そう言いながらも、業盛は笑みを浮かべていた。子供の癖にはっきりとものを言う。 そういう人間が業盛は大好きだった。 「領主と言っても、私はまだ力不足だ。お前の旧領回復に何年掛かるか、私は知らんぞ」 「その様な事、覚悟の上です」 「ははっ、分かった、今日からお前は私の郎党だ」 業盛は再び独断を下した。これがまた古参達の反感を買う事になろうとは、 この時の業盛は知る由もなかった。 「ところで、お前はどこの出身なんだ?」 「紀伊国雑賀荘です。姓も領地に由来して雑賀といいます」
767 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:05:24 ID:OU9J/y/Q [3/9] 念願の領地を手に入れた業盛であったが、そこは六波羅から山一つ隔てた不便な場所にあった。 それだけならまだよかったが、業盛を失望させたのは、領主の仕事をさせてもらえない事だった。 前任者の部下達が大体の政務を片付けてしまうので、 業盛の仕事は残りの軽いものばかりになってしまうのだ。 まだ子供だからと思われているのだろう。随分と舐められたものである。 自分も豪族の子息、領主の仕事がどの様なものか十分理解しているつもりである、 と粋がってみたところで、仕事が回ってくる訳ではない。 今は黙って仕事を見ていろ、という事なのだろう。 業盛は山積みの書類に目を通し、規則正しい速度で判を押していた。 「暇そうですね、刑兄」 いつの間にか正連が部屋にいた。 業盛は判を押す手を休めず正連を一瞥した後、再び下を向いた。 「そんな暇な刑兄に朗報。都で唐の果物が売られているのを見ましたよ」 一瞬、業盛の判を押す手が止まったが、すぐさま動き出した。 心なしか、判を押す手が少し早くなっていた。 「果物の名前はライチといって、なんでも唐の王族も食したというほど珍しいものらしいですよ。 本当かどうかは知りませんが……」 「よし、早速買いに行くぞ。付いて来い、弥太!」 開口一番、業盛は銭を握り締め、矢のように外に飛び出した。 あまりの速さに、正連は反応する事が出来なかった。 「えっ、もう仕事……って、待ってください、刑兄!場所分かるんですか、場所!」 慌てて正連は後を追い掛けた。 正連の制止も空しく、業盛が足を止めたのは都に入ってからだった。 「そういえば、ライチを売っている店はどこにあるんだ、弥太?」 「気付くのが……げほっ……遅すぎ……ですよ……」 振り返ると、正連は息も絶え絶えで死に掛けていた。 「あぁ、すまん。それじゃあ場所を案内してくれ」 「少し休ませて……」 「阿呆、ライチがなくなっては元も子もないだろう。 二十里ちょっと走ったぐらいで果てるな。さぁ、立て!行くぞ!」 正連の背を蹴るように、業盛は先を急がせた。 やっと店まで案内し終わった正連は、その場に倒れ込んだ 「店主、いくらなんでも五粒一万は高すぎるだろう。もっと値下げしろ」 「お客さんねぇ、これは唐からの輸入品で、王族も食したという由緒ある果物だよ。 これぐらい高くて当然じゃありませんか」 「だったら一粒でいい。それならば銭二千で済むだろう!」 「残念ですが、バラ売りはしてないんですよ」 早速業盛と店主の戦いが始まった。業盛の手には、銭三千が握られている。 高級な果物である事を考慮してそれだけ持ってきたのだが、流石にその値段は誤算だった。 壮絶ないちゃもんと値引き交渉の果てに、ライチ一粒に他の果物を合わせて買う事で落ち着いた。 総額で銭千八百。業盛の手元に千二百の銭が残った。 768 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:05:56 ID:OU9J/y/Q [4/9] 銭一万のものを八千二百も値引きしたのだから、業盛もさぞ気分が良かったであろう。 運悪くごろつきとぶつかり、地面に落ちたライチを踏み潰されるまでは。 突然の出来事に、業盛の瞳から光は消え、その場に頽れ落ちた。 「おい、なにぶつかってきてんだぁ、テメェ!」 「あぁ~、こりゃ完全に折れてやすぜ、兄貴」 デカブツが、大して痛そうな素振りも見せず左腕を押さえ、 チビが、嬉しそうに囃し立てている。 そんな下手な芝居の間も、業盛は黙りこくり、微動もしなかった。 「おい、どうしてくれんだぁ、なんか言え……よ……」 デカブツの語勢が弱弱しいものになった。 業盛の身体から、禍々しい気が溢れ出したからだ。 本来、気は人には見えないが、ごろつき達にはそれがはっきりと見えた。 どす黒く、粘着くような気が、二人に纏わり付いてきた。 「やべぇ……、ずらかるぞ!」 「待ってくだせぇ、兄貴!」 危険を感じた二人は転げ落ちるように逃げ出した。 業盛はゆっくりと立ち上がり、落ちている果物を拾い上げ、それ等全てを懐にしまった。 途端、業盛は凄まじい速さで走り出した。 粉塵を上げ走り続ける業盛の目が忙しなく辺りを見回す。 ぎらつくその目は、まるで仇を探すようである。 大路小路と踏破した業盛は、遂にごろつきを発見した。速度がさらに上昇した。 途中、立て掛けてあった長い竿が業盛の目に入った。 それを掴み構え、速度を緩める事なくごろつきに接近した業盛は、 竿を地面に突き刺し、空高く跳んだ。 「どうしてくれんだぁ、お嬢ちゃんよぉ~。あんたのせいで腕が折れちまったじゃねぇか~」 「あぁ~あ、兄貴を怒らせたらもう止め……あっ……兄貴、あれ!」 「なんだよ、せっ……グギャ!」 業盛の踵落しがデカブツの脳天に炸裂した。 デカブツは棒立ちになり、大木のように倒れた。チビはそれに巻き込まれて潰れた。 後方に宙返りし、着地した業盛は、気絶しているごろつき二人を一瞥し、溜め息を吐いた。 「ちょっとあんた!」 凛とした声が、背後から聞こえてきた。 振り返ってみると、肩まで伸ばした黒い髪に、憎らしい釣り目をした女が業盛を見上げていた。 「なに頼んでもない事を勝手にしてくれてんのよ! 私はね、助けなんか借りなくてもあんなクズ倒せたの、分かる!? ……もしかして、私に近付こうとして助けたんじゃないでしょうね? はっ、冗談!誰があんたみたいなナヨナヨとした童顔と!」 無い胸を張り、威張りくさった口調で、人の気にしている事をずけずけと言う。 不躾者、そんな言葉ぴったりな女だった。 無自覚とはいえ、業盛は女の危機を救ったのである。感謝はされど、罵られる謂われはない。 業盛は、女に扱き下ろされている間、手を出さないよう必死に抑えていた。 不躾女が消えた後、業盛はやり場のない怒りを近くの漆喰壁に叩き付けた。 769 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:06:28 ID:OU9J/y/Q [5/9] 桐の実が風に揺れてさらさらと鳴る、本格的な夏を告げる声である。 そんな風情をぶち壊すように、外から子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。 一通りの仕事を終え、くつろいでいた業盛にとっては雑音以外の何物でもない。 たまらず立ち上がり、声の出所に向かった。 「お願いでございます!どうかお話だけでも御聞きください!」 襤褸を纏った子供が額を地に擦り付けていた。守衛がそれを退けようと必死になっている。 「どうした?」 「あっ、領主様。申し訳ありません。今すぐどけますので」 「領主様、姉上を……、姉上をお助けください!お願いでございます!」 守衛に抑え付けられながらも、子供は必死の声を上げていた。 姉上。農民や浮浪者が使うような言葉ではない。挙措にも卑しいものは感じられない。 「放してやれ。少し話がしたい」 「ですが……」 「放してやれ」 しぶしぶと、守衛は手を放した。 「お前、名は?」 「……一郎にございます」 「姉を助けてほしいとは、なにかあったのか?」 「姉上が風邪を患い、三日前から床に臥せっているのです。 我が家には薬や食料を買う銭もなく、このままでは手遅れになってしまいます。 お願いでございます、どうか恤みのほどを、どうか……」 業盛は一郎に興味を抱いたが、一人のために動くと不公平が生じる。 古参にこの事を言っても、おそらくは反対されるであろう。 とはいえ、ここまで懇願されて無視する訳にはいかない。 しばしの黙考の後、業盛の頭に浮かんだのは重盛の言葉だった。 「領主は常に民の鏡でなければならない」 なるほど。困っている人を助けずして、なにが領主か。業盛の腹は決まった。 「分かった。すぐに手の者を送ろう。一郎、案内は任せたぞ」 領主らしい事かどうかは別として、業盛にとって、これが初めての独断となった。 しばらくして、女が運ばれてきた。顔は熱にうなされ歪んでいる。 それ見て、業盛は不謹慎な感情を抱いてしまった。それほど、その女は美しかった。 日焼けか地なのかは分からない淡い褐色の肌に、くっきりとした目鼻立ち。 それ等を際立てるような亜麻色の癖毛。 そしてなにより、襦袢を押し上げる大きな胸。どこまでも日本人離れした容姿である。 この屋敷には、白髪紅眼の因幡がいる。その内、ここは異人館と呼ばれそうである。 女の胸を凝視しながら、業盛はそんな事を思った。 「あの……、ここは……、あなたは一体……?」 「私はここの新しい領主だ。君の弟に頼まれた。今日からこの屋敷で療養してもらう」 「ですが、私にはお金が……」 「そんな事を気にする必要はない。ほら、早く奥に」 決まった、やはり領主とはこうでなくては。その時ばかりは、業盛もそう思っていた。 しかし、独断は独断。案の定、古参に散々非難された。 それどころか、独断の責任は自分で取れと、人を回してくれなかった。 業盛の主張も空しく、たった一人で女の面倒を見る事になってしまった。業盛は頭を抱えた。 現実とは、それほど甘くはないと訳である。 770 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:01 ID:OU9J/y/Q [6/9] 「という訳で、風邪が完治するまで、私が君の面倒を見る事になった。……いや、すまない。 本当だったら何人かをこちらに回すつもりだったのだが……情けない……」 四つの視線と沈黙が痛い。あれだけ格好付けたというのにこの様では、 恥かしくて目を合わせる事も出来ない。 「食事と薬は心配しなくていい。こう見えて、私は料理が得意なのだ。 ……あぁ~、まだなにも食べてないだろう?粥を作ってこよう」 「お待ちください」 立ち上がろうとして手を掴まれた。本来であれば手打ちにされても文句の言えない無礼であるが、 今の業盛にはそれを咎める気力など持ち合わせていなかった。 「領主様、私はこれまで隙間風が吹き荒ぶ荒屋に住んでおりました。 このような立派なお屋敷で療養出来るなど、私にとっては身に余る幸せなのです。 どうか、そのように卑下なさらないでくださいまし」 「……と言われても、私はまだ古参達を完全に掌握しきれていないどころか、 独断を認めさせる事も出来なかった。領主の面汚しだよ、私は」 「領主様は面汚しなどではありません!父上は常に言っておりました。 領主とは民の鏡でなければならない、と。 昨今の領主達は、己の利益ばかりを追求し、民を顧みる事もしません。 ですが、あなた様は利益を度外視し、私のような貧民を助けてくださいました。 あなた様は立派にございます。自信をお持ちください!」 風邪で声も出すのも辛いというのに、強く、そして熱っぽく女は言う。 弟同様、女の言葉の節々に野暮ったいものは一切感じられない。 その心地よい科白に、業盛は酔いしれ、顔を紅くした。 「あっ……、まぁ……、あれだ。褒めてくれた事には素直に感謝しよう。……えっと……」 「鈴鹿(すずか)にございます」 「鈴鹿、まずは風邪を治そう」 「はい」 顔が緩んでしまう。美人の笑みはいつ見てもいいものである。 古参達には散々言われたが、やはり自分は間違った事はしていない。業盛はそう実感した。 部屋を出た業盛は、急いで調理場に向かった。 鈴鹿の風邪を治さない事には、古参達に独断の正しさを証明する事が出来ない。 その日から、業盛は鈴鹿に付き切りで看病した。 業盛のやる事は多い。鈴鹿の身の回りの世話と領主の仕事。 一郎が手伝ってくれるとはいえ、寝る時間など殆どない。疲労が業盛を蝕んだ。 しかし、業盛の努力も空しく、鈴鹿の体調は一向によくならなかった。 771 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:31 ID:OU9J/y/Q [7/9] 鈴鹿の容態が急変したのは五日目の夜だった。 熱が更に酷くなり、喀血するのではと思うほど酷い咳を吐いている。 着ている襦袢は汗を含み、本来の役目を失っていた。 現在、この部屋には業盛と鈴鹿の二人しかいない。一郎は桶の水を取り替えに外に出ている。 業盛は壁に寄り掛かり、頭を抱えていた。 鈴鹿の汗まみれの襦袢、それを取り替えなければならない。 それを思うと、顔が、特に鼻の奥が熱くなる。 別に襦袢を取り替えるのに疾しい気持ちがある訳ではない。 このまま放っておくと、汗のせいで鈴鹿の身体が冷え、風邪が悪化してしまう。 そうならないための着替えである。 「だが……」 独り言はボケの始まりであるが、そう呟かずにはいられなかった。 亜麻色の長髪、整った顔立ち、褐色の肌、大きな胸、なにもかもが業盛の好みだった。 正直、途中で目的を忘れてしまいそうで怖い。 業盛の劣情が囁きかける。 「この女は所詮農民、手を出しても問題ない。 それに、お前は武士だ。何人の女を囲おうと誰からも文句は言われない」 一方で、理性が訴える。 「お前はこの女を助けるためにここに連れて来たのであって、犯すためではない。 お前は凡百の領主に堕ちるつもりか」 どちらの主張も正論だった。どちらの説を取っても、文句は言われないだろう。 だが、出来る事ならば、正しい道を歩いていたい。 「ッ……、しっかりしろ、刑三郎!答えなど決まっているだろう」 業盛は立ち上がった。右手には手拭いが握られていた。 「鈴鹿、私はこれから君の襦袢を取り替える。少しの間、我慢してくれ!」 熱に魘される鈴鹿にそう言って、業盛は布団を剥いだ。 襦袢を脱がして最初に目に入ったのは、やはりというべきか、大きな胸だった。 鈴鹿の息遣いのたびに、それは緩慢に揺れた。ブチリ、と業盛の理性の千切れる音がした。 無言で胸を拭き始める。拭うたびに、手拭いを通してもっちりとした感触が伝わる。 例えるとしたら、月並みではあるが搗き立ての餅並の柔らかさである。 谷間や胸の下を拭いた時は、吸い付くように圧迫された。 胸を餅と例えたが、そうなると胸の頂点にある乳首は橙という事になる。 それは擦れば擦るほど硬くそそり立った。また理性が千切れる音がした。 欲望に耐え、上半身を拭き終えた。しかし、極楽という名の地獄は、まだ続く。 下半身に目を向けると、亜麻色の茂みが目に付いた。意外と毛深い。失礼な感想を抱いた。 脚を開かせ、女陰を拭く。 「ひぁ!」 勢いよく理性が千切れた。業盛の目が血走り始めた。 「うぁ……んっ……ふぅ……」 手拭いが粘性を帯びている。 頂点の皮が剥けて勃起し、襞が少し食み出している割目から、トロリとした液が溢れていた。 「あっ……あぁ……ひぅ!」 最後のなにかが、勢いよく引き千切れた。 無意識に伸ばした手は、理性を超越するなにかによって、床に叩き付けられた。 「領主様、遅くなりまし……あの、どうかしましたか、そこの穴?」 「……なんでもない。……それより一郎、私は少し涼みにいく。鈴鹿の事を見ていてくれ」 業盛はふらりと部屋を出ていった。 翌日、鈴鹿の熱は引いた。大量の汗と共に、病魔も吐き出されたようだ。 772 名前:変歴伝 第三話『高嶺の野花』 ◆AW8HpW0FVA[sage] 投稿日:2011/12/30(金) 20:07:59 ID:OU9J/y/Q [8/9] 「領主様、少しよろしいでしょうか」 食器を洗い終えた業盛のもとに、一郎がやってきた。 「なんだ、話とは?」 「ここは人気があります。場所を移しましょう」 「そうか、いいだろう」 業盛は一郎を連れて、誰も使っていない部屋に入った。 「で、話とはなんだ?」 「……これは姉上に口止めされている事なのですが、 ……私達姉弟は豪族だったのです。 領地は保元の戦乱の折、上皇方に付いたがために没収されてしまいました」 あぁ、と業盛は得心した。道理で言葉遣いや挙措に卑しさがないはずである。 「なぜその話を私にする」 「私は失った領地を取り戻したい。そのためには力が必要です。 図らずも姉上の風邪で、私達姉弟は領主様に近付く事が出来ました。 この機会を逃す訳にはいかないのです」 「つまり、私を利用して御家再興をしようというのか。 ……随分はっきりと言ってくれるな。遠慮というものを知らないのか」 そう言いながらも、業盛は笑みを浮かべていた。子供の癖にはっきりとものを言う。 そういう人間が業盛は大好きだった。 「領主と言っても、私はまだ力不足だ。お前の旧領回復に何年掛かるか、私は知らんぞ」 「その様な事、覚悟の上です」 「ははっ、分かった、今日からお前は私の郎党だ」 業盛は再び独断を下した。これがまた古参達の反感を買う事になろうとは、 この時の業盛は知る由もなかった。 「ところで、お前はどこの出身なんだ?」 「紀伊国雑賀荘です。姓も領地に由来して雑賀といいます」

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