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「恋の病はカチカチ山をも焦がす第二話」(2008/02/13 (水) 09:05:28) の最新版変更点
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465 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:30:00 ID:E7a9J8wT
***
兎は最初、狸を馬鹿にしていた。
馬鹿にして悪戯を仕掛けていたのは間違いない。
兎が最初に狸を見たのは、川岸であった。
狸は、そこでのんびりと釣りをしていた。
兎は、少しからかってやろうと思い、川へと石を投げた。
石に反応した魚は散るようにして逃げていった。
狸は何やら肩を落として、その様子を眺めていたように思う。
狸は後ろを振り返らず、またゆっくりと釣り針にうねうねと身をもじるみみずをちぎり、
丁寧に針へつけ、ひゅんと川へ投げ込んだ。
先ほどの喧騒を忘れたかのように魚が帰ってくると、兎は面白そうに、また石をぽちゃんとやった。
逃げていく魚。
また狸は肩を落とす。
兎はその愚鈍な狸をけらけらと笑っていた。
466 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:30:41 ID:E7a9J8wT
その笑い声に気がついたのが、狸は振り返る。
きっと狸は怒鳴り散らして追いかけてくるだろう、
そのときは自慢の足で逃げ切ってやろうと思っていた。
だが、予想に反して狸は兎へと手招きして、川につけてある魚籠を見せた。
その中には魚が数匹、この後の運命を知らずにのんびりと泳いでいた。
狸はその何匹かを上手に串に刺して、兎に渡した。
兎は呆気に取られていると、狸はまたどっしりと腰を落として、魚釣りをやった。
兎は馬鹿にされていると思い、狸に石を投げた。
頭にぽかりとぶつかる。
さすがにここまですれば愚鈍な狸も怒るだろうと思っていた。
だが、狸は目をぱちくりしたあと、このように言った。
「なんだ、魚が欲しかったんじゃなくて釣りをしたかったんだなぁ」と。
兎はここまで愚鈍な動物がいたとは、と心底飽きれた。
その時から、狸に対してさまざまないやがらせをしていた。
例えば穴倉の前に落とし穴を作ったり、
あるいは彼が大事にしていた収集物を壊したり、
あるいは濡れ衣を着せては動物達に責めさせたり。
467 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:31:03 ID:E7a9J8wT
その行為は悪意に満ちたものだったけれども、それでも狸は怒らなかった。
ため息を吐き、なにやら諦めたような顔をしてまた歩いていく。
兎はいつしか彼に惹かれていたのかもしれない。
狸は愚鈍だっただけではなく、何処か達観したような何かを持っていたのだと思う。
狸に、そのように仕向けたきっかけは解らない。
狸は粘り強く兎の悪戯を我慢した。
兎にとって、狸は何処か信頼の置ける人物となっていったのだろう。
ならば、諸君はなぜ兎は告白しなかったのかとたずねるだろう。
しかし、兎にとってはもはや自分から告白するなどは考えもしなかった。
狸が泣いて謝って許しを請うだけではなく、奴隷として名乗り出て、
一生を共にすることを期待していた。
狸が奴隷として一生を遣えるとするならば、
兎は少し苦虫を潰した顔をして、渋々と了解しようと思っていた。
それに、狸のことを好意もつ動物などいないだろう、と思っていた。
だから兎は余裕を持つことができたのだった。
しかし、兎が余裕を持っていたのも"あのとき"までだった。
468 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:32:11 ID:E7a9J8wT
若干、兎は焦っていた。
狸が、他でもなく私ではない誰かを好きになるとは考えても見なかったからだ。
兎には自分に言い聞かせていた。
狸のことなど好きになる奴などいない、
どうせ傷心して帰ってくるに違いない。
その時は、立ち直れないほどに詰ってやろうと考えていた。
私以外の女性を好きになった罰として。
もう他の女性などを好きにならないようにだ。
***
狸が焚き木の束を背中に背負うと、えっちらほっちらと、
均衡の取れない不恰好な歩き方を始めた。
これほど、体を使ったことがないのだろう。
兎は笑いながら、背中を蹴飛ばした。
狸は前ののめりで倒れると、振り向いて、溜息をついた。
469 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:33:03 ID:E7a9J8wT
「また、お前さんか」
狸はよっこらせと立ち上がり、またえっちらほっちらと山を降りていく。
兎は後ろから付いていって、顔を覗き込み、尋ねる。
「ねえ、あの時、何処へ行っていたの?」
狸は、頭を少しかき、照れくさそうにする。
兎は何を柄にないことを、と訝しかった。
470 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:33:40 ID:E7a9J8wT
「いやあ、そのな、一目惚れした娘さんがいてよお、
つい前まで贈り物するくらいしかできなくてよお、
ほら、俺が好きになったとしても、娘さんに迷惑がかかると思ってしまってよお、
遠巻きに見るしかねえと思ってたんだよ。
だけど、こないだそれだと埒が明かない、
もう壊れてもいいから当たって砕けろの精神でよお、
向かっていったわけさ、すると
『そう、やっぱり貴方が柿や栗や茸を置いていってたのですね』
と喜んでいてよお、そのあとは、まあ、なんというか、うん、そそその……、
両思いって奴でさ」
狸は喋りながら顔を真っ赤にしていく。
兎は何かが崩れたような気がした。
もしかしたら狸の妄想かもしれない。
いや、振られた衝撃の為、現実と妄想の区別がついていないのかもしれない。
471 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:34:08 ID:E7a9J8wT
兎は声を震わせて言う。
「そんなこと……
そんなことあるわけがないじゃない……
騙されているんですよ、狸さん」
狸は相変わらずあっけらかんとしている。
「ああ、俺なんかを好きになってくれる人なんていないだろうさ、
俺はそれでもかまないよ、あの娘が喜ぶ顔があれば、
俺にはいいんだよ、だから別に騙されていたってかまわないよ、
そのときはそのときだ、俺は頭を下げて穴倉で寝込むだけだよ」
兎はそのことを聞いて、目の前が暗くなったように感じた。
狸がそれほどまでに娘を愛しているという事実がそこにはあったからだ。
そして何か別の感情がめらめらと心の奥からわきあがってくることに気が付いた。
それは兎が今までに感じたことのないような感情であった。
472 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:34:56 ID:E7a9J8wT
嫉妬。
兎は嫉妬したいたのだ。
狸は陽気な鼻歌を鳴らしていた。
兎は懐から火打ち石を取り出した。
そして、背負った焚き木に火花を散らしていた。
「おや、兎さん、何か、かちかち、という音がしないかね」
兎はとぼけた顔をして狸に言う。
「ええ、ここはかちかち山というんですよ」
狸はなにやら浮かない顔をしてたずね返した。
「いやあ、俺はここに十数年住んでるけど、そんな話聞かなかったぞ」
兎は済ました顔で言う。
473 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:35:39 ID:E7a9J8wT
「あら、狸さん、そんなに他の動物と話をしたことないくせに。
じゃあ教えてあげますわ。
この山で、ある男性に恋をした女性が、
その男性と焼身して無理心中しようとしたのですよ。
なにしろ、その男性は隣村に奉公に行く最中でしたが、
離れ離れになるならば死んだほうが良いと寝ている時を襲い、
燃やしてしまったのですよ。
いつしかこの山はかちかちと音がして誰かまわず燃やしてしまうと
評判になっているのですよ」
兎は恰も、あった話かのように淀みなく話をした。
狸は何やら納得したような、しないような曖昧な表情を浮かる。
「いやあ、俺になんか嫉妬するような女性なんていないよお、
むしろ女性のほうから逃げていくよお」
と少し自嘲ぎみの笑みを浮かべ俯いた。
兎は、あらあら、その女性は目の前にいますのにね、と思っていたが、
口には出さなかった。目の前の焚き木にはだんだんと火の手が上がる。
474 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/02/13(水) 00:36:34 ID:E7a9J8wT
「なあ、兎さん、なにやら暑くはないかなあ、それに、ぼうぼうという音もする」
狸は汗を腕で拭いながら言う。
兎は相変わらずすました顔で答える。
「ええ、一度ついた嫉妬の炎は消えることなく燃え盛るものですから」
流石に愚鈍な狸でも、背中に付いた火に気が付いた。
しかも、狸は焚き木が落ちないようにと腰にしっかりと
結び付けていたものだから、焚き木を降ろすことができなかった。
「うわあ、あつい、あつい、兎さん、兎さん、何で教えてくれないんだよお」
狸は泣きながら結び目を解こうとしたが、
焦っている手前、なかなかほどけてはくれない。
とにかく川へと走り出す。
「だから言ったでしょう、一度付いた嫉妬の炎は消えないのです」
兎はその姿を見ながら冷ややかな笑みを浮かべた。
「そうですよ、私以外の女性が好きになったらこういうことになるのです」
もはや狸は小さくなっていっていた。
狸の向かうところには川が見えた。
兎は、後の焼けどが大変だろうな、とくすくす笑っていた。