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304 :『嘘と秘密』1 ◆CxSWttTq0c:2012/04/16(月) 15:18:35 ID:Oy19BJyM 「ねえ こーくん、私の事好き?」 ここ最近の彼女の口癖だ。こんな事聞かれたら誰だってこう答えるだろう。 「好きだよ。真衣」 「よかった……」 僕を抱き締め、安堵の表情を浮かべる彼女の問いに、答えは始めから一つしか用意されていない。 僕はまだ眠そうな彼女をベッドに残し、先にシャワーを浴びる為一階に降りた。 今日から新学期が始まる。 僕達が付き合い始めて、この春で三年が経つ。幼馴染だった僕達は、中学二年の春に彼女からの告白で付き合い始めた。 バスケットボール部に所属していた僕と、吹奏楽部でクラリネットを吹いていた真衣。 僕達の親は、親同士の仲が良く、その為僕と真衣は赤ん坊の頃から一緒に遊んでいたらしい。そしてまだ小学校にあがる前に、口約束ではあったが、将来子供同士を結婚させようと話し、僕達は半ば許婚の様な関係になった。 そのお陰で最近では不在がちな両親に変わり、彼女が花嫁修業と言う名目で泊まり込みで家に来られる様になったのだが。 僕は彼女を可愛い人だと思う。髪は黒く長く、よく手入れされているのか指で梳くとさらさらと気持ち良い。顔も綺麗というより可愛いと評される方が多いだろう。そして何より彼女を魅力的にしているのはその笑顔だ。健康的で柔らかい雰囲気の彼女が笑うと、こちらまで穏やかな気持ちになれてしまう。 家を空ける僕の両親の変わりに、こうして彼女が朝御飯を作ってくれるのだから感謝してもしきれない。 「あ、お風呂上がった? じゃあ食べよっか」 可愛らしいフリルの着いたエプロンを外しながらそう言うと彼女はその穏やかな笑顔で僕を見つめる。 「ああ。いつもありがとね」 「気にしなくてもいいのに。だって私、こーくんの彼女だもん」 最近ではこの幸せそうな笑顔を見ていると、なんだか彼女が自分にはもったいない様な、そんな気がして来る。僕は自分に自信が無いのかもしれない。こんな良い彼女が付き合う相手が、本当に僕で良いのかどうか。 「どうしたの?」 箸が止まった僕を不思議そうに見つめる彼女に焦り、急いでご飯を掻き込み御馳走様をする。 そんな姿が可笑しかったのか、再び微笑むと真衣も食べ終わり一緒に御馳走様をした。 「そういや、今日から新しいクラスだよね」 「そうだね……私も理系科目が出来たら、こーくんともっと一緒に居られるのに……」 理系文系で新しいクラスに分かれる事でクラスが別になるのが嫌なのか、憂欝そうな顔で僕の手を取り強く握る。 「大丈夫だって。さ、行こう」 「うん」 ――――――――――――――――――――――――― 305 :『嘘と秘密』1 ◆CxSWttTq0c:2012/04/16(月) 15:19:29 ID:Oy19BJyM 僕の通う東高校は進学高で有名だ。校風は厳格な学力社会で出来ており、毎回学力テストの順位が職員室前にデカデカと張り出され、その順位を争い勉強している。点が取れない奴は見下され、学年順位が上がれば上がるほど尊敬される。 また学力テストでのクラス平均点は学園祭での出し物の評定に加算される為、それが勉強に対する誘因となり、この学力社会に拍車を掛けている。 「クラスメイトはただの友達ではなく、ライバルであり、仲間なんだ!」 とは去年の担任の弁。去年は良いクラスだったが、今年はどうか確かに少し気になる。 学校に着いてみると、クラス分けが張り出される昇降口は大混雑していた。既にクラス分けを見た一部の生徒が新しい環境に胸を膨らませ、その場で友達同士で歓談を始めてしまい、周りが見えていないのが原因の様で、まだ見ていない人がどんどん集まり昇降口はカオスとなっていた。 「あ!こーくん、あそこから見えそうだよ」 真衣に促され、人込みを避け横に逸れた場所に移動する。少し見難いがなんとか見えた。同じ事を考えた人がいたようで、先客が数人いた。 「僕は28HR、真衣は……24HRみたいだね。これだと階も違うんじゃない?」 「そんなあ」 僕の28HRは三階、真衣は二階だ。階が違うと学校生活の中で偶然会う確立はぐっと下がる。クラスによっては使う階段や廊下が全く違うものだから。 「私、会いに行くから。こーくんに、会いに行く」 真っ直ぐこちらを見つめて来る真衣。 こんな事で少し大げさだと思うが、そう言ってくれる真衣が愛おしい。僕も会いに行く、そう伝えようとして 「君も28HR?」 声を掛けられた。振り返るとそこには、肩までのセミロングでツーサイドアップにした髪型の、目鼻立ちのはっきりしたとても綺麗な女の子がいた。確かこの娘…… 「わたし、橘春奈。君は斎藤幸一君だよね?これから一年よろしくね!」 クラス分けを確かめると、確かに橘春奈の名前があった。 「こちらこそよろしく。橘さんって確か学年トップの……?」 「あはは、それは前々回で、今はトップじゃないけどね」 「そうだったんだ。でも、なんで僕の名前を?」 「有名人だからね、君。草薙真衣さんも」 「え、私っ?」 橘春奈を睨むように見つめていた真衣が、突然話を振られ焦って敵意を隠す。 「君たち二人、仲の良いカップルって有名だよ?それに美男美女だし。周りはほっとかないでしょ」 「そ、そんなこと、ないよ?」 真衣、こっちに振らないで。 「とにかく。幸一君はこれからよろしくね! わたしの事は春奈って呼んで?苗字嫌いなの」 「そ……そうなんだ」 玄関が少し騒がしくなって来た。もうそろそろ教室に向かった方が良いかもしれない。 「じゃ、幸一君とわたしは三階ね。またね真衣さん」 橘春奈はそう言うと、強引に僕の腕を取り歩き始めた。 「真衣!」 真衣と話そうと振り返るが、先ほどの生徒の塊が動き始めたらしく、あっという間に大勢の生徒が下駄箱に殺到し真衣もどこかへ流されてしまっていた。 「ちょっと橘さん」 初対面の相手に無理やり腕を掴まれ連行されると言う突然の事態に混乱しながらも、怒ろうと思い橘春奈に声を掛ける。 306 :『嘘と秘密』1 ◆CxSWttTq0c:2012/04/16(月) 15:21:21 ID:Oy19BJyM 「春奈」 「え?」 「春奈って呼んで」 こちらを真っ直ぐ見つめる目が振り向く。 「えと、春奈……さん」 「なに?」 今度は体ごと笑顔で振り向いた。 「……ちょっとさ、失礼じゃない?僕達初対面だよね?」 「……そうね。ごめんなさい。チャンスが来たと思って嬉しくて」 春奈は少し照れた様子で頬を赤く染め 「だってこれで秘密を作れる」 「秘密?」 「そう。秘密」 そう言うと彼女はしなを作り体を寄せ、 「こう言う コ ト 」 キスをした。 ――――――――――――――――――――――――― 侵略する事、火の如し。かの風林火山の一つだ。 彼女は、まさにそれだった。 「ん……ちゅ」 「!!!!」 「んぁ……ふぁ」 春奈の腕が肩に伸び、指先が耳に触れる。 「ん……はぁ……ちゅ、んぁ……んちゅ……ふぁ……ん」 そのまま指が耳を塞ぎ、周囲の音が消えた。 「ちゅっ……んぅ……」 聞こえる音は春奈だけ。 この柔らかさも、甘い匂いも、目の前のオンナのモノ。 「んーぁ……ん、ちゅ……」 頭の中がパニックで完全に思考停止状態に陥ってしまった。 突然腕を引かれて歩かされたと思ったら、階段の踊り場でキスされ、舌まで入れられた。 それも今日会ったばかりのクラスメイトに。 なぜ?なぜ?なんで? …………なんでキスされてんのに抵抗しないんだ? 「!!!」 「んっ、あん」 やっと気が付き、突き放す。 「なにすんだよ」 「んふふ。気持ち良かった?」 顔が熱い。火照りを感じる。彼女の目を見られない。 「どういうつもりだよ」 「言ってなかった?ごめんね。 わたし、ずっと前から貴方が好きなの」 「!」 「大好き」 そう言うと春奈は僕に抱きつき 「いっぱい秘密、作ろうね」 耳元でそう囁いた。 ――――――――――――――――――――――――― 307 :『嘘と秘密』1 ◆CxSWttTq0c:2012/04/16(月) 15:23:06 ID:Oy19BJyM あれから口を漱いだ後すぐクラスに向かい、春奈とは近づかない様にした。 幸い、あのキスを見た人はこのクラスにはいなかった様で、みんな普通に接してくれた。 春奈はタ行、僕の右斜め後方の席で女の子グループで談笑している。 (学年トップ経験者で、可愛くて、友達も多い……) (僕の事、好きっていったか……?) (あの人だって、僕と真衣が付き合ってる事、知っていたはずなのに……) (なんでキスなんか……) (でも、……ちょっと、良い匂いだったな) 「よーし、今日のオリエンテーションはこれでお終いだ。明日から通常授業だから予習しておく様に」 担任の教師が当番日誌を窓際の出席番号1番の人に渡している。 立ち上がりふと後ろを見ると、春奈と目が合った。 慌てて目を逸らし左の窓を見る。大分曇ってきたみたいだ。 ……ひと雨来そうだ。早く真衣と帰ろう。 ――――――――――――――――――――――――― 真衣と、最近出来た綺麗な歩道橋を歩く。 「それで、こーくんのクラスはどうだったの?」 「ん、ああ。別に、普通だった、よ?」 「なに?そのどもり方」 真衣が不思議そうに見てくる。 (春奈の事は言えない……言ったら絶対、真衣を傷つける) 真衣は子供の頃からとても嫉妬深い子だった。最近それが顕著になってきた様に感じる。 きっかけは去年、同じクラスの女の子に告白されてからだと思う。校舎裏で告白されたのを、真衣に見られた。 真衣は鬼の様な形相で女の子をはたくと、驚く僕の手を握り走った。そして 「こーくんは私と別れたりしないよね?そうだよね?」と縋る様な、黒く淀んで、目の前の人しか映さない様な不気味な印象の目で語りかけてきた事をよく覚えている。 (きっと、春奈にキスされたなんて言ったら真衣は泣いちゃうよな……) 「どうしたのこーくん?さっきから黙って」 「あ、なんでもない。ごめんね」 「変なこーくん」 真衣は手を繋ぐと、微笑みながら今日あった事を話し始めた。 ――――――――――――――――――――――――― 真衣は今日も一度帰宅した後斎藤家に来た。 うちの両親は二人とも海外で、一人が暮らすのに余りある仕送りを送って来てくれる。恐らく僕一人になった時、真衣が必ず斎藤家にやってくる事を予想しての仕送りだろう。以前真衣のおばさんにそんな事を聞いた事がある。 父の事だから毎年その件で必ず草薙家に挨拶に行っているはずだ。 そんな両家公認の半同棲生活において、一つ屋根の下に暮らす互いに想い合う若い男女がプラトニックな関係で居られるはずがなかった。 「………………ッ………ハ…」 「んっこーくん……んぁあ」 「……ん……真衣」 「んっく……ぁ、あ、あ、ぁあっ」 暗くなった部屋で僕らは愛を確かめ合う。 口づけると渇きを潤そうとするかの如く、真衣の舌が僕の舌を求め這いずり回る。溢れる唾液は互いを更に興奮させた。 燃える様に熱いオンナをかき混ぜ自身を打ち込むと体の下で真衣が喘ぐ。 繋がっている時にだけで感じるこの充足感が、僕に自信を与える。 この人と一緒にいていいんだ。愛していいんだ。 指を絡ませ全身で一つになると、とろんした目の恍惚とした表情の真衣と目が合う。 「こーくん…んっ………はぁあもっとぉ……んぁぁすきぃ……」 「…………ッ…………真衣……」 「あぁぁぁ…………きもちいい……こーくぅん……」 「ふぅ、んっあ……あ……あっ、あっ、あん」 「くぁ、ふぁ………こーくん、いっちゃう、いっちゃう」 「うっく……………ふわぁ」 真衣は腹を痙攣させ体を収縮させると絶頂した。 腕の下に寝転ぶ真衣が胸に耳を当て上目に見上げてくる。 「こーくん……幸一……未来の旦那様……んふふ」 「好きよ……」 「離さないからね……」 瞳は暗く、話す言葉は呟く様に、誓う様に。 そして、小さな秘密が大きな嘘を作っていく。

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