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天使のような悪魔たち 第26話」(2012/11/27 (火) 11:18:46) の最新版変更点

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146 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:16:57 ID:bCG4otFg [2/7] 瀬野が穂坂の家まで案内することになり、俺たちはすぐに向かうことにした。 瀬野のバイクはそのまま、白曜の校舎の職員玄関の隣の駐車場に置いておくことにして、 俺は瀬野に自分の傘を、半分貸した。俗に言う、相合傘というやつだ。 この図柄はあまり他人に見られたくはないが…事態が事態なので仕方がない。 そのまま学校から再びバス停まで戻ると、さほど待つことなく、バスが走ってきた。 このバス停は2つの系統が走っているのだが、瀬野はそのバスを見て「こいつだ。」と言った。 …そのバスは、まさについさっき俺たちが乗ってきたバスと同じ系統だ。つまり、逆走する事になる。 結局は方角はそこだったか…と一瞬思ったが、まあいいだろう。重要参考人が確保できたんだ。このくらいの出費くらいは大目にみよう。 バスの中には俺たち3人以外誰もいなく、静かなものだ。 俺と瀬野は最奥のシートにかけたが、結意ちゃんは真ん中の出入り口の近くの、2人がけの右寄りのシートに座った。 やはり、瀬野の事を警戒しているのだろう。あそこは、ドアが開けば1番に外に飛び出せる位置だ。 ブザーが鳴り、ドアが閉まると、バスは運転手のアナウンスと共に走り始めた。 隣に座るこの男。瀬野と俺ははっきりとした交流があるわけではない。ただ唯一あの時…1人の女の子の生死をかけて対立したことがある。ただそれだけの仲。 その女の子とやらは現在このバスに同乗しているのだが……… 改めて思う。この男は、いったい結意ちゃんのことをどういう風に思っているのだろうか? 自分の妹が飛鳥ちゃんを攫った、という事実をわざわざ打ち明けに来てくれて、今まさに穂坂の家に案内してくれているわけだか… あえて言うならば、なぜ自分の妹よりも結意ちゃんの味方をすることをとったのか? かつて、木刀を持って、殺す気で亜朱架さんたちのもとへ殴り込んだ結意ちゃんのことを忘れてはいないはずだ。 結意ちゃんだけでなく、亜朱架さんたちもそうだが、彼女たちを敵に回して、ただで済まされる訳がない。 …それを分かってて、なぜ? つまりは、こいつの中では妹よりも結意ちゃんの存在の方が大きいというのか? …なんとか、真意を確かめてみたい。 「瀬野、聞いていいか。」 「お、おう。なんだ?」 「お前にとって結意ちゃんとは…何だ?」 「なっ…」 瀬野は俺の問いに、急にどもり出した。…それもそうか。こんな真正面で、それも結意ちゃんがすぐ近くにいるこの空間で、言えるのか、と言われれば… 俺なら、言えないがな。けれどこの男は、俺とは違っていた。 「……なんつーか、アレよ。俺は、部活の同期だったんだよ。中学の時の。」 「誰の? …おっと悪い、言えないんだったか。」 こいつはさっき、結意ちゃんから「気安く呼ぶな」と宣告されたんだ。迂闊に結意ちゃんの名前は出せないだろう。 「剣道部だったんだよ。俺と…お、織原……は…」瀬野は前方に見える結意ちゃんの背中を、ちらちらと警戒しながら、小声で答えた。 「けど…突然辞めたんだ。何でかわかんなくてよ……剣道部時代から、織原…のファンは結構いたんだ。可愛くて、強いって評判でな。 でも…俺が見てた限りは…織原は、ずっと冷めてた気がする。 周りには感じよくしてたんだけどよ…なんつうか、一歩ひいた感じっつうか…俺にもよくわかんねえけどよ、そんな感じがしたんだ。」 俺は、結意ちゃんとは何だ? と尋ねた筈だが、瀬野は予想以上に饒舌に語り出していた。 それでも、話の内容は興味深かったので「へぇ………それで?」と、さらに探りを入れることにした。 「それから高校上がってしばらくして、ダチと街中ぶらついてたらよ…織原の姿を見かけたんだよ。 久しぶりに声かけてみっか、と思って喋りかけてたらよ、そこに神坂がやって来て……」 「ああ、そこに繋がる訳ね……」 俺の知ってるエピソードでは、その後その3人は地面とフレンチ・キスをしたはずだ。成る程…それが始まりだった訳だ。 「……まあ、何つうかよ…心配なんだよ俺は。まして今回は、俺の身内のやらかした問題だ。 ケジメはつけねえとよ……」 ふぅ、と溜め息を吐いて瀬野は肩を落とした。 こいつにも、こいつなりに抱えてるもんがあるんだろう。 …恐らく、いや、言わずとも、か。瀬野は結意ちゃんのことを…… こいつは俺と少し似ているのかもしれない。共通するのは、″結意ちゃんの幸せを願っている″という一点に尽きるが。 けれど、結意ちゃんが瀬野に振り向く事は有り得ない。 結意ちゃんは既に出会ってしまったから。自分の全てを賭しても構わない、と言える男に。 そしてこいつは、その2人を引き裂こうとしている女の兄なのだから。 147 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:18:14 ID:bCG4otFg [3/7] * * * * * バスは元いた病院前のバス停まで差し掛かったが、瀬野はそこで降車ボタンを押さなかった。 目的地はもう少し先、という事か…バスはそこでは誰も乗せることなく発進した。 そこからバス停が向かった先は、さっき俺が探し回ってた方角だった。 なんてこった。意外と、近くにあったってのか? などと考えながら、見慣れない住宅街を目で送る。 暗雲立ち込める空は既に日が落ち、さっき探し回ってた時よりも暗く、見渡しづらい。 そうしている間にもバスは進み続け、病院前から3つ先のバス停で、瀬野は降車ボタンを押した。 瀬野を先頭にバスを降り、傘を開いて住宅街の区画内へと歩いて行く。 似たような外観の住宅がいくつも立ち並ぶ通りは、普段ならまず足を運ぶことはないだろう。 瀬野はその集合住宅地を迷うそぶりも無く、足を進ませる。 結意ちゃんは瀬野を蹴ってから一言も喋っていないが、しっかりとついて来ている。 こっそりと後ろを見て表情を窺うと…少し俯きぎみで、前髪で目元が隠れかかっているが、鋭い目つきは変わらない。 …何にせよ、この天気だ。早くカタをつけないと、身体に障る。 そんな事を考えながら、数分歩いたくらいのところで、瀬野は一軒の家の前で足を止めた。 「…ここが、吉良の家だ。」 瀬野はインターホンを押そうと、右手を″穂坂″と刻まれた表札の横にあるボタンに伸ばした。 おいおい、こいつは真正面から開けてもらえると思ってるのか? これは止めるべきだろう。 そう思い、俺は瀬野に声をかけようとした。 ───が、その瞬間。 「馬鹿なの…!?」 と、俺が喋るよりも早く、苛立った声で言い放つ。結意ちゃんは瀬野の服の襟首を掴み、勢いよく引っ張った。 「えっ…わ、わっ!」 瀬野はまたも面食らったように、どさり、と尻餅をつく形で転ばされた。 その瀬野の右足の脛を、結意ちゃんは思い切り蹴りつける。 ぎゃあっ、とうめき声を上げて、怯えたように瀬野は結意ちゃんを見上げた。 「馬鹿じゃないの、出るわけないでしょ……ぶち殺すよ…?」 結意ちゃんは鋭く瀬野を睨みつけて、その言葉を放った。 …まさか、結意ちゃんがこんな荒れた言葉を使うなんて。妹ちゃんや、亜朱架さんに対してすらそんな言葉遣いはしなかったのに… 今回の件、結意ちゃんは相当怒っているのは明白だ。 もしかしたら…いや、しなくても結意ちゃんは穂坂を殺しかねない。 それくらい、今の結意ちゃんは殺気立っているんだ。 結意ちゃんは無言で穂坂の家の門を開け、ドアには近づかずに、脇にある窓へと向かった。 まさか…確かにここを開ければ楽々と入れるだろうが…などと思っていると、結意ちゃんはあまりに無謀な手段をとった。 拳を握りしめ、すぅ…と息を吸い込む。軽い捻りを加えながら、全身の力をその拳に伝える様に。 「───らぁっ!!」 鋭く刺すような拳を、窓ガラスに叩き込んだ。 ガラスは、がしゃん、と軽い音を立て、一部分だけ砕け、穴を空けられた。 そんなに厚くないガラスのようだったが… いつかの結意ちゃんは、針金を使ってドアをこじ開けたはずだ。それがどうだ、まさか拳で割るなんて暴挙をとるなんて… 結意ちゃんはガラスに空いた穴から手を入れ、内鍵を解いて窓を開放する。そのまま、土足で穂坂の家へと乗り込んだ。 …瀬野はその一部始終を、俺の肩に隠れて見ていたが、俺たちも結意ちゃんに続いて家の中へ侵入した。 結意ちゃんはそのまま室内の探索を始めたようで、ありとあらゆるタンス、襖、扉が開かれ、水滴を含んだ足跡は2階へ続く階段まで伸びていた。 俺もそれを辿り、2階へと登っていく。やはり奥にあったドア2つは既に開け放たれている。 侵入して、わずか3分足らずといった所か。その短時間で、この家のありとあらゆる場所を探り終えた結意ちゃんは、右奥の方の部屋から無言で、ゆっくりと出てきた。 「………まさか、いなかったのか?」 148 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:19:32 ID:bCG4otFg [4/7] 唾液を嚥下し、息を詰まらせながらも尋ねてみた。 だが…結意ちゃんは返事もせずに俺とすれ違い、階段を降りてゆく。 そのひとつひとつの動作が、足先ひとつとっても言葉に表し難い威圧感を孕んでいるようだった。 あまりの迫力に、死を恐れない俺ですら息を呑んでしまうが、止まっている場合ではない、と自分に言い聞かせ、結意ちゃんの後を追う。 ───その時だ。″ガシャン!″と、ガラスを穿った音よりも激しい音が響いてきた。 いったい何事か!? 俺は直ぐさに階段を駆け下り、音のした方…台所へ、向かう。 「なんだ!?」と声を荒げて台所に飛び込むと、そこには床にのたまう瀬野の姿があった。 その周りには砕けた食器がいくつもあり、瀬野の真後ろには食器棚があった。 「………………のよ…」 ぼそり、と結意ちゃんは小さく呟く。最初は何を言っているのかよく聞き取れなかったが… 「───どこにいんのよあの女は!! 答えろ!!」 叫ぶ。それと同時に結意ちゃんは、のたまう瀬野の顔面に、鳩尾に、肩に、あばらに…何度も何度も蹴りを加え始めた。 「がっ! わ、わからねぇ! ほんとに、しら、っあァ! しらないん、ごふっ…!」 ありとあらゆる暴力を加え続けながらも、瀬野は必死に言葉を紡ごうとする。 …だけど、俺は知ってるんだ。こうなった結意ちゃんには…言葉は届かない。 「言え! 言いなさいよこの役立たずが! ぶち殺すわよ!? ほら! 答えなさいよ!!」 結意ちゃんの蹴りは、一般的な体格の男子のそれにひけを取らない程…それ以上の威力はあるだろう。 拳でガラスを割ったくらいなんだ、このまま蹴られ続ければ、瀬野の命に関わる…! 「やめろ結意ちゃん!」俺は結意ちゃんの両腕を掴み、身体を引いて瀬野から離そうとした。 けれど結意ちゃんの反応は、 「………邪魔する気?」 たった一言。その言葉だけで、背筋が凍りついた。間違いない、今この瞬間、俺は結意ちゃんに恐怖を覚えつつある。 けれど! 止めなければいけないんだ。 「ああ、するぜ! 結意ちゃんの手を血で汚させる訳にはいかない! 仮に1人でも殺してみろ! 飛鳥ちゃんが悲しむぞ!」 「………分かったような口を……聞いてんじゃないわよ!」 一瞬だけ頭を引き、間髪入れずに振りかぶってくる。 頭突きがくる。わかっていても、身体が反応するよりも早く結意ちゃんの額が俺の上顎を抉った。 「ぐぁ………っ!」 たまらず、手を離してしまう。ことん、と何かが床に落ちる音がした。同時に、口の中に鈍い痛みが走る。 一瞬だけ、落ちたソレを見やると…それは俺の前歯だった。 まさか、歯まで持っていかれるなんて…3分くらいで生えてくるだろうが…なんてことだ。 「………そんな事、よく分かってるわよ…! この地球上で1番、私が飛鳥くんの事を………ちっ…!」 結意ちゃんは磁器の破片と血だまりの中の俺たちを一瞥すると、まっすぐ玄関へ向かい、鍵を開けて外へと出ていってしまった。 すぐさま追うべきか…いや、追った所でどうにもなるまい。振り返り、瀬野を先に助ける事にした。 149 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:20:53 ID:bCG4otFg [5/7] 「随分と、酷くやられたもんだねぇ…。」 「気に…すんな。俺のは、自業自得…だからよ…お前こそ、歯が……」 「気にすんな、舐めときゃ治る。歩けるか?」 「ああ…なんとかな。」 「よし…なら、行くか。」 息も絶え絶え、か。瀬野の手を取り、起こしてやる。肩を貸してやらなければ、歩くのすら辛そうだ。 こんな状態では、まして唯一の手掛かりが空振りに終わったのでは、これ以上の探索は成果は期待できないだろう。 結意ちゃんもそれをわかっていればいいのだが……… とにかく、それだけでも結意ちゃんに伝えよう。 互いに足を引きずりながら、俺たちも穂坂の家を後にした。
146 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:16:57 ID:bCG4otFg [2/7] 瀬野が穂坂の家まで案内することになり、俺たちはすぐに向かうことにした。 瀬野のバイクはそのまま、白曜の校舎の職員玄関の隣の駐車場に置いておくことにして、 俺は瀬野に自分の傘を、半分貸した。俗に言う、相合傘というやつだ。 この図柄はあまり他人に見られたくはないが…事態が事態なので仕方がない。 そのまま学校から再びバス停まで戻ると、さほど待つことなく、バスが走ってきた。 このバス停は2つの系統が走っているのだが、瀬野はそのバスを見て「こいつだ。」と言った。 …そのバスは、まさについさっき俺たちが乗ってきたバスと同じ系統だ。つまり、逆走する事になる。 結局は方角はそこだったか…と一瞬思ったが、まあいいだろう。重要参考人が確保できたんだ。このくらいの出費くらいは大目にみよう。 バスの中には俺たち3人以外誰もいなく、静かなものだ。 俺と瀬野は最奥のシートにかけたが、結意ちゃんは真ん中の出入り口の近くの、2人がけの右寄りのシートに座った。 やはり、瀬野の事を警戒しているのだろう。あそこは、ドアが開けば1番に外に飛び出せる位置だ。 ブザーが鳴り、ドアが閉まると、バスは運転手のアナウンスと共に走り始めた。 隣に座るこの男。瀬野と俺ははっきりとした交流があるわけではない。ただ唯一あの時…1人の女の子の生死をかけて対立したことがある。ただそれだけの仲。 その女の子とやらは現在このバスに同乗しているのだが……… 改めて思う。この男は、いったい結意ちゃんのことをどういう風に思っているのだろうか? 自分の妹が飛鳥ちゃんを攫った、という事実をわざわざ打ち明けに来てくれて、今まさに穂坂の家に案内してくれているわけだか… あえて言うならば、なぜ自分の妹よりも結意ちゃんの味方をすることをとったのか? かつて、木刀を持って、殺す気で亜朱架さんたちのもとへ殴り込んだ結意ちゃんのことを忘れてはいないはずだ。 結意ちゃんだけでなく、亜朱架さんたちもそうだが、彼女たちを敵に回して、ただで済まされる訳がない。 …それを分かってて、なぜ? つまりは、こいつの中では妹よりも結意ちゃんの存在の方が大きいというのか? …なんとか、真意を確かめてみたい。 「瀬野、聞いていいか。」 「お、おう。なんだ?」 「お前にとって結意ちゃんとは…何だ?」 「なっ…」 瀬野は俺の問いに、急にどもり出した。…それもそうか。こんな真正面で、それも結意ちゃんがすぐ近くにいるこの空間で、言えるのか、と言われれば… 俺なら、言えないがな。けれどこの男は、俺とは違っていた。 「……なんつーか、アレよ。俺は、部活の同期だったんだよ。中学の時の。」 「誰の? …おっと悪い、言えないんだったか。」 こいつはさっき、結意ちゃんから「気安く呼ぶな」と宣告されたんだ。迂闊に結意ちゃんの名前は出せないだろう。 「剣道部だったんだよ。俺と…お、織原……は…」瀬野は前方に見える結意ちゃんの背中を、ちらちらと警戒しながら、小声で答えた。 「けど…突然辞めたんだ。何でかわかんなくてよ……剣道部時代から、織原…のファンは結構いたんだ。可愛くて、強いって評判でな。 でも…俺が見てた限りは…織原は、ずっと冷めてた気がする。 周りには感じよくしてたんだけどよ…なんつうか、一歩ひいた感じっつうか…俺にもよくわかんねえけどよ、そんな感じがしたんだ。」 俺は、結意ちゃんとは何だ? と尋ねた筈だが、瀬野は予想以上に饒舌に語り出していた。 それでも、話の内容は興味深かったので「へぇ………それで?」と、さらに探りを入れることにした。 「それから高校上がってしばらくして、ダチと街中ぶらついてたらよ…織原の姿を見かけたんだよ。 久しぶりに声かけてみっか、と思って喋りかけてたらよ、そこに神坂がやって来て……」 「ああ、そこに繋がる訳ね……」 俺の知ってるエピソードでは、その後その3人は地面とフレンチ・キスをしたはずだ。成る程…それが始まりだった訳だ。 「……まあ、何つうかよ…心配なんだよ俺は。まして今回は、俺の身内のやらかした問題だ。 ケジメはつけねえとよ……」 ふぅ、と溜め息を吐いて瀬野は肩を落とした。 こいつにも、こいつなりに抱えてるもんがあるんだろう。 …恐らく、いや、言わずとも、か。瀬野は結意ちゃんのことを…… こいつは俺と少し似ているのかもしれない。共通するのは、″結意ちゃんの幸せを願っている″という一点に尽きるが。 けれど、結意ちゃんが瀬野に振り向く事は有り得ない。 結意ちゃんは既に出会ってしまったから。自分の全てを賭しても構わない、と言える男に。 そしてこいつは、その2人を引き裂こうとしている女の兄なのだから。 147 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:18:14 ID:bCG4otFg [3/7] * * * * * バスは元いた病院前のバス停まで差し掛かったが、瀬野はそこで降車ボタンを押さなかった。 目的地はもう少し先、という事か…バスはそこでは誰も乗せることなく発進した。 そこからバス停が向かった先は、さっき俺が探し回ってた方角だった。 なんてこった。意外と、近くにあったってのか? などと考えながら、見慣れない住宅街を目で送る。 暗雲立ち込める空は既に日が落ち、さっき探し回ってた時よりも暗く、見渡しづらい。 そうしている間にもバスは進み続け、病院前から3つ先のバス停で、瀬野は降車ボタンを押した。 瀬野を先頭にバスを降り、傘を開いて住宅街の区画内へと歩いて行く。 似たような外観の住宅がいくつも立ち並ぶ通りは、普段ならまず足を運ぶことはないだろう。 瀬野はその集合住宅地を迷うそぶりも無く、足を進ませる。 結意ちゃんは瀬野を蹴ってから一言も喋っていないが、しっかりとついて来ている。 こっそりと後ろを見て表情を窺うと…少し俯きぎみで、前髪で目元が隠れかかっているが、鋭い目つきは変わらない。 …何にせよ、この天気だ。早くカタをつけないと、身体に障る。 そんな事を考えながら、数分歩いたくらいのところで、瀬野は一軒の家の前で足を止めた。 「…ここが、吉良の家だ。」 瀬野はインターホンを押そうと、右手を″穂坂″と刻まれた表札の横にあるボタンに伸ばした。 おいおい、こいつは真正面から開けてもらえると思ってるのか? これは止めるべきだろう。 そう思い、俺は瀬野に声をかけようとした。 ───が、その瞬間。 「馬鹿なの…!?」 と、俺が喋るよりも早く、苛立った声で言い放つ。結意ちゃんは瀬野の服の襟首を掴み、勢いよく引っ張った。 「えっ…わ、わっ!」 瀬野はまたも面食らったように、どさり、と尻餅をつく形で転ばされた。 その瀬野の右足の脛を、結意ちゃんは思い切り蹴りつける。 ぎゃあっ、とうめき声を上げて、怯えたように瀬野は結意ちゃんを見上げた。 「馬鹿じゃないの、出るわけないでしょ……ぶち殺すよ…?」 結意ちゃんは鋭く瀬野を睨みつけて、その言葉を放った。 …まさか、結意ちゃんがこんな荒れた言葉を使うなんて。妹ちゃんや、亜朱架さんに対してすらそんな言葉遣いはしなかったのに… 今回の件、結意ちゃんは相当怒っているのは明白だ。 もしかしたら…いや、しなくても結意ちゃんは穂坂を殺しかねない。 それくらい、今の結意ちゃんは殺気立っているんだ。 結意ちゃんは無言で穂坂の家の門を開け、ドアには近づかずに、脇にある窓へと向かった。 まさか…確かにここを開ければ楽々と入れるだろうが…などと思っていると、結意ちゃんはあまりに無謀な手段をとった。 拳を握りしめ、すぅ…と息を吸い込む。軽い捻りを加えながら、全身の力をその拳に伝える様に。 「───らぁっ!!」 鋭く刺すような拳を、窓ガラスに叩き込んだ。 ガラスは、がしゃん、と軽い音を立て、一部分だけ砕け、穴を空けられた。 そんなに厚くないガラスのようだったが… いつかの結意ちゃんは、針金を使ってドアをこじ開けたはずだ。それがどうだ、まさか拳で割るなんて暴挙をとるなんて… 結意ちゃんはガラスに空いた穴から手を入れ、内鍵を解いて窓を開放する。そのまま、土足で穂坂の家へと乗り込んだ。 …瀬野はその一部始終を、俺の肩に隠れて見ていたが、俺たちも結意ちゃんに続いて家の中へ侵入した。 結意ちゃんはそのまま室内の探索を始めたようで、ありとあらゆるタンス、襖、扉が開かれ、水滴を含んだ足跡は2階へ続く階段まで伸びていた。 俺もそれを辿り、2階へと登っていく。やはり奥にあったドア2つは既に開け放たれている。 侵入して、わずか3分足らずといった所か。その短時間で、この家のありとあらゆる場所を探り終えた結意ちゃんは、右奥の方の部屋から無言で、ゆっくりと出てきた。 「………まさか、いなかったのか?」 148 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:19:32 ID:bCG4otFg [4/7] 唾液を嚥下し、息を詰まらせながらも尋ねてみた。 だが…結意ちゃんは返事もせずに俺とすれ違い、階段を降りてゆく。 そのひとつひとつの動作が、足先ひとつとっても言葉に表し難い威圧感を孕んでいるようだった。 あまりの迫力に、死を恐れない俺ですら息を呑んでしまうが、止まっている場合ではない、と自分に言い聞かせ、結意ちゃんの後を追う。 ───その時だ。″ガシャン!″と、ガラスを穿った音よりも激しい音が響いてきた。 いったい何事か!? 俺は直ぐさに階段を駆け下り、音のした方…台所へ、向かう。 「なんだ!?」と声を荒げて台所に飛び込むと、そこには床にのたまう瀬野の姿があった。 その周りには砕けた食器がいくつもあり、瀬野の真後ろには食器棚があった。 「………………のよ…」 ぼそり、と結意ちゃんは小さく呟く。最初は何を言っているのかよく聞き取れなかったが… 「───どこにいんのよあの女は!! 答えろ!!」 叫ぶ。それと同時に結意ちゃんは、のたまう瀬野の顔面に、鳩尾に、肩に、あばらに…何度も何度も蹴りを加え始めた。 「がっ! わ、わからねぇ! ほんとに、しら、っあァ! しらないん、ごふっ…!」 ありとあらゆる暴力を加えられながらも、瀬野は必死に言葉を紡ごうとする。 …だけど、俺は知ってるんだ。こうなった結意ちゃんには…言葉は届かない。 「言え! 言いなさいよこの役立たずが! ぶち殺すわよ!? ほら! 答えなさいよ!!」 結意ちゃんの蹴りは、一般的な体格の男子のそれにひけを取らない程…それ以上の威力はあるだろう。 拳でガラスを割ったくらいなんだ、このまま蹴られ続ければ、瀬野の命に関わる…! 「やめろ結意ちゃん!」俺は結意ちゃんの両腕を掴み、身体を引いて瀬野から離そうとした。 けれど結意ちゃんの反応は、 「………邪魔する気?」 たった一言。その言葉だけで、背筋が凍りついた。間違いない、今この瞬間、俺は結意ちゃんに恐怖を覚えつつある。 けれど! 止めなければいけないんだ。 「ああ、するぜ! 結意ちゃんの手を血で汚させる訳にはいかない! 仮に1人でも殺してみろ! 飛鳥ちゃんが悲しむぞ!」 「………分かったような口を……聞いてんじゃないわよ!」 一瞬だけ頭を引き、間髪入れずに振りかぶってくる。 頭突きがくる。わかっていても、身体が反応するよりも早く結意ちゃんの額が俺の上顎を抉った。 「ぐぁ………っ!」 たまらず、手を離してしまう。ことん、と何かが床に落ちる音がした。同時に、口の中に鈍い痛みが走る。 一瞬だけ、落ちたソレを見やると…それは俺の前歯だった。 まさか、歯まで持っていかれるなんて…3分くらいで生えてくるだろうが…なんてことだ。 「………そんな事、よく分かってるわよ…! この地球上で1番、私が飛鳥くんの事を………ちっ…!」 結意ちゃんは磁器の破片と血だまりの中の俺たちを一瞥すると、まっすぐ玄関へ向かい、鍵を開けて外へと出ていってしまった。 すぐさま追うべきか…いや、追った所でどうにもなるまい。振り返り、瀬野を先に助ける事にした。 149 名前: ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 07:20:53 ID:bCG4otFg [5/7] 「随分と、酷くやられたもんだねぇ…。」 「気に…すんな。俺のは、自業自得…だからよ…お前こそ、歯が……」 「気にすんな、舐めときゃ治る。歩けるか?」 「ああ…なんとかな。」 「よし…なら、行くか。」 息も絶え絶え、か。瀬野の手を取り、起こしてやる。肩を貸してやらなければ、歩くのすら辛そうだ。 こんな状態では、まして唯一の手掛かりが空振りに終わったのでは、これ以上の探索は成果は期待できないだろう。 結意ちゃんもそれをわかっていればいいのだが……… とにかく、それだけでも結意ちゃんに伝えよう。 互いに足を引きずりながら、俺たちも穂坂の家を後にした。

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