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707 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21:37:32 ID:KKK.SerE [10/14]
柔らかな光。
暖かな温もり。
確かな感触。
ポポは幸せに包まれていました。
「おはよう、ポポ。もう朝だよ」
優しい声で目を開けると、そこにはゴールドがいました。
私の愛しい人。私に、全てをくれた人。
ポポは、ずっとひとりぼっちでした。
自分で餌を取れるようになったら独り立ちし、親兄弟といえども干渉はしない。自らの縄張りを誇示し、適当な時期になったらオスと交配し子をなす。
それが、ポポが送るはずだった一生です。
頭のいい生き物達は、そういうところを見て、ポポたちのことを下等な、劣った生き物だとあざけります。
でも、ポポは、そのことに何の疑問も抱いてませんでした。
縄張りを守ることとか、日々の糧を得ることとか、そんなことが、ポポのすべてでした。
何の疑問も持たず、ただ生きることを繰り返す日々。
ポポは決して不幸ではありませんでした。だってそれはポポにとって当たり前のことでしたから。
それは、ポポにとってなんでもない、いつもどおりの行為でした。
人間から荷物を奪って食べ物があればそれを得る。
弱い弱い人間は、格好の狩の獲物でした。
でも、その人間は違いました。
その人間はポポに襲われても怒ることも逃げ出すこともせず、いつもポポへと向けられる蔑みでも怯えでも弱者への憐憫でもない、まっすぐな目でポポを見ます。
ポポは、今までに抱いたことも無い気持ちを抱きました。
そのときは、それがなんだったかは分かりませんでした。
でも今ならはっきりと分かります。
これは愛。
ゴールドは、ポポの運命の人でした。
ゴールドのお陰で、ポポはもう闇に怯えなくてもいいくらい強くなれました。
ゴールドのお陰で、ポポは愛を知ることが出来ました。
ゴールドのお陰で、ポポはそれが愛と理解できるだけの知能を得ることが出来ました。
だから分かったのです。ゴールドと出会う前のポポには何もありませんでした。ゴールドと出会って、ポポは初めてこの世界に生まれたのです。
それを知れたのもゴールドのお陰。ゴールドはポポのすべて。ゴールドはポポをポポにしてくれた人。大切な人。運命の人。
愛おしくて、苦しくて。ポポはいつもゴールドのことを想っていました。だって、ポポのすべてはゴールドのものなのですから。
早く本当に、ポポのすべてをゴールドのものにして欲しい。
――でも、そんな大切な人の傍には、常に目障りな生き物がいました。
香草チコ。ゴールドと同い年の少女。
獣の勘ってやつですか、ポポは一目見たときから、その女から嫌なものを感じていました。
強いとか弱いとか、自分を害すとか害されるとか、そういった色々を超えた嫌悪感。
そのときのポポには、その嫌悪感の正体を知る由もありません。
でも、今ならはっきり分かります。
あの女は、ゴールドを蝕む害獣だったのです。
あの女は、ことあるごとにゴールドを傷つけました。
そのたび、ポポは酷い苛立ちを覚えました。あぁ、これもゴールドと会う前は知らなかった感覚です。
自分以外の誰かが傷つくのを見て、怒りを覚えるなんて。
それなのにゴールドはあの女から離れようとしません。
あの女も、ゴールドから離れようとしません。
ポポには、それが不思議でなりませんでした。
やどりと二人であの女を痛めつけてやったときには本当にすっとしました。
そのままどこかに消えたときには、もうポポは有頂天でした。
もうあの目障りなメスを見ることは無い。あの目障りな生物に邪魔されることはない。
思う存分、ゴールドと一緒にいられる。ゴールドの隣にいられる。
それなのに、ゴールドのために敵と戦って、それで傷ついて、再び目を覚ましたときには、ゴールドはいませんでした。
本当に血の気が引きました。ガクガクと震えて、まっすぐ立ってることもできませんでした。世界がぐるぐる回って、どうにかなりそうでした。
暴れて、人間に押さえられて、ゴールドが前いた街に戻ったことを聞きました。
この町にはロケット団を追ってきたのですから、もといた街に戻るのは当然です。
でも、どうしてポポをおいていったのですか?
どうして、ポポの怪我が治るのを待っていてくれなかったのですか?
急用って、それはポポよりも大事な用事なのですか?
ポポには、ゴールドより大事なものなんて無いのに。
ゴールドはそうじゃないですか?
もしかして、ポポはゴールドに捨てられた?
負けるような弱いポポはいらない?
大怪我をして、もう以前のようには戦えないかもしれないポポはもういらない?
708 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21:38:09 ID:KKK.SerE [11/14]
ゴールドがそんな人間じゃないということは分かっています。
それでも、万が一のその可能性を想像するだけで、恐怖で息も出来なくなります。
でも今のポポの状態では、とても今すぐゴールドの元に向かうことなんて出来ないです。
だからといってじっとしていられない。
無理にポケモンセンターを抜け出そうとして、鎮静剤と睡眠薬を打たれ、恐怖にまどろみながらポポは数日を過ごす羽目になりました。
意識がまともに戻った瞬間、そのままポポはポケモンセンターを飛び出しました。
ひたすらに空を飛びます。
ゴールド。
ゴールドゴールドゴールド。
ゴールドに嫌われていたらどうしよう。ゴールドに捨てられていたらどうしよう。ゴールドに迷惑そうにされたらどうしよう。
想像するだけで胸が苦しくなり、そのまま墜ちてしまいそうになります。
それでも、ゴールドに会いたい。
ゴールドのところに行きたい。
捨てられても、いらないって言われても。
だって、ポポのすべてはゴールドから貰ったものなのですから。
だから、だから早く。早くゴールドの元へ。
街が視界に入ったとき、すぐに異変に気づきました。
高い建物の周りに雷が乱舞し、どうみても普通の様子じゃありません。
あの建物はラジオ塔。前に来たとき、ゴールドから教えてもらいました。
なんでしょう、すごく嫌な予感がします。
ポポの目には、遠くからでも何が起こっているかよく見えます。
ラジオ塔の景色は、どう見てもまともなものじゃありませんでした。
不意に、恐怖が一層強くなります。
ポポは悟りました。
今間に合わないと、ポポは永遠にゴールドを失う。
今間に合わなければ、ポポの人生に意味はありません。
だって、ゴールドはポポのすべてなのですから。
爆発があり、その後、窓の奥にゴールドが見えました。
危ない!
ポポは叫んでいました。届かないと知りつつも、叫ばずにはいられませんでした。
ゴールドは黒い何かに押され、外に落ちていきます。
到底人間が助からない高さから、真っ逆さまに。
早く。早く!
今間に合わなければポポのすべてがなくなってしまいます。
ポポのすべてが無意味になってしまいます。
間に合えば、もうそれで消えてなくなっても構わない。体がバラバラに、砕け散ってしまっても構わない。
だからゴールド。ゴールドだけは――
ああこの重さ。この温度。この感触。
ああ、ああ、ああ!
ポポの重さ。ポポの温度。ポポのすべて。
間に合いました! ポポが、ポポがゴールドを救うことが出来た!
ありがとうゴールド。ポポに救わせてくれて。ポポにゴールドを救うようにさせてくれて。
でも、ゴールドはそれからずっと元気がありません。
ゴールドの大切な人が死んだらしいです。でも、ポポには意味がよく分かりません。
だって、ポポには、ゴールドの他に大切な人なんていないんですから。ゴールドの他の生き物がどうなろうと、ポポにはどうだっていいんです。
だから、ポポはポポの気持ちをゴールドに打ち明けることにしました。
ポポの胸の中には、ゴールドを救うことが出来た達成感と、ゴールドへの愛おしさしかありませんでした。はっきり言えば、舞い上がっていました。
――だから、ポポは絶望へと落ちることになりました。
ああ、そんな、嘘です!
ゴールドが、ゴールドがポポを受け入れてくれないなんて!!
……ポポは思いました。あのいやなメスが、あの害獣が近くにいるから。だから元気がないんですよね? あのゴールドを害すだけの生き物に、ゴールドは苦しめられてるんですよね。
だから嘘ですよね。チコを好きだなんて。愛しているだなんて。
だって自分のことを傷つけるだけのものを愛すなんて、絶対におかしいです。
なのに。どうして、どうしてそんな顔するですか。
どうしてそんなこというですか。
どうして、ポポのすべてなのに、ポポの全部を受け取ってくれないですか。
こわかった。
怖くて、どうにかなってしまいそうだから。
だから、ポポはゴールドに抱きつきました。
ゴールドに思いの丈をぶつけました。
そしたら、ゴールドは分かってくれました!
なんとなんと、ゴールドはポポを受け入れてくれたのです!
あの女達は要らないって! ポポだけいればいいって!
ポポと一緒です! ポポもゴールドだけいれば他に何もいらないです!
あとのポポの人生には幸福しかありません。
だから、ポポは目の前の愛しい人に口付けを交わすのでした。
ポポの愛しい人。ポポにすべてをくれた人。
そこは、ポポの望んだ世界。ポポの幸福な夢。
709 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21:38:43 ID:KKK.SerE [12/14]
――――――――――――――――――――――
「ん、おはようです、ゴールド」
幼い少女の口付けで今日も目を覚ます。
目を開けると、そこには可愛らしい少女の、しかしその幼さに似つかわしくない、淫靡な溶けたような笑顔がそこにあった。
僕はその挨拶に答えることもない。
酷い頭痛がする。吐き気がこみ上げ、胃酸がカラカラに乾いた喉を焼く。まるで悪夢だ。
「うふ、ゴールド、またするですよぉ」
そういって彼女は僕の下半身をいじりだす。
もうこんな生活を送るようになって三日が過ぎた……と思う。あれから三度日が昇り沈むのを見た気がするからだ。だけど、それも定かじゃない。現実か幻覚かも分からない。
僕の体力と精神力は完全に限界を超えていた。
「ゴールドぉ、朝ごはんですよぉ」
そういって彼女は木の実を口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
そうして、ドロドロに溶けた木の実を、彼女は僕の口に口移しで流し込む。
味なんて分からない。もう彼女の体温も感触も、よく分からなくなってしまった。
旅の途中で彼女に抱きつかれて感じたあの温もり。あの時は、確かにポポの暖かさや優しさを感じることが出来たはずなのに。
あの明るく無邪気な彼女と、この目の前の存在は果たして同じものなのだろうか。同じものだとすれば、どうして僕は今の彼女からは何も感じることが出来ないのか。
僕はこれからどうなるんだろう。
分からない。考える力もわかない。
「うふふ、こぼしてますよゴールド。ちゃんと食べるですよー」
彼女はそういって僕の口を舐める。
「ちゃんと食べないと……」
意識が溶けて消えていく。
僕は再びまどろみに落ちた。
洞窟に響く湿った音。やわらかい肉。誰かの嬌声。溶けたようなポポの顔。濃厚な性の臭い。耳元で囁く誰かの声。頭痛。吐き気。身体の痛みと気だるさ。耐え難い苦痛。
何も分からない。
地獄のまどろみの中から、唐突に覚醒した。
まともに意識を取り戻したのは一体いつ振りだろうか。
今がいつであれからどれだけ経ったかなんてさっぱり分からない。
そこでふと違和感を覚える。
いつも僕にまとわりついていたポポがいない。
食料をとりに言ったのかと思ったけどそれも違った。
ポポは、僕と少し離れたところで、殺気立って入り口を睨んでいる。
こんなに怒りというか闘争心をむき出しにした彼女を見るのは初めてかもしれない。
一体何があったんだ。
それを言いかけた僕は、全身を駆け抜けた悪寒で口を噤んだ。
はっきりと分かる。
殆ど思考も出来ないような鈍った脳でも、容易に捕らえられる、いや、閉じた脳を無理やりこじ開けられるような強引さで。夢でも幻覚でも無い。間違えようの無い、暴力的なまでの現実感。
何か、何かとてつもなく恐ろしいものが。
下から、猛然と迫ってくる――
僕は自分が意識を取り戻したわけを知った。この殺気だ。この殺気と感じたからだ。僕の感覚が、本能が言っている。今正気を失っているとやばい、と。意識の混濁すら許さない、濃密な、圧倒的な恐怖。
同時に気づく。ポポはここでその何かを迎撃する気なんだ。
確かに入り口は一方。確実に来た相手に対応できる。
けど、ここで迎え撃つのは下策だ。
入り口が一つってことは、いざというときの逃げ道がないってことだ。
水や火、または毒ガスなんかを流し込まれたらどうしようもない。
慌てて出てきたところで待ち受けていた敵にやられるだけだ。
が、敵はそんなことしなかった。
「ゴールドー!」
まっすぐ、正面から突っ込んできた。
流れる、萌える春の草原のような髪。パッチリとした、見たものの心を捕らえて離さない、夏の果実のような綺麗な赤い瞳。美しく、彼女を彩るように咲いた花。懐かしい顔、声。
ああ、ああ。
「か……」
涙がとめどなく流れてきて、視界がぼやけた。
日の光を背負って僕の前に躍り出た彼女は、まるで女神か何かのようだった。
いや、彼女は紛れもない、救いの女神だ。
「香草さん!」
「会いたかった、ずっと会いたかったわ、ゴールド!」
ポポのことなんてまるで眼中に無いように、彼女は僕の胸に飛び込んできた。
710 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21:39:11 ID:KKK.SerE [13/14]
――――――――――――――――――
天国のような日々。
理想とは違いましたけど、それでも、ポポはとっても幸せでした。
「……んぁ」
ゴールドのものがポポの中で脈打った気がして、思わず息が漏れます。
愛おしくて、ゴールドの頬を撫でました。
ああゴールド。素敵です。カッコいいです。
ポポのことを抱きしめてくれなくなったのは悲しいですけど、でもしょうがないですよね、ゴールドは調子が悪いんですもの。
でもゴールドはいつも言ってくれます。
「ポポ、好きだ。愛してる」
「ポポにこうして抱きしめてもらう以上の幸福なんて無いよ」
「今はちょっと体調が悪いけど、でも、ポポと一緒にいればきっとよくなるから、だから心配しないで」
自分が具合悪いときですら、ゴールドはポポのことを第一に考えてくれます。
もう、そんな時くらい、自分の心配をしてください。
ポポは心配ですよ。
でも、きっと大丈夫ですよね。
だって一番大好きな人と結ばれたんですもの。
だからもう大丈夫。
これからの人生には、もう幸福しかないですよ。
ゴールドにキスをします。
ああ、ゴールドの舌、熱い。
こうしていると、幸福でポポは真っ白に溶けてしまいます。
ねえゴールド。ゴールドも今、こんな気持ちですか? ポポと同じ気持ちですか?
……ああゴールド、お腹がへったですね。
いつもみたいに、食べさせてあげるです。
……もう食べ物が無いです。取ってこないと。
名残惜しさを必死で堪え、ゴールドから離れると、食べ物をとりに飛び立とうとしました。
その瞬間、恐ろしいまでの殺気がポポに向けられたのを感じました。
後悔がポポを包みます。見つかった。今外に出ようとすべきでありませんでした。
この嫌な気配。間違いない。あのメスです。ゴールドを傷つけるあのメス。ゴールドにすがり寄る悪魔。
ポポがゴールドを救ったのに、癒しているのに、それをあの虫けらは……!
ふふ、来るがいいです。ここは岸壁の中。飛べないお前なんて、ただの鴨でしかない。狩られるだけの哀れなイモムシ。ポポには追いつけない。
うふふ、ゴールド行きましょう。お前はそこでポポとゴールドの幸せな旅路を指咥えて見てるがいいです。
しかし、ゴールドに近づこうとした瞬間、体が固まりました。
体が動かない。まるで巨人の手に握り締められたような……
この力には覚えがあります。
岸壁の向こう、こちらを見据える歪な塊。
やどり!!
そうでした。この女の存在を忘れていました。
ゴールドを害しはしないですけど、ゴールドに求められることも無い。
いてもいなくても変わらない。憐れな女。眼中にもありませんでした。
あの害獣を駆除した後は、はっきり言ってどうでもよかった。
だからここまで放置してきたのに、まさかこんな。
気がついたときには、ポポはあの女の念動力にがんじがらめにされていました。
振りほどけない!
逃げてくださいゴールド、あの女が来るです。
そう言おうとして、ポポは心中で悲鳴を上げました。声すら出せない! ああ、こんなに近くにいるのに、ゴールド!
お願い、逃げて!!
唐突にゴールドが起き上がりました。
ゴールド! ポポの思いが通じたですね! ゴールド! 早く逃げるです! でないと、あの女が!
それなのに、ゴールドはちっとも逃げようともしません。
いや、それどころか、嬉しそうに入り口の方を見つめるではありませんか!
駄目ですゴールド、あの女の毒に惑わされないでです! そんな目で見ないで! ポポを、ポポを見て!
「ゴールドー!」
ゴールドの顔が嬉しそうに歪みます。
そんなの可笑しいですよゴールド。
ゴールドの口がゆっくり開きます。
どうして! もう何日も、ポポには何も言ってくれないのに!
だめです。駄目ですゴールド。やめて。やめてぇぇぇぇぇ!
「香草さん!」
「会いたかった、ずっと会いたかったわ、ゴールド!」
――ああ、わたしの幸福を引き裂きに、悪魔がやってきた。