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807 名前:ぽけもん黒 エピローグとプロローグ ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/08/12(月) 20:24:12 ID:F.d9Ljgs [10/12]
僕は光の中にいた。
いつからここにいたかも、どこからここに来たかも分からない。
僕は、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
何もかもに失敗し、大切な人の命も、自らの命も、そして幸福な未来もを失った。
あの両者の攻撃が衝突する、光の中に飛び込んだところまでは覚えている。
そして気がついたらここにいた。
僕は死んだのだろうか。なら、これがあの世って奴なのかな。
誰もいない、何も無い、ただ光だけがある世界。
無というものは残酷だ。新たに何かが与えられないのならば、そこに居るものにできることは自らの世界の反芻だけだ。
自らの行いに満足し、幸福な思い出に満ちている者はいい。幸福を反芻し続けられるということは、天国にいるということに等しい。だけど、僕のように、途方もない後悔を抱えている人間にとっては、ここは地獄だ。
希望も絶望も、誰かが与えるものではない。この永遠の無の中で、僕は自分の失敗を責め続ける。死者を裁くのは明確な誰かではなく、死者自身の思い出と後悔。
ここがどこか。ここがあの世だろうとあの世までの道中だろうと僕の妄想だろうと、どのみち、僕が助かるということはないだろう。
あのぶつかり合う凄まじいエネルギーの渦中に飛び込んだんだ、二人が即座に攻撃を中止したとしても、僕の骨片一つ残りはしない。
ああどうしてこんなことになってしまったんだ。
僕の後悔が、この光の世界を地獄に変える。
やどりさん、ごめん。ポポ、ごめん。香草さん……ごめん。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
地獄の中で、誰かの声を聞いた気がした。
香草さんのものでも、ポポのものでも、やどりさんのものでも、僕のものでもない。
今までに聞いたどの声とも違う、僕を呼ぶ声。穏やかで、優しい声。
「あなたは、後悔していますか」
まるで幻聴のような、しかし幻聴とは明らかに違う、確かな声。
永遠にも思える苦悶の中で、僕の思考はほとんど停止していた。
しかしあまりにも久しぶりに聞いた自分以外の声に、僕の意識は反射的に覚醒した。
「だ、誰だ……」
口調は乱暴ながら、僕の声は救いを求める懇願の響きに満ちていた。
しかし、声の主は僕の問いに答えることはない。
「あなたは、後悔していますか」
「もちろん、後悔している……僕は間違えた。僕のせいで、不幸にならなくてもいい何人もの人が不幸になった」
「あなたは、そんな人たちのことを、救いたいと思いますか?」
「もちろんだ!」
「それは、相手のためですか? それとも、あなたのためですか」
「それは……」
もちろん、それは相手のためだ。まず真っ先に頭に浮かんだのはそれだ。だけど、じゃあ自分のためじゃないって言うのか、と言われたら、それも嘘になる。彼女達は、僕に救ってもらうことなんて欲していない。彼女達の望みは、僕に愛してもらうことだ。
彼女らのためといいつつ、彼女らに彼女らの欲しがっていないものを与え、そして彼女らが欲しがっているものを与えない。
彼女達の幸福のためだとかなんだとか、そんなのはただの欺瞞だ。紛れも無く、それは僕のために僕がやることだ。僕は、どこまでも、欺瞞に満ちている。
「……自分のためだ。その人達が救われれば、僕はこの後悔の地獄から救われる」
「そうですか。それが、あなたの答えなのですね」
「……そうです。これが、僕の答えです」
「ならば、私はあなたを助けましょう。あなたが、それを望むのなら」
世界が、急速に鮮明になっていく。僕を苛んでいた地獄が消えていく。体が、精神が形を取り戻していく。
それと同時に、とんでもない威圧を感じる。とてつもなく大きな存在と正対していることに唐突に気づく、
「でも、どうして僕を助けてくれるんですか!?」
不思議と、どうやって、とは思わなかった。僕の前、いや僕の上に存在する、その存在ならそれが出来る。そんな確信があった。
僕の胸の前に、いつぞや見た包みがあった。
これは……そうだ、マダツボミの塔で長老から貰ったあの包みだ!
自分でももうすっかり忘れていたけど、僕は服の内ポケットに入れて肌身離さず持っていたらしい。
その包みがひとりでに解かれていく。
光に溢れたこの空間でも一際まぶしい光がその包みの中から零れる。
包みから出てきたのは、鳥の羽だった。
808 名前:ぽけもん黒 エピローグとプロローグ ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/08/12(月) 20:24:46 ID:F.d9Ljgs [11/12]
その羽はずっと包みの中にあったにも関わらず、瑞々しさに溢れていた。
一枚の羽なのに、まるで生きているように複雑に色が変わって、まるで虹色に見える。
こんな綺麗なもの、今まで見たことが無い。
「ずっと、あなたと共に旅をし、あなたを見て来ました。だから、私はあなたを助けます」
そうか、彼女は、伝説の――
彼女がどんどん遠くなっていく。まだお礼も言っていないのに。
本当に喋れているか分からないし、イメージでしかないのかもしれないし、あの人には伝わらないかもしれない。それでも僕は声の限り叫んだ。
「あ、ありがとう、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
――神様!
風が頬を撫でる気配がする。
この瑞々しい草の匂い。新鮮な澄んだ空気。
今、僕は早朝の春の草原にいる。
目を開けずとも分かった。
鳥の声や遠くの川のせせらぎや、萌える若葉の緑の匂いが全身に満ちる。
懐かしい、ずっと僕と共にあった匂い。
ああ、僕は、戻ってきたんだ。
僕は、誰に言われるでもなく、それを悟った。
目を開けると、僕は研究所の前に倒れていることに気づいた。
ポケギアを取り出す。日にちは間違いなくあの日。僕が旅に出ることになって、そして香草さんと会ったあの日。僕と香草さんが契約してパートナーとなった、運命のあの日だ。
ゆっくりと体を起こす。
もうすぐだ。もうすぐ来るはずなんだ。
遠くから慌しい、遠足に行くのに待ちきれない幼児のような弾んだ足音が響いてくる。
思わずくすくすと笑ってしまう。
あの時はちっとも気づかなかったけど、君も、この日をずっと待っていたんだね。
ああ、遠くの緑に溶けて、愛しい彼女が見えてくる。
「あ、あの、会場は……」
「まだ開いてないよ。でも、僕も参加者なんだ」
「へ、へえ、こんな早くに来るなんて、中々見所がありますね」
全部、やりなおすんだ。
今度は、絶対にあんな悲劇的結末を迎えたりなんかしない。誰も不幸にしない。きっと、そうしてみせる。
だから、僕は目の前の女の子に向かって、微笑んでこういうんだ。
「じゃあさ、僕と契約して、パートナーになろうよ」
懐かしい、甘い香りを感じた気がした。
終わり。