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267 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/13(金) 02:27:58 ID:WEky9wKo [2/6] 1. 月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中、何かを啜る音が反響する。 部屋の中には人影が二つ。 華奢で小柄な少女と、どちらかと言えば大柄で、筋肉質な体付きの少年。 二人はお互い向き合って座っており、少年は少女に手を差し出し、少女は少年の手を取って自分の顔の前へと持ってきている。 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃり。 舐めていた。 少女は熱に浮かされた表情で、差し出された少年の手の中指を、一心不乱に舐め回していた。 だがただ舐めるだけでは無く、時折少年の指を咥え込み、何かを吸うみたく口を窄めたりもしている。 否。みたく、では無い。 少女は吸っていた。 少年の血を。体液を。そこに含まれる、少年の生命そのものを。 舐り、啜り、吸収していた。 少年はそんな少女を、ただただじっと見つめていた。 しばらくして、少女はようやく少年の指から口を離した。 どこか焦点の合っていない胡乱な目で、口からはだらしなく涎が垂れている。 少年はくす、と微笑むと、ポケットからハンカチを取り出し、少女の口元を拭ってやった。 我に帰った少女は、羞恥に頬を染めながら顔を俯かせる。 すると、何かが少女の頭の上にぽん、と置かれた。 少年の手のひらだ。 先ほど少女が舐めていた手とは反対の手が、少女の艶やかな黒髪を梳くように、優しく少女の頭を撫でていた。 「もういいのか?」 気持ち良さそうに目を細める少女に、少年は少女の頭から手を離すと、労わるように言った。 少女は少年が頭を撫でるのをやめたことに若干不満そうな表情を浮かべたが、すぐに取り直して頷いた。 「うん、もう大丈夫」 少年はそっか、と頷き返して、自分の中指を見た。 少女が血を吸いやすいように予め付けておいた切り傷は、もうすでに塞がりつつある。 「よし、それじゃあ晩飯にするか」 今日は手軽に野菜炒めにでもするかな、と少年が考えを巡らせていると、何やら熱い視線を注がれていることに気付く。 視線の主は言わずもがな、少女である。 何かを期待するように瞳を輝かせながらこちらを見据える少女に、少年は怪訝な表情を浮かべる。 「どうした?」 と少年。 「えっへっへー。ハルのハンバーグ食べるの久しぶりだなーって思って」 対する少女はにへら、にへらという擬音が聞こえてきそうなほど表情を弛緩させ、これ以上なく浮き足立っている。 それもそのはず。今日は少女の一番の大好物たるハンバーグの日なのである。 基本的に少年の作るものなら何でも大好物の少女だが、その中でもハンバーグは別格だ。 我ながら子供染みた味覚をしていると思うが、好きなものは好きなのだから仕方ない。 しかし、 「へ?ハンバーグ?」 少年はキョトンとした表情で、小首をかしげて少女に訊いた。 「え?昨日約束したでしょ?『明日はハンバーグ作ってやるからなー』って、ハル得意気に言ってたじゃない」 少女もまた、不思議そうに少年に問い返す。 しばしの沈黙。 それを破ったのは、少年の発した実に間の抜けた声であった。 「……………………あー」 「もしかして、忘れてたの?」 見る見るうちに少女の大きな瞳が潤み、形の整った眉が吊り上っていく。 少年は両手をあたふたとバタつかせて、必死に弁解の言葉を探し始める。 「い、いや!忘れてない!忘れてないぞ!ただちょっと他のことに気を取られてたっていうか、頭からスッパリ抜けてたっていうか、記憶にございませんっていうか……」 「忘れてたんでしょ」 「うっ……」 少女のズバッとした物言いに、少年は力無く項垂れた。 またしても沈黙が場を支配し、微妙に重苦しい空気が漂う。 部屋の内部を照らし込んでいた月明かりも今は雲に隠れ、暗黒の帳が二人の間に落ちる。 宵闇に紛れて読み取れない少女の表情。 268 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/13(金) 02:29:12 ID:WEky9wKo [3/6] 少年は所在無さげに頭を掻き、目を伏せっておずおずと口を開いた。 「……ごめん、すっかり忘れてた」 そして静かに、頭を垂れた。 「ハルのばか」 ぷいす、とそっぽを向く少女。目が暗闇に慣れてきたのか、頬を膨らませているのが見て取れた。 そんな少女の様子がなんだか微笑ましくて、知らず、少年の顔が綻んだ。 少年の態度が気に食わなかったのか、少女の頬が更に膨らむ。 「いや本当にごめん。悪かった。埋め合わせと言っちゃなんだけど、明日はちゃんとハンバーグ作るから。だから許してくれよ、な?この通り」 眼前で手のひらを合わせるようにして、ひたすら平謝りする少年。 「ふんだ。ハルの言うことなんて、もう絶対ぜぇ~ったい信用しないんだから」 しかし、少女の機嫌は依然として直らない。それどころか、ますます悪くなる一方だ。 どうやら完全にへそを曲げてしまったらしい。 少年は次第に、先ほどまでの微笑ましいものを見る目から、段々と涙目になってきた。 そして、少女に機嫌を直してほしい一心で、ついその言葉を口にしてしまったのだ。 「今日一緒に寝てやるから!」 瞬間、少女の瞳がギラリと光った。 少年は自らの失言に気付いたようで慌てて口を押さえたが、もう遅い。後の祭り、後悔先に立たず、口は災いの元、である。 少女は一瞬、言質は取ったとばかりにほくそ笑むと、先ほどまでの不機嫌はどこへやら、太陽のような笑顔で少年に向き直った。 「しょうがないなあ、そんなに言うんなら許してあげる」 でも、と少女は続けて、 「そのかわり、今言ったこと、忘れないでね?」 ―――ハ、ハメられた……。 少年は愕然と肩を落とす。 寂しがりで甘えたがりな少女は、何かと少年と一緒に寝たがる。 少年としても少女と一緒に寝るのは決して嫌では無いのだが、16歳にもなってまだ一緒に寝ているというのは、少女の教育上よろしくないのではないかと考えている。 だから出来る限り少女には一人で寝させるようにしているのだが、敵もさる者、少女もまたあらゆる手段を使って少年と一緒に寝ようとする。 そのひとつがこれだったのだ。 どこからが計算だったのか、少年はまんまと少女と一緒に寝る約束を取り付けさせられてしまった。 「ほら、早く晩ごはんにしましょ。わたしお腹空いちゃった」 すっかり上機嫌になった少女は、鼻歌でも歌いだしそうな調子で少年の手を取る。 どうやら今夜は少年と一緒に寝られることが決まって、すっかりご満悦のようだ。 少年は観念したように、深々とため息を吐いた。 少年の名は、十六夜晴臣。 少女の名は、十六夜雨音。 この世でたった二人の、血を分けた双子の兄妹である。 269 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/13(金) 02:30:19 ID:WEky9wKo [4/6] *** 日本のどこかに存在する地方都市・十六夜市。 十六夜家は、この地に古くから存在する名家だ。 市と同じ姓を持つこの家には、代々受け継がれてきた役目があった。 それは、十六夜市という土地に棲む霊なる存在を鎮め、時に滅するという役目。 つまるところ十六夜家とは、霊能者の家系なのだ。 そういった特殊な家系に、晴臣と雨音の二人は、16年前、母親の命と引き換えに双子として生を受けた。 晴臣は生まれた時から、高い霊力をその身に宿していた。 歴代最高の資質とされ、また晴臣自身の努力もあって、小学校を卒業する頃には、そこらの亡者など束になろうと問題にならない程の実力を身に着けていた。 しかし、そんな晴臣とは打って変わって、雨音には霊能者としての才能はこれっぽっちも無かった。 いや、才能が無いどころの話では無い。 それどころか、どういうわけか彼女は、身に宿す霊力の総量が一般人のそれと比べても極端に少なかったのだ。 霊力とは魂の力。言い換えれば生命力だ。 それが常人よりもはるかに少ない彼女は、本来なら一人では生きることすらままならない。 だが、そのかわり雨音には、晴臣よりも更に特異な能力が生まれつき備わっていた。 雨音の持つ特異能力。 それは、他者の血を吸うことにより、その血液を通して霊力を吸収し、自分の霊力とすることができるというものだった。 そうすることによって雨音は不足分の霊力を補い、初めて人並みの人間足りえるのである。 勿論、だからと言って誰彼構わず血を吸って良いわけでは無い。 霊力を吸収するということは、即ちその者の魂の一部を吸収するということ。 普通の人間から血を吸えば、吸われた人間はたちまちのうちに霊力が枯渇し、場合によっては魂が消滅してしまうという事態になりかねない。 自然、彼女が最低限普通の人間として生きるためには、ちょっとやそっと吸われた程度ではビクともしない、並外れた霊力を持った人間が必要だった。 そしてそんな人間は、幸運にも、彼女の最も身近に存在した。 「雨音、ちゃんと布団入ったか?」 晴臣は電気の紐をつまみながら、隣で寝ている雨音に尋ねた。 「んー」 雨音は頭までずっぽりと布団を被って気の無い返事を返した。 すでに夢心地になりつつあるようだ。 晴臣は電気を消すと、いそいそと布団に潜り込んだ。 春先とはいえ、夜はまだまだ冷える。 さすがに雨音のように頭まで布団を被ったりはしないが、しっかりと肩まで布団をかけた。 晴臣はちらりと雨音の方を見た。 生まれた時から霊力が少なく、誰かから霊力を吸わなければ、生きることすらままならない双子の妹。 晴臣は物心つく前から、そんな妹に血を与え続けてきた。 彼女を一人前の人間として生かすことができ、且つ彼女に霊力を与えてもほとんど人体に影響が無いほど膨大な霊力を持っている人間は、彼しかいなかったからだ。 けれど晴臣は、そのことに関して嫌だと思ったことは一度も無い。 そのことに関して思うことは、たった一つだけ。 雨音に対する、途轍もない罪悪感だけだ。 雨音とは対照的に、自分は人並み外れた高い霊力を持って生まれてきた。 まるで本来は雨音の取り分だったはずの霊力を、根こそぎ奪ってきたかのように。 いや、少なくとも晴臣はそう思っている。 自分が雨音から霊力を、生命を奪ってしまったのだと。 だから晴臣は、雨音に霊力を与え続けている。 否、返している、と言った方が正しい。 自分のこの霊力の半分は、元々は雨音のもののはずだから。 自分さえいなければきっと、雨音はこんなことに苛まれずに済んだはずだから。 俺が生まれてきたから、雨音はこんなにも不自由な体質になってしまった。 俺が生まれてきたから、雨音は今はもう天に還った父に、落ちこぼれだ、化け物だと邪険にされ続けた。 俺さえ、生まれて来なければ。 そこまで考えて、晴臣は小さく頭を振った。 ダメだ、こんなことを考えては。 思念もまた魂の一部。霊力の一部だ。 こんなことばかりを考えていては、次に雨音に霊力を返す時、何か悪影響を及ぼしてしまうかも知れない。 晴臣は考えることをやめて、ぎゅっと目を瞑る。 それから睡魔に意識が飲まれるまで、そんなに時間はかからなかった。 270 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/13(金) 02:32:01 ID:WEky9wKo [5/6] 隣で晴臣が寝息を立て始めているのを感じて、雨音は目を開いた。 布団からそっと頭を出し、晴臣を見る。 心地良さそうに眠る晴臣の寝顔は、本当に無防備で。 雨音はたまらず、晴臣に抱きついた。 腕と脚を晴臣の身体に絡めて、晴臣の胸に顔を埋め、思いっきり息を吸い込み匂いを堪能する。 えへへ。ハル。ハル。ハルの匂いだあ。あったかいなあ、ハルは。 晴臣が自分のこの体質に対して、何か負い目のようなものを感じているのは、雨音も気付いていた。 そして、晴臣が自分のことをとても大切に思い、また、心配してくれていることも知っている。 それを実感する度に、雨音は晴臣のことが愛しくて愛しくて仕方なくなる。 晴臣に大切にされていると思うと、胸がドキドキして、頭の中がボーッとして、お腹の下辺りがキュンキュン疼くのだ。 でも。でもね、ハル。あなたは一つ勘違いしてる。 わたしはこんな体質に生まれてきたことを、一度だって嫌だと思ったこと無いんだよ? それどころか雨音は、自分をこういうカタチに作ってくれた父親に、自分をこんな体質に産んでくれた母親に、深く深く感謝していた。 不完全で、不安定で、晴臣から血を貰わなければ、すぐにでも朽ち果ててしまうだろうこの身体。 自分の生殺与奪の権利は全て、晴臣によって握られていると言っても過言ではない。 雨音はそれが嬉しかった。 たまらなく嬉しかった。 何故ならそれはまさしく、自分の全ては晴臣のものだという証明に他ならないではないか。 この身体も、この心も、この命も、この魂すらも。 全てが晴臣のものだという確固たる証明。 もしも晴臣に捨てられたら、自分は本当の意味で生きていけなくなる。 晴臣以外の人間の血など飲む気にもならないし、第一そんなこと、この街を守ることが使命の晴臣が許すはずが無い。 自分は晴臣の庇護下でしか生きることを許されない、晴臣の所有物。 言わば、晴臣の飼い犬のようなものだ。 瞬間、雨音はゾクリと身震いした。 飼い犬。飼い犬。飼い犬……。 そう、わたしは飼い犬だ。 ハルに血という餌を与えられて、霊力という鎖に繋がれた飼い犬。 ご主人様がいなければ何もできない、生きることすらできない、無能で役立たずな駄犬。 それが、わたし。 雨音は晴臣に抱きつく腕に力を込めた。 その小ぶりな胸を晴臣の腕に押し当て、晴臣の太ももに自らの秘所を擦りつける。 知らず、頬は上気し、甘い吐息が漏れる。 気付けば雨音は、まるで発情期を迎えた犬のように、腰を振り、身を捩じらせ、快楽を貪っていた。 秘所はすっかり濡れそぼっており、晴臣の太ももを濡らしている。 雨音は虚ろな瞳で、再び晴臣の方を見た。 すぐ隣で、自分がこんな痴態を晒していることなど文字通り夢にも思っていないだろう彼は、すうすうと安らかな寝息を立てている。 ハル、ごめんね。いつもいつもわがままばかり言って。 今日だって夕食のことで、あんな生意気な態度を取っちゃって。 怒ったよね?腹が立ったよね? ハルはいつだって優しくて、わたしもそんなハルが大好きだけど、たまには怒ったっていいんだよ? ううん、むしろハルは、もっと怒るべきだよ。 本気で怒って、本気でお仕置きして、しっかり躾け直さなきゃ。 特にこんなわがままで、生意気で、そのくせご主人様に発情して勝手に自慰行為に耽るようなどうしようも無い雌犬には、キツいお仕置きをしなくちゃダメ。 殴ったっていい。蹴飛ばしたっていい。わたしは全部受け入れるから。 ハルにされることなら、わたしはどんなことだって受け止めてみせるから。 でも、それでもし、もしわたしが、今より少しはお利口さんになったら。 その時は、よくできたなってわたしを褒めて、たくさん可愛がってほしい。 よしよしって頭を撫でで、ぎゅって抱きしめてほしい。 ああ。ハル、ハル。 わたしを痛めつけて。わたしを甘えさせて。わたしを傷つけて。わたしを抱きしめて。わたしを支配して。わたしを守って。わたしを壊して。わたしを愛して。 わたしを、わたしを、わたしを、ワタシヲ―――――――――――――――――――。 果てた。 雨音は息を荒げて、ぐったりと横たわる。 すると、途端に強い眠気が襲ってきた。 しかしその瞳は、意識が夢の中へと誘われるまで、ずっと晴臣に向けられていた。 ハル、大好きだよ。だからずっと、わたしのそばにいてね。 雨音はそっと目を閉じて、眠りについた。

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