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368 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 00:58:43 ID:BuxU3gmE [2/7] 「ん、チョコ、あげる」 「お、おう」  朝目が覚めリビングに行くと、妹がそっぽを向きながら綺麗にラッピングされた箱を突き出してきた。  突然過ぎて言葉が詰まる。てか思考がマジで止まる。どゆことだってばよ?  思わず両手で受け取ったチョコの箱と妹の横顔を視線が往復し気付く。こいつ耳赤いけど、もしかして照れてるのか?  俺が受け取ったのを確認するとそのまま何も言わずに妹は俺の横を抜けリビングを出て行く。通り過ぎる瞬間良い香りが鼻腔をくすぐった気がした。それはチョコのように甘く優しい香りだった。  俺はあわてて振り向き妹の背中に「ありがとう」と言い、右手に持った箱を振る。中から固形物が動く音が聞こえた。  妹は足を止めコチラに振り返る。長い黒髪がふわりと舞い上がり妹の満面の笑みが見えた。 「ねえ知ってる? 二月十五日のチョコって嫌いな人にあげるの。ばーか!」  それだけ言い残し妹は駆け足に階段を上り扉が開け閉めされる音が聞こえた。  さて、どうしたものだろうか。この中途半端にあげた右手に握られたチョコを。俺の嬉しくて少し緩めてしまった頬を。いっそこのままチョコを地面に叩きつけてやろうか。小気味いい音が響くぞ。俺のくすぶった心が砕ける音がよ……くそが!  なにが『ねえ知ってる?』だ。お前は豆しばか。捻り潰してあげようか。俺の感動を返せ。最近生意気で憎たらしくなった妹が照れながらも兄の俺にチョコをくれたから、『なんだこいつも可愛いとこあるじゃねえか、これからはもう少し優しくしてやるか』とか思ったのによ。あー、チョコあまっ、うまっ。  本日は二月十四日、バレンタインというお菓子会社の企業戦略に塗れた夢幻都市伝説となったド畜生日(決して一つもチョコを貰えなくて僻んでいる訳ではない)から一夜明けた二月十五日。  昨日の風雪は雨に変わり世界を濡らしていく。まるで今の俺の心情を表すかのように……という表現はなかったことにして、雨と雪解けで地面が水浸しになっていることだろう。びちゃびちゃだろう。ふええ、雪ちゃんが雨ちゃんでびちゃびちゃだよぅ、ふええ。なんかエロいな。  今日は天気も悪いしせっかくの休日だし家でのんびりして、学校という荒波で磨り減った心身を癒そうと思った矢先にこれだ。  別に妹に嫌いと意思表示されたのはどうでもいい。特筆して仲が良いというわけではなく、お互いがお互いを邪魔ったらしく思っているそんなありふれた兄妹仲をしているから妹のことなんてどうでもいい。あまり繰り返し言うと、実は気にしているんじゃないかと邪推されそうだが本当に妹なんてどうでもいい。どうでもいいんだからね! うん、やめよう。  そんなことより、あんな妹からチョコが貰えて少しでも嬉しいと思ってしまった自分自身に怒りを覚える。しかもそれを見透かされ馬鹿にされた事にも腹が立つ。思わず怒んパッチになってしまいそうだ。激おこぷんぷん丸だ。ぷんぷん。間違いない。  内心に怒りの渦を巻き巻きしながら朝食の食パンを食べ終わる。ちなみに食パンは焼いてバターを塗り塗りして食べた。  食べ終わりホッと一息つくと部屋が妙に静かなことに気がつく。そういえば怒りの余りテレビをつけるのを忘れていた。雨が地面などに跳ね返る音がぼんやりと聞こえてくる。  なぜだろうか、凄く時間がゆっくり流れているような気がする。電子音の類がなく、雨という自然の音だけが流れる空間。都会の喧騒から外れた田舎町とかで感じる感覚に類似している。まあ田舎なんて小学生の頃以来行った事が無いから実際は知らんが。うち、田舎にすんどらんの。  だがなんにしても、凄く心地が良い。そして気持ちが良い。 369 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 01:01:43 ID:BuxU3gmE [3/7]  雨の様子を窓から眺めながら愚妹から貰ったチョコに手を伸ばす。しかしその手は虚しく空を切る。あれ? 気がついたらなくなっている。食パンが焼けるまでの間に口が寂しいからと摘んでいたが、もうなくなってしまったようだ。  うん? なんで俺は今残念な気持ちが芽生えているのだろうか。花咲か爺さんでも心に飼った記憶はないぞ。しかもどうせ飼うなら爺より可愛いおんにゃの子の方がいいぞ。  まあ確かに味は甘くて美味かった。ついつい食指が動いてしまう程度には美味かった。だがそれは誰が作っても同じだろう。市販のチョコを溶かして再度固めただけに過ぎないのだから。妹の腕とかでは決してない。本来なら元のチョコを製造した会社に賛美を唱えるべきなのだが……まあ今回は最終加工者である妹に華を持たせてやろう。俺ってなんて良い兄貴なんだろうか。自分で自分に掘れそうだよ。あ、誤変換、惚れそうだよだった。危ない危ない、受け攻めの考察が始まってしまうとこだった。  それにしてもさっきからなんか俺おかしいな、頭というか思考が。元々おかしいのは自覚がしているが、それ以上に異常を感じる。まあいいか、気にしても仕方ないし。 「ふはああ」と大きな欠伸が漏れる。なんだか眠くなってきた。起きてから余り経っていないが、ねむねむさんがやっはろーしてくる。  欠伸をスイッチにして思考に靄が掛かったかのように覚束なくなる。心地の良い眠気が襲い思わず体を預けようとするが、このままリビングの椅子で眠るより自室のベッドで寝たほうがいいのではと選択肢が鎌首を上げる。両天秤がゆれ、小さくデフォルメされた天使みたいな可愛らしいキャラクターがクルクルと舞うように回りだす。どことなくその天使が誰かに似ている気がするが、先に結論が出てどうでもよくなる。  よし、ベッドでぐっすり寝よう。椅子から立ち上がり足を引きずるようにリビングを出て行く。  あ、さっきの天使、妹に似てる気がしたんだ……まあどうでもいいや。あー眠い。  ******  呆けるお兄ちゃんを尻目に階段を駆け上がり部屋に入り、そのままベッドに飛び込む。バスンとベッドが反発する音が響く。  枕に顔埋め両腕でホールドし、グリグリと擦り付ける。枕の匂いを感じるように、私の匂いを付けるように何度も何度も顔を擦り付ける。はあ、しあわせえ。  鼻も口も塞がり息苦しくなるがソレすらも幸せ成分に脳が変換してくれる。だが流石に苦しくなって腕の力を抜き、仰向けに転がり焦点の合わない瞳で天井を見つめる。  荒くなる呼吸と乱雑になる心臓の音が静まった部屋に響く。雨の跳ね返る音が雰囲気を追従してくれる。  ついに、ついにやった。やっと待ちに待ったこの日がやってきた。 「ばんざーい」と小さく呟き腕を頭の上へ伸ばす。しばらくその体制を維持するが、手の方から徐々に痺れてきて腕を体の横に下ろす。小さなビリビリが這うように流れる掌を掛け布団に擦りつけ痺れを逃がそうとする。掛け布団の感触を楽しみながら、頭が思考旅行を始める。無限の彼方へさあ行くぞ! なんてね。 370 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 01:03:16 ID:BuxU3gmE [4/7]  今日は二月十五日。待ちに待った二月十五日。  昔私がまだ小学生の頃、誰かが言っていた。バレンタインの翌日、二月十五日は嫌いな人にチョコをあげる『ブラックデー』らしいと。本当か嘘かは分からない。後に分かったことだがそもそも『ブラックデー』なるものは別の意、別の日にあるらしい。だけどそんなことは正直どうでもいい。  本当に重要なのは二月十五日は私の誕生日であることだった。じゃじゃーん。  本日二月十五日、私は花も恥らう十六歳になった。私はこの日を何年も前から待ち続けていた。  またもや昔話になるが、昔私はとある人と約束をした。私が結婚できる年齢になったら愛してくれると。  きっとしつこかった私をあしらう為の、その場限りの口約束なのだろうと思う。だが私にとってそれは、かけがえのない約束でどうしても信じたい約束だった。  そして私は今日で無事に十六歳を迎えた。  これでやっと私も前進、邁進する事が出来る。そのための準備だってしてきたんだもん。  その人は以前、つんでれ? という性格の女の子が好きだと言っていたから、ここ数年口調を態度を多少きつくするようにした。今日だってわざわざ抱きしめたい衝動を抑えて、あえてブラックデーを演じたんだし。  それに手作りしたチョコにだって愛情をちりばめた。まず分かりやすく私を味わって欲しかったから少し血を混ぜたりした。なんだか最近女の子の間で血入りチョコが流行ってるみたいだったし。あとあの薬もチョコに入れてみたし。たしたし。  その他にもいろいろと手を回し頑張った。私頑張った。えらい。全部うまくいったらいっぱい褒めて貰おっと。  とりあえず手持ち無沙汰だから布団に潜っていよう。体を捻り縮み転がし布団を被せていく。  頭まで布団を掛けると、全身が包まれているような感覚に高ぶる。身じろぎをする度にまた呼吸が心臓が落ち着かなくなってくる。  お兄ちゃん早く来ないかなあ。 371 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 01:04:21 ID:BuxU3gmE [5/7]  ******  部屋の扉を開くとベッドに妹が浸かっていた。あれ? 部屋間違えたか?  一歩後ずさり部屋の中と階段とを視線が往復して確信をもつ。ここ俺の部屋だ。  ベッドの横まで足を引きずり、顔を覆うように掛け布団を掛けた妹を見下ろす。 「おい、ここ俺の部屋だぞ」  俺の呼び声虚しく妹は何の反応を示さない。さてどうしたものかと頭を悩めたいところだが、残念なことに眠くて思考が働かない。  仕方ないから掛け布団の上から妹の肩の位置らへんに手を置き揺らす。そして時々叩く。 「寝るんだったら自分の部屋で寝てくれ。俺はなんだか、とても眠いんだ」  それでも頑なに退こうとしない妹に溜め息が漏れる。  どうしたんだこいつ。なんで何の反応もしないままここに居続けるんだ。反抗期か。反抗期なら反発してベッドの外に吹っ飛んでいってくれ、お願いだ。あーもう駄目だ、眠い。 「もうそこに寝てても良いから少し横にずれてくれ。俺も寝たいから」 「うん」と布団の中からくぐもった妹の声が聞こえ、のそのそと壁際の方に体を動かしていく。  なんだよ、それには反応するのかよ。どんだけ居たいんだよここに。まあいいや、これでやっと寝れる。  掛け布団の端を少し持ち上げて中に入ると、俺の体重でベッドが僅かに軋む音が聞こえた。体をずらし寝床の調整をしていると手や足が妹に当たる。一瞬触れただけなのに凄く柔らかく滑らかで思わずドキリとするが、すぐに漏れた欠伸が上書きしてくれた。  俺は妹相手に何を思っているのだろうか、アニメやラノベじゃないんだし。  自己嫌悪に駆られるがそれすらも眠気の前では無力に霧散する。  やっと寝位置が安定して思考の瞼も閉じようとした時、背中の方で妹が身じろぎしたのが分かった。そして俺の背中に妹の手が当てられ、その部分が熱く、それなのに心地良い感じが心へと伝播する。 372 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 01:05:12 ID:BuxU3gmE [6/7] 「ねえ、お兄ちゃん? チョコ美味しかった?」  妹の声が睡眠状態に移行し始めた脳へ染み渡るように響いた。 「ああ、美味かったぞ。ありがとうな」  自然と思考を挟まない言葉がこぼれる。 「そっか、ならよかった」  そういえば妹にお兄ちゃんなんて呼ばれたのは久しぶりだな。 「それじゃあさ、今日がなんの日だか覚えてる?」  いつもと雰囲気が違う妹にどこか違和感を覚える。 「えーと嫌いな人にチョコあげる日?」 「違うよ。もしかして忘れちゃった? 私の十六歳の誕生日だよ」  あーそうだった、そうだった。今日は妹の誕生日だった。 「そういえばそうだったな。おめでとう」 「忘れてたんだね。酷いよ」  いや、ど忘れしてただけで覚えてたんだけどな。プレゼントも用意してたし。起きたら渡そう。 「まあいいや。それよりもお兄ちゃんあの約束覚えてる?」  約束?  「うん? お兄ちゃんもしかして眠い?」  ああ。 「そっかあ、じゃあこれだけ答えたら寝ても良いよ」  うん。 「昔約束した通り、私を愛してくれる?」  酷く甘い妹の声が心を蝕み脳を溶かす。細い糸で繋がっていた意識が完全に断ち切られ、最後に妹の楽しく笑う声が聞こえた気がした。  そういえば俺生返事したけどなんて言ったんだろう? まあいいや、眠いしおやすみ。

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