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「Jewelry girls」(2014/07/09 (水) 23:39:00) の最新版変更点
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453 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:07:24 ID:V./FX/XI
宝石のような瞳をしている少女を、俺は三人知っている。
少し、その話をさせてほしい。
俺の今迄の人生の中で、特別に仲のいい女子はいなかったのだが高校がどうやら人生の転機だったようで、そこで俺は三人の少女と会った。
赤峰裕理(あかみねゆうり)――そのルビーのような瞳に、俺は力強い元気を感じた。
「あたしは、あんたが好き。――隠すことなんてねーじゃん」
青須美紀(あおすみき)――そのサファイアのような瞳に、俺は静かな知的さを感じた。
「はぁ、あなたはいつもそう――心配だから傍にいてあげるわ」
神透明(かみすきあかり)――そのダイアモンドのような瞳に、俺はすべてを包み込むような優しさを感じた。
「笑お――君と一緒なら、私は何より楽しい!」
三人の少女たちは、色は違えど、性格は違えど、秘めたる思いは一途であり、とても前向きでひたむきで魅力的な少女たちである。どこまでも彼女たちは輝いていて――それはもう、宝石のように輝いていて、見る者を魅了してしまうのだ。
それが力であることを、彼女たちは知っていて――。
それが持つべきものの力だとわかっていて――。
だからこそ彼女たちは、俺に言ったのだ。
三者三様の言葉で、どれも彼女たちの性格を直接あらわすものであったし、言われた俺は、それはドキドキしたものだ。
――赤峰裕理は、率直に言ってみせた。
6月24日の放課後に俺を運動場に呼び出したかと思いきや、いつまでも陸上部の練習で走っていたので俺は待ちぼうけを食らうことになってしまった。別にそんなのは構わない。確かに彼女は長距離ランナーであるから途中でやめることなんてできないし、そろそろ試合なので練習も大事だ。応援の気持ちを胸に抱き、待つこと数分。汗をタオルでふきつつ、ペットボトルにその潤った唇をつけながら俺に近づいてきた。
ショートの髪をくしゃりと触って整えて、その釣り目が僕をとらえた。
心なしか顔が赤い――練習のせいか、はたまた夕日のせいであろう。
お疲れ、と俺が言おうとした瞬間、抱きしめられた。
男の身では一生、こんな匂いはできないのだろうなあと思うほどの、女の子のにおい。汗のにおいなんて気にならないほど――いや、汗のにおいが好きになりそうなくらいにいい匂いだった。
「にゃはは、ごめんね。汗臭いかもしれないけど少し待って」
そんなことはない、と言いたいが、うまくろれつが回らない。
あぐ、とか、うぁ、とか言っている。
「あたし、思い立った時にしないと、だめだから」
耳元でボソッとつぶやいたと思ったら、次の瞬間赤峰の顔がすごく近くに感じて――
「あたしは、あんたが好き。――隠すことなんてねーじゃん」
――キスをされた。
――青須美紀は、罵倒しながら言ってみせた。
「本当に使えないグズね」
放課後に生徒会室へ来い。そういった内容のメールが来ていたことに、6月24日の放課後になって気づいた。彼女は生徒会長であり、俺はいつも雑用係として呼ばれていたのだ。
やばっ、と思いつつ生徒会室に言った結果が、まあいつも通りの罵倒であった。心底虫けらを見るかのような瞳で俺の方を見てくる青須は、いたって普段通りである。
「犬だってもう少しはまともに動くのに……あなた生きている価値あるの?」
あ、はは。とかなんとか、気づかなかった俺も悪いので苦笑いをして過ごす。
ふんっ、と一度鼻を鳴らしたかと思うと、先ほどまで座っていた机から降りた。
流麗な髪が、夕日に反射して美しくなびいている。この瞬間を一生とどめておきたいほど綺麗なその姿は、俺の顔を赤くさせるのに十分な要素で、それを隠すためにそっぽを向いた。
「…………ふふっ。あなたはいつも正直ね。だからいつだって――損をしてきた」
どうやら俺の思惑はばれているようで、青須は笑って見せた。どういうわけかわからないけれども――最後に少し悲しい目をして。
「後ろを向きなさい」
いつも脈略ないよな、青須は。そんなことを俺は言いつつ、いきなりの命令にも、普段から培われた下僕精神からすでに後ろを向いていた。
俺が後ろを向くや否や、俺は背中からの重量に戸惑った。青須が後ろから抱き着いているだろうという事に、少し経ってから気づいた。
赤峰とはまた少し違ったいい匂いがする。
えっ、とかなんとか間の抜けた声を出して、振り返った時だろう。
青須の顔がすごく近くに感じて――
「はぁ、あなたはいつもそう――心配だから傍にいてあげるわ」
――キスをされた。
454 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:08:13 ID:V./FX/XI
――神透明は、笑いながら言ってみせた。
うっすらと目を開けるのと同時に、後頭部に鈍い痛みが走った。
「――ッうぅぅ」
薄暗い部屋で俺は目を覚ました。うめき声を上げると今度は体の節々が痛み始め、どうやら鎖か何かで椅子に巻き付けられているようだと気づく。
こんな状況で冷静になどなれるはずもなく、あたふたと顔を左右に振った。ほとんど意味も分からぬまま、あたりを見渡してみる。
部屋の中で、目の前の机にろうそくが一本おいてあるのがすぐに気付いたが、そのろうそくの明かりでは、この部屋の全容をつかむには少し頼りなかった。何とか目を凝らして眺めてみると、コンクリートで壁をおおわれて、窓の一つもない部屋だと気づく。あるのは、目の前に段差つきのドアがあるくらいであった。
ここまで来ると少し頭が働いてきたようで、焦りにも似た何か得体のしれないものが体全身を突き抜けた。これが恐怖なのだろうか。
「……………な、なん、だよこれはっていてえええええええええええええ」
口を動かすと、後頭部の痛みがきつくなる。まるでめり込んでいるかのような感覚にたまらず手で押さえようと試みるが、そもそも拘束されているために、そんな真似は出来なかった。ただただ、動かそうとした四肢を締め付けるかのように鎖がガチャガチャと鳴る。ただ、手に手錠と、胴体に鎖が巻いてあるだけなので足だけはじたばたと動かせた。この耐えようもない痛みをとりあえず、力学的エネルギーや音エネルギーに変えておく。
ドンドンドンドン、と足音が反響するのを聞きつつ、ようやく収まってきた痛みをほっとした気持ちで享受していた――その時であった。
ガガガガ、とどう考えても普通の扉を開けるような音ではなく、古びて錆びついているものの重厚さを感じさせる鉄扉が開いた。
「くぅ、……ぁ」
扉の先からはすさまじい量の光が差し込んできた。といっても、この部屋の暗さから相対的に錯覚しているだけなのだろうが、とにかく俺は目を細めた。その際に見えるシルエットが、そしてその声が、俺には信じられない人であり、肝を冷やす。
「おっはよぉー」
そのあどけなく、あけすけな表情と、子どもっぽい声。ふわふわとした髪に透き通るような白い肌。その体躯は150センチにも満たない、俺たちの学校のアイドルである――
「こ、こんばんは。神透さん」
俺は驚きを隠せないまま、間の抜けた顔をしながらだったと思うが、とりあえず返答しておいた。
「やだなぁ、君は。もう朝だよ? こんばんはの時間じゃないよぉ。……あ、それとも君なりのジョークってやつ? なかなかやりますなぁー」
にこっ、と。この状況下に一番ふさわしくないような少女が、一番ふさわしくない笑顔で言ってみせた。そうか今は朝なのか。こんな暗い所にいたから夜だと思っちまったぜ。
「そ、そうでしょ、あ、あははははは」
あ、だめだ、乾いた笑いしか出てこない……何を言っているのだろうか俺、もっと聞くことは他にあるだろう。なんてことを思っているうちに、神透さんは俺の方へと近づいてきた。
「うん、やっぱり君は――面白いっ。うん!」
もうパンク寸前な俺であったが、そんな俺の心情は露知らずといった様子で、俺の肩に手を触れ、顔を覗き込む。
一抹の恥ずかしさを感じつつ、一度は顔をそらした。その大きな瞳やかわいらしい容姿で見つめられるのが恥ずかしかったからだ。そんな俺の姿を見て一度、ふふっ、と上品でかわいらしい声を上げた神透。こっちを向いてよ、と一言言われた俺は魔法にかけられたかのように神透の方を向いた。
すぐ目の前に、少し顔が上気した神透の笑みがあって――
「笑お――あなたと一緒なら、私は何より楽しい!」
――キスをされた。
455 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:09:51 ID:V./FX/XI
「さて、と。ご飯はここに置いておくね」
キスをされたのち、えへっ、とかわいい笑いをした神透は一度扉の外に出てからおいしそうな料理の乗ったお盆を目の前の机に置いた。そしてそのままこの部屋を出て行こうと――
「ちょっと待って、何事もなかったかのように話を進めないで! ……というかごはんって何! え、あの、えっ?」
「んにゅ?」
「そんな可愛く振り返ってもダメだよ、神透さん! 今いったいどういう状況なのか説明してくれよ!」
「? あ、あぁーなるほど。うん、そういうこと。私がどうして君の料理を作って来たのかを知りたいと。……やだなぁ、いじわる。そんなこと言わせようだなんて」
「うん、確かにそれも疑問の一端と言えばいったんなんだけれども、いま俺が一番聞きたいのはそれではなく、どうして俺がこうやって椅子に鎖で巻き付けられているのかであって――」
「妻が夫の料理を作るのは当たり前なことなんだよぉ」
「え、聞いてる? 俺の話を少しは聞いて!!」
「えー、もお、ほんとに甘えん坊なんだから。……はい、あーん」
そういって神透さんはビーフシチューを一すくいして俺の前に出してきた。
「何かが完全にかみ合っていないッ!?」
「熱くて食べられないの? 仕方ないなぁ。……ふぅーー、ふぅー」
「…………」
――ん、あれ、今一瞬……気のせいかな。
かわいらしく、すくわれたビーフシチューに息を吹きかける神透を見ていると、なんだかなごみそうになっているが和んでいる場合ではない。
何かはわからないが、きっとおれのピンチであることはわかっていた。
それからしばらくの間、俺の話を全く聞いてない神透さんは俺にご飯を食べさせ続けた。正直いろいろありすぎて腹には入りそうになかったのだが、神透がずっと同じスピードで、時には無理やり俺にご飯を食べさせ続けたので、口の周りをべたべたにしながらもなんとか完食できた。
「ふ、ふぅ。……ところで神透さん」
「あ、か、り。でしょ?」
「え、その、あの」
「夫婦なんだから」
ご飯を食べたおかげかはわからないが、少しだけ心に余裕ができた。単に少し慣れてしまっただけかもしれないが。
とにかく俺はこの時点でやっと、先ほどから神透が言っていることに違和感を覚えた。
ふ、ふうふ? ふうふって……あ、だめだ。夫婦、以外の字が見当たらない。
「いや、うん、あの……ちょっと待とうか神透さん」
「あーかーり」
「あの、あ、明さん」
「………………………………明だって言ってるよね?」
「明!!」
とっさに明と叫ぶ。
な、何だろう。今俺の中にある全細胞が危険信号を出したんだが。
「うん、なーにダーリン?」
まさか18歳でダーリンと呼ばれる日が来るとは……。
「あの、ふ、夫婦って?」
「お互いの合意により適法の婚姻をした男女の事だよ?」
「そんな広辞苑的な意味合いでは聞いてない……」
「要は、お互い〝浮気〟しないことを神様に誓い合ってエッチしまくることだね!」
「歪んでいる、その認識はきっと歪んでいるぞ! 明に何があったんだ!?」
間違ってはいないような気もしないように思えるが、そんな言葉を18歳の少女が言いきってしまうことがすでに間違っていると思う。
「え、つまり俺は明と婚姻、結婚したってことなのか?」
「うーん、厳密にはまだ」
456 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:10:36 ID:V./FX/XI
「厳密という言葉にそこはかとない不安を感じるが、とりあえずまだ夫婦ではないと」
「法律上はねー」
「法治国家で良かった!」
「でも、この場じゃ私が法律です。好き勝手します」
「治外法権!? それはもう圧政のレベルだろ。三権分立を要請する!」
「でも法律なんて気にしてたら、世の中苦しいことばかりだよー。……放火魔さんや殺人鬼さんはどう過ごしたらいいのさぁー」
「やめてっ! そんな幼い顔で恐ろしいことを言い出さないで! その人たちには刑務所でじっとしていてもらおうよ。……ていうか明はそんなキャラじゃなかったよね、高校三年間一緒なクラスだったけれども、いつだって周りに気をかけて、クラスが一丸になって頑張るためのアイドル的な存在で、その笑顔が男子の心を虜にしてて、お嬢様で、性格も容姿もすっごくよくて、みんなのあこがれの的で――」
「君の嫁であると」
「――そうそう、俺の嫁で……ってちがーう!」
「あはは、一人ノリツッコミだ」
「そのツッコミはおおむね正しいけれど、今ツッコむべきはそこじゃない!」
「え、あ、ぁの……突っ込むべきは、それはお前の局部だーってことですね。さ、さっそくエッチな話ですかぁ?」
「頬を赤らめるな、エッチな話などしていない!」
「だって、突っ込むって……夫婦がこんな暗い部屋で二人っきりで、突っ込むって」
「あぁ、もう。日本語って難しい!」
はぁはぁ、と。到底ありえないような今の状況に相極まって、まったく意思疎通のできない明との口論に疲れがたまる。声を荒げたせいでのどがカラカラになってしまった。
「でも、これだけは何度でも反論せねばならないだろう。俺と明、夫婦じゃないんだよね?」
「いえ、夫婦です」
「法律上は」
「…………………そう、ですね。Law的にはcoupleでありませんが、soul的にcoupleです」
「ねえなんで、いきなり英語で言い出したの? ソウル的に夫婦って何よ。俺のソウルも考えて。それにちょっと発音がうまいのが癪に障るじゃん……ってまあいいよ。とにかく俺たちは夫婦じゃない。……でさ、今この状況は何?」
一周廻って落ち着いてしまった俺は、ようやくこの質問ができた。
やっと聞けたよ、一番聞きたかったこと……長かったなあ。
目が覚めてから一時間ほどたって、ようやくの事であった。
「この状況って?」
「つまりは、俺がこの……どこだかわかんないけど地下室? みたいなところにいて、鎖で椅子に巻き付かれていることなんだけど」
「? よくわかんない」
「よくわからんとですかっ!? この状況ですよ。あなたの目の前に広がるこの状況がどう考えてもおかしいじゃん!」
「夫婦なのに?」
まるで夫婦ならこの状況が看過できるかのような言い方だった。
「俺たち夫婦じゃないじゃん! それにこれはもう夫婦とかなんとかいう問題ではなく、監禁とかの類の犯罪だぜ?」
「愛ゆえだよ!」
「誇らしげに語るな! 愛があれば何でもしていいと思ったら大間違いだッ!」
俺が明のトンデモ理論に反論した、その時であった。
「愛ゆえの過ちを犯すなら――私は何もためらわないよ?」
「ぇ、う……」
な、なぜだろう……彼女の言葉に背筋が凍るように感じるのは。その表情のない顔に、冷汗が浸る。
「むしろ愛を邪魔する物こそ――者こそ、過ちだよ、存在が」
明の瞳が、部屋の暗さだけではなく、それ以上に暗く見えた。まるで何かに黒く塗りつぶされたような……そんな明の姿に俺は恐怖してしまった。
「あ、え、その……」
ふいに明が顔を伏せつつ、俺を縛ってある鎖を掴んだ。グググ、と聞こえるほど強く握りしめているのだろうが、それを気にすることなく、前後に揺らす。椅子が揺れる浮遊感にも似た感覚と、ガチャガチャガチャガチャ言い続ける鎖が、なんだかさらに恐怖を駆り立てた。
「存在が存在が存在が存在が存在が存在が存在が存在が存在が罪、罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪――ねえ、そう思わない?」
明が一瞬にして顔を上げた。あと30センチでキスができる場所に明がいる。でも、これは、明なのだろうか。あの朗らかな笑みを浮かべる明とは思えないほど、無表情で――黒かった。何が黒かったといわれると困るが、俺が、人間の印象を色で認知してしまうほどには、明は狂っていたのだろう。それとも俺がつかれていたのか。
457 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:11:10 ID:V./FX/XI
「そ、う、思うよ」
でも俺はこう返すことしかできなかった。
「でしょー」
俺の言葉に満足したのだろうか。いつものような満面の笑みに戻った明は鎖から手を離し、俺から離れていく。
やばかった、何かはわからないが取り合えず、やばかった。
――ん、シチューの時も思ったけどやっぱりこの匂いは……それに、鎖が。
「………………」
落ち着け、俺。
現状を少し整理しよう。――間違えれば死ぬかもしれないぞ。
俺は静かに目を閉じた。
「ん、あれ……おーい、寝ちゃうの?」
俺の記憶が確かだとするならば、最後に残っている記憶は6月24日の帰り道。放課後に赤峰裕理に呼ばれた後、青須美紀に呼ばれた日だ。……あの二人の告白には相当ビビったが。
顔を思い出す。
ルビーのような少女と、サファイアのような少女。
そして、
「あれぇ、寝ちゃったのかなあ」
ダイアモンドのような少女。
……夫婦とか言ってる限りは、神透明から好意は持たれている……のだと思う。それはとてもありがたいことなのだが――すごく嫌な予感がするんだ。匂いのこともあるし、何というか、彼女からは危険な感じがする。ここは早く脱出する必要があるだろう。
それに今のこの状況。詳しくはわからないが神透明が手引きしたとして間違いないだろう。……本来はそれを最優先に知るべきだが、今の神透明の様子では正しい答えが聞けるとは到底思わない。
「ほへー、仕方ないし書類書いてよーっと」
だったら優先すべきは、とりあえずここからの脱出であろう。脱出したのちに、警察……はやりすぎなのかもしれないが、とりあえず、家に帰って、それから赤峰裕理と青須美紀に会って……。
そうと決まれば何とか、神透明の隙を突かねば……そして脱出しよう。
俺は目を開けた。
目の前ではちょうど明が何かを書きおえたようで、よしっ、と小さな声を上げて大切そうに紙を胸の前で抱きしめるようにして持ってこちらに振り返った。
「さて、エッチしますか」
いきなりとんでもないことを言い出す。この子は頭のねじでもとれたのだろうか。
「いやちょっと待とうよ」
「ふう、エッチしました」
「一瞬にして脱童貞!?」
「子供もできちゃいました」
「いきなり俺が父に!」
「名前は、そうですね……明と書いてあきらと呼ばせましょう」
「母とまったく同じ名前の漢字はややこしいわッ!」
「では、君の名前と私の名前を合わせて――」
「いいっ! いいから、俺の名前なんてどうでも!」
「えーかわいいと思うんだけどなぁ、君の名前」
「………あんまり好きじゃないんだよ、かわいいというか、合わないんだよ俺に」
「だから呼ばせてくれないんだよねー」
「トップシークレットにしておこうぜ」
「でもここに書いてあるんですけどね、ちゃんと」
そういって明は手に持っていた紙を広げて俺に見せてくれた。
「でしょ、ここにちゃんと君の名前である、き――」
「おい」
明の言葉を遮る。
俺はその紙を見て動揺を隠せなかった。
「なにー?」
「ウェイトアミニッツ」
そして、あまりの動揺に多言語が混ざった。
「…………あ、Wait a minute。ちょっと待って、だね」
どうやら俺の発音が悪かったみたいだが、少し考えるそぶりをした後に、ちゃんとした答えを導き出した。……だから発音うまいのが逆に癪に障るわ。
「ちょっと待ってって言われても……でも祝言は早いうちに挙げとかないとー」
明の持っている紙には、確かに俺の名前が書いてあった。それだけではただの紙切れであろう。しかし、問題なのは……その紙の左上には、婚姻届け、と書いてあったことだ。
婚姻届けから目を離せない俺は、上から下まで食い入るように見てみると、この婚姻届けはすべての欄が埋まっていることに気づく。書いた覚えのない俺の名前を筆頭にすべての欄が書いてあった。俺の名前の横にはハンコが――てか血印じゃねーか。どおりでさっきから親指あたりに痛みがあると思ったわ。
「も、もうこの際俺の欄は許そう。この異常な流れもだんだん慣れてきるし、だ。……ただ、親権者の欄に親父の名前が書いてあるのはどういうことだ!? それちゃんとした親父の字じゃないか!」
「お願いしたら書いてくれたよぉ?」
「あんのクソ親父ッ!」
458 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:11:38 ID:V./FX/XI
「これを出して来ればlow的なcoupleだね」
やばいやばいやばい。
俺の知らないところで本当に妻が決まってしまいそうである。
確かによく考えると、明みたいなかわいいこと夫婦になれるなんて普通なら想像を絶するほどの喜びだ。将来も明るい家庭を気付けていけそうな気がする。
「…………それでも」
俺は目を閉じる。
だが、それでも、俺は――。
俺が好きな人は――。
俺は目を開けた。
「――神透明」
今までとは違う。声を少し硬くして、腹の底から黒い声を出した。
「…………何かな、いきなり真面目さんだぞ?」
少し言いよどんだ神透明であったがその顔から笑顔を絶やさず、こちらを向いてくる。その顔を俺はまっすぐに見つめ、言ってやった。
「さっきから聞きたかったんだけど」
「ん、何ー?」
「――どうして、明の体から、ガソリンのにおいと、血のにおいがするのかな」
「…………………………………………」
本当は、シチューを食べている時くらいから気づいていた。怖気づいて聞けなかっただけだ。
放火魔さんと、殺人者さん……ね。
先ほどの言葉を思い出し、俺は唇を少しかんだ。
「ふうん、やっぱり君はさえてるねー」
「………そりゃどうも」
「あれでしょ、さっきから私の話に合わせていたのも油断を誘うためだったわけだし、この部屋をしきりに見回していたのも、ここから脱出する手立てを考えていたからなんでしょ。私が近づいた時はいつも臨戦態勢に入っていたし、婚姻届けの筆跡とかにも気づいたし――きっと私が気付かないところでいろいろ気をまわしていたんだろぉねえー。ふふふ、それでこそ君なんだよ。……普通監禁されているってわかったらそこまでできないよ? だって君は、他人の心配しかしていない」
「買いかぶりすぎだ。今だって後頭部の痛みを早く手当てしたいと思っているだけさ」
「まあ、よく死ななかったなぁとは私も思ったよ」
「やっぱり明が何かしたのか! めちゃくちゃ後頭部が痛いのはバットか何かで殴られたからなのか!?」
「そのことはお互い水に流そうよぉ」
「そのセリフは?お互い?に過去のいきさつをとがめないことを言うんだ。今の状況には合わない」
またしてもペースを崩されたが、今度は逃がさない。
「…………で、どういうことなんだ。ガソリンのにおいと血のにおい……答え次第によっては、明を警察に連れていく」
「魚を血抜きして焼いたんだよ」
「ガソリンでかっ!? つくならもっとましな嘘をつけ!」
「人を殺して家を焼いたんだよ」
「―――ッ」
今までの雰囲気が消えた。その言葉を言った瞬間の明の表情が、いきなり温度のないものになって、俺の背筋を凍らせた。
……なんだこの女は、やばいやばいやばい。危険すぎる。もう、なりふり構っていられるか!
そう思って俺は――
「―――――らぁッ!」
「ふえっ」
――鎖をほどいて一目散に駆け出した。
実を言うと、少し前に明が鎖を掴んでガチャガチャ前後に揺らしていた時に、どうやら鎖の拘束が弱まっていたようで、それに気づいた俺は明との会話の中で少しずつ体を鎖から抜け出させていたのだ。幸いここはろうそく一本しかあかりのない部屋だ、明に気づかれないように抜け出すなど容易であった。
あとは一目散にかけて、扉を開けて逃げ出すだけであった。
ギギギ、と古びた鉄扉が開く音と同時に、明るさに目を細めながら俺は外の世界に駈け出す。
「待って、私は君が好きなの! 大好きなのッ、あなたの悲しむ顔なんて、見たくないの! お願い、戻って!」
その言葉に、心を傷めながらも、この場を走り抜けた。
459 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:12:26 ID:V./FX/XI
「すまなかった、許してくれ」
俺は頭を下げていた。目の前の神透明に向かって。
「いいんだよお、別に」
ここは、つい一時間前程までいた、〝保護〟されていた地下室だ。どうやら神透の家の庭の一角にあり、俺はここに戻ってきて明に頭を下げている。
本当に彼女には、あらぬ疑いをかけてしまった。
「あわわ、頭を上げて。ここに戻って来たってことは、なんで私がここに保護していたかが分かったってことだよね?」
「……うん」
明の言われた通り頭を上げる。ぶっちゃけ一時間で得られる情報は少なかったし、明の行動も正しいかと聞かれれば難しいところではあるが。
それでも今回の件における、概要ぐらいはしれた。
「その、聞かせて。足りないところは私が補てんしてあげよぅ……。というか一番自分がつらい癖に、こんな時くらい泣いてもいいんだよぉ?」
「―――ッ!」
明の言葉に、明のやさしさに、俺は、止まらなくなってしまった。
涙が、自然に出てきて、訳が分からなくなって、その場に腰を抜かして、それを明が抱きしめてくれていて、それでいて乱雑な言葉で嘆きつつも、俺が掴んだ今回の件を説明した。
たぶん、1時間くらい泣いていたと思う。
少し落ち着いた俺に向かって、明は今回の件を振り返った。
「すごいねー、やっぱり君は。ほんの1時間あたりですべての真実を導き出してるよー。自分の家の状況と、6月24日――の次の日、つまりは今日である6月25日の新聞と、近所の人たちの話から全て推測しちゃうなんて。……まあ、足りないところや細かい部分も含めて、私が教えてあげましょう。
6月24日の放課後、君は二人の女の子に告白されたんだ。一人は、赤峰裕理、燃えるようなルビーの輝きを持つ少女。一人は、青須美紀、静かなるサファイアの清らかさを持つ少女。最初は赤峰裕理が呼び出してー、そして君は赤峰裕理から告白をされて、キスをされました。当然戸惑った君ですが、ここで君は彼女の申し出を断るわけです。
『ごめん、俺には他に好きな人がいるんだ』とねー。
そして、青須美紀からのメールが来ていることに気づいて、君は生徒会室へ向かった。そしてそこでも君は告白されて、キスをされます。
……そう、君にとって何より本命の、好きな人である、青須美紀会長に。
君は即座にオッケーしたんだよね。そしてその流れで、教えてしまった。
――赤峰裕理に告白され、あまつさえキスをされてしまったことを。
さて、そしてこの後、恐ろしい顔をして帰ってしまった青須会長に頼まれた雑務をこなし、そのあとの帰り道で私に拉致られて、保護されていたのが君です。
この裏側は、まあほとんど君が調べてきた内容と同じですよぉ。
さて詳しい裏側です。
私は、君が好きです。これはこの時点では君は気づいていなかったと思います。まあそれはいいのですが、私が君の家に婚姻届けを持って、ご両親にあいさつしていた所です。あ、ここは疑問に思わないでくださいね、仕様です。
……この時に、赤峰さんが君の家にやってきました。きっと、ふられたことがショックで、それでも何とか君と話したかったんでしょうね。思った時に行動する赤峰さんらしい行動です。さてここで人のいい君のお父さんは赤峰さんを家の中に招待したわけですね。まあ、初対面の私の婚姻届けに本気で書いてくれる方でしたから、そこら辺は君がよく分かっていると思います。
そこで、事件は起こりました。
壊れていたんでしょうね。
君の事を愛しすぎていたんでしょうね。
自分以外の人と君がキスをしたという事実が許せなかった。
青須会長が君の家にやってきました。
そして――私や君の家族の目の前で、赤峰裕理が刺殺されました。
その時に血が大量に私に飛び散りました。首の動脈が切れたからですかね。
そのあと、無言でガソリンをそこら中にまきちらしました。まるで私たちが見えてないかのようでしたし、それを止めにかかった君の両親も――殺されましたしね。
逆に言えば、青須会長が赤峰裕理と邪魔をするもの以外に興味がなかったからこそ、私はその場を速やかに立ち去れました。
恐怖に震えた私ですが、真っ先に考えたことはあなたの事でした。
このまま君が家に帰れば、錯乱した青須会長に殺されるかもしれない。
殺されないにしても、こんな行為をした青須会長とは、君は生きていけない。
私は、君が好きだから。
君を守りたかった。
だから青須会長に合わせたくなくて――拉致りました
これが真相です」
すべてを語り終えた後の明は、少しだけ笑って。
泣いている俺を励ますために、こんなことを言ってくれた。
460 :Jewelry girls ◆uRnQeEDhQY:2014/06/26(木) 21:12:55 ID:V./FX/XI
「笑お――あなたと一緒なら、私は何より楽しい!」
それに加えてキスをされた。
涙でぬれてしょっぱいキスだったけれども。
家族を失い、友を失い、愛した人が壊れてしまった俺には、そのキスがとても心に響いてならなかった。
俺たちは抱きしめあう。
この暗い地下室で、明と俺は寝転がる。
床の冷たさが、妙に心地よい。
「私、君が好きだよ」
「と、唐突だな」
「そう? 君は?」
「……………すぐに好きとは言えない。でも、特別に思ってる」
「えへへ、ありがと」
「……また、あのシチュー食べたいな」
「あのシチュー、ですか?」
「そう、なんだかんだいって、ビーフシチューとして最高の味だったし」
「あー、あれは特別なんですよお……機会があればね」
「うん……ごめん、いろいろありすぎたんだ。……ちょっと寝るね」
「うん、ゆっくり休んで。青須会長を捕まえるのは、休んでからだよ」
「うん、うん、ありがと、明」
「おやすみー」
俺は目を閉じた。
「あは、ハハハハハハハハアアアハアハハハアハア――はぁ、まったく。君には本当に驚かされるなぁ。君の行動力や推理力は本当に侮れない。君の長けた能力は前々からわかっていたしねえ。だからこそ、この手を打ってよかったあ。
人は、分かりやすい答えにたどり着いた時、安心して思考を停止するのだよぉ。まさか、私がこれらの事をすべて見越していたなんてことを、君は知らないんだろうね。
まあそれでも、一時間ですべてを調べきるなんてさすがとしか言いようがないよ。私も良く君をだませたものだよー。
……君が青須美紀を好いていることが分かってからは毎日辛かったなぁ、何度その場で殺してやろうと思ったかわからないくらい。でもねー、絶対こっちの方がいいよねえ。
私は君が好き。
君は私が好き。
ふふふ、何よりも素晴らしい形が今、出来上がったのだから。その点に至っては、ピエロとなってくれた赤峰裕理と青須美紀にはありがたやーです。
……あー、そうそう君が捜している青須美紀の所在についてだけど――これだけは君は永遠に分からないと思うよ。だって――
――君が食べたんだから。
……夫の料理を作るのが妻の役目ですものねえー。でもシチューに入ったあの女の血や肉のにおいでばれると思ったけれど……私の体のガソリンと血のにおいでちょうど良くごまかせたなぁ。ふふふっ。
……しっちゅうー、しっちゅうー、おーいしーいしっちゅうーーーー♪ いぇーーーい♪
………………………本当に、君は甘いなあ」
ダイアモンドは堅い――が、それゆえにもろい。
俺の目は覚めない。
覚めたら最後、世界が割れてしまうからだ。