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761 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:43:35 ID:BFCGtKkc [2/8]  携帯電話が鳴動する。アイコンがメールの受信を告げる。  またか。  僕は驚きとも嘆息ともつかぬ息を漏らす。  普段はちっとも活躍しないその通知が、ここ一週間はひっきりなしだ。  さらに言えば、その相手が問題だ。  携帯電話の表示窓には、送信者の名前が表示されている。  今帰奏――  僕にはほとんど趣味と言える趣味が無い。  そもそも人間は通常、人間と関わることで楽しさを感じるように出来ている。  だから、趣味や娯楽も当然そういった性質を帯びてくる。  人とやる。人と話す。人と競う。  それらが出来ない僕は、人と比べてあらゆる活動に対する幸福度が割引されてしまっている。  何もかもつまらない、というのは少々高二病が過ぎるが、ともかく僕には何かに打ち込むだけの熱意というものが欠如していた。  何もかもを、ただなんとかやり過ごしているだけ。  だからかもしれない。  僕には、今帰さんの僕に対する情熱がさっぱり理解できない。  またメッセージを受信したことが通知される。  これで3。  あんまりひっきりなしにメールが来るので、僕は5件来るごとに一回確認すると決めた。  僕の反応が鈍かったらメッセージの頻度も下がるかと思ったけど、それがちっともそうじゃないから驚きだ。  いっそメールに対し自動返信を行うbotでも彼女は満足するんじゃないだろうか。  全自動阿賀bot。あらゆる発言に対し「あっ」とか「うん」とかで答える。  ゴミだな。今帰さんに送りつけてやりたい。  さらに続けて二回携帯が鳴動したので、確認する。  それらにはクッキーがおいしいとか、ココアがおいしいだとか、宿題をやったかだとか、そういう、取るに足らない、どうでもいいことが書かれていた。  五件読んでため息を一つ。  うん。返信の必要なし。  彼女はたわいもないことをいちいち送ってくる。  まるで日記代わりだ。  いや、リア充とはそういうものだろうか。    事実、リア充とはどうでもいいような情報をいちいち共有しているものだ。  同じ教室にいる僕より、教室も学校も違うリア充のほうが、今日一日僕のクラスで起こった出来事やらについて詳しく知っているだろう。  どんな情報もどんな感情も共有する。リア充は僕のように、しょうもないことをいちいち恥じて隠したりしない。  自らを偽るところが無いというのはリア充としての一種の条件であり才能だろう。  僕なんてたいしたことのないことをいちいち恥じ、そしてその結果、僕の人生はたいした経験もしてないのにも関わらず人には言えないことだらけだ。  恥の多い生涯を送ってきました、ははは。  それにしても、夜なのにクッキー食べてココア飲んでって、太るよ、今帰さん。 ――――――――――――――――――――――――――  英語の授業では、毎時間、授業開始時に英単語の小テストが課される。  正解率が六割を切ると、十分程度の補習と再テストとなってしまう。  僕はこれの合格率がすこぶる悪かった。 762 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:43:59 ID:BFCGtKkc [3/8]  大体、日本人である僕がどうして英語に苦しめられなければならないんだ。  鬼畜米英め。これも全部、戦争に負けたのが悪い。  ああ、すべての英語圏の人間に日本語も必須科目として強制的に学習させるという嫌がらせを課してやりたい。  かといって僕は古典も嫌いだ。  要するに、単語の暗記が苦手なのだ。  あの国民的人気ゲームタイトルである最後の物語の最新作をまともにプレイしている人なんて尊敬に値する。  彼らはいっそ専門用語を覚えることそのものが楽しみなんじゃないかと勘ぐりたくなるくらいだ。  小テストの自己採点を終え、ぼんやりと授業を受けていると、携帯が振動する。  携帯の画面を見ると、メールが届いていた。 『テストどうだった?』  それは今帰さんからのメッセージだった。  しまった、うっかり見てしまった。  今帰さんは優等生らしく、怒涛のメールラッシュも授業中には基本的に止んでいた。お陰で完全に油断していた。  斜め後ろに視線をやると、今帰さんがこっちを見ている。  周りに気づかれないように、胸の前で小さく手を振っている。  見られた。  これは無視するわけにもいくまい。  ため息を吐きながら、短い文を返す。ここで返信をしないのはさすがにあからさま過ぎる。 『またダメ』  すぐに返答が来る。 『よく再テストになっているの?』  今帰さんはこの小テストで補習や再テストになっているのを一度も見たことが無い。  さすが成績優秀。僕とは違う。  僕も決して劣等生ではないが、こつこつと日ごろの積み重ねがものをいう分野にはめっぽう弱い。  世の中には、好きなこと以外には楽しめない結果根暗扱いを受ける人と、世の中の何もかもを楽しめない結果根暗扱いを受ける人の二種類がいる。  僕は後者だ。  まさに無気力無為無産と悪い根暗を絵に描いたような僕は、その悪さを遺憾なく発揮し、努力が滅法苦手なのだった。  僕はとぼける。 『STAP細胞の作成成功率と同じくらい』  つまり本人的にはできてることになっていますよってこと。 『それなら私と一緒に勉強しようよ』  さすがリア充。ぐいぐい来るね。  この距離の詰め方は根暗ぼっちにはとても真似できない。  一見、雑に見えるその距離の詰め方は、度重なる経験とそれに基づく自信に裏打ちされている。  それを物事の表面しか見れない僕のような人間が真似すると大惨事が起こる。  だから僕は決して自分から無用に距離をつめるような愚行は犯さない。 『あ、大丈夫です』  しかし何をとち狂ったか、彼女からの返信は、 『じゃあ今日からはじめよ』  だった。 『いや大丈夫って都合がつくっていう意味のほうの大丈夫じゃなくて別にいらないって意味の大丈夫のほうなんですが大丈夫ですか』 『私も予定ないから放課後すぐね』  だめだ、話が通じない。  所詮今帰さんもリア充か。  リア充は人の話を聞かないからな。 ―――――――――――――――――――――――― 763 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:45:04 ID:BFCGtKkc [4/8]  僕は途方に暮れていた。 「生徒会室?」  放課後、まだ皆が帰る準備も終えていないころに教室を出た僕は、今帰さんに呼び止められ、そして勉強場所が生徒会室だと告げられた。  彼女は僕と並んで歩きだす。 「そう。今日は何も予定ないから」 「い、いいの? 僕、生徒会に縁もゆかりもないよ」 「いいよ。はっきり言って、生徒会員の遊び場みたいなものだから」  困惑する僕に、彼女はあっけらかんと答える。  マジかよ。  学校の一室を勝手に私物化するとか、権力の座に着いた人間がろくでもないのはどこのどの組織でも同じなんだな。 「いいよ、気が引けるし、それに、勉強なんて自分でやるから」 「それで再テストでしょ? いいからいいから」  よくないでち。  しかし今帰さんとそんなやり取りをしていたらもうすでに生徒会室前についていた。 「失礼します」  今帰さんは戸を開ける。  今帰さんは生徒会室に入っていく。今帰さんの注意が僕から離れた。あれ? これ僕自由じゃないか?  よし、帰ろう。  僕のその行動を見透かしたように、今帰さんの手が伸びてきて、僕に手首を掴む。  そして抗うと手首が捻られるような絶妙な角度を維持したまま、僕を引き込んでくる。 「し、失礼します」  今帰さんはなんでもないような涼しい顔でニコニコしている。すげえ。 「お、けぱぁ君じゃん。おいすー」  生徒会室には生徒会メンバーが一人だけいて(確か二年)、僕たちを見て挨拶してくる。  やめろその名称を定着させるな。  僕は無難に曖昧な笑みを返しておいた。  僕は腕をつかまれたまま、長机の一つに誘導される。なんということだ。一切抗えない。この細くて長い芸術品のような指のどこにそんな力があるというのだ。美しいものは脆いと相場が決まっているはずなのに。 「今帰さんって格闘技、なんかやってる?」 「え、ないよー? どうしたの急に」  なるほど。優れた生物は経験なんてなくても何をやらせてもうまくやるんだな。  虎は生まれながらにして虎という奴か。  そして今帰さんは当然といわんばかりに僕の隣に腰かけた。  僕のパーソナルスペースに入ってこないで欲しい。僕の円は半径4メートル(つーかこれが限界)。この内側に入ってきたら真っ二つになる。僕の精神が、だけれど。  僕は諦めて、教科書とノートを取り出し、勉強をすることにした。 「阿賀君、どの問題を間違えたの?」 「えっと、四問目と八問目以降全部かな」 「うーん、この間違え方は文章を理解できてないねー。この文があるでしょ」  今帰さんの白い指が教科書の一節を指す。  そのとき、ふと反対側の手を見た。  手に傷があるのが見えた。  あれはもしかして―― 「どうしたの阿賀君?」  気づくと、今帰さんは息がかかるほどの距離で僕の顔を覗き込んでいる。  近っ! 近いよ今帰さん!  いくら僕のパーソナルスペースが広いからといって、今帰さんのそれは狭すぎる。これもリア充だからか? 他人に対する抵抗って奴が無いのか?  僕のATフィールドが侵食される! 最強の拒絶タイプであるこの僕が! 「あ、カナッチ、もしかして先生やってあげてるん? やさしーい」  生徒会の人が声をかけてきた。助かった! やさしーい! 764 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:46:44 ID:BFCGtKkc [5/8] 「そんなことないですよー。人に教えるのって勉強になりますし」 「いやー、カナッチはホントよく出来た子だなー。嫁に欲しいよー」 「もう、長谷川さんはみんなにそんなこと言って。本気にする子が出ますよ」  なるほど、生徒会の彼女は長谷川というらしい。確かに女性ながら、目鼻立ちがはっきりとしており、身長もそこそこあって美人ではあるが女の子にもてそうな感じだ。  それとは別に、僕は嫁、という単語に内心おおいに動揺していた。  思い出した。この長谷川という人物、このあいだ僕と今帰さんを夫婦かとはやし立てた人だ。  なるほど、こういうことを普段から言う人だったのか。  嫁、という単語に長谷川さんはまったく気にしている様子はないし、それは今帰さんも同様だ。  僕だけか。  僕だけが、些細なことをいつまでも気にして大慌てしている。  リア充にとっては取るに足らない、記憶にも残らないレベルのことなのに。   「つれないなー。私はカナッチ一筋だよ?」  その言葉も酷くいいなれた様子だった。  彼女が男に生まれていたらさぞかし多くの女性をはべらせていたことだろう。危ないところだった。  今帰さんは相変わらずニコニコと、しかししっかりと釘を刺す。 「女鹿沢さんにいいますよ?」  今帰さんの口調の機微について、ようやく少し分かるようになってきた。  いつもよりやや固い調子のその声は、彼女が結構マジなことを示している。 「ごめん、私が悪かったからそれだけはやめて」  長谷川さんは手を合わせて頭を下げた。  二人とも、とても楽しそうだ。僕を除いて。  ああ、この疎外感。  どうして僕は放課後までこんなものを味わわなきゃならないんだ。  今帰さんは天使なのではないのか。  ならばどうして僕に苦しみを与える。  いや、天の神は地上の民草の望むものを与える訳ではない。  つまりこれこそが主のご意思でありお導きであり、僕が苦痛を感じているということこそが、今帰さんが天使で女神だということの証明なのではないだろうか。  ……アホか。  早く帰りたい。 「じゃあ先帰るから、鍵よろしくね」  三十分ほど書類をいじった後、先輩は帰っていった。  そんなに集中している様子も無かったし、多分時間つぶしをしていたんだろう。  そして僕と今帰さんは二人っきりになってしまった。  優等生で学年一、いやあるいは世界一の美少女と密室に二人っきりという状況を得たにも関わらず、なってしまった、なんてネガディブな表現を用いるのは本来なら適切とはいえないだろう。  だけど実際、僕の気分は憂鬱だった。  決して手の届かない高級品(高価な壷とか)を見せびらかされて、しかもその壷が今にも落ちそうな場所に配置されているのを柵の向こうから見ている。  そんな不愉快感と恐怖が同居したような感覚。  最近、というほど以前の今帰さんを詳しく知っていたわけではないけど、あの夕方会話を交わした以来、僕には今帰さんの行動がさっぱり分からない。 765 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:47:08 ID:BFCGtKkc [6/8]  以前は、今帰さんは穏やかで優しく、明るくて気がつく、と思っていたんだけど、最近の印象だけで述べるなら、破天荒で意味深、強引で予測不能だ。  やめろよな。僕みたいなぼっちは、予測不能ってことが一番怖いんだ。  ぼっちには突発的不幸に見舞われたときに頼れる友人がいないからね。 「ここ、勉強はかどるでしょ。来てよかった?」  二人並んで黙々と勉強をしていたのだが、不意に今帰さんが話しかけてきた。  正直言って、ちっともはかどらない。  今帰さんの視線が、動作が、体温が、彼女の全てが気になって気になって、まったく集中できない。  だから僕は、質問に答えない。 「今帰さんって結構強引なんだね」 「ひどいなー。私は君のためを思ってやったのに」  心配無用。僕のための最善は常に僕が考えている。ぼっちとは自己で完結しているものだからだ。ただ独り立つもの――だからこの力(ぼっち力)を『スタンド』、とでも呼ぼうか。  残念ながら現実ではスタンド使いは引かれあわない。ぼっちはぼっちのままだ。 「い、いや非難するつもりじゃなかったんだ。ただ、普段の今帰さんって軟らかいというか、あまりこういう行動に出るイメージがなかったものだから」  彼女はおもむろに立ち上がる。  怒らせてしまったかな?  僕は彼女のほうを見る。  彼女は椅子を避けて直立したかと思うと、そのまま前屈をした。  ぺたーっと上体が脚につく。  二つ折りの携帯電話を思い出す。  隣に僕のガラケーを並べてみたい。 「どう、軟らかいでしょ。すごい?」  すごい。  何がすごいって、彼女は結構スカート長めなんだけど、それでもこんな姿勢になるとパンツが見えそうになるってことだ。 「なんだか、騙し絵を見てるような気分になってきたよ。腰の骨、どうなってんのそれ」 「……考えたことなかった。何か不安になってきたよ」  彼女は体を伸ばし、腰を捻る。  ああ、パンツ見えなかったな。  別にそんなにパンツに強い執着を抱いているわけではない。  それでも、目の前に見えそうなパンツがあれば釘付けになってしまうのが男というものだ。 「阿賀くんも軟らかそうだよね」 「僕は固いよ、がっちがちだよ。石かな?」  突然腰を掴まれる。 「ひぇあ!?」 「んふふ、結構柔らかいけどなー」  今帰さんはいたずらっぽく笑ってこっちを見ている。 「あ、当たり前だよ! 気を抜いているときも腰ががっちがちの人がいたら病院紹介してあげたほうが良いよ!」 「阿賀くんは石じゃなくて人でしたー」 「知ってるよ!」 「怒らないでよ。私の腰も触っても良いからさ」 「えっ」 「だから、私の……」 「えっ」 「だから……」 「えっ」 「……」 「えっ」  部屋に気まずい沈黙が流れた。  よし、何とか誤魔化せたようだ。おかしな展開に転ぶのを回避できた。空気が最悪になったのは些細な問題である。  なぜなら、ぼっちは空気を気にしたりなどしないからだ。 「あ、この単語のスペル間違ってる」  沈黙を誤魔化すように今帰さんが指摘する。  その言葉で、僕は自分が英単語の勉強をしていたんだということを思い出した。 766 名前:今帰さんと勉強会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/26(月) 00:47:53 ID:BFCGtKkc [7/8] 「え、どこ」 「これ。aじゃなくてe」 「あ、ほんとだ」  ちくしょう、アメリカ人って奴は何を考えてこんな発音と表記がまるで違う言語を使っているんだ。古き時代のすばらしき英知の結晶である古代ギリシャ語を見習え。もちろん、僕に古代ギリシャ語など分かるはずもないが。  ふと今帰さんの顔を見る。  僕に凝視されていることに気づいた今帰さんは羞恥で真っ赤に染まっていく。可愛い。 「もう、意地悪!!」  わき腹を小突かれる。 「ひゃあん!!」  今帰さんが僕の奇声を聞いて不敵な笑みを浮かべる。 「今度さっきみたいなことしたら、わき腹小突き倒すからね」 「やめてください。僕のわき腹が使い物にならなくなってしまいます」 「それってどんな状態?」 「つつかれると変な声出しちゃう感じかな」 「じゃあもうつつき放題だね」  あれ、おかしいな。 「責任、取ってもらうよ」 「どうやったらいいの?」 「そうだなあ……代わりのわき腹提供してもらうとか」 「難しいねそれ。臓器密売より難しそう」  わき腹を商品リストに加えている密売業者はいないだろうな。それをやったらもはや肉屋だ。 「だから不用意につついちゃダメなんだ」 「私のわき腹でよければ、代わりにあげるよ」 「どうやってもらったらいいのさ」 「引きちぎってみる?」  彼女はそう言ってわき腹を示す。  制服の向こうに、腰の艶かしい曲線が見える。  まったく、さっきから彼女は不用意すぎる。  自覚してるんだか無自覚なんだか知れないけれど、あまりそういう真似をするのはよくない。ぼっちは刺激に弱いからだ。繊細な生き物なんだ。だから優しくしてください。 「わき腹ってのはそんな簡単に取替えが利くようなものじゃないんだ。だからもっと大事にすべきだよ」 「ふーん」  僕の冗談に対しては割りとどうでもよさそうだったが、それはそれとして今帰さんは上機嫌だった。  こうして、僕と今帰さんの二人っきりの英語勉強会(ほとんど勉強しなかった会)は終わった。  いったいなんだったんだ。  酷く疲れた。  僕は首をかしげながら家路に着いた。 ――――――――――――――――――――  楽しい。  彼には何を言われても何をやられてもまったく嫌じゃない。  こんなに人に対して好意的に思ったのなんて、何年ぶりだろう。  彼には気兼ねなく近づけるし、何でも話せる。  彼のことを考えているだけで、体が宙に浮かぶようだ。  ただ彼が隣にいるだけで気分が高揚するし、幸せな気持ちになる。  彼は、私のことをどう思っているのだろうか。  英語の成績が振るわなくて困っていたところに、なんと私から勉強しようと言ってきてくれたのだ。嫌なわけが無い。  むしろ大歓迎で感謝しているはず。  ああ、私はなんて親切なんだろう!  彼からしたら私はまるで天使か女神だろう!  そう、こんなに私が親切にしてあげているんだから、彼は私のことを好きになっているに違いない!  いや、今頃私のことが大好きで大好きで、夜も眠れないかもしれない!  大丈夫、大丈夫。  だから……いいよね?  私は彼のことを想いながら、枕を抱いて眠った。

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