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今帰さんと踊るぼっち人間 第六話 今帰さんと下校」(2015/02/12 (木) 18:16:25) の最新版変更点

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773 名前:今帰さんと下校 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/02/08(日) 22:59:30 ID:IwYaSxW2 [2/6] 「阿賀、お前最近成績いいな」  英語教師が小テストを返却しながら、そんな言葉をかけてきた。  確かに、ここ数回の小テストで補修になることは一度も無かった。  これもみんな今帰さんのお陰だ。  無論、勉強会が功を奏したのではない。  勉強会を回避するために僕が予習をちゃんとやるようになったからだ。  すごいよ今帰さん。僕みたいな怠け者を一発で勤勉な優等生に変えてしまうなんて。  この今帰式メソッドを全国の学校に導入すべきだ。そうすれば日本は世界に名だたる頭脳立国となれるだろう。 『おめでとー。今回も合格だね』  早速、そんなメールが飛んでくる。 『ありがとう。今帰さんのお陰だよ』  心にも無い返答をする。 『じゃあ今日勉強会する?』  いえ、私は遠慮しておきます。  くそう、どうしてそんな結論に至るんだ。安定して合格するなら勉強会なんてもう不要だろう!  不用意に今帰さんのお陰だなんていうんじゃなかった。なんて素直なんだ今帰さん! 可愛いよ! 天使だよ!  さて、どうする。  ここで『いや、合格したからいいよ』と返すと間違いなく勉強会開催の流れになってしまう。原理はよく分からないがそうなってしまうということは学習済みだ。  というのもここ数ヶ月、勉強会は英語に限らず勉強をする週に数回のペースで開催される固定イベントと化しており、そのたびに僕は勉強会を回避するために苦心してきたからだ。  ここは破道の十六、『無返答』でもやってみようか。  相手との関係を破る技である『破道』の中でも、これは僕が最も得意とする破道である。  これを鬼道(鬼畜のような行い)の六十三、『ごめーん、携帯の電池キレチャッテー』と併用すれば、大抵の相手を封殺することが出来る。  俺のガラケーとこの鬼道は相性が悪いが、それでも十分力押しできる火力があるはずだ。  よし、そうと決まれば携帯の電源OFF。後のことは知らね。        そして、僕は今日も生徒会室にいた。  どうしてこうなった。  ホームルームを終えるやいなや教室を出ようとした僕の肩に、今帰さんの手がかけられた。 「阿賀君、悪いんだけど、資料運ぶの手伝ってくれないかな?」  笑顔の今帰さん。今帰さんが指差す先には山盛りの資料。  ま、まさかこれば縛道の四、『頼みごとがあるんだけどー』だと!?  迂闊だった。今帰さんがまさかこれほどの縛道の使い手だったなんて。  侮っていた。僕がぼっちの達人なら、今帰さんはリア充の達人!  リア充は人を巻き込むのが大得意だ。ならばこれくらいの縛道は当然使えるものと理解しておくべきだった。  駄目だ。断れるわけが無い。  ここで僕が断ったらつるし上げ確定だ。  僕はぼっちだ。いじめられっこじゃない。その線は明確に引かなければならない。  ここで断るのは、その線を踏み越えることを意味する。  僕に勝利の目は無い。  僕はおとなしく諦めた。 774 名前:今帰さんと下校 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/02/08(日) 23:00:03 ID:IwYaSxW2 [3/6] 「ありがとう、手伝ってくれて」 「イイヨゼンゼンドウセヒマダカラサー」  建前すら片言になってしまう。  いやこれはむしろ好都合。僕の帰りたいオーラを気づいてくれ! 頼む! 「じゃあせっかくだから勉強会やろうか」  今帰さんはとっても鈍いみたいだ。天使だからな。仕方ないね。天使だからね。  僕はすっかり定位置となった今帰さんの左隣に腰を下ろす。  というか、離れて座っても、「教えづらい」との理由の元に隣に来てしまうのだ。僕は無駄な抵抗が嫌いだ。席を離す作戦は早々に諦めることにした。  今帰さんにとっては教えやすいのかもしれないけれど、僕にとっては今帰さんが隣にいるというだけでちっとも集中できない。  そして今日も勉強会という名目の何かが終わり、下校する。 「そういえば阿賀君、明日提出の数学の宿題プリントやった? 勉強会でやってなかったけど」 「あれは家でやるよ」  今帰さんが隣にいると集中できないし。  鞄の中を漁り、プリントを示そうとするが、プリントが見当たらない。 「あれ、おかしいな……」 「もしかして、教室の机の中に忘れたんじゃない?」  そんな馬鹿な。確かにプリントを鞄に突っ込んだ記憶がある。やはり僕はアルツハイマーなのか? いや突っ込んだという偽りの事実を覚えているんだから逆アルツハイマーか。 「これから取りに行こうよ。そしたら一緒に帰れるし」  い、一緒に帰るだとおおおおおおおおおお!? 「あ、明日でいいよ明日で」 「提出明日だよ?」 「明日でいいよ明日で」 「話聞いてた?」  今まで今帰さんは教室の施錠をしたり生徒会の活動報告を教師にしたりするので、勉強会の後、僕たちは別々に帰っていた。  ほんの数分時間がかかるからってそれに付き合ってやらずに帰るって時点で最低の人間だろと思われそうなものだが、今帰さんは一向に気にする様子は無い。  今帰さんは人に迷惑をかけることを嫌うからな。例え数分でも人を待たせることが許せないらしい。  ちなみに、僕に対しての強制勉強会をはじめとする一連のもろもろは迷惑をかけているとは思っていないらしい。  そういうわけで、今まで一緒に下校することは回避できていた。  さてどうする。今までは教室の施錠→先生への報告で大体十分はかかっていた。  しかし教室の施錠までのステップを省けばあとかかる時間は五分足らず。  ほんの五分も待てないから帰るっていうのはなかなかクズリティが高い。いや十分も五分も何が違うんだ。何をいまさら。 「はい。これ教室の鍵」 「あ、うん」  僕は差し出されたそれを条件反射で受け取ってしまう。 「じゃあ、よろしくね」  彼女はそう言いながら、生徒会室を施錠し、手を振って教員室のほうへと向かう。  今帰さんの背中を見送りながら、僕はしばし何が起こったのか理解しかねていた。そして気づく。  しまった! はめられた!  これならば待ち時間はゼロ! 鬼道の四、「時間がかかるから先帰るわ」という手は使えない!  しかも鍵を渡された以上、施錠したのち今帰さんへ返却せざるを得ない!  流れるような美しいコンボだ!  はあ。……アホなこと考えてないでさっさと教室行こう。  もう今帰さんは見えなくなっていた。 775 名前:今帰さんと下校 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/02/08(日) 23:00:38 ID:IwYaSxW2 [4/6]        僕が鍵を返しに職員室前まで行くと、今帰さんが職員室の前で待っていた。 「お待たせ!」  それは待たせた僕のほうの台詞なんじゃない? 「これ、鍵」 「ありがとー! 返してくるね」  彼女はそう言って職員室に入ると、十秒足らずで出てきた。  たった十秒では逃げられない。全力ダッシュしてれば逃げられただろうけど、それは流石に。  それに万が一今帰さんもダッシュで追いかけてきたら怖すぎるし。  さて、この流れで一緒に帰らないのはさすがに不自然だ。  しかも僕は今帰さんを嫌いではない。いや一緒に帰れるのはめっちゃ嬉しいのだ。ただそれ以上に憂鬱なだけで。 「僕、家こっちだから」  校門前まで来た僕はそう言って歩き出す。今帰さんと一緒の下校を回避する術は、もはや今帰さんの家が反対方向であることに賭けることしかない。 「へえ。家、どのへんなの?」  彼女は何の逡巡も無く当然のようについてきた。  うすうすそうなる気はしていたけども、やっぱり同じ方向なんだね今帰さん。 「ちょっと行ったところに川あるでしょ。あの川沿いに十五分くらい」 「へぇ、徒歩圏内なんだ。阿賀君ってこのあたりの出身なんだね」 「今帰さんは? 電車通学?」 「ううん。私も徒歩。阿賀君、家近いけど普段家で何やってるの?」 「え?」 「だって部活も入ってないし、家も近いんだったらすごく時間あるよね。何やってるの?」  いや、何って、2ch。  じゃなくて、どうしてそんな風に聞かれるんだ?  部活をやってなくて、家も近いからって暇人のように言われるのは心外である。  大体、部活をやってる奴ってつまり好きでやってんだろ?  っていうことは暇みたいなものじゃないか。暇人じゃないか。 「いやー。別に何もやってないよ。漫画読んだり、テレビ見たり、ネットやったりしたらそれで一日終わっちゃうよ」  そうあっという間に日々が終わっていく。不毛に、何の成長も無いままに。  皆はどんどん成長したり、かけがえの無い友人や思い出を作ったりしている間に。  ……いいんだ。僕はこれでいい。  誰の人生にも輝かしい幻想が必要なわけではない。  飾り気の無い、荒涼たる人生もそれはそれでよいものだ。  ……まあなんの成長も無いのはヤバイけどね!  リア充が言うような成長(笑)は要らないが、ぼっちは一人で生きてゆくのだ、完全に自活できるだけの能力を身に着けておく必要がある。 「へえ。阿賀君って結構オタク?」  し、ししし失敬な! ぼ、ぼぼぼぼきをオタク呼ばわりなんて! 「漫画って言ってもジャンプとかだよ。ほら、努力とか友情とか勝利とか、最高だよね」  努力も友情も勝利も、何一つとして僕の人生には無いものだ。  別に努力も友情も勝利も要らないが、幸福くらいは欲しいものだ。 「ワンピース私も好きだよ!」  今帰さんは屈託無く答える。  ふ、ジャンプと聞いて真っ先に思い浮かぶのがワンピースとは、これだからリア充は。  数々の打ち切り漫画を愛し、クソ漫画愛好家の称号をほしいままにする(脳内で)僕には片腹痛い。  まあ現実でクソ漫画について語り合える機会は無いだろう。人から愛されないから打ち切られるのだから。 776 名前:今帰さんと下校 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/02/08(日) 23:05:38 ID:IwYaSxW2 [5/6]  僕の人生がクソ漫画でなくてよかった。  いや、この場合、僕の人生がジャンプで連載されてなくてよかったというべきか。なぜなら、僕の人生は紛れも無くクソだ。漫画ではないだけで。 「そういえば、今帰さんは普段何やってるの?」 「私もたいしたことはしてないよ。テレビみたり、勉強したり、お菓子作ったり」  そういえばお菓子の写メが送られてきたりしたっけ。 「さすが今帰さん」 「……なんか阿賀君、言ってることがテキトーじゃない?」  今帰さんはねめつけるようにこちらを見る。 「い、いいいやそんなことないよ。僕はいつでも正直さ!」  これはあながち間違いではない。  ぼっちは自分の気持ちにとても素直だ。だからやりたくも無いことをやらず、人に迎合しないのだから。 「今度阿賀君にもお菓子作ってあげるね!」 「いいよそんな。悪いし」 「人にお菓子作るのって結構楽しいんだよ?」  なんだこの子は。天使か。  誰かに何かをしてあげることで喜びを感じるなんて。どういう思考回路してんだ。 「申し訳なくってとても受け取れないよ」 「……阿賀君って自分を卑下するようで、結構上から人を見てるよね」 「とんでもございません! 私のような下男が今帰様のお手を煩わせるなど、とてもとても」  僕は僕に出来る最大限のへつらいの笑みを浮かべ手を揉む。 「何それ。じゃあ毒見でいいよ。まさか今帰様の命令に逆らったりしないよね? 私のために死ねるなら光栄だよね」  何を食わす気だ。 「ごめん。危なくない普通のお菓子をお願いします」 「ふふ、了解」  他愛の無い会話をしているうちに、僕の家が近づいてきた。  なんとなく。  なんとなくだが、家の場所を特定されたくない。  しかし寄り道しても、今帰さんには僕が帰宅するのをずっと待ちそうな気配がある。 「阿賀君の家ってもうすぐ?」  そんなことを考えていたからだろうか、今帰さんはまさに僕の考えを突くような質問をしてきた。 「そういえば、今帰さんの家はどこなの?」  質問を質問で返すのは人として最低の行いである。  が、僕の質問で今帰さんが固まった。  その顔に薄い微笑を貼り付けたまま、一言も話さない。 「今帰さん?」 「あ、あの、わたし用があるから帰るね」  今帰さんは踵を返すと、早足で、いやもはやほとんど走るように消えていった。  今も下校中だと思うんだけど。    結局、今帰さんはどのへんに住んでるんだ?     ――――――――――――――――――――――――      どうしよう。つい逃げてきちゃった。  変に思われたかな。思われたよね。  阿賀君の家、行きたかったな。  どんなお家なのかな。どんな部屋なのかな。  阿賀君はその部屋で普段何をやってるんだろ。  でも行けなかった。  だってまさか家が反対方向だなんて答えられなかったから。  素直に答えたら一緒に帰れなかっただろうから。  阿賀君は決して人に心を許さない。  親しげにしていても、阿賀君は本当は親しさなんてまるで感じていない。  私は、阿賀君にどう思われているんだろう。  迷惑なのかな。阿賀君は本当は私のこと嫌いなのかな。  寝付けずに私はベッドから起き上がる。  そうだ、お菓子を作ろう。  阿賀君に上げるお菓子。  何かをしている間だけは、物事を深く考えずに済む。  阿賀君。嫌いならはっきりそう言ってよ。  本当に嫌いだって言われたらどうするのか。  そのことについて一切考えていないということに、私はまったく気がつかないまま、軽量カップを取り出し、お菓子作りを開始した。

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