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390 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 21:59:23 ID:9dqWhcr. [2/17]  注目を集めている。決して僕の気のせいではない。すれ違う人たちが皆、僕のことを必ず一瞥するのだ。  しかも、僕がいるのは元旦のヘビセン。なので、注目の集め方も生半可なものではない。たとえ目を閉じたとしても、向けられる視線の数々には気づくだろう。それくらいには目立っていた。  思わず、ほくそ笑む。  来たか。いやぁ、来てしまったか。ついに来てしまったのか、僕の時代! 世間の人々もようやく僕の魅力に気づいたらしい。この衆目の集め方が何よりの証明だ。  思い返せば、今までは散々な扱いを受けてきた……。  クラスメイトたちには「まあ、並みだわな。それもギリの並みだわな」と誤った評価を下され、母さんには「容姿云々以前の問題ね。何より性根の悪さが顔に出ているからアウト」と辛辣極まりない暴言を浴びせられた。唯一、Aだけが僕に優しい微笑みを返してくれたっけ……やっぱり、アイツだけは味方なんだな……って、うん? 待てよ。そういえばAって「僕ってカッコいい?」って訊くと、ただ黙って微笑むだけで、具体的な言及は避けていたような……?  ま、まあいいさ! 何はともあれ、僕が今、脚光を浴びているのは紛れもない事実なのだから!  確かに、僕はあまりカッコよくないのかもしれない。苦くて不味い蓼なのかもしれない。しかし今や、その蓼がメジャー商品へと成りあがったのだ! 今日から『蓼食う虫も好き好き』の意味は変わるのだ! 今ならば、某アイドル事務所へ応募しても楽々パスできる気がする。アイドルデビューに歌手デビューに俳優デビューにバラエティーデビュー。テレビに引っ張りだこの僕の未来が見える……見えるぞ。ふっはっは! 「サユリもそう思うだろう?」  と、RPGの仲間よろしくついてくる少女に問いかける。が、反応はない。僕を視界に入れることさえしない。なんだよコイツ、もしかして照れてるのか。憧れが強すぎて直視できないのか。可愛いヤツめ。  なんて足を止めている間にも、絶えず視線は向けられた。けど、なんでだろうな。どうして皆、僕を見る前にまずサユリを見るのだろうか。そして僕のことを見て「え、マジ?」みたいな顔をするのだろうか。 391 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:00:11 ID:9dqWhcr. [3/17]  デジャブデジャブ。つい数時間前、Aと初詣をした際にも同じようなことがあった気が……。  いや、もうわかっているんだけどね。 「なんていうか、お前ってやっぱりスゴイんだな……」  そんな言葉がしみじみと出てしまうくらいには感心していた。  僕は、今まで学校でのサユリしか知らなかった。だから、彼女が外の世界に出た際に、どのような評価を受けるだなんて微塵も考えたことがなかったけど、こりゃ半端ない。室外施設から、人の多いモール内に来た途端にこれだ。  実際、サユリの異国めいた容姿は、この雑踏の中でもキラリと光りめいていた。色素が薄く、銀色に輝く髪はもちろんのこと、作り物のように整った容姿もそれに拍車をかけている。僕だって彼女と知己のない一般ピーポーだったら自然と目が引き寄せられていただろう。天晴れのため息だって漏らしたかもしれない。  再び歩き始める。しばらく歩いて、振り返る。僕のニメートル後ろに、サユリはいる。メジャーで測ったような正確さだった。 「隣を歩いたらどうだ。これだと、まるでサユリが従者みたいだぞ。氷の女王がそれでいいのか」  けしかけてみるが、背後霊じみた少女は返事をしない。たまたま行く先が一緒なんですよ、みたいな態度をとっている。  本当に僕は今、サユリと遊んでいるのだろうか。やや不安になる。  なんてやりとりをしている間も視線は集まってくるのだが、僕はとあることに気づいた。  皆、見るといってもジロジロと観察するようには見ないで、コソコソと盗み見るように見るのだ。まるで、はっきりと目視することが罪であるかのように。昔、日本ではやんごとなき人を直視すると目がつぶれると考えられていたらしいが、その名残だろうか。 392 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:00:50 ID:9dqWhcr. [4/17]  実際、威厳が違いすぎる。  さっき僕は、これではサユリが従者に見えてしまうぞ、なんて言ったが、そんな愚かしい間違いをする人は誰もいないだろう。なんというか、オーラが違うのだ。位の高い者だけが持ちうる気品とでもいえばいいのだろうか。年の離れた大人だって、サユリと向き合えば自然と襟を正すに違いない。  しっかしなー。  正直、僕に対する視線の無遠慮さには辟易とする。一方的に下賤の輩だと決めつけられているかのような、ありありとした見下しの視線。従者どころか奴隷のように思われているのだろう。Aと一緒にいる時もしんどいが、こっちもなかなか甲乙をつけがたい。 「お前が、あのくそ寒いフラワーガーデンにいた理由がわかったよ」  きっと、サユリも注目されるのは嫌なのだろう。正直、今の状況は極度のナルシストでもなきゃ肯定的に捉えられない。それに、彼女は容姿だけじゃなくて、別の意味でも注目されている立場なわけだし、気苦労も何かと多かろう。  結論、視線に関しては気にしないことにした。本日の目標は、とにかく楽しく遊ぶこと。それ以外のことは全てノイズとして処理しよう。  その時、ぐぅとお腹が鳴った。そういえば、神社で飲んだ甘酒以来、何も口にしていない。昼食もまだだったし、そうだな、とりあえず腹ごしらえがしたい。 「サユリ、今からお昼にしようと考えているんだけど、構わないか」  返事がないことはわかっているが、一応聞いてみる。コミュニケーションってのはこういう小さなやりとりの積み重ねだしね。  彼女はYESともNOとも言わなかったが、大人しくついてきているので嫌だというわけではないらしい。  ならば、向かおう。先人曰く、何をするにもまずは腹ごしらえである。 393 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:01:26 ID:9dqWhcr. [5/17]  国内有数のショッピングモールといえども、フードコートのつくりはさほど変わらない。多種多様のグルメをそろえた店の並びに、開放的なテーブルとイス。仮に食べたいものが異なっていても同席できるというのは、なかなか合理的なシステムだと思う。  元旦で混み合っているヘビセンだが、昼食のピークは過ぎていたので空席はちらほらと見受けられる。これならば場所取りをする必要もないだろう。  フードコート内には、全国どころか全世界に展開しているMのマークが特徴的な某ファストフード店があった。僕みたいな懐に余裕のない子どもにも手が届くありがたい値段設定だ。……まあ、最近はちょこちょこ値上げしているけどね。 「僕はハンバーガーにするつもりだけど、サユリはどうする?」  というか、そもそも食べるのかお昼。なんせサユリはお高い身分のお方だ。「ふんっ。そんな衛生面も十分ではない中で調理された化学調味料たっぷりの怪しいものを、食べられるわけがないでしょう」なんて言いだすかもしれない。  つーか、コイツ普段何を食べているのだろうか。全く想像がつかない。多分、栄養バランスのとれたオーガニックな食事をとっているのだろうけれど……具体的には……サ、サラダとか? それともスムージー? ……野菜ばっかりだな。庶民の想像力の限界。 394 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:01:56 ID:9dqWhcr. [6/17]  店舗へ向かい、メニューを見る。一番コストパフォーマンスのよさそうなハンバーガーセットを注文した。 「ドリンクはオレンジジュースでお願いします……それと、えーっと」  と、サユリに視線をすべらせると、彼女が一歩前に踏み出した。 「私も、同じものを」  小さい、けれど不思議と耳に残る、鈴を転がすような声だった。サユリの声を聞くのは、今日はこれが初めてだった。クルーのお姉さんは、人形じみた美しさの少女にいささか驚いた様子だったが、すぐに気を取り直し「お会計は別々になさいますか?」と訊いた。 「同じでお願いします」  と言い、肩に下げていたショルダーバッグ(めちゃくちゃ高価そうな)から、長財布(これもまためちゃくちゃ高価そうな)を取り出す。 「な」  思わず、視線が釘付けになってしまった。  彼女の長財布には、子どもが持つにはあまりに多すぎる枚数の紙幣が入っていた。しかし、それはあくまで引き立て役にしか過ぎない。僕が目を奪われたのは、黒く輝くカードだった。ブルジョアジーにしか持つことが許されないという、噂のブラックカード……まさか実在したとは。  戦隊ヒーローを見るようなキラキラとした瞳で、ブラックカードを見つめる。久々に童心に帰っていた。子どものピュアな心を呼び覚ましてくれるとは……さすがブラックカードだぜ。  だが残念なことに、支払いは現金で済ませていた。クレジット決済はできるみたいなのに……見たかったなー、ブラックカードが使われるところ、見たかったなー。 395 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:02:29 ID:9dqWhcr. [7/17]  サユリは払うものを払ってしまうと、僕の二メートル後ろ、つまり定位置に戻った。クルーのお姉さんはお釣りを手にしたまま戸惑っている。 「おい、サユリ……」  と、呼びかけても動く気配がないので、とりあえず僕が受け取る。支払いには福沢諭吉大先生を使っていたので、返ってきたのは樋口一葉先生と野口英世と少しの小銭。二人分とはいえ、ファストフードの値段なんてたかが知れているわけで、お釣りはかなりの額になっていた。 「ほら、お釣りだぞ」  受け取ったお釣りを手渡そうとするが、彼女は受け取る気がないのか、そっぽ向いている。  もしや一万円札以外の紙幣は入れないと決めているのだろうか。高い財布には小銭入れがついていないというし、それの強化版か? なので、お釣りは駄賃代わりにくれてやると? いや、そんなわけないか。うーん、マジでわからん……意図が読み取れん。  しかし、だ。 「さすがに、これは受け取れないよ」  いくら僕が普段からクズだのヒモだの守銭奴だの罵詈雑言を浴びせられているとはいえ、さすがにこれは受け取れない。僕みたいな子どもが貰うにはあまりに多すぎる額だったし、何より僕にだってプライドはある。これではまるで施しを受けているみたいじゃないか。  それに、奢るという行為は自然と力関係をつくってしまう。奢る者は奢られる者より強くなり、奢られる者は奢る者より弱くなる。僕は、サユリとは対等な関係でいたかった。できるだけ、こういう不純物は取り除いておかなくてはならない。  なので僕は、彼女にガツンと言うために口を開く。 396 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:03:20 ID:9dqWhcr. [8/17]  ……。  …………。  ………………。  ……………………。  …………………………ん?  なぜ、僕の舌は動かないのだ? なぜ、僕の手はポケットの方へそろそろと動いていくのだ? これじゃあ、まるでサユリのお釣りをネコババするみたいではないか。くそっ! 心は返したがっているのに、身体が言うことを聞かない! 心は返したがっているのに! 心は返したがっているのに! 「……これは一旦、僕が預かっておこう。返してもらいたかったら、いつでも言うんだぞ」  ま、一旦預かっておくだけだからさ。貰うわけではないし、問題ないでしょ。一旦、一旦ね?  ファストフードの名に劣らず、注文した品はすぐに提供された。トレーを持って、近くの空いているテーブルにふたりで座る。  身体に悪いと言われているジャンクフードだが、身体に悪いものほど美味しいという悲しき法則がある。僕の胃袋は一刻も早くハンバーガーを求めていた。  早速、ハンバーガーにかぶりつく。いただきますも言わなかった。口内に広がるジャンクな味わいに、僕はフムフムと頷いた。やっぱり安かろう悪かろうは正義である。  向かい側に座るサユリは、羽織っていた黒のロングコートを脱いで、脇に置いた。そしてショルダーバッグから除菌シートを取り出し、手を拭き始める。意外とその辺は神経質なのかもしれない。新しい一面を知った気がする。  手を拭き終えると、サユリも僕と同様にハンバーガーを手に取った。そして包装を開け、小鳥がついばむように食べ始める。 397 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:03:56 ID:9dqWhcr. [9/17]  我ながら阿呆だと思うが、僕は彼女の食事をする姿に――見蕩れてしまっていた。  ファストフードに食べ方も何もないだろうと言われるかもしれないが、あるのだ。いいとこのお嬢さんらしく、サユリの食べ方に気品があった。育ちの良さは食事にあらわれるというが、まさにその通りだった。  住む世界が違う、とつくづく思い知らされる。同じ学校に通い、同じクラスに属しているというのに、住む世界はこんなにも異なっている。結局のところ、僕は悪目立ちするだけのその他大勢なのであり、サユリは雲の上にいる人なのだ。  それは、学校における彼女の在り方にも如実にあらわれている。  サユリは、いつもひとりだった。イジメられているわけでも、シカトされているわけでもない。恐れられている、というのが正しい表現だろう。  実際、クラスメイトの誰もが――いや、それどころかこの街に住む誰もが――サユリを恐れていた。担任の教師でさえ、彼女の名前を呼ぶ時は声が硬くなる。  その原因は、サユリがいわゆる地元の名士の子であるからだ。身分制度が廃止された現在、地元の名士という肩書きがどの程度の重さを持つのか、子どもの僕には到底わかり得ない。けれど、少なくとも大人の世界においては強い影響力があるようで、その影響力が子どもの世界にまでじわじわ浸透してきているというわけだ。  ついたあだ名は『氷の女王』。年齢を考えれば『姫』の方が適当なのだろうけれど、サユリという人物を知ると、どうしても『女王』という言葉が出てきてしまう。彼女は城の中で庇護されるお姫様よりも、平民を統治する女王のほうが相応しい。 398 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:04:31 ID:9dqWhcr. [10/17]  しかし、このあだ名を耳にすることはほとんどない。なぜなら、ある恐ろしい噂があったからだ。  ――いわく、氷の女王に反抗した生徒は強制的に転校させられる。  サユリは学校内に秘密警察のような独自のネットワークを張っており、どんなに秘密裡に行動していようと全ては筒抜けだという。彼女の名誉を棄損するような言動と行動をとれば、強制的に他の学校に飛ばされるだけではなく、なんと両親の職まで奪われてしまう。サユリの父親が関与する会社はこの市ではかなりの数にのぼり、娘の報告が上がれば鶴の一声で首切りが決定する。  己だけではなく、一家までもが路頭に迷う恐怖。故に、彼女の逆鱗に触れないよう、誰もがサユリから遠ざかった。  確かに、子どもの噂にしては手が込んでいて、いかにも真実っぽく聞こえる。でも。こんなのは全て嘘っぱちだった。  具体性の高さのためか、学校内では誰もがこの噂を信じているが、よくよく調べてみると穴も多い。転校させられた生徒が本当にいるとのことだったが、その生徒に関しての情報となると途端にあやふやになるし、そもそもリスクとリターンが釣り合っていない。  公立校において私的な権力を行使するのは、かなりハードルが高い。それこそ斎藤財閥並みのパイプを持っていなければならないだろう。それに、バレた時に失うものが大きすぎる。世間というのは基本的にエスタブリッシュメントを嫌悪しているので、事実が露見した際は連日ワイドショーをにぎわすことになる。そんな事態に陥れば、いくら地元の名士といえども凋落確定。たかが庶民の一家を飛ばすには、あまりにリスクが高すぎる。  けれど、僕らのような子どものコミュニティにおいては、噂というのはかなりの信憑性を持つ。学校の七不思議に代表されるように、それこそテレビのニュース並みの情報源といっても過言ではない。僕もゲームの裏ワザ関連でどれほど騙されたか……。 399 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:05:26 ID:9dqWhcr. [11/17]  サユリ自身が発するミステリアスな空気も、噂を強化させた。ありえない想定だが、もし彼女が笑顔あふれる元気溌剌な少女であったら、もう少し結果は違ったのかもしれない。荒唐無稽極まりない噂が説得力を持ったのは、サユリ自身の態度も関係していた。  と、以上のような噂も手伝って、サユリに近づく者は誰一人としていなかった。彼女がいるだけで周囲の空気は緊張感に満ちたものになり、休み時間になれば周りの席はすぐさま空席となった。  だが、誰もが恐れ、遠巻きに見ることさえも避ける中、ただ一人だけサユリに話しかける向こう見ずな生徒がいた。  それは誰か。  僕である。  そう、唯一の例外は僕だった。教師陣も含め、学校内の誰もが避ける中、僕だけはサユリに話しかけていた。 「○○はすげえよな。あの氷の女王に話しかけられるなんて。恐くないのかよ?」  クラスメイトからは呆れ半分恐れ半分にこう言われることが多い。その度に、僕はこう言い返していた。 「同じクラスの仲間じゃないか。仲良くするのは当然のことだろう」  さすが○○くんだな、俺たちみたいな凡愚とは頭から爪の先まで違うよ、まさに人間の鑑だぜ! と称賛されてもおかしくないのに、何故だか白眼視された。僕の主張を真に受けた人は誰もいなかった。いくらなんでも扱いがひどすぎない……?  さて、それではミスター博愛主義者○○の真っ白な腹の内を明かそう。  一応、僕だって最初はサユリのことを恐れていた。例の噂を聞いた時は、僕も他の生徒と同様に震え上がったし、そんな恐ろしいヤツと同じ学校に所属してしまった己の不幸を嘆いたりもした。進級して同じクラスになった時は、まさに泡を噴く思いだったっけ。 400 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:05:59 ID:9dqWhcr. [12/17]  けれど、そこは僕である。強い者が現れたのなら、それに立ち向かうでもなく逃げるでもなく、媚を売り適切なポジションを確保する。それが僕のやり方だ。  しかも、サユリは教師にも怯えられる存在ときている。もし、つながりができれば悪童の僕にも口を出しにくくなるだろう。子どもだけではなく大人にまで強気に出られるなんて……こんなおいしい機会を逃すはずがないでしょう。  ファーストコンタクトはかなり慎重に行った。プリントを渡すついでにいくつか話しかけたのだ。僕の声は震え、身体も震えていたと思う。サユリの無反応を何らかのメッセージだと曲解し、その夜は布団にくるまりガタガタと震えた。僕たち一家がダンボールハウスで暮らす夢だって見た。  常に恐怖はつきまとったが、それでもめげずにコミュニケーションをとった。千里の道も一歩から。地道に話しかけていけば、ある種の信頼関係が生まれるに違いないと希望を持った。  しかし結果からいえば、失敗したと言わざるを得ない。僕と彼女のディスコミュニケーションは時を経ても変わらなかった。そして僕の中にあった下心も、実現の見込みが薄くなるやいなや消えてしまった。こりゃどうしようもないな、と途中で匙を投げたのだ。  が、当初の作戦が頓挫した後も、僕はサユリに話しかけ続けた。  理由は……なんだろうか。強いていえば、刺激だろうか。  僕の一番身近な人とは誰か。そう、Aだ。あの超絶優等生で、どこに出しても恥ずかしくないどころか大絶賛されるAだ。彼女と一緒にいるのはそれなりに楽しいし悪くもないのだが、いかんせん毒がなさすぎる。無毒どころか、消毒する作用だって持ち合わせている。僕がギリギリ小悪党のラインに踏みとどまっているのは、彼女の浄化作用によるところが大きい。 401 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:06:28 ID:9dqWhcr. [13/17]  でも、Aとの関係には刺激がなかった。人間関係ってのは良いところばかりではなく、悪いところだってたくさんある。ケンカだってするし、疎ましく思うことだってある。けれど、Aにはそれがない。僕がどれだけ嫌がらせをしても、無下に扱おうと、怒らない。笑って全てを許容してしまう。これはこれで居心地のいい関係であることは否定できない。けれど、やっぱり負の部分だって必要なのだ。ニーチェ先生だって述べていた。「友であるなら敵であれ」と。テレビで小耳に挟んだだけだから全くニーチェ先生には詳しくないが、けだし金言だと思う。  人間関係には刺激が必要なのである。なぜ人はバンジージャンプなどの、自らの生命を危険にさらす行為をするのかというと、それは刺激が欲しいからに他ならない。人間関係だって同じだ。薬膳料理ばかりの生活だと、どうしてたってジャンクフードが恋しくなってしまう。クセのある人物と関わってみたいという欲求が、僕の中に生まれるのは自然の流れだった。そして、サユリとのコミュニケーションは僕に多大な刺激をもたらした。誤算だったのは、彼女がスパイスではなく劇薬だったということだが、それはそれでオーケーだった。  そもそもさ。誰かと仲良くなるのに、特別な理由なんかいらないんだって。思惑ありきで近づいた僕が言うのもなんだけど、たとえサユリに特別な背景がなかったとしても、やはり話しかけていたと思うのだ。だって、こんな面白そうなヤツを放っておけるはずがない。 402 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:07:33 ID:9dqWhcr. [14/17]  ってのが、僕とサユリの関係性。今までは平行線だったが、本日、ようやく線が交わりそうなチャンスに恵まれている。……今のところ交わる気配はないけど。  なんて考えている間に、昼食を食べ終えた。手持ち無沙汰になったので、サユリの食事姿でも鑑賞する。  学校の皆からは恐れられ、遠ざけられているサユリだが、こうしてハンバーガーを食べている姿を見ると、僕と同じ人間なのだと実感する。呼吸して、考えて、そしておそらく悩んでいる、僕と同じ人間なのだ。  張り付けた無表情の奥に、どんな感情が潜んでいるのか、僕にはわからない。けれど結局のところ、人ってのは自分の見たいようにしか人を見ないし、そして見れない。  それならば、その仮面の奥に喜びを見出すのは罪ではないはずだ。 「もーらい」  トレーの上のポテトをひとつ、頂戴する。が、サユリは咎めるでもなく、僕がポテトを食べるのを黙って見ている。これを男子連中にやったら戦争になるのに……金持ち喧嘩せずってやつなのかね。  いっそ、ドリンクに手をつけてやろうか、と考える。間接キスを成立させれば、さしものサユリも頬くらいは染めるかも……うん。ないな。絶対ありえないわ。普通にドリンクには口をつけないで終わりそう。それはあまりに虚しい結末だった。 403 名前:『彼女にNOと言わせる方法』[sage] 投稿日:2018/01/31(水) 22:08:08 ID:9dqWhcr. [15/17]  と、パクパクとポテトをつまみ続けているうちに、いつの間にか食べ終えてしまった。マズい、サユリはまだ手をつけていないというのに……。無断でセットの一品を完食する。これほどギルティな行為はそうそうない。  やっちまったなと思ったが、反応を見るために、僕はあえて悪びれぬ様子で「ごちそうさま」と一言投げかけてやった。  しかしサユリはストローを口につけたまま、感情の読み取れない瞳で、僕のことを見るばかりだった。  なにこれ無言の非難なの? もしかして好感度だだ下がり? と、食欲に負けた自分を責めそうになるが、そういえば彼女が僕のことをはっきりと見るのはフラワーガーデンでの一幕以来だと気づく。  胸の中で、小さく何かが跳ね上がる。  いやいやいやいやいや。何が跳ね上がるだよ。僕は飢えた犬じゃないんだぞ。これしきのことで安易に喜んだりはしない。サユリの一挙手一投足に意味を見いだしていたら、それこそキリがない。  だけど、僕の頬は緩み、笑い声が漏れ出てしまう。サユリの宝石のように光る青い瞳を覗き込めば、必死で表情を取り繕おうとする少年の姿が拝めただろう。  ……ま、これはこれで悪くない。この手の照れ恥ずかしさは、普段の生活からは得られないものだから。その希少性に免じて許そうではないか。 「どうしたんだ、じっと僕に熱視線なんか注いで。もしかして惚れたのか」  なんて軽口を叩いてみるが、彼女はストローを咥えたまま、黙って受け流していた。  全く、可愛げのないヤツだ。  僕は肩をすくめ、そしてやっぱり、笑ってしまった。

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