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611 :ヒマ潰しネタ2―儀式観察― [sage] :2008/05/25(日) 02:04:14 ID:WJAsR4J0  彼女の『それ』を見たのは、些細な偶然からだ。  その日、自分は日頃の夜更かしのせいかうっかり部室で眠り込んでしまい、目が覚めた時はすでに真っ暗闇だった。  暗い部室の中、ポケットを探り携帯電話を取り出すと、時刻はすでに下校時刻をはるかに回っていた。  部室から廊下に出ると、月明かりが校内を照らしている。窓枠の細長い影線が一定の間隔で廊下を区切り、 自分の影もそれに添って長く伸びている。  日常の裏側――本来なら決して居合わせない空間。校舎内の静けさが不気味に感じ、それと 同時に神秘的な空間にも思えた。  いつまでも学校に残っていてもしょうがないので、急いで帰ることにした。  急ぎ足で廊下を歩き階段を降りて下足箱まで辿り着き、靴を履き替えようとしたところで、 教室に忘れ物があることを思い出した。  どこまで間抜けなのだと自分を呪った。再び校舎内に戻るのには抵抗があった。  薄暗い校舎内を明りも無しに戻るのは肝試しに近い。それに教室までが遠いから面倒なのだ。  どうして思い出してしまったのだろう。外に出てから、いや、家に帰ってから思い出したのなら 取りに戻ろうかどうしようかなんて悩まなくて済んだのに。  教室に行かないための言い訳を探すが、明日のことを考え、ほんの少しの我慢だと自分に 言い聞かせ、結局諦めて戻ることにした。  薄暗い階段を上り、二階の廊下を急いで歩いて自分の教室に向かう。  二つ隣の教室を通り過ぎ、あと少しで辿り着くというところで、廊下の先の方から渇いた音が 聞こえてきた。  聞きなれた音――黒板にチョークで書く時の音が自分の教室の方から聞こえた。  誰か残っているのだろうか? それでも教室は明りがついていない。  誰も居ない時間に暗い教室の中で黒板に何かを書いている――疑問と恐怖が足を地面に縫い付けた。  恐怖と好奇心――僅差で好奇心が勝った。何も見ないで逃げ帰れるはずがない。  足音を立てずにゆっくりと静かに教室の扉に近づき、扉の窓からこっそりと中を覗きこんだ。  暗い教室の中に人影が一つ。黒板の前で細いシルエットが立っている。心音が跳ね上がった。  黒板に向かって右手を動かしている人物。目が暗闇に慣れて、それが誰であるかわかった。  椿姫 玲(つばき あきら)先生。クラスの担任の先生だ。 612 :ヒマ潰しネタ2―儀式観察― [sage] :2008/05/25(日) 02:05:46 ID:WJAsR4J0  相手が誰であるか分かり、ほっと安堵した。  教室の中に入り、何をしているのか尋ねようと扉に手をかけ――ある疑問が自分の手を止めた。  こんな時間に教室の明りも付けずに、先生は黒板に何を書いているのだろう?  そんなのは中に入って直接先生に聞けばいい。聞かなくても、黒板を消すより先に見てしまえばいいのだ。  見られてはまずいものでも書いているのなら隠すだろうし、そうでなければ見せてくれるだろう。  だが――直感的な何かが教室に入ることを躊躇わせた。  少し悩んだ後、教室に入らずにしばらく様子を窺うことにした。  椿姫先生は黙々と黒板に何かを書いている。手の動きはひたすら同じ動作の繰り返し。  黒板は手が届かない上のスペースを残して、びっしりと隅から隅まで一つの漢字が書かれている。  自分は視力が良いから、ある程度の字の大きさでもそれがなんという漢字かがすぐにわかった。  晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃 晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃晃 晃晃晃晃晃晃――――。  ――『晃』。それが誰の名前かはすぐにはわからなかった。  しばらく先生の後ろ姿を眺めていて、先生の手が黒板の右端から左端に折り返したとき、ようやく思い当たる人物が頭に浮かんだ。  久我 晃(くが あきら)。クラスメイトの名前だ。  椿姫先生は久我晃の名前をひたすら書いている。それに気付いたとき、全身の肌が一瞬で粟立った。  心臓が全力で走った後のように激しく脈打ち、喉が渇き、手足が細かく震えた。  恐怖――見てはいけないものを見てしまった。知ってはいけないものを知ってしまった。  不思議なことに、頭の中だけは落ち着いていた。  どうして先生がこんな事をしているのか、理由は分からない。  だが、先生の行動が異常であることだけははっきりしている。 613 :ヒマ潰しネタ2―儀式観察― [sage] :2008/05/25(日) 02:07:38 ID:WJAsR4J0  翌日、先生は昨日の事が嘘であるかのように教壇の前に立っていた。  いつもと変わらない表情。いつもと変わらない授業風景――昨夜の異常な行動は夢だったのでは ないかと思うほど、普段通りの先生がそこに居た。  もしかしたら、あれは夢だったのだはないか、あれは先生ではなかったのだはないか、と思ってしまったが、 昨日見た後ろ姿は椿姫先生であることに間違いはない。  長い髪を束ねる銀色の髪留め――昨日と変わらず身に付けているそれが、昨日の事が夢ではなく、先生であった ことを証明している。  それからしばらくの間、先生のことばかりを考える日々が続いた。  先生を穴が開くほど見続け、網膜に焼きつくほど見続けた。目を瞑れば先生の顔が浮かぶほどだった。  居眠りしている久我を注意する椿姫先生。久我に黒板に数式を書かせる椿姫先生。久我を見つめる椿姫先生。  観察をすればするほど、椿姫先生が久我に好意を寄せていることがはっきりと分かった。  そして、ある考えが頭に浮かぶ。  もしかしたら、あの日の事は一回きりではないのかもしれない。  あの日だけではなく、繰り返し行っているのかもしれない。  ――見たい。もう一度見たい。  妄想と願望。風船のように膨張し続けるそれは、あっという間に限界まで膨れ上がり、自分では 制御することができないまでになった。  気がついたら、部室で夜になるのを待っている自分がいた。  もう一度、もう一度――もしかしたらまた見れるかもしれない。  どうしてそれほど見たくなったのか、理由は分からない。だが、興味を持ったことに対していちいち理由は必要ない。  宵闇が過ぎ、生徒達の声が聞こえなくなる。教室の明りが次々と消えていき、見回りの教師も 帰っていった。  時刻はあの日と同じ。暗闇の中、心臓の鼓動だけが大きくなっていく。  先生が居ることを祈りながら教室に向かう。雲が月を隠し、月明かりのない廊下を静かに歩く。  廊下を歩き、階段を上り、教室に近づくにつれて緊張が高まる。  教室の手前まで行くが、物音は聞こえてこない。  半分諦めながら、それでも祈るように教室を覗き込む。 614 :ヒマ潰しネタ2―儀式観察― [sage] :2008/05/25(日) 02:09:17 ID:WJAsR4J0  黒板の前には誰も居ない。何も書いてあるものもない。落胆してため息がこぼれる。  ふと、窓際の席に動く影が見えた。慌てて扉の窓枠に隠れて、視線を移す。  そこには、下半身だけ裸で久我の席に座り、机の上を舐めながら自慰に耽っている椿姫先生がいた。  ストッキングは履いていない。多分下着と一緒に床に置いてあるのだろう。  色白の艶かしい足をくねらせ、右手で股間を弄っている。  愛おしそうに机に頬ずりをし、キスをして、舐めている。  扇情的な光景に思わず息を呑んだ。全身が熱くなり、血液が沸騰しそうになる。  小さな喘ぎ声が教室の中から聞こえてくる。手の動きが早くなり、喘ぎ声の間隔が狭まり、大きくなる。  悲鳴とも嬌声ともとれる小さな悲鳴をあげ、先生が大きく痙攣する。絶頂したのだろう。  全身を何度も痙攣させ、長い間細かく震えていた。  余韻に浸っているのか、荒い息づかいのまま、机に頭を預けて座ったまま動かない。  目を瞑り、幸せそうに余韻に浸っている先生を見て、目を開いたときに自分が見ていることを 気付かれてはいけないと気付き、慌てて扉の窓から離れた。  名残惜しいが、いつまでも見ているわけにはいけない。気付かれてはいけない。  それに―――多分これから何度でも見れる。  椿姫先生に気付かれないように、静かに教室から離れる。  いつの間にか、廊下を月明かりが照らしていた。 615 :ヒマ潰しネタ2―儀式観察― [sage] :2008/05/25(日) 02:10:47 ID:WJAsR4J0  その日から、自分に日課ができた。  宵闇が過ぎて人が居なくなった時間、教室で先生が行う『事』を静かに観察し続けるだけの 秘密の日課。先生と自分だけの秘密。  先生が行う事を『儀式』と名付けた。自分はそれをただ観察するだけの傍観者だ。  儀式を行う日は決まっていない。週に二回、三回のときもあれば、週に一度のときもある。  先生の儀式は日によってその内容が違った。  黒板に名前を書いたり、久我の席で自慰をしたり、久我の荷物を漁ったりなど。  体操着が無くなったと久我が言っていたことがあったが、先生がそれを着て自慰をしていることで 謎が解けたこともある。  儀式は最終的に先生が自慰をして満足すれば終了する。先生が帰るのを見届けて、気付かれないように帰る。  時に先生は、日によってその痕跡を残した。それは久我に自分の想いを気付いてほしいからなのかもしれない。  だが、それは翌日に残ることはない。先生が帰った後の後片付けを自分がするからだ。  儀式の残滓――それは黒板に書いたものだったり、先生の涎や愛液だったり様々だ。  先生が帰った後、自分がそれを丁寧に処理する。それが終わってやっと儀式は終了するのだ。  先生が行い、自分が後始末をする。観客なりのサービス。先生は気付いていないだろう。  この儀式をいつから続けていたのか、そして、いつ終わるのかは分からない。  ただ、私は儀式を静かに観察し続けるだけだ。いつか先生がしなくなる日まで。

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