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「終わらないお茶会 第一話」(2011/05/20 (金) 14:57:11) の最新版変更点
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21 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:13:11 ID:W56qDLe3
誰も書かないので駄文で埋める。ただしヤンデレと同時にただのサイ娘である。実験。
須藤幹也は狂気倶楽部の一員である。
しかし、彼は狂気倶楽部には一体何人いるのか、そもそも倶楽部が何をするところなのか。
そんなことすら知らない。知ろうとも思わなかった。
彼にとって狂気倶楽部は暇つぶしでしかなかった。
無論、長い長い人生が終わるまでの暇つぶしである。
「雨に――唄えば――」
古い歌を歌いながら幹也は階段を降りる。街の片隅、路地にひっそりと立つ喫茶店「グリム」の地下へ。
グリムの地下は基本的に開放されているが、誰もそこに行こうともしない。
そもそもグリムはごくきわまった趣味を持った少年少女しか集まらず、その地下にある「書架」ともなると
狂気倶楽部の面々しか立ち入らないのだった。
「雨に――唄えば――」
同じフレーズを延延と唄いながら幹也は降りる。古い板の階段が、一歩足を下ろすたびにかつんと鳴る。
地下へと降りる階段は、きっちり13段だ。
毎回幹也は数えながら降り、そのたびに幹也は一度としてみたことのないマスターのことを思う。
彼は――あるいは彼女は――一体何を考えてこんな店を作ったのだろう?
病んだ少年少女、ゴスロリ少女や歪んだ少年ばかりが集う喫茶店を。
考えても仕方のないことだ、と幹也は割り切る。特定の何かに、彼はこだわりをもたない。
だまって、十三段の階段を折り終え、
「あ。お兄ちゃんだ――っ!」
地下に辿りついた幹也に、聞き慣れた、舌足らずの声が届いた。
人に甘えるような、生まれたばかりの子猫のような声。
幹也はあえて声にこたえず、奥へと進み、一番奥の椅子に座ってから声の主を見た。
22 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:25:14 ID:W56qDLe3
声の主は、声の通りに少女だった。十と七を迎えたばかりの幹也よりも、ずっと年下に見える、幼い声と同様に幼い容姿。
長い栗色の髪は膨らみ、彼女が動くたびにふわりと揺れた。
裾にフリルのついた白いワンピースを着て、靴下も靴も何も履かずに裸足だった。
栄養が足りず、細くなった手と足がむきだしになって見える。
両の手首には、プレゼント用の包帯が巻かれている。
幹也は知っている。その下に、醜い傷跡が残されていることを。
椅子の隣、本棚から適当に本を選びつつ答える。
「ヤマネ。僕は君の兄じゃないと、何度言えばいいんだ?」
「えぇ――? で、でもぉ、」
ヤマネと呼ばれた少女は首をかしげ、戸惑うように言葉を切った。
幹也は構わず本を抜き出す。背にはこう書かれている。
――『黄金に沈むお茶会』。
かつて狂気倶楽部にいた人間が書いた本の一冊である。
「お兄ちゃんはー、兄ちゃんだよね?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど僕は君のお兄ちゃんじゃないからお兄ちゃんじゃないんだよ」
「でもお兄ちゃんはヤマネのお兄ちゃんよね?」
「あーもうそれでいいから静かにしてろよ」
呆れたように幹也が言うと、ヤマネは満面の笑みを浮かべた。大きな瞳がにっこりと閉じられる。
幹也の『それでいい』だけに反応したのだろう。
ゆったりとした安楽椅子に座り、本を広げる幹也。
その幹也へと、裸足のままヤマネは近寄り、
「えへっ」
頬に手を当てて笑ってから、ごそごそと、幹也の膝の上に上りこんだ。
小柄な身体がすっぽりと幹也の胸に収まる。椅子の上でだっこをするのは、なれないと難しい。
そして、幹也はもうそれに慣れていた。
制服のすぐ向こうに、ヤマネの体温を感じた。
23 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:34:30 ID:W56qDLe3
細い足が、安楽椅子の下を蹴るようにぶらぶらと揺れる。
そのたびにヤマネの小さな身体が揺れ、幹也の身体に振動を伝えた。
すぐ真下にある髪から、シャンプーと、少女の臭いが混ざった、甘くただれた香りがした。
「お兄ちゃんっ、今日は何のご本?」
「『黄金に沈むお茶会』。いつもの変なご本だよ。『ご』をつけるほど大層なものじゃないけどね」
「読んで読んで読んでっ!」
膝の上でばたばたと手を動かしながら嬉しそうにヤマネが言う。声は大きく、普通の喫茶店なら叱られるだろう。
が、そう広くもない、椅子が12個と長い机が一個だけ置かれ、壁は全て本棚で埋め尽くされた図書室に人はいない。
いつもの面子はおらず、今は、ヤマネと幹也しかいなかった。
本を遮るように動く細く白い腕と、その手に巻かれた紅いリボンを見ながら、幹也は言う。
「読んでやるから、手は動かさないでくれ。読めない」
「はーい!」
がっくんがっくんと頷き、ヤマネは手をばんざいし、幹也の首に絡めた。
そのままくるりと半身をひねり、猫のように全身で幹也に抱きつく。
とても、三つ下の少女とは思えなかったが、幹也は特に気にしない。これも『いつも』だ。
首筋に触れる髪を感じながら、幹也は表紙をめくった。
声に出して、幹也は読み始める。
最初のページには、たった一行だけ、こう書かれていた。
『むかしむかし。でも、むかしっていつだろう? 少なくとも、明日よりは近いのよね 』
24 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:40:19 ID:W56qDLe3
『 むかしむかし。でも、むかしっていつだろう? 少なくとも、明日よりは近いのよね。
明日は永遠に来ないけど、少なくともむかしは記憶にはあるもの。
あら、でもそうね。永遠に手が届かないという意味では同じかしら。
わからないわね。
でもきっと、この本を誰かが読むときは、私は「むかし」になってるのよ。
できれば、そのときに私が生きていないことを祈るわ。だってそうでしょう?
無事に死ねたのなら、それが一番の幸せですもの!
それで、むかし。手が届かない昔ね。
一人の女の子と、独りの女の子がいたの。
二人の女の子は決して出会うことはなかったわ。だって、お茶会には椅子が一つしかあいてなかったから。
一人の女の子は、お茶会で、楽しくお喋り。
独りの女の子は、お茶会で、独り寂しくお茶を飲む。
そのうちに、独りの女の子は考えたの。
一人の女の子がいなくなれば、自分は一人になれるんじゃないかって。
というわけで、思い立ったら吉日よね。独りの女の子は、紅茶のポットに毒を入れたわ。
黄金色に輝く毒を。とってもおいしそうな毒を。
次の日のお茶会で、一人の女の子は、そのおいしそうな毒を飲んだわ。
でも残念なことに、お茶会のメンバーは、あんまりにもおいしそうだったから、その毒を全員飲んじゃったの。
そうして、独りの女の子は、一人の女の子になれたけど。
やっぱり、お茶会では、独りだったの。
独りきりでお茶会をしている女の子は、ある日、一つ残ったティーカップに、黄金色のお茶が残ってるのに気づいたの。
それが何か独りの女の子は知っていたけど、あんまりにもおいしそうだから。
独りの女の子は、それを飲んじゃったの。
それで、おしまぁい。お茶会には誰もいなくなっちゃった 』
25 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:53:37 ID:W56qDLe3
短いその本を読み終えて、幹也は小さくため息を吐いた。
何のことが書かれているのか、まったく分からなかった。
分からなかったが、少なくとも、暇は潰せた。
あとは、そのわからないことを考えて暇を潰せばいい。全てはその繰り返しだった。
「お見事、お見事、大見事。さすが朗読が上手いわね、三月ウサギ」
ぱん、ぱん、ぱん、と。
なげやりな拍手の音と共に、少女の声がした。
ヤマネの声ではない。ヤマネよりも冷たい感じのする、鋭い声だ。
拍手と声のする方向を幹也は見る。
13階段の傍。本棚に背をもたれて、長く艶のある黒髪の少女が立っていた。
少女は男物のタキシードを着て、小さなシルクハットをかぶり、おまけに黒い杖まで持っていた。
彼女もまた、狂気倶楽部の一員であり、幹也――今この場では三月ウサギだが――とヤマネの知り合いだった。
「……マッド・ハンター。着てるのならば声をかかえればいいのに」
「あら、あら、あら。ごめんあそばせ。あんまりにも仲がいいから邪魔をするのも悪くてね」
つ、と紅色がひかれた爪先で、マッド・ハンターは幹也を指差す。
そこには、幹也に抱きつくようにして甘えるヤマネがいる。朗読中はずっとこうだった。
幹也は小さくため息を吐き、
「言っとくけどね、僕は発情期じゃないよ」
「あら、あら、あら。でも、発狂期なのでしょう?」
「……ハ」
「あら、あら、あら。違ったかしら? そうね、違うわ。永遠の発狂を『期』とは言わないもの」
「君に言われたくはないな、イカレ帽子屋め。何人の帽子を集めりゃ気がすむんだ」
「それは、それはもう!」
マッド・ハンターは言いながらくるりと回り、ステップを踏みながら、かろやかに椅子の背を引いてそこに座った。
幹也とは対角線上。長机の一番端に。
座り、足を組み、肩に杖を乗せてからマッド・ハンターは答えた。
「全て、全て、全ての帽子を集めるまで、ですよ!」
「その前に君が死ぬのが先だと思うがね」
「あら、あら、あら! そしたら私の帽子が手に入るわけね。すばらしいわ」
言って、マッド・ハンターはくすくす笑った。
処置なし、と心の中で呟き、幹也は手持ち無沙汰になった手をヤマネの髪に伸ばす。
栗色の毛を、手ですきながら、幹也は言った。
「ヤマネ。今日はお前一人か?」
「うん? うぅん?」
「どっちだよ」
「えっとねぇ。お兄ちゃんがいる」
「……。他には?」
「お兄ちゃんがいれば、それでいいよっ!」
マッド・ハンターと幹也は同時にため息を吐いた。聞くだけ無駄、というやつである。
仕方なしに、幹也はマッド・ハンターに尋ねる。
「『眼球抉りの灰かぶり』はどうした? あいつ暇なんじゃなかったのか」
「あの子は、あの子の、あの子なら最近新しい子に熱中中中中よ」
「繰り返しはいいよ――ああ、じゃあ今日は狂気倶楽部というより、『お茶会』だな」
「うふ、うふふ、ううふふ。ヤマネにマッド・ハンターに三月ウサギ。穴から転げる子は来るかしら?」
「『裁罪のアリス』は無理だろ。あいつがいちばん忙しいだろ」
幹也はいいながら立ち上がる。誰もこないのなら、自分がやるしかない。
26 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:59:51 ID:W56qDLe3
椅子から立ち上がり、幹也は上へと向かった。飲み物を取りにいくためだ。
マスターの存在しないこの店では、自分たちでやるしかない。
「わ、わ、にゃ! お兄ちゃん落ちるっ!」
「落ちたくないならつかまってろよ。それが嫌なら落ちろ」
幹也の言葉に、ヤマネはさらに手に力を込め、両足を腰に回し、全身で幹也にしがみついた。
意地でも歩く気が存在しない。
軽いので問題はなかった。幹也はヤマネを抱えたまま階段まで行き、
「紅茶、紅茶、紅茶をお願いね」
後ろから聞こえる声に、手をひらひらと振って答えた。
十三の階段を着合いで昇り、喫茶店『グリム』のカウンターへと真っ直ぐに進む。
中で優雅に茶を飲んでいるゴスロリ少女たちが不審げな――あるいは羨ましげな――瞳で見てくるが、全部無視した。
狂気倶楽部とは、格好から入る少女にとって、敬愛と侮蔑と尊敬と憎悪の対象でもある。
「他人と違う」ということに憧れる少女は狂気倶楽部に入ろうとし。
「誰とも違う」ということに気づいて、狂気倶楽部を怖れ憎むのだ。
その視線を全て幹也は無視する。ヤマネはそもそもまったく他を見らず、ただ幹也に甘えるだけだ。
手早く、適当に紅茶とコーヒーとホットミルクを用意して、盆につぎ、零さないように地下へと戻る。
地下の図書室では、マッド・ハンターが本を読みながら待っていた。
「おお、おお、おお! お疲れさまだね、三月ウサギ」
「そう思うなら少しは手伝ってくれ――はい、紅茶」
「どうも、どうも、どうもありがとう」
お礼を言うマッド・ハンターの前に紅茶を置き、残る二つを手に幹也は下の椅子へと戻った。
ヤマネは、今度は、背を幹也にもたれて座った。
三人は手に飲み物を取り、掲げ、声を揃えていった。
「――『狂気倶楽部に乾杯』」
(続)
21 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:13:11 ID:W56qDLe3
須藤幹也は狂気倶楽部の一員である。
しかし、彼は狂気倶楽部には一体何人いるのか、そもそも倶楽部が何をするところなのか。
そんなことすら知らない。知ろうとも思わなかった。
彼にとって狂気倶楽部は暇つぶしでしかなかった。
無論、長い長い人生が終わるまでの暇つぶしである。
「雨に――唄えば――」
古い歌を歌いながら幹也は階段を降りる。街の片隅、路地にひっそりと立つ喫茶店「グリム」の地下へ。
グリムの地下は基本的に開放されているが、誰もそこに行こうともしない。
そもそもグリムはごくきわまった趣味を持った少年少女しか集まらず、その地下にある「書架」ともなると
狂気倶楽部の面々しか立ち入らないのだった。
「雨に――唄えば――」
同じフレーズを延延と唄いながら幹也は降りる。古い板の階段が、一歩足を下ろすたびにかつんと鳴る。
地下へと降りる階段は、きっちり13段だ。
毎回幹也は数えながら降り、そのたびに幹也は一度としてみたことのないマスターのことを思う。
彼は――あるいは彼女は――一体何を考えてこんな店を作ったのだろう?
病んだ少年少女、ゴスロリ少女や歪んだ少年ばかりが集う喫茶店を。
考えても仕方のないことだ、と幹也は割り切る。特定の何かに、彼はこだわりをもたない。
だまって、十三段の階段を折り終え、
「あ。お兄ちゃんだ――っ!」
地下に辿りついた幹也に、聞き慣れた、舌足らずの声が届いた。
人に甘えるような、生まれたばかりの子猫のような声。
幹也はあえて声にこたえず、奥へと進み、一番奥の椅子に座ってから声の主を見た。
22 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:25:14 ID:W56qDLe3
声の主は、声の通りに少女だった。十と七を迎えたばかりの幹也よりも、ずっと年下に見える、幼い声と同様に幼い容姿。
長い栗色の髪は膨らみ、彼女が動くたびにふわりと揺れた。
裾にフリルのついた白いワンピースを着て、靴下も靴も何も履かずに裸足だった。
栄養が足りず、細くなった手と足がむきだしになって見える。
両の手首には、プレゼント用の包帯が巻かれている。
幹也は知っている。その下に、醜い傷跡が残されていることを。
椅子の隣、本棚から適当に本を選びつつ答える。
「ヤマネ。僕は君の兄じゃないと、何度言えばいいんだ?」
「えぇ――? で、でもぉ、」
ヤマネと呼ばれた少女は首をかしげ、戸惑うように言葉を切った。
幹也は構わず本を抜き出す。背にはこう書かれている。
――『黄金に沈むお茶会』。
かつて狂気倶楽部にいた人間が書いた本の一冊である。
「お兄ちゃんはー、兄ちゃんだよね?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど僕は君のお兄ちゃんじゃないからお兄ちゃんじゃないんだよ」
「でもお兄ちゃんはヤマネのお兄ちゃんよね?」
「あーもうそれでいいから静かにしてろよ」
呆れたように幹也が言うと、ヤマネは満面の笑みを浮かべた。大きな瞳がにっこりと閉じられる。
幹也の『それでいい』だけに反応したのだろう。
ゆったりとした安楽椅子に座り、本を広げる幹也。
その幹也へと、裸足のままヤマネは近寄り、
「えへっ」
頬に手を当てて笑ってから、ごそごそと、幹也の膝の上に上りこんだ。
小柄な身体がすっぽりと幹也の胸に収まる。椅子の上でだっこをするのは、なれないと難しい。
そして、幹也はもうそれに慣れていた。
制服のすぐ向こうに、ヤマネの体温を感じた。
23 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:34:30 ID:W56qDLe3
細い足が、安楽椅子の下を蹴るようにぶらぶらと揺れる。
そのたびにヤマネの小さな身体が揺れ、幹也の身体に振動を伝えた。
すぐ真下にある髪から、シャンプーと、少女の臭いが混ざった、甘くただれた香りがした。
「お兄ちゃんっ、今日は何のご本?」
「『黄金に沈むお茶会』。いつもの変なご本だよ。『ご』をつけるほど大層なものじゃないけどね」
「読んで読んで読んでっ!」
膝の上でばたばたと手を動かしながら嬉しそうにヤマネが言う。声は大きく、普通の喫茶店なら叱られるだろう。
が、そう広くもない、椅子が12個と長い机が一個だけ置かれ、壁は全て本棚で埋め尽くされた図書室に人はいない。
いつもの面子はおらず、今は、ヤマネと幹也しかいなかった。
本を遮るように動く細く白い腕と、その手に巻かれた紅いリボンを見ながら、幹也は言う。
「読んでやるから、手は動かさないでくれ。読めない」
「はーい!」
がっくんがっくんと頷き、ヤマネは手をばんざいし、幹也の首に絡めた。
そのままくるりと半身をひねり、猫のように全身で幹也に抱きつく。
とても、三つ下の少女とは思えなかったが、幹也は特に気にしない。これも『いつも』だ。
首筋に触れる髪を感じながら、幹也は表紙をめくった。
声に出して、幹也は読み始める。
最初のページには、たった一行だけ、こう書かれていた。
『むかしむかし。でも、むかしっていつだろう? 少なくとも、明日よりは近いのよね 』
24 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:40:19 ID:W56qDLe3
『 むかしむかし。でも、むかしっていつだろう? 少なくとも、明日よりは近いのよね。
明日は永遠に来ないけど、少なくともむかしは記憶にはあるもの。
あら、でもそうね。永遠に手が届かないという意味では同じかしら。
わからないわね。
でもきっと、この本を誰かが読むときは、私は「むかし」になってるのよ。
できれば、そのときに私が生きていないことを祈るわ。だってそうでしょう?
無事に死ねたのなら、それが一番の幸せですもの!
それで、むかし。手が届かない昔ね。
一人の女の子と、独りの女の子がいたの。
二人の女の子は決して出会うことはなかったわ。だって、お茶会には椅子が一つしかあいてなかったから。
一人の女の子は、お茶会で、楽しくお喋り。
独りの女の子は、お茶会で、独り寂しくお茶を飲む。
そのうちに、独りの女の子は考えたの。
一人の女の子がいなくなれば、自分は一人になれるんじゃないかって。
というわけで、思い立ったら吉日よね。独りの女の子は、紅茶のポットに毒を入れたわ。
黄金色に輝く毒を。とってもおいしそうな毒を。
次の日のお茶会で、一人の女の子は、そのおいしそうな毒を飲んだわ。
でも残念なことに、お茶会のメンバーは、あんまりにもおいしそうだったから、その毒を全員飲んじゃったの。
そうして、独りの女の子は、一人の女の子になれたけど。
やっぱり、お茶会では、独りだったの。
独りきりでお茶会をしている女の子は、ある日、一つ残ったティーカップに、黄金色のお茶が残ってるのに気づいたの。
それが何か独りの女の子は知っていたけど、あんまりにもおいしそうだから。
独りの女の子は、それを飲んじゃったの。
それで、おしまぁい。お茶会には誰もいなくなっちゃった 』
25 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:53:37 ID:W56qDLe3
短いその本を読み終えて、幹也は小さくため息を吐いた。
何のことが書かれているのか、まったく分からなかった。
分からなかったが、少なくとも、暇は潰せた。
あとは、そのわからないことを考えて暇を潰せばいい。全てはその繰り返しだった。
「お見事、お見事、大見事。さすが朗読が上手いわね、三月ウサギ」
ぱん、ぱん、ぱん、と。
なげやりな拍手の音と共に、少女の声がした。
ヤマネの声ではない。ヤマネよりも冷たい感じのする、鋭い声だ。
拍手と声のする方向を幹也は見る。
13階段の傍。本棚に背をもたれて、長く艶のある黒髪の少女が立っていた。
少女は男物のタキシードを着て、小さなシルクハットをかぶり、おまけに黒い杖まで持っていた。
彼女もまた、狂気倶楽部の一員であり、幹也――今この場では三月ウサギだが――とヤマネの知り合いだった。
「……マッド・ハンター。着てるのならば声をかかえればいいのに」
「あら、あら、あら。ごめんあそばせ。あんまりにも仲がいいから邪魔をするのも悪くてね」
つ、と紅色がひかれた爪先で、マッド・ハンターは幹也を指差す。
そこには、幹也に抱きつくようにして甘えるヤマネがいる。朗読中はずっとこうだった。
幹也は小さくため息を吐き、
「言っとくけどね、僕は発情期じゃないよ」
「あら、あら、あら。でも、発狂期なのでしょう?」
「……ハ」
「あら、あら、あら。違ったかしら? そうね、違うわ。永遠の発狂を『期』とは言わないもの」
「君に言われたくはないな、イカレ帽子屋め。何人の帽子を集めりゃ気がすむんだ」
「それは、それはもう!」
マッド・ハンターは言いながらくるりと回り、ステップを踏みながら、かろやかに椅子の背を引いてそこに座った。
幹也とは対角線上。長机の一番端に。
座り、足を組み、肩に杖を乗せてからマッド・ハンターは答えた。
「全て、全て、全ての帽子を集めるまで、ですよ!」
「その前に君が死ぬのが先だと思うがね」
「あら、あら、あら! そしたら私の帽子が手に入るわけね。すばらしいわ」
言って、マッド・ハンターはくすくす笑った。
処置なし、と心の中で呟き、幹也は手持ち無沙汰になった手をヤマネの髪に伸ばす。
栗色の毛を、手ですきながら、幹也は言った。
「ヤマネ。今日はお前一人か?」
「うん? うぅん?」
「どっちだよ」
「えっとねぇ。お兄ちゃんがいる」
「……。他には?」
「お兄ちゃんがいれば、それでいいよっ!」
マッド・ハンターと幹也は同時にため息を吐いた。聞くだけ無駄、というやつである。
仕方なしに、幹也はマッド・ハンターに尋ねる。
「『眼球抉りの灰かぶり』はどうした? あいつ暇なんじゃなかったのか」
「あの子は、あの子の、あの子なら最近新しい子に熱中中中中よ」
「繰り返しはいいよ――ああ、じゃあ今日は狂気倶楽部というより、『お茶会』だな」
「うふ、うふふ、ううふふ。ヤマネにマッド・ハンターに三月ウサギ。穴から転げる子は来るかしら?」
「『裁罪のアリス』は無理だろ。あいつがいちばん忙しいだろ」
幹也はいいながら立ち上がる。誰もこないのなら、自分がやるしかない。
26 :名無しさん@ピンキー [sage] :2006/05/30(火) 00:59:51 ID:W56qDLe3
椅子から立ち上がり、幹也は上へと向かった。飲み物を取りにいくためだ。
マスターの存在しないこの店では、自分たちでやるしかない。
「わ、わ、にゃ! お兄ちゃん落ちるっ!」
「落ちたくないならつかまってろよ。それが嫌なら落ちろ」
幹也の言葉に、ヤマネはさらに手に力を込め、両足を腰に回し、全身で幹也にしがみついた。
意地でも歩く気が存在しない。
軽いので問題はなかった。幹也はヤマネを抱えたまま階段まで行き、
「紅茶、紅茶、紅茶をお願いね」
後ろから聞こえる声に、手をひらひらと振って答えた。
十三の階段を着合いで昇り、喫茶店『グリム』のカウンターへと真っ直ぐに進む。
中で優雅に茶を飲んでいるゴスロリ少女たちが不審げな――あるいは羨ましげな――瞳で見てくるが、全部無視した。
狂気倶楽部とは、格好から入る少女にとって、敬愛と侮蔑と尊敬と憎悪の対象でもある。
「他人と違う」ということに憧れる少女は狂気倶楽部に入ろうとし。
「誰とも違う」ということに気づいて、狂気倶楽部を怖れ憎むのだ。
その視線を全て幹也は無視する。ヤマネはそもそもまったく他を見らず、ただ幹也に甘えるだけだ。
手早く、適当に紅茶とコーヒーとホットミルクを用意して、盆につぎ、零さないように地下へと戻る。
地下の図書室では、マッド・ハンターが本を読みながら待っていた。
「おお、おお、おお! お疲れさまだね、三月ウサギ」
「そう思うなら少しは手伝ってくれ――はい、紅茶」
「どうも、どうも、どうもありがとう」
お礼を言うマッド・ハンターの前に紅茶を置き、残る二つを手に幹也は下の椅子へと戻った。
ヤマネは、今度は、背を幹也にもたれて座った。
三人は手に飲み物を取り、掲げ、声を揃えていった。
「――『狂気倶楽部に乾杯』」
(続)