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終わらないお茶会 第九話」(2011/05/20 (金) 14:58:50) の最新版変更点

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173 :107の続き [sage] :2006/06/25(日) 02:32:12 ID:+sD7Pgg/  ヤマネは――笑っていた。  どうしようもないほどに、どうにもならないほどに、満面の笑顔でヤマネは笑う。  その笑顔の向こうを幹也は見る。それ以外は見ようともしない。  血に沈んだ家族も。壊れて散乱した家具も。割れた窓も。  穏やかで、退屈だった日常の残骸を幹也は見ようともしない。  血に濡れた笑顔だけを見つめている。 「ただいま、ヤマネ。どうしてここに?」  幹也は問う。  どうしてこんなことをしたのか、ではなく。  どうしてここにいるのか、と。  その問いに、ヤマネは笑ったまま答えた。 「だって、ヤマネはお兄ちゃんの妹だもんっ!」  言って、ヤマネは包丁を放りなげてすりよってくる。  手から離れた包丁が宙を回り、中ほどまで床に突き刺さった。  血をぱちゃぱちゃと踏み鳴らしながら、ヤマネは幹也へと抱きついた。  すぐ真下にある髪からは、いつもと変わらない少女の臭いと、真新しい血の臭いがした。  その血の臭いも、部屋に満ちているそれと混ざり合い、すぐに分からなくなる。 「ヤマネねっ、お兄ちゃんのために頑張ったんだよ?  お兄ちゃんを閉じ込める、ニセモノの家族を倒してあげたの!  ね、褒めて、褒めてっ!」  傍から聞けば、錯乱しているとしか思えないヤマネの言葉。  けれど、この場には『傍』に立つものは誰もいなかった。  血に濡れた部屋に立っているのは、ヤマネと幹也の二人だけだ。  力の限り抱きついてくる少女を、幹也はそっと抱き返して言う。 「そう。――がんばったね、ヤマネ」  答える幹也の顔は、邪悪に笑って――などいなかった。  笑ってもいない。  怒ってもいない。  いつもと変わらぬ、退屈そうな表情のまま、幹也はヤマネを抱きしめていた。 177 :173の続き [sage] :2006/06/25(日) 02:49:15 ID:+sD7Pgg/  腕の中、ヤマネが猫のように喉を鳴らし、頬を摺りつけてくる。  ふと、幹也はその細い首に手をかける。  キスをしたい。そう思う反面、このまま首を絞めてしまいたくもなった。  そうすれば、少しは暇ではなくなるだろうから。退屈が紛れるだろうから。  この異常な状況においてなお――幹也は、どこまでも平常だった。  けれども、幹也が何をするよりも、ヤマネの動きの方が早かった。 「お兄ちゃん、そろそろ行こっ!」  幹也から離れ、首に添えられた手を握り、縦にぶんぶんと振ってヤマネが言う。  上下に振られた手を追いながら、幹也は呟くように答えた。 「行くって――どこに?」  当然といえば当然の言葉に、ヤマネは「決まってるよっ!」と前置き、 「こんなところ、もういらないよね? ね、ヤマネと一緒にいこっ!」  ――こんなところ。  その言葉を聞いて、幹也は部屋の中を見回してみる。  二人分の死体と、一人の死に掛けと、血と死と破壊で満ちた家。  すでに終わってしまった場所。  成る程、もうここは要らないな、と幹也は内心で納得する。  退屈な家から離れて、殺人鬼の少女と退屈な逃避行。  それも暇つぶしだ、とすら思った。 「そうだね。行こうかヤマネ」  ヤマネの手を握り返し、幹也は言う。  その言葉を聞いて、ヤマネは、これ以上ないくらい嬉しそうに笑った。 「うんっ! ここも、喫茶店もヤマネいらない!  お兄ちゃんがいればそれでいいよっ!」  ヤマネは手を繋いだままぴょんと跳ね、幹也の隣に並ぶ。  繋いだ手の温もりと、血に濡れる感触を感じながら、幹也は踵を返す。  視界の端に、重症の中まだ動いている――最後の生き残った家族が見えた。  もはや家族ではなくなった少女に向かって、幹也は言う。 「――ばいばい」  それが、別れの挨拶だった。  幹也も、ヤマネも、振り返ることはなく。 「雨に――唄えば――」 「唄え――ば――」  二人仲良く歌いながら、家の外へ、夜の街へと消えていった。

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