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268 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/13(木) 18:34:00 ID:GXffaKv/  夜の路地を歩きながら、グリムは楽しそうに口笛を吹く。  その曲は『雨に唄えば』の一節で、壊れたラジオのように、サビの部分だけをループしている。  それは、厳密には彼女の癖ではない。  彼女の『お兄ちゃん』の癖だ。 「、、、――、……、――♪」  お兄ちゃんの名前を、グリムは知らない。  五月生まれの三月ウサギ。その通り名しか知らない。  名前だけではない。それ以外のことについても、グリムは殆ど知らない。  どこに住んでいるのか、とか。  どんな人間なのか、とか。  そういった、普通真っ先に知るべきであろうことを、グリムは知らない。  知ろうともしなかった。  初めて会った瞬間、『あの人がお兄ちゃんだ』と決めたのだ。  そして、グリムにとっては、それで十分だった。  ようするに、一目ぼれだったのだろう。  ほんの少し、歪なだけで。 「――――――、……、、……♪」  狂気倶楽部に来てよかった、とグリムは思う。  半年前に死んだ従姉妹、その子の日記帳から、グリムは狂気倶楽部のことを知った。  日記帳というよりは、それは――小説だったけれど。  歪な愛情を記した小説。  そしてグリムは、その小説に出てくる『お兄ちゃん』という人物が気に入ってしまった。  従姉妹同士、趣味が似ていたのかもしれない。  そういうわけで――グリムはこっそりと喫茶店『グリム』を訪れ、狂気倶楽部の一員となった。  マッド・ハンターに話したことも嘘ではないけれど、本当でもない。  ただ、そんなことはやっぱり――どうでもいいのだ。  彼女にとって一番大切なのは愛情であり、それ以外はどうでもいいのだから。 「……、……♪」  唄いながら、グリムは考える。  お兄ちゃんのことを。  もう何人になるか判らない兄のことを。  本当の兄は死んでしまったし、その次の兄は死んでしまったし、その次の兄も死んでしまった。  ヤマネと同じように――自分だけのものにしなくては、気が済まないのだ。  かつての兄のことを、グリムはもう覚えていない。  今頭にあるのは、新しいお兄ちゃんのことだけだ。  足を両方とも切ってしまって、どこにもいけないようにしよう。そう思った。 「――、……、、、――♪」  グリムは歌い、  ――その歌が、途中で途切れた。 269 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/13(木) 18:34:55 ID:GXffaKv/  何が起こったのか、グリム自身にも分からなかった。  唄っていたはずだ。今も唄おうとしている。けれど、口からは声がでない。  ひゅう、ひゅうという、かすかな息が漏れるだけだ。  何が起きたのか、グリムには分からない。  夜の路地は暗くて、街灯の光は頼りなくて。  その少女が持っているナイフは、まるで血がこびりついたかのように真っ黒で。  だから――自分の喉にナイフが刺さっていることに、グリムは、すぐには気付かなかった。 「その歌は――私と、兄さんだけのものです」  声は、ずいぶんと下から聞こえた。  グリムは、首を動かすこともできず、視線だけで声のした方を見る。  ――闇色の少女が、そこにいる。  黒い髪、黒いセーラー服、黒いプリーツスカート。手に持つ細く長いナイフも、また黒い。  全体的に黒いせいで、闇夜に違和感なく紛れ込んでいる。  声が低い理由は簡単だ。その少女は、車椅子に乗っていた。  両足は義足。左手も義手。  ただ一つ、唯一右手だけが生身で――その右手で、ナイフを持っていた。 「だから、最初は喉」  言葉と共に、その右手が閃く。  喉に刺さっていたナイフが横に引かれ、皮膚と肉と動脈を根こそぎながら抜けていった。  一瞬の、間。  心臓が一回鼓動する時間。  その時間が過ぎた瞬間――グリムの喉から、一気に血が噴き出た。  角度の都合上、当然のように少女にも血は注ぐ。常人なら噎せ、吐いてしまいそうな血を浴びても少女はどうじない。  薄く、笑っている。  黒い服が血を吸い、さらに黒くなる。 「初めましてグリムさん。私は八月生まれの三月ウサギ。  ――知ってましたか? 兄さんを、兄さんって呼んでいいのは、私だけなんですよ。  あなたと違って、本当の妹なんですから」  その言葉に、グリムは答えられない。  噴出す血と共に――彼女の意識もまた、ほとんど消えかけていた。  命の灯火は当然のように消え去り、もはや考えることなどできるはずもない。  うろんな瞳で、三月ウサギをグリムは見る。  その視界が、かしいでいく。  自分が倒れていくことに、グリムは、もう気付かない。 270 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/13(木) 18:36:00 ID:GXffaKv/ 「その腕で兄さんに触れたんですね――だから、次は腕」  倒れ掛かったグリムの脇に、三月ウサギはナイフを沿える。  そして、地面に倒れようとする体の勢いを利用し――ナイフを力の限り上へと切り上げた。  三つの力が同時に働き、グリムの腕がもげる。歪んだ間接でかろうじて繋がっているくらいだ。  倒れるさいにその腕を背中側に巻き込み、ほとんど千切れてしまう。  腕を失っても、グリムに痛みはない。熱いとも、寒いとも感じない。  少し身体が軽くなった――そんなことを、ぼんやりと思う。 「足がなければ兄さんのところにいけないですよね――だから、次は足」  車椅子から三月ウサギが降りる。義足はうまく動かないのか、四つんばいになってグリムに近付いた。  右手には、変わらず、ナイフがある。  それを一度ぶん、と振い、こびりついた血と肉片を払って――そのまま、突き下ろした。  グリムの、足へと。  手の力だけなので、足は千切れはしない。たとえ生きていても、二度と使えなくなるだけだ。  切り口からは、血がほとんど零れない。  それはもう、心臓に蓄えられていた血が、あらかた喉から出て行ってしまったことを意味していていた。  何もしなくても、グリムは死ぬだろう。  それでも、三月ウサギは、止まらなかった。  血たまりの中を四つんばいで歩き、グリムの身体に山乗りになって見下ろした。 「いやな目ですね。私をこんな身体にした、あの子もそんな目をしていました」  グリムは、三月ウサギを見上げている。  その目は、ほとんど死人のそれだ。何も映すことのない、ガラス玉のような瞳だ。  その瞳に見えるように、三月ウサギは左手を掲げた。  黒い義手。神経の通わない、動かすことのできない、左右のバランスを保つだけのような――意味のない義手。  その指先は、まったく不必要なほどに、鋭い。  三月ウサギは左手を高く掲げ、 「だから、次は、目です」  力の限りに、振り下ろした。  グリムの瞳に向かって。  尖った指がグリムの瞳に突き刺さり、そのさらに奥にまで突き進む。  グリムも、三月ウサギも、痛みを感じない。  痛みを感じるような機能は、もはや残されていない。  ゆっくりと、三月ウサギは左手を引き抜く。つぶれた眼球と千切れた神経がついてくる。  グリムの顔に、二つの穴が開いていた。  その姿を見て、三月ウサギは「盲目的な『盲目のグリム』が、本当に盲目に――」と嘯いた。 「あの子のこと、怨んではないんですよ。死を見て、私は兄さんと同じところへといけた。  愛する兄さんを、本当に理解することができた。  だから、あの子には感謝すらしているんです――私の手で、殺してあげたかったくらいに」  その言葉を聞く、もう、グリムはすでに死んでいたけれど。  その心臓、心がある位置に、ナイフを突き立てた。  最後の『心』を殺すかのように。  横に倒して落としたナイフは、肋骨の隙間をすべり、心臓に突き刺さり――反対側へと貫通した。  まるで昆虫のように、グリムの身体が、コンクリートへ縫い付けられる。  両手両足をもがれ、喉を切り裂かれ、地面に縫い付けら、大量の血に塗れる死体。  その上にまたがって――血まみれの三月ウサギは微笑んでいた 271 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/13(木) 18:38:01 ID:GXffaKv/ 「あなたは代わり。兄さんにとって『私』の代わり。  あなたは代わり。私にとって『ヤマネ』の代わり。  そしてあたなは死体に変わる。  さようなら、誰でもないあなた」  別れの言葉は、それだけだった。  そこにはもう、グリムはいない。  誰のものでもない――ただの死体があるだけだ。 「――雨に、唄えば――」  三月ウサギは楽しそうに唄い、ぴちゃぴちゃと、音を立てながら四つんばいで歩く。  まるで、雨の中を歩いているかのようだった。  紅色の水溜りの上を、唄いながら、三月ウサギは行く。 「雨に――唄え、ば――」  唄い、再び車椅子に乗る。特注の、漆塗りの車椅子。両親の保険金で買ったものだ。  右手だけで操作できるようになっているのは、正直にいえば楽だった。  あの事件の後遺症で、満足に動くのは、右手だけだった。  それでも、別に構わなかった。  自分は生きていて――生きている限り、兄と愛し合うことはできるのだから。 「――雨に――唄えば――」  唄いながら、車椅子を動かす。  目的地は、喫茶店『グリム』――そしてその地下図書室だ。  マッド・ハンターと名乗る女性にお礼を言おう、と三月ウサギは思う。  狂気倶楽部までたどり着いたのは実力だけれど――その後の顛末などを教えてくれたのは、彼女だからだ。  あれが、何の目的を持っていたのか、三月ウサギは知らない。  知ろうともしない。  兄と自分の間を邪魔するなら殺す。それだけしか思わない。  女王――誰か――に命令されたからではなく。  自分と兄のために、処刑をする。それが八月生まれの三月ウサギなのだから。 「――雨に――――唄え――ば――」  唄いながら複雑な路地をさらに奥へと進み、三月ウサギは扉の前に辿り着く。  喫茶店『グリム』の入り口扉へと。  その先には、兄がいる。  地下には、マッド・ハンターと、愛しい兄が、テーブルを囲むようにしてまっている。  ――愛しい兄さん、今行きます。  心の中で、そう呟く。  扉の向こうには――まるで、お茶会でもするかのように、彼らが待っている。  一人欠けて、また一人。  減って増えて同じ数。  何人死のうと――お茶会が終わることはない。  三月ウサギは思う。自分もその一員になるのだ、と。  ――だから――愛して、くださいね。  紅色の唇が、艶やかに微笑み。  血に濡れた指先が、扉のノブへとかかる。  そして三月ウサギは――狂気倶楽部へと扉を開けた。 272 :終わらないお茶会 ◆msUmpMmFSs [sage] :2006/07/13(木) 18:38:33 ID:GXffaKv/  お茶会は、終わらない。    《続かない》

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