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654 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/04(木) 18:28:39 ID:zpAEyOdJ  里村春香についてのあれこれ。生きていれば19歳。生きていれば、というのは他でもない、何の身も蓋も伏線もトリックも関係なく、 れっきとした事実として、里村春香は死んでいるからだ。死んだのはもう一年も前になる。18歳の里村春香は受験のストレスに耐え切れずに 学校の図書室から飛び降り自殺した――ということで一応の決着がついている。彼女が受験生だったことは事実だし、18歳だったことも、 思春期だったことも、そして図書室から飛び降りたことも、全て事実だ。覆しようのはない。ただし、その単語群の間を=で埋めるのは残された 人間たちの創造力でしかなかった。そして、里村冬継は、創造力を持ち合わせている人間ではなかった。  だから、事実だけで考えれば。  姉が――死ぬ理由が、分からなかった。  死ぬ前日まで、姉は、とても幸せそうに、笑っていたから―― 「…………」  不意に意味のある単語を投げかけられて、僕は意図的に黙り込んだ。ただの突発的な通り魔的犯行かと思っていたのに (それはそれで厄介なことだけれど、単に『変な奴』に絡まれた程度だと思えばいい)、いきなり姉さんのことを言われるとは、思いもしなかった。  つまり、相手は。こちらの事情を、少しは知っているということになる。  問題は、一体どこまでを知られているのかということで…… 「その顔は図星といったところね」 「…………」  如月更紗は僕に馬乗りになったまま、得意げな顔で、僕を見下ろしていた。  ふふん、と鼻で笑ってもいいだろうに、微笑むだけで、鼻を鳴らそうとはしない。  馬鹿にするのも、馬鹿馬鹿しいのだろうか。  如月更紗は僕を見下したまま話を続ける。 「貴方はやっぱり――シスコンなのね」 「何がどうなってそんな図星が導き出された!?」 「自明の理よ。姉の存在を話題に出されて押し黙るのはシスコンか、」 「か?」 「姉に対して鬱屈したコンプレックスを抱いているシスコンだと、友人が言ってたわね」 「誰だよそんな歪んだ情報をお前に教えたの!」 「貴方はさしずめ後者なのだろうね」 「それはお前の偏見だ!」  しゃきん、と。  再び、鋏が鳴って、僕は押し黙る。なんだか、脅迫というよりは、一方的に話を進めるためだけに鋏が存在するような気がしてきた。  遠回しな、コミュニケーション手段。  それにしては、物騒すぎるけれど。 「とにかく、とにかくよ――貴方がシスコンであることは知っているわ」 「否定していいか」  一応言った僕を無視して、如月更紗は言う。 「それから、貴方の姉が、どんな人間だったのかも」 「…………」 「今度は、否定しないのだね?」  くすり、と如月更紗は笑った。どこか見透かしたような笑みだった。  いや、実際に、見透かしているのだろう。  姉さんはクラスの中で目立つような、そういうタイプの人間ではなかった。端で本を読んでいるような人だった。 そんな人が、それ以外の場所では、どんな人だったのかを――僕は知っている。  奇しくも、僕の上に座す、如月更紗のように。  人間は、一面からだけでは、計り知れないのだ。 「だからこそ、貴方の安全は私が保証してあげる」 「お前の頭は間違いなく壊れてる。『だからこそ』と『=』の使い方をもう一度勉強しなおせ」 「使い方を間違ってはいないけれど?」 「なら使い手が気違っているんだ」 「ああ、つまり貴方はこう言いたいのね――馬鹿と鋏は使いよう」 「この状況を巧いこと言ったつもりなら正直にお前は天才だと褒め称えてやるよ!」 「つまり、貴方が馬鹿、と」  くすり、と如月更紗は笑った。完全に馬鹿にされている。弄ばれている。  鋏を突きつけられていなければ、相手が女だろうが構わずに突き飛ばしているところだ。  が、圧倒的弱者であることには変わりはない。ともかく、鋏がどかないことには話にならない。 「なあ如月更紗、」  問いかけた僕の言葉を遮るようにして。 「貴方は――命を狙われている」  不思議なほどにきっぱりと、如月更紗は断言した。 655 :いない君といる誰か [sage] :2007/01/04(木) 18:47:31 ID:zpAEyOdJ 「……狙われてるも何も、今まさに死にそうなんだが」 「眼を抉られても、死にはしないよ」  くすり、と更紗は笑う。 「眼を抉られても、指を切り落とされても、足をもぎられても、手を焼かれても、 爪先から順にすり潰されても、首を落とされても、頭を潰されても、心臓に杭が刺さっても、死にはしないよ」 「……いや、それは死ぬだろ」 「殺されない限りは、死にはしない」  奇妙な――断言だった。  この女、如月更紗の言葉は、なぜか、どれもこれも力に満ちた断言だ。世に対して一片たりとも退くところがないと主張しているような、 世界の全てを敵に回して胸を張っているような――いや、違う、そうじゃない。  世界なんてどうでもいいと、笑っているような。  そんな、態度だった。 「だから貴方は死に掛けているのよ。あの恐るべきチェシャの奴が殺意を持って貴方を 狙っている以上――貴方は、このままだと、殺される」 「殺される……」  その言葉はどこか非日常で、非現実で、だからこそすんなり頭に入ってきて、疑問の浮かびようもなかった。  それよりもむしろ、如月更紗がさりげなく口にした「チェシャの奴」という言葉に意識が向く。それは確か、 あの古くも有名な童話に出てくる、にやにや笑いの悪趣味な猫の名前で――  意識がまとまるよりも速く。  如月更紗は、きっぱりと、断言する。 「だから、貴方の身の安全は、私が保証するわ」 「つまり……」  頭の中で、情報を整理する。他人事のように、無関係のように。 「姉さん関係で、誰かが僕を殺そうとしていて――そいつから守るために、お前が?」  お前が――なんだというんだ。  そいつから守ることが、どうして、眼球に鋏を突きつけることに繋がるんだ。 「ああ、これ?」  僕の視線を手繰ったのだろう、如月更紗は、彼女曰くお手製の鋏をちらりと見て、 「手作りなの。似合うでしょう?」 「ボケの焼き直しをやれと誰が言った!」 「あら。繰り返しは素敵なことよ」  繰り返し、繰り返し、繰り返す――何かの唄の歌詞なのか、リズムをつけて更紗はそう言った。  繰り返し、繰り返す。  日常のように。  「突拍子もない話を信じるには、突拍子もないことをするのが一番なのよ」  非日常を続けて、日常にするように。  さらりと、如月更葉はそんなことを口にした。 「……ようするに」  この十数分間のことを思い返しながら、僕は結論を口にした。 「お前の趣味なんだな?」  僕のその言葉に、如月更紗は満面の、悪意なき笑みを浮かべた。図星をさされたのが嬉しかったのだろう。 イエス、イエス、その通り――なんて、はしゃいだように、笑っていって。 「だけど、これも私の趣味」  文節を勉強しなおせ。『だから』の、間違いだろう――そう突っ込むよりも先に。  鋏がすぅ、と退かれて――入れ違うように、更紗の体が前のめりになるように倒れてきて。  誰もいない屋上に仰向けになって、雲ひとつない青空を見上げながら――僕は如月更紗に唇を奪われたのだった。 ・第三話に続く

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