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59 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:28:10 ID:VkGvZHfe 海原先輩に怪我を負わせる原因を作ったこの女が憎い。 そしてこの女が先輩を馬鹿にしたことが許せない。 近寄っただけできつい香水の匂いが鼻をつく。臭い。 先輩から事故の話を聞いた後、この女に報いを受けさせてやろうと思った。 でも、あの場から立ち去ったことを先輩に謝るつもりでいたのならば、 先輩に免じて平手一発お見舞いするだけで済ませようと思っていた。 しかし、この女はどうしようもないほど馬鹿な女だった。 お礼参りだと?助けてもらったくせに。 先輩が居なければお前もあの携帯電話のように潰されていたんだ。 それなのにお前は膝をすりむくだけで済んで、代わりに先輩の左手が潰された。 「あ、あんた一体なんなのよ!」 「――さっき自分で言ったことを覚えてる?」 「・・・え?」 「海原先輩に、お礼参りするって、言ったでしょう?」 木刀を女の眉間に突きつける。女の顔が恐怖で醜く歪む。 「それがなんなのよ!あんたに関係なくぁっ!?」 左手を突き出し、何か言おうとした女を黙らせる。 女は後頭部を地面に打ち、気絶した。 喋るな。カメムシ女が。いや、人に害を成したこの女はカメムシ以下だ。 この世に存在していてはいけない。こいつは生かしていたらまた犠牲者を生み出す。 潰してやる。あの夜に本来なるはずだった姿に変えてやる。 いや、そんなものでは生温い。一瞬では終わらせない。 じわじわと、確実に恐怖を与えながら、 理不尽な力を前に自分の無力さを味わいながら、己の行いを悔いるがいい。 女の左肘を踏みつけて押さえる。木刀を振りかぶる。まずは、左手。 柄を握る手に力を込め、振り下ろそうとした瞬間。 「大河内ィィッ!」 あの寒さを、一瞬でかき消してくれる声が聞こえた。 60 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:29:05 ID:VkGvZHfe 道場裏の光景を目にした俺は、自分の目を疑った。 自分と同じ制服を着た男が、一人は顔を血の色に染めて、一人は地面にうずくまっている。 唯一、震えながらもなんとか立っている男は、それとは別の光景に目を奪われていた。 大河内が、女生徒に向かって木刀を振り下ろそうとしていた。 なんだこれは?これを大河内が一人でやったっていうのか? 倒れている二人の男はどちらも大柄で、力比べをしたら俺でも勝てるかわからない。 その二人を、俺よりも小柄な後輩が一人で倒したということが信じられなかった。 いや、今は呆けている場合ではない。 大河内の木刀は今にも女生徒に襲い掛かろうとしている。 一度襲い掛かったが最後、そのまま女生徒の命を奪うまで止まらないのではないだろうか。 そして血を流している男の出血もただごとではない。 「おいっ!」 「ひっ!?ぼ、ぼくですか?」 「今すぐ救急車を呼べ!早く!」 「え、と・・・あ、はい!」 呆けている男を一喝し、救急車を呼びに行かせる。 倒れている男に対してはこれでいいだろう。 次は、大河内をなんとかして落ち着けないといけない。 「先輩。やっと私を助けに来てくれましたね。寒くて、死んじゃうかと思いましたよ。」 そう言った大河内の目は、絶望の色に染まっていた。 61 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:29:54 ID:VkGvZHfe 大河内は何を言っているのだろう。『私を』助けに来てくれた。 どう見ても助けないといけないのは倒れている男とお前が踏みつけている女だろう。 「寒かったんですよ?本当に。先輩がいないのに道場に一人きり。  先輩の匂いを少しでも感じたかったからここに来たのに、こんなことなら来なければよかった。  ・・・あ。違いますね。このカメムシ女を発見できたんだから来て正解でした。」 「・・・落ち着け。・・・大河内。」 もっと何か気の利いたことを言えよ!俺! 「落ち着く?無理ですよ。やっとこのカメムシを捕まえたんですから。  先輩に怪我をさせたこの害虫。  それなのに助けた恩を忘れてまた先輩に害を加えようとしたこの害虫!  ――それとも、先輩はこの害虫のことを?」 俺に怪我をさせた?気絶している女生徒が? そうか!あの夜俺がかばったのはこの人か! 「だめですよぉ?先輩。害虫のことなんか気にしちゃあ。  先輩は人間なんですから、人間の女の子を好きにならないと。  先輩のことを好きな女の子だってここに、・・・・・・ここに練習に来る子の中にいるんですから。」 俺はお前のことが好きなんだよ!って言ってやりたい。 でも、違う。俺が今言わなければいけないことはそれじゃない。 なんだ?もう少しでわかりそうなのに。くそ、落ち着け俺! 「先輩の左手が動かなくなっちゃって・・・そしたら先輩は剣道部をやめちゃって・・・  その後、私はひとりぼっち。そんなの、いやです。寒いのはいやです。  誰も助けに来てくれない場所に一人きりで震えているのはもう・・・嫌なんです。」 俺が、剣道部をやめる?そんなことは言ったことがない。 なぜ大河内はそんなことを―― 「でも、もうだめですよね。  こんな暴力的な女の子、先輩だって怖いですよね。  先輩に嫌われたら私、生きていけません。  この女を潰したら、私も――」 62 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:30:40 ID:VkGvZHfe そうか。今言うべき言葉が見つかった。 俺が左手を怪我してしまったから、『剣道部をやめてしまう』とこいつは思っている。 おそらく大河内が恐れているのは『俺とのつながりが無くなってしまうこと』。 ならば俺が言うべき言葉は決まっている。 おそらく、大河内が一番聞きたかった言葉。 「さよなら。せんぱ――」 「大河内。俺は剣道部を辞めないよ。」 大河内の動きが止まった。女生徒に向けられていた目が俺に移る。 その目にはよろこびの色、とまどいの色、おどろきの色が移っている。 「え!え。え、でもそんな、だって先輩は・・・」 「左手が動かなくても、部活動には来られるし、なんならマネージャーでだって構わない。  俺は剣道部をやめない。やめたくないんだ。」 そしてこれから言うのは、俺が一番言いたかった言葉。 「お前と一緒にいたい。  お前と離れたくない。  俺は、お前のことが、好きなんだ!」 死ぬほど恥ずかしい台詞だ。顔が紅くなるのがわかる。 でも言って正解だった。 大河内は振り上げていた木刀を落とし、 顔を耳まで紅くして驚愕の表情を浮かべている。 ようやくこいつの驚きの表情を拝むことができた。 めちゃくちゃにしたいほど可愛かった。 俺はこの表情を脳内に永久保存することに決めた。 63 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:32:18 ID:VkGvZHfe 「ふえぇぇぇええぇん。ぅえぇぇぇぇん。」 驚きの表情から立ち直った大河内は、大声で泣き出した。 泣き顔もかわいいな。この顔も永久保存して――って、そんなことしてる場合じゃない。 「大河内、逃げるぞ。」 「ふぇぇぇぇぇ・・・ぅえ?なんれぇれすかぁ。しぇんぱいぃ・・・」 男二人と女一人が気絶していて、全員が怪我を負っている。 このままここにいたら、暴力事件の加害者として俺と大河内は補導、もしくは逮捕ということになるだろう。 この場から立ち去れば――浅はかな考えだが――加害者を特定しにくくなると思ったのだ。 「早く行くぞ。人が来たらまずい。」 「うぁっ!あ、ちょ、ちょっと待ってください。私、足が・・・」 足元を見ると、血の痕がついていた。 靴下を脱がして足裏を見ると、ガラスの破片が刺さっていた。見たところ深く刺さってはいないようだが・・・ 「この足じゃ、歩くのは難しいな。」 「はい・・・でも、一つ良い方法がありますよ。」 大河内が俺の首に腕を回してくる。 「お姫さま抱っこしてください。」 「は?」 「お姫さま抱っこしてください。お姫さま抱っこしてください。」 「二回言わなくても聞こえてる。左手が動かないのにどうやってやれっていうんだ。せめておんぶにしてくれ。」 「私が先輩の首に手を回しますから、左手を使わなくても平気ですよ。  ・・・それとも、私をお姫さま抱っこするのは、嫌ですか・・・?」 上目遣いは卑怯だぞ。大河内。 「わかったよ。じゃあ、しっかり捕まってろよ。手、離したら頭から落っこちるぞ。」 「心配御無用です。だって・・・私も先輩から離れたくないですから。」 俺の首に回した腕に力を込めて、顔を寄せてきた。 潤んだ瞳に、俺の顔が映っているのが見える。 「本当は先輩より先に言うつもりでしたけど・・・今が絶好の機会だから言っちゃいます。  先輩。私は先輩のことが好きです。初めて会った日から・・・好きでした。  私を、先輩の・・・海原英一郎先輩の恋人に、してください。」 「・・・目、閉じろ。」 無言で大河内は目を閉じる。 俺も同じように目を閉じ、 OKの返事の代わりに、くちづけた。 64 :あなたと握手を ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/01/24(水) 23:33:11 ID:VkGvZHfe 右手一本で大河内を支えて家まで運ぶのは正直、骨が折れた。 大河内の家族は全員居ないらしく、俺が大河内家かかりつけの医者を呼んで、足裏の治療をしてもらった。 幸い、ほとんどがガラスによる裂傷で、刺さっていた破片は全て取り除くことができた。 消毒薬を塗り、包帯を巻き終えると『では、お大事に』と言って医者は帰っていった。 「とりあえずは、一安心だな。」 「ええ。」 ここで、一つ気になることがあったので聞いてみた。 「なあ、なんで俺が剣道部を辞めるだなんて思ったんだ?」 「・・・だって、それは・・・もし左手が動かなくなったとしたら、先輩は練習に参加しなくなって、  そしたら練心館にも来なくなって、一緒に帰れなくなって・・・  いつか先輩は剣道部にいる意味なくして、やめちゃうって・・・思ったからです。」 ・・・また涙目になってしまった。そこまでこいつは俺が剣道部をやめることを恐れていたのか・・・ なんだかいたたまれなくなってきた。右手で大河内の頭を撫でる。 柔らかな、絹のような感触がする。 「あ。  ・・・先輩の手、大きいですね。まるでお父さんみたいです。」 あそこまで俺は巨漢ではない。 「今『あそこまで巨漢じゃない』とか思いましたね?」 「いや、思ってない。断じて思ってないぞ。」 「先輩には、おしおきをする必要がありますね・・・」 「待て落ち着け話せば分かるもうむちうちは――」 「私、――もう、我慢できません。」 「は?」 大河内が俺に体当たりしてきた。 そのまま俺は押し倒され、キスをされた。

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