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78 :『首吊りラプソディア』Take1 [sage] :2007/01/25(木) 01:46:37 ID:LmMEUhhQ 「やぁ性犯罪者、楽しそうだね」  友人の言葉に、俺は溜息を吐いた。 「黙れカマ野郎」  俺にカマ野郎と呼ばれたこいつの名前は、フミヲ・轟。外見は出来る女、部類で言えば 現相棒に指定されたサキ・立花に似た雰囲気があるが、こっちの場合はれっきとした男だ。 そこらの女よりも見栄えが良いのだが、先程の発言だけでも分かる通りに口が悪いので、 全てを台無しにしてしまっている。口さえ開かなければ、どれだけ周囲の反応が変わるか 分からない。人の外見が印象を左右するという、分かりやすい見本だ。  男なので当然スカートの中身が見えることを気にせず、豪快に足を開いてベンチに座る。 そしてこちらを見上げると、愉快そうに口元を押さえて肩を震わせた。 「いや、しかし笑えるわね。性犯罪でSSランクなんて」  堪えきれなくなったのか、フミヲは腹を抱えて笑い出した。  俺だって好きでなった訳ではない、上からの指示でしかたなくこうなっているのだ。  首に付いているのは黒い金属製の二つの首輪、つまりはSSランク罪人の証だ。潜入捜査 の為には罪人になる必要があるのも分かるし、基本的に立ち入り禁止の場所が皆無になる SSランクにされるのも理解が出来る。そこまでは良いのだが、何故よりにもよって罪状が 性犯罪なのだろうか。それを局長から告げられたとき、カオリが『首吊り』容疑者として 考えられていると言われたときとは別の目眩がした。犯行内容も悪質極まりないもので、 猥褻物陳列罪及び多数の変態的行為というものだった。強姦罪などの直接的なものが何故 か含まれていなかった為に、余計に変態臭く思えてくる。何の問題も起こさずに監獄都市管理局の平局員として真面目に 働いてきたつもりだったのだが、上層部は俺にどんな恨みがあるというのだろうか。 79 :『首吊りラプソディア』Take1 [sage] :2007/01/25(木) 01:49:08 ID:LmMEUhhQ 「今まで前例が無かったらしいわよ、変態SSランクなんて」  それはそうだろう、俺も聞いたことがない。俺と同じ境遇の罪人を躍起になって探した けれど、過去のデータベースの変態罪人の中でも精々Aランク止まりだった。因みにその 馬鹿はある式典で大統領演説の際、全裸で会場ジャックをしたという猛者だった。そんな 奴よりも上だと知ったとき、良い歳をして本気で泣きたくなった。娑場で一生懸命働いて いる両親に対し、申し訳ない気持ちが溢れてくる。  嫌なことを思い出し、俺は再び吐息。 「もう帰れ、頼むから帰ってくれ」 「何よ、折角有給取ってまで遊びに来たのに」  そんなことに大切な有給を使わないでほしい。代わりに仕事をする同僚が可哀想だし、 何よりも俺らは公務員だ。国民の大切な税金から給料が支払われているというのに、その 行く先が変態罪人見物の為に使われていると思うと怒り心頭だろう。しかも真っ先に怒り の矛先を向けられるのは、真面目に対応をする俺のような人間なのだ。勘弁してほしい。 「それで、噂の相棒ちゃんはどこ?」 「ん、今カオリの方に行ってる。俺の名前を盾に、最近の行動を……」  直後。  最後まで言うことなく、俺は慌てて背後に飛び退いた。次の瞬間には、俺の立っていた 空間を不可視の塊が通り過ぎてゆく。それは進行先の大木にぶつかって、轟音をたてる。 幹の幅が5m程もあるにも関わらず、全体が大きく揺れていた。 80 :『首吊りラプソディア』Take1 [sage] :2007/01/25(木) 01:50:47 ID:LmMEUhhQ 「虎吉ちゃん、早まっちゃ駄目!!」 「早まっているのはお前の方だ!!」  声の方向に向き、反射的に叫ぶ。  本当に危ないところだった。この大木は第36監獄都市のシンボルであると同時に、硬度 が高い木としても知られている。それなのに今の攻撃は樹皮だけでなく幹本体をもえぐり、 小さな子供ならば中に入ることが出来るような穴を作っている。もしもこれが自分の体に 当たっていたかと思うと本当に恐ろしい、カオリの調査どころではなくなっていた。  誰がやったのかと思えば、カオリ本人だった。 「何しやがる!!」 「ご、ごめんなさい。このお姉さんが、虎吉ちゃんが世界一の変態になったって言ってて、 それで女の人とお話をしてたからつい。ごめんなさいごめんなさい」  つい、で殺しかけてしまうのか。昔から性格が優しかった割に容赦がない奴だったが、 ここに入って悪化しているような気がする。特に今のものは洒落になっていない。  カオリが撃ったのは、恐らく空気弾だ。空気を固めて撃ち出すという、目に見えないが 打撃力も熱量も高い、軍事兵器としても使われているもの。普通ならば複雑な制御が必要 なので大型の確率システム制御装置が要る筈だが、見たところ身に着けているのは市販の 指輪型のものが一つだけ。才能があると思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。 「すみません先輩、もう少し威力の低いものを勧めるべきでした」 「お前の指示か」 「ここのシンボルが、あんな無惨な姿に」 81 :『首吊りラプソディア』Take1 [sage] :2007/01/25(木) 01:52:17 ID:LmMEUhhQ  俺の心配は無いらしい。  初めて会ってから一週間足らず、まだ間もないというのに俺は嫌われているのだろうか。 しかも毎日会っていたという訳でもなく、合計すれば三日も会っていない。それなのに、 ここまでされる理由が分からない。嫌われる瞬間も何も、そんな機会すら無かったのだ。  たった数分の間に一気に疲れが溜り、肩を落とす。 「大丈夫、虎吉ちゃん?」 「大丈夫だ、今はまだ」  これからは多分、もっと酷いことになるだろう。気合いを入れる為、改めてカオリの姿 を見る。カオリの今の姿を忘れてはいけないと、守らなければいけないと自分を戒める為。 今にも壊れてしまいそうな弱い娘を、壊さないようにする為に。 「どうしたの、そんなにじっと見て? 何だか恥ずかしいよ」 「綺麗になったな」 「やだもう、お世辞ばっかり」  カオリは照れ臭そうに顔を背けるが、これは本音だった。  カオリと別れてから二年になるが、その短い間に子供は急成長する。最後に会ったとき はまだまだ子供だと思っていたけれど、どことなく大人びて見える。身長が伸び、それに 合わせて体のラインも確かに女性のものになっていた。第四惑星の血が少し混じっている のでやや小柄だが、それは目に見えてはっきりと分かる。 82 :『首吊りラプソディア』Take1 [sage] :2007/01/25(木) 01:53:23 ID:LmMEUhhQ  ただ、変わらない部分の方も同等に目に着いた。  灰色の髪は最後に見たときと変わらずに長く綺麗で、緩く波打っているのも変わらない。 相変わらずドジな部分が多いのか膝や肘が少し擦り剥けているし、喋り方も昔と同じだ。 それに顔を見ていると、人の根っこの部分は簡単に変わらないのだと思う。垂れ目がちの 大きな瞳、それがよく似合う柔和な笑みは幼い頃からずっと変わっていない。何の根拠も なく、カオリはやはりカオリなのだと思ってしまう。 「変わらないな、カオリは」  口に出して言うと、はにかんだ笑みを見せる。 「さっきと言ってること違うよ?」 「良いとこだけ伸びたってことだ」 「そう?」 「先輩は、悪い部分が伸びたみたいですけど」  サキの発言にカオリは軽く首を傾げ、すぐに意味を理解したらしく俺の顔を心配そうに 覗き込んできた。その顔が僅かに赤く染まっているのは何故なのだろうか。 「あのね、虎吉ちゃん」  言わないでくれ。 「その、変態になったのは本当なの?」  カオリの口からだけは、訊かれたくなかった。思わず否定してしまいそうになったが、 サキの視線が飛んできたことにより寸前で堪える。これは潜入捜査で、しかも対象は俺に 問うてきている本人なのだ。簡単に言ってはいけない。それは分かっているが、俺の心は 悲鳴をあげていた。カオリの純粋な視線に堪えられない。  沈黙を破るように、サキが咳払いを一つ。 「この首輪が見えないのですか?」 「やっぱり、そうなんだ」  頼むから納得しないでくれ。  どうにもならなくなり、俺は頭を垂れた。

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