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328 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:05:42 ID:VgLGiMfZ 第二話~天野香織との日常~  朝食を済ませてバイト先へ向かうため玄関を開けると、冬らしい冷え込んだ空気が 襲い掛かってきた。  アパートの鍵を閉めて自転車に乗って出発。  風はほとんど吹いていないが、今日ぐらい冷えていれば手袋をしていても指先が冷える。 「冬はいつもこれぐらい冷えてればいいのになぁ・・・・・・」  冬は好きだ。他の季節と違い寒さが身を引き締まらせてくれるし、 なにより生きているという実感がある。  最近の自堕落な生活ではこういった刺激がないとすぐに退屈になってしまう。  自堕落な生活の一番の敵は退屈だ。  ・・・・・・いや、人生における最大の敵が退屈なのだろう。  退屈は人間を磨耗させる。  退屈だから夫婦喧嘩をして、退屈だから犯罪を起こす。  つまるところ退屈から逃れるためには、寒さなどの刺激――『生』を感じさせるのが 一番の解決策なのかもしれない。  と、誰も賛成しそうにないことを考えている間にバイト先に到着した。  7時30分。ちょうどいい時間だ。 「いらっしゃいませー! おはようございます! ・・・・・・って雄志君。キミかぁ」  コンビニ店員の見本のように元気な声で挨拶してくる店員。  俺の中学時代からの唯一の友達。  さらに退職してから働くことになったバイト先でも一緒になるという腐れ縁の持ち主、 天野香織がレジに立っていた。  肩の辺りまで伸ばした少し茶色の入った髪と、黒くて大きな瞳が特徴的だ。  こいつのおかげでこの店が繁盛しているから、店長にとっては貴重な戦力である。  店内に置いてあるパンと缶コーヒーをレジに出し、いつものように話しかける。 「客に向かってその口の聞き方はなんだ。教育がなっとらんな。店長を呼べ」 「なんでボクがキミに敬語なんて使わなきゃいけないのさ。  今日は店長は昼からだよ。昨日本社から呼び出し受けて行ってたから」  そうだったのか。昨日俺は休みだったから知らなかった。  ・・・・・・また『この店の売り上げがいいから』とかいう理由で変なものを 押し付けられたりしないだろうな。  コンビニのマスコット人形なんか大量に入荷されてもこっちが困る。  あの時はレジ前にずっと置かれたままのマスコット人形が哀愁を漂わせて いたから逆に客足が遠のいた。 「それより早く着替えてレジに入ってくれるかな?  ボク次の時間も連続だから休憩したいんだ」 「ん。わかった。ちゃっちゃと着替えてくるよ」  香織の差し出したパンと缶コーヒーを持って事務所の中に入ることにした。 329 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:06:28 ID:VgLGiMfZ  12時を少し過ぎた時間にバイトを終え、事務所で今朝買ったパンを 昼食代わりに食べていると香織が話しかけてきた。 「ね、ね。今日、これから暇?」 「暇ではない。が、忙しくもない。」  暇だ、と言わないのはせめてもの意地だ。  誰に対して意地を張っているわけではない。  ただ、自分が暇だと認めたくないのだ。  もし認めてしまったら本当に暇人になりそうだから。 「その返事が返ってくるってことは予定が無いってことだね。  じゃあさ、またボクの家に来てくれないかな?」 「・・・・・・もしかして、またか?」 「うん。そう。  やっぱりキミ意外にそっち方面に詳しい友人がいないからさ。  ね。お願い!」  まあ、今日は確かに予定も無いしな・・・・・・香織と過ごすのもいいだろう。 「よし、わかった。  ただし、今回も容赦はしないからな」 「あはは。お手柔らかに。  じゃあ早速行こ! 早く早く!」  そう言って俺の手を引っ張って事務所から出ようとする。  こいつは我慢というものを知らないのか?  まだ人が食事している最中だというのに。 「ええい、少し落ち着け。  このパンとコーヒーを飲み終わったらすぐに行くから」 「むー・・・・・・。早くしてよね」  そう言って俺の手を離す。まったく、忙しない奴だ。  だいたい食事というものは不味いもので無い限り、味わって食うのが礼儀・・・・・・ 「ただいまー! 誰かいるー!?」  ばん!と事務所の扉を開け放ち女店長が入ってきた。  両手で紙に包まれている巨大な丸いものを抱えている。 「おかえりなさい。店長。  ・・・・・・そのでかい物体はなんですか?」 「もしかして、ボクへのお土産ですか?」 「そんなわけないでしょうが! これは本社から試験的に持ってきた・・・・・・」  手に持っていたものを床に置いてその包みを剥がしたとき、出てきたものは―― 「我がコンビニのマスコット! 超巨大バージョンのノモップくんです!  今日からレジの前に置いとくから二人ともよろしくね!」  またノモップかよ・・・・・・。俺と香織は一緒に頭を抱えた。 330 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:07:10 ID:VgLGiMfZ 「今日は恋愛もののポエムか・・・・・・」  香織が俺を家に誘うときの用事は、たいていがポエムを読ませるためだ。 「うん。恋愛ものを初めて書いてみたんだけど、どうも自信が無くって」 「前から言ってるけどな。俺に見せるより先にサイトに投稿した方がいいぞ。  あっちの方がいろんな人の意見をもらえるし。  それに俺の感想を聞いてから書き直したりしたら純粋なお前のものじゃなくなるんだぞ?」  香織は何故かポエムを書くことにはまっている。  それでインターネットのポエム投稿サイトに投稿しようとしているのだが、不安だからという 理由で必ず俺を最初の読者に選ぶ。  信頼されているのは嬉しいが、俺の意見で内容が変わったりしたら意味が無い。 「それは分かってるけどさ・・・・・・。  う~~・・・・・・とにかく! ボクはキミに最初に読んでほしいんだよ!  ・・・・・・あ、なんとなくだからね。あと昔からの友達だから。  ・・・・・・それだけだよ?」 「はいはい。分かってるって」  このやりとりも毎回のことだ。  違うこといえばポエムのテーマが違うことくらい。  まあいい。天野香織作のポエムを読むことにしよう。 331 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:07:52 ID:VgLGiMfZ 『出会いのコイン』  わたしはあなたを見ていました    ただ見ていただけではありません   一人の男性としてあなたを見ていました  しかし声をかけることなどできません  わたしは臆病な人間です  怖いのです あなたに拒絶されることが  声をかけられないわたしにチャンスをくれたのは一枚のコイン  あなたが歩いているときに落としたもの  それは小さなものでした わたしの小さな手にもおさまるほどの  ですがこれは大きなものです  あなたに話しかける大きなきっかけです  そのコインを手にしたことで ようやくあなたに一歩近づけた 332 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:08:31 ID:VgLGiMfZ 「うん・・・・・・良いと思うぞ。  女の子がどんな性格かよく分かるし落し物を拾ったからっていうのも  話しかけるきっかけとしてはよくあるし」 「そ、そう?よかったぁ・・・・・・」  感想を聞いて、香織は不安が無くなったように肩の力を抜いた。  俺、適当なことしか言ってないんだけどな。  これがいいポエムなのかなんて分からん。  ポエムなんて人によって感じ方が違うものだろうしな。 「あの、それでさ。何か共感できるものがなかった?  どこかにキミとの共通点とかが無かったかな?」 「そんなのあるわけないだろ。女の子に告白されたことなんか無いし」  俺の言葉を聞くと、香織は悲しそうな表情を浮かべた。 「タイトルを読んでも、何も感じないのかなぁ・・・・・・?」  なんでそんな悲しい声で喋るんだよ・・・・・・。  『出会いのコイン』?  出会い?それともコイン?まさか両方か?  俺と何か関係があるのか?  でも香織との出会いは一緒のクラスだったのがきっかけだし、当然告白されてもいない。  コインについてはもっとわからない。  もしかして比喩か?まるでなぞなぞだな・・・・・・。  俺が数分経っても反応を返してこないので、香織の方から話しかけてきた。 「ふうぅ。・・・・・・やっぱりニブチンのキミにわかるはずもないよね。  さすがにここまで鈍いとは思わなかったけど、さ」  いつもの調子に戻っている。  ・・・・・・よかった。やっぱりこいつはこうじゃないとやりにくい。 「失礼な。俺ほど感受性の強い人間はいないぞ。  俺にポエムを書かせたら日本中の人間が号泣するに決まってる」 「また根拠のない自信を持って・・・・・・その自信はどこから来るのさ?」 「自信をつけたきゃ根拠が無くても胸を張れ!」 「それで自信がつくのはキミだけだよ。  ・・・・・・ちょっとうらやましいけどね」 333 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/02/05(月) 18:09:44 ID:VgLGiMfZ  その後、香織とゲームしたり談笑しているうちに外が暗くなりだした。 「じゃあ、今日は帰るとするよ」 「え、もう?もっとゆっくりしていきなよ」 「俺の自転車にはライトが付いてないんだよ。  今日はライトを持ってきてないからこれ以上暗くなると危ないんだ」  これは本当。今日は香織の家に寄るつもりはなかったからライトを 持ってきていないのだ。 「そっか。じゃあ仕方ないね。あ、送っていこうか?」 「どうやってだよ。歩いて、とか言うんじゃないぞ」 「違うよ。キミがボクのバイクのキャリアを掴んで自転車に乗れば  あっという間に着くじゃないか。」  ――――それは、ひょっとして冗談で言っているのか?  俺が立ったまま唖然としていると、香織はいたずらっこの笑顔を浮かべた。 「あはははははははは! 冗談冗談。  もうこの年になってからそんな無謀なことはしないよ。  警察に見つかって点数を引かれたくはないからね」  こいつの冗談と本気の境界線は長い付き合いでもわからない。  それに高校時代に同じことを実行して俺に怪我を負わせたのはどいつだ。    外で自転車に乗って帰ろうとすると香織が見送りに来てくれた。 「キミもバイクの免許取らない?  今なら格安でボクが教官の教習所で教えてあげるよ。  試験場で一発合格間違いなし!」 「バイクのローンで破産したくはないからパスだ」 「そっか・・・・・・貧乏って悲しいね」 「毎月ギリギリのお前に言われたくはないな。  ・・・・・・じゃ、また明日バイトでな」 「あ・・・・・・・・・・・・うん。  バイバイ。雄志君。また会おうね・・・・・・」  名残惜しそうな声で見送る香織を後にして自転車をこいで家路に着く。  朝とは違い、冷たい風が吹き付けてきた。

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