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741 :真夜中のよづり3 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/12(月) 22:42:16 ID:MD4+xJFQ 「私に優しくしないでね。かずくん」  よづりは俺をリビングに案内するなり、こう宣言した。俺は眉をひそめる。  あれか、これは今流行の不思議系とかお姫様系とかそういうのか。しかし、この姫はクリームいっぱいのいちごショートケーキのお姫様というよりかは、蝙蝠や墓場が立ち並ぶ暗黒世界の姫に近い。 俺の説明で、ゴシック系を浮かべたら俺は違うと言い張る。そんな上品なものじゃない。もっと毒々しい感じだ。毒の沼とかそんなの。  榛原よづり宅のリビングは床暖房が効いているのか、足からぬくぬくしていてとてもあったかかった。  しかし、榛原よづりはその上をまるで氷の上に立つかのように冷たそうに歩く。この人もしかしたら体温無いんじゃないのかと疑ってしまうほど、彼女はこのあったかそうなリビングとはミスマッチだった。  リビングは木のテーブルに対面したソファがふたつ。大きな本棚がふたつあるがどれも大きくて厚い本が詰まっている。背表紙には英語やたぶんドイツ語あたりの文字が羅列してあって、妙な圧迫感を覚える。  ひろいリビングだが、妙に殺風景だった。こんな一般家庭でテレビも無いリビングなんて初めて見たぞ俺。 「コーヒーでいい?」 「あ、お構いなく」 「優しくしないでいいから」  遠慮も勘弁して欲しいらしい。俺は何も言えず、憮然とした顔で黙るしかなった。  榛原よづりがひたりひたりと歩いて台所に消える。なんだか、リビングが急に明るくなった気がした。 「しかし、予想外だ……」  俺は頭を抱えた。軽い気持ちで挨拶して終わるつもりだったが、相手は二十八歳の引きこもりだった。俺より十以上も年上である。どんな対応の仕方をすればいいのかわからない。  こんな相手とこの三学期中仲良くしろと言うのか? 会話が絶対つづかねぇよ。  うーん、こんなことなら副委員長の仕事ちゃんとやっときゃよかった……。最後の最後にものすごい爆弾な仕事落としやがって。  俺が委員長の愚痴をぶつくさ呟いていると、榛原よづりが戻ってきた。 「えへへ……。おまたせ、かずくん」  彼女はコーヒーカップをひとつだけお盆に乗っけて、小さなリビングのテーブルにコーヒーを並べた。  それを俺の前に差し出す。どうやら俺のコーヒーしか淹れていないようだ。俺は無言で受け取ると、ついていた角砂糖を2・3個茶色いのコーヒーに落としかき混ぜる。  榛原よづりはえへへとはにかみ気味に笑うと、ソファに座る俺の横に体を預けた。  ……なんで俺のすぐ横に座るんだよ……。 ソファは確かに広いけどわざわざそこに座らなくてもいいだろ。 「飲んで、かずくん」 「は、はい」  榛原よづりは俺の前に乗り出すように顔を近づけて笑いかける。前髪の間から見える口元はにんまりと笑っていて妙に不気味だった。  俺は一口、コーヒーを含む。ほんのりと香りが口の中を支配して、独特の渋みと苦味が舌に乗る。結構美味い。 「……どう?」 「うん、美味しい、です」  まるでホテルで淹れてもらうコーヒーのようだ。俺がそう言うと、よづりはにんまりとした口元をさらにきつくゆがめた。俺は褒めたのが気に入らなかったのかと思ったが、そうではないらしい。 「敬語じゃなくていいよ。年上だけど、同級生だもん」 「そ、そうか? じゃあ……おいしいぞ、コレ」 「えへへ……」  優しくしないでくれと言われたが褒められるのは純粋に嬉しいようだった。  二十八歳のくせに妙に子供っぽい笑い方だ。黒い服に包まれて、高校生には不釣合いな体つき(改めて巨乳だ……!)だけど精神年齢は俺より低そうである。いや、むしろ精神防御率が低いのかな?  俺は榛原よづりの黒いセーターを押し上げる二つの丘に目線が釘付けになっていた。まてまて、それを引き剥がすと茶色く濁ったコーヒーに目線を落とす。  コーヒーの表面は小さな泡がくるくるりとまわっている。俺はそれを一気に飲み干した。 「ねぇ……」 「ん?」  俺はすぐ横の榛原よづりに顔を向ける。 「えっとね、ごにょごにょ……」  榛原よづりは相変わらず辛気臭い顔を俯かせ、消え入りそうな声で喋っていた。 「え、なんて言った? よく聞こえねーんだけど」 「うん、ごにょごにょ……」  心なし榛原よづりの顔が赤い。俺はさらに消え入りそうになって行く声に耳を傾けた。しかし、ぼそりぼそりと喋る榛原よづりの声はなかなか聞き取れない。 742 :真夜中のよづり3 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/12(月) 22:42:55 ID:MD4+xJFQ 「え、なんて言った? よく聞こえねーんだけど」 「うん、ごにょごにょ……」  心なし榛原よづりの顔が赤い。俺はさらに消え入りそうになって行く声に耳を傾けた。しかし、ぼそりぼそりと喋る榛原よづりの声はなかなか聞き取れない。 「ごめん、もう一回言ってくれない?」 「……んっ」  突然、榛原よづりが俺の左手を両手で掴み、勢いよく引っ張られた。俺の頭や体は突然の引力に油断し、左手からの引力にくっついていく。  引力に引っ張られた上半身は斜めに傾いてバランスを崩し、今度は重力に従って榛原よづりの方向に倒れ掛かってしまう。  ぼふっと、やわらかい何かに顔が当たった。頬あたりに黒いセーターの毛糸の玉があたる。クッションのようなやわらかい何か。  ちょっと待て、今俺の顔に当たっているのは……。榛原よづりのバストっ?  俺は榛原よづりの体に体重を預けて、胸に顔をうずめた状態になっていたのだった。二十八歳の独特の体のやらしげな感触を間近に感じて、俺は妙な気分になった。 「えへへ……」  目線をあげると、榛原よづりが俺を見下ろしていた。ちょうど、俺の頭は彼女の長い髪の毛のカーテンの中に入っていたのだ。首筋にかかる彼女の髪の毛がくすぐったい。  榛原よづりはえへへと笑うと、その顔を下ろして胸に抱かれる俺の頭の耳元にその小さな唇を寄せた。  そして、先ほどから言っていたであろう言葉を、消え入りそうな声で再度告げる。 「今日、ご飯食べていかない……?」 ぶにゅっ。 榛原よづりの細い右の二の腕が俺の首元にかかる。そして左腕も同じようにして俺の頭をかき抱いた。そして俺の頭をなでなでと撫でる。  やわらかい体と細くて硬い腕に掴まれて、俺は身動きが取れなかった。 「え、えっと………」 「かずくんのために、一生懸命つくるから……食べてって……」  榛原よづりが俺を見る目はまるでキュピンと光りそうなほどぎらついていた。俺は得体の知れない寒気に襲われる。彼女を振りほどくのは簡単だ。しかし、恐怖で体が動かない。  ただ、首元に回された腕が締め付けないことを祈っていた。  俺の頭の中の危険信号が光りだす。やべぇ、コイツは危険だ。 十七年の経験と直感が俺の脳内に警告を続けている。俺のこの危険信号がなったのは十年ぶりだった。最後に鳴ったのは小学生の頃、グラウンドで上級生が屋上から投げたセロハンテープ台が俺の脳天に直撃する直前だったか?  「お肉も、お魚も、いっぱいいっぱいあるから……食べてって……」  ぎゅうっと榛原よづりの腕が締められていく、体も押し付けられていき顔に当たる柔らかな感触に頬がどんどん埋もれてゆく。  くそっ、乳に顔をうずめて死ぬのは男の夢だけど……、今死にたいとはまったく思ってねぇよ! しかもこんな暗い女にな!  ここは頷くしか離してもらえないだろう。  俺は締まっていく首を限界まで動かしてこくりこくりと頷いた。 「そう……よかった」  その瞬間。榛原よづりの腕ははずされ俺の頭は彼女の膝の上にダイブする。今度は膝枕か? 「ふぅ、助かった」  俺は安堵の息を吐いた。  膝の上、榛原よづりの長い髪の毛がかかってすこし首筋がくすぐったかった。 「じゃあ、美味しいものいっぱい作るからね。待ってて、かずくん」  ごとん、俺を膝の上に乗せたまま榛原よづりは立ち上がった。当然、おれの頭は重力に乗ってごろりと転がる。俺はソファから落っこちてしまった。 「いてぇ!」 「ふんふんふんー♪」 「む……無視かよ」  あれだけ、俺に密着していたにもかかわらず榛原よづりは、俺が落ちたのにも一瞥せず、鼻歌まで歌いながらリビングを出て行った。 「……わけわからん」  そんなに料理を作るのが好きなのか?  俺はぽりぽりと頭を掻きながら起き上がる。そのままやわらかいソファへぽふりと腰を落とした。 それにしても、 「気に入られたのかな……?」  俺は彼女の対応が気になっていた。初対面の人にいきなりメシ作ってくれるってことは、好意を持ってくれてるってわけだよな。いや、もしかしたらめっちゃくちゃ嫌ってて、アーモンド風味の白飯が出てくる可能性も否定できないぞ。 743 :真夜中のよづり3 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/12(月) 22:43:48 ID:MD4+xJFQ  だけど。いまのところ、俺は彼女に対して何も失点は無いはず。たいした話はしていないし。やられたのはおっぱいを顔に押し付けられただけ。  にへらー、 だらしなく頬が緩む。いやぁ、あの高校生には無い体系とバストはすっげぇ煩悩を刺激されるなぁ……。いや、まてまて。胸にだまされるな。 俺は彼女の本質を見て判断しないといけない。人間を測るのに胸は単なるオプションの一部だ。まぁ、プラス修正はかかりまくるけど。それにしても感触まだ残ってるよ、ノーブラかなぁ……。 「かずくん……」 「うわっ!」  いつのまにか、俺の目の前に榛原よづりが立っていた。やっぱり気配はなかった。 「ニヤニヤしてどうしたの……?」 「な、なんでもないっ!」  どうやらニヤけていた顔を見られていたようだった。俺は慌てて顔を背ける。 気配が読めなかったのは俺が胸の事ばっかり考えていたからなのかもしれない。俺は自分の煩悩の深さに頭を押さえた。不覚だ。 「で、どうしたんだ?」  俺は、自らを軽く反省すると榛原よづりに向き合う。 向き合うが、自然に目線は胸に行ってしまう。彼女が着けたエプロンが押し上げられている。まてまて、さっき反省したばかりだろ。俺は胸に行く目に心の中で叱ると、彼女の顔へ四川を移動させた。 だが、彼女の長い髪に包まれた顔からは表情が読めない。長い髪が邪魔なんだよな。 「えへへ……」  彼女の含んだような笑い声が聞こえた。  すると、彼女が右手を動かして、背中を掻くようにゆっくりと背後へ腕が回る。俺は身構えた。  一拍おいて、彼女の背中から出てきたのは、大きなはさみだった。  刃渡り約20センチの鋏で、親指と人差し指を動かせばじゃきんじゃきんと音が響く大きな凶器。  なんだ、お前は。実は如月更紗か、もしくは双識か! 俺はさらに警戒を強めた。幸い手の届くところにカバンがあった。それを掴み、いつでも反撃できるようにする。  まさか、これを俺に突きつけるとか言うなよ?  が、俺の身構えなど榛原よづりには関係ないことらしい。彼女は身構える俺にその含んだ笑い声を浴びせると、そのまま右手の鋏を自分の顔の前まで持っていった。人差し指と親指が開き、二枚の刃が大きく口を開ける。  そして、  じゃきんっ。  彼女はその長い長い前髪を切り落とした。 「え……」  ぱらぱら、ではなくどさりと落ちる黒い髪の毛。呆然とする俺を尻目に、榛原よづりははにかんだような笑顔でさらにじゃきんじゃきんと鋏を動かすと、自分の前髪をばっさりと切り落としていく。 髪の毛の束が足元に散乱し彼女の前方1メートルは黒いじゅうたんと化した。  じゃきんっ。  最後に、一文字にまとめるようにおでこの前を斬る。  まるで日本人形のような髪型だ。前髪で隠れていた彼女の顔がすべて露わになる。彼女の美人な表情が日の光を浴びた。  日の光を浴びていないだけではない、天然の決め細やかな白い肌。クマののこる目つきは目じりが垂れていて、柔らかな印象を受ける。 「えへへ」 「な……なんでいきなり?」  俺はワケがわからなかった。  榛原よづりは俺に、その露わになった目元、口元で感情を表現して、 「……君に料理を振舞うためなら、こんな前髪いらないね……」  まるで俺に喜んでもらえるように。そんな声で言う。 「邪魔だし……。人に出す料理だから……」  確かに、その前髪で料理するには不便だろう。第一衛生的にも問題だ。それに長い髪の毛が火に引火したら火事なんてものじゃない騒ぎになる。  しかし、しかしだ。 俺のために、そう、今日いきなり会った俺のために、 その長く伸びた髪の毛を何のためらいも無くばっさりと切ってしまうのか? 「でもさ。 ほら、か、髪の毛は女の命と言うし」 「いいの。君のためなら命なんてどうでもいい……」  じゃきんじゃきん。  彼女は顔に笑顔を貼り付けたままハサミを鳴らし、エプロンのポケットにしまう。そして、床に散らばった黒髪をそのままにふらりふらりと台所へ消えていった。 「……」  俺はしばらくの間、呆けていた。  ダメだ。この女は。俺はふるふると頭を振る。  想像を超える相手だ。改めて思う。  耳を澄ませば、聞こえてくる彼女の楽しそうな鼻歌。これだけなら、ただの家事好きのお母さん。しかし、実態は刃渡り20センチのハサミを所持する元引きこもりの高校生二十八歳巨乳だ。  そもそも、二十八歳で高校生でひきこもりってどういうことなんだよ! くそっ。ヤツの行動がまったく予測できない。  ……もしかしたら、本当にメシの中に青酸カリ入れてないよなぁ? 「やべぇ、不安になってきた」 744 :真夜中のよづり3 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/12(月) 22:45:12 ID:MD4+xJFQ  様子を見てみよう。俺は音を立てぬようにしのび足でリビングを横断する。台所にはレースカーテンがかかってあり中の様子が良く見えない。  俺は台所の壁に体を貼り付けて、ちょうど覗き込むように頭を出してレースのカーテン越しに榛原よづりを観察する。  ……。  榛原よづりはテーブルの前で卵をといていた。細い腕と指が菜ばしを掴み、かちゃかちゃとボウルの中の黄色い卵を空気を混ぜるようにかき回していた。  彼女の長い髪の毛はちゃんと、後ろで結ばれ食材に触れないようにしてある。料理を熱心に見る目は先ほどまでの緩んだ表情とはかけ離れたように真剣だった。 「……ちゃんと料理できるんだ」  俺は安堵する。  テーブルを見ると、玉ねぎやハム、にんじんが細かく刻まれ、ケチャップのチューブが何本も並べられていた。 「オムライスかな?」  幸いにも俺の大好物である。俺は期待しつつ榛原よづりを眺めていた。料理をしている榛原よづりはとても美人だった。  ……こういう姿は様になっているのにな……。  俺は静かに息を吐く。 「ふんふんふんふ~♪」  まったく、楽しそうだ。人に料理を振舞うだけでそんなに気分が乗るものなのか?  ……ん、ちょっと待て。そういえば、さっきあいつはなんて言った。たしか、人に料理を振舞うのははじめてだと言っていた。  と、いうことはなんだ? あいつは二十八歳になるまで、誰にも料理をしてあげたことはないのか? いや、あの手つきや手際のよさは料理経験者のものだ。彼女は付け焼刃でやっているわけではなく、  きちんと毎日規則正しく料理をしていると見れる。  では、こうか。料理はするけど披露したことは無い。披露する相手がいないのか? 友達も?   家族も?  そういえば、この家に来て俺は家族の姿を見ていない。  というより、このリビングや家の中。全てにおいて生活感が感じられないのだ。人が住んでいるところ家はある程度はなにか、人の匂いや手垢など、住んでいる証というものがでるものなのだが……。  今俺が居るリビングも殺風景すぎて、まるで無人の部屋のようだ。いや、俺が居るが。 「……もしかして、あいつは一人でこの家に居るのか?」  榛原よづりの姿を眺めながら俺は呟く。  くそっ、なんだよ。ひきこもりが居るって言うのに家族は居ない。助けるものはおらず彼女はずっとひきこもっていたのか? 二十八歳の女が?  物事はどうやら単純ではないようだ。  俺は改めて、副委員長の仕事を呪った。やっぱりサボりキャラを貫いて委員長に行ってもらえばよかった。面倒ごとばかりだ。 「ふんふんふ♪ ……………」 「……ん?」  突然、榛原よづりの鼻歌が止まった。  俺は考え事をしてあさっての方向に向いていた意識と視線を元に戻す。  レースのカーテン越し、榛原よづりは卵の入ったボウルをといていた。そういう風景だった。  が、改めて意識を戻して見直してみると、彼女の動きが止まっている。  菜ばしを回す手をとめ、ボウルを顔に近づけていた。 「なんだ?」  榛原よづりはボウルの中の卵をじっと眺めていた。まるで呆けたような半開きの口。俺の第六感が急に冴えわたる。頭の中には『これ以上見てはいけない』という一文。  しかし、俺はそれを無視して彼女の挙動を見続けていた。 「……えへっ」  榛原よづりは卵を見つめて、にやりと笑う。そして半開きの口から赤い舌をぺろりと突き出すと。  べと。  べとべと。  べとべとべとべとべとべとべとべと。  その赤い舌から流れる自らの唾液を、ボウルの中へ落としていった。 「!!!」  俺は思わず声を上げそうになり……あわてて口を押さえる。  何をやってるんだ!? あいつは……。 「えへ、えへへっ、えへ、えへへへへへへへ……」 俺が見ていることも知らず、恍惚の表情で榛原よづりは俺に振舞うであろうとき卵の中に唾液を混ぜてゆく。  彼女の笑顔が歪み、目つきは狂ったように潤む榛原よづり。口から赤い舌をぺろりと突き出す、口元からねばりと透明な液が溢れ、ぼとりぼとりと落とす。  そしてそれを一心不乱にボウルに入れていき、時折菜ばしでかちゃかちゃと混ぜ合わす。 「食べてくれるんだぁ……えへ。かずくんがぁ、あたしの料理と……これ。 えへ、えへ……、えへへ、えへへへへへへへへ……」  べとべとべとべとべとべとべとべとべとべと。  べとべとべとべとべとべとべと。  べとべとべとべと。 745 :真夜中のよづり3 ◆oEsZ2QR/bg [sage] :2007/02/12(月) 22:45:48 ID:MD4+xJFQ  榛原よづりの顔は恍惚に歪んでいた。赤く染まった頬にどこか知らない場所を眺める淀んだ瞳。それは俺を喜ばせるための笑顔ではなく、ただの自己満足の極みの顔だった。 「……やべぇ。コイツやべぇ……」  俺はあまりの恐怖に腰を抜かしそうになった。  幽霊を見たとか、ゾンビ映画を見たとか、そういう怖さじゃない。まるでなにか人の心の裏側を見たような得体の知らない怖さだ。  頭の中の警告音はすでに鳴りっぱなし。 「……逃げなきゃ……」  俺はしのび足でリビングのソファに戻って、自分のカバンを掴んだ。リビングに散らばるヤツの髪の毛が一本一本意思を持って襲ってきそうで怖かった。 「あの変態がよだれを入れている夢中なうちに逃げなきゃっ……!」  榛原よづりに気付かれないように、リビングを出るとそのまま廊下を歩く。  玄関に合った俺の靴を履く。がさりがさりと土間と靴の裏の小石がする音が響いた。  刹那。 「かずくんっ!?」  とんとんとんとんとんとんとんとんっっ!!  台所から走ってくる足音! 「やばっ!」  俺は靴を履き終わると玄関のドアノブを掴む。鍵はかかっていなかった。すんなりと開く。  瞬間。玄関に榛原よづりが走りこんできた。 「かずくんっ!! どこ行くの!?」  長い髪の毛を振り回し、榛原よづりは先ほどまでの消え入りそうな声とはうって変わった、大きく甲高い声で叫ぶ。 その手は包丁が握られていた。  それを見た途端。とっさに、俺は「刺される!?」と思ってしまった。 「ごめっ! 用事ができた! 俺帰るわ!!」  恐怖で俺は早口でそれだけしか言うことができなかった。早くこの家から出たかったのだ。 「待って!」 「じゃあな!」  俺は開いたドアに体を滑り込ませる。榛原よづりの顔なぞ怖くて見れなかった。そして、バキィンと壊れそうなほど力強くドアを閉めた。 「かずくぅぅぅぅんっっっっ!!」  玄関のドア越しに響く彼女の声。  俺はそれを背後に聞きながら出入り口の門を開き、夕闇が辺りを覆い始める住宅街走って逃げていった。  足が千切れそうなほど、全速力で走り。時折後ろを振り返って後をつけてないか確認しつつ住宅街の坂道を駆けて、気がつけばヤツの家から500メートルも離れたコンビニエンスストアまで走りこんでいた。 「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」  自販機でジュースを買う。普段は炭酸系が好みだが、今は落ち着きたかった。スポーツドリンクを購入。ボトルタイプの缶が排出される  俺はそれを掴むと、寒い冬空の下、胃に響く冷たいスポーツドリンクを一気に飲み干した。  榛原よづり。  彼女とのファーストコンタクトは不気味さと恐怖の感情しか残らなかった。 「帰っちゃった……。まぁ、いいわ……。また逢えるもん。だって、明日迎えに来てくれるだもんね、かずくん?」 (続く)

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