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204 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:43:37 ID:0Dg+H06n                     第3話  憐 炎 【高校時代2学年/昂四郎自宅/AM7;00】 制服のネクタイを絞めながら、携帯の充電を完了した携帯を手に取り電源を入れる。 メールセンターに問い合わせをすると、メールが更に20件も着ていた。 『月咲・・・まとめて送るか、俺が返事送ってからすればいいのに。・・あ~・・新しい携帯とか・・んなバカな・・・』 呟くとあまりのメールの多さに月咲のミスや携帯電話の故障などでは無いと確信した。 寝起きの気だるさと電車通学の面倒さ、月咲の行動に疑問が重なって、朝から憂鬱になる。 とにかく、学校に行こう。今日は月咲が俺に弁当を作ってくれるんだから、良い日になるに違いないだろう。 メールの事はまた聞けばいいだろうし。 今日の朝食は、月咲の弁当に備えて、ベーコンエッグとパン1枚、牛乳だけにした。 『んじゃ、行ってきまーす』 食べかけのパンを口の中で噛みながら、部活のバックを肩に下げて家を出る。 6月後半だってのにもうセミが現れて声が五月蝿いくらいに鳴り響く道を歩いていく。 今年は猛暑で随分暑くなってきた。後一ヶ月ぐらいで夏休みだ。 それでも、夏休み中の午前は部活だし、場合によって受験対策をしなくちゃならない。 俺の高校はまがりなりにも、進学校だしあまり部活に力は入れてないのかもしれない。 けれど、ラグビーは好きだし、きっと大学に行っても続けているんだろうな。 そんな事を考えながら駅に着く、口の中で噛んでいたパンは気付けば飲み込んでいて、乗客が半分以上埋まっている電車に乗る、冷房がガンガンに効いていて爽快だった。。 俺の駅からは、乗る人は少ないけれど、次の駅からは凄い人が乗り込む。 そういえば、月咲はこの駅で降りたよな。そんな事を考えていると駅に止まり、大勢の乗客で電車内は溢れ直ぐに考えは消え去った。とにかく人の多さに流されない様に耐える。 『さて、相変わらずの人の多さだ・・・』 桜花学園周辺には、6つの高校があって電車はいつも生徒達で混雑する。 それに通勤する社会人を含めるとかなりの人数だ。 エイジも昔、電車通学をしていたのだけれど、この人混みが嫌で自転車に切り替えた。 それくらいの人の多さから、俺が朝から憂鬱になる原因の1つだ。 それでも大勢の人に押されながら、人混みに耐えていると後ろから誰かが背中にギュっと抱きかれる感触を感じる。 誰だ・・普通押されるのは分かるけど抱きつかれるのは初めてだ。 あまりの事に驚きつつ、後ろを向き抱きついている人物に目を向ける。 205 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:48:25 ID:0Dg+H06n 『月咲・・・?』 金髪の明るい髪が目につき、顔を見上げ笑みを浮かべて「おはようございます」と小声で呟いた。 そう抱きついていたのは、月咲だった。 『あ・・ああ。ど、どうした・・・の?』 「電車人が多くて・・押されてしまって・・・気付いたら昂四郎君だったんです。」 『そ、そうなんだ・・』 「ごめんなさい・・人が多くて動けなくて・・・昂四郎君、こういうの嫌ですか?」 『いや、嫌とかじゃそういうのじゃないんだけど・・・』 俺は電車の中で偶然人に会うのはよくある事だったけれど、こうも背中と言えど抱きつかれる事に赤面しながらひたすら前を向く。 前を向かないと、心臓の鼓動の早さでどうにかなりそうだった。 それに電車の乗客も沢山いるし、これを桜花学園の生徒に見られたら説明のしようにも何と言えばいいのか分らない。 メールの事を聞きたかったけれど、そんな事はどこかに飛んでしまい、とにかく一刻も早く学校に着きたかった。 それに追い討ちをかける様に、月咲が俺の背中に耳を当てる。 おい、何だよ眠いのか、俺は枕じゃないんだぞ。 「昂四郎君、心臓がドキドキしてる・・・可愛いんですね」 『い、いや・・それは、その』 「昂四郎君?お弁当作ってきたんですよ。後で渡しますね?」 『・・・あ、ありがとう』 後ろから俺の背中に顔を休ませる月咲がそう告げると益々、心臓の鼓動が早くなるのが分った。 「昂四郎君、今日のお弁当は豪華なんですよ。楽しみにしていてくださいね。」 『お、おう。弁当の為に朝食軽く済ませてきたんだ』 「え・・・?」 『いや、残したらいけないと思ってさ~・・・昨日から楽しみだったよ。』 「・・・・嬉しい・・・・・・」 『ん?今なんか・・・言った?』 「いいえ・・・何も」 月咲が言った小声は電車の線路を走る音でかき消されて、聞こえなかった。 聞き返しても月咲は何も言わなかった。 すると電車が急にスピードが弱まり車内が揺れる。何かに掴まっていないと倒れそうだ。 それと同時に月咲の体が俺に密着する。 ・・・苦しいくらいに強く抱きつかれる。 揺れが収まっても離れるどころか、逆に体を俺に近づけてくる。月咲の大きな胸が俺の背中に当たる。 ―――俺は色々な意味で限界を感じていた。 206 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:50:29 ID:0Dg+H06n ―――次は~桜花駅前~桜花駅前~左側のお客様、開く扉にご注意下さい――― 天の助けの駅員のアナウンスが車内に響く。 扉が開くと、直ぐに外に出て開放感に目を伏せた。 俺にとって流石にこれは拷問に近い。 ふと、降り立つ乗客の中に俺に視線を向ける子に気付く。 ―――大沢明美・・・・?同じクラスの大沢だ。クラスの学級委員で剣道部。同じ運動部とあってか馬が合う。 何か不思議そうな表情で俺を見ている。 何だろう、俺は大沢を呼ぼうとするが大沢は、俺を見るなり何かに驚いた様にサッとその場から走って行った。 『何だありゃ。騒がしい奴だなぁ・・どうしたんだろう。』 「・・・・昂四郎君、行きましょう?」 『お、おう。行こうか』 後ろに居た月咲に促され共に学校へと向かう。 【桜花学園通学路】 桜花学園は、小高い山の頂上に建てられていて俺と歩く姿を見た桜花学園の生徒達は皆が皆驚いていた。中には立ち止まり凝視する者もいた。。 恐らく皆の気持ちは1つ―――なんで野獣のあいつと!?――― ……悪かったな、俺で。成り行きなんだよ成り行き。 そんな驚き騒ぐ生徒達をよそに俺と月咲は学園へ到着した。 「昂四郎君、じゃあ私はここですので、お弁当昼休みに届けに行きますね。」 『うお、それは月咲に悪いって。俺が弁当取りに行くから。月咲の教室まで』 「・・それじゃあ、昂四郎君に悪いです」 『ん~・・・それじゃあさ?屋上で待ち合わせしようか?』 「屋上?」 『うん、ついでに一緒に食べようぜ。昼飯』 「・あ・・・はい!」 やけに明るく月咲は、返事をした。 特に気にしなかったが、この時、大沢明美がこの光景を見ていたとは俺は知らなかった。 教室に着くと、早速クラスの男子達が俺に絡む。 「ようようよう~!見せ付けてくれるじゃないの~!!」 「おい、何で月咲と一緒に登校してくんだよ!何したんだ!どうしてなんだよ!俺あいつに話しかけても無視されたんだぜ!?」 「お前羨ましいってかムカつくな!!!」 『別に・・・なんもねーよ。おら、席に寄るな暑苦しいなぁ~!』 予想通りの反応に呆れながら席に着くと、エイジが話しかけてくる。エイジも月咲の事を聞くのかと、少し警戒しながらエイジに視線を向ける。 207 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:54:47 ID:0Dg+H06n エイジ 「オッス、昂四郎!いや~昨日のFUZの新曲最高だったよな~!ってかお前メール返せって~!」 『オッス。メール悪い・・・ってか・・・お前は驚かねーの?』 エイジのいつもと変わらない様子に『・・・月咲の事を聞かないのか?』と思いながら恐る恐る尋ねる。 エイジ 「あん?どうせ月咲の事だろ?昂四郎、お前うぬぼれてんじゃねぇええぞぉぉ~?おめ~天狗かぁ?鼻折るぞ鼻!いちいち騒いでたら疲れるだけだし、何で昂四郎の恋沙汰でいちいち、俺が一喜一憂しないといけねーんだぁ? そんな事より、FUZだFUZ!お前のそっち方面の話は、もうちょっと進展してから聞いてやるよ、ほら、とにかくFUZの新曲どうよ!あのベース音最高だっただろ~!?」 エイジらしい答えだった。 そうだよな、偶然電車で会って、偶然通学路を歩いてた。どこでも聞く話だ。変に騒いで恥をかくのも嫌だ。 遠まわしにエイジが注意してくれたかの様に聞こえた。気持ちを切り替えて俺はエイジとFUZの新曲の話で盛り上がる。 そんなエイジと話をしている時、俺を呼びかける声がした。 ―――大沢明美だ、何だ駅だとそのまま走って行ったのにどうしたんだろう、どこか怪訝そうな顔つきで俺に話しかける。 大沢明美 「昂四郎、悪いけどちょっといい?」 『おお、大沢・・・何だよ?生物のノートならさっき提出したぜ?』 大沢明美 「いや、そうじゃなくてさ・・・・あんた月咲とどういう関係なの?」 『どういうって・・・いや別に。ちょっと知り合いでな。それより、朝、駅で同じだったよな。どうしたんだよ無視して行くなんて大沢らしくもないな。』   大沢明美 「いや、それは・・・その。昂四郎があの子と居たから気になってて・・・・・あ、あのね、昂四郎。実は私、あの時電車で見―――」 ―――大沢の言葉を遮るかの様に、始業開始の鐘が鳴り響く。 教室との雑音と入り混じった中で大沢は言葉を途中で止めてしまった。 『電車で・・・な、なんだよ?』 大沢明美 「あ・・・ま、まぁいいわ!昂四郎ごめん、また話すよ。別に対した事じゃないし、本当ごめんね!」 大沢は、両手を俺に合わせ誤魔化す様に笑いながら自分の席へと戻って行った。 何かを俺に伝えようとしたのか、何かを知っている様な感じだった。席に座り髪を自分の髪を撫でる様子の大沢は、何かに怯えている様な顔つきだった。 エイジ 「大沢どうしたんだ~?」 『わかんねぇ・・・エイジ、大沢に何かやったか俺?』 エイジ 「昂四郎・・・!貴方、只でさえ夏なのに本当に暑苦しいのよっ!私がいる車両に近づかないで!というか電車にもう乗らないで頂戴っ! とかじゃねーの?」 『・・・うっせ!!』 大沢の声のトーンを真似て茶化す隣の席のエイジと冗談を混じりながら笑ってふざけ合い、大沢の真剣さはどこかへ飛んで行ってしまった。 本人が対した事じゃないって言ってるんだから対した事じゃないんだろう。 気にする事ではないし、また聞けばいい。 そうこうしている内に授業が始まる。 ―――俺は後に、大沢の言葉をキチンと聞けば良かったと後悔する。 208 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:58:30 ID:0Dg+H06n 【桜花学園屋上】 ――――昼を知らせる鐘が鳴り響いて、大体18分弱。 屋上で待ち続けているけれど、月咲はまだ来ていない。 どうしたんだろう、ちょっと俺が早く来すぎだのか。 月咲は特別進学クラスだから、授業が長引く事もあるだろうし、別に弁当が逃げるわけでもない。 それに10時ぐらいか、月咲から少し遅れるとメールが着た。 俺はその時、メールの事を聞くのが段々億劫になってきていた電車で聞ければ良かったけれど、タイミングを逃してしまった。 確かに20件以上のメールを送るのは、アレだけれど、悪気はないよな。内容も普通だし気にしすぎなのかもしれない。 そうこう考えていると俺に向けて声がする。 月咲美代子 「・・・・昂四郎君、お待たせしました。遅れてしまってごめんなさい。授業が長引いてしまって」 『おお、月咲~・・・どうも。別に気にするなよ、特別進学クラスなんだからさ夏前だしそんな事ザラだろ?』 月咲美代子 「ありがとうございます。・・これお弁当です。」 『うお~ありがとうな月咲。じゃあ~・・・・あそこに座ろうぜ?』 月咲は俺の言葉を聞くと嬉しそうに微笑みながら、手さげ袋から弁当を取り出し近くにあったベンチまで移動し腰を降ろす。 隣に座り弁当を開ける準備をする月咲は、本当に品があって動作の1つ1つが綺麗だ。 弁当の袋もキチンと折り畳んで膝の上に乗せる。 弁当の蓋をゆっくり開けると色鮮やかな弁当を俺に差し出す。 そんな光景に思わず見とれてしまっていた。 月咲美代子 「・・・どうぞ、昂四郎君。」 『お、おう!美味そうだなぁ~・・・・じゃあ遠慮なく、いただきます。』 月咲美代子 「どうですか・・・?お口に合いますか?」 『美味い。すげぇ美味いよこれ!』 月咲美代子 「良かった・・・!」 俺の返答に月咲は、とても喜び笑みを零す。 月咲の弁当の料理は本当に美味かった。なんと表現したらいいんだろう、お腹がとても空いた時に食べるご飯の感覚。飯の美味さと空腹が満たされる感覚で俺は無我夢中で弁当を食べていた。 お互いの弁当を食べながら、勉強の話や部活の話、昨日の料理でうっかりして、卵を焦がしてしまった話などどこにでもある会話をしながら弁当を食べ終わる。 『ふう・・・美味かった。ご馳走様!』 月咲美代子 「綺麗に食べてくれたんですね、嬉しいです。」 『いや~やっぱ美味いよ月咲のご飯は。こんな料理なら昼と言わずずっと食べたいぜ~・・なんちゃってな、アハハハ』 月咲美代子 「・・・私頑張って作ります。」 『・・・ん?』 月咲が微笑みを浮かべながら小声で何かを呟いていたけれど、聞こえなかった。 その時は冗談で言ったつもりだった。まさか本気にしてないよな、まさかな、そんな筈はないだろう。 けれど、昼飯の満足感で俺の考えは消えていった。 209 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 13:04:57 ID:0Dg+H06n ――――その時だった、校舎が騒がしい。 昼休みは確かに騒がしいものだけれど、いつもと違った騒がしさ・・なんというか耳につく様な騒がしさだった。 女子生徒の悲鳴や先生の大声が校舎に響く。おかしい、何か普通じゃない。俺は直ぐに立ち上がると月咲と共に外に視線を向ける。 同じ屋上にいた生徒達も、フェンスに近づきながら何が起きたのか確認しようとするが、よくわからない。 それと同時に救急車のサイレンが近づいてくる、遠くから段々と学園に、目的地は間違いなく学園だった。 校舎から入り口へ向け数人の男子生徒が、走り慌てて門の入り口を開く姿を確認する。 救急隊員が、担架を引きながら迅速に行動している、向かっている場所は西校舎。 さっきまで俺達のクラスが音楽の授業で使っていた音楽室がある校舎だった。 一体何が起きたのだろう、桜花学園は不良などが喧嘩をして大怪我をする様な雰囲気の学校ではない。 そんな事は先ず有り得ない。 ―――すると、携帯電話のバイブの振動音が響く、携帯のディスプレイを見るとエイジからの着信だった。 俺は直ぐ様携帯に答え、携帯から伝わるエイジの第一声に衝撃を覚えた。 『もしもしエイジ?おい、救急車がいるけど何かあった―――』 エイジ 「もしもし!?昂四郎!おい、大変だ、大沢が・・・大沢が落ちた!」 俺の返答を待たずにエイジが慌てた口調で言い終える。 ―――大沢が落ちた。ちょっと待てくれ。どういう事だ、・・・落ちた?どこから?なんで落ちた?何で大沢が?ってか落ちたってどういう意味だ。 俺の頭の中で様々な憶測が過り混乱していた。 エイジ 「凄い怪我で、さっき1年が倒れてる大沢を見つけて、ちょ・・また後でかけなおす、おい!大沢!大沢!大丈夫か、・・・―――」 現場の緊張感が肌に伝わり電話は切れた。外を見ると担架に運ばれる大沢がいた、近くに大声で大沢の名前を叫ぶエイジやキヨちゃん、クラスの女子生徒達。 担架で運ばれる大沢は顔から出血をし床に滴り落ちていた。 酷い怪我の様子だと誰が見てもそう思う姿だった。 回りには野次馬で溢れていたり、悲鳴を上げたり泣いている生徒も居た。先生達は生徒を近づけ無い様に教室に戻る様に声を張る。 屋上にいた生徒達も事の重大さに呆然としていた。 月咲美代子 「昂四郎君・・・!怖い・・」 フェンスから光景を見て着信が終わった携帯を握りながら唖然とする俺に、月咲がギュッと強く抱きしめてくる。 月咲は震えながら一連の流れを見ないように顔を俺の胸板に埋めていた。 暫くすると澄んだ瞳から大粒の涙を出しながら俺に抱きつく、涙で俺の制服のシャツは濡れるがそんな事も忘れて俺は月咲を見下ろしていた。 『だ、大丈夫、月咲大丈夫だぞ。大丈夫・・・』 月咲美代子 「昂四郎君・・・このまま・・・抱きしめて下さい。このまま」 俺はこんな光景を女子が見たら泣くに決まっていると思いながら、月咲を泣かない様促す。そして月咲を抱きしめる。 ―――そうだ、こういう時に俺がしっかりしないと駄目なんだ、俺がしっかりしないと。 とにかくしっかりしよう、俺の中で気持ちは高まっていった。それがどういう未来に向かうのかそんな事も知らず、俺はひたすら月咲を、ただただ、抱きしめていた。                              第3話 完 つづく
204 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:43:37 ID:0Dg+H06n                     第3話  憐 炎 【高校時代2学年/昂四郎自宅/AM7;00】 制服のネクタイを絞めながら、携帯の充電を完了した携帯を手に取り電源を入れる。 メールセンターに問い合わせをすると、メールが更に20件も着ていた。 『月咲・・・まとめて送るか、俺が返事送ってからすればいいのに。・・あ~・・新しい携帯とか・・んなバカな・・・』 呟くとあまりのメールの多さに月咲のミスや携帯電話の故障などでは無いと確信した。 寝起きの気だるさと電車通学の面倒さ、月咲の行動に疑問が重なって、朝から憂鬱になる。 とにかく、学校に行こう。今日は月咲が俺に弁当を作ってくれるんだから、良い日になるに違いないだろう。 メールの事はまた聞けばいいだろうし。 今日の朝食は、月咲の弁当に備えて、ベーコンエッグとパン1枚、牛乳だけにした。 『んじゃ、行ってきまーす』 食べかけのパンを口の中で噛みながら、部活のバックを肩に下げて家を出る。 6月後半だってのにもうセミが現れて声が五月蝿いくらいに鳴り響く道を歩いていく。 今年は猛暑で随分暑くなってきた。後一ヶ月ぐらいで夏休みだ。 それでも、夏休み中の午前は部活だし、場合によって受験対策をしなくちゃならない。 俺の高校はまがりなりにも、進学校だしあまり部活に力は入れてないのかもしれない。 けれど、ラグビーは好きだし、きっと大学に行っても続けているんだろうな。 そんな事を考えながら駅に着く、口の中で噛んでいたパンは気付けば飲み込んでいて、乗客が半分以上埋まっている電車に乗る、冷房がガンガンに効いていて爽快だった。。 俺の駅からは、乗る人は少ないけれど、次の駅からは凄い人が乗り込む。 そういえば、月咲はこの駅で降りたよな。そんな事を考えていると駅に止まり、大勢の乗客で電車内は溢れ直ぐに考えは消え去った。とにかく人の多さに流されない様に耐える。 『さて、相変わらずの人の多さだ・・・』 桜花学園周辺には、6つの高校があって電車はいつも生徒達で混雑する。 それに通勤する社会人を含めるとかなりの人数だ。 エイジも昔、電車通学をしていたのだけれど、この人混みが嫌で自転車に切り替えた。 それくらいの人の多さから、俺が朝から憂鬱になる原因の1つだ。 それでも大勢の人に押されながら、人混みに耐えていると後ろから誰かが背中にギュっと抱きかれる感触を感じる。 誰だ・・普通押されるのは分かるけど抱きつかれるのは初めてだ。 あまりの事に驚きつつ、後ろを向き抱きついている人物に目を向ける。 205 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:48:25 ID:0Dg+H06n 『月咲・・・?』 金髪の明るい髪が目につき、顔を見上げ笑みを浮かべて「おはようございます」と小声で呟いた。 そう抱きついていたのは、月咲だった。 『あ・・ああ。ど、どうした・・・の?』 「電車人が多くて・・押されてしまって・・・気付いたら昂四郎君だったんです。」 『そ、そうなんだ・・』 「ごめんなさい・・人が多くて動けなくて・・・昂四郎君、こういうの嫌ですか?」 『いや、嫌とかじゃそういうのじゃないんだけど・・・』 俺は電車の中で偶然人に会うのはよくある事だったけれど、こうも背中と言えど抱きつかれる事に赤面しながらひたすら前を向く。 前を向かないと、心臓の鼓動の早さでどうにかなりそうだった。 それに電車の乗客も沢山いるし、これを桜花学園の生徒に見られたら説明のしようにも何と言えばいいのか分らない。 メールの事を聞きたかったけれど、そんな事はどこかに飛んでしまい、とにかく一刻も早く学校に着きたかった。 それに追い討ちをかける様に、月咲が俺の背中に耳を当てる。 おい、何だよ眠いのか、俺は枕じゃないんだぞ。 「昂四郎君、心臓がドキドキしてる・・・可愛いんですね」 『い、いや・・それは、その』 「昂四郎君?お弁当作ってきたんですよ。後で渡しますね?」 『・・・あ、ありがとう』 後ろから俺の背中に顔を休ませる月咲がそう告げると益々、心臓の鼓動が早くなるのが分った。 「昂四郎君、今日のお弁当は豪華なんですよ。楽しみにしていてくださいね。」 『お、おう。弁当の為に朝食軽く済ませてきたんだ』 「え・・・?」 『いや、残したらいけないと思ってさ~・・・昨日から楽しみだったよ。』 「・・・・嬉しい・・・・・・」 『ん?今なんか・・・言った?』 「いいえ・・・何も」 月咲が言った小声は電車の線路を走る音でかき消されて、聞こえなかった。 聞き返しても月咲は何も言わなかった。 すると電車が急にスピードが弱まり車内が揺れる。何かに掴まっていないと倒れそうだ。 それと同時に月咲の体が俺に密着する。 ……苦しいくらいに強く抱きつかれる。 揺れが収まっても離れるどころか、逆に体を俺に近づけてくる。月咲の大きな胸が俺の背中に当たる。 ―――俺は色々な意味で限界を感じていた。 206 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:50:29 ID:0Dg+H06n ―――次は~桜花駅前~桜花駅前~左側のお客様、開く扉にご注意下さい――― 天の助けの駅員のアナウンスが車内に響く。 扉が開くと、直ぐに外に出て開放感に目を伏せた。 俺にとって流石にこれは拷問に近い。 ふと、降り立つ乗客の中に俺に視線を向ける子に気付く。 ―――大沢明美・・・・?同じクラスの大沢だ。クラスの学級委員で剣道部。同じ運動部とあってか馬が合う。 何か不思議そうな表情で俺を見ている。 何だろう、俺は大沢を呼ぼうとするが大沢は、俺を見るなり何かに驚いた様にサッとその場から走って行った。 『何だありゃ。騒がしい奴だなぁ・・どうしたんだろう。』 「・・・・昂四郎君、行きましょう?」 『お、おう。行こうか』 後ろに居た月咲に促され共に学校へと向かう。 【桜花学園通学路】 桜花学園は、小高い山の頂上に建てられていて俺と歩く姿を見た桜花学園の生徒達は皆が皆驚いていた。中には立ち止まり凝視する者もいた。。 恐らく皆の気持ちは1つ―――なんで野獣のあいつと!?――― ……悪かったな、俺で。成り行きなんだよ成り行き。 そんな驚き騒ぐ生徒達をよそに俺と月咲は学園へ到着した。 「昂四郎君、じゃあ私はここですので、お弁当昼休みに届けに行きますね。」 『うお、それは月咲に悪いって。俺が弁当取りに行くから。月咲の教室まで』 「・・それじゃあ、昂四郎君に悪いです」 『ん~・・・それじゃあさ?屋上で待ち合わせしようか?』 「屋上?」 『うん、ついでに一緒に食べようぜ。昼飯』 「・あ・・・はい!」 やけに明るく月咲は、返事をした。 特に気にしなかったが、この時、大沢明美がこの光景を見ていたとは俺は知らなかった。 教室に着くと、早速クラスの男子達が俺に絡む。 「ようようよう~!見せ付けてくれるじゃないの~!!」 「おい、何で月咲と一緒に登校してくんだよ!何したんだ!どうしてなんだよ!俺あいつに話しかけても無視されたんだぜ!?」 「お前羨ましいってかムカつくな!!!」 『別に・・・なんもねーよ。おら、席に寄るな暑苦しいなぁ~!』 予想通りの反応に呆れながら席に着くと、エイジが話しかけてくる。エイジも月咲の事を聞くのかと、少し警戒しながらエイジに視線を向ける。 207 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:54:47 ID:0Dg+H06n エイジ 「オッス、昂四郎!いや~昨日のFUZの新曲最高だったよな~!ってかお前メール返せって~!」 『オッス。メール悪い・・・ってか・・・お前は驚かねーの?』 エイジのいつもと変わらない様子に『・・・月咲の事を聞かないのか?』と思いながら恐る恐る尋ねる。 エイジ 「あん?どうせ月咲の事だろ?昂四郎、お前うぬぼれてんじゃねぇええぞぉぉ~?おめ~天狗かぁ?鼻折るぞ鼻!いちいち騒いでたら疲れるだけだし、何で昂四郎の恋沙汰でいちいち、俺が一喜一憂しないといけねーんだぁ? そんな事より、FUZだFUZ!お前のそっち方面の話は、もうちょっと進展してから聞いてやるよ、ほら、とにかくFUZの新曲どうよ!あのベース音最高だっただろ~!?」 エイジらしい答えだった。 そうだよな、偶然電車で会って、偶然通学路を歩いてた。どこでも聞く話だ。変に騒いで恥をかくのも嫌だ。 遠まわしにエイジが注意してくれたかの様に聞こえた。気持ちを切り替えて俺はエイジとFUZの新曲の話で盛り上がる。 そんなエイジと話をしている時、俺を呼びかける声がした。 ―――大沢明美だ、何だ駅だとそのまま走って行ったのにどうしたんだろう、どこか怪訝そうな顔つきで俺に話しかける。 大沢明美 「昂四郎、悪いけどちょっといい?」 『おお、大沢・・・何だよ?生物のノートならさっき提出したぜ?』 大沢明美 「いや、そうじゃなくてさ・・・・あんた月咲とどういう関係なの?」 『どういうって・・・いや別に。ちょっと知り合いでな。それより、朝、駅で同じだったよな。どうしたんだよ無視して行くなんて大沢らしくもないな。』   大沢明美 「いや、それは・・・その。昂四郎があの子と居たから気になってて・・・・・あ、あのね、昂四郎。実は私、あの時電車で見―――」 ―――大沢の言葉を遮るかの様に、始業開始の鐘が鳴り響く。 教室との雑音と入り混じった中で大沢は言葉を途中で止めてしまった。 『電車で・・・な、なんだよ?』 大沢明美 「あ・・・ま、まぁいいわ!昂四郎ごめん、また話すよ。別に対した事じゃないし、本当ごめんね!」 大沢は、両手を俺に合わせ誤魔化す様に笑いながら自分の席へと戻って行った。 何かを俺に伝えようとしたのか、何かを知っている様な感じだった。席に座り髪を自分の髪を撫でる様子の大沢は、何かに怯えている様な顔つきだった。 エイジ 「大沢どうしたんだ~?」 『わかんねぇ・・・エイジ、大沢に何かやったか俺?』 エイジ 「昂四郎・・・!貴方、只でさえ夏なのに本当に暑苦しいのよっ!私がいる車両に近づかないで!というか電車にもう乗らないで頂戴っ! とかじゃねーの?」 『・・・うっせ!!』 大沢の声のトーンを真似て茶化す隣の席のエイジと冗談を混じりながら笑ってふざけ合い、大沢の真剣さはどこかへ飛んで行ってしまった。 本人が対した事じゃないって言ってるんだから対した事じゃないんだろう。 気にする事ではないし、また聞けばいい。 そうこうしている内に授業が始まる。 ―――俺は後に、大沢の言葉をキチンと聞けば良かったと後悔する。 208 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 12:58:30 ID:0Dg+H06n 【桜花学園屋上】 ――――昼を知らせる鐘が鳴り響いて、大体18分弱。 屋上で待ち続けているけれど、月咲はまだ来ていない。 どうしたんだろう、ちょっと俺が早く来すぎだのか。 月咲は特別進学クラスだから、授業が長引く事もあるだろうし、別に弁当が逃げるわけでもない。 それに10時ぐらいか、月咲から少し遅れるとメールが着た。 俺はその時、メールの事を聞くのが段々億劫になってきていた電車で聞ければ良かったけれど、タイミングを逃してしまった。 確かに20件以上のメールを送るのは、アレだけれど、悪気はないよな。内容も普通だし気にしすぎなのかもしれない。 そうこう考えていると俺に向けて声がする。 月咲美代子 「・・・・昂四郎君、お待たせしました。遅れてしまってごめんなさい。授業が長引いてしまって」 『おお、月咲~・・・どうも。別に気にするなよ、特別進学クラスなんだからさ夏前だしそんな事ザラだろ?』 月咲美代子 「ありがとうございます。・・これお弁当です。」 『うお~ありがとうな月咲。じゃあ~・・・・あそこに座ろうぜ?』 月咲は俺の言葉を聞くと嬉しそうに微笑みながら、手さげ袋から弁当を取り出し近くにあったベンチまで移動し腰を降ろす。 隣に座り弁当を開ける準備をする月咲は、本当に品があって動作の1つ1つが綺麗だ。 弁当の袋もキチンと折り畳んで膝の上に乗せる。 弁当の蓋をゆっくり開けると色鮮やかな弁当を俺に差し出す。 そんな光景に思わず見とれてしまっていた。 月咲美代子 「・・・どうぞ、昂四郎君。」 『お、おう!美味そうだなぁ~・・・・じゃあ遠慮なく、いただきます。』 月咲美代子 「どうですか・・・?お口に合いますか?」 『美味い。すげぇ美味いよこれ!』 月咲美代子 「良かった・・・!」 俺の返答に月咲は、とても喜び笑みを零す。 月咲の弁当の料理は本当に美味かった。なんと表現したらいいんだろう、お腹がとても空いた時に食べるご飯の感覚。飯の美味さと空腹が満たされる感覚で俺は無我夢中で弁当を食べていた。 お互いの弁当を食べながら、勉強の話や部活の話、昨日の料理でうっかりして、卵を焦がしてしまった話などどこにでもある会話をしながら弁当を食べ終わる。 『ふう・・・美味かった。ご馳走様!』 月咲美代子 「綺麗に食べてくれたんですね、嬉しいです。」 『いや~やっぱ美味いよ月咲のご飯は。こんな料理なら昼と言わずずっと食べたいぜ~・・なんちゃってな、アハハハ』 月咲美代子 「・・・私頑張って作ります。」 『・・・ん?』 月咲が微笑みを浮かべながら小声で何かを呟いていたけれど、聞こえなかった。 その時は冗談で言ったつもりだった。まさか本気にしてないよな、まさかな、そんな筈はないだろう。 けれど、昼飯の満足感で俺の考えは消えていった。 209 名前:野獣とアングレカム ◆OxLd.ko4ak [sage] 投稿日:2008/07/25(金) 13:04:57 ID:0Dg+H06n ――――その時だった、校舎が騒がしい。 昼休みは確かに騒がしいものだけれど、いつもと違った騒がしさ・・なんというか耳につく様な騒がしさだった。 女子生徒の悲鳴や先生の大声が校舎に響く。おかしい、何か普通じゃない。俺は直ぐに立ち上がると月咲と共に外に視線を向ける。 同じ屋上にいた生徒達も、フェンスに近づきながら何が起きたのか確認しようとするが、よくわからない。 それと同時に救急車のサイレンが近づいてくる、遠くから段々と学園に、目的地は間違いなく学園だった。 校舎から入り口へ向け数人の男子生徒が、走り慌てて門の入り口を開く姿を確認する。 救急隊員が、担架を引きながら迅速に行動している、向かっている場所は西校舎。 さっきまで俺達のクラスが音楽の授業で使っていた音楽室がある校舎だった。 一体何が起きたのだろう、桜花学園は不良などが喧嘩をして大怪我をする様な雰囲気の学校ではない。 そんな事は先ず有り得ない。 ―――すると、携帯電話のバイブの振動音が響く、携帯のディスプレイを見るとエイジからの着信だった。 俺は直ぐ様携帯に答え、携帯から伝わるエイジの第一声に衝撃を覚えた。 『もしもしエイジ?おい、救急車がいるけど何かあった―――』 エイジ 「もしもし!?昂四郎!おい、大変だ、大沢が・・・大沢が落ちた!」 俺の返答を待たずにエイジが慌てた口調で言い終える。 ―――大沢が落ちた。ちょっと待てくれ。どういう事だ、・・・落ちた?どこから?なんで落ちた?何で大沢が?ってか落ちたってどういう意味だ。 俺の頭の中で様々な憶測が過り混乱していた。 エイジ 「凄い怪我で、さっき1年が倒れてる大沢を見つけて、ちょ・・また後でかけなおす、おい!大沢!大沢!大丈夫か、・・・―――」 現場の緊張感が肌に伝わり電話は切れた。外を見ると担架に運ばれる大沢がいた、近くに大声で大沢の名前を叫ぶエイジやキヨちゃん、クラスの女子生徒達。 担架で運ばれる大沢は顔から出血をし床に滴り落ちていた。 酷い怪我の様子だと誰が見てもそう思う姿だった。 回りには野次馬で溢れていたり、悲鳴を上げたり泣いている生徒も居た。先生達は生徒を近づけ無い様に教室に戻る様に声を張る。 屋上にいた生徒達も事の重大さに呆然としていた。 月咲美代子 「昂四郎君・・・!怖い・・」 フェンスから光景を見て着信が終わった携帯を握りながら唖然とする俺に、月咲がギュッと強く抱きしめてくる。 月咲は震えながら一連の流れを見ないように顔を俺の胸板に埋めていた。 暫くすると澄んだ瞳から大粒の涙を出しながら俺に抱きつく、涙で俺の制服のシャツは濡れるがそんな事も忘れて俺は月咲を見下ろしていた。 『だ、大丈夫、月咲大丈夫だぞ。大丈夫・・・』 月咲美代子 「昂四郎君・・・このまま・・・抱きしめて下さい。このまま」 俺はこんな光景を女子が見たら泣くに決まっていると思いながら、月咲を泣かない様促す。そして月咲を抱きしめる。 ―――そうだ、こういう時に俺がしっかりしないと駄目なんだ、俺がしっかりしないと。 とにかくしっかりしよう、俺の中で気持ちは高まっていった。それがどういう未来に向かうのかそんな事も知らず、俺はひたすら月咲を、ただただ、抱きしめていた。                              第3話 完 つづく

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