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いない君といる誰か 第十六話ルートA」(2011/05/20 (金) 16:05:00) の最新版変更点

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399 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:52:56 ID:yvPtJ3hG  天井が堕ちてくる。  そんな妄想を二日目にして抱いてしまう。光のない、真っ暗な地下室の中では天井すらも見 えない。いったいどの高さに天井があるのか、神無士乃が訪れない限り分からない。だからだ ろうか、ゆっくりと、時計の短針よりも遅い速度で、天井が下へと堕ちてくるような気がする。 みしりみしりと音を立てて、押し潰すために、天井が堕ちてくる。  圧迫感が付きまとう。閉塞感から逃れられない。  想像の中では天井はすぐ真上まで堕ちてきていて、あと一センチもあれば逃避にぶつかると ころで止まっていた。髪の毛がちりちりとする。妄想でしかないと分かっているのに、首を丸 めて、少しでも下に逃げようとする自分がいた。  体が痛い。  ほとんど動かすことができないせいで、手も、足も、背も、ぎしぎしと痛んでいた。大きく 伸びをしたい。せめて手錠で繋がっていなければ、ストレッチくらいはできるものの――座っ たこの姿勢のまま、満足に動けない。  体が軋む。  心も軋む。  ぎしぎしと、音を立てて、錆びていく。  妄想は止まらない。堕ちてくる天井だけに終わらない。密封された地下室で、徐々に酸素が 薄くなっていくような気がする。換気扇があるわけでもなく、扉は存在しない。風の音すら聞 こえない今――本当に空気が循環しているのが自信がない。  もし循環していなければ。  酸素を奪われ、二酸化炭素に押し潰される。息苦しい。呼吸がうまくできない。それが体を 動かしていないせいなのか、本当に酸素が薄くなっているせいなのか、よく分からない。  ――ああ。  理解してしまう。  狂った人間のせいでもなく、狂った自分のせいでもなく。  何もないという、ただそれだけで、さびついて行く。粘質を帯びた空気に纏わりつかれ、満 足に生きることもできなくなる。  狂った人間なんていないのに。  敵なんて此処にはいないのに――狂ってしまいそうになる。  何もない。  ここには何もない。  時折訪れる神無士乃以外には――何も、ないのだ。 400 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:54:07 ID:yvPtJ3hG 「おはようございます先輩」  ぜぇ、ぜぇと呼吸をする僕に、いきなり声がかかった。顔を上げてみれば、何も見えない。 そのときになってようやく、僕は自分が瞼を閉じていたことに気付いた。  瞼を開けるのすら、億劫だった。 「……で、ほんとに朝なのか今?」  憎まれ口を叩くも、声に力がないのが自覚できる。喉が痛い。声を出すのが辛かった。  開いた瞼の先、今までとは違う灯火があった。神無士乃が降りてきた後、上へと通じる扉は 閉めたらしい。白色の光も、蛍光灯の光もない。  ランタンを手に、暗闇の中、神無士乃は立っていた。  赤い柔らかな光が神無士乃を照らしている。  いつもと、違う。  それだけで、心の中に、ささくれだった不安が沸いた。  今の僕の生殺与奪は――神無士乃に握られているのだから。 「倫敦では朝ですよ」 「誰が海の向こうの話をしろと云った……」  突っ込みに力が入らない。  倫敦との時差は――ああ、思い出せない。頭がよく動かない。昼なのか夜なのか朝なのか、 まったく理解できない。 「朝じゃないから、朝ごはんはなしです。お腹すいたらなら、おやつに砂糖水がありますけど」 「どんな貧乏人の子供だ」 「とんだ貧乏人の子供ですね」  うふ、と神無士乃は笑う。  ……ジョークなのか今のは?  まったく意味の通じないアメリカンジョークとどっこいどっこいのくだらなさだった。 「まあ……すいてないさ」  言うほどにすいてなくんはなかった。神無士乃は地下室に都合六回食事を持ってきた。量は 毎回少なめで、お世辞にも腹八分目にすらたどりつかない量だった。  つまり。  一日三食、で考えると二日経っていることになるが――神無士乃は意図的に、一回あたりの 量を減らし、回数を増やしていることになる。  何のために?  決まってる。時間感覚をずらすためだ。何日間ここにいるのか、把握できなくさせるためだ 。食事の時間をずらし、不定期にすることによって、監禁されている時間を長く感じさせる。 神無士乃がこなければ何もやることがないのだ、その間の時間はよけいに長く感じるから―― 通常よりも早く陥落させることができる。  監禁時の初歩的手段だ。  そのくらいのことは知っている。  知っていても――抗えることではない。  神無士乃の策戦は、これ以上ないくらいに効果的だった。事実、僕はもう、正確な日付も、 あれからどれくらい時間が経ったのかも知りえない。  神無士乃が訪れるのを心待ちにしている――そんな自分が、心の片隅にいるのも、確かだっ た。 401 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:55:17 ID:yvPtJ3hG 「先輩、お腹の具合はどうですか?」 「だからたいしてすいてないよ」 「いえ、トイレの方です」 「…………」  沈黙する。  沈黙せざるを得ない。  沈黙し続けていたかった。  思い出したくないことを思い出してしまい軽く鬱になる。そんな状況ではないとわかっては いても、これで鬱にならなかったら男じゃない。  おかしいとは思ったんだ。  たしかに地下にトイレはあるけれど――繋がれている状況で出来るはずもないってことに。 深く考えなかったのは、出てくる結論が恐ろしかったからだ。  そんな僕を見下ろして、神無士乃はにやりと笑った。  邪悪そのものの笑みだった。 「先輩、ほしいなら今すぐ尿瓶をですね」 「僕にはもう尿瓶が死瓶としか思えないんだがな……頼む神無士乃、せめてトイレくらい自分 でいかせてくれ」  本気でそう云うが、神無士乃は笑ったまま「駄目ですよー。そしたら先輩逃げますもん」と 首を振った。  泣きたくなる。  病気でも怪我でもないのに、半ば強制的に大も小も世話をされてしまった。その際のことは ――できれば思い出したくない。永遠に忘れていたかった。ある意味、監禁された事実よりも 酷いかもしれない。  男としてというか、人間としてかなり致命傷だった。 「初めての味はどうでしたか?」 「そういうことを言うな! そういう風に言うな!」  喉も痛いのについ怒鳴り返してしまう。神無士乃は僕を見下してくすくすと笑うばかりだっ た。  本気で泣きそうだった。  いっそ死んでしまいたい。  死ぬわけには――いかないけれど。 402 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:55:52 ID:yvPtJ3hG 「いえ。先輩が逃げないなら、トイレにいってもいいんです。でも、今はまだ駄目です」 「いつになったらいいんだよ……」  疲れ、呟く僕に対し。  神無士乃は――しゃがみ込み、間近から僕の瞳を覗き込んで言った。  真剣極まりない、顔だった。 「先輩が――私だけを見てくれるようになったらです」 「…………」  神無士乃の顔は、笑っている。  けれど。  目は、笑っていない。  実直に見つめてくる目は、微塵もぶれていない。笑うこともなく、こちらの裏側まで、すべ てすかそうとするような目つきだった。  頭の中を探られる。  心の中を探られる。  神無士乃に、飲み込まれそうになる。 「そのために、わざわざこんなところに先輩にいてもらってるんですから」 「どういう……ことだよ」  疑問を投げる。  疑問を感じていたわけではない。神無士乃が何を言いたいのか、理解している。理解してい ても、それは憶測だ。理解しているつもりになっているだけかもしれない。  はっきりと、神無士乃自身の口から、聞きたかった。  神無士乃が――僕をここに監禁した理由を。  笑みを止めることなく、視線を逸らすことなく、神無士乃は言葉を続ける。 「私は、先輩のことが好きです」 「…………」 「ちゃんと告白するつもりでした。でも、告白できなくて、ずっとずっと黙っていました。先 輩の中には特別なヒトがいて、私のことなんて、見てもいなかったから」  明確な告白に沈黙する僕に、神無士乃は熱っぽい言葉を続けた。声に嘘はない。からかう色 もない。本気の、本音の、愛の言葉。  どこの誰かのように――実直な、愛の言葉だった。 「いつから、だよ」 「ずっとずっと前からですよ。でも、先輩気付かなかったでしょ? 私が先輩のこと好きだっ て。だって、先輩は――」  言葉を、区切って。  神無士乃はごくりと、唾を呑み込んだ。  何かを覚悟するかのように間を置いて――神無士乃は、隠すことなく、告げる。 「――お姉さんが、好きだったから」  真実を。 「……冗談だろ」  韜晦するために肩を竦めてみるも、神無士乃の表情は、微塵も変わらなかった。 「冗談みたいな話ですね。でも、誰にとっても、冗談にはならなかったんです。先輩はお姉さ んのことが好きで――お姉さん以外は、何一つ見ていませんでした」 「…………」 「長い付き合いなんです。それくらい、ちゃんと気付いてますよ」  あはは、と神無士乃は笑う。  作り物のような笑いだった。 403 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:57:20 ID:yvPtJ3hG 「二人で一つ、みたいでした。先輩はお姉さんの一部で、お姉さんは先輩の一部でした。離し てしまえば、欠けてしまって元には戻らない――外から見た先輩とお姉さんって、そんな感じ でした。だから、私、先輩がお姉さんのこと好きなら、それはそれでいいって思ってたんです」 「……どうして?」  どうして。  なにが、どうしてなのか。深く考えることなく、僕は疑問符を投げていた。言ってから、そ の言葉の意味を考える。  神無士乃は、僕のことを好きだといった。恐らくは遠い昔、まだ二人が小学校に通っていた 頃からだろう。  なのに、告白はしなかった。  姉さんのことを好きだという僕を、好きでいた。二人の仲を引き裂こうとも考えなかった。  それは――どうなんだろう。  嫉妬を、感じなかったというのか。  修羅場に、至らなかったというのか。  こんな監禁までするほどの愛情なら、強引にアタックしてもおかしくはない。それは異常で もなんでもなく、恋愛沙汰においてはありふれた事柄だ。神無士乃の行動性なら、やってもお かしくはない。  なぜ。  なぜそうしなかったのか。  その理由を、神無士乃は微笑みと共に、僕に告げる。 「同一視しているなら、それは――恋愛じゃ、ないですからね」  瞬間―― 「――ッ!!」  鎖で繋がれていることも、身体中が痛いのも、この場で主導権を握るのが神無士乃であるこ とも、全て忘れて――僕は神無士乃へと殴りかかっていた。殴りかかっただけで、殴れたはず もない。無理矢理に腕を振おうとしたせいで、肩が外れてしまいそうになる。  それでも。  肩が外れても、骨が折れてでも、神無士乃を殴りつけなければ、気がすまなかった。  がちゃりがちゃりと鎖が鳴る。力ずくでも外そうと手手足を動かすも、緩む気配はなく、鎖 が肌に食い込むばかりだった。皮膚を鎖が抉る感触がする。  それでも、止まらない。  止まれない。 「神無士乃、お前――!」  激昂する僕に対し、神無士乃は微塵も揺らがなかった。むしろ、感情を露わにする僕を、嬉 しそうに見ている。  その目が、余計に気に喰わない。  僕の全てを理解していますよと、そういわんばかりの瞳が、気に喰わなかった。 404 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/19(月) 23:59:10 ID:yvPtJ3hG 「やっぱり先輩は激情のヒトですね」  そう言って、神無士乃は立ち上がる。手に持ったランタンを、離れた棚の上に置く。遠く小 さな明かりだけが、室内を頼りなく照らし出していた。 「……お褒めの言葉と思っていいのかそれ」  冷静さを取り戻し――あるいは、取り戻した振りをして――僕が言うと、神無士乃は「褒め てません。貶してもませんけど。先輩の知ってる、ただの事実です」と笑った。  見透かしたような態度が、気に喰わない。  さび付いていた心が動き出す。神無士乃に対する対抗心にしがみつく。  闘志を失ってはいけない。  目的を失ってはいけない。  屈服しては、いけない。  ――でも。  心の中で、誰かが囁く。  ――何のために?  心の中の誰かは、そう囁くのだ。折れてしまえば楽になれる、と。姉がいなくなった今―― 強情を張る理由など、何一つもないのだと。  その声を唆すように、神無士乃は、言葉を続けた。 「先輩とお姉さんは一つで、でも、欠けてしまいました。ゆっくりと、変わっていったんです 。私がそこに入るだけの隙間が、ゆっくりと、ゆっくりと出来てました。このままいけば、半 年もたたずに私は先輩に告白して――先輩は間違いなく、頷いたはずです」  神無士乃の言葉を、頭の中で想像してみる。  姉さんを失い、惑っていた僕。  復讐に燃えていた僕。  けれど――復讐が終われば?  そこには姉さんはいない。生きる目的もない。  抜け殻のようだ。  あいた殻に、するりと滑り込むことは――ずっと側にいた神無士乃ならば、容易いだろう。 「――でも」  そうは、ならなかった。  その理由は、ただの一つだ。 「私より先に――突然現れて、先輩を奪っていったヒトが、いたんですね」  神無士乃が行動を起こすよりも早く。  横合いから突如現れて、全てを奪っていた女がいる。  復讐と、恋愛と。  その両方を兼ねた、姉さんとはまったく違う、姉さんと同じ位置に立つクラスメイト。  物騒な鋏を持った、愉快な奴。  どこか、忘れられない――心の片隅に、深く、その名前は刻み込まれてしまった。    如月更紗――マッド・ハンター。    狂気倶楽部の、古株。 405 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/20(火) 00:02:29 ID:fdjXPTJy 「如月更紗。恐ろしいヒトですね。私がずっと待ってたのに、横から奪っていっちゃいました」 「……なんで」  その言葉に。  ふと、疑問が沸いた。 「なんで、お前がその名前を知ってるんだ?」  神無士乃に、如月更紗のことを話した覚えはない。いや、それ以前に――神無士乃と如月更 紗は面識すらないはずだ。あの日の朝のニアミスも、結局何事もなく終わったわけだし――  そんな僕の疑問に、神無士乃は首を横に振った。 「先輩のことならなんでもお見通しですよ」 「そうなのか……」 「盗聴器って便利ですよね」 「それはただの犯罪だ!」  この女いつの間に――いや、機会はいつでもあったのか。神無士乃は幼馴染で、僕の家に来 たこともあるのだから。拒む理由もなかったし、部屋にあがらせたこともある。いつだって仕 掛けることはできただろう。  あの朝の豹変は、演技か。  全て知ってて――だからこそ、部屋まであがってきたのか。その上で『夕方に遊びにいこう』 と先に僕へ釘を刺したんだろう。如月更紗に先んじるために。如月更紗の方を、僕の心が向か ないように。  誤算があるとすれば、その約束を完全に無視して、昼から家に帰った僕の行動か。  神無士乃の約束を、大切だと思っていなかった。  神無士乃に、興味はなかったから。 「…………」  今更にして思う。  僕を好きだと言ってくれた神無士乃。  ずっと好きでいてくれた神無士乃。  その思いに――きっと、僕は少しも応えてこなかったのだろう。  興味がないと、はっきりと、思っていたのだから。  今でも、そう思ってしまう。  神無士乃に対して、興味はない。  けれど。  けれど、如月更紗に対しては―――― 「立ち居地を奪っただけじゃなくて、あのヒト、狂気倶楽部って立ち居地も利用して――先輩 の心まで、ずっとお姉さんにだけ向いていた先輩の心まで、奪いかけています。  先輩。あの女に対して、興味がないって、言えますか」 「…………」  僕は、答えない。  答えることができない。言うだけならただだ。嘘をついても何のデメリットもない。  嘘をつくということは、自分の中で認めるということだ。  僕は――まだ。  ことここにいたっても、如月更紗に対して、どう思うべきか、決めかねている。  姉さんの復讐のために如月更紗を利用しているのか。  如月更紗を利用している振りをして、彼女の側にいるのか。  僕を守るために、あの夜、立ちはだかった如月更紗。  あいつに対して――興味がないと、嘘でも本当でも、言えるはずがない。  それをどう取ったのか、神無士乃は「ね?」と小首を傾げた。ウサギの耳みたいな髪の毛が 横に揺れる。 406 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/20(火) 00:03:30 ID:fdjXPTJy 「だから、こうして先輩をここに連れてきたんです。これ以上、あの女に奪われないように。  先輩が――私だけを見てくれるなら。  あの人を、見なくなったら。  鎖も外して、ここから一緒に出ましょう。一緒に出て、一緒に暮らしましょう。そのときに は先輩は、私のこと、好きになっていますから」 「…………」  神無士乃は笑っている。  本気で――笑っている。  吐き出された言葉は、どこまでも、本心だった。 「……手段としては、有効だな」  かすれた声で呟く。自分のことでなければ、神無士乃に拍手を送りたいくらいだった。  如月更紗が電撃的に現れたように。  形勢不利と見た瞬間、神無士乃はこんな手段にでた。それはきっと、どこまでも正しかった のだろう。あのまま行けば――どちらにせよ、神無士乃との繋がりは断たれていたはずだ。  姉さんと如月更紗の間を揺れ動きながら、僕は引き返すことは、なかったはずだ。  それを、無理矢理に繋ぎ止めた。  鎖で繋いで。  地下に閉じ込めて。  どこにも、行かないように。 「お願いです先輩。私だけを、見てください」  言って、神無士乃が体を寄せてくる。  二日間、続けてきたように。  今日もまた。  神無士乃は、そっと、僕の肌に手で触れる。耳の裏から首筋にいたるまでの線を、小さな手 が、なぞっていく。  赤い灯火の中、神無士乃は、妖艶に微笑み。 「見てくれないなら――見てくれるまで、続けるだけです」  言葉と共に、神無士乃の体が触れた。自分の汗のにおいに混じって、神無士乃の匂いが鼻腔 を擽る。ウサギのように重力を無視した髪の毛が、顔の前で左右に揺れた。  いつものように、股間に手を伸ばすことはしなかった。代わりに神無士乃は、いつも以上に 体を密着させてきた。  大きな胸が、胸板に押し当てられる。鎖で手足を固定されているため、後ろに逃れることも できない。神無士乃の重みを全て受け止める。二つの膨らみが、強く、強く押し付けられる。  如月更紗のそれとは違う。  神無士乃の、甘い匂い。  発情したような――少女の匂いだ。  それはきっと、自分も変わらないのだと思う。  如月更紗の『行為』を――あきらかに、心待ちにしている自分がいた。 407 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/20(火) 00:04:06 ID:fdjXPTJy 「先輩、冬継先輩……」  名前を呼びながら、神無士乃がさらにもたれかかってくる。伸びたのは、手ではない。  舌だ。  二日間風呂に入れない体を、汗を拭いとるように、神無士乃の舌が首筋へと伸びてくる。  ――ぞくりと。  唾液交じりの、異色な感触が、首筋を走る。ぴちゃり、ぴちゃりと音を立てて、神無士乃の 舌が首を這う。  動物の愛情行為みたいだと、思った。 「先輩の、匂いがしますね」  愛撫が続く。首から上へと、頬を通って、耳を甘噛みされる。そのたびに体が撥ね、けれど つながれた体は動くことができない。  悶えることしか、赦されない。   舌が、動く。上へと昇った舌が、唾液を絡めながら下へと降りていく。唇の側を通り過ぎ、 再び首をなぞりながら、鎖骨の上に神無士乃が吸い付く。  唇をつけて。  ずぃ、と音を立てて、神無士乃が、鎖骨を吸った。 「…………ッ」  声を押し殺す。鎖骨に思い切りキスマークをつけられる感触。神無士乃の両腕が、腰の周り に置かれる。それでも触れてはこない。長い髪の毛が、唾液に濡れて敏感になった首の肌をく すぐっていく。  堪える。   堪えられそうに、なくなっても。  今すぐに神無士乃の体を押し倒したくなっても――堪える。  そうなれば、きっと、神無士乃の思う壺だ。  こんな状況で、一度抱いてしまえば、我慢なんてできるはずもない。  取り返しがつかなくなってしまう。  それが分かっているからこそ、神無士乃は笑う。 「先輩、我慢なんてしなくていいんですよ。したって、無駄です」  笑う吐息が肌をなで、それだけで反応してしまう。密着している神無士乃は、そのことが丸 分かりだっただろう。余計に笑みを深めて、神無士乃は舌を動かす作業へと戻った。  シャツの前ボタンを全て外し、胸板を指先でなぞりながら神無士乃の体が落ちていく。細い 指が、その爪先が、肌に触れるぎりぎりのところを滑っていく。神無士乃の体が下にいったせ いで、胸に押されるように挟まれた股間が大きくなっているのが自分でも分かる。  それが分かっているのだろう。ぐりぐりと、胸を股間に押し付けながら、神無士乃はヘソの 周りを舐める。胸の感触が、一番敏感な箇所に直接伝わってくる。 「先輩、冬継先輩――」  熱っぽい声。はぁ、はぁと漏れる吐息は、僕のものなのか神無士乃のものなのか。 408 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/20(火) 00:04:55 ID:yvPtJ3hG  ヘソから垂れた唾液が垂れていく。神無士乃の唾液と、散々焦らされた先走り液のせいで、 すでにズボンも下着も汚れている。服の上から股間を押し付けられた士乃の胸もまた、ランタ ンの光を反射してぬるぬると輝く液体に汚れていく。  直接は触れてこない。  手で触ってもこない。  あくまでも胸を押し付けるだけだ。狂いそうなほどにもどかしい感触。  神無士乃は、笑う。  笑ったまま、決して、『最後』まではやろうとしない。少し動き、少し離れ。それを繰り返す。  遊ぶように。  僕と遊ぶように。  僕で遊ぶように。  神無士乃は、笑っている。 「先輩、大好きですよ――」  胸が離れ、神無士乃が体を起こす。彼女の服も、先走り液と唾液で汚れていた。対する僕は――考えたくもない。見るも無惨な様相をしているはずだ。  今、自分がどんな顔をしているのかなんて、考えたくもなかった。  それでも、神無士乃は笑っている。  幸せになることを、疑っていない、笑みだった。 「――早く、先輩も私のこと、好きになってくださいね」  身を寄せて、神無士乃は僕の唇に、触れるだけのキスをした。

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