「倫敦に雨は降る」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

倫敦に雨は降る」(2008/08/14 (木) 13:25:44) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

80 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:49:30 ID:GBft8iOs  1851年現在、ユーリ・ハルフォードについて詳しく知る人物は、実のところただの三人しか いなかった。  即ち――  彼の父、モーフィン・ハルフォード。  彼の母、アリシア・ハルフォード。  そして家事使用人のキャロルの三人だ。  ハルフォード家は大きくもなく小さくもなかった。土地と、金と、権力と。必要なものは必 要なだけ持っていた。徐々に没落するものが目立ち始めた時期において、むしろ淡々と続くハ ルフォード家は安定していたといってもいいのかもしれない。モーフィンは偏屈な人間で、偏 屈がゆえに古きも新しきも嫌っていた。そんな彼だからこそ、時代の流れについていけたとい うのは皮肉としかいいようがないのだろう。  モーフィンはメイドたちから陰口を叩かれようが、執事たちから疎まれようが一切気にしな かった。それどころか、自身の妻が不義を働いていることを知りながら、放任している節さえ あった。彼が何を思っていたのかは、彼自身しか知りえないし――ひょっとしたら、彼すらも 自身のことをよく分かっていなかったのかもしれない。  が、それらは全て詮索に過ぎない。この物語の主人公は、彼のたった一人の子ども――ユー リなのだから。  ユーリ・ハルフォードについて知るのは、たったの、三人だけだ。  なぜならば――妻にも使用人にも何一つ命令しなかったモーフィンが、ただ一人だけ命令に よって縛ったのがユーリなのだから。自身の子供に対して、モーフィンは硬く命じた。  部屋から出るな、と。  彼が家族に対して望んだのは、それだけだった。  望んだのはそれだけで――それが故に、広い部屋から一歩たりとも出ることなくユーリは育 ったのだった。部屋を訪れるのは、父と、母と、専属メイドのキャロルのみ。育つにつれてま ず父が寄り付かなくなり、それから母が遠退いた。九つを迎えるころには、ユーリの元に訪れ るのはキャロルだけになった。  閉ざされたユーリの世界にいるのは――キャロルだけだった。 81 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:50:02 ID:GBft8iOs 「ユーリ様、失礼します」  いつもと寸分変わらぬ時間に、ノックと共に木製の配膳台を押したキャロルがやってくる。 窓の外は昼間だというのに薄暗い。やむことのない雨が、雨樋にぶつかっては垂れていった。 分厚い灰色雲に切れ目はなく、どんよりと暗い空はどこまでも続いていた。  晴れる気配のない、陰鬱な天気だった。 「…………」  天蓋つきのベッドに横たわったまま、ユーリはその空を見ていた。雨の降り落ちる灰色の 空。見ても面白いものは何もないだろうに、それ以外に見るものはないかのように、ただ空 だけを見ている。部屋へと入ってきたキャロルを見向きもしない。  視線の先にあるのは、雨の空。  九年間そうしてきたように――じっと、窓の外だけを見ている。  鳥の飛ばない、雨の空を。 「お食事をお持ちしました」  配膳台を部屋の中にいれ、キャロルはきちんと振り返って扉を閉めた。丁寧に丁寧に閉め られた扉が、それでもぎぃ、と幽かに音を立てた。雨で木が軋んでいるのかもしれない。部 屋よりも廊下の方が壁が薄いのか、雨の音が強く聞こえた。  扉が閉まりきると同時に、雨音が僅かに薄まった。  部屋の中にはユーリとキャロルしかいない。二人が何も喋らない以上、そこにはただ沈黙 があるのみだ。その沈黙を蝕むように、雨音が忍び寄ってくる。部屋の中に雨が降っている かのように錯覚してしまう。  それでも、ユーリは雨が好きだった。雨の音が好きだった。 『外』の音を、全て洗い流してくれるから。  世界にはこの部屋しかないように思えるから――ユーリは、雨音が好きだった。 「…………、」  音のないため息を吐く。何かに疲れているわけでも何かに呆れているわけでもない。ごく 自然に、癖のように吐息は漏れた。  しいて言うのならば――生きるのに疲れているのかもしれない。  音もなく絨毯の上を配膳台が進む。ユーリはようやく気だるそうな仕草で振り返った。ネ グリジェのような薄く布を重ねた黒服が、ベッドの上でかすかに衣擦れの音を立てる。生ま れてから一度もきったことのない黄金の髪が、白い毛布の上を滑る。  振り返った先にいるのは、配膳台を運ぶキャロルだ。まだ若い、ぎりぎり少女と呼んでも 差し支えない顔立ち。短く切った黒髪は両脇に撥ね、ヘッドレスでまとめてある。フリルの 少なく裾の長い、観賞よりは実用を主としたメイド服。絹の手袋を嵌めた手で、配膳台をベ ッドの脇まで運ぶ。 82 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:51:00 ID:GBft8iOs 「どうぞ」  無表情のままに、キャロルは台の上に食事の用意を済ませる。その様を、ユーリはあくま でもベッドに横になったまま、気垂い眼差しで見つめている。鎖骨がはっきりと見えるほど に痩せているのは、満足に食事を取らしてもらえないからではなく――満足に食事を取る気 がないからだ。  ゆっくりと朽ちていくことを選ぶように、ユーリは、積極的に生きようとはしない。 「……おなか、すいてない」  いつものように、ユーリは食事を拒否した。身体を起こすことさえしない。冷めた目で、 冷めた料理を見遣るだけだ。 「困ります」  いつものように、キャロルは率直に答えた。眉一つ動かすことはない。下腹の前で両手を 揃え、礼儀よく立ち尽くしている。  どこまでも――いつもと変わらないやり取りだ。 「…………」  ユーリは長い睫を伏せる。頭に浮かぶのは、『誰が困るのだろう』という問いだ。父が困 るのか。母が困るのか。それとも、キャロルが困るのだろうか。幾度となく疑問に思っても、 その問いが実際に口から出ることはなかった。  そう、とだけ端的に答えて、ユーリはようやく身を起こす。ベッドの上をもぞもぞと動き、 膝から下だけをベッドから下ろした。身を起こしているにも関わらず、毛布の上に髪が届く。 服の乱れを直そうともせずに、ユーリはキャロルを見上げた。 「食べさせて」 「――はい、ユーリ様」  彫像のように立ち尽くしていたキャロルは、ユーリの一言で動き出した。配膳台の二段目 から銀器を取り出す。ナイフ、フォーク、スプーン、それぞれが数種類ずつ。それらを全て 決められた手順通りに並べ、外側から使用していく。決して手を使おうとはしない。パンす らもナイフで切り、ユーリの口元へと運ぶ。 「ん」  食べる方であるユーリもまた、一切動こうとしなかった。口を開けて、閉じるだけ。身を 乗り出そうともしない。餌を待つ雛鳥のように口を開け――開いた口にキャロルが銀器をそ っと差し込み、口を閉じる。その際にも会話は一切ない。無言のまま食事はつつがなく進み、 時折かちゃ、と銀器と皿が触れ合う音だけが響く。  半分ほど食べた所で、 「もう、いい」  とユーリが言い捨てた。初めからそれを知っていたかのように、滞ることなくキャロルは 銀器を片付ける。もう食べないんですか、とも、もう少し食べないんですか、とも言わない。 無表情のままに、ユーリの言うことをきくだけだ。  拒否も、承諾もない。  それが――全てだと、キャロルの態度が物語る。 83 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:51:33 ID:GBft8iOs 「歯、みがいて」 「はい」  頷き、キャロルは配膳台の横をすり抜け、ユーリの前に膝立ちになる。ベッドに座るユーリ と、床に膝立ちになるキャロルの目の高さが同一になる。ユーリの両脚の間を割って入るよう に、キャロルは身体を寄せた。近寄る身体を、ユーリは手を伸ばして受け止める。キャロルの 脇の下に手を回し、細い腕で抱き寄せる。  倒れないようにベッドに手を置き、キャロルはユーリへと身を寄せて――そのまま唇を重ね た。粘液の触れ合う音が雨音に混じる。紅もひいていないのに、薄紅色に染まる唇が、キャロ ルのそれに覆われる。  ユーリは引かない。目を閉じることもすらしない。睫の触れそうなほどに間近にあるキャロ ルの目を、じっと、じっと見つめている。  目を逸らすように――視線から逃げるように――キャロルが瞼を閉じた。舌先で唇を押し分 け、ユーリの口内へと舌を侵入る。唾液を帯びた舌が、小さなユーリの口内を蛇のようにのた うつ。  舌先が求めるのはユーリの舌ではない。並びのいい、白く耀くユーリの歯だ。歯茎の奥から なぞるようにして舐め上げる。食事でついた汚れを、キャロルは丹念に拭っていく。愛撫です らない、ただの日常行為。  ユーリは冷めた目で、感慨なくその行為を見つめている。自身の口内を蹂躙されても眉一つ 動かさない。ずっと続けてきた行為を、ただあるがままに受け止めている。  退屈交じりに、ユーリは舌を動かした。歯を舐めるキャロルの舌を、自身の舌先で軽くつつ く。 「、んん……」  微かな、けれど確かな反応があった。抱きしめていたキャロルの身体がわずかに震える。無 表情であることに変わりはない。けれど、かすかに頬が紅潮しはじめていた。  これからの行為を、楽しみに待つかのように。 「――――」  その様を、瞼を閉じることなく見つめながら、ユーリはさらに舌を動かした。『歯を磨く』 という仕事をこなそうとするキャロルをからかうように、ユーリの舌先がつん、つん、とつつ いていく。舌を絡めては仕事にならないと思っているのか、キャロルはそれに抗うこともでき ず、なすがままに受け入れる。 「う……、ん、ぁ……」  唇の端から押し切れない声が漏れる。キャロルは舌を絡ませまいとしているのに、ユーリの 舌はなおも大胆に絡んでくる。それから逃れ歯をなぞろうとするものの、その逃げる動きのせ いで舌同士がこすれあい、雨のような水音をたてる。ぺちゃり、ぴちゃりと口から唾液が泡立 つ音が耳に響く。一筋の唾液が、糸を引いてベッドの上へと落ちた。 84 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:52:58 ID:GBft8iOs 「ユ、ユーリさま……」  口を離したとき、キャロルの瞳はこれ以上なく潤んでいた。毎日毎日、一日三回これが行わ れているのだ。パブロフの犬のように、条件反射を仕込まれてもおかしくはない。それでも無 表情たらんとするのは、彼女が、自身はメイドであると心がけているからなのだろう。  そのことに対して、ユーリはいつも何も思わなかった。  手を伸ばせばキャロルがそこにいる。呼べばいつでもくる。それで十分だった。  けれど――この日は、違った。  常ならばすぐに離す手を、ユーリは離さなかった。抱きしめたまま、キャロルの身体を離そ うとしなかった。 「……ユーリ様?」  そのことを怪訝に思ったのか――表情には出さないままに――キャロルが首を傾げる。それ でもユーリはキャロルを話さない。  手を伸ばせば届く。  呼べば来る。  それだけでは嫌だと、この日、初めてユーリは思ったのだ。手を伸ばさなくても触れ合って いたいし、呼ばなくてもずっといてほしいと、そう思ったのだ。  いや。  ずっと――思っていたのだ。この日、初めてそれを実行しただけで。 「ねぇ、キャロル?」  抱きしめたまま、間近で瞳をのぞき込みながら、ユーリは言う。教会の鈴のように高い声。 雨音に満ちた部屋の中に、その声は静かに響き通る。  いつもと違う声色に、キャロルの顔がこわばった。  数年間、ずっと『いつも』を続けてきた。それが今、ゆっくりと、音を立てて崩れようとし ていた。 「キャロルは――」  キャロルと自身の唾液に塗れて光る唇で、ユーリは言う。 「――ボクのものだよね」  言って。 「あ、――」  ユーリは、抱きしめていたキャロルの身体を引き寄せるようにして身体を後ろに倒した。捕 まれたままのキャロルの口から声が漏れ、そのままベッドになだれ込む。  気付けば。  薄布一枚を着る主人を――メイドが押し倒すような、図になっていた。  実質は逆だった。下に組み伏せられているユーリが、組み伏せているキャロルを支配してい る。下から覗き上げる瞳に見竦められて、キャロルは何もいえない。  ユーリはそっと、キャロルの片手を上から握る。そのままそっと、スカートの中へと誘導さ せる。スカートの下に、何もはいていないユーリの股間に、キャロルの手が添えられる。  そこにある、幼くしてそそり立ったものを、キャロルに握らせて。 「ボクだけのものに、なってくれる?」  微笑みと共に、そういった。 85 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:53:38 ID:GBft8iOs 「…………」  キャロルは答えない。沈黙するキャロルの手は、それでもユーリからは離れない。それを確 認して、キャロルの手を誘導したユーリの手が、ゆっくりと上へとあがっていく。キャロルの 手を伝うようにして上へ昇り――メイド服のスカートの中へと侵入りこむ。丈の長いドロワー ズは、布の上からでも分かるくらいにぐっしょりと濡れていた。  汗――ではない。  雨、でもないだろう。  濡れていることを確認して、ユーリは少女のように微笑んだ。ゴムを押し分けてドロワーズ の中へと手を入れ、濡れた秘所をユーリは指先でなぞる。組み伏せている側の身体が頼りなげ に震える。  満足げに笑って、ユーリは言う。 「嫌なら、やめる?」  笑みの混じる問いかけに、キャロルは誰からも虚勢と分かる無表情を意地したままに――首 を、横に振った。 「そう」  答えて。  ユーリは、中指を――思い切り、差し込んだ。 「――――――ぅあ!!」  無表情を割るようにして声が出た。嬌声よりも、悲鳴に近い声。九つの細く短い指とはいえ、 何の前触れもなく、勢いに任せて差し込まれたのだ。十分に濡れていたから痛みはないとはい え――衝撃だけはあますことなく伝わっていた。  身体を支えていた手から、力が抜ける。  がくがくと震えながら、キャロルの身体がユーリに折り重なる。それでもユーリは指をひき 引き抜かない。第二間接まで差しこみ、先でぐりぐりと肉を押し分けながら、ユーリは言う。 「ね、キャロル。ボクだけのものに、なってくれる? 答えてよ」 「こ、こたえ、答えます、から――」 「早く」  ぐい、と一際強く指が動かされる。ひぁ、とキャロルの口から吐息が漏れ、腰ががくがくと 震えた。まるで押し倒して腰を突き入れているように見えて、ユーリはくすりと笑ってしまう。  のしかかるキャロルの体温を感じる。 「答えて、ね?」  指を止めて、ユーリは問う。  キャロルは、露に濡れる瞳で、ユーリの瞳を覗き込んで。 「はい――ご主人様」  そう、頷いた。  この日、初めて――ユーリはキャロルを抱いた。  十歳の、誕生日だった。   86 :倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/02/28(水) 01:54:39 ID:GBft8iOs  夜になっても雨はやむことはなく、むしろ一層その強さを増していた。遠くで時折雷が落ち、部屋の中を轟音と共に白く染めた。  だから、気付かなかった。  ノックの音にも、扉が開く音にも――ユーリは気付かなかった。  気付いたのは、「ご主人様」とキャロルが声をかけてからだった。 「キャロル――」  微かに喜びに染まる声と共に、ユーリは振り返る。  そこに、キャロルはいた。  開いた扉の向こうに、キャロルは、いた。薄明かりの中、キャロルは、立っていた。  その姿を見て――ユーリは、言葉を失う。  言葉を失うユーリの元へと、キャロルは一歩、また一歩と近寄る。ベッドの脇まで辿りつき、ようやくその脚が止まった。  ユーリは、言葉もなくキャロルを見上げる。  キャロルは、言葉もなくユーリを見つめる。  見つめて、キャロルは言う。 「これで、貴方『だけ』の、キャロルです。貴方『だけ』が――私の主人です」  近くに雷が落ちる。轟音と共に、白光が部屋の中を満ちる。  雷に照らし出されたキャロルのメイド服は――返り血で真っ赤に染まっていて。  この日、初めて――キャロルは、その無表情を崩して、ユーリに微笑みかけていた。  幸せそうな、笑みだった。 (了)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: