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119 :黒の領域 ◆mxSuEoo52c [sage] :2007/03/01(木) 22:42:36 ID:UGBbX2QX  僕が拉致されてから数日の月日が経っていた。縄で縛られて監禁状態はすでに卒業している。 英津子さんが導いた僕をこの家から抜け出さずに依存できる方法は常人では到底理解できない方法であった。  そう、足を、骨を、折ってしまえば、逃げることは不可能だ。  まさかと思った提案は発言直後に実行された。鈍い痛みの後に僕は気を失ってしまい、起きたら縄を解かれて、 逆に足にはギプスがはめられていた。右足が骨折して、英津子さんの診断によるとなんとなく全治3ヵ月だよてへ。 だそうだ。 もう、この女は狂っているとしか言いようがない。  僕は肉体的な痛みよりも彼女に生活の全てを依存しなきゃいけないという精神的な苦痛に苦しんでいた。 骨折した後に嘘のような謝罪の言葉と治療が完了する頃には京介君の調教を完了しているよと有り難くもない予言していた。  吐き気がする。  英津子さんと同じ空気を吸っていることが、英津子さんが作ってくれた手料理も、 英津子さんの必死すぎる看病も。全てがうんざりしていた。 孤独を埋めるための手順。そして、僕の全てを奪っていた。  憎いという一言だけでは片付けられない。  僕は英津子さんに同情と憐れみを抱いていた。 120 :黒の領域 ◆mxSuEoo52c [sage] :2007/03/01(木) 22:45:26 ID:UGBbX2QX  フリーターである英津子さんは夜8時頃になると家に帰宅する。 真っすぐに僕の様子を見て、部屋で大人している所を見ると彼女は安堵の息を漏らす。 それはそうだろう。僕が骨折の痛みをやせ我慢して助けを呼ばれることになれば、 英津子さんは間違いなく逮捕されるであろう。英津子さんは震えた体で僕を抱き締めると頭を撫でてくれた。  僕は愛玩動物じゃないんだぞと言いたかったが、頭のおかしい英津子さんに何をされるのかわからない。恐すぎるっっ!! 「京介君は今日も家で大人しくしてくれていたから。お姉ちゃんとっても嬉しいんだよ。 夕食に京介君の大好きな物を作ってあげちゃうよ。何が好きなのかな?」 「もやし炒めでお願いします」 「も、も、もやし炒めねぇ……。もやしはお姉ちゃんは大嫌いだから。そうね。カレーライスにしましょう。うん。決定だよ」  骨折している足をさっさと治療するために栄養のある食材を摂って、ここから抜け出したかったのに。 と、台所に向かって食材を鼻歌混じりで機嫌のいい英津子さんの後ろ姿を凍り付くような殺意に似た視線を僕は送っていた。 「今日も明日も~10年後~るるる~~ずっと~~京介君と~~一緒だよ」  幸せの絶頂にいる英津子さんには全く気が付く様子もなくて僕は思わず嘆息した。  しばらくすると部屋にはカレーの匂いが充満して、朝から何も食べてないせいか食欲が沸いてくる。 カレーが出来上がると笑顔で英津子さんは二つのお皿を持ってやってきた。 テーブルは僕が寝ているために片付けられているが、英津子さんは僕の隣にやってきて、右腕にしっかりと彼女の腕が絡み合うように組む。 「京介君は怪我人なんですから。お姉ちゃんがちゃんと食べさせてあげるね」 「僕は一人でも食べられますよ」 「ダメです。私が食べさせてあげるんだから。京介君。はい。あ~ん」  スプーンにカレーを僕の口に持ってきた。英津子さんを怒らせると 今度は臓器まで摘出される恐れがあるので僕は大人しく従った。  口に入れると普通にカレーな味はするが、女の子から恋人らしいことをしてもらった経験のない 若造である僕は何らか感動を覚えてしまうのは無理はない。 「お姉ちゃんが作ったカレーは美味しい?」 「うんっ」 「じゃあ、いっぱいいっぱい私が食べさせてあげますよぉ。京介君もたくさん食べてね」  英津子さんは喜んで僕にカレーを食べさせた。自分の手で食べることは全くさせてくれない。 最初はこの状況に文句の一つを言うと、英津子さんは目に涙を蓄めて潤んだ瞳で訴えるように僕を見つめてくる。 その仕草に参らない男性はいないだろう。 特に僕のような子供が大人の女性の魅力と泣き落としに勝ることができずに、忠犬のように従うことしか道は残っていない。 「えへへっ……。お姉ちゃんはねぇ。京介君が来てくれたから。会社のお仕事が終わってから家に帰るのはいつも寂しくして嫌だったけど。 今は誰か待ってくれている人がいると思うと嬉しくてたまらないの」  英津子さんが無理矢理拉致してきたんだろうが!! と僕は笑顔を崩さずに心の中にツッコミを入れてしまう。 言ってしまえば、腕を骨折しそうで扱い難しい。 121 :黒の領域2 ◆mxSuEoo52c [sage] :2007/03/01(木) 22:47:28 ID:UGBbX2QX  僕と英津子さんは食べ終わると食器を片付けると就寝までの時間はぼんやりと二人で部屋を過ごすだけ。 ただ、普通の同居人でない英津子さんは僕の手をしっかりと握り締めていた。指と指を絡め合う恋人握りってものです。 英津子さんの手は震えていた。何かに怯えるように震えていたが、僕はあえて彼女の暗闇に触れようとはしなかった。 所詮は、僕と英津子さんの関係は英津子さんが拉致した事による作られた偽りの関係に過ぎない。 彼女の寂しさや孤独を埋める義務は僕にはないのだから。  これは僕が今までの生活を奪い取られた事に対する精一杯の抵抗であった。 「京介君? 寒くない。お姉ちゃんはとっても寒いから。今日も一緒に寝てあげるね」 「別に寒くはありませんし、年頃の男女が間違いを起こす可能性もありますし。丁重にお断わりします」  だが、僕の拒否の意志をはっきりと示しているのにも関わらず、英津子さんは問答無用に僕の布団に入り込んできた。 まあ、一人暮らしの英津子さんが寝る場所は僕が奪っているから仕方はない。 「じゃあ、もう電気を消すね」  繋がれた手を離さずに電気の明かりを消すと部屋は薄暗くなってきた。 再び入り込んだ英津子さんはさっきよりも僕の体にしがみつくように密着してくる。 女性特有の温もりを感じてしまうが僕はそれを感じる余裕はなかった。 「京介君の足は大丈夫? 痛くない」 「とっても……痛いです。当分、寝られそうにはありません」 「ごめんね。お姉ちゃん。こんなことしか京介君をここに閉じ込める方法を知らなかったから。ごめんなさい。だから、嫌いにならないでっっ!!」  再び震える手が僕を求めるように痛みを感じるぐらいに強く握り締められた。  一人という孤独と寂しさに耐えられる人間はいない。英津子さんは それらの苦しみを抜け出すために僕を奈落に誘い込んだ。 同じ匂い、同じ空気、同じ境遇。僕と英津子さんを結ぶ接点はただそれだけ。  この関係に愛情はなくて、互いの傷を舐め合うだけの関係なのだ。  だから、僕は英津子さんに愛情は求めない。できることは、ただ同情だけ。  答えが返ってこないことに不安になったのか、英津子さんは僕の顔を覗き込んでくる。 「き、き、京介君は、あ、あ、明日は何が食べたい?」  会話の話題を変えるのに必至になっていた。だから、僕も英津子さんを安心させるように食べたい物を言った。 「もやし炒めで」

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