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212 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:03:03 ID:kiMII5Zh 投下します 注意 フタナリものです 「えっ、これって…」 放課後…、否命は自分の下駄箱に入っていた白い封筒を持って固まっていた。その封筒は団栗の代わりにハートを持った可愛らしいリスのシールで封されている。 何が書かれているかは明白であった。 その封筒を手に否命は嬉しいやら、恥ずかしいやらで頬を真っ赤にしていた。しかし、その表情はマンザラでもなさそうである。 (こういうの書く人、本当にいたんだ…。こんな方法をとってくるなんて、書いた人はロ マンチストなのかな?うん、きっとロマンチスト!だって、このリス可愛いぃー!!あと で、このリスのシールを何処で買ったか聞いとかなきゃ…て、えっ…こんなシールを使うなんて…もしかしてこの手紙を書いた人って女の子…なのかな?) 否命は辺りを見回し、人がいないのを確認するとリスのシールを破かないように丁寧に封を切った。否命の人生で始めての経験に、否応なく心臓の鼓動が高まっていく。 「「突然の、手紙で驚かしてしまったと思います」」 書き出しの文句を読んで、否命は思わず乾いた笑い声を上げた。 (やっぱり、この字って女の子の字だよね。だけど、なんか、見覚えがあるような…) 「「しかしながら、私の意を伝えるには最良の方法と思いましたので、このような手紙を書いた次第です」」 (恥ずかしがり屋さん…なのかな?) 「「大変申し訳ないのですが、今日の放課後、宜しければ…」」 (呼び出し?何処だろう…?体育館裏は汚いし、屋上は閉鎖されているし…) 「「スーパーで、 ジャガイモ200グラム 人参5本、 レバー500グラム 買ってきていただけませんか?本来ならば、私が行くべきなのですが、今日は大会前につき部活が長引きそうなので、お嬢様が行って下さらないでしょうか? 浅原沙紀」」 否命は拍子が抜けて、やはり乾いた笑い声を上げた。同時に自分がからかわれた事に気づいて少し不機嫌になる。 213 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:05:06 ID:kiMII5Zh 「もう、沙紀さんも…。はぁー、ビックリした」 否命は部活に入っていないが、沙紀は部活に入っている。 高校に入った時、沙紀はこれまで部活に入っていなかったのだが、幼い頃から剣道をやっ ていた源之助に誘われて剣道部に入ったのである。その際に、勿論否命も誘われたが、否 命は自身の「ある事情」のため、源之助の誘いを断り「だったら、私も…」と断りそうになった沙紀を半ば強引に剣道部に入れたのであった。 否命の「ある事情」は、どうしても家に一人という状況でないと具合が悪いのだ。そのため、否命はどうしても一人になれる時間が欲しかったのである。 そういうわけで、否命は一人で沙紀よりも早く家に帰るのが日課になっている。 それにしても、このような手紙は心臓に悪い…と否命はもう一度、手紙を見直した。沙紀が確信犯であることは明らかであった。 っと、そこで否命は手紙の端っこに書かれてある文章に気付いた。 「「P・S 今夜はお嬢様の好きなカレーですよ♪」」 否命の頬は、既にニンマリとホッペが緩んでいた。沙紀にからかわれた不機嫌は何処へ行ったやら、否命は自然に足取りも軽く商店街へと向っていった。 214 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:06:50 ID:kiMII5Zh スーパーでの買い物を終え、否命は商店街の道を鼻歌交じりに歩いていた。16時30分 という時刻なので、商店街は人のざわめきで賑わっている。しかし、その中でも一際、大 きなざわめきがあった。そのざわめきは自分のほうへ向ってくるように、大きくなっていく。否命は、なんだろう?…と、立ち止まり、後ろを振り返りざわめきを見ようとした。 その瞬間であった。 「どいて!!」 「えっ?」 否命がその声に気付いた時、否命は自分の身体に強い衝撃を感じた。否命はその声の主に弾き飛ばされる形で道端に尻餅をつく。 「悪いわね」 その声の主は早口でそういうと、後ろを振り返ることなく脱兎の如く走っていった。 どうやら、その声の主がざわめきの中心のようだった。 それから少し遅れて、二人組みの男が声の主を追うように走ってきた。 「待ちやがれ!」 「この餓鬼が!」 立ち上がった否命は、またもやその二人組に弾き飛ばされてしまった。 「悪いな」 その二人組みも、後ろを振り返ることなく先ほどの人物を追っていく。 「誰か、その餓鬼を捕まえてくれ!そいつは「スリ」だ!」 男の一人が叫んだ。 途端、ざわめきが大きくなる。 みるまに逃走する人間の前に人垣が出来上がり、もはや逃げ切れる雰囲気では無くなった。 しばらく、逃走していた人間は人垣の前をオロオロと廻っていたが、直ぐに二人組みの男に追いつかれてしまう。 前を歩いていた否命も、しばらくするとその光景に出くわした。 「さぁ、金を返して貰おうか?」 二人組みの男が、満足そうに言った。 「なんのことかしら?」 そういって、逃走していた人間は顔を上げた。その顔を見て、思わず周囲を囲んでいた野次馬の口から、おお!っと一斉に嘆声がこぼれ出る 215 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:07:43 ID:kiMII5Zh それは女であるはずの否命も見とれてしまうほどの、美貌の少女であった。 年は丁度、否命と同じくらい・・・16、17に見える。肌は程よくうっすらと黄色がのって おり、その背中までかかる長い髪はまるで濡れた黒檀の如く艶かしく輝いていた。それが 杏子のようにふくよかな頬と、桃のように品良く切れている顎、そして桜を含んだような朱色の唇を、一層際立たせている。 驚くほど、端正な顔立ちであった。 しかし、その少女の瞳は鳳凰のように凛としていながら、何処か濁っているような、鉛の如く鈍く光っているような、そんな汚さがあった。ただし、それを差し引いてもこの少女はこの世のものとは思えぬ美しさをたたえていた。 「とぼけるなよ、お前が俺から掏った財布のことだ!」 男の怒気を孕んだ声を受け流すように、少女はやれやれ…というように肩を竦めて見せた。少女の口元は、こんな状況に陥ったというのに薄く笑いが浮かんでいた。 「貴方が何を言っているのか分からないわ」 「俺は見たんだよ!お前が、俺の連れから財布を掏るのを…」 「貴方、それを本当に見たの?」 「だから、お前を追ったんだよ」 「そう…、それは困ったわね」 「だったら早く出しな」 「いえ、貴方を眼科に連れて行くべきか、精神科に連れて行くべきか…、この場合は、見えないものが見えたのだから、精神科のほうが適当かしら。いえ、やはりこの場合はむしろ眼科のほ…」 「この餓鬼!」 そう言って、男が少女の胸倉を掴もうとする。その男の手を、 「触らないで頂戴」 と、少女はバシッと払った。 216 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:08:59 ID:kiMII5Zh 男の顔が赤くなる。二人組みの男はどうみても堅気の風体ではなかった。恐らく地元の地回りなのだろう。顔には経験によって刻まれた凄みがある。 その男の、怒りに顔を歪めた表情は凄みが浮き上がり、他を本能的に怯えさせる何かがあった。しかし、その表情を見ても、少女は薄ら笑いを止めようとしない。 「お前は、自分の立場が分かっていないようだな」 「貴方は、自分の夢と現実の境界が分かっていないようね」 「ほぅ…」 呟くよりも早く、男は少女を殴った。 周りで成り行きを見ていた野次馬が息を呑む。 「金を出すんだよ、糞餓鬼!」 「だから、知らないって言っているでしょう?」 少女の顔から笑みが消えていた。代わりに冷たい刃物のようなものが、その顔に張り付いている。男も殴っても尚、口を割ろうとしない少女に苛立ちを募らせていく。 男と少女の間に窒息しそうな沈黙が流れていた。 「何やっているんですか!?」 その沈黙は、駆けつけてきた警官によって破られた。野次馬の誰かが通報したらしかった。 「どうしたんですか?」 警官が問うた。 「どうもこうもねぇ、この餓鬼が…」 「そこの男が!!!!」 言いかけた男の声を遮るように、少女は大声を出した。その大声に周りが水を打ったように静かになる。それを確認すると、少女は警官に向き直って言った。 「突然、奇声を上げたと思った次の瞬間には私に襲い掛かってきたの。そして、私が逃げたら追いかけてきた挙句に、私をスリといって詰ったのよ」 「この野郎、シャアシャアとぬかしやがって!」 「違う?」 「お前が、実際に俺の財布を盗んだ事がな!」 「丁度いいわ。お巡りさん、私のポケットの中を調べてくれる?」 「なっ…!?」 その言葉に男は少女の魂胆が分からず怪訝な顔をしたが、そう言われれば引き下がるほかなかった。 少女と男の会話で、事情を察した警官は、 「では、失礼します」 と言って、少女の前にしゃがみこんだ。 「しっかり、調べて頂戴」 少女の顔には再び、不敵な笑みが浮かんでいた。 217 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:10:04 ID:kiMII5Zh 警官は、少女の脇の下に手を入れると、ポンポンと少女の身体を叩きながら手を下ろしていく。別に、何も異変は無かった。 次に警官は少女に、ポケットをひっくり返すよう要求した。少女がポケットをひっくり返すと、そこから黒い財布が出てきた。 「これが…?」 男は無言で頭を振った。 そして、少女のポケットからはそれ以外のものは出てこなかった。少女は自分のシャツも捲ってみせる。やはりそこには何も無い。 「糞ッ!」 血を吐くように男が叫ぶ。 「盗まれたのは…?」 「盗んでいないわ」 少女が苦笑交じりに言う。 「財布だよ」 男が悔しげに言った。 その男と少女の会話を聞いて、警官は焦れたように言った。 「どうですか、一旦、交番までいって双方の話を…」 「「「交番」!!?」」」 その警官の提案を聞いた二人組みの男と少女の声が重なる。三人の表情は呆れる程、豹変していた。少女の顔からは笑みが消えうせ、男の顔からは凄みが消える。三人の目にはいずれも怯えの色が浮かんでいた。 「疑いが晴れたんだから、もう私から話すことなんてないわ」 「俺達も、金が掏られたぐらいで交番にいくほど暇じゃねぇんだよ」 「ああ、そういうこった。悪かったな、糞餓鬼…、俺の目が悪くてよ」 「耳も遠いのでしょう?」 「あっ?」 「だって、私が「やっていない」って言ったのが聞こえなかったものね」 「そうだよ!悪かったな耳も遠くて…」 「顔も汚くて…」 「顔も汚くて…」 「口も臭くて…」 「口も臭く…、こいつッ!舐めてるのかッ!!」 そういって少女を殴ろうとする男を、別の男が目で「止せ!」と合図する。 憤る男達を尻目に少女は悠々と、その場を離れていった。 218 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:10:37 ID:kiMII5Zh その成り行きを見物しながら、否命はある種の奇妙な感覚に囚われていた。どうも、さっきの少女は男に絡まれながらも、しきりに自分のほうをチラチラ見ていたような気がするのだ。それにどうも、身体の一部に違和感がある…。 気のせいかな?…と否命は自分に言い聞かせ、帰路を急いだ。 (はぁ、それにしてもすっかり遅くなっちゃった。早く家に帰って「アレ」をしないと沙紀さんが帰ってきちゃう。うん、そうだ、今日は近道を通ろう) 否命は不意に商店街を出ると、大通りを曲がり裏路地を通っていった。普段否命は、裏路地は汚いので通らないのだが、やはり時間は惜しかった。 っと、不意に否命は裏路地の半ばで違和感の原因に気がついた。自分の制服のポケットが異様に膨らんでいるのである。ポケットに入っているものはよっぽど分厚いらしく、その長方形の輪郭が布地越しにくっきりと浮かび上がっていた。 否命は恐る恐る、ポケットの中身を取り出しみた。 否命のポケットから出てきたのは、万札で今にもはちきれんばかりの茶色い札入れであった。 突如、否命の脳裏に少女が自分にぶつかってきた時の映像が流れる。 「これって…」 「そう、「私の」財布よ」 否命の振り向いた先には、あの少女がニッコリと笑って立っていた。 投下終わります
212 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:03:03 ID:kiMII5Zh 「えっ、これって…」 放課後…、否命は自分の下駄箱に入っていた白い封筒を持って固まっていた。その封筒は団栗の代わりにハートを持った可愛らしいリスのシールで封されている。 何が書かれているかは明白であった。 その封筒を手に否命は嬉しいやら、恥ずかしいやらで頬を真っ赤にしていた。しかし、その表情はマンザラでもなさそうである。 (こういうの書く人、本当にいたんだ…。こんな方法をとってくるなんて、書いた人はロ マンチストなのかな?うん、きっとロマンチスト!だって、このリス可愛いぃー!!あと で、このリスのシールを何処で買ったか聞いとかなきゃ…て、えっ…こんなシールを使うなんて…もしかしてこの手紙を書いた人って女の子…なのかな?) 否命は辺りを見回し、人がいないのを確認するとリスのシールを破かないように丁寧に封を切った。否命の人生で始めての経験に、否応なく心臓の鼓動が高まっていく。 「「突然の、手紙で驚かしてしまったと思います」」 書き出しの文句を読んで、否命は思わず乾いた笑い声を上げた。 (やっぱり、この字って女の子の字だよね。だけど、なんか、見覚えがあるような…) 「「しかしながら、私の意を伝えるには最良の方法と思いましたので、このような手紙を書いた次第です」」 (恥ずかしがり屋さん…なのかな?) 「「大変申し訳ないのですが、今日の放課後、宜しければ…」」 (呼び出し?何処だろう…?体育館裏は汚いし、屋上は閉鎖されているし…) 「「スーパーで、 ジャガイモ200グラム 人参5本、 レバー500グラム 買ってきていただけませんか?本来ならば、私が行くべきなのですが、今日は大会前につき部活が長引きそうなので、お嬢様が行って下さらないでしょうか? 浅原沙紀」」 否命は拍子が抜けて、やはり乾いた笑い声を上げた。同時に自分がからかわれた事に気づいて少し不機嫌になる。 213 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:05:06 ID:kiMII5Zh 「もう、沙紀さんも…。はぁー、ビックリした」 否命は部活に入っていないが、沙紀は部活に入っている。 高校に入った時、沙紀はこれまで部活に入っていなかったのだが、幼い頃から剣道をやっ ていた源之助に誘われて剣道部に入ったのである。その際に、勿論否命も誘われたが、否 命は自身の「ある事情」のため、源之助の誘いを断り「だったら、私も…」と断りそうになった沙紀を半ば強引に剣道部に入れたのであった。 否命の「ある事情」は、どうしても家に一人という状況でないと具合が悪いのだ。そのため、否命はどうしても一人になれる時間が欲しかったのである。 そういうわけで、否命は一人で沙紀よりも早く家に帰るのが日課になっている。 それにしても、このような手紙は心臓に悪い…と否命はもう一度、手紙を見直した。沙紀が確信犯であることは明らかであった。 っと、そこで否命は手紙の端っこに書かれてある文章に気付いた。 「「P・S 今夜はお嬢様の好きなカレーですよ♪」」 否命の頬は、既にニンマリとホッペが緩んでいた。沙紀にからかわれた不機嫌は何処へ行ったやら、否命は自然に足取りも軽く商店街へと向っていった。 214 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:06:50 ID:kiMII5Zh スーパーでの買い物を終え、否命は商店街の道を鼻歌交じりに歩いていた。16時30分 という時刻なので、商店街は人のざわめきで賑わっている。しかし、その中でも一際、大 きなざわめきがあった。そのざわめきは自分のほうへ向ってくるように、大きくなっていく。否命は、なんだろう?…と、立ち止まり、後ろを振り返りざわめきを見ようとした。 その瞬間であった。 「どいて!!」 「えっ?」 否命がその声に気付いた時、否命は自分の身体に強い衝撃を感じた。否命はその声の主に弾き飛ばされる形で道端に尻餅をつく。 「悪いわね」 その声の主は早口でそういうと、後ろを振り返ることなく脱兎の如く走っていった。 どうやら、その声の主がざわめきの中心のようだった。 それから少し遅れて、二人組みの男が声の主を追うように走ってきた。 「待ちやがれ!」 「この餓鬼が!」 立ち上がった否命は、またもやその二人組に弾き飛ばされてしまった。 「悪いな」 その二人組みも、後ろを振り返ることなく先ほどの人物を追っていく。 「誰か、その餓鬼を捕まえてくれ!そいつは「スリ」だ!」 男の一人が叫んだ。 途端、ざわめきが大きくなる。 みるまに逃走する人間の前に人垣が出来上がり、もはや逃げ切れる雰囲気では無くなった。 しばらく、逃走していた人間は人垣の前をオロオロと廻っていたが、直ぐに二人組みの男に追いつかれてしまう。 前を歩いていた否命も、しばらくするとその光景に出くわした。 「さぁ、金を返して貰おうか?」 二人組みの男が、満足そうに言った。 「なんのことかしら?」 そういって、逃走していた人間は顔を上げた。その顔を見て、思わず周囲を囲んでいた野次馬の口から、おお!っと一斉に嘆声がこぼれ出る 215 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:07:43 ID:kiMII5Zh それは女であるはずの否命も見とれてしまうほどの、美貌の少女であった。 年は丁度、否命と同じくらい・・・16、17に見える。肌は程よくうっすらと黄色がのって おり、その背中までかかる長い髪はまるで濡れた黒檀の如く艶かしく輝いていた。それが 杏子のようにふくよかな頬と、桃のように品良く切れている顎、そして桜を含んだような朱色の唇を、一層際立たせている。 驚くほど、端正な顔立ちであった。 しかし、その少女の瞳は鳳凰のように凛としていながら、何処か濁っているような、鉛の如く鈍く光っているような、そんな汚さがあった。ただし、それを差し引いてもこの少女はこの世のものとは思えぬ美しさをたたえていた。 「とぼけるなよ、お前が俺から掏った財布のことだ!」 男の怒気を孕んだ声を受け流すように、少女はやれやれ…というように肩を竦めて見せた。少女の口元は、こんな状況に陥ったというのに薄く笑いが浮かんでいた。 「貴方が何を言っているのか分からないわ」 「俺は見たんだよ!お前が、俺の連れから財布を掏るのを…」 「貴方、それを本当に見たの?」 「だから、お前を追ったんだよ」 「そう…、それは困ったわね」 「だったら早く出しな」 「いえ、貴方を眼科に連れて行くべきか、精神科に連れて行くべきか…、この場合は、見えないものが見えたのだから、精神科のほうが適当かしら。いえ、やはりこの場合はむしろ眼科のほ…」 「この餓鬼!」 そう言って、男が少女の胸倉を掴もうとする。その男の手を、 「触らないで頂戴」 と、少女はバシッと払った。 216 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:08:59 ID:kiMII5Zh 男の顔が赤くなる。二人組みの男はどうみても堅気の風体ではなかった。恐らく地元の地回りなのだろう。顔には経験によって刻まれた凄みがある。 その男の、怒りに顔を歪めた表情は凄みが浮き上がり、他を本能的に怯えさせる何かがあった。しかし、その表情を見ても、少女は薄ら笑いを止めようとしない。 「お前は、自分の立場が分かっていないようだな」 「貴方は、自分の夢と現実の境界が分かっていないようね」 「ほぅ…」 呟くよりも早く、男は少女を殴った。 周りで成り行きを見ていた野次馬が息を呑む。 「金を出すんだよ、糞餓鬼!」 「だから、知らないって言っているでしょう?」 少女の顔から笑みが消えていた。代わりに冷たい刃物のようなものが、その顔に張り付いている。男も殴っても尚、口を割ろうとしない少女に苛立ちを募らせていく。 男と少女の間に窒息しそうな沈黙が流れていた。 「何やっているんですか!?」 その沈黙は、駆けつけてきた警官によって破られた。野次馬の誰かが通報したらしかった。 「どうしたんですか?」 警官が問うた。 「どうもこうもねぇ、この餓鬼が…」 「そこの男が!!!!」 言いかけた男の声を遮るように、少女は大声を出した。その大声に周りが水を打ったように静かになる。それを確認すると、少女は警官に向き直って言った。 「突然、奇声を上げたと思った次の瞬間には私に襲い掛かってきたの。そして、私が逃げたら追いかけてきた挙句に、私をスリといって詰ったのよ」 「この野郎、シャアシャアとぬかしやがって!」 「違う?」 「お前が、実際に俺の財布を盗んだ事がな!」 「丁度いいわ。お巡りさん、私のポケットの中を調べてくれる?」 「なっ…!?」 その言葉に男は少女の魂胆が分からず怪訝な顔をしたが、そう言われれば引き下がるほかなかった。 少女と男の会話で、事情を察した警官は、 「では、失礼します」 と言って、少女の前にしゃがみこんだ。 「しっかり、調べて頂戴」 少女の顔には再び、不敵な笑みが浮かんでいた。 217 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:10:04 ID:kiMII5Zh 警官は、少女の脇の下に手を入れると、ポンポンと少女の身体を叩きながら手を下ろしていく。別に、何も異変は無かった。 次に警官は少女に、ポケットをひっくり返すよう要求した。少女がポケットをひっくり返すと、そこから黒い財布が出てきた。 「これが…?」 男は無言で頭を振った。 そして、少女のポケットからはそれ以外のものは出てこなかった。少女は自分のシャツも捲ってみせる。やはりそこには何も無い。 「糞ッ!」 血を吐くように男が叫ぶ。 「盗まれたのは…?」 「盗んでいないわ」 少女が苦笑交じりに言う。 「財布だよ」 男が悔しげに言った。 その男と少女の会話を聞いて、警官は焦れたように言った。 「どうですか、一旦、交番までいって双方の話を…」 「「「交番」!!?」」」 その警官の提案を聞いた二人組みの男と少女の声が重なる。三人の表情は呆れる程、豹変していた。少女の顔からは笑みが消えうせ、男の顔からは凄みが消える。三人の目にはいずれも怯えの色が浮かんでいた。 「疑いが晴れたんだから、もう私から話すことなんてないわ」 「俺達も、金が掏られたぐらいで交番にいくほど暇じゃねぇんだよ」 「ああ、そういうこった。悪かったな、糞餓鬼…、俺の目が悪くてよ」 「耳も遠いのでしょう?」 「あっ?」 「だって、私が「やっていない」って言ったのが聞こえなかったものね」 「そうだよ!悪かったな耳も遠くて…」 「顔も汚くて…」 「顔も汚くて…」 「口も臭くて…」 「口も臭く…、こいつッ!舐めてるのかッ!!」 そういって少女を殴ろうとする男を、別の男が目で「止せ!」と合図する。 憤る男達を尻目に少女は悠々と、その場を離れていった。 218 :しまっちゃうメイドさん [sage] :2007/03/07(水) 00:10:37 ID:kiMII5Zh その成り行きを見物しながら、否命はある種の奇妙な感覚に囚われていた。どうも、さっきの少女は男に絡まれながらも、しきりに自分のほうをチラチラ見ていたような気がするのだ。それにどうも、身体の一部に違和感がある…。 気のせいかな?…と否命は自分に言い聞かせ、帰路を急いだ。 (はぁ、それにしてもすっかり遅くなっちゃった。早く家に帰って「アレ」をしないと沙紀さんが帰ってきちゃう。うん、そうだ、今日は近道を通ろう) 否命は不意に商店街を出ると、大通りを曲がり裏路地を通っていった。普段否命は、裏路地は汚いので通らないのだが、やはり時間は惜しかった。 っと、不意に否命は裏路地の半ばで違和感の原因に気がついた。自分の制服のポケットが異様に膨らんでいるのである。ポケットに入っているものはよっぽど分厚いらしく、その長方形の輪郭が布地越しにくっきりと浮かび上がっていた。 否命は恐る恐る、ポケットの中身を取り出しみた。 否命のポケットから出てきたのは、万札で今にもはちきれんばかりの茶色い札入れであった。 突如、否命の脳裏に少女が自分にぶつかってきた時の映像が流れる。 「これって…」 「そう、「私の」財布よ」 否命の振り向いた先には、あの少女がニッコリと笑って立っていた。

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