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343 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:02:18 ID:jXgGt8Oy ここはやはり2を期待します 投下します 注意 フタナリものです 否命はその少女の笑顔に、鼓動の高鳴りを覚えていた。その少女の笑顔は深山に咲いた一輪の華の如き幽玄の美を持って、否命の心臓にまで迫る。 しかし少女の顔は圧倒的美を誇りながらも、瞳がその美を何処か歪なものに変えていた。まるで悠久の自然が作り上げた光景を、愚かな神が手を加えてしまったが故に、その無為の輝きを壊してしまったかのような…一言で言えば「不自然さ」があった。 「聞こえなかったの?財布よ」 その声に否命は現実に引き戻され、慌てて自分が手に持っているものを確認する。 「財布って……これのことだよね?」 少女は頷いた。 「そう、それよ。返して頂戴」 「返すって……あの男の人達に返すんだよね?」 「面白い子ね…」 言って、少女はスッと否命と顔が触れ合いそうな位置まで足を進めた。 「なッ、何?」 戸惑う否命に、少女は更に自分の顔を近づけるとニィーっと笑った。否命もつられて、口元がニィーっと歪む。 次の瞬間、少女は否命の額を指で弾いた。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 声にならぬ悲鳴をあげ、否命は地面に蹲った。 少女のした行為は所謂デコピンというやつであった。それは単純に指で額を弾くという、暴行とは言えぬ、ある種の「戯れ」であるが、否命はそれによって額が爆発したような痛みに襲われていた。 344 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:03:31 ID:jXgGt8Oy 「いい、良く聞きなさい!それは私が身体を張って、汗水流して、神経をすり減らして手に入れたもの。いうならば、私の努力の報酬なのよ!だから、私のもの…分かる?」 分かる筈ない。否命は地面に蹲ったまま、首を横に振った。 「さぁ、私に財布を…」 「駄目・・・だよ。それは、あの男の人のだから…、ちゃんと…返さないと」 「もう、返して済む問題じゃないんだよ、お嬢さん方」 その声に二人が振り向いた先には例の男二人組みと、その二人組みの仲間と思われる、これまた堅気の風体とは思えない一人の男が立っていた。 少女は咄嗟に逃げようとしたが、いつのまにかもう二人別の男が少女の前に回りこんでいた。 「チッ!」 計5人の男に囲まれ、少女は思わず舌打ちをする。しかし、それでいながら少女の顔はあくまで涼しげなままであった。 「さっ、俺の金を返して貰おうか。お嬢さん」 先ほどの事件がよほど金を盗まれた男にとって屈辱だったらしい。少女を追い詰めた男は嬉しくて、嬉しくてたまらない様である。 「もう、返して済む問題じゃないのでしょう?貴方の頭には、実は真っ赤なトサカが生えているようね」 「相変わらずの減らず口で…」 「貴方も相変わらずの臭い口で…」 少女の態度に男は苦笑を漏らす。余裕の笑みであった。 「で、そっちのお嬢さんは?」 「そう、私の「仲間」よ」 「ほぅ…」 「貴方たちは、運がいいわね。丁度今、「仲間」割れを起こしていたところよ」 「それは、それは」 そう言って、男は否命のほうに顔を向ける。 「成るほど。そいつが俺から盗んだ財布を、あんたが預かるっていう寸法だったんだな」 否命はしばらく、自分が何を言われているのか分からなかった。この状況に頭が追いついていないのだ。否命はこの男が自分に向けてくるプレッシャーに、ただ怯えていた。 「どうなんだ!えっ、そこの餓鬼とグルなんだろ!?」 「えっ?」 「その餓鬼と二人して、俺を嵌めやがったな!」 345 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:05:05 ID:MpTr3WJD そう言われてようやく否命は自分がこの男達に、少女と共謀したと思われていることを理解した。 「………、ちっ、違ッ、違いまっ、わッ、わッ、私は…そッ、その…あのの…」 緊張からか、否命の口調は滑稽な程たどたどしい。ここで動揺したり、焦ったりしたら、この男達に怪しまれるのではないか…そんな思いが逆に否命の口を不自由にしていた。 「私は…ポポポ、ポケッ、ケトに、その…さっ、財布を、いいい、入れられただけで…」 「哀しいわ。所詮、悪党同士の結びつきなんてこんなものだったのね」 否命とは違い、少女は声も顔も平常そのものであった。 少女はたとえ、否命のようなひ弱な女の子であっても、利用できるものは全て利用するつもりらしい。 しかし、その少女に目を付けられた否命は…。 「小便ちびりそうな顔しているぜ、嬢さん」 「漏らしちまいな。嬢ちゃんのなら、呑んでやるぜ」 口々に勝手な事をいいながら、前方の男は懐からナイフを取り出した。それは刃を折りたためば掌に収まるほどの大きさであった。不必要に殺さずに、相手を傷つけることを目的 としたものである。 少女は咄嗟に後方を振り向く。たとえ相手が三人でも、ナイフを持っていないのならば、逃げ道は後方にしようという魂胆である。 だが、後方の二人も懐から同様にナイフを取り出した。前方の三人と同じく、ナイフそのものは小さい。 「使うよ…、お嬢さん方」 最後に、少女に金を盗まれた男は懐から大きな登山ナイフを取り出した。 「最後通告だ。俺達にさんざんいたぶられた末に財布を渡すのと、財布を渡した後にいたぶられるのと、どっちがいい」 否命は力の限り首を横に振った。 哺乳類は刃物の光沢を見ると、本能的に恐怖する。それは本能的な故に例外のない事実である。しかし、少女の顔には未だに怯えの色はなかった。 恐らく、胆力で恐怖を顔に出さないようにしているのだろう…と男達は、少女の胆力に意外にも感心してしまった。 「なかなか、立派な面構えしてるな。だが、虚勢を張るだけで…」 「警察…」 少女がボソッと呟く。 「あっ?」 「集団で囲み、脅迫し、挙句に刃物…、もう警察は呼べないわね」 「ほぅ…」 前方の三人の内の一人が小さなナイフをちらつかせながら、少女に掴みかかる。 「触らないで頂戴」 っと、少女はその男の手をバシッと払いのけた。 346 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:20:09 ID:bHNY5Ni5 「この餓鬼ッ!!」 叫ぶと同時に、男は少女の腹部を殴る。恐らく男は殴りなれているのだろう…男の拳はものの見事に少女の鳩尾に入っていた。 「~~~~~~~~~!」 少女は腹部を押さえ、息を吸おうと口を死に掛けの金魚の如くパクパクと動かす。だが、激痛のあまり少女は息を吸えず、苦悶の表情を浮かべながら倒れるほうに男に近づいていった。遠目でも分かるほど、足元がふらついている。 「もう一発だ」 再び、少女の鳩尾に男の拳が抉りこまれた。少女の瞳の焦点が合わなくなっていく。少女は自分を殴った男に何かを求めるように、男の裾を掴んだ。 「さっきまでの威勢はどうしたのかな?」 と、男の口から嗜虐の笑みがこぼれた。同時に、周りで事の成り行きを見守っていた男達が一斉にその少女の無様な姿を見て笑い声を上げる。 っと、次の瞬間であった。 少女を殴った男の顔にベチャッと、何かが張り付いた。男はその物体に視界を遮られて、慌ててその物体を両手で払い落とそうとする。だが、ナイフを持った右手の手首は少女に捕まれ止まってしまった。 男の力ならば、少女の手を振り払うことは十分可能である。だが、視界を塞がれた男にとって自分の右手が動かない事態は、実際以上の脅威を持って男に迫った。咄嗟の事態で、男は軽く混乱しているのだ。 「こいつ…ゲロ吐きやがった」 誰かが呆然と呟いた。 その言葉が合図であったように、男の鼻孔に甘酸っぱいゲロ独特の匂いが広がる。そして、ようやく男は自分が顔にゲロを吐きかけられた事を理解した。 「こいつッ!!」 怒りに駆られ、男は全霊で持って少女を殴ろうとする。しかし、男は少女に右手首を掴まれているせいか、視界がゲロによって遮られているせいか、勢い余って体勢を崩しそのまま地面に倒れてしまった。 ぺきん! という、枯れ枝を折るような音がした。 その音に、周りの全ての人間が呼吸を止める。男の顔はゲロにまみれても尚分かるほど、苦悶に顔を歪ませていた。 男の手首から先が消えていた。 切れたのではない。 男の右手は綺麗なアーチを描くように内側に折れ曲がっていた。掌が腕の腹にピッタリと張り付いている。何処か、冗談じみた奇妙な光景であった。 347 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:21:47 ID:bHNY5Ni5 「ゴッ・・・・・・・・・アアアアアアアアアアアアァァァァァ~~~~!!」 男は倒れたまま、地面を転がる。 視界の遮られていた男には分からなかったが、男が少女を殴ろうとした時、少女は男の足 を払っていたのである。そして男が倒れるのと合わせるように、握っていた男の右手首を 内側に折り曲げたのだ。結果、男の手首は自分の体重分の衝撃を受け、ありえないぐらいに曲がってしまっていた。 確信犯であった。 少女は倒れた男の手からナイフを捥ぎ取ると、それを持って財布を盗すまれた男のほうへ近づいていく。 「おぃおぃ、俺達とやろうっていうのかい?」 男達は心臓が飛び出るほど驚いたものの、戦闘意欲を失うような人種ではなかった。既に、 咄嗟の事態に頭が追いついているらしく、ナイフを片手に少女を威嚇する。 しかし、少女はそれでも顔色一つ変えることなく無言で財布を盗まれた男に迫った。 「そんなチッポケなもので、これとやりあうってか?」 男は自分の大きな登山ナイフを振り回しながら、少女の持っている小さいナイフを笑う。 「………」 少女は既に財布を盗まれた男の眼前まで来ていた。その少女の首筋に財布を盗まれた男は、 登山ナイフをあてる。ツゥーっと、少女の首筋から赤い血が細く流れた。少女はそこで動きを止める。 「餓鬼、もう歩いて帰れな…」 次の瞬間、なんの躊躇いもなく、少女は財布を盗まれた男の顔をナイフで切りつけた。 周りが水を打ったように静かになる。それから、一拍おいて男の顔から血が噴出した。 「これで、トサカの生えている貴方の汚い顔も大分マシになったわ」 いつも変わらない調子で、いつもと変わらない顔で少女は言った。 348 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:22:58 ID:bHNY5Ni5 「やってくれたな!もはや生きて帰さんぞ!!」 それでも、この男は戦意を失うことも、取り乱すことも無く、少女に登山ナイフを振るおうとする。 だが、財布を盗まれた男が少女にナ登山イフを振るうよりも早く、少女は男の登山ナイフを持っている右手の甲をナイフで突き刺していた。 「~~~ッ!」 思わず、財布を盗まれた男は登山ナイフを取り落としてしまう。その登山ナイフを少女は驚くほどの素早さで拾い上げた。 「お前ッ、アアアアアアアアアアア!!」 男の顔が驚愕で見開かれる。少女は、まるでマウンドに立つピッチャーの如くその大きな登山ナイフを大きく振りかぶっていた。 脳天から顎まで一直線。まさか…と思う財布を盗まれた男の脳裏に、自分の頭が西瓜の如 く真っ二つになっている光景と、直前の何の躊躇いもなく自分の顔を切りつけた少女の顔が浮かんだ。 「ヒィッ…」 流石の男も限界であった。恥も外聞も無く、財布を盗まれた男は両手で頭をガードした。 少女の登山ナイフが半円を描いて男に迫る。 「―――――――――!!!!」 少女の登山ナイフは男の両手ギリギリのところで止まっていた。 目を閉じていた男は、自分が無事なのを確認すると安堵のあまり地面にヘナヘナと座り込 んだ。その男の股間を少女は蹴飛した。「ウッ」と短い呻き声を発して財布を盗んだ男はとうとう気絶する。 あまりの事に、少女の回りで声を発するものは誰もいなかった。 349 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:24:04 ID:bHNY5Ni5 「クリーニング代……」 静寂を破るように少女が呟く。 「聞こえなかったの?クリーニング代よ」 「えっ?」 前方の三人組の残った一人に少女は声を掛けた。男はあまりの事に目を白黒させている。 「貴方達が汚したのよ。クリーニング代出してくれるわよね?」 そういって、少女は自分のシャツを摘んでみせる。 「あっ…ああ、はい」 男は少女の上着が返り血で紅くなっているのを見ると、これまた分厚い財布から一万円札を一枚取り出し少女に渡した。 「………」 少女は無言で男の手から財布をかっぱらうと、その中に入っていた札束を無造作に掴 み取る。その札束をポケットにしまうと、少女は半ば放心している男に薄くなった財布を投げて返した。 「それと、上着も貸して頂戴。このままじゃ、家に帰れないわ」 後ろで呆然としていた二人組みと、前方の残った一人が無言で目を交わす。そして、後方の男の一人が自分の上着を脱いで少女に渡した。 否命はもはや気が動転して歩くこともままなかなかったが、それでもフラフラと帰路を急ぐ。しばらくは何も考えられそうになかった。 「ありがとう。じゃあ私はこれで失礼するわ。あと、救急車ぐらい呼んであげなさい」 そういって、少女は否命の後を追った。 少女はまだ、否命に財布を渡したままであった。 投下終わります
343 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:02:18 ID:jXgGt8Oy 否命はその少女の笑顔に、鼓動の高鳴りを覚えていた。その少女の笑顔は深山に咲いた一輪の華の如き幽玄の美を持って、否命の心臓にまで迫る。 しかし少女の顔は圧倒的美を誇りながらも、瞳がその美を何処か歪なものに変えていた。まるで悠久の自然が作り上げた光景を、愚かな神が手を加えてしまったが故に、その無為の輝きを壊してしまったかのような…一言で言えば「不自然さ」があった。 「聞こえなかったの?財布よ」 その声に否命は現実に引き戻され、慌てて自分が手に持っているものを確認する。 「財布って……これのことだよね?」 少女は頷いた。 「そう、それよ。返して頂戴」 「返すって……あの男の人達に返すんだよね?」 「面白い子ね…」 言って、少女はスッと否命と顔が触れ合いそうな位置まで足を進めた。 「なッ、何?」 戸惑う否命に、少女は更に自分の顔を近づけるとニィーっと笑った。否命もつられて、口元がニィーっと歪む。 次の瞬間、少女は否命の額を指で弾いた。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 声にならぬ悲鳴をあげ、否命は地面に蹲った。 少女のした行為は所謂デコピンというやつであった。それは単純に指で額を弾くという、暴行とは言えぬ、ある種の「戯れ」であるが、否命はそれによって額が爆発したような痛みに襲われていた。 344 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:03:31 ID:jXgGt8Oy 「いい、良く聞きなさい!それは私が身体を張って、汗水流して、神経をすり減らして手に入れたもの。いうならば、私の努力の報酬なのよ!だから、私のもの…分かる?」 分かる筈ない。否命は地面に蹲ったまま、首を横に振った。 「さぁ、私に財布を…」 「駄目・・・だよ。それは、あの男の人のだから…、ちゃんと…返さないと」 「もう、返して済む問題じゃないんだよ、お嬢さん方」 その声に二人が振り向いた先には例の男二人組みと、その二人組みの仲間と思われる、これまた堅気の風体とは思えない一人の男が立っていた。 少女は咄嗟に逃げようとしたが、いつのまにかもう二人別の男が少女の前に回りこんでいた。 「チッ!」 計5人の男に囲まれ、少女は思わず舌打ちをする。しかし、それでいながら少女の顔はあくまで涼しげなままであった。 「さっ、俺の金を返して貰おうか。お嬢さん」 先ほどの事件がよほど金を盗まれた男にとって屈辱だったらしい。少女を追い詰めた男は嬉しくて、嬉しくてたまらない様である。 「もう、返して済む問題じゃないのでしょう?貴方の頭には、実は真っ赤なトサカが生えているようね」 「相変わらずの減らず口で…」 「貴方も相変わらずの臭い口で…」 少女の態度に男は苦笑を漏らす。余裕の笑みであった。 「で、そっちのお嬢さんは?」 「そう、私の「仲間」よ」 「ほぅ…」 「貴方たちは、運がいいわね。丁度今、「仲間」割れを起こしていたところよ」 「それは、それは」 そう言って、男は否命のほうに顔を向ける。 「成るほど。そいつが俺から盗んだ財布を、あんたが預かるっていう寸法だったんだな」 否命はしばらく、自分が何を言われているのか分からなかった。この状況に頭が追いついていないのだ。否命はこの男が自分に向けてくるプレッシャーに、ただ怯えていた。 「どうなんだ!えっ、そこの餓鬼とグルなんだろ!?」 「えっ?」 「その餓鬼と二人して、俺を嵌めやがったな!」 345 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:05:05 ID:MpTr3WJD そう言われてようやく否命は自分がこの男達に、少女と共謀したと思われていることを理解した。 「………、ちっ、違ッ、違いまっ、わッ、わッ、私は…そッ、その…あのの…」 緊張からか、否命の口調は滑稽な程たどたどしい。ここで動揺したり、焦ったりしたら、この男達に怪しまれるのではないか…そんな思いが逆に否命の口を不自由にしていた。 「私は…ポポポ、ポケッ、ケトに、その…さっ、財布を、いいい、入れられただけで…」 「哀しいわ。所詮、悪党同士の結びつきなんてこんなものだったのね」 否命とは違い、少女は声も顔も平常そのものであった。 少女はたとえ、否命のようなひ弱な女の子であっても、利用できるものは全て利用するつもりらしい。 しかし、その少女に目を付けられた否命は…。 「小便ちびりそうな顔しているぜ、嬢さん」 「漏らしちまいな。嬢ちゃんのなら、呑んでやるぜ」 口々に勝手な事をいいながら、前方の男は懐からナイフを取り出した。それは刃を折りたためば掌に収まるほどの大きさであった。不必要に殺さずに、相手を傷つけることを目的 としたものである。 少女は咄嗟に後方を振り向く。たとえ相手が三人でも、ナイフを持っていないのならば、逃げ道は後方にしようという魂胆である。 だが、後方の二人も懐から同様にナイフを取り出した。前方の三人と同じく、ナイフそのものは小さい。 「使うよ…、お嬢さん方」 最後に、少女に金を盗まれた男は懐から大きな登山ナイフを取り出した。 「最後通告だ。俺達にさんざんいたぶられた末に財布を渡すのと、財布を渡した後にいたぶられるのと、どっちがいい」 否命は力の限り首を横に振った。 哺乳類は刃物の光沢を見ると、本能的に恐怖する。それは本能的な故に例外のない事実である。しかし、少女の顔には未だに怯えの色はなかった。 恐らく、胆力で恐怖を顔に出さないようにしているのだろう…と男達は、少女の胆力に意外にも感心してしまった。 「なかなか、立派な面構えしてるな。だが、虚勢を張るだけで…」 「警察…」 少女がボソッと呟く。 「あっ?」 「集団で囲み、脅迫し、挙句に刃物…、もう警察は呼べないわね」 「ほぅ…」 前方の三人の内の一人が小さなナイフをちらつかせながら、少女に掴みかかる。 「触らないで頂戴」 っと、少女はその男の手をバシッと払いのけた。 346 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:20:09 ID:bHNY5Ni5 「この餓鬼ッ!!」 叫ぶと同時に、男は少女の腹部を殴る。恐らく男は殴りなれているのだろう…男の拳はものの見事に少女の鳩尾に入っていた。 「~~~~~~~~~!」 少女は腹部を押さえ、息を吸おうと口を死に掛けの金魚の如くパクパクと動かす。だが、激痛のあまり少女は息を吸えず、苦悶の表情を浮かべながら倒れるほうに男に近づいていった。遠目でも分かるほど、足元がふらついている。 「もう一発だ」 再び、少女の鳩尾に男の拳が抉りこまれた。少女の瞳の焦点が合わなくなっていく。少女は自分を殴った男に何かを求めるように、男の裾を掴んだ。 「さっきまでの威勢はどうしたのかな?」 と、男の口から嗜虐の笑みがこぼれた。同時に、周りで事の成り行きを見守っていた男達が一斉にその少女の無様な姿を見て笑い声を上げる。 っと、次の瞬間であった。 少女を殴った男の顔にベチャッと、何かが張り付いた。男はその物体に視界を遮られて、慌ててその物体を両手で払い落とそうとする。だが、ナイフを持った右手の手首は少女に捕まれ止まってしまった。 男の力ならば、少女の手を振り払うことは十分可能である。だが、視界を塞がれた男にとって自分の右手が動かない事態は、実際以上の脅威を持って男に迫った。咄嗟の事態で、男は軽く混乱しているのだ。 「こいつ…ゲロ吐きやがった」 誰かが呆然と呟いた。 その言葉が合図であったように、男の鼻孔に甘酸っぱいゲロ独特の匂いが広がる。そして、ようやく男は自分が顔にゲロを吐きかけられた事を理解した。 「こいつッ!!」 怒りに駆られ、男は全霊で持って少女を殴ろうとする。しかし、男は少女に右手首を掴まれているせいか、視界がゲロによって遮られているせいか、勢い余って体勢を崩しそのまま地面に倒れてしまった。 ぺきん! という、枯れ枝を折るような音がした。 その音に、周りの全ての人間が呼吸を止める。男の顔はゲロにまみれても尚分かるほど、苦悶に顔を歪ませていた。 男の手首から先が消えていた。 切れたのではない。 男の右手は綺麗なアーチを描くように内側に折れ曲がっていた。掌が腕の腹にピッタリと張り付いている。何処か、冗談じみた奇妙な光景であった。 347 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:21:47 ID:bHNY5Ni5 「ゴッ・・・・・・・・・アアアアアアアアアアアアァァァァァ~~~~!!」 男は倒れたまま、地面を転がる。 視界の遮られていた男には分からなかったが、男が少女を殴ろうとした時、少女は男の足 を払っていたのである。そして男が倒れるのと合わせるように、握っていた男の右手首を 内側に折り曲げたのだ。結果、男の手首は自分の体重分の衝撃を受け、ありえないぐらいに曲がってしまっていた。 確信犯であった。 少女は倒れた男の手からナイフを捥ぎ取ると、それを持って財布を盗すまれた男のほうへ近づいていく。 「おぃおぃ、俺達とやろうっていうのかい?」 男達は心臓が飛び出るほど驚いたものの、戦闘意欲を失うような人種ではなかった。既に、 咄嗟の事態に頭が追いついているらしく、ナイフを片手に少女を威嚇する。 しかし、少女はそれでも顔色一つ変えることなく無言で財布を盗まれた男に迫った。 「そんなチッポケなもので、これとやりあうってか?」 男は自分の大きな登山ナイフを振り回しながら、少女の持っている小さいナイフを笑う。 「………」 少女は既に財布を盗まれた男の眼前まで来ていた。その少女の首筋に財布を盗まれた男は、 登山ナイフをあてる。ツゥーっと、少女の首筋から赤い血が細く流れた。少女はそこで動きを止める。 「餓鬼、もう歩いて帰れな…」 次の瞬間、なんの躊躇いもなく、少女は財布を盗まれた男の顔をナイフで切りつけた。 周りが水を打ったように静かになる。それから、一拍おいて男の顔から血が噴出した。 「これで、トサカの生えている貴方の汚い顔も大分マシになったわ」 いつも変わらない調子で、いつもと変わらない顔で少女は言った。 348 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:22:58 ID:bHNY5Ni5 「やってくれたな!もはや生きて帰さんぞ!!」 それでも、この男は戦意を失うことも、取り乱すことも無く、少女に登山ナイフを振るおうとする。 だが、財布を盗まれた男が少女にナ登山イフを振るうよりも早く、少女は男の登山ナイフを持っている右手の甲をナイフで突き刺していた。 「~~~ッ!」 思わず、財布を盗まれた男は登山ナイフを取り落としてしまう。その登山ナイフを少女は驚くほどの素早さで拾い上げた。 「お前ッ、アアアアアアアアアアア!!」 男の顔が驚愕で見開かれる。少女は、まるでマウンドに立つピッチャーの如くその大きな登山ナイフを大きく振りかぶっていた。 脳天から顎まで一直線。まさか…と思う財布を盗まれた男の脳裏に、自分の頭が西瓜の如 く真っ二つになっている光景と、直前の何の躊躇いもなく自分の顔を切りつけた少女の顔が浮かんだ。 「ヒィッ…」 流石の男も限界であった。恥も外聞も無く、財布を盗まれた男は両手で頭をガードした。 少女の登山ナイフが半円を描いて男に迫る。 「―――――――――!!!!」 少女の登山ナイフは男の両手ギリギリのところで止まっていた。 目を閉じていた男は、自分が無事なのを確認すると安堵のあまり地面にヘナヘナと座り込 んだ。その男の股間を少女は蹴飛した。「ウッ」と短い呻き声を発して財布を盗んだ男はとうとう気絶する。 あまりの事に、少女の回りで声を発するものは誰もいなかった。 349 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/03/12(月) 00:24:04 ID:bHNY5Ni5 「クリーニング代……」 静寂を破るように少女が呟く。 「聞こえなかったの?クリーニング代よ」 「えっ?」 前方の三人組の残った一人に少女は声を掛けた。男はあまりの事に目を白黒させている。 「貴方達が汚したのよ。クリーニング代出してくれるわよね?」 そういって、少女は自分のシャツを摘んでみせる。 「あっ…ああ、はい」 男は少女の上着が返り血で紅くなっているのを見ると、これまた分厚い財布から一万円札を一枚取り出し少女に渡した。 「………」 少女は無言で男の手から財布をかっぱらうと、その中に入っていた札束を無造作に掴 み取る。その札束をポケットにしまうと、少女は半ば放心している男に薄くなった財布を投げて返した。 「それと、上着も貸して頂戴。このままじゃ、家に帰れないわ」 後ろで呆然としていた二人組みと、前方の残った一人が無言で目を交わす。そして、後方の男の一人が自分の上着を脱いで少女に渡した。 否命はもはや気が動転して歩くこともままなかなかったが、それでもフラフラと帰路を急ぐ。しばらくは何も考えられそうになかった。 「ありがとう。じゃあ私はこれで失礼するわ。あと、救急車ぐらい呼んであげなさい」 そういって、少女は否命の後を追った。 少女はまだ、否命に財布を渡したままであった。

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