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368 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/12(月) 22:23:03 ID:LtE7q71J カラ――ン… 「ィあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁッ!!」 ナイフの落ちる音と、伊藤さんの悲鳴。 それらが聞こえてきてから、何か頭上を掠めていった事に思い当たった。 伊藤さんが振り翳していたナイフは僕の足元に転がっていて、伊藤さんの右手には、 小刀が深々と刺さっていた。 そこで解ったのは、頭上を掠めていったのは伊藤さんの右手に刺さっている小刀で、 それによって僕は助かった、という事だけだった。 「危なかったですわね」 投げた人物は恐らく隣にいる男性の方だろうが、リビングの方から現れた二人組の 女性の方が、そう声を掛けてきたので、どうやら僕らの味方らしい事が解った。 男の方はそのまま無言で近付くと、顔色一つ変えずに、のたうち回る伊藤さんのお腹を 二・三度蹴り上げ、ぐったりした所で右腕に片足を乗せると、刺さった小刀を躊いもなく 引き抜く。と、その激痛に耐えられなかったのか、伊藤さんは気絶してしまった。 「夏月さんのお兄様ですわね?  私は湖杜、こちらが射蔵。親類に当るもので、本家から来ましたの。  そちらの倒れている女、どうなさいます?」 湖杜さんと名乗った女性は、射蔵さんという男性の傍まで行くとそう僕に言った。 「え? 伊藤さんを? どう、とは?」 「お見受けしたところ、その伊藤という女を、このまま帰す訳にもいきませんわよね?  宜しければ本家で、この女を預かりますけれど、どう致します?」 確かに伊藤さんをどうするかが、一番の悩み所だ。 このまま帰しても、また何をするか解らないし、警察に届けるにしても、色々と 厄介な事には変わりがない。 何より東尉を傷付け、更に夏月を殺そうとした。 ――――許せない。 伊藤さんは未成年だし、精神鑑定などで罪には問われないかもしれない。 でもそんな事は、到底許せる事じゃない。だから、 「お願いします。僕は伊藤さんを、許せない」 湖杜さんと射蔵さんに、本家の人間に任せる事にした。 どうやら一連の流れを見る限りでは、二人はやはり只者では無いようだ。 何せ、曰く付きの本家の人間なのだから。 369 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/12(月) 22:23:52 ID:LtE7q71J 「解りました。その様に手配しますわね」 にっこりと湖杜さんは綺麗に微笑み、展開を見守っていた射蔵さんが携帯を取り出し、 手短にどこかへ連絡を取った。きっと本家にだろう。 伊藤さんの事はそれでいいとして、漸く僕は夏月の様子を落ち付いて見る事が出来る。 蒼褪めた夏月はがたがたと震えながらも、目を見開いて虚空を見つめている。 「夏月、怖かったよね。 でも大丈夫だよ。もう大丈夫だから」 当り前だ。殺意を向けられ、ナイフを振り翳されれば、誰だって怖いに決まってる。 どうして、こんな事になってしまったんだろう。 伊藤さんが僕を好きらしい、と東尉は言っていた。 でも伊藤さんの口からはっきり聞いた訳でもないし、もしそうだとしても、何故 夏月や東尉を敵視するのかも理解出来ない。 そもそも伊藤さんが僕を好きになった、という事自体が理解出来ない。 夏月のクラスメイトで友人。その位の認識しか僕には無いし、伊藤さんにしたって 同じ様なものだろう。まともに話しをした事だって、僕の記憶には無いんだから。 「……………ぃ…」 つい物思いに耽っていると、聞き逃してしまった。 「…え?」 夏月が何かを言ったようだった。 もう一度、と言おうとした所で、夏月はまた何かを言った。 しかし耳を澄ましても、夏月が何か言ったのか、声が小さすぎて聞き取れない。 「……め…さ…………わ…………せ」 「何? どうしたの、夏月?」 震える唇が痛々しくも、何かを呟いている。 ぐっと耳を夏月の口元に近付け、その微かな声を拾う。 「ご…め……さ…い……わ……しが………ごめ……」 まさか… 謝ってる? 「夏月、夏月。夏月の所為じゃないから。夏月は何も悪くないから」 夏月は被害者なのに。 何で何で、何でこんな事になってしまったんだ? 思わず夏月の肩を両手で掴み、正面から夏月と向き合った。 「夏月、もう大丈夫だから。夏月の所為じゃないから」 「兄…さ……ごめ…ごめん…さい……わた…わたし……ごめ…」 「夏月…」 見ているようで見ていないような、そんな夏月の視線がゆっくりと動く。 そして緩慢な動きで首を巡らした夏月の視線の先は、僕の左手だった。 370 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/12(月) 22:24:46 ID:LtE7q71J じっと左手を見られ、そういえば怪我をしていたなと思い出す。 夏月の所為では決してないけれど、庇ったという事から気にしているのだと思った。 「大丈夫だよ。血は出てるけど、そんなに深く切った訳じゃないし。  もうそんなに痛く無いし、夏月が気にしなくていいんだから」 心配させないように、この場にはあまりそぐわない気もしたが、にっこりと夏月に 微笑んでみせた。 「それより、さっき突き飛ばしちゃったけど、どこか怪我しなかった?  痛い所とかない? 顔色も悪いし、大丈夫?」 だけど夏月は全く反応せず、ぼんやりと僕の左手だけを見続けている。 「あの、夏月さんのお兄様?」 「あ、はい!」 存在自体もすっかり忘れていた湖杜さんに声を掛けられ、そういえばこの場には 僕と夏月以外にも人がいた事を思い出して、慌てて返事をした。 「迎えの車が参りましたので、射蔵とこの女を運んできますわ」 「お願いします。色々とすいません、迷惑かけてしまって…」 「いいえ、お気になさらないで。今日のところは、これで失礼しますわね。  これは射蔵の携帯電話の番号ですわ。落ち付いたら、連絡頂けるかしら?」 「あ、はい。落ち付いたら、必ず連絡します。  今日はホントに、ありがとうございます。  湖杜さんと射蔵さんが居てくれなかったら、大変な事になっていました」 深々とお辞儀をしながら、僕はホントに感謝の気持ちで一杯だった。 「いいんですのよ。それでは、私達はこれで失礼しますわね。ご機嫌よう」 そう言うと湖杜さんは、まさしく優雅と言う言葉がぴったりな一礼をして、 これまた優雅に踵を返した。隣に居た射蔵さんも、僕に黙礼をすると まだ気絶したままの伊藤さんを荷物の様に抱え、次いで出ていった。 射蔵さんの携帯の番号が書かれたメモをポケットにしまうと、僕は改めて夏月に 向き直った。 「夏月、立てる? 部屋に戻ろうか」 しかし夏月は無反応で、じっと、ただじっと、僕の左手を見ていた。 「夏月?」 いくら何でもこう無反応だと、心配が不安に変わってくる。 どうしようか? 「汚れ… ちゃった…」 「え? 汚れた?」 僕の左手を見たまま、夏月はぼんやりとそう言った。 「何が?」 何が汚れたんだろう? 「汚れちゃった、から… 綺麗に、しな、くちゃ…」 酷く、緩慢な動きだった。 僕の左手をそっと両手で包み込み持ち上げると、緩やかに顔を近付け、 舐めたのだった。 371 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/03/12(月) 22:25:32 ID:LtE7q71J 夏月の小さな唇が開き白い歯がちらりと見え、赤い小さな舌が差出され、そして、 僕の左手の血を、真っ赤な血を、その舌で、舐めた。 丁寧に丁寧に、乾いた血も乾きかけた血も、全て舐め取っていく。 生温かい息が掛かり、滑った舌が何度もなぞり上げる左手に、全神経が集中する。 そして、真っ赤に染まった舌が、傷口をなぞった、その時、 背筋を駆け上がる、初めての感覚に、僕は――― 「…兄 …さん?」 夏月を、押し退けてしまった。 「ご、ごめん! 夏月、これは…」 「そ、だよ、ね… きた、汚い… わ、わた、わたしに…  わたし、わたしが、触… たら、にい、に、兄さんが… 汚れ、汚れる… ね…」 「違う! 夏月は汚れてなんかない!」 違うんだ。そんな事ない。違うんだ、違うんだよ、夏月。 どうしたらいい? 夏月を拒絶したんじゃない。どうしたら解ってくれる? 「夏月、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ!」 「わた、わた、わたし… きた、きた、きた、な…」 「夏月っ!」 治まりつつあった夏月の身体の震えは、また大きくなり、目で見て解るほどに なってしまった。 「わ、わた、わわ、わた、し… せ、い… ごめ、ごめん、ごご、ごめ…」 「違う… 違う…」 首を振って否定した所で、夏月が納得するとも思えなかったが、それしか出来なかった。 頭を撫でてあげれば、いいのかもしれない。 抱き締めてあげれば、いいのかもしれない。 でも、出来ない。 今、夏月に触れる事は、出来ない。 「わわわ、わた、わたし… に、にい、に、さん… 好き… す、す…  なった、か… ごご、ごめ、ごめ、ごめ」 夏月を押し退けてしまった事を、今更後悔しても遅い。 しかし悔やみきれない僕は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。 今の夏月から、一瞬たりとも目を離すべきではなかったのに。 「わ、わたし、が、ぜん… ぜ、全部… 悪い、わ、わる… わ、わ」 目を開けた一瞬後には、夏月は落ちていたナイフを逆手に持ち、高く掲げていた。 「わ、わた… に、にい、さん… み、見た… 好き… み、す、き…」 「―――っ!!」 そして振り下ろすナイフが、夏月の綺麗な瞳を、適確に捕らえ、やけにゆっくりと、 ゆっくりと、吸い込まれていくのを、僕はただ呆然と見ていた。 -続-

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