「~お菓子と、男と、女ふたり~」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

~お菓子と、男と、女ふたり~」(2008/08/21 (木) 15:57:19) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

469 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:35:33 ID:tfngQ5h3  彼の好物はお菓子である。  どれぐらい好きなのかということの実例を挙げると、 朝昼晩の食事をせずに500円分のお菓子を食べることで済まそうとした、 ということがある。  それを毎日繰り返していたわけではないが、週に一回、 土曜日になると近所のスーパーに出かけてお菓子を買う。  そしてそのお菓子を当日の食事代わりにする。  それでも彼の体は均整がとれていた。  彼が20代で、まだ若いこともあったが、 彼は毎朝5時から行う体操を欠かさなかったことも原因だった。  彼は自身の住む村の役所に勤務していた。  近くにある高校に通い、卒業すると同時に勤務を始めた。  役所での仕事は年に数回ある祭りや、盆と正月に役所の前を 時節のもので装うことと、書類整理と清掃作業ぐらいのものだった。  退屈ではあったが、村の外にいる友人から聞かされる 中小企業の現状を聞いていると、自分は充足している、と思った。  彼には大きな悩みが無かった。  父親と同居している、愛着のある家もあった。  母親とは死別していたが、十年以上昔のことを気にかけるほど 神経質な性格をしていたわけではなかった。  彼が執着していることは、自分が興味のあるものだけだった。  働き始めてからローンで購入した、通勤に使用する50ccのバイク。  町の古本屋で購入した本と、それを読むための時間。  毎週の楽しみである、カロリーを無視して食べるお菓子。  そして、彼が愛する女性。   彼には、同じ職場に勤める同僚で、恋人でもある女性がいた。  二人きりで村の外に出かけて夜を過ごし、翌日の朝に帰ってくる、 ということを何度も繰り返した。  結婚指輪を送るために、彼は何ヶ月も貯金をしていた。  彼女に対して結婚を匂わす発言をしたときも好意的な反応が返ってきた。  ――きっと、上手くいく。  そう彼は考えていた。 470 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:36:11 ID:tfngQ5h3  三月の第一週目の、土曜日。  彼は朝の九時に、村に一つだけあるスーパーへ来ていた。  いつものように彼はお菓子が陳列している棚へ向かい、 500円分の商品をカゴの中に入れた。  そして、そのまま店員が立っているレジへ向かい、カゴを置いた。 「いらっしゃいませ!」  レジに立っている女性の店員が挨拶をした。  店員は頭を上げると、男に向かって挨拶をした。  すべての商品のバーコードを読ませた後、店員はこう言った。   「504円になります」  男がちょうどの金額を払い、店員が中身の詰まった買い物袋を手渡した。  すると、女性店員が男に向かって声をかけた。 「いつも買い物をされてますよね? お菓子が好きなんですか?」  そう店員に言われて、男は恥ずかしくなった。  いい年をした男性が毎週のようにお菓子を買っていく。  その行為は他人からすると奇特にしか見えないだろう。  男がなんと答えようかと考えていると、店員が小さな箱を取り出した。  これは何か、と聞くと女性店員からこのように言われた。 「私が作ったクッキーです。  誰かに試食を頼もうかと思っていたんですけど、  一人も食べてくれなかったんです。  ですから、もしよろしければどうぞ」  男に受け取らない理由は無かった。  一言礼を言い、箱を受け取る。  箱はとても軽かった。しかし軽く振るとコトコトと音がした。   「今度、ぜひ感想を聞かせてください」  店員の言葉に対して頷くと、男は買い物袋と小さな箱を持って店を出た。 471 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:37:24 ID:tfngQ5h3  三月の第二週目の、土曜日。  男は小さな箱を持って、スーパーに来ていた。  先週、女性店員から受け取ったクッキーの箱だった。  店内に入り、先週話をした店員を捜す。すぐに見つかった。  先日と同じようにレジに立っている。 「いらっしゃいませ」  と言って店員が頭を下げた。  男が、ありがとう、と言って手に持っていた箱を店員に差し出すと、受け取ってくれた。   「あのクッキー、美味しかったですか?」  美味しかったよ。また作って欲しい、と男が言うと、店員は満面の笑みをつくった。  その日も先週のように男はお菓子が並んでいる棚の前に行って、 適当なものを選ぶことにしたが、あることに気がついた。  クッキーの箱が一つも置かれていない。  しかし、男は特に気にすることも無かった。  もともと商品は多く並んでいたわけでもないし、売り切れということもある。  棚に置かれていたものをカゴに入れる。  店内を歩き、女性店員が立っているレジに買い物カゴを乗せる。  女性店員がすべてのバーコードを読ませて、買い物袋に詰める。  そして、男はちょうどの金額を女性店員に渡す。  レジから吐き出されたレシートを受け取ると、店員が箱を取り出した。 「あの、またクッキーを作ったんです。  もしよろしければ、どうぞ。  また来週会えたら感想を聞かせてください」  わかった、と男は頷いて、箱を受け取った。   「ありがとうございました」  女性店員の声を聞きながら、男は自動ドアを通り抜けて、家路に着いた。 472 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:38:56 ID:tfngQ5h3  三月の第三週目の、土曜日。  男はスーパーにバイクで乗りつけた。  その手には、小さな箱が握られている。    先週、女性店員に手渡されたクッキーは、とても美味だった。  焼け具合、かおり、共に問題が無かった。  一口に収まるほどの大きさのそれを頬張ると、バターのなめらかさ、 ほどよい甘さが口の中に広がった。  気がつくと、四枚入っていたクッキーは全て男の胃の中に収まっていた。  男が店内に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。  振り向くと、女性が立っていた。  クッキーを作ってくれた女性だった。  その日は、セーターにジーンズという格好をしていた。  男は箱を女性に手渡した。  美味しかった、と感想を言ったが、言葉足りない気がした。  あれほどの美味しいものを作ってもらったのに、「美味しかった」の一言では味気ない。  本当に美味しかった、と再び言った。 「そんなに美味しかったんですか。ありがとうございます」  何かお礼をしたい、と女性に向かって男は言った。  女性は数回まばたきをして、右手を下唇にあてた。  数秒の沈黙のあと、彼女は口を開いた。 「それじゃあ、私の家に来てくださいませんか?  またクッキーを作ったんです。  今度は一味改良を加えたんですよ」  また美味しくなったのか、と男が聞いたら女性は首を右に傾けた。 「それは、食べてみてからのお楽しみです」  女性はほほえみを浮かべた。    女性の自宅はスーパーからそう遠くない位置にあるという。  男はバイクを駐輪場に置いたまま、女性と一緒に歩き出した。 473 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:41:07 ID:tfngQ5h3  四月の第一週目の、土曜日。  目の下にくまを張り付かせた女性が、駐輪場に何も停まっていないスーパーへとやってきた。  あからさまな落胆の表情をして、女性はスーパーのドアをくぐった。  店内を何周か見てまわったあと、その女性は女性店員の一人に声をかけた。  人を捜しているんです、と言って女性は写真を店員に渡した。  女性店員はその写真を一目見て、女性に写真を差し出した。 「すいません。私では、力になれません。  先月の中旬にこのお店に来たことは覚えていますけど、  それから『このお店の中』では見たことがありません」  女性店員はすまなそうに頭を下げた。  そうですか、と言って女性は表情を沈ませた。  とぼとぼといった調子で立ち去る女性の姿を見ながら、女性店員は一言つぶやいた。 「もう、彼はあなたの前には現れません」  女性店員は、下を向いた。    そして、勝ち誇ったような、嬉しくてたまらないといった表情を浮かべて、わらった。  終 ーーーー 変なことを言って、荒れる原因を作ってしまって申し訳ありませんでした。 今後、不用意な発言は慎むことにします。
469 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:35:33 ID:tfngQ5h3  彼の好物はお菓子である。  どれぐらい好きなのかということの実例を挙げると、 朝昼晩の食事をせずに500円分のお菓子を食べることで済まそうとした、 ということがある。  それを毎日繰り返していたわけではないが、週に一回、 土曜日になると近所のスーパーに出かけてお菓子を買う。  そしてそのお菓子を当日の食事代わりにする。  それでも彼の体は均整がとれていた。  彼が20代で、まだ若いこともあったが、 彼は毎朝5時から行う体操を欠かさなかったことも原因だった。  彼は自身の住む村の役所に勤務していた。  近くにある高校に通い、卒業すると同時に勤務を始めた。  役所での仕事は年に数回ある祭りや、盆と正月に役所の前を 時節のもので装うことと、書類整理と清掃作業ぐらいのものだった。  退屈ではあったが、村の外にいる友人から聞かされる 中小企業の現状を聞いていると、自分は充足している、と思った。  彼には大きな悩みが無かった。  父親と同居している、愛着のある家もあった。  母親とは死別していたが、十年以上昔のことを気にかけるほど 神経質な性格をしていたわけではなかった。  彼が執着していることは、自分が興味のあるものだけだった。  働き始めてからローンで購入した、通勤に使用する50ccのバイク。  町の古本屋で購入した本と、それを読むための時間。  毎週の楽しみである、カロリーを無視して食べるお菓子。  そして、彼が愛する女性。   彼には、同じ職場に勤める同僚で、恋人でもある女性がいた。  二人きりで村の外に出かけて夜を過ごし、翌日の朝に帰ってくる、 ということを何度も繰り返した。  結婚指輪を送るために、彼は何ヶ月も貯金をしていた。  彼女に対して結婚を匂わす発言をしたときも好意的な反応が返ってきた。  ――きっと、上手くいく。  そう彼は考えていた。 470 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:36:11 ID:tfngQ5h3  三月の第一週目の、土曜日。  彼は朝の九時に、村に一つだけあるスーパーへ来ていた。  いつものように彼はお菓子が陳列している棚へ向かい、 500円分の商品をカゴの中に入れた。  そして、そのまま店員が立っているレジへ向かい、カゴを置いた。 「いらっしゃいませ!」  レジに立っている女性の店員が挨拶をした。  店員は頭を上げると、男に向かって挨拶をした。  すべての商品のバーコードを読ませた後、店員はこう言った。   「504円になります」  男がちょうどの金額を払い、店員が中身の詰まった買い物袋を手渡した。  すると、女性店員が男に向かって声をかけた。 「いつも買い物をされてますよね? お菓子が好きなんですか?」  そう店員に言われて、男は恥ずかしくなった。  いい年をした男性が毎週のようにお菓子を買っていく。  その行為は他人からすると奇特にしか見えないだろう。  男がなんと答えようかと考えていると、店員が小さな箱を取り出した。  これは何か、と聞くと女性店員からこのように言われた。 「私が作ったクッキーです。  誰かに試食を頼もうかと思っていたんですけど、  一人も食べてくれなかったんです。  ですから、もしよろしければどうぞ」  男に受け取らない理由は無かった。  一言礼を言い、箱を受け取る。  箱はとても軽かった。しかし軽く振るとコトコトと音がした。   「今度、ぜひ感想を聞かせてください」  店員の言葉に対して頷くと、男は買い物袋と小さな箱を持って店を出た。 471 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:37:24 ID:tfngQ5h3  三月の第二週目の、土曜日。  男は小さな箱を持って、スーパーに来ていた。  先週、女性店員から受け取ったクッキーの箱だった。  店内に入り、先週話をした店員を捜す。すぐに見つかった。  先日と同じようにレジに立っている。 「いらっしゃいませ」  と言って店員が頭を下げた。  男が、ありがとう、と言って手に持っていた箱を店員に差し出すと、受け取ってくれた。   「あのクッキー、美味しかったですか?」  美味しかったよ。また作って欲しい、と男が言うと、店員は満面の笑みをつくった。  その日も先週のように男はお菓子が並んでいる棚の前に行って、 適当なものを選ぶことにしたが、あることに気がついた。  クッキーの箱が一つも置かれていない。  しかし、男は特に気にすることも無かった。  もともと商品は多く並んでいたわけでもないし、売り切れということもある。  棚に置かれていたものをカゴに入れる。  店内を歩き、女性店員が立っているレジに買い物カゴを乗せる。  女性店員がすべてのバーコードを読ませて、買い物袋に詰める。  そして、男はちょうどの金額を女性店員に渡す。  レジから吐き出されたレシートを受け取ると、店員が箱を取り出した。 「あの、またクッキーを作ったんです。  もしよろしければ、どうぞ。  また来週会えたら感想を聞かせてください」  わかった、と男は頷いて、箱を受け取った。   「ありがとうございました」  女性店員の声を聞きながら、男は自動ドアを通り抜けて、家路に着いた。 472 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:38:56 ID:tfngQ5h3  三月の第三週目の、土曜日。  男はスーパーにバイクで乗りつけた。  その手には、小さな箱が握られている。    先週、女性店員に手渡されたクッキーは、とても美味だった。  焼け具合、かおり、共に問題が無かった。  一口に収まるほどの大きさのそれを頬張ると、バターのなめらかさ、 ほどよい甘さが口の中に広がった。  気がつくと、四枚入っていたクッキーは全て男の胃の中に収まっていた。  男が店内に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。  振り向くと、女性が立っていた。  クッキーを作ってくれた女性だった。  その日は、セーターにジーンズという格好をしていた。  男は箱を女性に手渡した。  美味しかった、と感想を言ったが、言葉足りない気がした。  あれほどの美味しいものを作ってもらったのに、「美味しかった」の一言では味気ない。  本当に美味しかった、と再び言った。 「そんなに美味しかったんですか。ありがとうございます」  何かお礼をしたい、と女性に向かって男は言った。  女性は数回まばたきをして、右手を下唇にあてた。  数秒の沈黙のあと、彼女は口を開いた。 「それじゃあ、私の家に来てくださいませんか?  またクッキーを作ったんです。  今度は一味改良を加えたんですよ」  また美味しくなったのか、と男が聞いたら女性は首を右に傾けた。 「それは、食べてみてからのお楽しみです」  女性はほほえみを浮かべた。    女性の自宅はスーパーからそう遠くない位置にあるという。  男はバイクを駐輪場に置いたまま、女性と一緒に歩き出した。 473 :~お菓子と、男と、女ふたり~ [sage] :2007/03/17(土) 21:41:07 ID:tfngQ5h3  四月の第一週目の、土曜日。  目の下にくまを張り付かせた女性が、駐輪場に何も停まっていないスーパーへとやってきた。  あからさまな落胆の表情をして、女性はスーパーのドアをくぐった。  店内を何周か見てまわったあと、その女性は女性店員の一人に声をかけた。  人を捜しているんです、と言って女性は写真を店員に渡した。  女性店員はその写真を一目見て、女性に写真を差し出した。 「すいません。私では、力になれません。  先月の中旬にこのお店に来たことは覚えていますけど、  それから『このお店の中』では見たことがありません」  女性店員はすまなそうに頭を下げた。  そうですか、と言って女性は表情を沈ませた。  とぼとぼといった調子で立ち去る女性の姿を見ながら、女性店員は一言つぶやいた。 「もう、彼はあなたの前には現れません」  女性店員は、下を向いた。    そして、勝ち誇ったような、嬉しくてたまらないといった表情を浮かべて、わらった。  終 ーーーー

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: