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218 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:23:29 ID:cYfvBBu7
鬼葬譚 第二章 『篭女の社』
よんばんめのおはなし
==============================
人間の価値は、その人間の死をどれほどの人間が悼むかで
計る事ができるとは、一体誰の言葉だったろうか。
父の葬儀はしめやかに、だが多くの人に悼まれながら過ぎて行った。
父が良く相談に乗っていた方々、氏子の方々、それに…
良く神社に遊びに来ていた子供達までも、葬列に並んでいた。
そういう意味で言うならば、父の価値はきっと高かったのだろう。
――唯一の肉親であった、あたしにとっても。
父は、殺されていた。
心臓を刃物で一突き。それが致命傷だったらしい。
手荷物から金銭類がなくなっているため、恐らくは小金目当ての
賊の仕業だろうとの話だった。
何故。どうして。
父が、何かしたというのだろうか。
こんな理不尽な最後を父が迎えなければならない理由が
どこにあったというのだろうか。
葬儀の日以来、あたしの脳裏をめぐるのは答えのない
その問いだけ。
219 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:24:27 ID:cYfvBBu7
そしてその日も…あたしは、何をするでもなく社の縁側で
ぼうと空を見上げていた。
空はからからに晴れ、もう夏の陽気を降り注いでいる。
けれど、その陽気ですらあたしの心に掛かった澱みを
掃う事は出来ない。
頭をめぐる『何故』、という問いかけ。
…いや、それはもう問いかけですらなく、あたしの心を縛りつけ、
深い闇の中に沈める『呪詛』にも似ていた。
だからだろうか、あたしは目の前に人影があることにすら
気がついていなかった。
「…よう」
「…」
「…おい」
「…」
「おい…紗代!」
「え…?」
あたしを呼ぶ声に気がついて、ようやっと顔を上げる。
逆光に遮られ、影になった男の顔。
「儀…介」
ぼぅと、熱病に浮かされたかのようにその男の名を呼ぶ。
「…なにかよう? ごめん、いま少し疲れてるから…」
あたしは儀介にそれだけ言うと、室内に戻ろうと
立ち上がる。今は、とにかく一人でいたかった。
220 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:25:10 ID:cYfvBBu7
…だが。
「待てよ…!」
儀介はそんなあたしの手を掴み、あたしを引き止める。
…ああ、そういえば父が死んだあの日も、こんな感じで
儀介に無理やり呼び出されたのだっけ。
あたしは、何故か急にそんなことを思い出した。
…もっとも、今はそれもどうでもいい事か。
「…ごめん、疲れてるの…放して」
あたしは、儀介の顔も見ずにその手を振り払おうとする。
だが、儀介は手を放さない。それどころか、より強くぎゅうと
あたしの手を握り返した。
あたしは何も言わずに手を振り払おうとさらに力を入れる。
それでも、儀介はあたしの手を握る力を弱めようとはしない。
「…放して、お願いだから」
儀介のほうを振り向き、あたしは懇願するように言う。
…儀介は、そんなあたしを真っ向からじいと見据えた。
あの日…あたしに向けたあの視線そのままに。
あたしはそんな儀介の視線に居た堪れなくなり、逃げ出す
ように走り出そうとする。
だがそんなあたしを逃がすまいとするかのように、儀介は
ぐいとあたしの手を強く引き返した。
逃げようとすれば逃げようとするだけ、儀介の手の力は強くなる。
221 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:26:22 ID:cYfvBBu7
なんなのよ…!
だんだんとあたしはそんな儀介に苛立ちを覚えはじめていた。
一人でいたいのに、そっとしておいて欲しいのに…ッ!
「…いい加減に放してよ! なんなの?! 一人にして欲しいのよ!」
幾度かそんな事を繰り返すうちに、とうとうあたしの癇癪が炸裂する。
そんなあたしに、一瞬儀介は驚いたような顔をし、だがすぐにむっと
した顔になると、あたしを睨んだ。
「あのな! そんな落ち込んだ姿見せられてな、はい、わかりました
なんて帰れると思うのかよ?! 人が心配してるってのに…」
なんて…勝手な。
儀介の勝手な言葉に、あたしの頭にかぁっと血が上る。
「判らないくせに!あたしの気持ちなんかわからないくせに!」
「わからねえよ! 何も言わないで、一人で塞ぎ込んでちゃさぁ!」
腹が立つ。
こいつなんかに、こんな奴に何が判るって言うんだ。
「じゃあ、教えてよ! 答えてよ!
どうしてお父さんは殺されなきゃいけなかったのよ?!」
気が付けば、あたしは儀介に向かって激昂していた。
222 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:27:12 ID:cYfvBBu7
「お父さんが何かした!?
お父さん、殺されなきゃいけないくらい悪い事したのかなぁ?!
お父さんのどこに殺されなきゃいけない理由があったのかなぁ?!」
興奮した頭は、冷静な判断をさせてはくれない。
あたしは儀介に向かって叫び続ける。
叫ぶあたしの目じりがどんどんと熱を持っていく。
「教えてよ…どうして…お父さん…おとうさんがぁ…
う…うぇっ…ぐっ…うぇぇぇ…」
最後の言葉を紡ぐ前に、零れ出した、涙。
堪えきれない感情の高ぶりに、あたしはもはや泣く事しか出来なかった。
「ふぇ…ぐ…おとーさん…ひぐ…おとぉさぁん…うぇっ…」
嗚咽が、涙が、止まらない。
あたしは、まるで幼い頃のように泣きじゃくり続けた。
…そんな時だった。
ふわりっ、と温かい感覚が私を包む。
「…?」
涙に濡れた顔をあげる。
そこには…あたしを優しく抱きとめる儀介の姿があった。
223 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:28:02 ID:cYfvBBu7
「…辛かったよな。苦しかったよな。昔からお前、父親っ子だったし…な」
儀介の声。先ほどまで感じていた嫌悪感は、もうない。
「お前…本当は結構泣き虫なんだからさ…少しは、泣いちまえよ。
恥ずかしいなら、胸の一つや二つ、貸してやるからさ」
儀介…。
胸が詰まる。先ほどの涙とは、違う涙がこみ上げてくる。
「俺、頼りねえかもしれないし、親父さんみたいに頭がいいわけでもないけど…。
…俺じゃ、駄目かな。俺じゃ、親父さんの代わりには、なれないかな?」
儀介の顔を見る事が出来ない。
だからあたしは、顔を儀介の胸にうずめた。
「…俺と、結ばれてくれないか。
辛い事も、悲しいことも、半分ずつならきっと耐えられると思うんだ」
儀介のその言葉に、あたしはただ、泣く事しか出来なかった。
==============================
と、ここまで。
なんか…長いですな
218 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:23:29 ID:cYfvBBu7
鬼葬譚 第二章 『篭女の社』
よんばんめのおはなし
==============================
人間の価値は、その人間の死をどれほどの人間が悼むかで
計る事ができるとは、一体誰の言葉だったろうか。
父の葬儀はしめやかに、だが多くの人に悼まれながら過ぎて行った。
父が良く相談に乗っていた方々、氏子の方々、それに…
良く神社に遊びに来ていた子供達までも、葬列に並んでいた。
そういう意味で言うならば、父の価値はきっと高かったのだろう。
――唯一の肉親であった、あたしにとっても。
父は、殺されていた。
心臓を刃物で一突き。それが致命傷だったらしい。
手荷物から金銭類がなくなっているため、恐らくは小金目当ての
賊の仕業だろうとの話だった。
何故。どうして。
父が、何かしたというのだろうか。
こんな理不尽な最後を父が迎えなければならない理由が
どこにあったというのだろうか。
葬儀の日以来、あたしの脳裏をめぐるのは答えのない
その問いだけ。
219 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:24:27 ID:cYfvBBu7
そしてその日も…あたしは、何をするでもなく社の縁側で
ぼうと空を見上げていた。
空はからからに晴れ、もう夏の陽気を降り注いでいる。
けれど、その陽気ですらあたしの心に掛かった澱みを
掃う事は出来ない。
頭をめぐる『何故』、という問いかけ。
…いや、それはもう問いかけですらなく、あたしの心を縛りつけ、
深い闇の中に沈める『呪詛』にも似ていた。
だからだろうか、あたしは目の前に人影があることにすら
気がついていなかった。
「…よう」
「…」
「…おい」
「…」
「おい…紗代!」
「え…?」
あたしを呼ぶ声に気がついて、ようやっと顔を上げる。
逆光に遮られ、影になった男の顔。
「儀…介」
ぼぅと、熱病に浮かされたかのようにその男の名を呼ぶ。
「…なにかよう? ごめん、いま少し疲れてるから…」
あたしは儀介にそれだけ言うと、室内に戻ろうと
立ち上がる。今は、とにかく一人でいたかった。
220 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:25:10 ID:cYfvBBu7
…だが。
「待てよ…!」
儀介はそんなあたしの手を掴み、あたしを引き止める。
…ああ、そういえば父が死んだあの日も、こんな感じで
儀介に無理やり呼び出されたのだっけ。
あたしは、何故か急にそんなことを思い出した。
…もっとも、今はそれもどうでもいい事か。
「…ごめん、疲れてるの…放して」
あたしは、儀介の顔も見ずにその手を振り払おうとする。
だが、儀介は手を放さない。それどころか、より強くぎゅうと
あたしの手を握り返した。
あたしは何も言わずに手を振り払おうとさらに力を入れる。
それでも、儀介はあたしの手を握る力を弱めようとはしない。
「…放して、お願いだから」
儀介のほうを振り向き、あたしは懇願するように言う。
…儀介は、そんなあたしを真っ向からじいと見据えた。
あの日…あたしに向けたあの視線そのままに。
あたしはそんな儀介の視線に居た堪れなくなり、逃げ出す
ように走り出そうとする。
だがそんなあたしを逃がすまいとするかのように、儀介は
ぐいとあたしの手を強く引き返した。
逃げようとすれば逃げようとするだけ、儀介の手の力は強くなる。
221 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:26:22 ID:cYfvBBu7
なんなのよ…!
だんだんとあたしはそんな儀介に苛立ちを覚えはじめていた。
一人でいたいのに、そっとしておいて欲しいのに…ッ!
「…いい加減に放してよ! なんなの?! 一人にして欲しいのよ!」
幾度かそんな事を繰り返すうちに、とうとうあたしの癇癪が炸裂する。
そんなあたしに、一瞬儀介は驚いたような顔をし、だがすぐにむっと
した顔になると、あたしを睨んだ。
「あのな! そんな落ち込んだ姿見せられてな、はい、わかりました
なんて帰れると思うのかよ?! 人が心配してるってのに…」
なんて…勝手な。
儀介の勝手な言葉に、あたしの頭にかぁっと血が上る。
「判らないくせに!あたしの気持ちなんかわからないくせに!」
「わからねえよ! 何も言わないで、一人で塞ぎ込んでちゃさぁ!」
腹が立つ。
こいつなんかに、こんな奴に何が判るって言うんだ。
「じゃあ、教えてよ! 答えてよ!
どうしてお父さんは殺されなきゃいけなかったのよ?!」
気が付けば、あたしは儀介に向かって激昂していた。
222 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:27:12 ID:cYfvBBu7
「お父さんが何かした!?
お父さん、殺されなきゃいけないくらい悪い事したのかなぁ?!
お父さんのどこに殺されなきゃいけない理由があったのかなぁ?!」
興奮した頭は、冷静な判断をさせてはくれない。
あたしは儀介に向かって叫び続ける。
叫ぶあたしの目じりがどんどんと熱を持っていく。
「教えてよ…どうして…お父さん…おとうさんがぁ…
う…うぇっ…ぐっ…うぇぇぇ…」
最後の言葉を紡ぐ前に、零れ出した、涙。
堪えきれない感情の高ぶりに、あたしはもはや泣く事しか出来なかった。
「ふぇ…ぐ…おとーさん…ひぐ…おとぉさぁん…うぇっ…」
嗚咽が、涙が、止まらない。
あたしは、まるで幼い頃のように泣きじゃくり続けた。
…そんな時だった。
ふわりっ、と温かい感覚が私を包む。
「…?」
涙に濡れた顔をあげる。
そこには…あたしを優しく抱きとめる儀介の姿があった。
223 :51 ◆dD8jXK7lpE [sage] :2007/04/01(日) 00:28:02 ID:cYfvBBu7
「…辛かったよな。苦しかったよな。昔からお前、父親っ子だったし…な」
儀介の声。先ほどまで感じていた嫌悪感は、もうない。
「お前…本当は結構泣き虫なんだからさ…少しは、泣いちまえよ。
恥ずかしいなら、胸の一つや二つ、貸してやるからさ」
儀介…。
胸が詰まる。先ほどの涙とは、違う涙がこみ上げてくる。
「俺、頼りねえかもしれないし、親父さんみたいに頭がいいわけでもないけど…。
…俺じゃ、駄目かな。俺じゃ、親父さんの代わりには、なれないかな?」
儀介の顔を見る事が出来ない。
だからあたしは、顔を儀介の胸にうずめた。
「…俺と、結ばれてくれないか。
辛い事も、悲しいことも、半分ずつならきっと耐えられると思うんだ」
儀介のその言葉に、あたしはただ、泣く事しか出来なかった。
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